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「夏が来るまで」
「夏が来るまで」
車は警察署の角を曲がった。「こんなところに掘立小屋があったかな」と夫が言った。どうやら今日も調子が良くないらしい。彼が見つめる先には、真っ白なファミリーレストランの建物がある。
「せっかくのドライブだから、お二人が喜びそうな曲をさがしてきたよ」
信号待ちの間に息子がカセットテープを差し込んだ。私たちが結婚した頃に流行っていた歌が流れだす。
「俺もさいきん、むかしの曲がお気に入りでね」と息子は口笛を吹く。助手席の夫は窓の方を向いたままだ。とぼけたような間をおいて、私は「うん、懐かしいね」と相づちを打った。
公園の駐車場に着いた。息子が、病院から借りた車椅子に夫を乗せた。
「ほら、父さんの好きなツツジやサツキがいっぱいだ」
なるほど見事な眺めだ。向かいの子供広場をぐるりとかこんだ生垣を、純白、紫紅、咲分け、絞りと、さまざまな色柄が埋め尽くしている。元気なころの夫なら、ひとつひとつ品種名を並べ立て、得意げな笑みをうかべるに違いない。
けれど今、その瞳に映るのは、無秩序な色彩の混交に過ぎないのだろうか。迷惑そうにおもてを伏せ、彼は花々との対面を拒んだ。
「少し風があるね」
そう言って息子が車椅子の向きを変えた。側にいた私と向き合うと、夫は「ひっ」と喉を鳴らした。
「どうしたの」と訊ねたら、彼は「看護婦さん、電気が――」と口ばしった。
「ここを病室と勘違いしてるんだ」
息子は平気な顔で車椅子を押しはじめた。
日差しと風を除けるため、弓道場の側に移動した。フェンスの向こうから、短くもなく長くもない間隔で、矢が的を射る音が聞こえてくる。その響きが耳に心地よい。サツキの花から離れたが、グラウンド沿いの並木や遠景の山も視野に入り、かえって瞳が休まる気がする。
「婦長さん、何時までに帰れって?」
「二時の回診までに」
「じゃ、先に弁当食べようか」
「いいの? まだ十一時半を回ったところだけど」
「俺、朝飯早かったからね。ほんとに腹が減ってるんだよ」
「そう、お腹が空いてちゃ落ち着かないものね」
息子はベンチに腰掛け、コンビニで買った焼きそばの封を切った。私は夫の食事の世話をする。
車椅子の側に立ったまま幕の内弁当の中身を箸で運ぶ。口に入るのはその半分ほどで、膝にかけたタオルにご飯の山ができる。ストローを唇で巻き込むようにはさむものだから、パック入りのお茶も満足に吸い上げられない。
「俺が代わるよ」と息子が立ち上がった。
「あら、もう食べちゃったの。ゆっくりしてればいいのに」
「きっと、俺の方が食べさせるの上手いよ。いつも亮太を相手にしてるから」
「一歳の亮ちゃんといっしょにしてもねえ」
「いいから、まかせて」
不承不承代わったが、やっぱり彼が食べさせた方が上手くいく。箸が顔の前に来ると、夫は素直にあんと口をひろげて待ち受ける。
「なんだかツバメの親子みたい」私は笑って悔しさをまぎらわす。
「キャッチボールの要領だよ。昔よくやったもんな、父さん」
息子の呼びかけに夫はこくりとうなずいた。
「漬物や味の濃いおかずはあげないでね」
「分かってる。塩分の取り過ぎになるんだろう」
しばらくして夫が「もういい」と声を発した。その口に軽くお茶を含ませたあと、息子はふたたびベンチに腰掛けた。
弓道場の音は止んで、正午を告げるサイレンが乾いた空に響いた。それにかぶせて、近くの農道を行くバイクのエンジン音が背後をよぎった。瞬間、夫の目の奥が赤く閃めいたのを、私は見逃していなかった。
「またみんなで伊豆に行きたいなあ」地面に手を伸ばし、息子が落ちていた箸袋を拾いあげる。「父さんもあっちで療養したら、元気になれそうな気がする」
「そうね」と応えながらも、私は夫の表情から注意を逸らさない。さらに一台、グラウンド脇の道を小型のスクーターが駆け抜けると、むくんだ面差しに、あきらかな憤怒の色が浮かびあがった。
