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ハインリヒが夢の中で見た青い花の少女に似たマティルデに会って恋をする話。●あらすじ第1部 期待13世紀に故郷の町から出たことがない世間知らずの20歳のハインリヒ青年がある日青い花が少女に変化する不思議な夢を見ると、父親も不思議な夢を見たことがあって結婚したという。ハインリヒは祖父のシュヴァーニングに会いに母親と一緒に母親の故郷に旅行することになり、道中で商人からアトランチスの王女の恋の伝説を聞いたり、騎士から十字軍の話を聞いたり、少女ツーリマから反十字軍の意見を聞いたり、ボヘミア出身の宝堀りおじいさんから宝石採掘の話を聞いたり、洞窟を探検して洞窟に住む元武人の隠者ホーエンツォレルン伯に話を聞いたりして見聞を広める。祖父の家につくと詩人クリングゾールに詩人の才能を見出されて弟子入りして、クリングゾールの娘で青い花の少女に似ているマティルデに初恋をしてそのまま婚約して愛と詩は最高だと有頂天になって、クリングゾールからエロスとファーベルのメルヘンの話を聞く。第2部 実現巡礼しているハインリヒは父親の知り合いの医師ジルヴェスターと会って道徳について会話する。未完。遺稿の草稿によると、このあとハインリヒは寓意の国に旅して名士と会ってアメリカや東インドの話を聞いたり、イタリアと交易をして将軍になって戦争をしてギリシャに漂流してからローマに戻ったり、マティルデの子供(星人)が生まれて奇跡の世界が展開して、現実世界から奇跡の世界に行って死んだり輪廻したりする予定だったらしい。●感想三人称。第1部、第2部、遺稿という構成。途中で歌や詩が若干さしはさまれるものの、通常の言葉で散文が展開していていまどきの純文学よりも読みやすい。この物語は主人公のハインリヒを世間知らずの受動的で穏やかな青年にしたことで読者もハインリヒと同じ視点から珍しい話に興味を持ちやすくなるという点では成功している。しかしハインリヒが見聞を広めて内省する部分よりも他人の話のほうが長くなってしまっていて、脱線気味な上にハインリヒの主人公としての役割が薄れているのはよくない。訳注によるとハインリヒ・フォン・オフターディンゲンは13世紀の詩人といわれていてドイツの詩に登場するものの歴史上の実在の証明はなく、作者は伝承を元にハインリヒ像を作ったらしい。「さあ、われわれもハインリヒが生をおくった時代、心を弾ませて新しい出来事に向かっていった時代に、想いをこらしてみようではないか。」(31ページ)と読者への呼びかけがあるのは興味深い。この文からは作者は読者がハインリヒに共感できるように物語を書いているという姿勢が見えていて、単に興味本位でロマンチックな話を羅列するのではなく、作者はハインリヒの内省を通して読者に詩はよいものだということを伝えたかったのだろう。ハインリヒが第1部で他人の話をいろいろ聞いただけで、第2部以降に主人公として活躍する前に未完で終わってしまっているので、完成していたらもっと面白くなっていただろう。未完とはいえ夢や恋や冒険というロマン派的な面白さはあるので、ロマンチックな話が好きな人や詩人を目指す人は読んでも損はない。ちなみに作者は22歳のときに12歳の少女ゾフィーに恋したようで、つまりはロリコンである。作中ではマティルデの年齢は不詳だけれど少女と書かれているからには未成年だろうし、作中のハインリヒのマティルデへの愛の賛美を現代人が素直に受け取るのは危険かもしれない。この小説は恋愛文学の世界的古典みたいな位置づけでやたらと評価が高いけれど、いくつかレビューを読んでも誰もロリコンに触れてないのはなんでなのか。ロリコンでも昔の人だからノーカウントなのか、あるいは純愛ならロリコンでもOKなのだろうか。少女と会ったその日に相思相愛になってチュッチュしてろくに話もしないうちに翌日婚約するようなロリコン的愛情には私は違和感があって、ハインリヒとマティルデが愛と呼ぶほどお互いを理解できていたとは思えないのだ。少女とチュッチュして興奮しているハインリヒをきもいロリコンだと思って引いてしまう私は心が穢れてしまっているに違いない。★★★☆☆青い花 [ ノヴァーリス ]価格:972円(税込、送料込)
2016.03.31
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北海道のサバイバル訓練学校で講師をすることになった登山家、テレビ局、やくざの武器を借りて北海道で実弾を撃ってみたいミリオタグループ、北海道侵攻を狙うソ連、裏で暗躍するアメリカ、潜水艦でソ連軍基地攻撃をもくろむ右翼団体、網走刑務所に置き去りにされた受刑者らが北海道で戦争をする話。●感想三人称で、各登場人物の場面を交互に展開する形式。1987年の刊行で、領土問題や山一抗争という時事問題を絡めつつ、章ごとに登場人物が変わってギャグやエロを盛り込んでいて単調にならないので、250ページほどの長編でも飽きずにテンポ良く読み進められる。単行本の表紙裏に主要登場人物45人のリストがあって、45番目にちゃっかり筒井康隆がいて、物語が始まる前から既に面白い。いつ筒井が登場するのかと注目しながら読むのも良いかもしれない。タイトルのとおり、登場人物が歌を歌うと楽譜まで載せて、饒舌もある戦記になっていて、戦争ものだけれど悲壮さはまったくない明るくてくだらないエンタメ小説に仕上がっている。途中までは面白いものの、登場人物をどんどん増やして風呂敷を広げた挙句に無理やり風呂敷をたたむようなオチはあまりよくない。★★★☆☆歌と饒舌の戦記【電子書籍】[ 筒井康隆 ]価格:648円
2016.03.31
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●あらすじ55歳で定年退職して糖尿病で失明すると宣告された男が死ぬために故郷の風村に戻り、勤め人として失敗したことや15年前に妹が惨殺されたことや弟が犯人と間違えて別の男を殺して逃亡したことや母親が自殺したことや父親が死んだことや妻と離婚したことをうだうだ考えながら母屋に入る気にならず木の上に塒を作って過ごすうちに死ぬ気がなくなり、母屋で弟の死体を発見して家ごと燃やしたり川で鯉釣りをしたりして充実した生活をしていると、村で女性が行方不明になったので、洪水を鎮める能力があるというスピリチュアル一族の青年が妹を殺した犯人だと目星をつけて殺しに行く。●感想主人公の一人称の現在形の語り。語り手は冒頭で自分の素性を説明しているので、誰かに読まれる/聞かれることを想定して語っていることになるわけだけれど、話し相手がいるわけでもない状況で実況中継風に現在形の一人称で登場人物が読者に対して説明するのは本来ありえない語りの形式。詩人でもない元サラリーマンが朝日を見て「差し上った朝日が、悶着の連続である浮世を何くわぬ顔で睥睨している。」とポエジーな描写をすることもありえない。作者と語り手が分離していないので、三人称にして作者による風景描写と主人公の心象描写を分けたほうがましだっただろう。文章自体が下手というわけではないものの、この一人称の語りの形式にした時点で語り手兼主人公のリアリティをなくしてしまって技術的に失敗している。さらには語り手の私、弟、妹など、登場人物が名前で呼ばれず、説明に曖昧さも残る。その曖昧さを後半で叙述トリックとして使うというわけでもなく、ただ曖昧なだけで面白さにつながっていない。それに通常は自分の家族を回想するときに弟、妹と普通名詞で呼ばないで固有名詞で呼ぶし、第三者に対して自分との関係を説明するときに弟、妹と呼ぶので、この語り手はやはり第三者に読まれることを想定して語っていることになるし、その割には説明不足で、やはり語りが不自然。さらには主人公は犯罪を犯しているのに、取調べされているわけでもないのにべらべら自分の犯行を語るというのも不自然。