東京創元社に『テニスコートの謎』のカヴァー原画を入稿する直前頃だったと憶えている。早川書房で『イギリスミステリ傑作選』を担当している編集者村上達朗氏(現・ボイルドエッグ社長)が、ちょっと会いたいと言ってきた。新宿で待ち合わせることにして、大きな窓ガラス越しに冬の陽がよわよわしく射し込むレストラン喫茶のテーブルに向かい合った。 「ディクスン・カーをやっていただこうと、準備をすすめていますから宜しく」と、村上氏は言った。 「エエッ!!??」‥‥私は一瞬言葉をうしなった。「何です?」と氏はちょっと反り身に椅子の背にもたれて、「いままでのカヴァーを順番に取り替えて行こうということになりましてね」 競合する他社の話はしないのが私の鉄則だったが、東京創元社のカーを引き受けたことはどうしても話さなければなるまい。私は話を切り出した。 「エエッ!!??」‥‥こんどは村上氏がことばをうしなった。そしてしばらくして、「ひどいじゃないですか。うちでイギリスミステリやっていたから、まぎわになってお話しても、引き受けてくれると思ったから‥‥。よわっちゃったなあ」 そして、いったん会社にもどって相談してみると言ってその日はわかれた。 結局、最初の方針どおり私が担当することになったのだが、もしかしたら村上氏は東京創元社の戸川氏とも話合ったのかもしれない。 私は申し訳ないと思いながらも、じつはあの日、新宿で話ながら腹案はすでにできていたのだった。真っ白い背景に、小説に登場する「物」をひとつ、タロットカードと組み合わせる。そして「物」は徹底的に考証するというアイデアだった。 最初の『死者のノック』を描きあげたのは、東京創元社の『テニスコートの謎』から丁度2ヵ月後。4月20日に起筆して24日に完成した。 A Selection from Works of John Dickson Carr; Edition of Hayakawa Publishing, Inc.: Book Jacket Illustrations by Tadami Yamada.