山田維史の遊卵画廊

☆ディクスン・カーの為のブックカヴァー

Tadami Yamada's book Jacket for a selection from works of John Dickson Carr. Tokyosogen-sha edition and Hayakawa Publishing, Inc. edition.

　　　　　《東京創元社版について》

　東京創元社の名編集長戸川安宣氏（現・同社会長）が、当時私が住んでいた世田谷のあばら家を訪ねてくださったのは、1982年の2月初めであった。氏は、「わたしどものディクスン・カーのシリーズをこのたび、重版・復刊の際にカヴァー・ジャケットを一新しようと考えています。つきましては、装丁画をお引き受けいただきたい」と切り出された。ディクスン・カーと言えば同社の大きなシリーズ。読者のなかには、我こそは日本一のカー読みを自認する人も少なくない。私のなかを緊張が走った。
　戸川氏は紙袋から一束のゲラ（校正刷り）を取り出し、「さっそくですが、これをまずお願いします」。　受取って表題を見れば『テニスコートの謎』だ。いきなりの名作！　名編集長の名編集長たるゆえんであろう、物静かだがたたみこむようにやってくる。
　もちろん私は、度胸がいいほうなものだから（？）、すぐに沸き上がってきたアイデアのコンセプトをのべた。それはすでに2年前から私が早川書房でやりはじめたことだった。従来のミステリーのカヴァーは、どちらかというと物語性を強調したものが多かった。私は一読者としてそれがちょっと不満だったのだ。それらが多数の読者をつかんでおり、熱烈な支持者がいることは百も承知。それでもなお、私はそういう物語りの場面を描くことは、読者の想像の楽しみとして残しておくべきではないかと考えていたのだ。早川書房の『イギリス・ミステリ傑作選』シリーズで、私はおそらくこれまで例がなかったと思われる、静物画をミステリーの表紙に使ったのである。そのシリーズはその時までに、5册刊行されていた。それをカーでもやってみたいと話した。
　戸川氏は「正直に言いますと、じつは、その早川さんの仕事を拝見して、こうして伺ったのです」とおっしゃった。私はあっけにとられ、また拍子抜けしたように戸川氏の顔を見た。
　「あれで行ってください」と氏は言った。「期待しています」
　いま昔の原稿台帳を見てみると、2月20日に起筆して、23日には完成している。やはり意気込んでいたのだと、あらためて思う次第だ。そうしてその後20年余に及ぶ、ディクスン・カーの装丁画製作がはじまったのだった。

　そう、そう。ついでにお話すると、近年の担当編集者K氏は、聞けば私の高校の後輩なのだそうだ。これには驚いたが、あの地方の町で、彼は私がやったディクスン・カーを手にとってくれたことがあったのかしら。今度聞いてみようと思っている。

A Selection from Works of John Dickson Carr; Edition of Tokyosogen-sha: Book Jacket Illustrations by Tadami Yamada.

《東京創元社版》全25冊

◇？◆？◇？◆？◇？◆？◇？◆？◇？◆？◇？◆？◇？◆？◇？◆？◇？◆？◇？◆？◇？◆？◇？

dk1