―――一方その頃、件の二人組みは……
「ルムルム、なにか面白そうなことはないですか?」
プルミエールがさも退屈そうに欠伸をする。 長椅子から伸ばされた細い両足が、手持ち無沙汰にバタバタと交互に揺れていた。
「絶無―――いや……」
ルムファムが吐いた否定を呑み込む。 無機質な碧眼がプルミエールの肩越しに据えられていた。 釣られてプルミエールが背後を振り返ると、
「うにゅ!?」
暖炉脇に穿たれた壁穴から、真っ白な球体が突き出ていた。 注視すると、ふさふさの羽毛の中に、赤く小さな角のようなものが生えた小動物の類だと判別できた。
「ルムルム……アレはなんですか?」
プルミエールは長椅子から身を乗り出して訊ねる。 少女の声に反応した白い球体から、ぴょこんと一対の大きな耳が伸び上がった。
「存知せず。 だが、形状からミュミュと仮定する」
『みゅ~』
ルムファムの言葉を肯定するように一声鳴くと、“それ”はくつろぐ様に伸びをする。
色素欠乏症の赤い瞳と額の一角、長い耳を覆う真っ白な長毛は、野生のミュミュの持つ典型的な特徴であった。 この謎の生物はウサギ科に属する草食哺乳類であり、女神メナディエルが御遣いを創造した際に、生贄の器とされた経緯が聖伝承にも記されている。 主な生息地は西大陸北部の氷河地帯であり、捕獲の難易度に加えて、宗教的神聖視からメナディエル教圏での捕獲・売買が禁止されている為、通常では値段がつかないほどの付加価値がある。
そして、ミュミュの神秘性をより崇高なものへと昇華したのは、その生存期間である。 野性のミュミュは人族の数倍の寿命を誇るとされていた。 数字が不確かなのは、ミュミュの生態研究が始まって数百年、選ばれた被験体が未だに健在だからである。 その生態は不老の象徴として現在進行形で研究対象となっていた。 現在では人為的交配が進み主に好事家の間で、愛玩用のペットとして飼われる例もあるが、家畜化されたミュミュの寿命は、長くて三十年程度だと定義されている。
「“みゅみゅ”というのですか、か~い~ですね♪ でも、あのヘンタイ牛チチお化けと名前が似てるので、可愛くない方は“ミュクミュク”に格下げしますです」
一方的に綽名で命名しておいて、随分と勝手な言い草だが、触らぬ神に祟り無しであった。
「捕縛するか?」
「うむ、よきに計らいなさいです」
ルムファムに焚きつけられたプルミエールが勢い良く立ち上がる。 制止役どころか進んで扇動するあたり、屍族の少女も同様の倦怠感に苛まれていたようだ。
『みゅみゅ?』
不穏な空気に、ミュミュの黒く縁取りされた丸くて大きい瞳が、キョロキョロと不安そうに揺れていた。
「ルムルムはそっちです」
珍しく頭を使ったプルミエールが、ルムファムと挟み込むようにミュミュへとにじり寄る。
『みゅ~……』
人族と屍族、ふたりの少女の眼光から不吉なものを感じ取ったようで、ミュミュは尾っぽをピンと立てて警戒していた。 と、次の瞬間、脱兎の如く石壁に空いた穴に逃げ戻る。
「ぐぶぅ」
一拍遅れて、飛び掛ったプルミエールが顔面から石壁に突っ込む。 それでも怯まず、少女の腕がミュミュの消えた壁穴を弄るが、望んだ手応えは得られなかったらしく、
「ルムルム、追いかけるです!」
叫ぶや否や、立ち直ったプルミエールも駆ける。 廻廊に出ると、夜闇に覆われた木立の間を白い塊が飛び跳ねていた。 どうやら、壁穴は中庭に通じる廻廊側に抜けていたようだ。
「そこだ」
「そこかぁぁぁ―――げふ」
ルムファムが拾い上げた枯枝を投げつけるが、割って入った障害物―――プルミエールに阻まれる。
「むぅ、どこいったです」
枯葉の山から顔を振り上げたプルミエールが左右を見渡している。 後頭部にルムファムが投じた木片が突き立っているが、気づいていないらしい。
『みゅみゅ』
誘うような鳴声がプルミエールの耳朶に触れる。
見ると、廃庭の中央に位置する噴水台の上に、ミュミュがちょこんと佇んでいた。
「オワリだ」
血の気が引く宣告。 音もなく噴水台の裏側に回り込んだルムファムが、ミュミュの背後から掴み掛かる―――が、そこに猪突猛進、プルミエールが頭から突っ込んできた。
「うぎゃん」
ミュミュを挟んで額と額でお見合いをする二人の少女。 絡み合った小さな身体が、水受け台の上に倒れ込む。
「ルムルム、なんで邪魔ばかりするですか!」
尻餅を着いたプルミエールが不満の声をあげる。
「解せぬ」
