――――――――私は玩具になった







001・mystery toy






「ここが草摩本家・・・?」



一人の少女が上を見上げて呟いた。


首を精一杯曲げてやっと全貌が明らかになる程に大きな門をくぐる。


自分が小さく感じるのはこの敷地が大きい所為なのだろうか、それとも場違い極まりないからだろうか。




少女の名前は高橋真央。


先日両親を亡くしてしまった可哀想な少女だ。


本人としては自分を不幸だとは更々思っていないのだが。




真央が辺りを見渡すと家は勿論、木やら池まである其の敷地は此れだけで一つの村が出来そうな勢いだ。



キョロキョロ視線を泳がせながら当てもなく放浪していた真央の背後からいきなり声が掛かった。


「お待ちしておりました」


振り向くと三人の女性達が立っていた。


「御当主様の元へ案内します」


ロボットのような無機質な声。


しかし確実に生身の人間である其れは、自分に与えられた義務を果たす。


真央は黙って其れの後ろを着いていった。







+++








―――――ドックン




体中が心臓になったようだった。


否、心臓に支配されたようだと言った方がいいのだろうか。



女性達に案内されて辿りついた部屋。


其処に足を踏み入れた瞬間心臓が高鳴った。


高鳴ると言ったら色恋沙汰を思い浮かべる者もいるかもしれないが先にも述べたようにこの部屋に入った時の衝撃はそんな生暖かいものではなかった。



「いらっしゃい」



其の声で初めてこの部屋に人が居る事を知る。



「そんなところで止まってないで入りなよ」



冷たい響きのある其の声に促され真央は部屋の奥へと足を踏み入れる。


身体中から汗が噴き出そうで。


こんな所に小一時間いたら神経がどうにかなってしまいそうだった。



「初めまして。僕が当主の慊人だよ。よろしく」



言葉とは裏腹に其の冷徹な声音は全然よろしくしてくれそうもなかった。



「私は・・・高橋真央です。ぇと・・お世話になります」



其れだけ言うと口を紡ぐ。


否、圧倒されてそれ以上言葉を発せられなかったと言った方が正しい。


精一杯。


それが相応の表現だろうか。



「お世話とか言われても別に僕は君に興味ないし。邪魔にならないように適当に住んで。邪魔だったら追い出すから」



慊人はそれだけを一息で告げると視線だけで出ていけと諭した。


真央とて其れに逆らう気なんて勿論なくて。



「・・・・・失礼しました」



真央はギクシャクした動きで其の場を去る。




―――――――バタン





襖の閉まる音がやけに耳に響いた。



はっきり言って先程の当主――慊人の態度は友好的とは真逆にあった。


しかし真央にはそんな事を気にする余裕はなくて。


どうであれあの部屋を出れた事に、誰に対するでもないが感謝の気持ちでいっぱいだった。


と同時に安堵が襲ってきて息の続く限りに長い溜息を吐いた。




絶対に逆らえない――


慊人はそんな雰囲気を纏っていた。


“恐い”とかそういうのではない。


“敵わない”


それが一番近いのかもしれない。


神様を前にした凡人?


虎を前にした兎?



