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神話に基づく小説の書き方の動画をアップロードしました。古代の人類が言葉を話して本能ではない知性を身につけるようになってから、ふとこの世界はなぜ存在するのか、なぜ天変地異が起きるのか、自分はなぜ存在するのか、人間はなぜ他の動物より優れているのかという疑問が出てきて、もしかして神が世界を作ったんじゃね?俺ら神の子孫じゃね?的な物語を作って世界を理解しようとして神話が生まれました。人間はエピソード記憶という物語形式で物事をうまく記憶するように脳が進化したので、物語の影響というのは強烈で、科学的思考をするようになった現代でも先祖から受け継いできた神話的・宗教的な物語に基づく考え方が世界各地に根強く残っていて、生活習慣と結びついて切り離せなくなっています。というわけで小説を書こうとする人は、ファンタジー小説を書くつもりがなくても世界各地の神話について知ることは有益だろうと思います。
2019.10.27
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リンカーンの奴隷解放宣言後の40年間の著者の個人的体験や、アメリカ南部の黒人の暮らしぶりについて書いた本。原書は1903年の刊行で、1965年に未来社が刊行したものを1992年に岩波文庫が改訳した。●まとめ第1章 われわれの魂のたたかい黒人は能力が欠如しているのではなくて、白人の軽蔑からのがれることと、貧困に打ちひしがれて労働することの熱意を持てない二重の目標のせいで能力が消費された。無理やり閉じ込められていた無知の状態から白人の学問への好奇心が生まれて知識を得たいという熱望になって、険しい道のりの中で自分自身の魂が見えた。黒人には黒人の特質と才能を掘り起こす理想と、アメリカで二つの人種が欠けている資質を与え合う理想が必要だ。第2章 自由の夜明け20世紀の問題は皮膚の色による境界の問題で、南北戦争はこの問題の一面として引き起こされた。南北戦争後に開放民管理局は自由労働組織を軌道に乗せ、小農民土地所有制度を開始し、法廷における黒人解放民の認知を確保し、南部に無償公立小中学校を創設したが、旧主人と解放奴隷の間に善意を確立するきっかけをつくることに失敗して、解放奴隷に土地を供与するという暗黙の約束を遂行できなかった。第3章 ブッカー・T・ワシントン氏 その他の人たち黒人のブッカー・T・ワシントンは職業教育、南部の和解、市民的・政治的諸権利に関する沈黙と放棄という構想をまとめあげて「アトランタの妥協」で南部白人の協力を得て、北部で地位と尊敬を勝ち得たので、黒人たちは自分たちの権利を譲り渡す妥協を憎んだものの世論に押されてワシントンを是認し始めて批判の声がかき消されて、結果的に公民権がはく奪されて、低級な市民としての身分を合法的に作り出されて、黒人の高等教育のための援助が撤回された。第4章 進歩の意味テネシー山中の学校で教師をした時の思い出。子供が労働力に使われて学校を休んだり、けちな老人に雇われた黒人の少年に給料が払われなかったりして、下層階級はつらい人生を送っていた。第5章 アタランタの翼ジョージア州のアトランタは南北戦争中に焼き払われたが、破壊から復興して多くの工場がある。アトランタという地名は黄金のリンゴの誘惑に負けたギリシア神話の処女アタランタにちなんだものではないとしても、その由来を持つべきというくらい拝金主義に堕落した。南部では清廉な切実さと品位ある献上さを兼ね備えたタイプの黒人が消えて、民衆の理想を体現した牧師と教師に代わって農場主や実業家などの金持ちが新しい指導者になった。南部にこれから現れる大学がアタランタの翼で、この翼だけが処女を誘惑から連れ去っていくことができる。我々は孤立した人間ではなく生きた人間の集団や指導者を教育していて、人間を作るためには純粋な理想、勇気を鼓舞する生活の目標を持たねばならず、不潔な金儲けや黄金のリンゴを求めてはならない。