のんびり生きる。

のんびり生きる。

いいや、まだだ、これからだめになる


「ヴァン・ビューランは呼ぶな。このあいだ話はした。おれは輸血はしない。もう、抗生物質も飲まん」
「え、だって」とミュリエルが言う。「そんなに熱があるのに」
「電話はするなよ」
 そのとき、彼女の顔に理解したような表情がよぎる。「もう、だめなの?」その声に怒りはない。
「いいや、ミュリエル。まだだ、これからだめになる」
「わからないわ」彼女は眉を曇らせる。「あんたのしようとしてるのが、いいこととは思えない」
(295ページ)



 彼はまっすぐ起きあがって、ミュリエルとディーダーを見る。二人は椅子に戻っており、ディーダーはまた眠りこんでいる。ミュリエルは油断なく背筋をのばし、彼の表情をうかがっているようだ。何が起きるのか、手がかりを求めているのだろう。むしょうに説明してやりたいが、長くともせいぜいあと一分しか残されていないと強烈に意識する。興奮して、彼は両腕を鳥の翼のように広げる。「えらいことだぞ!」
 ミュリエルが怪訝そうな笑みを浮かべたので、言いたす。
「わかるか?」
 彼女は身を乗り出して言う。「ええ、たぶん、フランキー」だが、その顔には迷いがある。過ぎゆく一瞬、こんなふうに姉を置いているのかと胸が張り裂けそうになる。しかしすぐに、胸が張り裂けるなんて、重力のような、別れのような、地球に縛られた情けない概念だと得心している。
(299ページ)


「海辺の骨」


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