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犯罪モノの短編集。●各章のあらすじと感想「真相」は税理士の篠田は息子の佳彦が15歳のときに殺されて、10年後に犯人が逮捕されるものの、犯人は殺人を否認して佳彦が万引きをしたので脅しただけだと言い出す話。冒頭は篠田視点の三人称で税理士の仕事の様子を丁寧に書いているのに、後のほうは文章が改行だらけでスカスカで、そのせいでセリフが説明口調になっていて、娘との口論が茶番劇みたいになっている。「18番ホール」はエリート県職員の樫村が村長選挙に擁立されて、レジャーランドの開発予定地に昔ひき逃げした女を埋めたので選挙に勝って18番ホールの位置をずらしたい話。樫村は同級生が自分の犯罪を知っていると勝手に疑心暗鬼になっていくけれど、この書き方は悪手で、プロットを進めるために無理やり登場人物の思考をゆがめていて、心理描写にまったくリアリティがないご都合主義になっている。そもそも同級生が樫村の犯罪に気づいているなら樫村に自白させるために村長に擁立するというまだるっこしい手段を取らずに普通に警察にちくって捜査すりゃいい話で、作中でエリート扱いされてる樫村が幼稚な邪推をして右往左往していて無能すぎて読むのがあほらしくなる。さらには推理なしで非科学的にオチをこじつけて事件を暴くというご都合主義のダメ押しで、新人作家がこの話を書いたら没になるようなひどいプロット。「不眠」は自動車販売会社をリストラされた山室が睡眠薬の治験のバイトをして不眠症になって早朝に散歩していたら、放火殺人が起きた時に同じ団地の小井戸を見かけたことを警察に話したら小井戸が逮捕されたので小井戸を助けようとする話。警察に放火殺人事件の聞き込みをされてたいして親しくもない小井戸について話すことを「売った」と考えて謝ろうとするのは頭がおかしい。小井戸はリストラされた仲間として同情して、被害者は風俗嬢だから同情せず捜査協力もしないというゴミクズみたいな主人公の話なんか読んでられん。「花輪の海」はアラサーの城山が大学生のときに暴力空手部のしごきで相馬が死んで、相馬の両親がいまさら真相を知りたいというので空手部のメンバーが久しぶりに会ってどうしようか考える話。空手部のくせに豆腐メンタルすぎ。「他人の家」は強盗の前科がばれて家を追い出されそうになった貝原が近所の老人と養子縁組して苗字を変えてもう大丈夫と思ったら一緒に強盗した広神が家に押し掛けてくる話。60代の老人よりもインターネットに疎い30代というだけでも不自然なのに、養子縁組で苗字を変えるくだりも不自然で、最初から奥さんの苗字にすりゃ済む話。●全体の感想どの短編も主人公の男が短気で独りよがりで頭がおかしい魅力のないおっさんで、ユーモアも笑いもなく、人間の複雑な心理のうちのうわっつらしか描いていない。ミステリにはよくあることだけれど、誰が犯人なのか犯人でないのかという肯定と否定の二者択一のロゴスで小説を組み立てるとプロットが単調になる。この小説は感情表現もロゴスの二者択一になっていて、「真相」は篠田が娘を受け入れるか否か、「18番ホール」は同級生が敵か味方か、「不眠」は小井戸が犯人か否か、という極端な思考しかしない。短編であるがゆえに展開に遊びがなくて、証拠がないまま真相はこうに違いないという思い込みで無理やりオチに持っていくという極端な展開になっている。これでは推理小説というより妄想こじつけ小説である。肯定か否定かというロゴスではなく、どっちでもいい、どっちでもないというレンマの思考をとりいれないと人間の複雑な心理は描けない。プロットに都合がいい人物像をでっちあげてロゴスで小説を書くのは下手な作家のやり方で、怒りや悲しみと言った明確な感情になる前のもやもやした部分の心理状態を補足してレンマで小説を書くのがうまい作家のやり方である。エンタメ作家はたいてい前者で、人物造詣や心理描写に関しては純文学作家にまるで及ばない。というわけで内容も技術もひどい小説だったけれど、裏表紙の「人間の心理・心情を鋭く描いた傑作短編集」という誇大広告がされていたのでその分評価を減らした。鋭く描くというのは具体的にどういう描き方なのか、この裏表紙の文句を書いた編集者に説明してほしいもんである。なんでもかんでも傑作扱いすればいいと思ってる見る目のない編集者は読者の敵である。この程度で傑作ならこの作者の小説は読む価値がないし、双葉文庫の小説も読む価値がない。★☆☆☆☆真相【電子書籍】[ 横山秀夫 ]