勝てるわけがない。



敵うわけがないのだ。



真央は人知れず身体を震わす。


肌にさっきの感覚が戻ってきて。


自分の腕を怖々と触る。


温もりに安心した。


目を瞑る。


でも其れは長く続かなかった。




「退いてくれないか?」


真央を現実に引き戻したのはそんな男の声。


安心したのは慊人の声のように突き放す色がなかったから。


「あっ・・すいません」


自分がずっと部屋の前に立っていた事に気付き急いで身体を退かす。


「気にするな」


真央より頭一つ分以上も高い長身の男は先程まで自分が居たあの部屋に躊躇うことなく入っていった。




その様子を驚きの眼で真央は見つめる。


よくあんなにすんなりと入っていけるものだと。




それから数秒経って。


何やら話し声が聞こえてきたので慌てて真央はその場を去った。






+++





「♪~♪~♪」


着物を着た男が鼻歌を口ずさみながら池の鯉達に餌をあげている。


「・・・?」


其の男がふと視線を上げると見なれない少女が此方へと向かってくるのが見えた。


彼女はまっすぐ、此方―――池に向かっている。


「可愛らしいねぇ」


男が口元を歪ませて呟く。


其処に浮かんでいるのは綺麗な笑みだ。



「――――ッ!?」


「あ」


少女が何かを叫ぶのと男が声を上げ其方へ動くのは同じ位だった。


少女が石につまずいて池に墜落しそうになっていた。


男は着物の裾を翻し少女を抱きとめる。



「「――――――――!!!!」」



しかし無残にも少女と、其れを抱きとめたその男までもが池の方へ大幅に傾いて。



――――――――ボッチャーーン




「「~~~~~~~~!!!」」



声にならない声と共に二人は池の中へダイブした。










「あ~あ。困ったねぇ」


水の中で男はそう言いながら腕の中で気を失っている少女を見る。


「また戌になっちゃったよ。まぁ、本家だから大丈夫だと思うけど」


一般人が聞いても意味が掴めないであろう言葉を溜息と共に吐き出す。


其処で男は違和感に気付いた。


戌ならば何故に少女を腕に収められるのだ?


身体に感じるのは少女の重みと身体に纏う衣服の重み。


「・・・・・・・・あれ?僕、人間?」


そう、彼は人間だ。


戌ではない。



「・・・・・・・・・・オイ、池で水遊びをするのはやめてくれ」


「―――!はーさんっ!!」


男が考えモードに入ろうとしたのを、先程慊人の部屋へ入っていった男の声が遮った。






+++






―――――――確か私、池に落ちそうになって・・・男の人に助けてもらって・・・で・・・アレ?




真央が目覚めたのは先程まで居た部屋。


そう慊人の部屋で。





「目、醒めたー?」


其の時、先程真央を抱きとめた男が顔を覗きこんできた。


「・・・・・・えっと・・・」


「あっ、僕は紫呉って言うんだけどね」


戸惑う真央に紫呉と名乗る男はにっこり笑って見せる。


「はぁ・・・・」


真央が間の抜けた返事を返すと後ろから冷たい声が聞こえた。


「また会ったね」


「・・・・・・慊人さん・・・・?」


真央の視線は目の前の男――紫呉から慊人の方へと向けられる。


「さっき言った事、返上する。君は僕の目の届くところに住んでもらうよ?」


一応疑問文だがその声には有無を言わさぬ雰囲気があって。


「えっと・・如何いうことですか?」


其の真央の問いに答えたのは慊人とも、紫呉とも、違う声。


「お前が貴重な人物だからだ」


其処で真央は人がもう一人居る事に気付く。


「あ・・・・・さっきの・・・」


真央の呟きは其の男によって掻き消されて。


「俺達草摩家の中のごく一部、俺を含む一三人の人間は十二支の物の怪に憑かれていて異性に抱きつかれる、または身体が衰弱するとその憑かれている物の怪の姿――十二支の中の一匹に変化してしまう」


その男はあくまで淡々と話すが、言っている事はまるでお伽話の世界だ。


「・・・・・・・・・それで?」


一応、真央は促す。


其れを信用しろと言うのは到底無理な話だが、なんとなくこの男達に嘘をついている様子は見受けられなかったから。


「しかし、お前に抱きつかれてもコイツには何の変化も見られなかった。此れは有り得ない事なんだ」


コイツというのは紫呉の事のようだ。


抱きつくというのは抱きとめた時の事だろう。


「・・・・・・・・はあ」


「だから君はね、はとりの家で暮らしてもらうよ」


「・・・・・・・はあ・・・・・・・・・・・・え?」


はとりというのは今まで説明してくれたこの男のことのようで。


今その衝撃的発言を何事でもないように告げたのは慊人。



「えと・・・如何言う事でしょう?」



あくまで冷静に。


真央は問う。



「君が何故そんな能力を持つのか知りたいからさ。言っとくけど拒否権はないよ。あとこの事は秘密厳守。喋ったらただじゃ済まさないから」



勝手に其方が喋ったんでしょう。


というツッコミは通用しない。



「・・・・・・・わかりました」



慊人の言葉には絶対逆らえない。


そんな空気が漂っていて。


自分にはこう言うしかなかったのだ。






真央の新しい生活が始まる―――――






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