オリオンのおもいで(『新星座巡禮』)


オリオンのおもいで(『野尻抱影と「新星座巡禮」』)


 むかし、我が家の手洗いは戸外にあった。小用に立つと床板がぎしぎしきしみ、今にも抜け落ちはしないかという不安がつきまとった。まして夜ともなれば、背後の闇からぬっと何かが現われそうで、夏でも冷たい恐怖に囚われた。ぶちまけるように用を足し、滴も振り切らないうちに飛び帰るものだから、しょっちゅうパジャマの前が濡れていた。

 小学校高学年になり、星に興味を持ちはじめた。庭に出て夜空を眺めるうち、背中の暗闇も平気になってきた。真夜中であっても、手洗いを出たあと庭に立ち止まり、一季節先の星座にこころ奪われることもしばしばだった。
 だがある日を境に、もっとも親しいはずの星座、オリオンが恐怖の的となってしまった。こんな話を、星の好きな住職さん――しばしば小学生を対象とする「星見の会」を開いていた――から聞いたのがきっかけだ。

「雪山から帰った山男が、『星があんなに怖いとは思わなかった』と友人に洩らした。日の暮れに吹雪に遭い、彼は雪穴に身を潜めた。吹雪は夜になると収まって、星々が冬の夜空を埋め尽くした。穴から顔を出し、彼は肝をつぶした。地上では見たこともないほど大きなオリオンが鼻先すれすれにあり、その三つ星が鬼の目玉のように、ぎらぎらと自分を睨みすえていたからだ。」

 どこかで聞き違いをしていたかもしれない。だが頭の深いところに、「鬼の目玉」という言葉がインプットされた。加えて三つ目ときたからたまらない。
 玄関を出て、手洗いは東南の方向にある。庭に立てば、おのずからオリオンの威容と向き合うはめになる。おかげでまた、秋から冬にかけ、パジャマの前が濡れがちになった。



ここ数年、また星への興味がよみがえった。物置のダンボール箱を開けると、亡き父にもらった『星の神話・傅説』という本が出てきた。著者は英文学者の野尻抱影である。この人が「目玉」の話を書いたのだと、思い出すように直感した。住職さんはよく「ほうえいせんせい」の名を連発しておられたからだ。
 以来、古本屋で、新刊書店で、抱影の本を買い求めた。けっしてメジャーな名前とは言えないけれど、文庫による復刊など、すぐに数冊が手に入った。だがどれを読んでも、「鬼の目玉」の話は載っていなかった。筑摩から個人全集が出ていると知ったが、市の図書館にも置いていないらしく、だんだんとあきらめ気分になってきた。
 そんな時、古本屋の奥さんが、「抱影の随想集が出てきたよ」と声をかけてくれた。五百円玉でお釣りがくる、特価本のまた流れで、当然その好意に甘えさせてもらった。そして、ついにその本の中に、自分が求めていた一編を発見した。
 読んで分かった。やはり住職さんか私のどちらかが、記憶違いをしていた。……いや正しくは、記憶の混交をしていたというべきだろうか。とにかく次の引用を読んでほしい。

「四月の大菩薩峠で道をまちがえて、危うく凍死しかけた青年が、救われてから、いちばん怖かったのは、夜っぴてたくさんの星に睨まれていたことだと語ったという。それほどではないが、私のおいは、冬の飯山で、雪穴を掘って一夜を明かした時、穴のへりから、双子座の金目・銀目の星が並んで、のぞきこんでいたのが、気味悪くてならなかったと話した。」
 さらにもうひとつ――
「やがて御来光となって、東の絶壁のへりに立った時、いちめんばら色の雲海のもやもやした向こうに、三つ星が途方もなく大きく直立しているのを見つけた。『オリオン! オリオン!』と思わず声を挙げて叫んだ。」

