丸ゴリ婦人の新婚劇場

丸ゴリ婦人の新婚劇場

終わりから続く道


大きくて自分よりも少しだけあったかい手、
リスみたいに笑ってる目、

いつもの別れ際と同じようにバイバイ、と動いた口。


おそろいのコップ。



そんな甘さの余韻が漂いそうなものを全部を抱えて、
私はいつものように電車に揺られて帰宅した。




帰宅して間もなく

「ありがとう、さっそくコップ使ったよ!」
とメールを送れば、祐からは


「コップ使うたびに、ゴリのこと思い出すなぁ。」
なんていつもの調子で返事が来ていて、私は相変わらずのぼせていた。




夜、おそろいのコップで1人ココアを飲みながら一息していて
ふと祐の声が聞きたくなった。


話すことは、いつもと同じで特別何も用意していない。

ただ、「今ね、あのコップでココア飲んでるんだー」とか、それだけでも良かった。

それだけでも、受話器の向こうとこっちでは確かに愛おしい時間が流れていた。





「電話してもいい?」と送ったメールに、


「今ちょっと仲間遊びに来てるから、帰って時間あったら電話するわ!」
と返事がきた。


私はふざけて、
「いつになるやら。。。笑」と送った。



祐も私も、夜更かしに強い方ではなかったから
きっと真夜中になって連絡がくることはないだろうと思って私は眠った。


そうしたらきっと、明日祐から連絡を入れてくる。










だけど、それっきり祐からは何も言ってこなくなった。










夜にメールを入れて、どちらかが寝ていたり用事で返せないときは
翌朝か、日中にはメールが入っていた。

仕事中でも、土方仕事のの祐は暇を見つけては携帯から、
私は仕事のパソコンからメールを送っていた。




「いつになるやら」なんて、失礼だったかな。怒ったのかな。

ひどいこと言っちゃったかな。



わからない不安は時間が過ぎる程に自分のなかでどんどん大きくなっていく。




だけど夜になっても、次の日になっても連絡はこなかった。




怖くなって電話をかける。

電話はかかるけど、もしもし、と祐がでることはなかった。


どうしたの?

ひどいこと言ったかな。

何かあったの?




どうしたらいいのかわからない。
なにがあったのかもわからない。


大丈夫、大丈夫。きっと大丈夫。
自分で自分に言い聞かせていた。


自分で自分をなだめながらも、連絡の絶えた3日間は毎晩泣いた。

こんなに、こんなに祐のこと想ってるのに。
自分の気持ちに溺れるように、涙は毎日流れ出た。



仕事のことなんかこれっぽっちも頭に入らなかったけど、出社した。(当たり前か)
何も考えずにいたら、泣くか狂うかだと思ったから。

仕事中も、モニター画面の右端に出ているメッセンジャーが動くことばかり気にしていた。







早朝、昼頃、夕方、夜、夜中、深夜。


日を変え、時間帯を変え、なんども電話をかけた。毎日かけた。


けれども受話器から聞こえてくるのは、聞きなれたチャットモンチーの着うた。
それが祐の声に変わることはなく、留守番電話に接続されることもなかった。

ただ、一定時間着うたが繰り返されると
「お出になりません」というアナウンスが流れて電話は切れてしまった。




メールも、毎日入れた。

なにかあったの?心配だよ。

傷つけたかな、ごめんね、ごめん。

時間あったらまた連絡して欲しい。

今日、仕事でね・・・




私はもう、気が狂い始めていた。





病気になったんじゃないか。
倒れたんじゃないか。
何かあったんじゃないか。


そう思うことで、取り残された自分の理由付け必死にを探していた。


そうだ。

きっとなにかあったんだ。だから突然連絡できなくなったんだ。
きっとまた、何日かしたら連絡がくる。きっとくる。




祐とは、もう終わりになってしまったということ
連絡が突然途絶えたということ、それがもうそのままの答えだということ


そのどちらも私は受け入れられなかった。
受け入れたくなかった。


悔しいけれど、
祐が去る理由が私には何一つ思い当たらなかったからだ。





祐のことは1ミリも恨む気も責める気も沸かなかった。

ただ、どうして?と言う思いと
なにもわからなくて・気がつけなくてごめんという思い。

キレイごとでもなんでもなくて、本当に純粋にそう思った。
私には、祐と過ごしていた時間が幸せすぎた。




1週間過ぎても、2週間過ぎても、連絡が来ることはなく
電話が繋がることも、なかった。



それでも私は連絡をとろうとし続けた。




住所でも聞いていればな。なんて思っていた。



その気持ちのおおもとが、「まだ別れたわけじゃない」という思い込みだった。

サヨウナラだって言われてない。別れ話も、そぶりもなかったよ。

だって、祐は自分で言ってたじゃない。
好きって言ってくれたときにも、言ってたじゃないか。

「告白とか、別れ話とか・・おれ電話やメールで済ませたくないねん。
 そういうのは、今までも、きちんと面と向かって伝えてきたから。」

もうそばにはいない人の言葉を
2,3ヶ月前の言葉をおまじないのように頭で繰り返した。





日が経つごとに、気持ちは少しづつ変化していった。

どうしても、何が何でも、祐ともう1度連絡をとりたい、
何が何でも、つかまえたい。そこにもう、愛情が残ってなくても。



悔しいじゃない、突然いなくなるなんてずるいよ。


そうして1ヶ月も、2ヶ月もそうして電話やメールを苦し紛れに送り続けた。



相手の迷惑や心境なんて、私はもう考えてなかった。
ただ、自分の気を紛らわせる為。自分を説得するため。

「何も言われてない」から、まだ終わってないと思い込んで救われていた。




ちょうどミクシィが流行り始めた頃で
祐の母校のコミュニティに参加して同世代の人を探した。
(でも途中からパスワードを忘れてミクシィに入れなくなった・・)