この作者の小説は初めて読むのでどういう作風なのかはよくわからないものの、好意的に見ればあえて不自然な語りの手法を採用した文体実験なのかもしれない。好意的に見なければナラトロジーに無自覚で構成が下手なだけかもしれない。テーマとしては妹の惨殺やら弟の誤認殺人やら弟と妹のインセストやらの重いテーマを扱っているものの、テーマを真摯に掘り下げているわけでもなく、ごてごて盛り込んで陰鬱な田舎の雰囲気作りの演出をしたという感じ。犯人探しが始まるのが中盤を過ぎてからで展開が遅く、そのうえ推理に基づかずに証拠がないまま容疑者を決め付けて捜査していて謎解きになっていない。弟が間違った相手を殺した理由が不明だし、昔の列車の脱線事故で怪しい男を見たというくだりは物語の伏線になっているわけでもないし、家で見つけた死体が弟だという証拠もないし、弟と妹が愛し合っていたという証拠もないし、村人や警察は存在感皆無だし、警察が家を燃やしたやつに事情聴取さえせずに放っておくのもおかしいし、クライマックスで暴風雨というのもベタな展開だし、終盤は落雷だの土石流だのが都合よく発生するご都合主義MAXモードに突入してほとんどリアリティがなくなっている。それに主人公が始終陰気で人間的魅力がない不審者のおっさんで、その主人公のうだうだした内省に延々と付き合わされる読者はうんざりするし、この語り手に最後まで付き合って物語のオチを知ってもカタルシスもない。400ページほどあるけれど、プロットに無関係な内省はやたらと多いくせに事件の推理に必要な情報が欠けていて、読者が犯人を推理する余地はまったくない。構成にも内容にも欠点が多すぎてミステリとしても純文学としても面白く読める水準に達していない。amazonでやたら評価が高いのでどんなもんかと思ったら、丸山健二の熱烈なファンが持ち上げているだけだった。語り手が読者に向かってつまらない話をうだうだ一方的に語るというのはアンフェアでストレスがたまるので、読者としても語り手に文句を言いたくなる。語り手への野次をびっしり書き込んでからブックオフに売ろうかな。電子書籍にニコニコ動画みたいにユーザーの野次を表示する機能があればもっと電子書籍が普及するんじゃないかと思う。★★☆☆☆ぶっぽうそうの夜 [ 丸山健二 ]価格:761円(税込、送料込)
2016.03.21
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日露戦争の戦利品としてロシアの将軍のピアノが贈られたという伝説が日本各地にあり、北海道の遠軽にあるクロパトキンのピアノや、金沢にあるステッセルのピアノや水戸のグロトリアンを取材したり、中国やロシアに行ってピアノの由来を調べる話。作者の一人称。日本各地に行ってピアノを取材する様子を書く合間に自身の体験やら日露戦争や乃木大将についての雑学やらがさしはさまれるというやり方。丁寧に書いてあって読みやすいのはよいものの、小説のようなプロットがあるわけでもないので物語として面白いわけでもない。あとがきによると「小説でなく、といって随筆でもなく、またルポルタージュでも、紀行文でもなく、さらに批評でも、評論のたぐいでもなく、それでいて、小説であり、ルポルタージュでもあり、紀行文でもあると同時に一種のエッセイでもあるというような、要するにそんなヌエのような仕事をしてみたい」ということで自由に語った物語らしい。作者が入念に取材して資料を調べているのはよいことだけれど、単に作者が興味を持ったことを書いているだけで、脱線が多くて読者が興味を持てるような書き方になっていない。作者はステッセルのピアノの由来が気になって中国やロシアに旅行してまで由来を調べたいと思ったのだろうけれど、私にとってはピアノの由来は別にどうでもいいし、なぜ作者が海外旅行してまでしてわざわざピアノの由来を調べる必要があるのかわからない。しかも結局結論がでないまま調査を打ち切っている。日露戦争の雑学に興味がある人か、作者のファンという人でなければ楽しみどころが見出せないんじゃなかろうか。タイトルだけ見て音楽関係の小説かと思ったらはずれだった。取材の様子を書くのでなく、取材を基にして小説を書いてほしいもんである。★★★☆☆ステッセルのピアノ [ 五木寛之 ]価格:586円(税込、送料込)
2016.03.19
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麻雀放浪記の外伝とその他の短編集。「麻雀科専攻」は学生のピカがカモられて、ハブと組んで金を取り返そうとするものの負けて、ピカは女郎に麻雀を教えてカモる仕事をはじめて、おしの花枝を買っていたが、カモられている花枝に仕込み大三元をあがらせようとする話。花枝とやっていたら咳が聞こえて花枝が泣いてピカが諒解したというくだりがあるのだけれど、説明不足でどういう理屈なのかわからない。「ドサ健の麻雀・わが斗争」は上野の麻雀屋がカラカサ組みの傘下に入ってドサ健が締め出されて、カラカサ組みの臨時雇いのジンが3対1で麻雀を打っているところをドサ健が観察する話。「不死身のリサ」はドサ健が浮浪者のリサの麻雀の強さを認めて、リサが好きだというコロを探すために高レート麻雀にリサを連れて行く話。ちなみに漫画版だと坊や哲とリサが組む話になっている。「放銃しない女」は阿佐田哲也が雑誌用に芸妓と麻雀を打つことになると、放銃をしない百々実は行方不明の父の清川を殺したのが阿佐田だと思って勝負を挑んでくるので、阿佐田は百々実の友人の岡村と組んで勝負する話。「天国のブルーディ」は阿佐田哲也が20年前に雀荘のマスターをしていた玉木に清川の行方を尋ねに行くと、玉木の内縁の妻の息子が玉木に麻雀勝負を挑んでくる話。「バカツキぶるーす」は阿佐田哲也が結核療養所にいた高井の八ちゃんに金を送ってやったら、八ちゃんは療養所を抜け出して家族連れで麻雀をしながら旅をして、ツキがくるのをまっていたら、奥さんが病気になって金が必要になったので勝負に出る話。「二四六麻雀」は阿佐田哲也が百々実と清川を探しに大阪に行って、清川がやくざの代打ちの加藤に高レートの二四六麻雀の勝負を挑んだ話を聞く話。ブー麻雀の様子を書かれてもルールがよくわからないものの、清川と加藤との勝負のくだりは面白い。「ラスヴェガス朝景」は阿佐田哲也が俵という遊び人の世話になってラスヴェガスでルーレットで勝負する話。ディーラーとの一対一の勝負の駆け引きの様子が面白い。「ひとり博打」は色川武大名義のエッセイで、中学生のころに指相撲にこっていて力士のカード作りにはまり、大人になっていったんカードに関心がなくなるものの、競輪選手のカード作りにはまる話。全体の感想としては、キャラ立ちしていてバイニンの勝負の緊張感がよく出ている上に、男女がらみ、親子がらみの人情と麻雀の勝負が絡めてあって、エンタメとして見所が豊富で面白い。特に不死身のリサとか放銃しない百々実とか、女性の個性があるのはよい。並みのエンタメ作家はヒロインを性格がよい美人にしてしまってかえって個性をなくしてしまうものの、阿佐田哲也の小説に出てくる女性たちは個性的で、主人公一人の物語で終わらずに一緒にギャンブルをする脇役たちの一人ひとりがキャラ立ちしているがゆえに、何度も麻雀をテーマにしていても飽きが来ず、物語が終わった後の人生も気になるような存在感がある。この人物造型のリアリティは色川武大の豊富な人生経験から来るものだろう。外伝なので他の麻雀放浪記シリーズを読んだ後で読むのがよいのだろうけれど、先に読んでしまっても特に支障はなかった。しかし本全体としては清川探し編に統一されているわけでもなく、「麻雀放浪記」のタイトルでくくってしまうのはちょっと雑な感じ。それに「三コロ」「マルエイ」「フリテン片あがり」とかの麻雀用語の説明は省かれているので、読む人を選んでしまう。★★★☆☆外伝・麻雀放浪記 [ 阿佐田哲也 ]価格:514円(税込、送料込)
