日韓基本条約


 1945年の太平洋戦争終結後長らく日本と韓国の間には国交が無かったが、1965年に総額8億ドル(当時の外貨準備の35%)にあたる金額を援助する事で国交回復が行われた。
 人によっては「賠償金」と言われる事もあるが、日本の韓国併合は合法(当時の国際法上)であるために「援助金」という形がとられ、韓国はそれを元手に経済発展をこぎつけた。(当時の韓国はベトナム戦争に派兵しており、戦争と経済発展を両立したのはすごいことである。)

援助してもらっておいて、日本の悪口ばかり。最低。援助するべき
ではなかったと思うのだが。お金受け取るときだけ調子取る。別に
韓国ごときと付き合わなくても日本に問題はないでしょうー

朴正煕政権
 朴正煕(パク・チョンヒ)は韓国大統領。任期は1961年~1979年。
 元々軍人であり、朝鮮戦争の前には「共産主義者」の疑いを受けた事もあったが、1960年に李承晩大統領の強権的政策に反発した市民運動により失脚、その後政治的混乱が続く韓国の将来を憂い1961年にクーデターにより政権奪取、その後1963年に軍を退役した後大統領に就任する。
 政策的には「セマウル(農村改革)運動」による農業改革、日韓基本条約により受け取った資金を元手にした工業開発等を推し進め「漢江の奇跡」と言われる経済発展を成し遂げたが、金大中事件に代表される情報機関(KCIA・後の国家情報院)を利用した民主化運動の弾圧は世界中の非難の対象となった。
 外交面では「反共・自立」路線を掲げ、青瓦台襲撃事件で関係の悪化した北朝鮮との独自交渉「南北共同宣言」や、ベトナム戦争に派兵したものの、南ベトナムを見捨てたアメリカへの不信感からの「自主国防(兵器の国産化・核武装)」等を進めたが、1979年に側近のKCIA長官に暗殺された。

韓国は民主国家と言えるのだろうか?北朝鮮と変わりない気がするのだが…
シルミドの4人が処刑された頃の大統領はこの人かな?責任取るもなにも
暗殺されてるのね。(--;

全斗煥政権
 全斗煥(チョン・ドファン)は韓国の大統領。任期は1980年~1988年。
 「朝鮮戦争」「ベトナム戦争」に参加した歴戦の軍人であり、「ケネディースクール(米特殊部隊養成学校)」出身のエリート。
 1979年の朴正煕大統領暗殺後の混乱を収拾すべくクーデターを行い1980年大統領に就任した。
 このクーデターがきっかけとなり「光州事件」が発生し、この事件の首謀者として金大中が死刑判決を宣告された。
 政策面では朴正煕政権の経済政策を継承すると共に、日米との協調路線を歩み、1984年に韓国大統領として初の日本訪問に踏み切った。
 北朝鮮には強硬路線で臨み、「ラングーン事件」「大韓航空機爆破事件」などで両国の関係は「最悪」のレベルまで落ち込んだ。
 その後1988年に引退するも、在職中の不正が発覚し、1995年死刑判決を受けた(後に減刑)。

金大中政権
 金大中(キム・デジュン)は韓国大統領。任期は1998年~2003年。
 「韓国民主化の父」と呼ばれる、韓国を代表する政治家。
 朴正熙大統領との「因縁の対決」は有名で、1971年の大統領選では僅差まで迫る健闘を見せたが、その後は日米での「亡命生活」にはいるも、「金大中事件」でKCIA(後の国家情報院)に拉致され、その後「光州事件」では首謀者として死刑判決を受けた事など波乱の人生を送っている。
 大統領に就任後は「アジア通貨危機」後、壊滅的打撃を被った韓国経済の立て直しを図ると共に対日関係の改善(文化・経済の自由化、「韓流」ブームのきっかけ)、「南北首脳会談」の実現など、大胆な政策を打ち出し、2002年には韓国人初のノーベル賞を授与された。
 しかし、「南北首脳会談」には「ノーベル賞欲しさに北朝鮮に多額の資金(一説には8億ドル)を「闇援助」して、それで首脳会談を金で買った」という批判もある。

ここで少し民主的になるのね…

光州事件
 1980年に起こった韓国版「天安門事件」。
 1980年に誕生した全斗煥政権は「クーデター」により成立したため、全土で反政府運動が活発化した。
 金大中の地元、光州市では元々反政府感情が強かった所だったが、この「クーデター」をきっかけに市民達が武装蜂起、鎮圧に向かった韓国軍との間に激しい戦闘が巻き起こり数百~数千の犠牲者が出たとされ、その後金大中がこの事件の首謀者として死刑判決を受ける事態となった。
 この事件に対しては現在の韓国では「民主化運動の悲劇」とされるが、北朝鮮の「内乱工作」の一環だったとも言われ、現在でも
真相は不明である。


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