み~は~Histoire
文章ばかりで読みづらいかも・・・。
お芝居をはじめて観た記憶があるのは、 宝塚 です。それも「ベルサイユの薔薇」・・・。ちゃんと観ていたらまだ自慢ができたのですが、きれいな舞台という印象とつまんないから何度も暗いとこから明るいロビーへよく行き来したことを憶えています。つまりは、今考えてみるとすんごく周囲に迷惑をかけた小憎らしいガキだったわけですね。^^;
祖母が謡を習っていたので、3歳ぐらいから 謡の会 など観にいっていたらしいです。 三味線や長唄の類が、意味などわからなくても耳慣れてしまっているのは、そのせいかもしれません。けれどね、話がちんぷんかんぷんな上、アクション(動作)がゆっくりでしょ。そんなにたのしい思い出…これで芝居に目覚めた思い出はありませんでした。
小学校時代、鍵っ子だったためTVをよく観ました。アニメにバラエティ、連ドラ、そして 吉本新喜劇 ! ブラウン管を通して、よく笑いました。話の筋は簡単だし、キャラクターはおもろしろいし…。そんなとき、学校からの観劇会で 「モモと時間泥棒」 を観ました。なにがどうよかったのかは、もう忘れてしまったけれど、とにかく感動しまくって、屋根の上にのぼって1人でモモの歌を口づさんでいたのは覚えています。(恥ずかし記憶)「ガラスの仮面」も出現しました。 真田広之さん と 桜田淳子さん の 「リトルショップ オブホラーズ」 もTV(たしかNHK?)で観ました。けれど、まだ小・中学生の頃はまだなんにも考えずに、バレーボール一筋の人生だったのです。
転機は高校にありました。通学時間片道1時間30分。いろんな理由からバレーボール部へ入部できなかったため、み~は~路線へ一直線。通学時間に今で言うヤングアダルトの本を読みあさっておりました。津山紘一氏や新井素子さんの小説がラジオドラマ(現在の青春アドベンチャー?)になっているのを知って、録音し、テープ起こしをしたりしておりました。その中で直感的に気にいってしまったのが、 森本レオさん と 宝塚歌劇団雪組 の 北原遥子さん の「時のない国・その他の国」でした。も~う、2人の語り口がお話ともあっていて、すごくすご~~~くよかったんです。で、顔も見たことのないのに 北原遥子さん のファンになった私は、クラスメートの宝塚ファンにどうすれば 北原遥子さん をみることができるのか、訊ねました。そうしたら、もうすぐ雪組の公演があるから一緒に観に行こう!と、友達はチケットの手配までしてくれたんです。どきどき、わくわくしながら 「風と共に去りぬ」 を観にいきました。でもパンフレットに 北原さん の名前も写真もない。ショックを受けつつもお芝居を観ているうちに、 遥くららさん のスカーレットのたくましさと 麻美れいさん のバトラーのかっこよさにノックアウト! (前から4~5列目のセンターという初めてにしてはすごく贅沢な席を友達は用意してくれていたから、よけいに圧倒されてしまったのかもしれない。)とにかくお芝居に関してはすご~く満足しました。終演後、友達から 北原さん のやるはずだった役と相手役の 杜けあきさ んのことを教えてもらいました。 北原さん についてはそのとき、おそらく病気か怪我で急に休演することになったのではないか、という話だったのです。しかし 北原さん は病気で休演したのではありませんでした。歌劇団に無断で外部のTVへ出演したため、退団させられていたのでした。「どうやら手違いか、もしかしたら外部のワナにかかったのかもしれない。みたいな噂が流れているよ。でも、フリーで活動はするみたいだから応援してあげようね」 と、友達は教えてくれました。しかしフリーになった 北原さん の情報は公演が終了してからしか得ることはできませんでした。そうしているうちにあの事故がおきたのです。・・・1987年8月13日、日航機墜落事故。 北原さん は乗客の1人でした。わたしにとって北原さんは(1度もじかに 北原さん のお芝居は観ることができなかったけれども)、最愛なる女優さんなのです。(ご冥福をお祈りするしか、できない自分が情けない…。)だから、宝塚でも 北原さん に関係する雪組(それもコンビをくんでいた 杜さん !)と同期( 黒木瞳さん、真矢みきさん、毬藻えりさん、水原環さん など) は、特別視して観に行くように心がけました。

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