星の輝き月のきらめき 2

星の輝き月のきらめき 2

娘生育歴。その1



娘が生まれたのは1月の寒い寒い朝。
前日の明け方に破水してそのまま入院。
子宮口が堅かったので陣痛促進剤を飲んで丸1日がかりだった。
本当はもうちょっと早く生まれそうだったのが、すぐに先生が来なかった上に立ち会いが看護師だったので、いきませてくれず、結構辛かった。朝の5時とかだったし、おじいちゃん先生で、病院から車で5分のところが家だって言うし、電話して10分ぐらい出来てくれたから仕方がないかな。でも元気に生まれてきてくれた。赤ちゃんて暖かくてずっしりと重たくてこれが命の重みなのかなぁと感動したことは今でも忘れない。初めての子育てでそれは無我夢中でした。
娘は3ヶ月くらいからは夜はすんなり寝てくれるようになったのですが昼間は抱っこしていないと、泣いて怒っていることが多くて大変だったかな。ベビーカーも嫌いで、すぐぐずって怒っていました。

2ヶ月頃パパが娘をお風呂に入れていたとき右側のソ頚部にこりこりした物を発見する。結局ヘルニアで、娘の場合腸ではなく卵巣が出ていた。手術をして腹膜をふさいだ。右の卵巣は今後機能するのか分からない。とても悲しかった。元気に産んであげられなくてごめんなさいという気持ちでいっぱいになった。

退院してから赤ちゃんらしい甲高い声から声質が低くなるとともにゼロゼロし出す。
心配になって検査をするも異常なし。結局ハスキーボイスのまま現在まで来ている。
娘多動時代。

やっぱり娘も歩けるようになってきてから多動が始まっている。娘が1歳2ヶ月の時に息子を妊娠して
追いかけ回すのが大変だったような記憶が・・・。
1歳6ヶ月検診の時は、なんかもう泣けてきました。
一人ちょろちょろして、積み木は積めないし指さしもできない、市でやっている言葉の教室にも誘われましたが、そのころは切迫早産でそれどころではなかったし、まだまだ大丈夫だって思っていたから、全然気にしていませんでした。追いかけ回すのは大変だったけど。もっと心に余裕があったら通っていたかもしれないし、まぁ今となっては遅いけれどちょっぴり後悔しています。

娘。2歳から3歳時代。

言葉の遅れは心配していました。
娘は宇宙語がとっても長かったです。
それだけだったら早くからおしゃべりしていました。
多動も3歳に近づくに連れて闇雲には走って行かなくなりました。
3歳頃からは外食も出来るようになってきて、随分安心したのを覚えています。
おむつも2歳11ヶ月で取れて、ほっとしました。

このころは、早く幼稚園に入ってくれたら、色々伸びてくるのではないかとそれ
ばかり考えて毎日生活していました。基本的にあんまり外に出ませんでした。
それを実母は、このころあんまり外に出なかったから遅れてしまったんだと、い
まだに言っていますが、それだけだったらもうとっくに月齢通りに成長している
よと思います。


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