第6章 黒人の教育我々は征服や隷属によってでも人間の融和を計ろうとする思想と、ペテンで共生してでも黒人を劣等人種の位置にとどめておくという思想と、自由を要求する権利があると確信を持てないでいる人の間に立っていて、この状態の中で生活に順応できる人間を教育する問題を解決しないといけない。奴隷化せず人間性を失わせもせず、すべての人間の労働を効果的に使えるようにする人間教育で問題を解決する。しかし南部は白人と黒人が分離していて片方によるもう一方の指導が排除されていたので、黒人に与えることができる最も効果的な援助は黒人教師を教育するための学校を設立することだった。第7章 黒人地帯ジョージア州ドーアティ郡はかつて「南部連盟のエジプト」としてじゃがいもやとうもろこしや綿を軍隊に送り込んだ穀倉地帯で、黒人奴隷がひどい扱いを受けていた近代でもっとも豊かな奴隷王国だった。今は屋敷が残っているものの土地が荒れて、黒人たちは自分の土地を持って小さな農場を経営したり、小作人として貧しくて不幸な暮らしをしていた。第8章 金羊毛の探索カロライナ州からテキサス州にいたる収穫時の真っ白な綿花畑は黄金の羊毛のようだった。今は綿織工場があって綿花王国はまだ生きているが、生産の中心は黒人地帯から白人地帯に移った。綿花価格の下落で地主が負債を抱えて、小作人はさらにひどい境遇になった。黒人は無残な家に住むことに慣れてよい住居を要求しないので、労働者の生活水準を高めることが黒人が働く動機になって能率があがって利益が出ることを黒人も地主も理解していない。借金の奴隷にすることによってのみ怠け者の黒人を仕事につけておくことができるという意見が商人や雇用主にいきわたっているせいで、大多数の無知で呑気な小作人は借金を背負い込んでいて、ましな層の黒人は土地を買うか街に移住した。第9章 主人と召使の息子たち南部の経済制度は思想家たちが憐みの声を上げた工場法ができる前の19世紀初期のイギリスの引き写しだが、新しい南部の産業上の開発を受け持つようになった白人の息子たちである貪欲な北部人たちには労働者たちに対する愛情や同情はなく、ドルと配当という冷酷な問題だけがあって、黒人は保護されずに詐欺や悪党にされるがままになった。南部の警察制度は元々奴隷たちの統制を目的に計画されていて、黒人に対しては不当に厳格で不公平で黒人犯罪者が大勢逮捕されて、数百万人の黒人解放奴隷とその息子たちが問題の中心になって黒人の政治的地位が低下した。人格と知性を兼ね備えた黒人指導者たちが影響力を持つためには力を持たねばならないし、現代世界において最大の武器は投票の力である。第10章 父たちの信念黒人の信仰復興集会は説教者と音楽と狂乱があった。黒人は一夫多妻主義の氏族生活から連れてこられて、聖職者もしくは呪術師が主要な制度として残存して、黒人説教師が生まれて、ブードゥー教の黒人教会が生じて、何世紀かたって黒人教会は宗教的感情と熱狂を重んじるバプティスト派かメソディスト派のキリスト教会になった。第11章 最初に生まれたものの死去黄金色の髪の息子が生まれて病気で死んでしまったものの、死んだのではなくて逃げたのだ、囚われの身ではなくて自由なのだと考えた。第12章 アレグザンダー・クラムメルアレグザンダー・クラムメルという少年の思い出。学校に連れてこられてきた少年は差別が解消しないという絶望には負けずに牧師になったものの、一生懸命働いても会衆の数は減り、教区を移ろうとしたら白人の主教は黒人牧師は会議に出席させないというので教区を移るのを断って、何のために生きているのか悩みながら死んでしまった。第13章 ジョーンの帰還ジョージア州アルタマハの黒人のジョーン・ジョウンズは学校に行き、ジョーンが帰ってきたら学校で教えるだろうか、結婚するだろうかと家族に期待されていたものの、成績が悪いので停学になってしまったので、心を入れ替えて勉強して私立予備校を出て大学に行った。