丸ゴリ婦人の新婚劇場

カカオ祭りと恋文

待ち合わせの場所につくと、どちらともなく「今どのへん？」と電話をかける。

誰かを待ってここへ来たこと。誰かがここで待っていること。
完全なアウェーである街でも、いつでもそれは頼もしい希望だった。

会うたび会うたび、居酒屋で飲んでいるのでこの日は私が
「今日は飲むのよそう！」と提案した。

バレンタインのチョコを渡したいというのもあって、
なんだか酔っ払いたくなかった。

それでも「お願い！ほんの1杯だけでええから～！！」

「だーめー！毎回飲んでるじゃん。」

「お願い～！仕事後の1杯が楽しみやねんからぁ～～～！」
と裕に駄々をこねてお願いされると、仕方ないなぁ･･と折れてしまい、
交差点の角の、小さな居酒屋へ入った。

席に着くなり、いつものように「生１つ」と注文する裕。
私も続いて「あと、ウーロン茶下さい。」と声を掛けた。

運ばれてきたビールを、美味しそうに飲む裕。
「今日はそれでお終いだからね！」と釘をさすと

「はぃ･･･」としおれたような返事をした。それが可愛くていじらしいなと思った。

カウンター席と、小上がりが2席だけの、薄暗くて小さな居酒屋だった。
そこのオヤジが1人で切り盛りしているのか、
店内はお世辞にも清潔感があるとは言えないかんじだった。

それでも出される小料理はそれなりに美味しかったし、
その狭くて手抜きされてるような空間もまた、なんだかラクチンだった。

裕は、1杯きりのビールをもったいなさそうにちびちび飲みながら
仕事の話を聞かせてくれた。

「なんかなぁ、この前会社の飲み会があってん。
　で、そこでなんか知らんけど先輩とケンカしたらしい･･」

「は？？誰が？」

「おれが。」

「なんか知らんけど、って覚えてないの？」

「うん～・・気付いたら自分ちの玄関におった･･笑

　で、次の日会社の人に"全然覚えてないんすよ”って話したら

　飲み会で、オレがトイレにたったときに、割り勘するからって話になってさ
　おれがトイレ行ってたから、先輩が代わりに立て替えてくれてたらしいねん。

　で、トイレから戻ってきて話したらオレがキレたらしくてさ～笑」

「は！？なんでそこでキレるの！？」

「わからん･･でも"なんで勝手に立て替えてるんですか！”とか言うてたって！笑」

「意味わかんないじゃん！笑　記憶なくなるほど飲むの、ダメだよ！」

「うん、でもちゃんと次の日先輩にあやまっておいたで！」

「当たり前でしょー！笑」

「でも不思議やねんな～　飲み屋でてから、
　タクシー乗ったとこはかすかに記憶あるんやけど、
　行き先言った覚えないのに、家に着いて金払ってたんだよな･･」

裕はちょっと天然だ。
注文したえびの塩焼きを、殻ごとパリパリ食べながら話を続けた。

「それとな、最近毎日アポロ食べてる！」

･･･アポロって、あのアポロチョコレート？三角の。

「アポロって、あのチョコの？」

「うん！前はビスコだったんだけど･･飽きたからアポロにした。」

ガテン系兄ちゃんがあのちっちゃいアポロチョコを食べてるなんて･･
それだけでギャグっぽい気がするのは私だけかしら。。

「なんでまたアポロ！？」

「まえに、ゴリ言ってたやん、レアなアポロがあるって」

そういえば、何週間か前に会ったとき、お菓子の話をしたことがあって

「ピノにハートのピノがあると、それは幸せのピノ」とか
ピンキーにもハートのが混ざってるとか、
「黒とピンクがさかさまのアポロ」も話題に上ったことがあった。

「で、その逆さアポロ？幸せのアポロ？を見つけたくてな、
　毎日、仕事行く前にコンビニでアポロ買うてんねん♪

まぁーなにげに毎日アポロだけ買うのもちょっと恥ずかしいねんけどな！」

「それで、見つかった？逆さまのアポロは」

「いや、まだ･･。休憩時間に、気付いたら他の先輩が食っててさ！
　“勝手に食わんといて下さいよ俺のアポロー！”みたいなさ。笑

　で、食った中にさかさまのやつありました？って聞いてみたんやけど
　そんなん見ないで食ってもうたわ･･って。もしかしたら食われたかも・・」

裕の天然な話を聞いていると、私は妙に癒された。
裕がもったいなさそうに飲んでいたビールが終わると、私たちは店を出た。

週末ということもあって、駅通りは人通りも車の通りも多い。
私は事前に、この辺りで一番安いビジネスホテルを探しておいた。
そこへ立ち寄ってみたけど、あいにくの満室で、結局別のホテルに入った。

