この本は、最近私が購入した、OSHOの講話録です。
「雲もなく、雨は降り注ぐ」
これは18世紀、インドのラジャスタン地方に住んでいた、
光明を得た女性神秘家・サハジョの詩です。
このOSHOの講話録の中で取り上げられた
サハジョの冒頭の詩の部分を見たとき、
思わずハッして、すぐさまこの本を購入してしまいました。
それというのも、その詩の冒頭部分にはこう記されていたからです。
神のことなら見限れる
でもマスター(師)は捨てられない
神はマスター(師)に及ばない
私はちょうどこのとき、トルコから戻ってきたばかりで
この詩の感覚をまるで待っていたか、のように受け止めました。
実はトルコでの滞在中、同じような感覚の経験をしていたからです。
トルコは90%がイスラーム教です。
何人かの知人やスーフィーのシャイフ(マスター)達から
君もムスリムに改宗したらどうだ、といわれていました。
特に私は仏教徒でもキリスト教徒でもありませんし、
なんら問題はなかったのですが、”イスラーム教になる”
ということについて考えさせられました。
私は OSHO
の弟子ではありますが
OSHO教なんていう宗教はないと思ってます。
でもその時、私の心の中に浮かんだのは、やはり OSHO
でした。
時を同じくして、私の最も親愛なるトルコのダービッシュフレンドが
彼にとってのマスター(師)ヌリ・ババの墓前に私達を招待してくれたときのことです。
ヌリババはたしか1998年ごろ肉体を離れたとあったと思います。
まだつい最近、お離れになったんですね、ぜひ一度お会いしたかったな。
そのときの彼のヌリババに対する思い、というのが
そこにいる我々全員に伝わりました。
あのときの静けさと慈愛にみちた感覚、というのは
マスターから弟子への愛と、弟子からの完全な明け渡し、
--その感覚でした。
私は、まるでプーナにある OSHO
のサマーディ(墓所)の前で
静かに心落ち着けて座っている時の、あの感じを思い出したのです。
あぁ、ここにも生きたマスターの臨在がある、そう確信しました。
彼にとってのヌリババへの愛と私の OSHO
への思いがシンクロした一瞬でした。
胸があつくなりました。
そんな体験の後、日本に戻り初めて手にしたこの本の冒頭の詩
ここに私からの OSHO
への愛がすべて代弁されているようです。
以下にサハジョの詩の一部を抜粋しました。
I can abandon God,
神のことなら見限れる
but I would not forsake my master.
でもマスター(師)は捨てられない
God is not the equal of my master.
神はマスター(師)に及ばない
God has given me birth into this world.
神は私をこの世に産み落とし
My master has freed me from the cycle of birth and death.
マスターは生死の輪廻から私を解放してくれた
God gave me the five thieves.
神は私に5人の盗賊を与え
My master freed me from them when I was helpless.
マスターは途方にくれる私を救ってくれた
God threw me into the net of the family.
神は家のしがらみに私を投げ入れ
My master cut away the chains of attachment.
マスターは執着の鎖を断ち切ってくれた
God ensnared me in desire and disease.
神は病と欲望の罠に私を捕らえ
My master has freed me from all this by initiating me.
マスターは私をいざない、私を全てから解放してくれた
God made me to wander in the illusion of doing.
神は行為という幻想の中に私をさまよわせ
My master showed me my being.
マスターは私の存在を示してくれた
God hid himself from me.
神はその姿を顕さず
My master gave me a lamp to illuminate him.
マスターはその身を照らす灯火を与えてくれた
Above all, God created this duality of bondage and freedom.
神はとりわけ自由と束縛という二元性を作り
My master destroyed all these illusions.
マスターはその幻すべてを打ち破ってくれた
I offer myself, body, mind and soul.
私のすべて、我が身、我が心、我が魂を
At the feet of my master, Charandas.
師チャランダスの足許に捧げましょう
I can abandon God,
神のことなら見限れる
but I can never abandon my master.
でもマスターは捨てられない
Showering Without Cloud
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