ジョーンが初めてオーケストラを聞いて感動していると、子供の頃の友達の判事の息子の白人のジョーンが近くの席に黒人がいることに腹を立てて幼馴染だと気づかずに支配人にジョーンを追い出させたので、ジョーンは黒人問題を解決しようと実家に帰ったものの、教会で説教しても黒人たちが理解できずに失敗して、白人のジョーンも帰ってきて告げ口したことで判事を怒って、黒人のジョーンが教えている学校が閉鎖された。白人のジョーンが黒人のジョーンの妹を手籠めにしとうとしたところを見て黒人のジョーンは白人のジョーンを殺して北部に逃げた。第14章 哀しみの歌黒人民謡は黒人の最大の才能として存在する。ジョージ・L・ホワイトは巡回して歌を歌って絶賛されて外国でも歌うようになり、それ以来模倣されるようになった。哀しみの歌には物事の究極の正義によせる信念、いつか人々は皮膚ではなく魂によって人間を判断するだろうという希望が息づいている。●感想南北戦争後は西部開拓時代(1860-1890)がよくフィクションの舞台になるけれど、この本にはフィクションではあまり話題にならないアメリカ南部のその後について書いてあるので、アメリカ史やアメリカの黒人文化を調べている人は読んでも損はない。この古い本のどこに価値があるかというと、人生の苦難と不正と理不尽に直面した人が望みうる本物の理想が書かれていることに価値がある。アメリカの黒人奴隷解放は日本の明治維新のような大規模な社会制度の転換だったようで、産業化による拝金主義と直面しつつもまだ真善美を求める理想の人間像があって、名声よりも理想を求める著者は人格者だなあと思う。現代でも理想を求めて戦っている人は世界中にいて、今は香港が自由を求める戦いの渦中にいる。人間から自由と言葉と意思を奪ったら、どんな才能がある人でも能力を発揮できずにただ命令に従うだけの肉の塊になってしまう。ブッカー・T・ワシントンが妥協したせいで黒人が公民権を取り戻すのに百年かかったように、いったん手放した権利を取り戻すのは難しくなるので、自由の価値を知っている香港人は自由を守るために必死なのだろう。中国の政府の広報係は建前と本音が違いすぎて精神病になる人がいるとどこかの記事で読んだことがあるけれど、人間は本心に逆らって生きることはできないものである。エジプトではしばしば反政府デモが起きていて、NEWSWEEKによると推定6万人以上が政治犯として拘束されているそうな。エジプトの反政府デモで若い女性が心臓を撃たれて友人に看取られて死んだ動画を見たことがあるけれど、人間が最後に残すことができるのは言葉くらいしかない。言葉こそ理想を伝える道具であるべきである。しかし現代では言葉が理想を伝える道具というよりは欺瞞を伝える道具として使われている。〇〇国はすごいから〇〇人である自分はすごいという右翼思想や民族主義や人種至上主義は理想を騙った欺瞞である。この種の集団的なナルシシズムは現状を変えることなしに仮想敵を貶めるだけで自分が理想に近づいたかのような錯覚をさせて、気分を高揚させる麻薬のようなもんである。この欺瞞だと現状を変えないで市民の支持を得られるという点で為政者に都合がいいので、自由主義でない国や国民の教育が行き届いていない国ではしばしば国策で仮想敵を作って庶民が熱狂的に仮想敵を批判するようになる。中国や韓国などでは政権批判をかわすための庶民のガス抜きに愛国思想と仮想敵の反日プロパガンダがセットで使われている。中国や韓国の庶民が日本を敵視したところで自分の生活が良くなるわけでもないし、生活を豊かにして幸福になるには他国がどうかという事よりも投票で政治に参加して自分の国の政治を変えるしかないのだけれど、教養のない庶民は行使すべき権利にも気づかなくて、欺瞞に騙されて政権を支持して自分で自分の首を絞めることになる。中国政府の本当の敵は日本ではなく自由主義思想で、香港人の自由を潰そうとしているのは共産主義の中国人である。中国人が南京事件で何人死んだかという過去の出来事を掘り返したところで真相は不明だし、死者が生き返るわけでもないし、新たに賠償を請求できるわけでもない。