2006年03月01日
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カテゴリ: Inspiration

一昨年だったでしょうか、どこかで見聞きして心に残っていること。


たしか・・・

罪の告白は必要だけれど、「でも赦してください」と言っていても、それが 実質的なレベル において「告白」に終わっているとしたら、それはサタンに栄光を帰す、サタン賛美をしていることになる・・・

という感じの内容でした。


いやぁ、どきっとしました。
くらっくらするくらいのインパクトがありました。

そりゃそうです。
サタンよ、あなたのしたことは、すべて大成功ですって認めていたことになっちゃうんですから。


でも、ちょうど、数年前からの自分の中の変化が始まっているところだったので、幸いこのことも、律法的に受け取ることもなく、不必要なダメージを受けずに済みました。

また、今、あらためて振り返ってみると、思い浮かぶだけで2つの大きな宝物を与えられる、きっかけとなっていたような気もします。



1 「赦し」の時勢の再確認

リアリティ として、すでにすべてがイエスさまの十字架上で処理され、赦されているという感覚です。

頭では、神学的には、2000年前の十字架上で罪が赦されたことを知っていました。
だから、罪を犯したと感じたり、罪が示されたと感じた時は「赦してください」と祈っていました。
ところが、頭理解では赦されているはずなのですが、実感覚では罪意識が残ったままだったのです。

でも、その後、赦しの宣言が、はっきりと自分のものとなりました。

「わたしが与えたくて仕方のなかった赦しをよく受け取ってくれたね。わが子よ。」

そんな感覚が来るのです。自分の目に、自分は罪人だけど、神さまの目には十字架の血潮ゆえ、もはや聖いとされていることが、心の底から感じられるのです。

そして、このことを繰り返すうちに、もう一つ、自分の中の大きな誤解が明らかにされました。
その誤解とは、罪を告白し、祈ったその瞬間に、はじめて赦されるというものでした。


   私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、

   その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。

       ヨハネの手紙第一1:9


「ごめんなさい、イエスさま。赦してください。」
「悔い改めたから、今、赦してあげよう。」

という構図です。

確かに、「赦し」の祈りをした時に 主観的に感じ 、受け取る「赦し」があります。
でも、実は「赦し」が執行・提供されたのはあくまで2000年前ということです。

「ごめんなさい、イエスさま。」
「十字架上で処理済みだから、もうすでに赦されているんだよ。」

赦しを祈る前でさえ、不健全かつ不必要な罪悪感がなくなり、解放感&開放感プラス安心感をいただけるようになりました。 
これこそ、主のみわざ! ハレルヤ!



2 「こんな自分が」癖からの解放

自分の「足りなさ」「弱さ」「罪」を探り、告白することは、クリスチャンとして当然のことと思っていました。
(それ自体が悪いわけではなく、過程の中で通過する必要のあることですが)

ところが、自分にとっての悔い改めは、単なる犯した罪の告白に過ぎなかったのです。

日本人に多いかもしれませんけれど、「こんな自分が」と、自分を引き下げたり、自虐的に扱う傾向に陥っていたように思います。
痛い面・つらい面と同時に、そこにとどまっている方がしっくりくるような、不健康な心地よさもありました。
また、それが信仰的であり、謙遜だったと思っていた部分もあったかもしれません。

自分の「足りなさ」「弱さ」「罪」にだけ目を留め、いちおう「ごめんなさい」と悔い改めの祈りこそすれ、それを「覆う」「癒す」「回復する」とおっしゃる主に、 本当の意味で 目を向けないならば、それはれっきとした「自己中心」だったことを示されました。( 去年の4月 には、すでに感じていたようです。)


「こんな惨めな自分」

確かに、そんな感覚に打ちのめされることもありましょう。

でも、人を罪に定めようとするサタンの攻撃と、生きたみことばによる 真の悔い改め過程 における認罪とでは、来る感覚がまったく違うことを知りました。サタンが与えるものは、単なる罪責感であり、落ち込みと自己嫌悪です。生けるみことばが与えるものは、一時的痛みはありますが、悔い改めから赦しにまで至らせる建設的なものです。


サタンの与えようとする罪悪感に留まっていたとしたら、それこそ、サタンの思うつぼ、「作戦成功、してやったり」とサタンを喜ばせてしまうことだったのですね。

時にかなったみことばの剣・メスはするどく、ふさわしくない部分の治療過程における痛みはありますが、 確実に真の悔い改め まで導いてくださるものです。

「恥はわがもの、栄光は主のもの。」
「こんな自分だけど、主はこんなお方。 赦し、癒し、聖めてくださる、万軍の主。」

自分を見つめてしまうことがあっても、その後に、そんな告白を、堂々とできるようになりました。
そして、その告白自体が、主の取り扱いから出ているものだから、まさに主の栄光ゆえ、主はその告白をことのほか喜んで受け取ってくださっていることが感じられるようになってきました。



自分が信じている神さまのすばらしさ、神さまから与えられる賜物と恵みの大きさに、あらためてびっくりさせられています。







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最終更新日  2006年04月02日 02時53分40秒
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・・・  
真路  さん
アーメン、ハレルヤ!

衝撃的な内容でした。がーーーーん!!!
(2006年04月03日 22時44分07秒)

Re:サタン賛美?!(03/01)  
かすみ草¨  さん
同じようなことを、ほかの兄弟からも最近聞きました。
罪の意識にとどまることはサタンの思惑通り、って。

まさに、然り。 (2006年04月11日 11時50分18秒)

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