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020234
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リターン・オブ・ザ・ドラゴン
実録昇龍塾血風録 前編
この日、若村は大手フルコン流派、限心会館を辞め、町道場の昇龍塾に
入門した。若村が所属する六甲山大学の應援團の先輩松山のいる
昇龍塾に移籍したのだった。
若村は「男になりたい!」と思って應援團に入團し、
「強くなるには、更に厳しい環境に。」と思い
昇龍塾の門を叩いたのだった。
平成の世も二桁代に入ったこの時、應援團も時代の遺物と化し、
硬派など甚だ時代遅れなこの時代に若村は学ランを背負い、
應援團OB 松山のいる昇龍塾を選らんだ。
六甲山大学の應援團は昭和初期創立の由緒ある團であった。
古風な格式を重んじ、礼節に厳しい應援團であった。
そのOB のいる道場に入門するのは大変な勇気と覚悟のいる事であった。
若村はそこで、他では味わえない貴重な体験をすることになるのであった。
入門(2話)
当時の昇龍塾は阪急「甲東園駅」から徒歩15分の甲武体育館で活動していた。
その徒歩15分の間、若村は期待と不安に胸を膨らませ、体育館への道のりを
歩いた。
体育館の練習場に着くと松山は既に空手着を着てシャドーをしていた。
若村は松山に近づき「押忍。六甲山大学應援團一回生、若村大吉です。」と挨拶した。
松山は塾長の倉澤の前に、若村を連れて行き「押忍。自分の後輩の若村です。」
と紹介した。倉澤は笑顔で「若村君か。松山の後輩なら礼儀はだいたいわかっているな。空手も應援團も礼儀は似たようなもんや。頑張れよ。」と言った。
若村は少し緊張がほぐれた気がした。
そして、一週間後、若村の應援團の先輩、二回生の島田も昇龍塾に入門した。島田もまた、男を磨きたいと思っていた。後輩の若村に負けたくないと思い、昇龍塾に入門した。二人は後にライバルになるのであった。
男の覚悟(3話)
昇龍塾に入門した若村と島田はマジメに稽古をした。
塾長の倉澤にしてみれば、まだ至らないところもあったが、
二人とも努力精進していた。
やがて半年が過ぎ、若村は二回生。島田は三回生になっていた。
その頃、昇龍塾は大きな転機を迎えようとしていた。それは常設道場への移転であった。
当時、練習が終わったら二人は倉澤塾長と居酒屋に行くのが常であった。
島田は酒好きで、喜んでお供したが、若村は下戸で大変苦労した。
倉澤は
「若村、飲め!應援團が飲めんでどうするんや!」
と言って若村を鍛えた。
そんなある日。倉澤が二人にこう言った。
「昇龍塾もついに念願の常設道場に移転する。
そこで週三回の稽古日以外に道場を開ける人間が必要だ。
お前ら内弟子になって昇龍塾のために尽力してみたらどうや?
本来、内弟子は師と共に住むのが通常や。しかし、そこまではできん。
だから通いの内弟子や。一般の弟子と違い、扱いは特別や。
師である俺の身の回りの世話はもちろんのこと、雑用は全て内弟子がする。
そのかわり、特別に稽古をつけてもらえる。
しかし、至らんところがあればドツく事もある。
俺と魂の師弟関係を結ぶ覚悟があるなら、やってみろ。
もちろんドツかれる覚悟もしてもらわなあかん。」
二人は突然の師の言葉の前に動揺を隠しきれなかった。
内弟子誕生(4話)
塾長の倉澤は元大阪岸辺大学の白鳳流空手道部の主将であった。
白鳳会館と言えば関西では大手のフルコンタクト空手団体で、徐々にその名を全国に知られつつあった。
倉澤自身、学生時代は学ランに身を包み学内を闊歩していたという。
倉澤の交友関係も應援團、拳法部などの猛者が多く、
学ランに身を包む若村、島田に特別な思い入れがあったに違いない。
倉澤の時代は先輩に教育として殴られるのは当たり前。覚悟の上であった。
しかし、若い二人は應援團員とはいえ、倉澤の時代とはずいぶん開きがあった。
二人は、昔はそういう事があったというのは話では聞いていても、実際はお伽話のようなものでしかなかった。
それを空手の師匠に、ドツかれるのを覚悟して内弟子をしてみろなどと言われるとは夢にも思っていなかったのだ。
だが、二人は倉澤の真剣な眼を見てこう思った。
「この人について行こう。やれるところまでやってやる!」
気がつくと二人は口々にこう言っていた。
「押忍。自分でよろしければ、内弟子にさせていただきます。」
「押忍。自分も同じ気持ちです。」
昇龍塾内弟子、若村、島田の誕生の瞬間であった。
対照的な二人(5話)
間もなく常設道場に移転した。
内弟子として、まずしなければならないことは
頭を一枚刈りの半分の長さの五厘刈りにすることであった。
それから、徐々に内弟子の礼儀を叩きこまれる事になった。
以前とは比べ物にならないほど緊張し、気合いの入る若村、島田であった。
若村は以前、限心会館で練習していただけに筋がよく、きれいな空手であったが、気が弱いところがあった。
対照的に島田は少し動きが悪く、雑であったが、若村より勢いがあった。
二人はよく真剣勝負の組手をさせられた。
意地と意地のぶつかり合いであった。
若村が技術面で少し優位に立っていても、最後にメチャクチャなフォームで蹴る島田のハイの前に若村は膝をついた。
同じ展開が何度か続いた。
若村はその度に悔し涙に暮れていた。
倉澤のゲキが飛ぶ!