理不尽な抗議にルムファムも抑揚の無い声で反論する。 この即席鬼ごっこは、地理に通じた上、小回りが利くミュミュに分があるようだ。 普段なら手荒な手段に走るルムファムも、手加減をしているようで、動きに精彩さを欠いていた。 加えて、目前で不規則な動きを繰り返すプルミエールの存在も足枷になっているのだろう。
と、突然、中庭に地鳴りのような大音響が響き渡り、
「うにゃあぁぁぁぁぁぁ~」
老朽化した水受け台が付加重量に耐え切れずに崩落する。 哀れ、凸凹ふたり組みは、枯れた地下水路に投げだされる。
「無事か?」
間一髪、枯れ蔦に掴り落下を免れたルムファムが、受け身も取れずに落下したプルミエールを見下ろして尋ねる。
「うぐぅ……ひどい目にあったです―――ん?」
手を着いた部分から、ぶにょんと柔らかい感触が返ってくる。 視線を落としたプルミエールが驚いたように両眼を見開く。
「ヘビだな」
ルムファムが的確に事実のみを口にする。 プルミエールの尻の下では、トグロを巻いた大蛇が瓦礫に潰されて、哀れ天に召されていた。
「むぅー、身をていしてプルを守るとは見上げたヘビさんですね」
随分と勝手な言い草だが死人に、否、死蛇に口無しであった。 大蛇との間で幸福量は保存されていたようで、かすり傷ひとつ負わずに済んだらしい。
「それにしても、キモチわるいところですね」
目を凝らすと、大蛇の周りには白骨化した小動物の屍骸が散乱していた。 推察するに、中庭に迷い込んだ獲物を捕食して、塒である地下貯水槽に持ち込んでいたようだ。 そこは大半が土砂で塞がれていたが、大蛇の這入口らしき縦穴が地上へと通じていた。
『みゅ♪ みゅ♪』
嬉しそうな鳴声と共に、ミュミュが大蛇の胴体によじ登ってくる。 そして、何を思ったか、プルミエールの足元に胡桃をひとつ置いた。
「プルにくれるのですか?」
プルミエールが物言いたげに見上げてくるミュミュに訊ねる。
『みゅー』
ミュミュは少女の膝元で甘えるように擦り擦りする。 どうやら、中庭の主であった大蛇を退治してくれたことに対する感謝の意らしい。
「でるぞ」
ルムファムが手を差し出して脱出を促す。 目標を達成したことで、お目付け役としての本分を思い出したようだ。
「ふいー、空気がおいしいですね」
プルミエールはルムファムに引き上げられると、大袈裟に深呼吸をする。
「其方たち、このような場所で何をやっておるのじゃ?」
そこへ、聞き慣れた声が割り込んできた。 仕事を早々に放棄して逃げ帰ったミュークと鉢合わせたようだ。
「ムムっ、やっと帰ってきましたかミュクミュク」
プルミエールは両手を腰にあてて、偉そうに踏ん反り返った。 少女の頭の上に陣取ったミュミュも心なしか尊大に伸びをしている。
「微妙に呼び名が変わっている気もするが……、それはまぁ良い。 それよりも、その頭の上の白い毛玉はなんぞや?」
ミュークが立て続けに疑問を投げかける。
「よい質問です。 こっちはかーいい方のミュミュです♪」
「事情は知りたくも無いが、なにやら理不尽に貶められた気がするぞよ」
ミュークはこの得体の知れない胸のもやもやが、嫉妬の類でないことを切に願うのであった。 この脳足りんと同レベルと思われたら心外である。
「まったくミュークさまは……」
そこに、後からやって来たレムリアが合流する。 こちらはミュークが心配で已む無く仕事を抜け出してきたようだ。
「あれっ、それはもしかして野生のミュミュですか?」
一方、ミュミュを発見したレムリアは凄いはしゃぎようだった。 目を輝かせながら、プルミエールの周囲を廻りながらミュミュを観察する。 この曰くありげの小動物が、屍族の少年の知的好奇心を相当刺激したようだった。
「恐れいりなさいです」
「うん、本当にスゴイです。 ところでプルミエールさん、コレなんですか?」
「プルプルでいいです」
再三のやり取りに既視感を抱いたが、レムリアは敢えて無視して、少女の後頭部に刺さったまま放置されていた木片を無造作に抜き取る。
「ぷしゅぅぅぅぅう……」
プルミエールが空気の抜けるような音を口唇から漏らして卒倒する。 ひっくり返った少女の頭部から、ドクドクと赤い染みが嘘のように地面に広がっていた。
「うわぁぁぁぁぁ……。 ど、どど、どうしたんですか!?」
慌てたレムリアは、しどろもどろに周囲に助けを求めるが、
「レムのせいじゃな」
「レムが悪い」
ミュークとルムファムは他人事のように顔を逸らしていた。