2016.03.16
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1994年に発行された短編集。「わたしの鎖骨」は夫とバイクに乗っていたら事故にあって鎖骨を折って手術する話。妻の一人称。実況中継のように現在進行中の状況を語るのは本来ありえない語りの形式でリアリティはない。結婚三年目の若い夫婦らしいものの、おばさんの語り口調っぽくみえる。「カオル」は私がカオルとエッチする話。男の一人称。一文ごとに改行していて描写が乏しい。ハードボイルドでもやろうとしているのかと思ったら、叙述トリックがオチになっている。しかし描写をしないでおいて後だしじゃんけんのようにオチをつけるやり方は感心しない。ミステリの叙述トリックのようにみっちり描写したうえで読者をだますのが作家の腕だろう。「秋の話」は誕生日に五十歳になった私が息子の竜彦を鮨屋に連れて行く話。父親の一人称。「こんな独白を聴かされるのはじつに迷惑な話だと思う。」と語り手が物語ることに対して自覚的な割には、なぜ語るのか、誰に対して語っているのかという点は不明瞭で中途半端。父と息子の話というのは作家ごとに特徴が出るもので、男性作家としては腕の見せ所。父親の大人の世界を息子に見せるというダンディズムを書けている点はよい。「ハコの中身」は1970年代後半にディスコのバンドでギタリストをしている錠一郎がやくざの妹のブスに不条理に惚れられてボーカルの聡美に助けてもらう話。錠一郎の一人称。これも実況中継型一人称なのでリアリティはない。「新宿だぜ、歌舞伎町だぜ」は元関取でマリオの店の用心棒をしている蒼ノ海が新宿一の探偵の眠り猫こと仁賀丈太を紹介され、ライバル店の用心棒の若雄蜂に拉致されたホステスの雪代を探すように依頼する話だぜ。三人称だぜ。人物紹介から始まるという丁寧な展開で、そのうえマリオと猫の会話が冗長で展開が遅くてテンポが悪いぜ。100ページほどあってこの短編集の中では一番長い小説だけれど、長いからといって出来がよいというわけでもないぜ。タイトルはバッチグーだぜ。●全体の感想一人称の語りは物語論的な整合性がついていないので語りのリアリティはなく、純文学基準ならこれではだめだけれど、エンタメ基準ならこんなものだろうという程度。花村萬月の割には普通にセックスしたりするだけのマイルドエロスで、えぐみが少ない分読みやすい反面、ハードボイルド好きな読者には物足りない。芥川賞を取る以前の初期の作品なので下手なのはしょうがないとはいえ、どうせ読むなら描写がうまくなって物語展開のテンポがよくなっている後期の作品を読んだほうがよいので、ファンでない人がわざわざ読むほどのものでもない。★★★☆☆わたしの鎖骨 [ 花村萬月 ]価格:524円(税込、送料込)
2016.03.16
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古代ギリシャの哲学を歴史や文化と絡めつつ包括的に解説した本。●まとめ・デュオニソス(バッコス)崇拝:バッコスはトラキアの生殖の神だが、トラキア人がビールの製法を発見して酔うことを神聖なこととして考えてバッコスを褒め称えた。獣を引き裂いて生肉を食ったり、処女が踊ったりする。それがギリシャに移り、慎重さに反動して陶酔の中に美を見出すようになり、文明の重荷から離れて非人間的な美と野生の自由の世界へ逃避する。・オルフェウス:伝説上のトラキア人。禁欲的な人で、肉体的陶酔を精神的陶酔に置き換えて、バッコス崇拝の改革運動をする。バッコス教のしきたりに刺激されて狂乱した女たちに八つ裂きにされたそうな。オルフィック教徒は霊魂の移住(輪廻)を信じ、人間は部分的に地上と天上に属していて、浄い生活をすれば天上的な部分が増えて地上的な部分が減って、人間がバッコス神と合一しうると考えた。オルフィック教徒にとってこの世の生活は誕生と死の繰り返しの苦痛であり倦怠であり、浄化と諦観と禁欲的な生活によってのみそこから脱出して神との合一という陶酔境に到達しうる。・ミレトス学派:ミレトス出身のタレス、アナクシマンドロス、アナクシメネス。・タレス:すべてのものが水でできていると考える。エジプトを旅して幾何学をギリシャに持ち帰り、日食を予言する。いろいろ愉快な伝説がある。ギリシャ七賢人の一人。・アナクシマンドロス:始源的実態が水でなく、また他のいかなる既知の元素でもありえないということを証明する議論を展開した。地図を作った最初の人だといわれている。地球が円筒のような形をしていると主張した。・アナクシメネス:根本的な実態は空気だと主張。霊魂は空気で、火は空気を希薄にしたもので、空気は凝縮すると水になり、もっと凝縮すると土や石になる。物質間の相違を凝集の度合いで考えた。地球が円いテーブル型だと主張。ピタゴラスに重大な影響を与える。・ピタゴラス:ピタゴラス教団を作って弟子に変な戒律を守らせ、財産や数学の発見は共有する。オルフィック教の改革運動。瞑想的な理想が純粋数学をもたらした。すべての事物は数であるという。地球は球状だと最初に考えたが、科学的理由でなく審美的理由だった。・ヘラクレイトス:火が始源的な元素で、そこから他のすべてのものが発生したと信じて、あらゆるものが流動状態にあるという説を主張。あらゆるものが火の中の焔のように、他の何者かの死によって生まれると考えた。魂は火と水の混合物で、火は高貴で水は卑しい。多くの火をもって乾いた魂は高貴で、酒によって濡れることは魂にとって快楽である。戦争が良いことだと信じていて、反バッコス崇拝の禁欲主義。・パルメニデス:ピタゴラスに影響を受ける。ある語が有意味に用いうるとすれば、それは何者かを意味するはずであり、その語の意味するものは何らかの意味で存在するのだというある種の形而上学的議論を草案。唯一の真なる存在は無限で分割不能である「一なるもの」だという。ソクラテスが老人のパルメニデスと会って多くを学ぶ。パルメニデスの弟子のゼノンが質疑応答によって知識を探求する弁証法を初めて組織的に実践する。・エンペドクレス:哲学者、預言者、科学者、イカサマ師。死人を生き返らせたり、風を統御したり、自分が神々の一人であることを証明するためにエトナ山の噴火口に飛び込んだそうな。医術のイタリア学派を創建。水を入れたコップを振り回して遠心力の実例を発見。植物には両性があることを知っていた。月は反射された光で輝いて、太陽もそうだと考えた。光は進行するのに時間を必要とするが、きわめて少ない時間なので観察できないと言った。進化論や適者生存説を唱えた。土、空気、火、水を四元素として確立して、四元素を様々な比率で混合した結果、われわれが世界に見出す複雑に変化する物質が生み出されるという。四元素は愛によって結合され、闘争によって分離される。一元論を排斥して、変化を説明するために愛と闘争という二原理を用いたことが独創的。・アナクサゴラス:イオニア人で、アテナイに哲学を紹介した最初の人物。物理的変化の主原因が精神にあると最初に主張。精神を生きている事物の組成に含まれるひとつの実態であるとみなし、生きている物質と死んでいる物質を区別した。月が反射された光で輝いていると初めて説明して、月に山があって住民がいると考えた。当時ギリシアでは太陽や月が神々であると子供時代に教えていたものの、アナクサゴラスは太陽や月は生きているものではないと考えたので、不信仰のかどで訴えられた。・オイノピデス:横道がいびつになっていることを発見。・レウキッポス:原子論を唱える。実在するか疑問視されている。・デモクリトス:原子論を唱える。ソクラテス、プラトン、アリストテレスと違って、目的や目的因という概念を導入することなしに世界を説明しようとした。・プロタゴラス:ある人が正しくてある人が間違っているというような客観的真理を信じず、法律、因習、伝統的道徳を擁護する。