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要と美佐子は結婚生活を続けるのは無理と同意しながらも、すぐに離婚するほどの動機もないので、世間体に配慮しつつ美佐子と阿曽が付き合っていずれ要とは離婚することに決めたものの、義父に諭される話。三人称。200ページほどの中編の割には場面展開が乏しく、義父に誘われて道頓堀に人形浄瑠璃を見に行く場面、外国帰りのいとこの高夏が訪ねてきて離婚の伸展を聞く場面、また義父に誘われて淡路に人形浄瑠璃を見に行く場面、要が愛人のルイズに会う場面、最後に夫婦で義父に説明しにいく場面、と冒頭から中盤にかけて半分は人形浄瑠璃の話になっていて、物語の説明として必要とされる以上に人形浄瑠璃のうんちくが語られていて脱線気味になっている。美佐子の恋人の阿曽は最後まで物語に姿を現さないままだし、息子の弘は蔑ろにされていてほとんど物語に出てこないし、人間関係を面白くするようなプロットも事件もない。要と美佐子の夫婦よりも義父と妾のお久のほうが個性的で魅力があり、主人公より脇役が目だってしまうのはよくない。主人公の要がどうしたいのかはっきりしないまま義父にまるめこまれるといううやむやの結末で、始終もやもやした展開で物語が面白くなる場面がない。夫婦仲を書きたいのか人形浄瑠璃を書きたいのかどっちつかずの中途半端な小説にするくらいなら、人形浄瑠璃の部分は削って別のエッセイで書いたほうが面白かったかもしれない。★★★☆☆ 【中古】文庫 蓼食う虫 / 谷崎潤一郎【10P21Feb15】【画】【中古】afb価格:270円(税込、送料別)
2015.02.23
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私は近眼なのでスマホのちっこい画面で電子書籍を読むつもりはないのでKindleは敬遠していたものの、最近Kindle for PCの日本語版が使えるようになってパソコンの大きな画面で電子書籍が読めるようになったので使ってみることにした。青空文庫のやつはKindleで買わなくてもair草子を使ってブラウザで読めるからひとまず置いといて、洋書で無料の本を探してみると、小説やら哲学やら有名なのが無料で買えるではないか。わあ、わあ、あれもこれもただで買えるよ、わあ、わあ、という貧乏性の興奮に駆られてとりあえず200冊ほどダウンロードしてしまった。タゴールの詩集だの、マルサスの人口論だの、アダム・スミスの国富論だの、読み応えがありそうな古典がわんさかあるので、一生読書には困らないのだ。このバイロンの書簡集はペーパーバックで14576円するのがKindle版は0円で買える。たぶん読まないけれどもすごいお得なので買ってしまった。ゴシック小説の古典ホレス・ウォルポールの『オトラント城奇譚』は日本語訳だと文庫で2500円もするのがKindleの英語版だと0円なのだ。こういうマイナーな古典はブックオフの100円コーナーを探しても売ってないので、貧乏人はがんばって英語版を読むしかないのだ。そんでドキュメントフォルダにMy Kindle Contentというフォルダが作られていてそこにダウンロードされたようなのだけれど、200冊くらい電子書籍をダウンロードしても200Mbくらいしかハードディスクの容量を使ってないので、物理的にもデータ的にもかさばらなくて、どうでもいいような本を手元においておくにはとても便利だ。●Kindle for PCの便利機能・辞書洋書というと読むのがめんどくさいのが一番の問題点だけれど、単語をダブルクリックか右クリックすると辞書の訳が出るので英単語を調べる手間がかからない。学生のときにこういうのがほしかった。・検索電子書籍内の単語を検索できる。普通の読書にはあんまし使わなそうだけど、研究者には便利そう。・ブックマークブックマーク機能もあって、これはページに付箋のようなものを貼っていつでもそのページに移動できるらしい。検索やブックマークを使えば紙の資料よりも情報が見つけやすい。・レイアウト変更ページ幅やフォントサイズや明るさを変えて、読みやすいレイアウトで読むことができる。フォントサイズを大きくできるのは近眼には有難い。●不便な点・コピペがめんどくさいKindleから直接コピペすることはできないようで、文章を選択して「ハイライト」「メモを追加」「検索」「その他▼」という項目から「その他▼」→googleを選ぶとブラウザが起動して、googleの検索バーに出てきた文章を使ってようやくコピペできる。