第1話

『第一話』  作:プラネタ河伯タコ



 俺は、今開けたドアのノブに手を掛けたまま、じっとその“老人”を見つめていた。


 その“老人”は、倉庫のような小部屋の真ん中の床の上に、大の字になって倒れている。


 上向いた生気のない目が俺に向けられている。


 生気がないのも当然の事で、仰向けに倒れた“老人”の胸には深々と大振りの短剣が突き刺さっているのだ。


 短剣は背中まで貫通しているらしく、背中から染み出した血が床に大きな血溜まりを作っていた。


 顔は土気色で、胸はピクリとも動かない。


 明らかに死んでいるようだ。


 (この短剣は確か『スティレット』ってやつだな‥‥)俺は混乱した頭でぼんやりと思った。




 (そして倒れているのはじいさんの名は‥‥)







 (マエル)






 (‥‥えーっと、俺はいったい何でこんな所にいるんだっけ?)徐々に冷静さを取り戻して来た俺の脳は、この場所に来るまでの記憶を整理しはじめた。




 .......................................




 俺の名前は リザード万太郎。


 ‥‥あ!? 今、人の名前聞いただけで笑った奴は前に出ろっ!


 +5セルキスの錆にしてやるぞっ!


 ‥‥ごらっ!! 『+5セルキス』と聞いて、また笑ったろっ!


 まあ、いいや。


 俺はクロノス城を根城に冒険者稼業を始めて、まだ2ヶ月の駆け出しのパラディンだ。


 今日も貧相な装備で、しかし“やる気”だけは満々でクロノス城のゲートを飛び出し、マエルでターラに一気に飛んだ。



 ‥‥飛んだ


 ‥‥飛んだ?


 ‥‥飛んでねーぞ?


 え?


 マエルがいなくて飛べないじゃん!


 いったい、どういう事だ? 俺はキョロキョロと辺りを見渡した。


 あちらこちらに数人の冒険者が佇んでいるだけだった。


 俺はなす術もなく、突っ立っていた。


 時だけが空しく過ぎていく。


 (あ、あれは)


 ふと俺は、周りの冒険者の中に知り合いの顔を見つけて、勢いよく駆け寄った。


 「こんばんわ! プラネタさん」


 相手はちょっと驚いたように顔を上げて俺を認めた。


 「こんばんWA」


 その先輩冒険者は一度か二度だけ言葉を交わした事のある、プラネタ河伯 という名のパラディンだった。


 「マエル爺さんがいませんよね?」


 俺は慌しく確認した。この世界では『自分にしか見えない』とか『自分だけ見えない』といった現象が時々起きるのだ。


 「ああ、マエルの爺さんは時々職場放棄して、どっかにブラっと出掛ける事が時々あるんですよ。」


 プラネタ河伯はのんびりと答えてくれた。


 「まじっすか?! 困ったなぁ‥‥どのくらいで戻ってくるんですかね?」


 (職場放棄するなんて許せん!マエルのクソジジィめ)


 「さあねぇ? でも、大丈夫ですよ。心配しなくても何日かすれば、そのうち大陸政府の人が連れ戻してくれますからw」


 俺は段々と苛ついてきた。そんなに何日も待てるか!


 「プラネタさん~、どこかマエルが寄りそうな場所とか、御心当たりはないですかね?」


 俺は、やや投げやりに尋ねた。


 「あ‥‥」


 プラネタ河伯は、何か思い出したようにつぶやいた。


 「お?心当りがありますか?」


 「そういえば、マエル爺さん。ついさっき武器屋のほうに歩いて行ってたなぁ。」


 「そ、それを早く言ってくださいよぉおお!」


 脱力した俺は、力無く絶叫(?)した。まったく、この認知症のオヤジがっ!


 俺は、お礼の言葉を背中越しに投げつけて走り出した。


 (あの職場放棄のジジィめ、見つけたら只じゃおかねーぞ。)


 武器屋方向に少し走ると、今まさに建物の中に入っていくマエルらしき後姿が見えた。


 (ビンゴッ!)


 俺は全力疾走で、そのドアの前までたどり着いた。


 ドアはすでに固く閉ざされていた。


 俺は、息を少し整えてから頑丈そうな木製のドアを連打し始めた。


 「マエルさん!早くゲートに戻ってくださいよ!狩が出来ませんよ!」


 俺は叫んだ。


 しかし、中からは全く応答がなかった。


 俺はさらに激しくドアを連打した。


 「マエルさん!マエルさん!なんとか言ってください!」


 俺は声を限りに叫んだ。何事かと近所の人々が窓から顔を突き出した。


 相変わらず、ドアの向こうは無言だった。


 ついに俺は、ドアに体当たりをしてみた。


 びくともしない。中からしっかりと鍵が掛かっているようだった。


 「もしもし、あなた何をしてるんだね?」


 声を掛けられて、俺は体当たりを中断して振り返った。


 人の良さそうな年配の男が、不審そうな目を俺に向けて立っていた。


 「あ、すみません。あの‥‥マエルさんが職場をほっぽり出して、この中に籠もってしまったんですよ。」


 「え?この中にマエルさんが?」


 男はドアに鍵が掛かっているのを確かめて、首を捻った。


 「ここはクロノス南町内会の共同倉庫なんだが。マエルさんが何の用で‥‥」


 男は更にドアを(俺に比べると100倍優しく)ノックして声も掛けたが、相変わらず中は静まり返っていた。


 「私の家に鍵があるから取ってこよう。」


 町内会の顔役らしい男は倉庫の鍵を持っているらしく、鍵を取りに自宅に戻っていった。


 俺は、倉庫のドアの前で、ぼけ~っと待っていた。


 男を待っている間に、様子を覗っていた近所の野次馬たちも次第に興味を失ったようで、三々五々窓を閉めて家の奥に引っ込んでいった。


 「遅いなぁ顔役さん。」


 俺は呟いて、何の気なしにドアのノブを回した。


 カチャ


 開いた‥‥!


 いつ、鍵が開いたのか全く気がつかなかった。


 俺はドアを開けた。探していた相手はすぐに目の前にいた。


 マエルは短剣で胸を刺されて、床に転がっていた。


 俺は、呆然と立ちすくんでいた。


 どのくらい時間が経ったのか。


 いきなり俺の肩を誰かが掴んだ。


 驚いた俺は反射的に振り向いた。







                       つづく


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