狭い部屋に入って、荷物を降ろしてベッドに腰掛ける。
私は、カバンの中のチョコレートをいつ出そうか、そのことばかり考えていた。

１人でそわそわしていたら、にわかに沈黙が訪れた。

チャンスだ。私は、さも今思い出したかのように
「あ！そうだ、コレ」と言いながらカバンをゴソゴソあさった。

「はい、バレンタイン！」

緑色の包装紙に包んだ小さいチョコを渡した。

「お！まじで！ありがとう！」

「手作り･･ではないんだけど･･美味しいよ！」

裕は「食べていい？」と聞くと、私の返事を待たずに
さっそく包装紙をほどいて食べ始めた。
手紙、やっぱり入れなくて良かった・・・。

「あ、けっこう美味しいやん。ほら。」

そういって、ひとかけ私にあげようと差し出してくれた。
私は笑って、「ううん、私ももう食べたんだ」と答えると裕はそのまま自分の口に入れた。

食べ終わったカラと、ほどいた包装紙をゴミ箱へ入れた後で、
「･･これ、やっぱり記念にとっておこ！」と裕はチョコの入っていた外袋を拾った。

「ごちそうさま！ありがとう。」と静かに抱き締める。

裕の腕の中は、彼の体温と、チョコレートの甘いにおいが溶けて、
なんともいえないゆるやかな緊張に包まれているような感覚だった。

「･･あのさ、さっき、チョコ渡すとき言えばよかったんだけどさ」

「うん？」

「あのさ・・・すきだよ」

裕は腕をほどくと、わざと私の顔を覗き込んで
「なんでさっき言わなかったん？」と聞いた。

「いや･･なんか･･恥ずかしくて」

「なんで言わなかったん～！まったく～！」

「なんか･･いえなかった・・笑」

裕はわざとらしく「ふぅ。」と大きなため息をついて
「おれも大好き。」と小さな声で言うと、また抱き寄せた。

好きな人に、好き、という。
好きな人が、好き、と応えてくれる。

それはそれは素晴らしいことなのに、なんだか現実味を帯びない。
言葉にまだ、気持ちが満ち足りていないんだろうか。
このときはまだ、どこかうわ言のようにしか聞こえなかった。

奇跡に近い幸せは、ウソみたいにしか感じられなかった。

夜はあっという間にふけて、私たちは寄り添ったまま、ただただ静かに眠った。

翌朝は小雨が降っていた。
裕は今日は昼から地域の用事があるというので、遅めの朝ごはんを
食べに行って、そのまま駅へ送ってもらうことになった。

駅のコインパーキングに車を停める。30分以内なら、無料。
電車まではまだ40分ほどあった。
車から降りずに、私たちはなんとなく窓を流れる雨だれを眺めていた。

「･･･行くか。」

駅に近付くほどに、ホームに近付くほどに、別れる時間が迫る。
まだ車に居よう、とも言えず私たちは車を降りて駅へ歩いた。

雨でいっそう冷え込んだ気温に、
私はジャケットのポケットに手を突っ込み、その手に触れたものに気付いた。

手紙。

すっかり忘れてた。ポケットの手紙。バレンタインの手紙。

前を歩いている裕が、こちらを見ていないのを確認して
私は手紙をそっとポケットから取り出した。

畳んである手紙を、さらに小さく折りたたんで、
それを握って隠してから、またポケットに手を戻した。

帰る寸前に、渡そう。

改札まで来ると、裕は立ち止まった。
「まだ時間あるなぁ～。どうする？」

30分したら、裕の車が駐車料金取られちゃう。
今、ギリギリまで一緒に居ても居なくても
私の帰宅時間は変わらないけど、裕は早く帰ることが出来る。

「うん、、もう行くね。駐車料金取られちゃったらもったいないでしょ。」

「ほんの300円くらいやん。」

「そか・・笑　今回も、いろいろありがとう。」

「ん、ああ・・こっちこそありがとな。」

別れの挨拶はいつもどこかぎこちない。
バイバイって言ってるのに、お互いの視線が混ざり合って離れない。

「・・・」

「・・・」

人もまばらで、どこか閑散とした駅。
私たちは視線だけ合わせたまま、なんとなく沈黙になった。

「裕、手だして」

「ん？」

私はポケットから手紙を握ったまま手をだして、裕の手の平に置いた。

「ラブレター。笑」

「まじで！」

「ほんとはチョコと一緒に渡そうと思ってたんだけど・・中に入れるの忘れちゃってさ！」

私は軽くウソをついて、「後で読んでね！」と手を振って改札を抜けた。

「うん、あとで読むわ！ありがとなあ！」

休日、利用者の少ない電車は空いていた。
しばらくして、ようやくガタゴトと動き出した電車の窓から、
あいかわらず止む気配のない雨が降るのを眺めた。

あんな手紙で、何が伝わるだろう。何が伝えられるんだろう。
裕は何を感じ取るだろう。「好き」も「愛してる」も言葉にしたらすごく簡単だ。

だけど簡単に言葉に出来ないのは、そこに感情がこもっているから。

手紙。　もう読んでくれたかな。

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