丸ゴリ婦人の新婚劇場

丸ゴリ婦人の新婚劇場

恋の煙。


裕が駅まで迎えに来る、というパターンが普通だった。

毎度のように乗る裕のくるま。
見た目は真っ黒でイカツイのに中はどこか緩んだような、とぼけたような空間。
それはもう、裕そのものと同じだった。


ぬいぐるみがゴロゴロしている裕の車内では、
BGMは決まって黒人(イメージ)さんのR&Bかチャットモンチーがかかっていた。
2つの曲があまりにもかけ離れているのが、なんだか印象に残った。

裕の携帯は、呼び出し中に音楽が流れるように設定してあって
その曲がチャットモンチーの「恋の煙」だった。

受話器からの音質はひどいもので、待ち歌でたまに耳にするその曲は、
私には耳鳴りのように聞こえて、歌詞さえ聞き取れなかった。

そして裕が私の前から消えた後、この曲を耳にすることが怖くて仕方なくなる。
「チャットモンチー」という名詞すら聞くことがひどく苦痛だった。(ファンの方ごめんなさい)


黒いワンボックスから漏れるくらいの大きな音量で
しかもウーハーでドコドコ言ってるようなのに、流れてる曲がチャットモンチー。
子供乗ってるの?と言いたくなるくらいのぬいぐるみざんまい。
だけど運転してる人、ガテン系兄ちゃん。

このミスマッチの空間に、自分も加わっていることが私は最高に嬉しかった。


口数の少なくなった車内、私は初めてきちんとその歌を聴いた。


・・・

地下鉄は生ぬるい風
くちびる叩く髪の毛の音

寄り添いたいな鼻唄口ずさむその肩に


ふたりぼっちに慣れようか 朝昼夜その先でもいいから

ふたりごとで喋ろうか 振り返る訳ふれずにはいられない

ふたりよがりになりたいな 当りくじだけのくじ引きがしたい

ふたり占めしていたいから 夢にまで見た夢に手が届きそう


・・・


1曲目のサビまで流れて、ようやく私は気が付いた。
「ああ、コレあれだね、裕のケータイの待ち歌の曲?」

「うん、そう!なんかなぁ・・・この曲聞いてて
“ふたりぼっち”って、ホンマそうやなぁ・・って思った。」

私はこのとき、この歌を聴いてもコレと言って切なさを感じることはなかった。
むしろ、初めて聞いた曲で耳が馴染まなかった。

私は聞き流しながら助手席の窓の外の、日が沈んで暗くなった空と
街頭や店の明かりがオレンジ色にぼやける景色が流れるのを見ていた。


駅の駐車場でばいばい、と別れを告げて、まっすぐ改札へ向かう。
ほんとうは見えなくなるまで振り返っていたかったけど

裕がまだそこにいるのに行かなくちゃならないのも辛いし
裕がいなくなるのを見届けるもの淋しかったから、振り返らなかった。



電車に乗ると、その日のお礼をメールで打つのが日課になった。

今日はありがとう、楽しかったよ、会えて良かったよ、またすぐ会えるよね

何度目の逢瀬になっても、それらの単語は必ずどこかに使われていた。
今日のことを忘れないで。私のことを忘れないで。次回への約束にして。

「ずっと一緒にいようね」の、「ずっと」を
自分勝手に「一生」って意味にとらえたくなるくらいに
私の毎日は、裕のことでいっぱいだった。


裕は毎日メールをくれた。私も毎日メールを送った。
たまに電話がくれば、恥ずかしがりもせず「声が聞きたくなってん」と言った。

土曜日や日曜日に会っても
火曜日にはもう「早く会いたいね」「今週は会える?」と聞きあっていた。

ほぼ、毎週のように週末は2人で過ごした。
特別どこへ行くか決まっているわけではなくて、
夜、2人で飲んでは泊まって、朝になればドライブがてら行き当たりばったり。

そんな逢瀬を3,4度繰り返していたけど
泊まって一緒に眠るときでも性関係はもたなかった。

というより、私がマグワイアを拒み続けた。
なんとなく、プラトニックこそが純愛だと。

裕もきっとそれで理解してくれてるものだと思い込んでいた。
きっと身体を許したらそこが終着点になると思うのが怖かった。

そして私のその態度が、
裕を静かに傷つけ続けていたのかもしれないと悟ったのはつい最近でした。




・・・



2月になり、バレンタインのシーズンになった。

お店はこぞって赤やピンクの飾りつけをはじめ、
見ただけでもなんだか甘いにおいがしてきそうな季節。

当日は残念ながら平日だから会うことはできなくて
近い休日に都合を会わせて、また会おうねということになった。

好きな人に、バレンタインにチョコレート。

女の子だったら1度は経験ありそうなことだけど、
私は裕と過ごしたのが、初めてだった。


手作りをすればきっと、ステキだったんだろうけど
私は以前から自分が食べたくて仕方なかったチョコレートがあったので
バレンタインついでに自分の分と、裕の分を買った。


当日、出かける前に思いついて手紙を書いた。
(この頃から手紙好きだったのかな私・・)

普段、口で言えれば一番いいこと。それは口で言えないわけじゃないこと。
でも、口で言うよりも裕の心に届く気がして、手紙にした。


『メリーバレンタイン!

 手作りできれば良かったんだけど、苦手なので・・
 前から食べたかったチョコレートがあったから、それにしました!

 私たち、サイトだし普通じゃない出会い方なんだろうけど
 それでも、私は会えて良かったって思ってます。

 ちょっと離れてるから、この先つらいこととかあるかもしれないけど
 ずっと、一緒に乗り越えていこうね。

 いつもありがとう。』



キレイな便箋に、丁寧に書いて封をしたらきっと素敵なんだけど、

チョコレートの包みが小さくて、封筒に入れたら入らないから
封筒には入れず、小さく折りたたんだ。


それからやっぱり、渡そうかどうしようか悩んで
チョコの包装には入れずに、上着のポッケにしまいこんだ。


そんな雰囲気じゃないかもしれないし。いきなり手紙なんて、
引いちゃうかもしれないし。渡すかどうかは、その時の雰囲気で決めよう。


少し溶け残った雪がびしゃびしゃと跳ねる道を、
待ち合わせに向けていつもの駅へと急いだ。





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