・ソクラテス:みすぼらしい服を着て冬でもはだしで氷の上を行軍するくらい我慢強い腹が出た醜男。最高善は徳であり、外部的要因によって人間は徳を奪われないというストア学派と、文明の利便を回避して世俗的財貨を軽蔑したキニク学派の両方の先鞭をつける。弟子のクセノフォンとプラトンがソクラテスについて言っていることが違っている。・プラトン:青年時代にペロポネソス戦争でのアテナイの敗戦を経験して、安定した国家だったスパルタを理想視する。「共和国」で理想国家を書き、善と実在は無時間的であるから、最善の国家は最小の変化と最大の静的完全性を持つことによって天上の範型に最も近く似ている国家であり、その支配者は永遠の善を最もよく理解するものでなければならず、よき政治家となるためには善を知らなければならないがそれは知的訓練と道徳的訓練を兼ね備えて初めてできることで、よき支配者が出来上がるためには多大な教育が必要で、英知を得るためには閑暇が必要だと考える。・アリストテレス:宗教色が薄い常識人。アレキサンダーの教育係。プラトンのイデア論を進歩させた形而上学(神学)、中庸の倫理学(息子のニコマコスが編集してニコマコス倫理学と呼ばれる)、戦争で征服された未開人を奴隷にすることを正当化した政治学、三段論法の論理学、自然学(物理学)、天体論を記す。スパルタやプラトンの理想国を批判。ヘーゲルまでの哲学者に影響を残すものの、権威化されすぎてアリストテレスの死後2千年間は偉大な哲学者が出てこなくなった。・アガタルコス:幾何学者。アイスキュロスの劇の背景画を描こうとして透視画法を研究。・テオドロス、テアイテトス:2の平方根以外の無理数を研究。・エウドクソス:比例に関する幾何学的理論を創案し、その理論はエウクレイデス(ユークリッド)が発展させた。積分学の先駆である尽去法を創案して、後にアルキメデスに用いられた。・アリスタルコス:地球を含むすべての惑星が太陽の周りを円形を描いて公転し、地球はみずからの軸の周りを24時間に一回自転するというコペルニクス的な仮説を提唱。後継者のセレウコスが仮説でなく確実な意見として主張するものの、ヒッパルコスの反対にあって他の天文学者には支持されなかった。・ヒッパルコス:三角法について著作。歳差を発見し、太陰月の長さを一秒以下の誤差で算出。アリスタルコスの太陽中心説に反対して、アポロニオスが創案した周転円の説を採用して改善した。・ヘレニズム:アレキサンダーの遠征でギリシア文化がオリエント文化と融合。キニク学派、懐疑学派、エピクロス学派、ストア学派の4つの学派が作られる。アレキサンドリアが数学研究の中心地になる。・キニク学派:ソクラテスの弟子アンティステネスから派生して、アンティステネスの弟子のディオゲネスが創始する。贅沢と快楽を軽蔑し、政府は存在すべきでなく、私有財産、結婚、既成宗教は必要なしと主張して、奴隷制度を断罪した。ディオゲネスは犬のように生活しようと決心して物乞いで暮らし、「犬のような」という意味のキニクと呼ばれた。欲望からの解放の中に徳と道徳的自由を求め、幸運の贈り物である財貨に無関心であれば恐れから解き放たれると説いた。・懐疑学派:ピュロンが感覚、道徳、論理への懐疑を主張。ピュロンの弟子のティモンが死ぬと学派は終わったが、教説はアカデメイアに受け継がれる。・エピクロス学派:エピクロスがアテナイに哲学学校を開いて寄付で運営する。心の平静を確保することを第一義にして、味覚、愛、教養の快楽を善だと考えた。動的快楽と静的快楽のうち、静的快楽を追求することが分別あるやり方だと主張して、苦痛が存在しない平衡状態を目指すべきで、激しい喜びよりも静かな快楽を目的とするべきだという。動的な快楽のひとつとしての性的な愛は禁じる。最も安全な社会的快楽は友情。恐怖の二大源泉は宗教と死の恐ろしさであり、不死は苦痛からの解放という希望にとって致命的だと考えた。・ストア学派:フェニキア人のゼノンが創始。キニク学派の良いところだけ受け継いて長期的に発展して、セネカ、エピクテトス、マルクス・アウレリウス帝にまで影響する。個人の生活においては徳が唯一の善で、健康、幸福、財産は取るに足りないもので、貧乏でも有徳でありえて、徳は個人の中にあるので、すべての人は世俗的な欲望からみずからを解放すれば完全な自由を持つにいたるという。・プロティノス:新プラトン主義の創始者。プラトンの主張を明解にして首尾一貫させる。一なるもの、精神(nous)、霊魂の三位一体の形而上学を展開。プロティノスはギリシャ人にとっては終焉で、キリスト教界にとっては発端となる。●感想アメリカの大学での講義をまとめた本らしく、口語で説明しているので、哲学の本だけれど比較的わかりやすい内容になっている。著者が古代哲学者を過大評価せずに、現代人の視点から批判的に突っ込んでいるあたりも現代人には理解しやすい。すでに科学的に間違っていると判明した古代の哲学を学ぶことが現代人にとってどう役に立つのかというと、歴史は繰り返すわけで、間違った思想を現代や未来に繰り返さないようにするために反面教師として役立てないといけない。キリスト教徒が古代ギリシアの知的財産を葬って戦争に明け暮れたせいで人類の進歩が千年遅れたけれど、今度はイスラム原理主義者が現代文明を破壊して中世まで時代を撒き戻そうとしている。デュオニソス信仰が現代風に変化したものが酒やドラッグをやりまくりのヒッピーやロックンローラーだろうし、仏教やキリスト教などのメジャーな宗教から派生したカルト新興宗教も興亡を繰り返している。スパルタの現代版はファシズムやナチスだろう。反文明的な勢力はいつの時代も存在するもので、その勢力が主流派になってしまうと人類が積み重ねてきた文明は終わってしまう。科学的教育を受けた現代人は自分たちが思っているほど進歩しているわけでもなく、車だのスマホだの科学に頼る生活をする一方で、いまだに心霊写真だのの迷信を信じて大勢がスピリチュアルにはまっている。一流大学卒の高学歴の人たちがオウム真理教に入信してテロを起こしたように、教養のある現代人が間違った思想にたどり着くこともありうる。哲学は役に立たないというよくある言説の反論として、間違った思想を阻止するのが知識人の役目で、知識人が哲学を学ぶことが社会にとって役に立つのだと私は言いたい。個人的に面白かったのがスパルタの教育で、結婚を促すために未成年の男女が裸で一緒に体操やスポーツをして、男子は20歳から兵役について、20歳から結婚はできたものの30歳までは男子寮に住んで結婚を密通のように処理して、30歳を過ぎるとようやく完全な市民になれるという。結婚しようとしない男性は「法律上の破廉恥罪」を犯すものとされて、若い女性が全裸でダンスとかをやっている場所の外側を全裸でうろうろ歩き回ることを命じられたのだそうな。歳が離れた夫婦の旦那に許可をもらって他人の奥さんとエッチしてもOKで、戦争に勝つために何が何でも強い子供を作らせる体制になっている割には男性の同性愛は是認されていて、わけがわからん。ホモ的友情が戦争では役に立ったということなんだろうか。あとアリストテレスは結婚適齢期を男は37歳、女は18歳と書いている。理由は若くして結婚すると子供は弱くて女児ばかりで、妻は浮気になりがちになり、夫は妻の発育に圧倒されて自らの成長を阻止されるからだそうな。昔の人は成人が早いので早く結婚するものだと思っていたけれど、古代ギリシアでは男が成長しきってからの歳の差婚を推奨していたというのは興味深い。歳の差婚を親に反対されている人は古代ギリシアの例を出して親を説得してみたらよいのではなかろうか。★★★★☆西洋哲学史(1) [ バートランド・ラッセル ]価格:4,860円(税込、送料込)
2016.03.11