天安門事件の自由の弾圧や現在進行形の中国の少数民族の弾圧こそ中国人市民が立ち向かうべき問題だろうに、長野オリンピックで暴動を起こした在日中国人のように中国政府に言われるがまま人肉ラジコンになって弾圧を支持している連中は自我がないのだろうか。韓国は政府主導の反日教育のせいで反日政権でないと支持を得られなくなって、誰が大統領になっても外交政策が失敗するけど反日はやめられないというポピュリズムから抜け出せなくなってしまった。韓国ではしばしば反日デモが起きているけれど、日本人がいないところでデモをしても日本で報道もされないし何の効果もないのに、自分が何のために何の行動をしてどんな効果があるのか理解していないのだろう。この種の欺瞞に浸りきってより良い未来を創るための本当の理想が見えなくなっている人は、奴隷から解放された黒人の理想は白人を批判することではなく教育や公正な権利を勝ち取ることだったということを知って、あるべき理想の姿を学ぶべきだろう。理想の実現のために他人を批判するのと、他人を批判することを理想視するのは似ているようで全く違う。理想が見えなくなっているのは低迷している日本も同様で、日本人の自殺者が多いのは民族や宗教といった価値の共同体から切り離されて、金儲けという利益の共同体にだけ所属するようになって、さらに非正規雇用で利益の共同体からも切り離されて、生きるための規範も理想もないのが一因ではないかと思う。理想の姿が見えないので、理想のために戦おうという気力も出てこなくて、毎日数十人ずつどこかの線路やどこかのビルやどこかの崖で孤独な自殺者がでる。成長がないまま30年たって高齢化と人口減少が進行しつつあるけれど、日本人にとって進歩とは何だったのか。高度経済成長期は働くほど生活が充実して車や家を買って結婚するという自己実現の理想があったけれど、家どころか車さえ買えなくなって結婚もできなくなった現代の労働者の理想は何なのか。すでに言論の自由があってインフラが整っていて安全で便利で飢えることのない日本では、やはり金を稼いで結婚することが理想なのだろうか。しかし労働者が稼げる金はたかが知れているし、資本家がいくら金を稼いだところで国民全体が豊かにならなければ人口が減少して、労働者がいなくなるだけでなくて伝統や文化の担い手がいなくなって国家は滅亡に向かうという資本主義の合成の誤謬が起きている。資本主義の現代は貧乏で善良な人であることには何の価値もなく、金を稼がないと無能の役立たず扱いされる。じゃあ金を稼ぐことができる人は現代の理想の人間なのかというと、ユニクロの柳井がいくら資産を持っていても、トランプがいくら権力を持っていても、彼らを理想の人間像だと思う人はたぶんほとんどいないだろう。金持ちには金儲け以外の理想がなく、金持ちの手先として働くエリートビジネスマンというのはスーツを着た山賊のようなもので、かんぽ生命保険を不適切に販売されるのも、銀行に貸しはがしされて黒字の中小企業が潰されるのも、コンビニのフランチャイズが直営店に売上を取られるのも、プロセスは違っても庶民が金を失うという結果は同じである。誰かから別の誰かに金を移したことろで何の価値も発生しないし、それどころか誰かの不幸につながるようなことが仕事としてまかり通っている。大企業が非正規雇用の賃金や下請けの利益を搾り取って過去最高の利益を出して内部留保を積み上げたところで、本来は誰かが結婚して子供を育てるための金を奪ったわけで、企業は金を集めることはできても子供は作れないのだから、企業に人を育てるという視点が欠けている限り日本は衰退の一途をたどることになる。役所が何億円もかけてインフラを整備したところで少子化で住む人がいなくなったら何の意味もないのに、人を育てることに政治家も経団連も向き合ってこなかったし、東京に一極集中しているせいで偉い人たちには消えていく地方都市の姿が見えないのだろう。アベノミクスで富裕層がどれだけ増えたかということよりも、貧困層がどれだけ増えたのかということのほうが国の将来に関わる問題である。