IBN ARABI & KONEVI


MUHI AL-DIN B' ARABI (ムフィーッディーン・イブン・アラビー)

イスラム史上最大の神秘思想家。1165年にムルシア(スペイン)に生まれる。1240年ダマスカス(シリア)で没。
スーフィズム思想の思弁的・一元論体系家であり詩人であった。
代表作「存在一性論」「存在の樹」イブンアラビーの宇宙論及び霊的天文学

SADDL AL DIN KONEBI (サドルッディン・コネビー)


(1210~1274)
イブン・アラビーの最高の弟子であり、その衣鉢を継いだ。
アラビーの教説を哲学的に解釈をした人物として知られています。
トルコ・コンヤにあるコネビの墓標は質素で、それでいて静寂と平安に満ちていました。
ルーミーの豪華な墓標に比べると対照的でありましたが、
墓の周りに作られた薔薇の植え込みがなんとも美しかったのが印象的でした。
個人的に最も好きな場所のひとつです。
また、ルーミーは生前とても質素に暮らしていましたが、対照的にコネビは大変裕福だったといわれています。
そのコネビはルーミーに対して
「あなたは今、貧しいが死後豪華な墓所に眠るだろう、だが私は粗末な墓に葬られるだろう」
と話したと語り継がれています。



konevitomb
こちらがコネビのTomb前です。
ちなみに立っているのは私ではなく友人。
写真を撮ってるのが私。画像悪くてごめんね。



神を直接観想するためには、

感覚的、あるいは精神的なあらゆるものの助けが必要である。

神はその本性として、

すべての世界と独立して存在しているからだ。

女性の中に神を観ることは、

最も強烈で最も完璧な行為となる。

こうした観想の支えとなる感覚的な階梯において、

最高度に強烈な合一は愛の行為である。

IBN ARABI



狂おしいほど恋する男がいた。

男はある日、恋人の家にいき、扉を叩いた。

すると中から声がした。「「どなた?」

男は答えた。「私です」

すると、その方はこう答えた。

「この家は狭くて、二人でいるのはとても無理」

男は砂漠へ出向き、考えた。

一年後、男は再び恋するその方の家に戻り、

再び扉を叩いた。

その方が尋ねた。「どなた?」

男はこう答えた。「あなたです」

すると、扉は開いた。

IBN ARABI



*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。.



私はあなたゆえに存在し、

あなたは私を通して現れる。

しかし、もし私が現れなかったならば、

あなたはいなかっただろう。




イブン・アラビー

*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。..。.。o○*:.。.




イブン・アラビーはこう言った。

『私の中で発達した能動的な想像力は、ムハンマドの眼前に大天使ガブリエルが、

肉体を持って現れた様に、肉体を持った物理的な存在として、

愛しき人を私の眼前に現せるまでになった。

最初、私は(能動的想像力が出現させた)愛しき人を直視できる力を持たなかった。

愛しき人は私に話しかけた。

私はその言葉を聞き、理解することが出来た。

この「出現」は、あまりに強烈であった為、私は何日もの間、

全く食物を口にすることが出来なかった。

私が食卓につくたびに、私の愛しき人はテーブルの端に立って私を見つめ

私に話しけるのであった。

その言葉を、私ははっきりと自分の耳で聞く事が出来た。

「私のことを瞑想しながら、あなたは食事をするのですか」。

食物を摂ることはできなかった。しかし、驚いたことに、私は少しも空腹を感じなかった。

ヴィジョンに満たされていた為に、私は満腹であった。

私は愛しき人を瞑想することにあまりに酔っていたので、この瞑想が食事の代わりとなったのである。

私が食事を摂っていない事を知っていた友人達は、私が健康に見えるので驚いた。

実際、私は長い期間、食事を一切摂らず、しかも飢えも渇きもまるで感じなかったのである。

この期間ずっと、愛しき人の像は、私が立っている時も坐っている時も、

動いている時も休んでいる時も常に私の視界から去らなかった。』



抜粋 スーフィ・イスラムの神秘階梯[平凡社]

tutuji

イブン・アラビー「存在の樹」


私の天も、私の地も

私を包容するほど広くはない。

しかし、

信仰厚い私の僕(しもべ)の心は

私を包容している



© Rakuten Group, Inc.
Create a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: