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2007/04/21
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カテゴリ: 徒然なるままに
死んだおばあちゃんの、四十九日の法事がありました。
親戚のおばさんおじさんやら、お葬式の面倒も見ていただいた近所の方々やら、いっぱい来てくださいました。

法事では、お経の後に、お坊さんのありがたい「仏の慈悲」の話を聞きましたが、話があまりに長いので、正座した足がしびれにしびれ、
「どうかお慈悲を」
という気分になったりしました。

さて、法事が終わり、おばあさんの遺品の整理をその子ども達が始めました。
死んだおばあさんは父方なので、即ち、父親の兄弟であるおじさんおばさん達で、衣類などの整理をしていたわけです。

おばあちゃんは享年92歳。
ま、天寿を全うしたと言っていい年です。
子どもが6人おり、その子達(即ち僕と、僕のいことたち)がおり、そしてそのまた子どもがおり、おばあちゃんがいたからこの世に生を受けた人の数も相当増えてます。
数えたことはありませんが、ひ孫の数も30人くらいいるのではないかと思います。

そして、その遺品の中に数冊のアルバムがありました。
その中には僕の知らない、セピア色の写真の中でさらに高齢のおじいさんの写真とか、
軍服をきた兵隊さん。
今はもうダムのそこに沈んでしまった村の写真。
そしてその村にあった家の前で親戚一同集まった写真。
明らかに戦前の写真でしょう。

かと思うと、木造の小学校の前で撮影された、うちの父親の小学時代らしき団体写真とか
もう60を過ぎたおばさんたちの子どものころの写真とか、
結婚式の写真とか

さらに、僕自身の子どものころの写真とか・・・。


写真の中では、おばあさんも、もう10年前に亡くなったおじいさんも若くて、でも頭だけはすでにはげていて・・・。

昔の人ですから、今みたいにバシバシ写真を撮りまくる時代でもありませんから数は決して多くありません。

僕は「若いねー」とか言いながらアルバムのページをめくるわけです。

写真そのものを懐かしむ、という思いはもちろんあったのですが、それ以上におばあさんの生きていた歴史というものが深く心にしみてきました。

当然のことですが、おばあさんと私との間には2世代分の年の開きがあります。
およそ50年の違いですが、おばあさんは僕の知らない50年を生きているんですね。
そして、おばあさんにもおばあさんがいて、そのおばあさんも、おばあさんの知らない50年を持っていて・・・。
別におばあさんじゃなくても、父親でも母親でもいいんですが、上の世代の人は必ず、僕の知らない時代の歴史を持っているんですよね。
そうやって、歴史を重ねながら、重なった部分で後ろへ後ろへと何かを伝えてきたんだなあ。

僕が生まれていない時代の写真を見ながら、そんなことを感じていました。

今自分がここにいることの意味、
なんていうと少々大げさですが、大事にしなくちゃ、なんて思うわけです。

おばあちゃん、僕達はみんな立派に大きくなりました。
そして、おばあちゃんの残した僕達それぞれが「一隅を照らす」人間としてしっかり頑張っていきますよ。

迷わず成仏してください。

南無阿弥陀仏。





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Last updated  2024/08/23 05:16:58 PM
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