「同じ負け方をするな!男が泣くな!悔しかったら強くなれ!」
若村は歯を食いしばり練習を繰り返した。
一方の島田は若村に連続で勝ったことで浮かれていた。
「今、お前はたまたま勝ってはいるが、若村の方が基本に忠実なフォームで
闘っているぞ。浮かれていると足元を掬われるぞ。」
倉澤は島田に警告していた。
島田は「押忍。負けません。」と言っていたが倉澤の真意まで理解していなかったようだった。
應援團の先輩(6話)
二人の應援團の先輩の松山は当時茶帯であった。
前年の限心会館ウェイト制では中量級に出場した。
他流派で茶帯ながら一回戦で、限心の黒帯を下し、二回戦に進出した。
しかし今年の白鳳会館の全日本にも出場したが、結果は一回戦敗退。
伸び悩んでいたのだ。
松山は白鳳会館全日本の一ヶ月後の白鳳会館新人戦にエントリーしていた。
全日本に出たものが新人戦に出るというのは変な話しだが、空手界ではよくある事であった。
倉澤は言った。
「松山、これが最後の新人戦や。悔いのないように頑張れ。」
松山は
「内弟子になった後輩のためにも絶対に負けられない!」
と思っていた。
昇龍塾の先輩として、應援團の先輩としての面子が松山を更に苦しめていた。
激しいプレッシャーの中、松山の最後の新人戦が近づきつつあった。
プレッシャー(7話)
ついに試合当日。
松山の体調は優れなかった。
激しいプレッシャーの中で眠れなかったのだ。
試合場には学ランを背負った若村、島田が待っていた。
手を後ろに組み、應援團員の立ち方で、松山を迎えた。
松山の姿を見るなり
「押忍!!!!!!!!!!!!!」
大声で挨拶をした。
その声に会場の選手も観客も全員が振り向いた。
押忍という発音に違和感のない空手家たちも
應援團員の異常な大声の押忍を聞き、振り向いたのだ。
それほど應援團は化石的な存在になっていた。
その二人の立ち居振る舞いが、更に松山を追い詰めていた。
そんな緊張の中、ついに試合が始まった。
一回戦は聞きなれない流派の選手であった。
最初からスタミナ切れのような状態の松山は
延長の末、判定3-0でなんとか2回戦に駒を進めた。
塾長の倉澤はかなり不安であった。
爆発!(8話)
倉澤の不安をよそに、松山の中で何かが変わりつつあった。
延長まで戦ったせいか、緊張がほぐれ、吹っ切れたのだ!
「俺は全日本選手だ。こんなヤツらに負けるはずがない!」
そして、2回戦はエンジン全開!
中段ヒザ蹴りで技有りを奪い圧勝し、
次に駒を進めた。
続く3回戦も左中段回し蹴りによる一本勝ちで、相手を葬った。
そして準決勝。
相手は白鳳の茶帯だった。
1年前に体重判定で敗れた相手だった。
「あの時の試合は負けたと思ってない。今日それを証明してやる!」
全身闘神と化した松山が試合場に立った。
重いパンチとローキック、膝蹴りで相手を打ちまくった。
相手はなす術もなく、後退し、防戦一方であった。
格闘技の試合で、防御に徹し、逃げまくる相手を倒すのは意外に難しい。
相手は何度も場外に逃げ、ついにタイムアップ。
判定はいうまでもなく5-0。圧勝だった。
決勝戦は風間館長率いる名門真栄会館の茶帯であった。
昇龍塾と同じ国際空拳武道連盟に所属する真栄会館は
白鳳会館に続く連盟ナンバー2の団体であった。
白鳳新人戦の入賞者の多くは白鳳、真栄の2団体で占められる事が多かった。
決勝まで上ってくるには実力もある。
だが、倉澤は言った。
「今のお前なら、負ける要素はない。顔面ヒザだけ気をつけろ!思いっきりやれ!」
「押忍!」
松山は笑顔で応えた。
師弟愛(9話)
ついに決勝戦の太鼓がなった!
松山は学生時代、六甲山大學應援團・副團長であった。
松山は旗手も務めた事もある。
大團旗を数時間持つ足腰は半端な馬力ではなかった。
その強靭な肉体で、相手に乱打を飛ばしていく。
相手は打ち合いになると下がるしかなかった。
それを見た真栄の風間館長の声が飛ぶ。
「回れ回れ!回りながらパンチ、ヒザや!」
相手は松山の猛追を恐れ、距離をとり、回りながらの戦法をとった。
(距離が離れているならストレート系に絞ろう。
松山は前傾姿勢なのでストレートは思いのほか射程距離が伸びる。
それに中心を狙われれば、避けにくいハズだ!)
そう判断した倉澤が叫ぶ。
「松山!右ストレートで(ボディの)真ん中を刺していけ!」
松山を中心に回る相手に、松山渾身の右ストレートがボディに
突き刺さっていく。
「グッ」
声が漏れそうになる相手に動きが止まったら乱打!
また距離をとる相手。しかし防戦一方だった。
この繰り返しが続き、ついに試合終了。
判定は文句のない5-0。
松山が白鳳新人戦を制したのだった。
こみ上げる感情を必死で抑える倉澤の前に、松山が挨拶にきた。
「押忍。」
「ようやったな。おめでとう。」
それ以上ものを言うと何かが溢れ出すので、短く言った倉澤だった。
だが、松山は更に一歩近づこうとしていた。
倉澤は手を振り、松山に近づくなという身振りしたが、更に近づく松山。
堪えきれなくなった倉澤は、ついに松山を抱きしめた。
抑えていた感情が滝のように流れ出した。
二人は抱き合い、声を上げて泣きだした。
大の男が二人、人目をはばからず声を上げて泣いていた。
若村、島田ももらい泣きした。
そこだけ時が止まっているかのようであった。
表彰式が終わると、宮田師範が声をかけてくれた。
限心会館世界大会軽量級で優勝した、あの宮田道場の宮田師範である。
「おめでとう。松山君。この大会で優勝したら価値あるよ。これからも頑張って!」
イケメン師範にそう言われるのを見て、若村、島田も「いつかは俺も・・・」
それぞれそう思いながら会場を後にした。
まな板の鯉(10話)
昇龍塾の稽古納めの日がやってきた。
白鳳新人戦が終わり、2週間後である。
松山のダメージもさほどなく、稽古納めのメインイベントとして
黒帯昇段を懸けた10人組手挑戦が行われることになった。
関西では流派間の交流が深く、
今回の審査にもゲストで参加してくれる黒帯がいた。
琉拳塾 塾長 永田師範
宮田道場 代表 宮田師範
清道会館 瀬賀 初段
の三名であった。
琉拳塾の永田師範は知る人ぞ知る実力者で、
宮田師範もかつては教えを受けていたほどの実力者であった。
倉澤とは義兄弟の盃を交わしていた。
宮田道場の宮田師範はフルコンタクト界で
最も権威のある限心会館世界大会軽量級を
他流派でありながら優勝したという輝かしい実績を持つ。
清道会館 瀬賀初段は白鳳全日本ベスト8進出者で、
華麗な組手を得意としていた。
数年前、清道会館全日本でKRSチャンピオン
のスイスのアンドレーの弟子と戦い体重差30kgながら制した男である。
これらの実力者に加え
昇龍塾渡部三段、
松井三段、
平尾三段
が組手の相手となった。
後は昇龍塾色帯で勢いのある者が選ばれた。
松山の昇段審査の前に前座で緑帯昇級の3人組手が行われた。
三人目には清道の瀬賀が当てられた。
華麗で且つ容赦ない組手は見ている者を圧倒した。
組手後、永田師範が
「瀬賀、お前は血も涙もないな。鬼やな。」
と冗談まじりに言った。
次はいよいよ松山の10人組手であった。
松山の心中はまな板の鯉であった。
10人組手(11話)
組手のオーダーは
1 宮田(宮田道場)
2 本田(昇龍塾)
3 瀬賀(清道会館)
4 平尾(昇龍塾)
5 松井(昇龍塾)
6 宮田(宮田道場)
7 渡部(昇龍塾)
8 瀬賀(清道会館)
9 永田(琉拳塾)
10 ?