「検索」の項目を選ぶと電子書籍内での単語を検索するので紛らわしい。・買った本が増えると探しにくい本の表示には「タイトル順」「著者順」「最近表示した順」「タイプ別」が選べるものの、ジャンル別に分けられないのは探しづらい。「タイプ別」というのも新規ダウンロードか否かという二種類の区別しかなくてソートの役にたたない。0円で適当に大量に買った洋書の著者とタイトルなんていちいち覚えてられるかっつーの。しかも0円の洋書は表紙が似ていてますます探しづらい。売るときはジャンル別に分けて売ってるのに、買ったらジャンル別に表示できないってなんじゃそりゃだよ。インターネットの黎明期はハードディスクの値段が高くて、ネットに転がっている情報は情報量が少なくて大して価値がなかったものの、大容量ハードディスクの値段が安くなったことで、ようやく情報の倉庫としての利用価値が出てきた。インターネットはいずれ現代版のアレクサンドリア図書館として知の倉庫になるのかもしれない。小さな図書館しかないような田舎町でも、インターネットにさえ繋がれば誰でも教養を得られるのはすばらしいと、Kindleでインターネットの便利さを再確認したのだった。ただでたくさん本が買えて、どれから読もうかとほくほくしていたら、アマゾンから購入確認メールが200通くらい来てメールボックスが埋まっていてびっくりした。
2015.02.14
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学生時代の恋人同士が中年になって再開する話。●あらすじ沙織は学生のころに久里布竹雄と婚約したものの、虫好きな弟の光也にほれてエッチしたら光也がよくわからない理由で自殺したので沙織は竹雄と別れて相場保と結婚する。25年後に福岡に単身赴任になった竹雄が興信所を使って沙織を探し当てて保の骨董品店にやってきて、光也の形見のマレーシアの蜉蝣の箱を買っていき、マレーシア人ホステスのポーリンに箱に書かれた言葉の意味を教えてもらい、沙織と会って箱の言葉の意味は教えるもののまだ箱は返さず、ポーリンを愛人にすると、ポーリンが沙織に話してしまい、沙織は竹雄に会いに行くものの、保には貞節を守る約束する。保が竹雄に会いに行って病死する前に自殺することを仄めかして死ぬまでは貞節を守ってほしいという。やがて保が死ぬと、竹雄は蜉蝣の箱を沙織に返して東京に戻る。三人称。沙織と竹雄の双方から現在と過去を織り交ぜて展開していて、この点は三人称ならではの描写の自由度が活かせていてよい。エリート兄とぐうたら弟の確執、三角関係、沙織の子宮筋腫、腎臓病で死が目前に迫る保、拒食症でうつ病の竹雄の娘等、小説のネタになりそうな話題がてんこ盛りだけれど、登場人物に設定を負わせすぎていて病人だらけなのはよくない。作家は物語を面白くするためにプロットを工夫するべきであって、登場人物を訳ありにしたら物語が面白くなるというものでもない。長編なのに脇役の活躍が乏しく、プロットが一本調子というのもよくない。光也の苦悩を直接書かず、光也の死を竹雄と沙織がどう受け止めたかを探る婉曲的な物語にしてしまったことで、結局竹雄と沙織が何をしたかったのかプロットがはっきりしないのもよくないし、全体が陰鬱で、エロ描写も申し訳程度にちょこっとあるだけで、物語が盛り上がる部分がほとんどない。三角関係や不倫は著者のデビュー作からの十八番で、よく言えば同じテーマを追い続けているといえるけれども、悪く言えばマンネリで進歩がない。どの小説を読んでも似た構成と展開で、作者の視野の狭さが物語のつまらなさにつながる。特に職業の書き方が不十分で、知らないことは書かないというのも作家のやり方だけれど、竹雄を石油会社の支社長に設定しておきながら仕事の話題がほとんどないというのはリアリティを損ねていてよくない。沙織にしても小学校の教師らしいものの、仕事の描写がほとんどなく、児童を気にかけている様子もなく、教師っぽさがない。人間観察に基づく人物描写ではなく、プロットに都合のいい人物像をでっちあげて取材した知識をちょろっと混ぜただけたという感じの雑な人物描写になっている。1995年の刊行だけれど、物語の舞台がバブル中なのかバブル後なのか、いつの時代なのか不明で、社会状況が物語に反映されていないまま、結局は狭い人間関係の中のいざこざで収まる小さな物語になっている。