2018.06.22
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秀吉が利休にいろいろ尋ねて天下を取ったものの利休の態度が気に入らなくなって切腹させて、利休が秀吉に譲ろうとしなかった緑釉の香合は利休が恋した女の形見だった話。第140回直木賞受賞作。●各章あらすじ死を賜る 利休:秀吉に切腹を命じられて怒り、妻の宗恩に自分より好きな女人がいたのではないかと聞かれて19才の時に殺した女を思い出す。利休は秀吉に頭を下げる気はない。おごりをきわめ 秀吉:利休が持っている緑釉の香合を欲しがり、利休が切腹した後に持ってくるように蒔田淡路守に命令する。知るも知らぬも 細川忠興:忠興と織部は利休を見送る。忠興は利休からの贈り物が緑釉の香合でないのにがっかりして、父に利休の真似をしているだけで茶の湯がわかっていないと言われる。妻のガラシャは利休が好いた女に嫌われるのを怯えていたという。大徳寺破却 古溪宗陳:宗陳は利休からもらった楊貴妃の屏風が楊貴妃でないような気がする。秀吉から大徳寺破却伝える使者を寄こしたので宗陳が切腹しようとすると忠興が止めて、前田利家が秀吉にとりなすという。ひょうげもの也 古田織部:秀吉から利休の緑釉の香合の由来を聞いてくるように命じられて利休とお茶をすると、利休は緑釉の香合は古い新羅のもので思い人の形見で、誰かに渡すくらいなら砕くという。木守 徳川家康:家康が利休とお茶をして毒を盛られるかと警戒していたら、利休が取り出したのは香合だった。狂言の袴 石田三成:三成は大徳寺の利休の像が気に入らないと宗陳に文句を言って、利休に狂言の袴を履かせて橋立の茶壷を取り上げることにする。鳥籠の水入れ ヴァリニャーノ:ヴァリニャーノは秀吉の謁見前に少年使節団に日本の風習は珍妙だといって茶道をけなして、茶室で秀吉と利休に茶を出されても焼き物の価値が理解できず、鳥籠の水入れにしかならないと思う。うたかた 利休:利休は天下一の茶頭の称号をむなしいと思い、十九のときに高麗の女を連れて逃げていたらと人生を後悔する。娘のおさんが首を吊って死ぬ。ことしかぎりの 宗恩:宗恩は利休に値踏みされているようで結婚生活が気づまりで、利休が本当に惚れた女は前妻や側女でもなく別にいるはずだと思う。こうらいの関白 利休:秀吉が高麗の通信使と会うことになり、利休は高麗を属国にするためにひどく扱うように秀吉に進言する一方で、利休は帰り道に金誠一を自宅に呼んでもてなす。野菊 秀吉:秀吉は武者たちが利休を崇拝するのが気に入らず、一泡吹かせる計画をして、茶の湯を嫌う黒田官兵衛に茶の湯を教えるという口実で密談して、利休の茶入に野菊を入れるいたずらをするものの失敗する。西ヲ東ト 山上宗二:小田原城で北条氏直の茶頭をしている山上宗二は師匠の利休に会って秀吉との茶会に出させてもらうものの、大事にしていた茶碗を秀吉に馬鹿にされて暴言を吐いたので処刑される。三毒の焔 古溪宗陳:宗陳は秀吉の母の病気の加持祈祷を断って筑紫に追いやられる。宗陳は秀吉の本性はむさぼり、三成はいかり、利休は秀吉以上に美をむさぼる毒があると評する。北野大茶会 利休:秀吉、利休、津田宗及、今井宗久の四人が大茶会で八百人に茶を振る舞い、大茶会が終わった後に利休は秀吉におまえの茶は狂おしい恋を秘めているといわれる。ふすべ茶の湯 秀吉:秀吉は島津討伐は島津を懐柔させる書簡を書いた利休のおかげだと思う。秀吉は利休の緑釉の香合を見て譲るように言うものの、利休は茶を教わった恩人の形見だからと断る。黄金の茶室 利休:秀吉は帝に絶賛されたくて利休にアイデアを尋ねて、利休は黄金の茶室を提案して完成させ、利休はあの女をこの茶室に座らせてみたいと妄想する。