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死刑囚が最後の日の様子を書いた話。●あらすじ若い侯爵が裁判で終身懲役よりは死刑のほうがましだと思って死刑になり、他の囚人を観察したり、移送中に他の死刑囚に上着を強奪されたり、子供のときに14歳の少女ペパとキスした思い出を回想したり、3歳の娘のマリーに1年ぶりに面会したら娘は父親が死んだものと思っていてもう父親を覚えていなかったりして悔いはなくなったつもりになるものの、死刑直前まで特赦に期待しながら死刑時刻が来る話。●感想死刑囚の手記形式。1829年、ユーゴーが28歳のときに死刑廃止や刑罰の改定を主張するために匿名で出版して、話題になった後で正体を明らかにして長い序文を付け加えて意見表明したらしい。何の犯罪をして死刑になったのか、原因が書いてないあたりは物足りない。「序」には下手糞な死刑執行人が受刑人を5度切りつけてもなかなか首を切り落とせずに群集に石を投げられてテーブルの下に隠れてしまい、別の若い助手が首を切ってやったというエピソードが書いてあって、ユーゴーはその死刑に立ち会った裁判官を批判している。死刑執行人をテーマにした坂本眞一の漫画『イノサン』に似た場面があったと思うけれど、『イノサン』に興味がある人には死刑囚側の様子を書いたこの小説も面白いかもしれない。ユーゴー自身は、責め道具がなくなって死刑が温和になりつつあるとして断頭台を進歩ととらえて、ジョセフ・ギヨタンを仁者だと言っていて、そしてその断頭台もフランスから立ち去るだろう、罪悪はひとつの病気と見られるだろう言っていて、ユーゴーの言うとおりに断頭台はなくなり、現代では犯罪の動機や原因によっては病気として病院で治療されることになった。ユーゴーは激動の19世紀前半のフランスで生きながら、目の前の出来事だけに翻弄されずに長期的に人類の行方を見る目があるのはさすがである。★★★☆☆死刑囚最後の日改版 [ ヴィクトル・マリ-・ユゴ- ]価格:518円(税込、送料込)イノサン 1-9巻セット [ 坂本眞一 ]価格:4,995円(税込、送料込)
2016.03.02
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王位を狙って謀反を起こして死んだ兄を埋葬しようとした妹が死刑になる話。●あらすじテーバイの前王オイディプスの息子ポリュネイケスは王位を狙ってテーバイを攻撃して死に、別の息子のエテオクレスは国を守って討ち死にする。テーバイ王クレオンはエテオクレスを手厚く葬り、ポリュネイケスの死骸を晒すことにして葬儀を禁止するものの、オイディプスの娘のアンティゴネーは兄を弔うことにして、妹のイスメーネーが反対するのに耳を貸さずに兄を埋葬しようとして番人に捕まり、クレオンはアンティゴネーを死刑にして墓穴にとじこめる。クレオンの息子のハイモンは許婚のアンティゴネーの死刑に反発し、預言者テイレシアスも死体を晒してアンティゴネーを墓に閉じ込めたせいで身内から死人がでるとクレオンに予言したので、クレオンはアンティゴネーを釈放することにするものの、アンティゴネーは首をつって死に、ハイモンは父親を恨んで剣を抜くものの斬りそこなって自殺し、ハイモンの死を知った妃のエウリュディケーも自殺してしまい、クレオンは反省する。●感想王とはいえ思慮が足りないと不幸になるよ、という勧善懲悪ものの悲劇のようだけれど、登場人物たちがメンタルが弱くてばたばた勝手に自殺して、悲劇というよりはスペランカー劇みたいでしらける。この悲劇の背後には神罰があって、預言者のいうことによると地下の諸神に属すべき死者を弔いもせずに不等に地上に留めて置いたせいで復讐神が苦しめるのだという。しかし神罰として息子や妻をちまちま死なせてクレオンをちまちま苦しめるあたりは神々の癖にやることがけち臭くてつまらない。幽霊や妖怪じゃないんだから、天変地異で国ごと滅ぼすとか、大怪獣が現れて人類が全滅するとか、もっとがんばって神々らしさを発揮してほしいものである。★★★☆☆アンティゴネー [ ソフォクレス ]価格:648円(税込、送料込)
2016.03.02
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駿台予備校の世界史講師が世界史で経済を説明する経済入門書。世界史といいつつも時系列順ではなく、トピック別の解説になっている。220ページくらいあるものの、たぶん中高年向けの本で文字が大きめでスカスカなので、ページ数の割には情報量はあまり多くない。とはいえ経済は世界史で重要であるにも関わらず近現代の経済については無視されがちなので、そこに焦点を当てて、ギリシャ危機やTPP交渉やアベノミクスなどの最近の情報を含んでいるのはよい。世界史というわりには物々交換とか石貨とかについては書いてなくて、結局のところあまり世界史と関係のない割と普通の経済解説になっていて、歴史に興味がある人にとっても経済に興味がある人にとっても中途半端な内容。●戦後の日本経済のまとめ第二次世界大戦で戦地にならなかったアメリカは軍事物資をヨーロッパに売り、ヨーロッパが発行した戦時国債を買って金を貸し、戦中戦後に資金が集中して世界の金の総額380億ドルのうち200億ドルを保有し、ドルは世界の基軸通貨になる。世界が金本位制から離脱して貿易が止まった日本とドイツが暴走したと反省して、金・ドル本位制で金1オンス(約30グラム)を35ドルに固定して、ドル円レートを360円に固定して為替リスクをなくして日本の貿易を促進するブレトン=ウッズ体制をとる。日本と西ドイツは輸出のおかげで経済復興する。しかしアメリカは日本と西ドイツが輸出で稼いだドルと金を交換すると金が国外流出してしまうため、ニクソン大統領がドルと金の交換を停止してニクソン・ショックが起き、ドルを持っていると暴落すると考えた銀行や証券会社が円やマルクを買ったので、アメリカは固定相場制を維持するために1ドル308円まで切り下げるものの、固定相場の意地が困難になって各国の中央銀行は市場介入をやめ、変動相場制に移行する。ドル高の貿易赤字に悩んだレーガン政権はドル安にするため、冷戦中のソ連の脅威に対してアメリカの後ろ盾が必要だった中曽根内閣とプラザ合意をして円高ドル安になるように協調介入して、1ドル235円から150円台になる。円高で日本は不況になり、日銀が内需拡大のために金利を引き下げると、利率が悪い銀行預金が引き下ろされて土地と株に投資されてバブルが起き、円高のジャパンマネーで世界中の不動産が買われる。澄田智日銀総裁が進めた金融緩和策がバブル経済を引き起こした反動から三重野康日銀総裁が急激な金融引き締めに転じてバブルを崩壊させる。★★★☆☆
2016.03.02
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病気の妻を旅行に連れまわしながらホモショタの快楽にふけって妻を死なせた背徳者の話。1902年にジッドが33歳のときに書いた最初の小説らしい小説だそうな。●あらすじ学者のミシェルは妻のマルスリイヌと北アフリカに新婚旅行したら結核になって血を吐き、妻に看護されながら健康な美しい肉体の少年たちを見て目の保養をしていたら元気になり、妻とエッチしたら妊娠して、ラ・モリニエルの小作地で番人のボカアジュの息子のシャルルと馬に乗ったりして楽しくすごした後にパリに戻ると、破廉恥な事件をおこした知人のメナルクに再会して、独身を満喫していてこれから旅行に出発するメナルクに家庭の静かな幸福をそっとしておけと言われて、ミシェルは家庭に幸福を見出そうとするものの、マルスリイヌは脈管閉塞になって流産して、癒すには転地がいいと医者に言われてミシェルは小作地に行くものの、妻の看護もうっちゃって密猟にはまり、密猟がばれてシャルルに正論で叱られてしまったので小作地を売ることにして、アルプス高地に行ったら妻の具合が悪くなって、看病したら快方に向かったので暖かいイタリアに行くことにして、ナポリや妻が寝た後で抜け出して遊びまわったり、少年にキスしたりして調子付いて、またチュニスに行ったら二年前に会った美しい少年たちが醜く成長していたのでがっかりしつつも、一番美しかったモクティルを連れてトウグウルに行って、旅疲れで眠った妻をホテルに置いてカフェでモクティルの情婦と会っていちゃいちゃしてからホテルに戻ると、妻は血を吐いていて、ミシェルが妻に買ってやった数珠を受け取るのを拒否して死ぬ。