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5.「敗戦真相記」
【「敗戦真相記」について。予告されていた平成日本の没落】(2004.1.22~25)
伝説的な書物というものがときどき存在します。書物というべきなのでしょうか複写されたコピーなのです。繰り返し繰り返しコピーされて真っ黒になったコピーの束。それが尊敬するジャーナリスト田勢康弘氏のおかげで、本になったのがこの「敗戦真相記」なのです。
この著書は昭和20年9月、敗戦の翌月広島で行った永野護氏の講演速記をもとにつくられています。
59年前書かれたものとはとても思えません。今の日本を描写しているようでさえあります。それほど何も根本的なことが変わらないまま、50年後同じ大失敗に陥ったということのようです。
「なぜ日本は戦争に敗れたか」という命題のもとに、さまざまな角度から冷静に分析しています。特筆すべきは、戦時の庶民の生活記録的な真実が描かれていることです。
公的な歴史にはけっして記載されず、葬り去られる唖然とするような庶民レベルの事実、それが今も行われているのではないかと思いをめぐらすと、腑に落ちること、思い当たることが次々浮かんできて立ち尽くすばかりです。
「陸軍門、海軍門」 陸軍の軍人さんのお通りになる門と、海軍の軍人さんがお通りになる門と二つ並んでいる兵器工場があった。大日本兵器青砥工場である。「軍人さんたちがそういう御注文をなさるから、二つ門をつくった」と工場の当局者は答えたという。
門を別にするぐらいだから工場はもちろん別にする。その間に高い塀をつくって、陸軍の工場と海軍の工場の間で一人の工員も融通しない。仮にちょっとでも手伝いをすると、あたかもスパイ行為、利敵行為、敵国の工場の手助けでもしたというようなことに見られて、憲兵にひどい目にあう。これは陸海軍の仕事を一緒にやっている、どの工場にも見受けられた風景だったそうです。資材でも同じことで、一方の陸軍の工場の今急にいらない資材を海軍の工場のほうに回してやれば、すぐその日飛び立つ飛行機が出来るというような事情があっても、陸軍は断じてこれを割愛しない。反対に、海軍でまったく要らない資材で、陸軍ではのどから手の出るようなものでもけっして渡さない。そうしてお互いに資財難に悩んでいる。
どんな材料でも陸海軍先陣争いで押さえてしまう。自分が要るから抑えるのではない。黙っていると相手が使うであろうと、要っても要らなくても押さえてしまう。だから本当に要るところでは間に合わない。錫(すず)、銅、アルミ、ニッケル、その他薬品であろうが、食料であろうが葉っぱであろうが、皆そうだったようです。
海軍と陸軍が鉄の取り合いをした結果できたのが、海軍用の製鉄所日鉄(現在の新日本製鉄)であり、陸軍用の製鉄所が日本鋼管であったそうです。
上記の件と、昨今の合併銀行のコンピュータシステム統一の機能不全とが一致するものがあるのではないでしょうか。縄張り意識による抗争があったと聞いています。
「陸軍ネジ、海軍ネジ」
同じ用途のネジを作るにしても、陸軍が右ネジにすれば、海軍は左ネジにする、といった馬鹿げたことを終戦まで行っていたと言うのです。
ネジだけではありません。すべての部品が、陸軍用のものは海軍では使えない、海軍のものは陸軍では使えないようになっていたそうであります。
陸海軍当局者はこの競争相克の弊害を知らなかったかというと、第三者よりも身にこたえて知っていたのです。陸軍、海軍の軍人、個人個人は知っていたのですが、直せなかったのが亡国の兆しだったのです。
私事ですが、筆者の父も大日本帝国陸軍の職業軍人でした。海軍との争いについて聞いたことがあるしだいです。陸軍、海軍ともに自らの所属する組織と言う共同体のために縄張り争いをするわけです。
現在の官僚が、出身省庁の権益確保のために国民そっちのけで、角逐しているのはご案内のとおりです。
「日本における陸軍国と海軍国」
このエピソードが語っていますのは日本には陸軍国と海軍国とがあった。そして今も厳として存在していると言う事実です。これが構造改革を立ち往生させているのです。諸先輩の論考、業績を勝手ながら踏まえて、折に触れ書き綴っていきたいと考えております。
「終戦前後の軍需工場の出勤率」