秀吉にはお前ほど欲と色が強い男は見たことがないと言われて、茶ではなく女を馳走しろと言われる。白い手 あめや長次郎:長次郎は秀吉の御殿の屋根の魔よけの飾り瓦を焼いていると、窯場に千宗易(利休)がやってきて茶碗を焼いてほしいといい、ダメ出しをしたあげくに緑釉の香合と思い人の形見の爪を見せてそれに似合う茶碗を焼けと注文を付ける。待つ 千宗易:宗易は秀吉に信長の葬式を進言して、秀吉は戦の要衝の天王山を制して宗易はそこに二畳の茶室「待庵」を作って、天下を取るのを目前にした秀吉に寒筍をふるまう。名物狩り 織田信長:信長が堺にある茶道具の名器を欲しがってお触れを出したので堺衆が茶道具を持ちより、宗易は信長と初めて会って掛け軸の目利きを間違えて恥をかく。宗久と宗及は信長が南蛮か明か高麗の美女を所望していると利休に相談に来て、利休は十人並みの高麗の女を着飾らせて美女に仕立てて信長に気に入られる。もうひとりの女 たえ:たえは夫の与四郎(利休)が茶の湯にうつつをぬかしているのにあきれていて、与四郎が妾の宗恩の家に行って帰らないので宗恩の家を訪ねてもいなくて、宗恩と別の妾のおちょうはたえが知らない事を知っていて、与四郎は浜辺の納屋で木槿の花と高麗茶碗を飾っていた。紹鴎の招き 武野紹鴎:紹鴎の家に千与兵衛が来て、息子の与四郎が高麗の貴人の姫と逐電したという。女は三好長慶からの注文で仕入れた商品で、李王家の血を引いた両班で、紹鴎が与兵衛に預けていた。与兵衛は与四郎は美しいものへの執着が人一番強いので、おなごを人に渡すくらいなら殺すかもしれないという。紹鴎は千与四郎を気に入り、新しい茶室の最初の客として招いて茶を選ぶか女を選ぶか試すことにする。恋 千与四郎:与四郎は女は美しいがくだらない生き物で、女より茶の湯の道具のほうが気高くて美しいと思うものの、父が連れてきた高麗の女に恋をして女を逃がそうとするものの、頼んだ船頭に騙されて船がなく、浜辺の納屋でどうしようか考えていると雑用係の佐吉が来て逃亡の手助けをして、与四郎は失敗したら死ぬ覚悟で女を連れて逃げるものの追ってに見つかり、女に毒入りの茶をたてて殺して、指を食いちぎって緑釉の香合に入れる。夢のあとさき 宗恩:利休が切腹して、宗恩は緑釉の香合を手に取って投げて砕く。●感想三人称。一章あたり20ページ程度の内容で次々に焦点となる人物と時間が変わる。時系列は利休切腹の当日、前日、一か月前、二か月前と、読むにつれて時間がさかのぼっていく構成。利休の女をさんざん強調して話が一本調子なので、見どころは利休の女は誰なのかというぐらいしかないし、何度も同じ話題を繰り返しすぎてあざとい。この情報の出し方があざといせいで、登場人物が独立した個人として描かれず、いかにもプロットをこなしている作者のお使い的な感じが強調されてしまってよくない。この小説では利休はあやめ長次郎の茶碗を掌に媚びていると批判したけれど、作者が作り出したこの利休がこの小説を読んだら、登場人物をプロットに沿わせようとして媚びていて、登場人物がプロットになじんでおらず、作意があって嫌みだと批判するかもしれない。構成のせいで場面が飛び飛びになって物語の連続性や一貫性が乏しくなっているし、お使いをこなすだけで終わる章もあって話が盛り上がらないし、いつまでも利休と女の関係をこじつけるように推測するだけで進展が遅いので飽きてくる。ページが進むほど過去の出来事が掘り返される構成だとわかっているせいで利休の女の正体がわかるのは最後のほうだろうと読者も予想がついてしまうし、利休が切腹するのも読者はわかっているし、脇役の活躍もないので、物語の展開に意外性がなくなる。お化け屋敷でお化けを動かす装置が見えているようなもので、この先はお化けがいるぞー、さあお化けが出てくるぞー、ステンバーイ、と前振りしてから張りぼてのお化けが出てきても興ざめする。緑釉の香合以外のものを使って利休の女の面影を伏線に紛れ込ませたりして、あざとくならないように処理できないのは作者の技術不足。作者は数寄者の感覚で時間をさかのぼっていくような構成をあえてやったのかもしれないけれど、物語の時系列や因果関係のつながりが読者には分かりにくくなる一方で、その分かりにくさに見合うだけの面白さが出るわけでもないので、この構成は失敗だろう。