時代や社会と切り離されて生きている人間はいないのだから、その登場人物が生きている時代を書かなければ登場人物のリアリティの根幹部分が欠落するのだけれど、高樹のぶ子はいつもこの点で踏み込みが浅く、時代をとらえる目線がないまま目先のプロットだけを追ってしまい、プロットに沿うように設定された人物像のリアリティのなさと生死についての哲学的思考の浅さゆえに、背徳の恋や病気や自殺をテーマにしたところで、純文学でなくエンタメ小説になってしまっている。津村節子と同じ雰囲気というか、女性の苦悩の半生を平凡に書けば純文学として評価してもらえた古い時代の小説という感じ。沙織と竹雄で文体の書き分けがあるわけでもなく、全体が同じ文体で表現技法としては面白みが乏しい。描写が安定しているというのは読みやすくて良い反面、長編だと飽きやすくなる。裏表紙の宣伝文句は「透明な感性で生の根源を精密に描く、渾身の長編小説」というものだけれど、感性に透明も不透明もないだろう。それから裏表紙に誤植があって「兄、竹雄の婚約者沙織の心を奪い、自ら命を絶った弟の光雄が残した「蜉蝣の箱」。」と書いてあるものの、弟の名前は光雄でなく光也である。手元にあるのは1998年発行の第一刷の文庫本なのだけれど、第二刷からは直されているんだろうか。透明な感性やら誤植やら、裏表紙を書いた担当編集者がこの小説をぞんざいに扱ってそうな感じでよくない。渾身の小説ならそれにふさわしい渾身の宣伝文句を書きなさいよ、と編集者を屋上に呼び出して説教したくなる。高樹のぶ子は自分にとっては読む価値のない純文学もどきエンタメ恋愛小説作家ということで格付けが終わった作家なので読まなくてもいいのだけれど、著作をまとめて買ってしまって、読まないうちには捨てられない貧乏性のせいで読んだ結果、やっぱり読まなくてもよかったと思う。高樹のぶ子は純文学でデビューして芥川賞をとって、芥川賞の選考委員までやって作家としてはデビューから晩年まで恵まれているほうだけれども、才能はエンタメ止まりで、不倫のテーマを追い続けながら芸術に昇華できなかったようだ。でもエンタメとして読んでもつまらないので、どういう読者層に受けているのか存在意義がいまいちわからないし、なんで芥川賞の選考委員をやっているのかもわからない。★★★☆☆【楽天ブックスならいつでも送料無料】億夜 [ 高樹のぶ子 ]価格:679円(税込、送料込)
2015.02.12
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表題作とその他の短編小説とエッセイ集。「杯」は少女たちが銀の杯で水を汲む中で、一人の少女が黒い杯を馬鹿にされるものの自分は自分の杯があるという話。自然主義を揶揄する寓話らしい。寓話風にたどたどしく一行ごとに改行しているのに、ラストにいきなりフランス語が出てくる意味がわからない。少女を眺めている語り手の立ち居地も不明でぎこちない仕上がり。「普請中」は普請中の参事官の家に海外かぶれの女がやってきて乾杯して去っていく話。何を表現したかったのかわからん。「カズイスチカ」は医学生が父の診療所を手伝って診療する話。ヤマなしオチなしで何をしたかったのかわからん。「妄想」は医学生が海外留学のことを回想したり哲学的なことを考えたりする話。僕八十八と主人の翁の関係がよくわからないうえに、外国語が濫用されて内容が理解できない。何をしたかったのかよくわからん。「百物語」は百物語の主催者がどんな人か気になって見に行ったけど飽きたので百物語を聞く前に帰る話。普通のエッセイ。「興津弥五右衛門の遺書」は切腹することになった事情を書いた話。候だらけでうざ候で文章が読みづらく候。まだるっこしい文章を理解するのが面倒くさ候すぎて脳が理解するのを拒否し候。「護持院原の敵討」は金の番をしていた侍が襲われたので遺族が敵討をすることにするものの、息子の宇平が飽きて犯人探しをやめてしまって、娘のりよと九郎右衛門おじさんが敵をとる話。普通のエンタメ時代小説。息子のその後は書かれないままでオチが中途半端。「山椒大夫」は筑紫にいる平正氏を尋ねに妻と娘と息子が旅していたら人買いに買われて親子が離れ離れになり、姉の安寿と弟の厨子王は山椒大夫のところで働いていたものの安寿は厨子王を逃がして入水自殺して、厨子王が寺に助けられて都に行って関白師実の世話になるものの、父はもう死んでいて、厨子王が元服して正道と名乗って丹後の国守になって丹後で人の売買を禁じたら山椒大夫は奴婢を開放して給料払ったらますます豊かになって、正道が母を捜しに佐渡に行ったら偶然見つけて再開するという話。