わたしのみち

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Raining mary

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2006.12.14
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テーマ: 鬱病(2272)
カテゴリ: カテゴリ未分類




※注意※

自傷について細かくかいてあります。
関係のある人ない人 読んだら気分を害されそうな人は読まないでください。
読まれる方読んだ後の事は責任負いません。















私は去年の12月14日にアームカットをして大きな傷をたくさん左腕に被った。
秋くらいから自傷がひどくなり、お酒を飲んで切ったり、どうやったら血がたくさん出るかとかグロい事ばかり考えていた。
いつでも死ねる。そんな感じだった。生きてる意味もなければな死ぬ意味もない。ただ勇気のないだけだった。年内には死にたいと漠然なことは言っていた。でも別に本気ではなかった。



自傷は自分の気持ちの不安と孤独の象徴だと思うようになった。傷が多いほど深いほど落ち着くようになっていた。

そして、去年の今日。

限界値を超えてしまったらしく、たくさん切りすぎてしまい、何針も縫った。
全く痛みを感じなくなってしまっていて事の重大さに気付かなかった。


そして、私に押し寄せてきたのそれまで以上の不安と孤独だった。


精神科では処置しきれないと言われて、形成外科へ独りで行った。
毎日 独りで通った。雪の中。。。自分で切った傷をつなぎに行った。
仕事へも普段通り行った。やはり痛みを感じなかったの普通に肉体労働もしていた。
家にも普通に帰った。

誰にも自傷の事は言わなかった。いや、言える相手がいなかった。そのとき初めて自分は孤独という状態を突きつけられた気がした。漠然としていた物が現実化した感じだった。
今なら死ねると思った。

誰かに傷を見せて、泣きつきたい気持ちで一杯だった。
でも誰もいないという事に気付かされた。自分のした事がすごく情けなかった。
こういう事は頼れる人の前でやる事だと思った。
私は誰も頼る人はいないのに、自分を切り刻んで、
無駄なお金や体力や気力を使い、すごく馬鹿馬鹿しかった。


看護師さんの計らいで、自傷の事は伏せて、貧血等の治療・休養で入院する事になり、私は存在する道を選んだ。でも今でも生きてるとは思ってない。でも1度死んだような気がする。


生きてもないし死んでもない

こっちでもなくあっちでもなく

まるで細い境界線の上で片足つま先立ちをしているかのような私の心はまだ不安定なまま。



どっちでもいいから この心を包みこんでくれる何かを私は求めている。





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Last updated  2006.12.14 21:56:49
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