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山田維史の遊卵画廊
☆インタヴューVol.3
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シルフ お客様が読みやすくするため、また部屋を替えました。
山 田 はい、はい。
シルフ 前の部屋でモデルのことを言っておられました。近年の作品はご自身をモデルにされていますが、過去に、実際に現存する人物をイメージして描かれたことはありますか?
山 田 あります。女優さんですが。お名前は内緒です。(笑い)
シルフ ここで引き下がるべきか、引き下がらぬべきか、それが問題だ。(笑い)
山 田 To pull down or not to pull down that is a question.(笑い)
シルフ まあ、ハムレット役は似合わないのでやめますが、肖像画はお描きにならないですよね?
山 田 それが、じつは1点あるのです。
シルフ エッ? ヒョウタンからコマ、ヒョウロンはジャマ、ロンよりショウコ、見せて下さい。
山 田 (笑い)その人物が所蔵してます。写真は撮ってないです。私の手許にあるのはデッサンだけ。
シルフ 何かいきさつでも? いつ頃の作品ですか。
山 田 ウン、まあ----。1999年1月ですから、最近です。----私、これまでにも何度か肖像画を描いてほしいと頼まれましたが、みなお断りしてきました。だけどその方のときは断れなかった。ふたりの息子さんからの依頼だったです。昔、お隣に住んでいて、23,4年前、その弟が小学生のころ私が教えていたことがありました。電話をかけてきて、「父が還暦を迎え、その祝いに兄弟で肖像画を贈りたいんです。父は以前から先生に描いてもらいたがっていましたので、お願いできませんか。もちろん画料はお支払いします」。いろいろ話を聞いて、30歳だけど、頼み方がスレてないんです。昔の教え子だからやはり可愛いでしょう、「お父さんのことはお人柄も良く知っているし、じゃあ、お誕生日までに描きましょう。画料はいりません、心配しなくていいです」と。----私の作品に早川書房のイギリス・ミステリ傑作選シリーズというのがあります。
シルフ この遊卵画廊のブックカバー選集で、いつか展示しますが----。
山 田 その中の1册に使用した、『S氏の猟銃』という静物画があります。S氏というのが、その肖像画の主です。
シルフ いま小学生を教えていたとおっしゃいましたが----。
山 田 教えたというほどのことでもないのですが、6人の子供たちに一週間に一度、金曜日の午後、仕事場を開放していました。4年間つづけました。
シルフ 私の予定外ですが、ちょっとそのお話を。
山 田 いや、これは私の創作活動にはまったく何の影響もおよぼさないことですよ。---さきほどのS氏の下の息子が4歳ぐらいのときでした。私が仕事をしていると、何だか視線を感じるのです。仕事場の窓からその子がつまさきだちで覗いているんです。私は知らないふりをして仕事をつづけていたのですが、数日後にお母さんがやってきて、「息子が絵を習いたいと言うのですがいかがでしょう」と。私は、「幼児教育は専門の知識を必要としますので、お引き受けできない。小学生になったら、また考えましょう」と断ったのです。私は少しお座なりに言ったのです。ところが数年後に、私の母が「お隣の子が、小学生になったから先生に頼んでと、私に言ってきたわよ」と言うのです。
シルフ 3,4年じっと待っていたのですね?
山 田 いえ、6,7年です。その子は3年生になっていました。これは困ったことになったと思ったのですが、今度はちょっと断れそうにない。で、お母さんに「ひとりでは甘やかせてしまいますから、何人か希望者がいたら始めましょう」と言った。これも、どうせ集まりはしないとたかをくくってのことです。ところが、1年生から3年生まで全部で6人のお母さんたちがやって来た。これにはびっくりしてしまった。もう後には引けなくなってしまった、という訳です。
シルフ どんな教え方をしていたのですか?
山 田 初めは自由に描かせていました。しかしすぐに、一人一人が対象認識に成長の差があることに気がつきました。たとえば3年生はもう立体を認識できる。だけどそれを2次平面に表現することはできない。視覚でとらえたものを翻訳できないんです。そこで光と陰を見させなければならない。デッサンの問題ですね。---だけど1年生は、そこに導いてはいけません。なぜなら、精神発達の面で対象と自己が未分離の状態をすこし残している。形がひんまがっているのを指摘するのは間違いです。その年令では、まだそれは対象を描いているより自分を描いているばあいがあるのです。---こんな話をしてもきりがありませんが、1年ぐらい後には方針を変え、絵と限定せず、めいめいが自分の好きな創作をやることにしました。漫画を書く、小説をかく、もちろん絵を描く。そして月に一度、みんなで新聞を発行することにした。じぶんたちの創作をそこに集結するというわけです。
シルフ どうしてやめたのですか?
