入院までの経緯
入院・・・
それは、お子の出産しか思い浮かばない・・・。
あとは、お子が入院とか。
一生ないと思っていた事が現実に・・・w
さあ、恐怖の世界へ・・・
フフフ・・・
11月中旬・・・
「なんだか体調が悪い」
それが始まりで、しばらく様子を見た後、病院にいくことになる。
その病院で、
「 原因不明
だなー。とりあえず、様子みよう」
と、お薬を頂く。
その際、ガン検査&血液検査&細胞検査もしてみる。
「心配だから月末に来てね。」
といわれたので、ますます不安に・・・((((;゚Д゚)))ガクガク
原因不明なのに、なぜに薬が出るんだーw
そして、29日に病院へGOGO!
「ん~原因不明だなぁ・・・。あと一週間様子を見よう。それから考える」
・・・この時点でおおよそ、原因は判明。
前に病院に来たときにも、わかっていたのだけど、
凹むので、何が原因かは控えさせていただきます・・・・。
それからは、天に祈ったり、色々してみたり・・・。
泣いたし・・・。
凹んだし・・・。
で、検査の結果はなぜに教えてくれないんだーww
そんな30日の夜中です。
激痛で目覚める。
陣痛以来の腹痛でした・・・。
が、暖かくしていたらおさまったので、うだうだしながら一日を過ごしました。
周りの方から、
「病院変えなさいよ」
と、言われました。
なので、ダンナに相談して、次の日他の病院に行くことにしました。
「ほんとの原因はなんだ??」
考えることはこれしかなかったのです・・・。
そして31日。
痛くもないしー、だいじょぶだよ、ってな話になった。
でも、夕方、そのことでダンナと大喧嘩に。
まぁ、ぶっちゃけ、怖いから病院なんて行きたくもなかったし、
じっとしてたら、よくなっていくんじゃないかって思ったりもしてた。
だけど、やっぱり、おかしいんですよ。
ゲームしながら、気を紛らわせていました。
そんな夜更け・・・。
深夜番組みたりしてた。
小腹がすいたw
カップめんを食すw
まぁ、眠れなかったんですよ。
なんか嫌な予感がして。
朝になったら、ダンナと病院にいく。
だから大丈夫って、思ってた。
大丈夫だって・・・。
そんな事考えながら、ゲームw
ちと、トイレへ・・・。
Σ(=∇=ノノヒィッッー!!
激痛はしる・・・。
トイレから30分かけて、リビングに戻って、携帯からダンナに電話する。
「助けて・・・。おなか痛い・・・。」
そしたらね、体温計ではかったら、34度しかないの。
だんだん下がってきてるの。
変な汗もでないの。
「死んじゃうのかな?」
「人間て、これくらいの痛みで死んじゃうのかな?」
こんなことを考えながら、ダンナを待っていたわけで。
「いったいどうなっちゃうんだろう?」
さっきまでテレビ見たり、カップラーメン食べたりしてたジャンw
なんだよw
この状況ww
・・・遺言でも書いておくべきだったな・・・
意識は遠のいていく・・・。
救急車を呼ぶのを躊躇したダンナは、私が診察で通っていた病院に運ぶ。
看護士「動けます?」
まり「動けません」
診察室まで運ばれ、診察を受ける。
服が脱げる状態じゃないので、脱がしてもらう・・・。
(あ・・・。なぜにこんな時に、こんなパンツはいてんだ?www)
(こんなパンツ、なぜに・・・wwwww)
もう遅いです。
このパンツ、手術の時も話題をもたらすことに・・・w
「多分、腹膜炎だねー。やっぱなぁ。そうなると思ったんだよ。」
おいおい!
じゃぁ、何でもっと早く手術を・・・?w
「 こんなに痛いんじゃ、もうだめだよ~
」
Σ(゚Д`;)ア…ア…アッハァァァァァァ?!!
ダメって何だよ!!
人ってこんな痛みでも死んじゃう人がいるんです。
私も死んじゃうのかなーって、正直思いました。
案外こういうときは、冷静なもので、いろいろなこと考えてました。
うちの、死んでしまった猫サンのことや、失恋したこと。
お子が生まれたときのことなんか、ずっと考えてました。
もしもあの時、あんなことを言ってたら、人生変わってたんじゃないかなぁ。
タイムスリップ出来たらいいのにって、どうでもいいことまで考えてましたしw
でも一番考えたのは、お子のことかな・・・。
私がいなくなっても、だいじょうぶかなぁって。
腹膜炎ていうのは、内臓が爆発しちゃうことを言うみたいです。
死亡の原因になるのは、その際の大量出血のショック死みたいでしたけど。
私の場合は、通常の盲腸からの発生じゃなかったんで、先生は開腹手術をするか、ずっと迷っていたようでした。
判断がすごく難しかったようです。
朝になったら外科の先生が来るので、それまで止血剤&抗生物質を点滴しながら待つことに。
しかし、点滴はえええええw
しかも、漏れてるし・・・・痛い(´;ω;`)ウゥゥ
次のページにつづくw
そのうち更新しますw