当時の南京



日本軍が南京を占領する直前の人口は20万人で、占領後1月で25万人に増えました。

戦場が南京に近づくにつれ、多くの南京市民は避難して市内に残っているのは貧しい難民だけになりました。陥落前の南京には22人の欧米人が残っていて、そのうちの15人が国際委員会という会をつくりました。彼らは南京市内に4平方キロに満たない広さの安全区という地域を設定して、ほとんどの民間人をその地域に収容しました。上海の戦闘でフランス人のジャキーノ神父が安全区を設定して上海市民に戦争被害が及ぶことを阻止できたので、南京の欧米人もその真似をしたのかもしれません。

南京大虐殺があったと主張する人たちは日本軍占領直前の南京の人口は50万人と述べたりしますが、それにはちゃんとした根拠はありません。当時の資料で人口に関するものは約130件ほどありますが、この資料からは占領直前の南京の人口は20万人くらいだったことがはっきりと浮かび上がります。また人口分布に関する当時の資料は50件以上ありますが、この資料からは民間人のほとんど全部が安全区にいたこともわかります。

もちろんこの数字は人口調査をしたものではないので、おおざっぱな数字です。しかし、重要なのは昭和12年12月の日本軍の占領後に人口の減少がないことです。人口の減少は当時の資料にはどこにも記録されていません。逆に日本軍の占領後は、1ヶ月以内に人口が5万人増えています。例えば、当時の国際委員会の外国人たちは難民に食料を配給しようと努力していたので、南京の人口が日本軍の占領前は20万人くらいで占領後に25万人になったという事実をつかんでいて記録しています。国際委員会の人口に関する記述は記録日や記録者が異なったものが三ヶ月間にわたって何回も記録されていますが、この数字は常に一貫しています。


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