●感想ミシェルの一人称で、友人に対して新婚から妻が死ぬまでの事情を説明するという体裁。ヨーロッパ各地の地名がでてくるものの、コアルだのアンガディヌだのサン・モリッツだのと言われても日本人読者としては聞きなれない地名だし、地図も付いてないのでどこなのかよくわからないあたりは面白さを損ねている。訳者や編集者のほうで気を利かせて地図を用意するか、地名に対して脚注をつけるくらいはしてほしいのだけれど、読者目線で小説を見てないから読者にとってわかりにくい点に気づかないまま放置しているのだろう。ただでさえ翻訳小説はわかりにくいのに、訳者や編集者が読者に対して不親切なのはよくない。それから破廉恥な事件で訴えられているというメナルクの事件の内容について触れられていないあたりは不徹底で、メナルクがホモ事件を起こしたのか否か、ミシェルと同類のホモショタか否かははっきり書いてほしいところ。物語としてはつまらないものの、病気の妻よりも異国の少年に夢中になるホモショタの性癖を書いて倫理的な問題提起をしているという点では見所がないわけでもない。妻と一回やったら興味をなくすとか、少年が成長すると興味をなくすとか、さすが本場のホモショタである。西洋では聖職者にやたらとホモが多いけれど、禁欲すると女性との付き合いが少なくなってホモになるという生理的メカニズムでもあるのか、キリスト教とホモショタの因果関係が気になる。★★★☆☆背徳者 [ アンドレ・ジ-ド ]価格:390円(税込、送料込)
2016.03.02
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「雨」「赤毛」「ホノルル」の太平洋南海を舞台にした3つの短篇集。「雨」はマクフェイル博士がパゴパゴで足止めを食らうことになって島に上陸して民宿に泊まると、同じ船に乗っていた熱血宣教師デイヴィッドがはっちゃけて部屋で売春していたミス・トムソンを改心させようとする話。三人称。デイヴィッドは原住民をさげすむ熱血キリスト教宣教師というステレオタイプな人物像で、一方のマクフェイル博士は猿回し的傍観者で存在感がなく、登場人物にあまり面白みがない。宣教師と売春婦という時点でオチの予想がついてしまう。「赤毛」はスコットランド人のニールソンの妻のサリーは30年前にレッドという美青年と相思相愛になるものの、レッドは人手不足の捕鯨船に拉致されてしまってから消息不明で、サリーはニールソンの求愛に応じて結婚はしたもののいまだにレッドを思い続けていたので、ニールソンが島にやってきた船長にレッドの消息を尋ねる話。三人称。理想化されている青年時代と中年時代の落差を大きくすることで、短編内でメリハリをつけている点はよい。この短編集の中では一番面白いかもしれない。「ホノルル」は私がホノルルに旅行して知り合ったバトラー船長から、呪いのふくべにまつわるエピソードを聞く話。一人称。ふくべというのはゆうがおの実に顔の絵みたいなのを描いたものらしいけど、作品内ではふくべ何なのか説明してないので、オチがいまいちわからない。全体の感想としては、オチを知ったら面白みがなくなるようなエンタメ短篇集で、その割にはオチの予想がついてしまうのでプロットとして面白いというわけでもないものの、人物の特徴づけがされていてメリハリがあって、短編としてちゃんと物語の見所が用意されていてよい。最近つまらない小説を立て続けに読んだせいか、プロットがわかりやすくて各短編にちゃんとオチがあるというだけでもありがたく感じる。つまらないというわけでもないけれど、この短編3作のためにわざわざ本屋で探してまで買うほど面白いというわけでもない。★★★☆☆【中古】 雨・赤毛 モーム短編集1/サマセット・モーム(著者),中野好夫(訳者) 【中古】af…価格:108円(税込、送料別)
2016.03.02
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子沢山で幸せになるつもりだった夫婦が五人目にゴブリンみたいな怪力な子供のベンを産んで、施設で死ぬのを見殺しにできずに家にひきとってから家族が崩壊する話。●あらすじ会社のパーティーで知り合ったデイヴィット・ロヴァットとハリエットが結婚して、給料が少ないながら親に援助してもらって憧れの広い家で子供をたくさん産むつもりでいたら、長男ルーク、長女ヘレン、次女ジェイン、次男ポールまでは幸福だったものの、五人目の三男ベンは妊娠五ヶ月のころからハリエットの腹の中で暴れまわるやつで、産まれたらゴブリンのようにブサイクで唸り声を上げて乳を吸い尽くして、十八ヶ月で犬を絞め殺し、二歳六ヵ月で言葉を発して、デイヴィットがベンを扱いかねて奇形児収容施設に預けたのでハリエットが施設に行って力が強すぎて拘束衣を着せられているベンを見殺しにはできなくて家につれて帰って鎮静剤漬けにして教育すると、ベンは失業中の臨時庭師のジョンになつくようになり、五歳になったベンは生の鶏肉を貪り食い、六歳で学校で女の子の腕を捻って折り、ジョンが職業訓練所に入るためにいなくなるとベンは怒る気力をなくす。ベンは中学校に行くとジョンに似た年上の不良中学生デレクと友人になり、ベンは不良のリーダーになって学校で羨望の的になっていて、自宅は不良の溜まり場になり、ロヴァット夫婦は自宅を売ることにする。●感想三人称で、デイヴィットとハリエットの出会いから時系列順に書くオーソドックスな形式。章立ても一行空きもなく、230ページほどの内容が最初から最後まで延々と同じペースで文章が続いて物語に抑揚がなくてだれる。描写をせずに説明で物語を勧めてしまうので場面に臨場感がなく、そのうえ章立てがないまま数ヶ月や数年時間が飛んだりするので、どこからどこまでがひとつながりのエピソードなのかわかりにくいのも面白さを損ねている。60ページをすぎてベンが登場してからはようやく物語に特徴がでてくるものの、抑揚のないのっぺりした文章のせいか演出不足でベンの存在がホラーになっているわけでもなく、かといって問題児を育てる母親の苦悩や愛情を掘り下げるというわけでもなく、問題児をどう受け入れるかという社会派小説というわけでもなく、読者がどこをどう楽しめばよいのか焦点がいまいちわからない。子育てしている読者が自分の家庭より酷い家庭があるもんだと溜飲を下げるために読むような子育て小説みたいなもんだろうか。エンタメとしてはつまらない。主要登場人物の一覧が付いているのはよい。訳者や編集者は長編小説に対して登場人物一覧をつけるくらいの最低限の労力は裂いてほしい。★★★☆☆破壊者ベンの誕生 [ ドリス・レッシング ]価格:555円(税込、送料込)
2016.03.02
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早起きするので朝の少女と呼ばれている姉が夜更かししていて星の子と呼ばれる弟と喧嘩したり、母親が流産したり、すねた弟が家出したら嵐で飛ばされたり、弟が姉を信頼したり、姉が海から誰かがやってきたのを発見して交友しようとする話。一人称で、朝の少女と星の子が交互に語る形式。しかし誰に対してなぜ語っているのかというナラトロジーの設定が詰められていなくて、登場人物にリアリティはない。物語世界の場所と時代があいまいで、ヤシの木がある島の海辺で漁をして生活しているというくらいしか場所に関する情報はないものの、最後にコロンブスの書簡をもちだすことで物語の舞台が15世紀末のアメリカで登場人物たちがアメリカ先住民だと判明するという叙述トリックを仕掛けている。つまりはアメリカ先住民の純朴な姉と弟の成長を書いた児童文学ということらしく、アメリカでそこそこ売れたらしい。しかし叙述トリックのオチは子供は理解できないかもしれないし、大人受けを狙っているようなあざとさがあって、これを児童文学というのは違和感がある。★★★☆☆朝の少女 [ マイケル・ドリス ]価格:555円(税込、送料込)