山 田 上の子たちが中学生になって、クラブ活動などで時間がまちまちになってしまったからです。---そのとき一番小さかった子が、東京大学でバイオの研究をし、博士論文を執筆しているというハガキが来たりするんです。なんとなく嬉しいですよ。そのことと私は全然関係ないのですが。
シルフ ほんとうに嬉しそうですね。それでは次の質問に移ります。
山 田 はい、そうしましょう。
シルフ この遊卵画廊で初めて公開される『自画像日記』を一足先に見ていて、スタイルにとらわれない日々の変遷、一枚一枚見るより一気に見たほうが面白いですね。絵画の楽しさ、表現することの自由さが伝わってきてとても気に入りました。ご自身は描かれていてどうなんです? 楽しまれておりますか?(笑い)
山 田 公開をまったく考えていませんでしたから、かなり滅茶苦茶なものもあります。1点が5分、長くて15分。なんにも準備なしですから、そのこと自体、私のこれまでの作画法にはなかったことです。でもスタイルを変えるというのは、どこかにわずかながら観客を意識している。いまになると、そう思います。やっぱりずっと観客を考えて仕事をしてきたわけですから、そこから完全に白紙になることはできない。しかしやはり勝手気侭に描いていることも確かです。面白かったですよ。私、普段、顔も洗わないこともしょっちゅうなんで、鏡も碌に見たことがない。顔を洗っていると、家人が「どこかへ出かけるのですか?」と聞くくらいですから。
シルフ アッハッハ。
山 田 ほんとうなんです。(笑い)
シルフ 『自画像日記』は私が見たのは118点ですが、本当は135点だそうですね。遊卵画廊では公開しない、あるいは公開できない作品、たしかエロティックなものが含まれているとか----どのようなモチーフなのですか?
山 田 普通の展覧会だったら別になんともないんですが。---『自画像日記』では4点、私の裸像を抜きました。そのうちの1点は、デューラーの有名な裸体自画像と同じポーズで描いてみたものです。例の病み上がりだといわれている素描画ですね。あるいは「新アダムとイヴの誕生」シリーズとして『イヴのクロゼット』というのを描いた。50号(H117cm×W91cm)です。壁にハンガー(洋服掛け)がぶらさがっていて、そのハンガーの両端が女の腕にメタモルフォーズしている。肩の付根の皮膚に鎖が取り付けられていて、左の手はそれを握りしめている。右手はちょうど股間のあたりにあって、ちょっと妙な指のひらきかたをしている。ある行為を暗示しているわけです。そして絵全体がほんものの金網でおおわれています。---あるいは、ドローイングにもエロティックなのがあります。単純なブラック・インクの線画ですが、いわば騎乗位を描いている。女のからだに入っている男の亀頭が蝶にメタモルフォーズしていて、そこだけに彩色してある。----ま、そんなぐあいですね。
シルフ エロティックな古典的モティーフで「レダと白鳥」というのがあり、日本人画家まで含めておおくの画家が作品をのこしています。ダ・ヴィンチも描いているが、どうやらエロティック過ぎるという理由で破棄されたという説さえあります。彼自身の素描やダ・ヴィンチ派の模写がいまに伝えられていますが、----芸術におけるエロティシズムについて、貴方のご意見をお聞かせください。
山 田 極端な意見と思われるかもしれませんが、少なくとも美術について言えば、私はそれが、そもそもセクシャルなものだと思っています。性的エネルギー(リビドー;Libido)の昇華というフロイトやユングの精神分析理論を借りようと借りまいと、実作者としてとても感じます。女や男の裸像であろうとなかろうと、そんなこともそれほど関係ない。何といったらよいか、---視覚の悦楽、幾何学的精神の奔放と厳格な統御、対象をからめとろうとする言葉の湧出、言葉のあそび、---あるいは、絵の具のドロリ、ネトネト、ベチャベチャ、ヌルヌル、ツルツル、そんな触感もふくめて、私にとってはみなセクシャルです。そういうところから離れて私の絵が成立しているとは思えないですね。---告白しますとね、作品製作が佳境にはいり、あらゆる雑念がなくなり、なんともいえないリズムが心身にうまれてくることが、稀にですがあるのです。すると性的に昂揚してくるんです。ただ絵を描いているだけなんですけど。---だから、芸術全般に敷衍して考えても、やはり本質的にエロティックなものなんじゃないかしら。
シルフ 具体的な個々の作品についてはどうですか?
山 田 これはもうあげるときりがない。ただ絵画というのは本質的にエロティックだということの証しとして、ピカソが1968年3月から10月までの間に日記風につづった347点の銅版画をあげます。全点にエロティシズムが横溢しています。すばらしい人間賛歌です。このときピカソ、87歳です。私は1970年に東京国立近代美術館で『ピカソ近作版画展』として、たしか260点ぐらいだったと思いますが、それが公開されたときに見ています。いったい、誰がこの作品群を否定できますか。できないでしょう?
シルフ 貴方の『自画像日記』は、ピカソのその日記風な連作に触発されたのでしょうか?
