懐かしいと言ったのは、私が高校3年のときだった、高校生演劇祭に参加するための或る戯曲を私が演出した。出演者は二人だけ。一種の不条理演劇だった。当時、小田島雄志氏などが「不条理演劇」という概念を提唱し、ベケットやイヨネスコやピンターなどがさかんに紹介されていた。日本では別役実氏の作品などがそれであったろう。・・・私は、じつは実際の上演は一度も観たことがなかったのだが、こんな演出だろうか、それともこんな演出だろうかなどと空想し、是非自分でも不条理演劇を演出したいものだと思っていた。 そこに現れた(見つけた)のが、どことも判らない「あるところで」二人の男がくりひろげる脱出の試みの物語だった。私はむくの3寸角材で、幅5メートル x 高さ3メートルほどの枠を作り、その中にモンドリアン風な黄金比率の格子を組み、それをステージの奥のホリゾント幕の前に設置した。舞台セットはそれだけである。幕にはホリゾント・ライトでブルー(青)の明りを下から照らした。ステージ全体は陰の無いフラットライトである。二人の男は日常的な個性を削ぎ、抽象化された二つの観念として、灰色の上下のタイツを着せた。劇の中程で天から太いロープがするすると降りてくる。これは、観客からは見えない劇場機構としてステージはるか上部に張り巡らされた簀(すのこ)から、スタッフがタイミングを計りながらそろそろ下ろした。男が首をつっこむと、ロープはどんどん降りてきて、男は首を吊れないのである。・・・このロープ操作にはひどく気をつかった。不慮の事故でロープが何かにからまりでもしたなら、出演者は本当に首を吊ってしまうからだった。3,4人の天井のスタッフは緊張していた。