であった。10人目は倉澤が誰かを選ぶという事で審査が始まった。
一人目は宮田。きつく打っているようには見えないが世界を制した膝蹴りは脅威であった。
二人目は茶帯の本田。突貫小僧のラッシュに松山のペースは乱れた。
三人目は瀬賀。華麗で容赦のない攻撃が松山のスタミナを完全に奪った。
四人目は平尾。同門の先輩平尾の愛のムチが松山の身体を打ちすえた。
五人目は松井。重量級ながらトリッキーな上段が何度か松山を襲う。
六人目は再び宮田。やさしく見えるがパンチと膝がボディに突き刺さる。
七人目は渡部。ハンマーパンチの前に何度も身体が「く」の字に曲がった。
八人目は再び瀬賀。華麗で冷酷な攻撃に悶絶する松山。
九人目は永田。受けに回る永田に、死力を尽くし向かっていく松山。
だが熟練されたサバキがボロ雑巾状態の松山をやさしく包んだ。
十人目はなんと倉澤。既に立っているだけの松山であったが、
倉澤と松山は組手の中で会話をしていた。
「松山、痛いか?苦しいか?もう少しの辛抱や。我慢して立っていろ。」
「押忍。今までありがとうございました。」
「これからも頑張れ!まだまだ強くなれ!」
「押忍。まだまだ強くなります。」
地獄の10分間が過ぎた。実際の試合なら技有りを取られるようなシーンは幾度とあったが、これだけのメンバーを相手なのだから、それもやむを得ない。
松山は無事10人組手を完遂した!
松山はついに黒帯になった!
納会(12話)
審査の後は大掃除。
大掃除の後は納会であった。
いわゆる忘年会であるが、昇龍塾の場合は、宴会での武道の上下関係をはっきりと学ばせるという体育会方式であった。当時でもこういう硬派な道場も珍しかった。他流派の師範たちも昇龍塾の礼儀と規律は高く評価していた。倉澤自身が昨今のサークル的な武道団体を好まず、硬派を貫いていたから、宴会も体育会式になるのは当然の事だった。倉澤は道場以外に、仕事もしており、空手で生計を立てているわけではなかったので、門下生の数にはあまりこだわらず、特に礼儀を重視していたのである。
納会は倉澤の挨拶の後、琉拳塾、永田塾長の乾杯の音頭で始まった。
後は規律ある酒宴となった。
「押忍!」
「押忍失礼します!」
各席で先輩にビールを注ぐ声が聞こえる。
内弟子としてテキパキ動かなくてはならない中、
島田のみが素早く動き、機転の利かない若村は右往左往するだけであった。
清道会館の瀬賀は組手もキツイが、口もキツイ。
「先輩、こいつホンマにダボですね!」
と若村を指差す。
倉澤も
「若村!内弟子が気を配らんでどうする!」
と注意。
すかさず應援團の先輩の松山が
「若村!島田にばっかり働かすな!」
とまた注意。
空手には情熱があるが、人との接し方に自信がなく、
機転の利かない若村は叱られてばかりであった。
空手の技術の向上、精神面の強化、礼儀作法、立ち居振る舞い、
若村には覚えなければならないことが多々あった。
内弟子納会(13話)
昇龍塾稽古納め及び納会が終わって数日後。
若村、島田と塾長倉澤の3人だけの稽古納めがあった。
道着は着ずに、自主練習のスタイルで一時間ほど稽古をつけてもらってからの酒宴。
「お前ら、先日の納会での動きはなんや?もっと気を配らんでどうするんや?俺が学生の時やったら、絶対に先輩に殴られてるわ。しっかりせなあかんぞ。」
「島田、お前はまだまだ至らん所もあるが、礼儀はまあまあや。しかしもっと精進せいよ。それから空手の技術はもっと丁寧に学べ。今の練習は自己満足なだけやぞ。」
「若村、お前の礼儀は全くあかん!先輩の島田より先に動かなあかんやないか!空手に対しては丁寧に稽古してるが、もうちょっと気配りもできなあかん。それから、組手の時の気が弱すぎる。」
二人にとっては耳の痛い話であった。
説教の後は雑談であったが、緊張する二人と、塾長の間には特に会話が弾むという事はなかった。
二人は今時珍しく従順で、素直な若者だった。
どんなに叱られても、倉澤を父のように慕っていた。
倉澤もまた、二人の若者を心から愛していた。
硬派道場昇龍塾。魂の絆で結ばれた師と弟子のその年、最後の夜であった。
窓の外には白い雪が舞っていた。
恐怖の父(14話)
時は3月。若村と島田は黄帯になっていた。
相変わらず、気配りが足らなく、機転の利かない若村。しかし練習にはメチャクチャ没頭する。
相変わらず、気配りはまあまあ、機転もまあまあ、しかし練習の集中力に欠ける島田。
二人は足して二で割れば調度いいのにと思う倉澤であった。
以前は島田が若村に貫禄勝ちすることが多かったが、今はかなりのペースで若村が追い上げていた。
倉澤はわかっていた、もう遥かに若村の方が強いことを。
若村が一度島田に勝てば、島田がいくら頑張っても追いつけないほどの差が一気につく事を。
見えない壁を破る時、人は大きな成長を遂げる。
いつ、その瞬間が起きるかはわからない。だが、それは突如として訪れるのであった。
ある日の稽古日。道場には倉澤、若村、島田だけしかいなかった。
稽古日以外の自主練の日も内弟子を鍛えるために道場に顔を出す倉澤であったが、