「お前ら気をつけろよ・・・・・・」半ば察知していたとはいえ、重々しい声音に寒気をおぼえた。ここに来てもなお、あの思い込みに捕らわれているのだ。
「・・・・・・あいつがガスをまき散らしてる」
「あいつって誰のこと」私は無理にとぼけてみた。
「葬式坊主に決まってるじゃないか」怒気をふくんだ答が返る。
息子も父親の変調を察したらしい。ベンチを離れ、私たちの傍に歩み寄ってきた。
「そりゃ、おだやかじゃないな。こんどは誰が坊主にされてるの」
「三宅先生よ」
「三宅先生って、整形の丸顔のひと?」
「そう。個室に入って他の患者さんを悪者にできなくなったから、リハビリの先生に憎しみの対象が移ったの」
「でも、どうして。ここは病院の外なのに」
「オートバイのせいよ。先生が、ご自分の趣味だとおっしゃったもの」
「大部屋でなくても被害妄想は起きるのか」とひとりごち、息子は手に持つ箸袋を裂いた。
またバイクの音が近づいてくる。
「早く逃げよう。みんな、あいつに殺される」と夫が騒ぐ。そのとき息子が、やにわにポケットの鍵を鳴らして歩き出した。
「道夫、どこへ行くの」
「ちょっくら、坊主と話をつけてくる」
息子の車は、公園前を横切ったバイクを追いかけて駐車場を出ていった。
夫は両手で鼻と口を押え、車椅子の上でちぢこまっている。
厚手のシャツを羽織ったその肩先に虫がとまる。ツツジの葉によく付く、米粒ほどの羽虫だ。人を馬鹿にしたように、いつまで経っても飛び立たない。たまらず爪の先で弾くと、ベンチに「ちっ」という音がはしった。
しばらくして戻った息子は、いかにも勝ち誇った口調でこう言った。
「安心しな。オレが坊主を追い払ってやった」
夫が、おそるおそる顔を覆った手をどけた。唇の周りに白く唾がこびりついている。
「もうガスが撒かれる心配はないし、せっかくだから一回り散歩してみるかい」
「いいや、すぐに帰りたい」夫は力なく首を振った。
「そうか、帰りたいか・・・・・・。でも、その前にトイレに行かせて」
ふたたび息子の姿が見えなくなると、夫は不機嫌な表情で吐き捨てた。
「いったい、いくら毟りとられたことか」
「それ、どういうこと」
「あの悪党が、簡単にひきさがる訳がない」
「でも、道夫は追い払ったっていったじゃない」
「あいつは自分の金で話をつけたんだ。そんなことも察しがつかんのか!」
しわがれた怒鳴り声が、あたりに短くこだました。
車の中、私はやるせなさに沈みきっていた。夫の不調はしかたない。しかし息子の精一杯の気づかいがふいになったことは、私自身の内でも慰めようがなかった。
もちろん本人は気落ちしたそぶりも見せない。「きれいだったよな。これで風がなきゃよかったのに」と、一人で話をつなぎながらシフトレバーに手をかけようとする。それを夫が右肘で制した。
「まってくれ」
「どうした。父さんもトイレに行きたくなった?」
「いや、花を・・・・・・花・・・・・・」
「分かった。ウチの池縁に咲く赤白のヤツだな」
息子はバックミラーの角度をやや助手席向きに変えた。私のいる後部座席からも、鏡面を耀かす咲分けの花垣がうかがえる。夫はじっくりそれを見つめたあと、「やっぱりきれいだなあ・・・・・・」とつぶやいた。
信じられないという気持ちの底、私は、時がこのまま止まることを願った。私たち夫婦がまだ若く、小さな息子と手をつなぎ歩いた日々でなくてもいい、この人が健やかで、なに不自由ない暮らしが約束されていた頃でなくてもいい、今つかの間の喜びに家族が留まること、ただそれだけを願った。
「じゃあ、そろそろ行くよ」息子がミラーの向きを戻した。シフトレバーが動いたのを合図に、花垣がゆっくり遠ざかる。
車が門に差しかかったところで、はるかな空に目を転じた。あの浅緑が紺青へと深まる季節を思うと、物陰から放たれた矢のような不安に貫かれ、みぞおちが鋭い痛みを訴えた。
了
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