そもそも物語自体が面白いのなら構成をいじる必要はないので、構成をいじるより内容を面白くするために注力するべきである。かぶいた茶室を建てたところで、そこで不味い茶を出したら意味がないのである。登場人物は利休、秀吉、家康、信長、三成と歴史上の人物オールスターが登場する割には人物に魅力がない。家康や信長はチョイ役で友情出演して利休の印象を語る程度だけれど、利休以上のビッグネームがチョイ役でお使いをするからこそ違和感が際立ってしまう。利休に関する伝記的な資料が少ないから他の人物の視点を使うことでかさ増ししたのかもしれないけれど、その分物語の焦点がぶれて散漫になっていて、散漫になった話を統一するために無理やり緑釉の香合や利休の女と絡めて不自然になるという悪循環になるので、主要人物を絞って人物像を掘り下げたほうがよかったかもしれない。決定的によくないのはさんざん煽った利休の女は凛とした高貴な美人だというだけで、どういう顔立ちや体つきの美人なのかも曖昧で、利休が生涯惚れて形見を持ち歩くほどの人間的な魅力も見えないので、小説にしつこく書かれた利休の女への執着が嘘っぽくなってしまって、500ページの前振りが無駄になっていてクライマックスで失敗している。美しいものに執着して天下一の茶頭になった利休が惚れた女だと強調したからには読者が惚れるほどの女っぷりを書かないと意味がないのに、そこを作者はわかっていない。作者が自分以上の天才の思想を書こうとしても書けないようなもので、結局は作者が美をどうとらえているかが問われるわけだけれど、作者は女性の美について考察していない。精神的な美しさ、しぐさの美しさ、日本の女性と高麗の女性の違い、若い女性の美しさと成熟した女性の美しさ、肌の美しさ、髪の美しさ、おっぱいの美しさとか、女性の美しさについていろいろ書くべき点はあるだろうに、作者は単に利休を色欲が強いと片付けて女性の美を掘り下げない。利休は高麗の女にそれほど執着した後で、それよりも劣る妻や妾のどこに惚れて結婚したのかも書かれていない。茶道の侘びが云々と資料で調べたうんちくでうわべを取り繕っても、この小説は美の本質が欠けている。それから「名物狩り 織田信長」の章では信長視点でなく宗易中心の視点になっていて、この章だけ書き方がおかしい。他の章はそのタイトルに書かれた人物の視点になっているので、構成に一貫性がないのはよくない。月刊誌『歴史街道』二年かけて連載したようなので、連載期間が長いぶん技術的にむらがあるのかもしれない。利休と女のあざとい絡め方も月刊連載のペースなら違和感がなくても、本でまとめて読むと違和感が出るので、その点も調整するべきだった。茶道については私は詳しくないけれど、Amazonのレビューだとあの時代にあの茶碗はないとか茶道に詳しい人からいろいろツッコミがあるようである。そこは個人的には許容してもよい範囲内だけれど、登場人物の描写がダメな時点で物語はダメになっているのだからプロットにかかわらないような細部はどうでもいいという消極的な理由での許容である。細部も正確であるに越したことはないけれど、やっぱり小説として肝心なのは物語の内容である。というわけで、構成、内容ともに作者の技量不足で仕上げ切れてなくて、恋愛小説になり損ねた中途半端な作品という感じだった。ちなみに私は時代小説があまり好きではない。歴史上の人物を使って箱庭でお人形遊びをしているようなもので、人物像にも物語にも作者の独自性を感じないし、昔の人が現代語で考えたり喋ったりしているのに違和感があるので、あまり面白くないのである。茶道の入門書を読んだついでにたまには時代小説を読むのもよかろうと思って利休を書いた小説も読むことにしたのだけれど、結局は現代人が想像で書いた時代小説を読むよりも昔の人が書いた古典を読むほうがいいなと思った。★★★☆☆利休にたずねよ (PHP文芸文庫) [ 山本兼一 ]
2018.06.11
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