 これらのエピソードが一つに合わさり、さらにオリオンの三つ星が、双子座のカストール・ポルックスにとって代わったようだ。
 ただ住職さんが、あえて話を改作した可能性も否めない。某国立大の理学部を出ており、頭の良すぎる変人という評判も後に耳にした。
 それはともかく、星座の取り違えがはっきりした後も、自分の記憶をあらためる気が起こらなかった。むしろ逆に、これを書いた抱影自身も、オリオンこそ人を脅かすにふさわしい星座だと考えていたに違いない、という確信を抱いた。

☆ ☆

 いま手元に、抱影の『新星座巡禮』という本がある。その巻末に添えられた「星は周る(めぐる)」と題した随想より、オリオンの思い出が描かれた箇所を紹介しよう。
「夜更けの冷たい縁側で氷嚢の氷を割りながら雨戸の隙にきらめく彼等を見て来て、もう助からないものの耳に『空で一ばんきれいな星を覚えてゐるかい?……ウン、出てゐるよ、オリオンも、カペルラも』と言って聞かせたこともあった。その墓の空に大きく懸るオリオンを眺めながら、郊外の家へ帰って行った夜々もあった。」
 この時、抱影は最愛の娘を亡くしたのである。相前後して、日ましにつのる戦禍が彼の目に映る星々を変えてしまった。
「――八方が火の柱と凄じい爆音に包まれた中で、その炎の色に赤く染まって燦いてゐるオリオンや、シリウスや、獅子座の星々を、私は笹原の松の根方につっ伏しながら、憎しみの目で睨み上げずにゐられなかった。」
 それでもなお抱影の心は、オリオンをはじめとする星々に帰っていく。やがて晩年に至り、「オリオン霊園が自分の墓所です」という言葉が、彼の口癖になった。辛い時代を耐えた後、憎しみは限りなく信仰に近い讃美へと昇華された。

 たしかにオリオンほど、永劫不変のイメージにそぐう星座はない。
 左の肩にリゲルの白を、右の足にベテルギウスの赤を配した四辺形も、それら二つの一等星を結んだ対角線を等分する三つ星の位置も、腹部に孕まれた銀色の星雲も、すべてが、造形センスに満ちた創造主の存在を感じさせる。その金剛不壊の美しさゆえ、人類の視覚が百億光年を超える彼方に届いた今日にあっても、彼は天空における王位を保ち続けている。

☆ ☆ ☆

 星はなにひとつ我々に語らない。幾千年、地上に繰り返される悲劇をよそに、規則正しい道筋を辿って頭上を周り続ける。無作為の存在だからこそ、星は正直に、見る者の心の有り様を映し出す。そう、この時代に抱影が生きていたなら、猛る人々をこういさめるに違いない。――「怒りにまかせた暴力を、あなた方は正義と呼んでいないか? 憎しみが生む無謀さを、あなた方は勇気と称えていないか? 過剰な明かりを消し、星空を見つめてごらん。すぐにその答えが判るだろう」――。

☆ ☆ ☆ ☆

 ふたたび『新星座巡禮』のページを開く。そして稲垣足穂をはじめ、幾多の星に憑かれた詩人を悩殺した名文を借りて、私のこの原稿も締めくくりたい。
「何も知らずに産声を挙げた夜にも、あの雄麗な宝玉の図は屋根の上の空に描かれてゐた。そして、やがて柩に釘の響く夜の空にも、あれそっくりの天図は燦爛と輝いてゐる。そして更に墓の穴の空には永く永く、何百年、何千年も年と共に周り周ってゐる。これは間違ひのない想像である。この想像から湧く悠久な喜びは、星を知る者のみが知っている。
 三つ星よ、シリウスよ、讃へられてあれ!」
                                了

〈参照および引用〉『星の神話・傅説』昭和二十四年 白鳥社
         『山・星・雲』より「登山と星」平成二年 沖積社
         『新星座巡禮』昭和四十年 角川文庫

ZOUSHOHYOU


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