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ノーベル賞経済学者のアンガス・ディートンは学歴による生きがい格差がアメリカの白人労働階級の絶望死を招いていると分析していて、非大卒の良い雇用は減り続けて、賃金の中央値は半世紀以上も下がり続けて、1990年代後半以降は学士号を持たない人の薬物、自殺、アルコール性肝性疾患の死亡率が上昇しているそうな。日本でも若者の間で親ガチャという言葉が使われるようになったように、子供が親の文化資本を引き継げないと塾に行けなかったり大学に進学できなかったりして努力では覆せないほど格差が拡大している。というわけで我々はなぜ学習する必要があるのか、なぜ学歴がないと生きがいがなくなるのか考えることにした。●学習とは何か学習とは心理学では経験によって行動が変容することを指す。昭和の詰め込み教育のように事典やパソコンで調べればわかる単なる情報を大量に暗記するだけで行動や価値観が変化しないのはよい学習とはいえない。単に知識を増やすのでなく、その知識で新しいことができるようになったり思考や行動が変わることがよい学習と言える。例えばパソコンが発明されても誰も使い方がわからなかったら役に立たないので、使い方を学習する必要がある。学習してパソコンが使えるようになると、仕事の仕方とかの行動が変わる。そうしてパソコンで作業が効率化したのが標準になると、パソコンの使い方を学習することが前提の社会が出来上がって、学習しない人は社会に必要とされなくなる。それゆえに先進国であるほど賃金が高い仕事に就職するためには様々な学習をしたことを証明するための学歴が必要になって、学習内容が増えていくほど教育費が高額になって、貧困層の子供は学費がなくて進学できないので低賃金の仕事にしかつけなくて格差が固定化して、低賃金だと恋愛ができなくて雇用が安定しなくて家も車も買えなくて医療も受けられなくて常に不安にさいなまれて、昔の人のような質素かつ幸福な生活は成り立ちにくくなる。体に問題がなくても学習能力が社会が要求する水準以下の人が知的障碍者として障害扱いされているように、現代社会では学習能力が低い人を戦力外として労働から疎外するシステムになっている。それゆえに学習能力の高低がそのまま幸福度の高低につながって、学歴がない人は将来を不安に思うようになって自尊心を持てず、勉強ができない子供は社会に出る前から絶望して自殺したりする。・学習と学問の違い高校までの授業では歴史的・科学的コンセンサスとして正答とされている知識を学習する。それに対して大学の学問だと、正答がない物事を議論したり研究したり実験したりして世界の真理や問題の解決策を見つけようとする。過去の正答を学習するだけでは文明を維持することはできてもそれ以上の発展は望めないし、気候変動や新種のウイルスとかの未知の出来事に対処できなくなるので、学習は学問をするための前段階の基礎知識として必要である。●いろいろな学習の仕方・先達から学習する芋を洗う猿が一匹いたら他の猿が真似をして群れ全体で芋を洗うようになったように、上手くやっている人の思考や行動を観察して手本にして真似するとうまくいくようになる。学校の授業では教科書という知識の手本があるし、仕事では業務のマニュアルという手本がある。手本にどれだけ近づけるかで学習度を測ることができる。・失敗から学習する失敗は直接正解を示すわけではなくても、なぜそれではだめだったのかという失敗の原因の分析に役立つし、消去法で失敗したやり方をなくしていけば上手くいく可能性が高くなる。歴史は有史以来の経済の失敗や外交の失敗や人間関係の失敗とかの膨大な失敗のアーカイブなので、歴史から学べることが多い。失敗を失敗として認識できずに同じ失敗を繰り返すのは阿呆である。自民党や財務省は不況時に消費税増税をしてデフレを深刻化させて欧米が経済成長する中でセルフ経済制裁状態にして日本を没落させたのに、学習能力がないのでいまだに不況中に無理やり増税したがるプライマリーバランス均衡論者がいて失敗を繰り返そうとしている。橋本龍太郎は死ぬ前に消費増税を後悔したそうだけれど、自民党の議員がその失敗から学習しないのでは無駄死にである。・繰り返して学習する新しいことを一回で覚えるという事はあまりなくて、人間は成功体験を繰り返して脳のニューロンを接続するシナプスを強化することで学習する。繰り返して学習することを練習という。例えば体操選手が新しい技を覚えるときは何度も技に失敗しながらたまたま上手くいったときのイメージを覚えて、そのイメージの再現率を高めるように同じタイミングで同じように力を入れたりしてイメージとのずれを修正して体に動きを覚えさせていって、ようやく新しい技が使えるようになる。単純な知識も繰り返しで学習できて、12回同じ言葉を繰り返すと脳にシナプスができて短期記憶に残るので、名刺の名前や電話番号などを覚えたいときは情報を繰り返してシナプスを強化すればよい。・継続して学習する人間の脳はただでさえエネルギーの消費が大きいので、無駄なエネルギーを使わないために普段使わない知識は重要でないものと脳が判断してシナプスが少なくなって思い出しにくくなる。大学受験のために英語を覚えても社会人になってから結局使わないまま忘れてしまうのでは学習した意味がないので、長期間継続して学習する必要がある。忘れたことを思い出すときにシナプス結合が強化されるので、学習したことを定期的におさらいすると過去の学習が無駄にならない。●学習を妨げる壁大勢の人が様々なことを学習すればどんどん社会が高度になって豊かになるけれど、学習が必要だとわかっていても学習を妨げる様々な障害があるので、社会はたいして発展しないでいる。