内弟子二人にとっては塾長と3人だけの方が辛かったのだ。
内弟子から見た昇龍塾を一つの家族に例えると、
父倉澤と息子の若村、島田の3人の父子家庭。
一般門下生は倉澤ファミリーの親戚といったニュアンスだった。
内弟子以外の一般の門下生がいる時は、言わば来客中により、親から叱られにくい
状態の子供であり、来客がなければ普通に叱られる子供のようであった。
だから、稽古日は親戚のおじさんとおばさんが来ているようなものであったのだ。
しかし、この日は稽古日であるのに、誰も来ない。
家(道場)にいるのは恐怖の父と兄弟二人だった。
ケンカ擬似体験(15話)
昇龍塾の稽古は夕方7時15分からであったが、一般の門下生が来るまで各自ストレッチを終えた状態で待っていた。7時30分を過ぎた頃、倉澤が意地悪そうな笑みを浮かべてこう言った。
「お前ら中学生以降にケンカした事あるか?」
二人は口々に「押忍。ございません。」と答えた。
倉澤は
「お前ら、エンダン(應援團の略)のクセにケンカした事ないんか?アカンやっちゃなァ。」
と言った。こういう時の倉澤は自分が空手道場塾長であることを完全に忘れていた。
自分がエンダンのOBになっている気分で、二人に接するのだ。
二人にとっては倉澤の体育会モードはシバカレルモードであり、ヤメテクレモードでもあった。
倉澤「ほんなら、お前ら、今からケンカせい!(笑)」
二人「押忍?」
倉澤「だから、ケンカせいって言うとんねん(笑)」
と言いながら、スーパーセーフ面を手にとった。
倉澤「これをつけてお前らケンカするんや。金的攻撃以外は全てアリや。首を絞めてもかまへんぞ。倒れた相手にも攻撃してもええ。俺が止めへん以上は戦え。」
二人はスーパーセーフ面を倉澤につけてもらった。
倉澤「空手やないど。ケンカやぞ。相手を口で罵ってもかまへんぞ!(笑)」
臨場感を出すために道場の端と端に二人を立たせた。
「よっしゃ。行こか!」
倉澤の合図で二人は距離を縮め始めた。
島田「俺に勝てると思っとんかい!」
若村「うるさい!シバクぞ!」
距離が縮まった瞬間、二人は激しく殴り合い始めた。
激闘(16話)
普段の二人の組手とは全く違う、異次元の戦いの中に二人はいた。
苦しくて仕方がない。怖くて仕方がなかった。もし手を抜いた戦い方をしたら
それこそ、鬼より怖い倉澤に何をされるかわからない。
この恐怖感と息苦しさの中から逃れるには目の前の敵を倒すしかなかったのだ。
島田と比べ、やや気の弱い若村。若村と比べ技術の劣る島田。一進一退であった。
転がりあっても、スグに立ち上がり、また打ち合う。
だが、倉澤にグローブテクニックを学び、たまにスパーリングパートナーをさせられている若村のパンチが次第に島田の顔面を捕らえはじめた。
上背で8cmほど勝る島田は苦し紛れのヒザを放つ。
若村はボディにヒザを食らいながらパンチを打ち続けた。
島田の膝がガクッと崩れた。
若村は更に右ロー、右フックを打ち込んだ。倒れかける島田。
島田を抱きかかえるように倉澤が割って入った。
「今のはダウンやな。空手なら一本や。あのまま追い込まれても、お前に勝ち目はない。島田、お前の負けや。」
と倉澤に宣告され、うな垂れる島田であった。倉澤は二人の面を外してやった。
そして、しばらく休憩した。
普段は無表情な若村だが、勝ててうれしいのか、若干、表情が明るかった。
それに正反対の島田はいつもの明るい表情と違い呆然としていた。
休憩の中、突如、島田が口を開いた。
「押忍。もう一度やらせて下さい!」
内弟子は塾長にお願いなどしない。だが、島田は悔しさのあまりに口走ったのだ。
「できるのか?」哀れむような眼をした倉澤が言った。
「押忍。やれます!」目に涙を溜めた島田が応えた。
激闘その弐(17話)
島田の意向により、十分に休息をとった後、同じ戦いが、再開された。
今度こそ負けまいと思う島田。またやるのかと思う若村。
激しく打ち合い始めた。
今度こそ勝つと思う島田、今度も返り討ちにしてやるぞと思う若村。
打ち合いでは分が悪いと踏んだ島田が上背を生かして、投げを打ってくる。
投げと言っても素人の投げであった。島田は投げてから上に乗ってマウントパンチを
狙って行ったが、うまく若村を転がせたとしても、上に乗る事はできなかった。
転がしあっても常に若村が上になった。闘争本能に歴然とした差があった。
若村が上になり、マウントの状態でスーパーセーフ面を3秒ほど叩いたところで
倉澤が止めに入った。若村、二度目の勝利であった。
「島田、もうええな。気が済んだやろ。」倉澤は言った。
「押忍。もう一度だけやらせて下さい!」島田は言った。
倉澤「何度やっても一緒や。それに今日はダメージが残っている。やるなら別の日にすべきや。」
島田「押忍。もう一度お願いします。塾長!お願いします!」
倉澤「・・・・・。わかった。」
そして三度目の戦いが始まった。もう戦う体力も気力も残っていない島田。
意地だけで戦っても勝ち目はなかった。
若村の右ストレートを受け棒立ちになったところを倉澤に止められた。
安堵の表情を見せる若村。涙にくれる島田。