祐の同級生だった人の弟や
隣町の中学だった人、


祐に近付くにつれて、なんとなく足踏みをするようになる。
祐に接触することができて、そこで「終わり」を迎えるのが怖くなっていた。

祐への想いは、いつしかストーカーみたいに相手を嗅ぎ回ることにすりかわっていた。







ある日。
いつものようにもう出るはずのない電話をかけていた。




受話器から聞こえたのは、いつも流れてくるチャットモンチーの歌ではなかった。





祐の声でもなかった。






着うたが黒人さん(想像)のヒップホップ(?)に変わっていたんだ。



祐は、無事なんだった。
きっと普通に毎日を送っていて、携帯も普通に使ってる。

ただ、私との接点だけが削ぎ落とされているだけなんだ。







何かがあったわけじゃなかったんだ。無事だったんだね・・。
なのに少しも、安心も嬉しさもなかった。それどころか落胆に近い気持ちだった。




もしかして病気?まさか事故?なんて勝手な心配していたのは
祐を想ってのことじゃない。祐が心配だったんじゃない。


「何かあったから」そうであってほしい、
連絡が出来ない状態であってほしいと、内心で私は望んでいたんだった。


この期に及んで、取り残された自分を否定していたかった。

寂しい自分を受け入れたくなくて、独りがいやで
誰ももうそばにいないと気付きたくなくて



男トモダチ、メル友、紹介された人、かたっぱしから馴れ合った。

早く祐を忘れるため、次のシアワセを見つけるため、
それが、祐と私 お互いにとって一番良い結果なはずだと思い込んで馴れ合った。



誰と一緒に過ごしても、笑っても、眠っても(別にマグワッたわけじゃないよ)
何も満たされることはなかった。





結局マグワイアまでならなかったから去ったんだろうか、とか考え始めた。
そんな風に思いたくない。


でも、そうじゃないって証明できるようなものは何もない。

証明してくれる本人は、もういない。





むなしさだけが残った心の、入れ物としてあるだけの身体。
今さら誰に身を預けても大して変化はなかった。


誰といても、祐から連絡がくるんじゃないかという妄想は消えずに
携帯ばかり気にしていた。



浮ついた気で馴れ合ってるだけの私に、相手も同じく軽いものだった。

一瞬でも、この先も一緒にいて欲しいような素振りを見せれば
上手な言い訳を使ってそれぞれ散った。相手も、私も。





そんな毎日を過ごした。





回数は少なくなったけど、それでも私は週に何度かは祐に電話をかけた。
踏ん切りがつかなくてメールも暇を見ては送った。


いつまで経っても状況は変わらない代わりに
祐はいっこうに電話もメールも拒否をしてくれなかった。


電話はかかるし、メールも送信完了できる。
(今のシステムはどうか不明だけど、当時は受信拒否するとエラーが帰ってきた)






変わってしまった着うた。
英語で何を言ってるかわからない着うたを聞きながら、祐の言葉を思い出す。







「なんかなぁ・・・この曲聞いてて
“ふたりぼっち”って、ホンマそうやなぁ・・って思った。」






もう聴くことのなくなった歌。受話器から、2度と聞こえることのない歌と声。


ビリビリにひび割れたような、最低の音質で流れてきた歌。
いつだってその歌が流れるとすぐに、祐の声に変わったのに。


ほんの少し前まで、私たちは確かに“ふたりぼっち”だったはずなのに。







・・・




地下鉄は生ぬるい風
くちびる叩く髪の毛の音

寄り添いたいな鼻唄口ずさむその肩に


ふたりぼっちに慣れようか 朝昼夜その先でもいいから

ふたりごとで喋ろうか 振り返る訳ふれずにはいられない

ふたりよがりになりたいな 当りくじだけのくじ引きがしたい

ふたり占めしていたいから 夢にまで見た夢に手が届きそう





・・・




しばらくの間、この歌を聞くと拒絶反応というか

ムネヤケに近いような息苦しさ、吐き気に似た倦怠感が無意識に襲ってきて
半年くらいは、チャットモンチーの歌をできるだけ耳にしないようにしていた。
(今は、大好きですよ。)







そのまま月日は流れ、感覚はただ麻痺した。もう泣くこともなくなった。


祐は、いなくなったんだ。

もう、戻ってくることはない。

その理由をしることも、きっとこの先ない。






また電話をかける。



着うたが流れて、アナウンスが流れて、切れる。




またかける。自分ストーカーだなほとんど、と自嘲しつつもかける。




歌が流れると、こんどはすぐに切れた。



心臓が高鳴った。間違いない。
いま、祐の手元に携帯がある。

今しかない。今だったら、もしかしたら・・


すぐに掛け直した。















「…電源が切れているか、電波の届かないところに・・」














もう一度、声が聞きたかったなんてウソだった。

理由を教えて欲しいのも、もうどうでも良かった。

自分が取り残された事実も、もう痛いほど気が付いていた。
気が付いていたから、認めたくなくてもがいていた。




あてつけでしかない。


取り残されてもがいてる自分を、祐に知ってほしかった。
こんなに苦しんでるんだから こんなにツライんだから、わかるでしょ?と。





だけど全部の望みと想いが、今強制的に断ち切られてしまった




祐は、私だとわかって電話を切った。私だから、避けた。


私はフられたんだ。もうとっくに祐は近くになんかいなかったけど。

今更なのに、泣けた。







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