だから今ではわたしもすっかり慣れてしまって、
映画もDVDもイタリア語吹き替えで観る方が楽なのである。
日本の感覚でいけば、オリジナルにイタリア字幕で観るべきなのだろうが、
そうすると、観ているうちに字幕についていけなくなって、
いつしか字幕しか目に入っていない自分がおり、
しまいには話が分からなくなってしまうのだ。
しかしやはり日本では外国映画を観るなら 字幕版
に限る。
これは『グッバイ・レーニン!』というドイツ映画を観た時にしきりに思った。
この映画、一度目はイタリアで吹き替え版で、
二度目はドイツ語オリジナル+日本語字幕で観た。
この映画はベルリンの壁崩壊前後をテーマにしたもので、
東側に西の文化が入っていく様子が描かれている。
主人公は東ドイツの男の子。
ちょっとカタそうだった彼のお姉さんがアメリカ系のファーストフード店で働き始め、
「いらっしゃいませ、ようこそ」
と笑顔で接客するようになる。
その東と西のギャップを理解するには、たとえドイツ語を知らなくても
多少の雰囲気をつかめる原語で観た方がいいと思うのだ。
字幕版が一概にいいかというと、そうでもない。
例えばブラッド・ピットがアキレスを演じた最近のアメリカ映画『トロイ』。
かえってオリジナルで観ない方がいいかもしれない。
オリジナルである必要性
があまりない作品である。
なぜならこの舞台は今で言うトルコとギリシア。
英語なんて使わない国なのだ。
トロイ(今のトルコにあった都市)の王のセリフに
「わたしはギリシア人よりこの辺りの道に詳しいのだ」っていうのがあったけど、
英語で言われたらちゃんちゃらおかしい。説得力なし。
雰囲気が出ない。
まあそれを言ってはキリがないのだが。
古くは名画『ベンハー』( イタリア人をアメリカ人が演じた アメリカ映画)や、日本の映画『敦煌』( 中国人を日本人が演じている )だっておかしいことになってしまうわけだし。
ところでなぜイタリアでは吹き替えが主流なのか?
この質問をイタリア人の友人にしたところ、
声優がうまいから
、という答えが返ってきた。
イタリア人は自国の声優の演技に誇りを持っているフシがあって、
吹き替え主流の風潮に大賛成なのである。
あまりに唇の動きと合っているものだから、
ハリウッド俳優はイタリア語をしゃべれる
と思い込んでいたイタリア人が
かつて多かったのだそうだ。
日本ではさすがにそれはないだろう( 見た目
でまず分かってしまうのだが…)。
唇の動きに完全に合わせることは言語体系の相違から無理だ。
『タイタニック』の吹き替えしか見たことがない人だって
まさか ディカプリオが日本語をしゃべれる
のだとはさすがに思いはしないだろう。
余談になるが、イタリアでは、著名なハリウッド俳優に関しては
固定の吹き替え俳優
というのが存在する。
1971年の『アルフレード・アルフレード』はイタリア語によるイタリア映画であるが、
主演はアメリカのダスティン・ホフマン。
もちろん彼はイタリア語を話せない。
オリジナルの時点で既に声が吹き替えられてしまっているのである
(こういった作品はイタリア映画にはけっこう多い)。
この時ホフマンの吹き替えをしたのは フェッルッチョ・アメンドラ
。
『真夜中のカーボーイ』などのハリウッド映画で既に彼の吹き替えを経験し、
その後もホフマン出演作品の多くを担当していった。
吹き替えにする二つ目の理由に、字幕にする際の文字量の問題が挙げられる。
日本語は漢字の使用による要約が可能である。
確かにわたしたちは字幕を「読む」というより 「見ている」
ような気がする。
それに比べてアルファべットではどうしても長くなってしまうから
字幕にするのに無理が生じることがあるのだという。
このあたりは きみちさんのサイト
に詳しいので参照して頂きたい。
そしてもう一つの理由に、
かつてこの国の 識字率
が低かったからということが挙げられる。
これはイタリアに限らずヨーロッパ各国において言えることで、
唯一の例外が オランダ
だそうだ。
オランダ人の識字率が昔から高かったのかどうかの
ウラはとっていないのだが、
確かにオランダでは字幕上映が主である。
そしてこれが功を奏しているのか、
オランダでは英語がどこへ行っても割と通じる。
イタリアで観るならやっぱり吹き替えがいい
(もちろん日本映画が上映される場合を除く)。
そして日本で観るなら基本的には字幕で観たい。
ただし日本にも優秀な声優さんは大勢いて、
数年前までTBSの『二か国語』という深夜番組をやっていた 江原正士
など、
演技力は抜群である。
まあ声優がうまいのは道理なわけだけど。
最近の映画では普通の俳優が吹き替えをやるケースも多いが、
やはりその筋の人には勝てないものである。
吹き替えより字幕がいいとか、いや吹き替えも捨てがたいとか、
何だかんだ言ってもやっぱり 映画館に足を運ぶ
わたしがいる。
映画はいずれにせよ魅力を持っている。
しかしこれも言いたい。
吹き替えにも字幕にも対応できる DVD
も捨てがたい。
なぜなら吹き替えにも字幕にも自在に変更できるという利点がある。
欲を言わせてもらえれば、イタリアで買うDVDに常に
日本語字幕
の選択肢があるといいのに。
(2004年11月)
(注)イタリアの吹き替えの歴史とその事情については こちらのサイト (イタリア語)をどうぞ。