休憩に入ったが、疲労困憊する二人と、彼らの師である塾長は何も喋らなかった。
激闘を終えて(18話)
つかの間の沈黙を破ったのは倉澤だった。
倉澤「お疲れ様。お前ら道場で一番怖いのは誰や?」
二人「押忍。塾長であります。」
倉澤「アホか?俺以外でや!」
二人「押忍。松山先輩です。」
倉澤「その次は?順番に言うていってみい!」
二人「押忍。渡部先輩、松井先輩、平尾先輩・・・」
倉澤「わかった。ほんならお前ら同士は怖くないんやな?」
二人「押忍。怖くないです。」
倉澤「じゃあ、松山や渡部と、今日の島田、若村とどっちが怖いんや?」
島田「・・・。押忍。今日の若村のほうが・・・怖いであります。」
若村「・・・。押忍。自分も島田先輩のほうが・・・怖いであります。」
倉澤「そうやろ。お前らが今日戦ったのは、ケンカみたいなもんや。フルコンの組手の数倍、否、比べ物にならんぐらい怖い戦いやったやろ。だが、ホンマのケンカはもっと怖いぞ。度胸がないとアカン。一回もケンカした事ない者が武道で強くなるなんて並大抵やない。お前らはこの俺の内弟子や。ケンカも強くなって欲しい。だから、こういう体験をして貰ったんや。いきなりあんな戦いさせられたら蹴りなんて出んやろ。でもそこで出せるようになるのが空手や。だから反復練習あるのみや。それにしても若村、あの状態であれだけ崩れずパンチを打てるお前は大したもんや。島田、これに懲りずに、腐らずに努力せいよ。お前らの成長は俺の楽しみやからな。内弟子として、一般の弟子より強くて当たり前。負けるなよ!」
二人「押忍!!」
二人はこの日、父の厳しさの中に秘めた男の優しさを味わった。そして二人の前に横たわる遥かな空手の道を知った。その長い道のりを歩いている事を少しだけ実感できた。
指導員研修(19話)
ある日の稽古日、倉澤は二人にじゃんけんをさせた。
勝ったのは島田。この日、島田は前に立たされて指導をするように命じられる。
黄帯の島田が前に立ち、指揮をとる。
並んでいるのは、青帯、緑帯、茶帯の先輩。
黒帯の指導員、そして倉澤。
前に立つだけで、ビビッてしまう。凄いプレッシャーだ。
しかも、ちょっとでも間違えると
「コラッ!何さらしとんじゃい!」
倉澤のゲキが飛ぶ!
余計に緊張し、間違える。そして往復ビンタ。
黒帯になっても指揮することに慣れるには時間がかかるのに
島田の場合はスパルタ指導員研修のお陰で3回目で完全マスターした。
若村も4回でマスターした。大したものであった。
人間、やればできるものだ。要は集中力の問題であった。
倉澤「お前ら良かったのう。大したもんやんけ!」
二人「押忍。ありがとうございます。」
滅多に褒めない倉澤が褒めてくれた。
倉澤の教育方針は最短距離で彼らを強くし、指導員に育てようとしていたのだ。
そんな中、白鳳の新人戦が近づきつつあった。
初陣(20話)
二人の初陣の日がやってきた。
白鳳会館春季新人戦であった。
倉澤は試合のだいぶん前から二人に繰り返し言葉をかけていた。
言葉をかけるというより、洗脳しているかのようであった。
「お前ら緊張なんかするなよ。お前らが闘う相手は、皆、お前らより練習してへんぞ。
お前らは、この俺に怒られ、ドツカれながらも根を上げずに耐えてんのや。それは大したもんや。他の選手は週に2~3回しか稽古してへんし、合コンやったりして人生楽しんどるわ。お前ら、そんな奴らに負けたないやろ?ほんならガーンと行ったらんかい!チャラチャラした奴らをブチのめしたれや!お前らの硬派な根性を見せたらんかい!根性は技量を凌駕する。お前らやったら絶対に行けるで!」
二人は倉澤の話に引き込まれるかのように「押忍!」と言っていた。
倉澤は人を乗せるのが非常に巧い。
倉澤自身、今の二人が上位に行くとは思っていなかった。しかし、できるだけ戦闘意欲を高めるようにしていたのだ。
二人はやる気満々で試合場に向かった。
出征(21話)
試合に出るのは若村、島田だけではなかった。昇龍塾勢何人かも一緒だった。
だが二人は思った。
「負けられない。俺たちは他の弟子とは違う。内弟子なのだ!」
気合いだけは他の選手とは差があった。気合いだけは。
まずは一回戦。先陣を切ったのは島田であった。
島田の技量はないが、メチャクチャなラッシュでなんとか判定勝ち。
だが、打ち合いだったので、既に太腿にダメージがあった。
「もうちょっと落ち着かんかい。いらん攻撃が多すぎる。でもようやったな。」
と倉澤が労いの言葉をかける。
続く若村が、丁寧で慎重すぎる試合運びで一回戦を突破。
「もっと攻めんかい!慎重すぎるんや!」
と倉澤が指導する。
新人戦は多人数が参加しているため、芋の子を洗うように試合が裁かれて行く。
息をつく間もなく、二人の二回戦が近づいてきた。
経験(22話)
島田の二回戦が始まった。
一回戦で満身創痍の島田は二回戦はなす術がなく押された。
結果5-0の判定負け。
倉澤も
「まっ、あんなもんやろ。だからガムシャラなだけではあかんのや。わかったやろ?」
と言っただけだった。
続く若村の相手は白鳳の青帯。テクニシャンタイプだった。
慎重な若村が向かっていく前に後ろ蹴り一閃!