山 田 それは関係ありません。私の『自画像日記』は、この掲載ページでも序文として書いていますが、まったく私自身の制作上の問題に端を発しています。それに、ピカソという人は生涯のほとんどすべての作品が彼の日記のようなものです。制作年月日がはっきりしているらしいです。そういう知識はありましたから、私の意識のなかにピカソのエロティックな銅版画日記が、どこかにあったかもしれない。しかし描きつづけているときは、気がつきませんでした。
シルフ とつぜん話が変りますが、映画はお好きだそうですね?
山 田 はい、好きです。
シルフ どういう映画がお好きですか?
山 田 これもあまり好き嫌いがありません。昔のもの、学生時代だとアラン・レネ監督の『去年マリエンバードで』のようなものから、華道家の勅使河原宏氏が若い頃に撮った『ホゼイ・トレス』や能楽評論家の堂本正樹氏が監督し、三島由紀夫自身が主演した『憂国』のような、いわゆる映画畑の出身でない人の作品までジャンルは問いません。ポルノも見てる。----私は映画館で見たものでなければ、自分が映画作品として論じることはしません。ヴィデオやDVDで、見ますが、それで作品評はしない。----そういうこともあって、映画は時間を必要としますから、好き嫌いではなく、たとえば「寅さん」とか劇画の映画化とかアニメーションは見ていません。
シルフ アニメーションをご覧にならないですか?
山 田 まったく見ていません。アニメーションに関しては、私の経験は子供時代もふくめて、たいへん貧しいです。昔の『やぶにらみの王様』とか『せむしの子馬』、それにチェコの『悪魔の発明』くらいです。ただ、『悪魔の発明』は私の宝物です。
シルフ 日本のアニメーションは、いまや世界的に非常に高い評価を得ているのですが----。
山 田 そうですね。もちろんそれは良く知っています。----結局、私が見たいのはナマの人間なんです。私、風景画を描きませんけど、それも、風景なんて興味がないんです。人間。いまのところは人間しか興味がありません。だから私の映画の宝石箱にはいっているのは、イングマール・ベルイマンの『ファニーとアレクサンドル』とかリンゼイ・アンダースン『八月の鯨』とか、小津の『東京物語』とか、そういう作品です。こういう作品は、ちょっと他のもので代替がきかないのじゃないかと思っています。
シルフ 映画作品が御自身の作品に影響しているものはありますか?
山 田 それは1点もありません。映画ばかりではなく、視覚芸術の作品からも影響されていません。むろん意識としてはですが。
シルフ どうしてでしょうね。
山 田 ブック・カバーや小説の挿し絵は、これは当然、それを読んでから描きますのでイメージが影響を受けています。しかし、それ以外は、どうやら私自身の内に渾沌としたイメージの霧のようなものが漂っている感じです。自分のイメージがどこから来るかなどということを、考えたことがないのですが、よくよく考えると、私はだからそれを内からひっぱりだして自分でも確認したいし、人にも見せて、面白がってもらいたい。人に見せたいんですよ。そういうことだな~ッ、たぶん。
シルフ 小説の挿し絵を描くのですから、文学一般をお読みになると思いますが、文学からは触発されますか? 私は詩を読んで、コラージュ作品をつくることがあります。中原中也や、ボードレールだったり、ランボーなんていいですね。
山 田 ええ、私は自称、小説読みの名人ですから。(笑い)
シルフ 自称ねー。(笑い)
山 田 そうそう、自称、自称。(笑い) いいものを読むとムラムラと力が湧いてくる。自分もこうしちゃいられないと、妙に、そわそわしだします。イメージがどうのじゃない。エネルギッシュになるんです。----詩はね、中也もランボーも、文庫本でだけど全作品を読んでいます。ボードレールは人文書院版の4巻全集を持っています。それに、これは平凡社の元編集者だった永松信行氏から贈られたものですが、昭和8年に第一書房から刊行された堀口大學訳の『ボオドレエル感想私録』を持っています。「覚書」と「赤裸の心」を収録している。初版が1200部刷られた。新書判程度の大きさですが、皮装で小口が三方金の美しい本です。奥付に堀口氏の印を押した薄いブルーの認票が貼ってあります。永松氏は私が「赤裸の心」に触発された絵を描くことを望んでいたのですが、もう15年も経つのに約束を果していません。----そうそう最近、英詩を読んでいるんです。ええ、もちろん英語のままです。何人かの現代詩人の作品を集めたものや、アレン・ギンズバーグなんかです。それからポピュラー・ソングの歌詞カードが面白い。たとえばプレスリーの歌詞なんて、見事に韻を踏んでいる。あのダミ声のトム・ウェイツなんかもそうです。コッポラ監督の『ワン・フロム・ザ・ハート』の音楽と歌を担当したり出演もしている。ジム・ジャームッシュ監督の『ダウン・バイ・ロー』で主演していた人ですね。そういうポピュラー・ソングがきちんと英詩の定石を踏まえているのだと言うことを知って、面白いなと思っているんです。----そこから自分の絵が生れるか生まれないかなんて、知ったこっちゃない。絵のことなんて、あんまり考えちゃいません。(笑い)
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