昭和20年8月15日前における出勤率は、「戦災と言う特殊事情があったにしても、また空襲と言うエクスキューズがあったにしても、その工場が動かなければ、日本が戦争をやっていけないと言うほど重要な関係にある工場にして、なお二割から三割と言う情けない低率」であったという。日本全体としても六割程度であったと推定されるようです。
ところが8月15日となり戦争が終わってしまって、出勤をやかましく言われなくなると、これらの工場の出勤率が、90%、95%と言う数字になった。軍需工場が不要になり、怠けて首になる恐れが出てきたら自発的に出勤するようになったというのです。
要るときには出勤率が悪くて、要らなくなったときには出勤率が良くなったのは首切りを恐れたからでしょう。
永野氏はこう嘆きます。
「今度の戦争が国民の総力戦になっておらなかったということを、この出勤率の変化ぐらい具体的に表現している例はほかにないと思うのです。」
「大切な飛行機をつくるアルミニユウムを盗み出して弁当箱をつくって闇で売るというようなことが起こってくるのです」
「日本に総力戦の実体はなかった」「法律と権力で強制しても国民は動かない」の部分を紹介しました。
実はこの本はエピソードは枝葉であり、論理的に、実証的に敗因を論じています。のみならず、今後の日本の将来を見据えて語っているのです。
それが59年後の今にいたるまでも、致命的欠陥とされていることがなんら是正されておらずここまでずるずると来たことが「平成日本の没落」が予言されていたという次第です。
「危機の時代なのに人材がいない」「大人物がいない」「人材飢饉」
日本有史以来の人材の端境期にあった。「ただ器用に目先の雑務をごまかしていく式の官僚がたくさん集まって、わいわい騒ぎながら、あれよあれよと言う間に世界的大波乱の中に巻き込まれ、押し流されてしまったのであります。」
今の日本にまったく当てはまる形容であることは、論を待ちません。
彼は「支那事変から大東亜戦争を通じて」日本と世界の指導者の比較をしています。日本側は近衛文麿、東条英機、小磯国昭、ルーズベルト(米)、チャーチル(英)、蒋介石(支那)、スターリン(ソ連)、ヒトラー(独)、ムッソリーニ(伊)。
「千両役者のオールスターキャストの一座の中にわが国の指導者の顔ぶれの如何に大根役者然たるものであったかを痛感せざるを得ないでしょう」
「日本の官吏は、このように人民に対して、陛下の官吏として独善的にのぞむくせに、肝腎の行政能力というものが、きわめて貧弱です。」アメリカの進駐軍が入ってきて、日本の官庁と交渉して最も驚いたことは、日本の官吏が上になるほど物を知らない。地位が上になるほど勉強してないということだったそうです。
ソ連の軍人はノモンハン事変で知っていました。米英軍も戦争を通じて知っていました。日本軍は、兵隊はきわめて勇敢で優秀である。下士官も優れている。将校は凡庸である。上級将校・参謀は無能のきわみであると。
「しかし何人にも才能はあるものでして、日本の官吏にも非常に優れた才能が一つある。それは何かというと責任回避術である。この術に対しては実に驚くべき才能を発揮している。」「従来のいかなる悪政に対しても官吏が一人だに責任を取ったためしがなかったと言う事実を想起してみれば、何人にもすぐわかることです。」
血清エイズ事件、BSE事件、狂牛病事件、古くは水俣病事件、枚挙にいとまありませんね。
田勢康弘氏はこの本の解説でこう述べておられます。
「勝(海舟)が日本は政府でも民間でもおよそ人の上に立つものはみなその地位相応に怜悧ではない、と嘆いた幕末。いまわれわれは当時に思いをはせ、なんと人材の溢れていた次代よと懐かしむ。勝が永野の敗戦真相記を読み、なおかつ今の世を眺めたならば、なんと感想を漏らしただろうか。」
敗戦直後にこれだけの論述をした永野護氏は、広島のいわゆる「永野六兄弟」です。本人は東京帝国大学法科大学を出て、澁澤栄一の秘書となり、実業家政治家を歴任しました。弟に永野重雄(元・新日鉄会長)、永野俊雄(元・五洋建設会長)、伍堂輝夫(元・日本航空会長)、永野鎮雄(元・参議院議員)
、永野治(元・石川島播磨重工業副社長)がいます。
1890年に生まれた明治の男は1970年に亡くなりました。
敗戦1月後に論ぜられた彼の業績は不滅のものがあります。
ジャーナリストの先輩としてみるとうらやましい限りです。
「敗戦真相記」バジリコ株式会社発行 1000円
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