Q 魂呼ばいとは? A 臨終もしくは死後直ちに近親者がその人の名前を呼び叫んで魂を蘇らせようとする習俗でかつては多くの地方で行なわれていました。死ぬことは霊魂が遊離して再び戻ってこない状態であると考えられ、それを呼び返すことによって蘇らせうると信じられていたのです。臨終の場に居合わせた人達が死者の名をよぶのは人情としてごく自然なことですが魂呼ばいには呪術的意味がともないます。かつては枕もとで死者にむかってよぶもの、屋根や高所にあがってよぶもの、山・海・井戸などにむかってよぶものなど三つの形式がみられました。これらは全て去りゆく霊魂をなんとか呼び戻して蘇らせたいという強い肉親の情からおこった儀式でありましょう。
Q 死装束はなぜ着せる? A 死化粧が済んだら故人が生前愛用していた和服や洋服、あるいはゆかたに着替えさせます。死装束は死出の旅路におもむく死者の旅装束で、死装束に着替えてから納棺します。経帷子(きょうかたびら)と呼ばれる白い木綿、麻などで作られた 経文を墨善した着物を左前に着せます。これを着ると罪が滅ぼされるといいます。これは鎌倉の頃、真言宗から始まったそうです。それに天冠(三角頭巾)を額にあて(これを喪主や縁者がつけることもあり、もとは死の忌に関わる習俗ともいわれます)、六文銭を入れた頭陀袋というものを首にかけたりしますが、六文銭は三途の川の渡し賃とか死者の小遣いとかいいます。両手には手甲を付け、足には脚半を巻き、白足袋、草履、頭巾、首から頭陀袋を掛け、杖と笠を持たせます。頭陀袋には六文銭(紙に印刷されたもの、三途の川の渡し賃とされる)を入れます。これは昔ながらの巡礼の姿、冥土の旅支度です。手に数珠を握らせるのも忘れてはいけません。随分古くさい旅支度ですが、こうした伝統が今日も残されています。葬儀社がいろいろ用意してくれるので納棺の時に一緒に入れるというのが一般的です。死出の旅とは、要は死者を送る人々の心尽しの気持ちがこういう習俗を造り出したということに深い敬意を払い、そういうやさしい気持ちを受け継ぎたいものです。
Q 逆さ水とは? A 湯灌に用いる湯のことを逆さ水といいます。普通の場合は、湯に水を入れてぬるめますが、遺体を清める際には、それとは逆に、先ずたらいに水を注ぎ入れ、湯をそのあとで入れて適温にする方法をとります。水の中に湯を入れることを湯灌の湯といって嫌われ、全国的にこのような行為は日常してはならないと戒められています。このような風習は、生と死とがはっきりとコントラストをなしていることから、日常(生)と非日常(死)を対比することから生まれたものでしょう。湯灌の際には、左柄杓を用いることも広く行なわれており、湯灌が終った水は、日に当てると罰があたるといわれ、日の当たらないところに流すのがならわしとなっており、床下に捨てたり、穴を振って捨てたりします。逆さ水は、北枕、逆さ屏風、逆さ着物、などど同じく、葬いにともなう特殊なしきたりであり、死忌を避けるために行なうものです。
Q 三途の川とは? A 三途の川は死者が必ず渡らなければならない川とされ、死者は亡くなってから死出の山を越えて冥土に行く途中、初七日に三途の川にいたるとされています。この川には渡るところが三つあり、山水瀬、江深渕、有橋渡と名づけられています。この川を渡る際、生前の行為によって善人は橋を渡り、軽い罪の人は浅瀬を渡るのですが、重罪人は深瀬を渡らなければならないとされています。岸にたどりつくと、衣領樹という大樹があり、その影には奪衣婆(三途河の婆)と懸衣翁の二鬼が住んでおり、奪衣婆は罪人の着物を剥ぎ取ってしまい、懸衣翁がそれを木の枝に掛けるといわれます。すると、生前の罪の軽重によって、枝の垂れ方が異なり、善人は再び着物を身に付け、重罪の死者はそこから裸でさ迷い歩くといわれています。
Q 四華を飾るのは? A 四華は紙華あるいは死華とも書き、シカバナとも呼ばれています。葬儀のとき、白紙を細長く切り、横の切れ目を細く入れ、細い棒に巻きつけて、四本を一つの台にさし、二台を一組として位牌の南側に置き、死者の往生を示すものとされます。四華の由来は、釈尊が入滅のときその死を悼み悲しんでそばにあった沙羅双樹の八本のうち四本は緑であったが残りの四本は花が白く枯れたことになぞらえて、釈尊の入滅と同じく死者が涅槃に入ることを象徴しています。これは四栄四枯をも意味するもので、諸行無常を表わしています。四華は本来、野道具の一つで、お墓に埋葬する際の葬列の先頭に立つところから、途中で死者の霊が遊離しないように、しつかり憑依させる役割があったとも考えられます。四華は全国的に数多くみられますが、これを立てないと死者はあの世に行けないとか、四華が広がると死人が近いとか、四華が倒れる方向に死者が出るなどという俗信もあります。