気がつくとレバーを押さえ悶絶していた。
一本負けであった。
倉澤は言った。
「ボケが!ビビッとるからそんなもん食らうんじゃ!男やったら突っ込んでいかんかい!お前はホンマにヘタレやのう!それでもワシの内弟子か!それでもエンダンか!」
厳しい言葉だった。
倉澤は一本負けしたから、どうこういうのではなく実力を出し切る前に倒された事が悔しかったのだ。倉澤は道場の面子や看板にこだわる男ではなかった。男としてどう戦うか、どう行動すべきかにはこだわった。もっと言えば男としてどう生きるか・・・。
若村が慎重であったが為に敗れた事が悔しかったのだ。
「押忍。」と応える若村。
自分の不甲斐なさに涙を流す若村に更に、倉澤のゲキが飛ぶ。
「泣くな!ボケ!」
麦のように踏まれて、踏まれて強くなる二人であった。
頑張れ内弟子!昇龍塾の歴史にその名を刻む若村、島田。
二人の修行はまだまだ続くのであった。
この日、昇龍塾の浜口裕司(高1)がベスト4進出を果たした。
ライフスタイル(23話)
島田は六甲山大學應援團の副團長になっていた。
酒好きで、愛想がよく、いいところのボンボンであった。
倉澤とは帰り道が一緒で、島田の帰り道の途中に倉澤の家があり
よく島田は倉澤のお供をした。
ある日、飲みまくった二人は、島田の最終電車に間に合わず、
倉澤が家まで送って行った時、島田の家の大きさに驚いたという事があった。
近隣には貸しガレージもいくつか持っており、大そうな地主の息子だったのだ。
道理でバイトもせずに内弟子とエンダンに没頭できるわけである。
一方、三回生、準幹部(通称ジュンカン)である若村は、極一般的な家庭の子であり、内弟子とエンダンの激務に加えて、コンビニで深夜バイトをするという過酷な青春を送っていた。
垂水の自宅から道場までの約30kmの距離を原付で来て、電車代を節約したり、道場の飲み会で弱い酒を飲まされ、終電に乗ったのはいいが、寝てしまい、3時間かけて歩いて帰るなど、体力のみで生き抜く男であった。若村のそういう部分を知る度に、さすがの倉澤も舌を巻いた。
季節は春から夏になろうとしていた。
太陽より熱く(24話)
季節は夏になっていた。
松山は秋の清道会館全日本に向けて、スパーリングに精を出していた。
他流の黒帯にも出稽古に来てもらい、拳を合わせていた。
日曜日は若村を呼び出し、徹底的にスパーをしていた。
島田は就職活動で、多忙にしていたし、来たところで二人のレベルとは差があった。
若村は実力差のある松山の相手をすることで、レベルアップは凄まじかった。
鬼の倉澤も若村を気遣い
「内弟子の任務は月曜から土曜までや。松山に合わせて、日曜まで来る必要はない。無理するな。」
と言ったが、若村は
「押忍。自分は松山先輩に鍛えて頂くのが、凄くありがたいですので、できるだけお付き合いさせて頂いております。決して無理はしておりません。」
と言った。
この頃、若村は倉澤とはフルコンルールよりもボクシングスタイルで練習する事が多かった。松山にフルコンルールで仕込まれ、倉澤にボクシングを仕込まれる。器用な若村はそれを難なく自分のものにしていった。
ある日、通常稽古の日。倉澤が若村に胸を貸したとき、倉澤は若村の左の上段をマトモに食らった事があった。それ程に若村は成長していた。
倉澤、松山、若村。男の熱いぶつかり合いが昇龍塾を燃えさせていた。
真夏の太陽よりも熱い男たちが命の炎を燃やしていた。
か
親子鷹(25話)
真夏の暑い日々が続く中、昇龍塾総本部には、今日も倉澤と松山の親子鷹の姿があった。
お盆休みで若村は母方の実家に帰省していた。
試合まで一ヶ月をきった松山の相手を倉澤がするのであった。
軽いスパーを10ラウンドこなしてから
倉澤は言った。
「松山。本気でかかって来いや。」
「本気・・・、ですか。押忍。」
無謀な行動であった。
この真夏の昼下がり、いくら塾長とはいえ、何の調整もしていない中年会社員の倉澤に、連日のスパー、走りこみを重ねた全日本大会前の若者が向かっていくのである。
誰もいない道場。ストップウォッチの時間は2分にセットされていた。
「来い!」
倉澤の号令で、二人は十字を切った。
「押忍。お願いします。」
若き松山のラッシュが倉澤に襲いかかった!
泉のように溢れるスタミナを武器に、絶対倒す!という気合いで打ち込んで行く。
塾長を倒すのが恩返しだと思い、拳を打ち込む松山。
松山の嵐のような手数が倉澤を圧倒していた。試合なら圧倒的に松山の勝ちだろう。
しかし、これは試合ではなかった。ある意味、試合以上の戦いだった。
倉澤はカウンター狙いしかなかった。手数では圧倒されたが、ダメージは互角であった。
ストップウォッチが終了の合図を告げた。
オヤジの壁は高く、堅かった!
まさに鉄骨入りのコンクリートの分厚い壁だった。
「強なったのう。」
「押忍。ありがとうございます。」
「飲むか?」
「押忍。ありがとうございます。」
この日、二人はしこたま飲んだ。
この日から松山は試合前の禁酒に入った。
清道会館全日本選手権まであと3週間であった。
大舞台(26話)
9月になり、ついに清道会館の全日本当日が訪れた。
松山の付き人には学ランを背負った若村がついた。
ミットを持つ。水分補給の補助。ライトスパーの相手。雑用は多岐に渡る。
倉澤の付き人には島田がついた。島田ももちろん学ランである。
昇龍塾門下生も多数試合場に応援に来ていた。
松山は過去に全日本に2回出ていた。
一昨年前の限心会館ウェイト制、
昨年の白鳳全日本の2つの大舞台である。
今回で3回目である。
昇龍塾の期待を一身に背負い、桧舞台で出番を待つ松山は昇龍塾のヒーローであった。
しかし、さすがに大組織、清道会館の全日本に出る選手は、どの選手も強そうであった。
だが、松山は意外にも落ち着いていた。
いつもと違う松山のオーラを感じていた倉澤は「いける!」と思っていた。
そして、ついに、松山の出番がやってきた。
余裕(27話)
ドーン!