2016.03.02
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将軍の甥のふりをして戦争に参加したトマ少年が恋愛したり死んだりする話。●あらすじ第一次世界大戦中に、フォントネーで生まれたギヨム・トマ少年は戦争ごっこのつもりで軍服を着て周囲をだまして調子付いて、ド・フォントネー将軍の甥のギヨム・トマ・ド・フォントネーを名乗って戦場に紛れ込んでヴェルヌ博士のヴェルヌ病院にやってきて、その病院に入院していたド・ボルム公爵の未亡人クレマンス、娘のアンリエット、ヴァリッシュ夫人や医師たちはギヨムを頼って一緒に移動すると、ランスで砲撃を受ける。アンリエットはギヨムを愛していたものの、クレマンスに恋している新聞社社長のペッケル=デュポールはギヨムを疑っていた。病院の人たちはギヨムをド・フォントネー将軍の甥と信じて頼っていたものの、ダンクール将軍が死んだことでギヨムは嘘をでっち上げて病院を離れて、彼がいなくなるのを喜んだペッケル=デュポールの伝手で酒保隊に入って混戦地帯へ行ってアンリエットへの恋を忘れてもうアンリエットのところには戻らないつもりでいたが、クレマンスやアンリエットたちは悲劇役者と一緒にギヨムがいる北部戦線を慰問しに行き、クレマンスはアンリエットとギヨムの結婚を認める。ギヨムは危険な防御区で敵の斥候を見つけて、死んだ真似をしないと殺されると思ったら死んでしまった。ペッケル=デュポールはギヨムの死を知ってクレマンスを訪ねると、クレマンスの人気に嫉妬していたヴァリッシュ夫人がギヨムの死をくっちゃべっていて、アンリエットはショックで毒を飲んで死んでしまう。ギヨムの十字架には「G・T・ド・フォンネー。我らのために死せり」と書いてある。●感想三人称。細部を描写しないまま大雑把に場面を展開していて、視点もころころ変わり、読者にとってはどういう情景なのか場面が想起できない。読書に慣れている私がこの130ページもない薄い本のあらすじを作るのさえ苦労したということは、私は読書中に物語展開のメンタルモデルが形成できていないわけで、誰が何してどうなったというプロットが読者がわかる形で整理されていないということである。そのうえ人間関係がよくわからない脇役がどっちゃり登場するので、もはや読むのが苦痛。現代のエンタメ小説では説明から物語を始めるのは悪手で、冒頭からいきなり場面を描いて読者を物語世界に引き込むのが物語展開のセオリーとして定着している。この小説は脇役の説明から始まる冒頭からしてつまらないうえに、どういう顔や体型かといった外面描写がほとんどない文章で、主人公ギヨムやヒロインのアンリエットの人物像も固まらないうちに混乱した戦場の様子を無駄に詩的な言い回し書いていて、読者は作者がひけらかす詩的な言い回しを楽しむ以前にいつどこで誰が何をしたのかという基本的な状況の把握だけで手一杯になってしまう。作者側で情報を整理してわかりやすく面白いプロットが提示される現代のエンタメ小説の水準に慣れた読者からしたら、この小説は普通に読める水準になっていない。そのうえ戦場の描写が雑で、プロットがつまらないときているのだから見所がない。訳者の河盛好蔵のあとがきによるとこの小説は『パルムの僧院』を真似て書いたものらしい。コクトーは第一次世界大戦で北部戦線の航空勤務の経験があるらしいものの、現実の戦争を直視しないで『パルムの僧院』を真似て大幅に劣化した小説を書いて、いったい何がしたかったのだろう。コクトーの自作解説によると「映画はテクストなしで心理を展開すべきものだろう。僕は『トマ』で心理抜きのテクストを展開させようとした。あるいは非常に初歩的な心理を使って、典型的な映画にある簡単な字幕に匹敵するものにしようと思った。にせの写実小説の分析と、にせの叙述小説の風景とは、似たようなものである」「かなり鋭敏に、素早く、一跨ぎで、滑稽と悲痛を横切ること、これが僕のやりたいと思うことだ」ということらしい。作者はやりたいことが出来て満足だろうけれど、そうやって雑に書かれた小説が読者にとって面白いかどうかは別の話。読者にとっては構成が下手すぎて一跨ぎどころかあちこちで躓いてページがなかなか進まないうえにくそつまんないときている。そもそも『パルムの僧院』にしてもフランス小説は写実主義的な外面描写を積み重ねることによってフィクションの魅力ある人物像をリアルに作り上げて物語世界で活躍させることに面白さの特徴があるのに、その面白さの元になる外面描写を作者自身が積極的に剥ぎ取って人物像のリアリティをなくしたのだから面白くなりようがない。今まで戦争ネタの小説や漫画はいろいろ読んだし映画もいろいろ見たけれど、戦禍を書くリアリズム路線にしろドンパチを書くエンタメ路線にしろ、戦争ネタは兵士の苦悩や緊迫した戦闘シーンがあって、どう書いても波乱万丈でそれなりに面白くなるものである。しかしトマは将軍の甥を騙って戦場をうろちょろするだけで、敵を騙したりして主人公らしい戦功をあげるわけでもなく、『パルムの僧院』のファブリスのように牢獄から大脱出するわけでもなく、斥候にみつかってあっさり死んでしまう。コクトーは第一次世界大戦の当事者なのによくこれほどくそつまらない酷い小説が書けたもんだと逆に感心してしまう。★☆☆☆☆【中古】 山師トマ /ジャン・コクトー(著者),河盛好蔵(訳者) 【中古】afb価格:108円(税込、送料別)
2016.03.02
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息子をピアノ教室に通わせている主婦が殺人事件を見て死にたがる話。●あらすじ金持ち経営者の妻のアンヌ・デバレードが嫌がる息子をジロー先生のピアノ教室に通わせていたら、近くで子持ちの女が男にピストルで心臓を撃たれて殺される殺人事件がおきて、アンヌが事件現場に行って出合ったショーヴァンから被害者の女と加害者の男は愛情があって女が男に殺すように頼んだのだという事件についてのでたらめな考察を聞きたがり、カフェに通ってショーヴァンから聞いた空想と自分を重ね合わせて泣き、アンナは自宅で開いた宴会で食欲がなくて飲んだ酒を吐き、またカフェに行ってショーヴァンにすがるものの拒絶される。●感想三人称。風景描写や状況説明といった静的な描写をほとんどせず、誰が何をした、何を言ったという動的な外面描写だけで構成されている文体。タイトルのモデーラト・カンタービレは「普通の速さで歌うように」という意味だけれど、もしかしたら普通の文章で歌うように読むことを意識して書かれたのかも知れないし、違うかもしれない。内容量は140ページほどしかない短編で、ピアノ教室の反抗的な練習の様子とカフェの会話が繰り返されるのでつまらないうえに、作者が心理も状況も説明しないので状況がわかりにくい。その説明がないわかりにくさを読者に推測してもらうというやり方で、注意深く読んでいかないと内容を理解できない。ショーヴァンが事件の被害者と加害者について根拠のない推測をしているように、読者のほうでもアンナとショーヴァンについて根拠のない推測しないといけない。さて内容を整理してみると、まずアンナには散歩以外に自由時間がなくて、二年前から嫌がる息子に無理やりピアノを習わせて時間を捻出していたものの、息子があまりに反抗的なので最後には息子をピアノ教室に送る役を別の人に変えられてしまうという母子関係の部分がある。この主婦業の苦悩部分については説明がほとんどなくて、散歩とピアノ教室以外に自由時間がないという理由が不明で、夫との関係も不明なので同情しようもない。