説経節「さんせう太夫」を改変して、安寿が拷問されて殺されるところを入水自殺にして、厨子王の復讐のエピソードは丸ごと削って山椒大夫が栄えるような話になっていて、森鴎外は残酷な場面を抜かして親子の再会の話としてまとめようとしたのだろうけれど、プロットとして一番面白い復讐の部分を削ったせいで毒気がなくつまらない話になっている。外面描写がまったくないので人物造詣に精彩がないうえに、心理描写も不十分。特に厨子王と安寿の関係が不自然で、厨子王は父が死んだことを聞いて身がやつれるほど嘆いて、母との再会に涙を流したものの、自分を逃がして死んだ安寿に対しては何の感情も示しておらず、復讐のエピソードを無理やり削ったことで厨子王が人間味のない不自然な人物になってしまっている。復讐のエピソードを削るなら、厨子王が寺で不殺生を学んで復讐心をなくしたとかの理由付けが必要だろうし、厨子王が安寿の死をどう受け止めたかという心理描写のフォローも必要だろう。前半で安寿と厨子王が助け合って辛い仕事を耐えていたのに、後半では厨子王は安寿のことはさっぱり忘れて両親探しをしていて、それで母親と再会してハッピーエンドというのはおかしい。原作を改変するならするできっちりやれやといいたくなるずさんな仕上がり。「二人の友」は私(森鴎外)のところにドイツ語に堪能な童貞F君がやってきたので仕事の世話をしてやって仲良くする話と、僧侶の友人安国寺さんの話。普通のエッセイ。「最後の一句」は金をごまかした桂屋太郎兵衛が死罪になり、娘のいちの発案で、父親を助けて代わりに子供たちを殺すように奉行に請願して、「お上の事には間違いはございますまいから」といちは最後に反抗的な一句を言って、太郎兵衛が死罪を免除されて追放される話。普通のエンタメ時代小説なものの、「いちの願意は期せずして貫徹した」という言葉遣いのせいで結末が曖昧になっている。いちの願意は自分たちが身代わりに死刑になって父親を釈放させるということなので、その請願が通ったのなら子供たちが殺されることになるはずだけれど、どうやら子供は死刑にならないまま父親が釈放されたらしい。いちの身代わりの物語としてプロットを展開してきたのに、父親の釈放だけをいちの願意として呼ぶのは不適当で、オチがはっきりしないというのは短編として悪手。原作は太田蜀山人の随筆「一話一言」だそうな。「高瀬舟」徳川時代に京都の高瀬川で罪人を島に運ぶ高瀬舟に弟を殺した喜助が乗り、護送役の同心の庄兵衛が喜助の身の上話を聞いたら、病気の弟が剃刀で首を切って自殺未遂に失敗したので止めをさしてやったというわけで、これは殺人というのだろうかと疑問に思うものの、オオトリテエに従うほかないと思う話。医者でもある森鴎外が安楽死を問題提起して、疑問に思いつつもお上に従おうと思考停止しつつある日本人像を描いたという点は良いものの、最後にいきなりフランス語のオオトリテエが出てきて時代小説の雰囲気ぶちこわし。原作は江戸時代の随筆集「翁草」だそうな。短編ごとに様々な文体を使い分けていて、頭がよく言語を器用に使っているというのは良いものの、その半面で衒学的阿呆というか読者のことをまったく考えていない。「内包された読者」として作者と同等の知識を持っている読者を想定して書いたようで、フランス語、ドイツ語、ラテン語など外国語を多用するくせにその言葉に対する説明が一切なく、脚注を見ないと理解できない。つまり作者以外は理解できない独りよがりな文章になっている。外国語の訳語がなかった時代とはいえ、どうしても外国語を使わないと表現できない内容でもないのにスノビッシュに外国語を濫用するのが目障り。サビになると英語を使うJ-POPみたいにオチになると外国語を使う悪い癖が目立つ。森鴎外のオリジナル小説はプロットとオチが弱くてどこが物語の見所なのかはっきりせず、原作をアレンジした小説は普通に読める内容にはなっているものの、原作がある割に完成度が低いのは情けない。森鴎外は明治時代の小説の黎明期に外国語と外国小説を学んだ先駆者としての功績はあるだろうけれど、知識人がお手本を元にして小説っぽいものを書いたという感じで、芸術家としての才能は感じない。物語を書いただけで、その物語をどう表現するかという表現の部分への探求がない。古典扱いされているから教養として一応読むという目的でなければ現代人がわざわざ読むほどのものでもない。★★★☆☆新潮文庫 も−1−5【後払いOK】【1000円以上送料無料】山椒大夫・高瀬舟/森鴎外価格:529円(税込、送料別)
2015.02.03
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