太鼓が鳴った!
相手は清道東京本部の黒帯だった。
アグレッシブに松山は攻めて行く。
相手は松山のパワーに耐え切れないようであった。
相手は回りながら、ローやミドルを蹴ってくる。
しかし、松山は的確にブロックをし、受け流しながら、パンチとヒザを入れていく。
ローキックもいい感じで入っている。
相手は効いているのか、歯を食いしばりながら、相変わらず回りながらの攻撃。
しかし、松山もがっちりブロック、そして捌いている。
有効打の数は松山が上回っている。
ドーン!
試合終了の太鼓がなった。
「まずは一勝。」
昇龍塾勢の誰もがそう思った。
「判定とります!判定!白、1、2!主審、白!」
松山の勝ち!!!
ではなかった。相手選手に旗が上がったのだ。
回り込んでの攻撃がポイントになったようだ。
他団体の試合で勝つのは本当に難しい事であった。
ロマンス(28話)
この日、試合が終わったあと、松山の試合の打ち上げが行われた。
この飲み会にはもう一つの意味があった。
それは、昇龍塾の紅一点セイラの送別会を兼ねての飲み会だったのだ。
セイラはアメリカ人で昇龍塾には1年半ほど在籍していた。
古きよき時代の大和撫子を思わすほどの奥ゆかしさを持つセイラであった。
倉澤もセイラの帰国は残念に思っていた。
倉澤だけでなく、昇龍塾門下生全員に愛されたセイラ。
セイラも倉澤を心から尊敬し、仲間を愛していた。
そのセイラも4日後にはアメリカに帰国するのであった。
飲み会の中、セイラの瞳には、松山先輩の姿が映っていた。
松山の視線も飲み会の中、ずっとセイラの姿を追っていた。
二人は想いあっていたのかも知れない。
倉澤も二人の雰囲気を察知したのか、気を利かし、二人を隣同士に座らせた。
皆で飲む楽しい酒であったが、別れの酒はほろ苦い味がした。
さよならセイラ。皆、君の事は忘れない。
天高く馬肥ゆる秋(29話)
うだるような暑い日も、いつしか過ぎ去り、空は高く、朝夕の風は涼しく
秋の深まる季節になっていた。
秋は空手のシーズンでもある。
トーナメントが目白押しである。
相変わらず、無心に空手に打ち込む若村。
就職の内定を獲得して、また練習に励む島田。
二人の練習は更にヒートアップして行った!
特に若村は松山のスパーリングパートナーを経て、実力アップも著しかった。
二人の次なる挑戦は隣接する伊丹市に本拠を構える老舗の聖護会館の新人戦であった。
また、松山の白鳳全日本も近づいてきた。
松山のスパーリングパートナーは、やはり若村。
倉澤、松山、島田、若村。
男たちの熱い修行の日々はまだまだ続く。
彼らの熱さは一般の門下生にも伝染していった。
頑張れ!昇龍塾!
漢を磨く、大昇龍塾!
そんな中、聖護会館の新人戦が近づきつつあった。
進撃(30話)
ついに、聖護会館新人戦当日となった。
一回戦。島田はラッシュで攻め、辛くも3-0の判定勝ちをもぎ取った。
続く若村は、落ち着いた組手運びで、判定5-0で二回戦に駒を進める。
二回戦。島田は相変わらずラッシュをかけるが、単調な組手に対しカウンター狙いの相手の策に嵌まり、5-0の判定負け。
続く若村は、松山のスパーリングパートナーを務めた事が功を奏し、またもや5-0の圧勝で準々決勝に駒を進めた。
ついに若村の実力が爆発したのだ!
倉澤は言った。
「その調子や!でも、もっと攻めろ!攻めれるハズや!まだ戸惑いがある。まだまだガンガン行ける!行かなアカン!」
ついに若村のベスト4進出に大手がかかった!
準々決勝に進出だ!
チキンハート(31話)
若村の準々決勝が始まった!
相手は士龍館の選手。
テクニシャンであり、闘志剥き出しの選手であった。
近づいてよし、離れてよしのオールラウンドプレイヤーだった。
若村は慎重に闘った。相手は接近戦では勝算はないと踏んだのか距離をとった。
そこで攻め立てれば文句なしの勝ちだった。
判定2-0
延長になった。
倉澤は声を荒げて言った!
「若村!カウンターを恐れるな!近づいたらお前の勝ちや!行け!」
相手のテクニックを恐れてか、慎重な若村は攻めあぐねた。
ここで時間。
引き分けによる再延長となった。
倉澤は叫んだ!