そしてアンナは以前から労働者を物色していて、事件後にカフェでショーヴァンに会うものの、ショーヴァンは以前からアンナを知っていて、二人は七日間カフェで会って、アンナのほうからキスはしたけれど、事件の被害者と加害者の男女のように殺すほど愛し合うようにはなれないまま別れることになるという恋愛関係の部分がある。終盤でアンナを「姦婦」と書いて、カフェに来る労働者も「女主人や町じゅうの者同様、事情をくわしく知っていて、二人を見るのを避けた」という描写があってショーヴァンとの不倫をほのめかしているものの、町じゅうの者がなんの事情を知ってるのか、どこまで二人の仲が進展したのかがいまいちわからない。結局のところ説明がないがゆえの物語のわからなさが物語のつまらなさにつながっている。それにそもそも私のような貧乏人は金持ちの主婦が苦悩しようが不倫しようが興味ないのである。こちとらスーパーで半額の鶏のから揚げを買うべきか買わざるべきかで悩むというのに、食欲がなくて鴨のオレンジソースがけを食べなかった、しこたま酒を飲んで吐いた云々という贅沢な話など読んでられん。★★★☆☆モデラート・カンタービレ [ マルグリット・デュラス ]価格:583円(税込、送料込)
2016.03.02
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ペーターが怪しい男と取引して自分の影と幸運の金袋を交換して大金持ちになるものの、影をなくしたことで苦労する話。●あらすじペーター・シュミレールは金持ちのトーマス・ヨーン氏の家に行ったとき、ポケットからテントやら馬やらを出す怪しい灰色の服の男に影を譲ってくれといわれて、衝動的に幸運の金袋と影を交換して大金持ちになるものの、影がないことをあちこちで責められて日中に出歩かなくなり、忠実な召使のベンデルのおかげで社交界に出られるようになるものの、意中のファニー嬢に影がないのがばれてしまって失恋して、田舎に出かけて林務官の娘のミーナに惚れて婚約するものの、召使のラスカルに裏切られて影がないのがばれて影をなんとかしないと破談になってラスカルにミーナをとられそうだというときに、灰色の服の男が魂と影を交換する契約書にサインしろと言ってくるものの断り、その後に男を追いかけていって野良影をつかまえようとするとそれは影でなくて「鳥の巣」という隠れ蓑を着た男だったので隠れ蓑を奪って戻ると、灰色の服の男に隠れ蓑を返すように言われ、ミーナの様子を覗き見てついに契約書に署名しようとしたら気を失って失恋して家に戻り、ベンデルに別れを告げて旅にでると、灰色の服の男が召使として執拗に着いて来るものの、その男がヨーン氏の魂を奪った悪魔だとわかって、幸運の金袋を洞窟に捨てて、影がないままクルトカを着てみすぼらしい格好で旅をしていると、中古で買った靴が一歩で七里歩ける魔法の靴で、自然調査や植物採集をしながら世界中を歩き回っているときに誰かにぶつかって入院したら、入院した病院はベンデルがペーターにもらった金で建てたもので、ミーナが見舞いに来てくれた。ペーターは忠犬フィガロと共にまた旅に出る。●感想。ペーターの一人称で、友人である作者のシャミッソーに自分の体験を語っているという形式。架空の人物と現実の作者が繋がることで架空の人物にリアリティを持たせようとする手法は昔の小説によくある手法だけれど、ペーターとシャミッソーの関係が掘り下げられていないあたりは設定が中途半端。そんなに仲がいいならペーターは孤独だなんだと悩む前にシャミッソーに相談すりゃいいじゃんという話になる。召使ラスカルの裏切りのくだりはもっとエピソードを膨らませたらいいのに、恋の対抗馬としては存在感不足。変な秘密道具ももっと活用してほしかったのに、幸運の金袋で金をばらまくというのはわかりやすい反面つまらない。古い小説だからしょうがないとはいえ、いろいろ秘密道具のアイデアを出しているのに荒削りでプロットとして洗練されていないのはもったいない。灰色の服の男の四次元ポケットだけでもあの青いネコ型ロボットを彷彿させるものの、ポケットの中から出てくる魔法の道具にしても広げるだけで食べたい料理が出るナプキンとか、かくれ頭巾とか、ドラえもんと喪黒福造が合わさったような具合。いわば藤子シャミッソー不二雄。いろいろ秘密道具があったり世界各地を旅行したりするのがエンタメとしては面白く、まだジュール・ヴェルヌがいなかった1813年の発表当時評判になったのもわかる。訳者の池内紀の解説によると、著者のアーデルベルト・フォン・シャミッソーはフランスの名門貴族の子供だったものの、フランス革命で特権を剥奪されてヨーロッパを転々としてベルリンにたどり着いてルイーズ妃の小姓になって一家を養うもののドイツ人化したらナポレオン戦争で祖国フランスと戦うはめになり、その後友人宅の退屈した子供にせがまれて『ペーター・シュミレール』を書いて原稿をフケーに預けてから北極探検隊に加わって世界各地を転々としていたら『ペーター・シュミレール』が勝手に出版されて大好評になって、その後植物学者になったという波乱万丈な生涯だそうな。★★★☆☆影をなくした男 [ アーデルベルト・フォン・シャミッソー ]価格:518円(税込、送料込)
2016.03.02
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昭和54-58年に書かれた晩年の短篇集。「黄金の腕」は金の代わりに体を賭ける博打に巻き込まれた話。一人称。戦時中に腕を投げられたという回想から始まっていて冒頭から読者の興味を引く展開が良く、冒頭の陰鬱な雰囲気が始終たれこめているあたりがよい。「未完成大三元」は麻雀仲間の強敵ユウさんとサシウマをする話。一人称。「北国麻雀急行」は汽車の中で怪しい連中とカード麻雀をする話。一人称。「国士無双のあがりかた」は国士無双ばかりあがる地方役人の麻雀チャンピオンと勝負する話。一人称。「大三元の家」は病気のギャンブラーの父親と息子が麻雀で勝負する話。三人称。「人生は五十五から」は定年退職したヤクザが投資で損して競馬で一発当てようとする話。三人称。「前科十六犯」は窃盗やら覗きやらで前科十六犯の小悪党の中年七ちゃんと久しぶりに会ったら競輪場で当たらない予想屋をしていた話。一人称。「夢ぼん」は夢見がちなボンボンの妻子ある焼肉屋の店員夢ぼんがいきつけの飲み屋のママと寝た話。一人称で、ナルコレプシーで太って新宿で無銭飲食をしていたくだりとか、夢ぼんのシリアスな話と著者の滑稽な話がいい塩梅で混ざっていて、飲み屋の人間観察の小話という感じ。●全体の感想大半は麻雀小説ということで、麻雀のルールや用語の予備知識が必要という点では読者を選ぶ小説。しかし麻雀の勝負自体は物語の中心ではなく、麻雀の勝ち負けの心境小説、麻雀仲間との人情小説という感じで小説としては読みやすい。自身の体験を書いた一人称の小説とフィクションの三人称の小説があるけれど、一人称のほうが著者の心境が素直に書けている分面白い。私はさいふうめいの漫画『哲也-雀聖と呼ばれた男』でフィクションの人物としての阿佐田哲也を先に知ったのだけれど、汽車の中でのカード麻雀だとか、国士無双ばかりあがる役人だとか、漫画の元ネタになっている話を読んで漫画版のシナリオがどう脚色されていったのかを考えるのも面白いかもしれない。麻雀の駆け引き自体は漫画版のほうが面白いけれど、小説は小説で特殊な人生経験を経て達観したような著者ならではの味がある。★★★☆☆黄金の腕 [ 阿佐田哲也 ]価格:453円(税込、送料込)【中古】哲也−雀聖と呼ばれた男− 【全巻セット・全41巻セット・完結】星野泰視・講談社・週刊少…価格:5,269円(税込、送料別)
2016.03.02
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