歴史探検 (世界史と日本史との間)山田企画事務所

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2016年12月27日
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源義経黄金伝説■第1回
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所


京都市上京区今出川通り飛鳥井に京都市上京区に白峯神宮はある。
祭神は 崇徳上皇 すとくじょうこう 。日本の大魔王といわれている。

幼き帝の手を外祖父、中山忠能がかしづき、新しく出来た神社に詣でている。
「さあ。 御君 おんきみ 、ご先祖帝さまにお願い申し上げてくだされ。
これからの、御帝さまを中心とされる新しき政府に、崇徳様の怨霊がたたらぬ
よ うに、あたらしき政治をお守りくだるようにお願いつかまつれ。
代々、我が家、藤原本家に伝わりし、 西行法師 さいぎょうほうし 殿との


幼き帝は、手を合わせ、御願いを、なされた。

「崇徳上皇殿下、お許しくだされ。我が王朝が武士から世辞を取り戻すに700年
かかってしまいました。今にいたり、源頼朝、大江広元の子孫たる二家、薩摩島津。長州毛利両家をもって、武士どもの町、江戸と政庁江戸幕府を倒し、武士どもを根こそぎ退治いたします。この長き屈折したりし日々をお許しくだされ。

そして、 陰都 かげみやこ でございます。平泉王国は、いにしえに滅びました、それゆえ、
代わ りに江戸を陰都といたします。平将門を祭る神田明神を持って、陰都の
守神といた します。


御年十六歳の帝は、深く頭をさげた。白峰稜前にある白峰寺木像(白峰大権現)が 讃岐(さぬきー香川県)から運ばれて来ていた。先帝孝明帝が望み、できなかった事をなしとがている 。

「今、奥州東北の各藩が、列藩同盟とか申し、昔の蝦夷どものように反乱を
起こそうとしております。我が王朝の若い貴族を持って先頭に立ち、荒恵比寿
どもをたいらげます」



崇徳上皇は、保元の ほうげんのらん の首謀者の一人である、後白河に
敗れ、讃岐に流され、そのちでなくなり、 白峰山 しらみねさん に葬られた。
讃岐は京都の南西の方角、つまり 裏鬼門 うらきもん であり、平泉は、京都から見て鬼門
にあたる丑寅の方角である。

空から、崇徳上皇の独白が落ちてきて響き渡る。

「西行法師よ、長くかかったのう。いつまで朕をまたせたことやら。
がしかし、その陰都もいつまでも、安穏とするかや。
所詮は、東の幕府、所詮は、荒夷どもが街じゃ。

朕が情念は、いつしか吹くだすやもしれぬぞ。
見ておれ」

この日、元号が明治と改元された。

(続)2014版改稿
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所





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最終更新日  2016年12月27日 17時14分29秒
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