「ここに在る」

「ここに在る」



夕方の土手道を 新しいスニーカーで 歩く。

川から 土手の斜面に沿って 草々の呼吸を吸い込んで

暖かくて湿った風が 私の周りを抜けてゆく。

川の水は 川底の砂利が見えるほど 少なくて

ひと月前には 茶色の水の塊が 土手道からも

溢れていたのに。

それでも 水は 変わらずに 流れているのだ。



目の前で 今日の太陽が 橋の向こうに沈もうとしている。

明るいオレンジが 空の裾から 少しずつ広がって

水色に滲んでいく。

その境界線を 飛行機雲の軌跡が 陽の光を受けて

煌きながら すっと走った。



新しいスニーカーは 足によく馴染んで 気持ちがいい。

一歩一歩確かめながら歩く。



ふと 誰かが笑っている気がした。

私は 空を見上げ 川の流れを追い 風を聴く。

風景の色彩が 包み込まれるように濃くなって

ああ 私はここに いるのだと

気付いてしまった。



私たちは みな そこここに 在る。

そのままの 在り方で。



そんなことは 知らないと 

また誰かが ゆっくりと 静かに微笑んだ。




sora


*ことばの小箱* NEXT


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