伝説の誕生ー職員室に行ってみると


 翌週の月曜日、剣道場からの脱走に失敗して、筋肉痛と打撲痛の私は、週番で職員室に向かいました。

 職員室に入ったとたん、大爆発が起きたかの如き笑い声が炸裂しました。

 今でも思い出すと腹が立ってくるのは、英語教師のSです。

 「ふはは、ふはは。おいお前、ほんとなのか、ふはは、わはあ。」

 「ああ苦しい、わはは、わはは。ああ苦しい、笑い死にしそうだ、ホントに、ホントなのか。」

 「なにがですか。」

 「君が、長さんに自転車で追っかけられて、金子旅館のゴミ箱に入って隠れていたってホントなのか。」

 「長さんは触ると臭いから閉口して、お前が出てくるまで表通りで待っていたら、タバコが切れて往生したらしいぞ。」

 「ちがいますよ。」というのだけがせい一杯でした。

 笑ってやろうとして待ち構えている大人たちの熱気に圧倒されて、物も言えなくなっていたのです、15歳の身の上としては。

 「ゴミ箱とゴミ箱の間に隠れただけですよ。」

 そこに、ゴミ箱に入りきれない果物の皮が大量に棄ててあったのが不運の出発点だったのです。

 「長さんが引っ張り出したとき、ゴミ箱に棄てられてた桃の皮を咥えていた(くわえていた)てホントか。」 

 職員室は爆笑また爆笑の嵐。(先生て、生徒の失敗を肴にするのが好きでしたね。)

 女教師の中には、笑いすぎて涙を流してハンカチを出している方も何人かおみえでした。

 制帽や鞄に果物の皮が引っ付いていただけなのです。少し多めでしたが。

 当時わが中部中学校はアナクロの極みというか、肩からかける布製のズック鞄だったから、走ってきて伏せると地面をかっさらう羽目になります。

 たまたま、そこの現場の状態が悪かっただけです。

 それにしても、微にいり細にわたって知られすぎているのが不思議でなりません。

 ほとんど通行人もなかったはずなのに。家と家の間の路地の昼なお暗い闇なのに。

 真相はすぐにSがしゃべりました。

 「おまえな、きれいごと言うてもあかんぞ。」(爆笑)

 「全部見られとったんやぞ。」       (爆笑) 

 「誰にですか。」最後の抵抗のばっくれ。

 「金子旅館の娘の部屋が二階にあって、遊びに来ていたクラスメートたちと一緒に上から全部見ていたのだぞ。」(爆笑)

 「えらい勢いでセコに飛び込んできたと思ったら、ゴミ箱に隠れて身動きひとつしないので、皆心配してくれたのだぞ。」

 「お母さんに言って外へ見に行ってもらったら、長さんがいてお母さんに『シー』て言うもんだから静かにしていたらしいぞ。」

 「お前が連れてかれた後、死ぬほど笑い転げたらしいぞ。」



 私にとって最悪・最後の不運は、その土曜日の夕に、先生方の研修の打ち上げ会が金子旅館で催されたことです。

(先生て、教え子の店をよく利用すると思いません?)


 酒豪平井長三、大いにきこしめされたようです。


 宴会の最後のデザートに、よく冷えた水密桃が出たそうです。




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