日本の進歩のなさは真善美の本質的な価値を追及せず、生活の向上や幸福をもたらさない詐欺や搾取のような目先の金儲けばかりやっているのが原因だろう。真善美を担っていた大学や宗教や芸術でデータ捏造研究者だの詐欺で金儲けするカルト宗教指導者だのセクハラ文芸批評家だのの黄金のリンゴを欲しがる俗物がはびこって、縁故主義で地位を独占して社会の信用と影響力をなくしてしまったことが現代社会の虚無的な理想のなさにつながっているのではないかと私は思う。日本の小説に何が欠けているかというと、日本人であることに対するアイデンティティが決定的に欠けている。日本を舞台にして日本人の登場人物が出てきてもそこには日本の歴史や文化が描かれておらず、仏教や神道といった宗教観も反映されていない。三島由紀夫が『果たし得ていない約束―私の中の二十五年』で言うような空虚な日本人なのである。小説家が現実を批判して理想を語る思想家でなくなって、金儲けのために物語をでっち上げる単なるストーリーテラーになってしまった。現代の日本人作家で一番有名な村上春樹の小説に書かれている理想はきざな男がいろいろな美人とセックスするという程度で、日本人が主人公である必然性もない。シリン・ネザマフィや楊逸が外国を舞台にして外国人が主人公の小説を日本語で書いたときはそれは日本文学といえるのかという疑問が指摘されたように、もはや日本も舞台でなくなりつつある。純文学の作家は貧乏な人が多いせいか作者の実体験を反映した労働者小説のようなものがけっこうあるけれど、個人の愚痴という程度で社会批判になっていない。時代の流れを俯瞰して見る目がなくて、なぜブラック企業が野放しで人権侵害が起きるのか、なぜ日本人は過労死するまで働くのかという政治経済の問題意識が希薄で、深刻な問題に向き合おうとする切実さが乏しいし、香港のデモの参加者のように自身のアイデンティティを保つために理想を希求する力がない。YouTubeに在日黒人のインタビュー動画がたくさんあるけれど、たいていの黒人は日本は差別がなくていい所だよということを言っている。この本の177ページに道端で大声で話していただけの少年が白人警官に射殺されたエピソードがあるけれど、黒人が公民権運動をして苦労して権利を勝ち取ったアメリカでは未だに黒人差別があって黒人だというだけで白人警察官に射殺される危険があって、今のアメリカは未だに100年前と同じ黒人差別をやっている一方で、アメリカに戦争で負けた日本のほうが肌の色の差別が少なくて安全で住みやすいというのは皮肉な話である。数十年後には日本は移民国家になっているかもしれないけれど、日本人が理想をなくしたとしても、日本に来た移民が理想を叶えられるなら日本の未来にもまだ希望があるのかもしれないし、成熟して老朽化しつつある日本の純文学の復興があるとしたら、それを書くのは真善美の価値がわからなくなった日本人でなくて新天地に理想を求めてやってきた移民なのかもしれない。★★★★☆黒人のたましい (岩波文庫) [ ウィリアム・エドワード・バガード・デュ・ ]
2019.10.19
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読者を意識した小説の書き方について解説した動画をアップロードしました。作者が書きたいことを書くだけでなく、その作品は誰にとって面白いのかということを意識して書かないと、娯楽としては売り物にならないです。文章が下手ななろう小説でも特定の読者層には売れるように、対象の読者層に作品が読んでもらえるなら内容がなんであれ小説としては成功したといえるので、小説をうまく書けるようになることよりも読者の嗜好をどれだけ理解できているのかということのほうが名を上げたいアマチュア作家には重要だと思います。
2019.10.13
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