「若村!攻めろ!行け!カウンターを恐れるな!」
再延長が始まった。泣いても笑ってもこれが最後だった。
しかし、若村は失速し、逆に攻め立てられた。
スタミナ切れには見えない。
気持ちで負けているのだ。
倉澤は唇を噛み締め、拳を握りしめた。
ここで時間。
「判定取ります!判定!赤1,2,3,4.主審、赤!」
判定5-0のコールが空しく告げられた。
倉澤はやるせない思いを飲み込んだ。
「押忍。申し訳ございません。」
挨拶に来た若村に対し
「お前のような情けないヤツ、見た事はない・・・」
震えるような、すすり泣くかのような低く小さな声で倉澤は呟いた。
破門(32話)
自分の選手が負けると、早々と会場を立ち去る。
倉澤はそういう男だった。
試合場の駐車場。倉澤のクルマの前に門下生全員が緊張した面持ちで待ち構えていた。
倉澤が来ると、全員が十字を切る。
「押忍!」
試合に出た者、応援に来た者全員に労いの言葉をかける倉澤。
しかし、表情は硬い。
次の瞬間、信じられない言葉が倉澤の口から発せられた。
「若村。今まで内弟子ご苦労さん。お前のようなヘタレはいらんわ。どこか、ええ道場に行けや!ワシよりは皆、優しいで!ドツかれる事もないわ。オドレのような情けないヤツの顔は二度と見とうないわ!よかったのう、ワシみたいな鬼から離れられて。」
若村 「押忍?」
倉澤 「オドレは破門や!島田乗れ!」
島田 「お、押忍!」
倉澤のクルマに内弟子、島田が、付き人として乗り込んだ。
倉澤はクルマのエンジンをかけ試合場を去って行った。
残された昇龍塾門下生全員が呆然と立ちすくんでいた。
裏工作(33話)
会場を去り、帰路につく倉澤と島田。
倉澤のクルマの中で、重い空気が流れていた。
島田はどうしていいかわからなかった。
沈黙が続く中、倉澤が言った。
「島田。どうすんねん。」
「押忍?」
「どうすんねん?っちゅうとんじゃ!」
島田はビビッていた。一つ答えを間違えば、また殴られる。
「押忍。じ、自分は辞めません!」
「アホか!そんな事聞いてへん!若村をどうするんやと聞いてんのや!」
「押忍。辞めて欲しくないです。」
「だから、どうすんねん?破門になったんやぞ。」
「押忍。塾長に謝って、破門を解いて頂くべきです。」
「そうや!それでどうするねん?」
「押忍。自分も一緒に謝罪させて頂きます。」
「よう言うた!ほんなら、二人で頭を剃って謝罪に来い!一般稽古のない水曜日にやってこいや。今、こんな打ち合わせしとんのは絶対極秘やぞ!言うたら絶対にあかんぞ!お前は何の罪もないけど、若村と共に頭を丸めろ。ヤキも食らえ。ええな。」
「押忍!」
「散髪屋で頭、剃ったらいくらや?」
「押忍。3000円です。」
「よし。3000円渡しとくわ。悪いがお前も頭を丸めろよ。」
「押忍。」
極秘作戦開始であった。
男の涙(34話)
水曜日。誰もいない道場に島田と若村は頭を剃り、学ランを着て道場で正座をして倉澤が来るのを待った。
足音がする度に、心臓の鼓動が早まる。
違った。
次は?
また違った。
そして今度こそ!
鬼が道場のノブを握った!
「押忍!!!!!!!!!!」
島田がドアを引き、倉澤を迎え入れた。
目にいっぱいに涙を溜めた若村が十字を切った。
「何しとんじゃ!ワレ!」
ドスの利いた声で倉澤が言った。
若村 「押忍!!!自分は破門を解いて頂くために参上しました!」
島田 「押忍!!!若村の破門を解いてやって下さい!」
倉澤 「オドレ、なんで破門になったかわかっとんか!?」
若村 「押忍!!!自分が情けないからであります!内弟子として気合いが足らないからであります!!!」
倉澤 「わかっとったら、なんで試合で勇気を出されへんのじゃ!このガキ!」
と言いながら、往復ビンタと中段下突きが一発!更に左右のローキック!
若村 「押忍!!!申し訳ございません・・・。」
苦痛に耐える若村。
倉澤 「お前のようなヘタレはいらん!ドコにでも行け!金さえ出したらドコでも空手はできるど!」
若村 「押忍!!!自分は昇龍塾で!塾長の内弟子で強くなりたいです!」
倉澤 「ほんなら、死ぬ気でやらんかい!!!こんな痛い目に会う前に試合で本気を出さんかい!!!」
と言いながら、また往復ビンタにボディ!
倉澤 「島田!!!お前も若村の面倒をよう見いよ!コラッ!!!」
と言いながら、島田にも往復ビンタとボディを一発!
倉澤 「若村!!!今回だけは島田の顔に免じて破門を解いたる!白帯から出直しや!明日から白帯巻いて、また死ぬ気でやれ!」
二人 「押忍!!!ありがとうございました!!!」
号泣する二人を背にして、鬼は道場を去って行った。
道場のビルから出た倉澤もまた涙を流していた。
しかしこの事を二人は知る由もなかった。
空手漬けの青春(35話)
次の練習日。頭を剃った島田と若村。
若村は白帯を締めている。
その姿を見た者は、一瞬、唖然とするが、誰も尋ねる勇気はなかった。
それだけ、内弟子と塾長の関係だけは別世界であったのだ。
黒帯の幹部クラスでも踏み込めない程の特殊な関係であった。
若村は前にも増して稽古に気合いが入っていた。
松山の白鳳全日本前のスパーリングパートナーはやはり若村。
日曜日に道場で二人稽古に励んだ。
休む間もない若村。空手漬けの青春であった。
社会人の松山も限られた時間の中、できる限りの事はした。
そして、瞬く間に時は過ぎ、松山の白鳳全日本当日が訪れた。
果たして、松山は“思い”を燃やす事ができるのか・・・。
強敵(36話)
松山の白鳳全日本一回戦の相手は白鳳会館鹿児島支部長、金井真司選手だった。
金井は限心会館の鹿児島大会で入賞したこともある実力者だった。
金井は松山より、やや背が高いものの、ほぼ似たような体型で、思い切りの良さもよく似た選手だった。
本戦より激しい打ち合いが展開される。
ドカッ!バシッ!
両者の技が交錯する。
松山の渾身のパンチが相手の胸板にめり込む!
すかさず返す金井選手!
金井選手のローが松山の腿に食い込む!
すかさずローを返す松山!
一進一退!
見ているこちらが痛くなるような潰し合いのような試合だった。
太鼓が鳴り、終了。
引き分け。
延長に入った。両者、死力を尽くして闘った。
しかし、これも引き分け。
名勝負を演じていた。
そして再延長。
お互いにヘトヘトになり打ち合ったが、金井選手の執念がやや松山を上回っていた。
結果5-0の判定負け。
内容は僅差であった。
試合後、挨拶に来た松山に倉澤は
「ようやった!お疲れ様。ええ試合やったぞ。相手選手もええ選手やのう!」
と讃えた。
試合を見ていた若村の胸には闘志が漲っていた。
若村の限心会館支部長協議会派の段外の部の試合が近づいていた。
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