・言語の壁移民は言語の壁が問題で高等教育を受けられなくて、簡単な指示通りに作業する単純労働しかできなくなる。アフリカの難民みたいにとりあえず先進国に潜り込めればいいやという考えで移民になっても現地の最底辺になるのであまり幸福にはなれない。それゆえに移民で成功を目指す人はまず言語の学習をする必要があるけれど、文化圏が遠くなるほど言語システムが変化して学習の難易度が変わる。・テクノロジーの壁現代社会は様々なテクノロジーの上に成り立っている。パソコンを使えない人はネットで情報を検索したりZOOMを使ったオンライン授業を受けたりすることもできないので、まずはパソコンやスマホなどの電子機器の使い方から覚える必要があるけれど、電子機器は操作が複雑で機種やアプリごとに設定が違っていて、そこでつまづく人がいる。最近の学生はフォルダやディレクトリという概念を知らなくてデータの保存場所を理解していないというニュースもあった。・資金の壁医学などの一部の分野は学習のために高額な資金が必要になるので、資金がない人は適性があっても学習をあきらめてしまう。スポーツでもゴルフやフィギュアスケートやモータースポーツはプロになるまでの学習に多額の費用が掛かるので競技人口が少ない。・知能の壁知能には個人差があるので、学習したくても難しくて理解できないことがある。例えば数学は代数を使った抽象的な計算をするので、数学の適正がない人には何がどうなっているのかさっぱりわからない。養老孟司がなんかの講演で言っていたのだけれど、a=bという式で、a=bならbをaと書けばいいしbはいらないじゃないかと考えて数学につまずく人がいるそうである。・時間の壁一日は誰でも24時間しかないので、学習したいことがたくさんあっても全部を学習できるわけではない。大学院レベルの研究とか新しいプログラミング言語の習得とかの専門性が高い知識は時間をかけて専門書を何冊も読めば学習できるとしても、日々の仕事や育児や介護が忙しくて勉強のための時間が捻出できない人は学習をあきらめることになる。子供は時間の差が出やすくて、通学に自転車で片道一時間かかる田舎の子供と通学に電車で20分しかかからない都会の子供では一年に自由に使える時間が数百時間違うし、3月生まれと4月生まれでは同じ学年でも数千時間分の発達の違いがあるので、習熟度に差が出る。企業だとサラリーマン経営者がすぐに成果を出すことを求めて研究開発部門を削減したり、即戦力の派遣や外注に頼って長期の人材育成をしなくなったりして、学習に時間をかけなくなって競争力をなくして衰退している。・集中力の壁集中力は個人差があるし、環境や体調でも集中力が左右される。例えば自宅に自分の部屋がなくて兄弟が騒いでいてうるさい環境の子供だと集中できないので学習がはかどらなくなる。貧困層だと栄養が足りなくて集中力がない場合もある。花まる学習会代表の高濱正伸は、成功した人はみな没頭力があって、子供の頃に親に放っておかれて口出しされずに石ころ集めとかをして自分だけの時間を過ごした人は没頭力が高くなるということをグロービス経営大学院の堀義人との対談で言っていた。子供の時に親が過干渉だと集中力が低下すると思われる。・毒親の壁子供が自分よりも賢くなるのが気に入らなくて子供の勉強や進学を邪魔したり、女性に学歴は必要ないといって学費を出さなかったり、子供を手元に置きたがって進学に反対したり、東大に行かないと価値がない落ちこぼれだと罵るようなエデュケーションハラスメントで子供の心を壊したりする親がいる。こういうのが親ガチャのハズレと呼ばれる類の毒親である。大学の費用は年々高くなっていて未成年が毒親を捨てて自力で学費を稼いで進学するのは難しくて、毒親の元に生まれてしまったら教育を受けにくくなる。・宗教の壁たいていの宗教は科学が発達するまえにできたので、世界や人類の成り立ちとかの説明が科学的に間違っている。宗教と科学の矛盾に直面したときに、信仰心が高い人は宗教的な解釈を優先して、進化論や地動説とかの科学的知識を学習しなくなる。イスラム教みたいに改宗できない宗教もあるので、宗教的な価値観が親に刷り込まれると学習で修正するのが難しくなる。信仰心が薄くて仏教や神道の教義の制約がない日本や無宗教の共産主義の中国では科学の発展をそのまま受け入れる土壌があるがゆえに科学技術の学習が進んでいるといえる。・常識の壁天動説やうさぎ跳びのトレーニングみたいに世間の常識が科学的に間違っていることが判明することはしばしばあるのだけれど、中途半端に教育を受けた人はそれまでの常識を信じて、自分が間違っていたことを受け入れられなくて新しい学説を学ばなくなる。例えば赤字は駄目で借金はちゃんと返さなければいけないのは常識だけれど、日本の国債は自国通貨建てで90%以上が国内で買われていて戦争や災害で供給能力が失われない限り財政破綻することはないのでインフレ率の許容範囲内で赤字国債で財政出動してもよいし早急にプライマリーバランスを黒字化する必要はないということを政治家が勉強して与党も野党もデフレ脱却とコロナ禍の経済立て直しのために当面のプライマリーバランス規律凍結を主張するようになって、その一方で知識のアップデートをしていない政治家や経済評論家はいまだに古い常識にとらわれて日本は借金を返せなくて円の信用が落ちて破綻すると言っている。親ガチャを否定する人は努力が足りないのを親のせいにするなというけれど、こういう人はサンデル教授が言うような能力主義の傲慢なエリートである。これらの壁がひとつだけなら個人の努力でなんとかできるかもしれないけれど、貧困層には複数の壁があって学習が困難になる。例えばアフリカからEUに移民したスワヒリ語しか話せないイスラム教徒の娘で移住先の言語が分からないうえに金がなくてスマホも使えなくて父親に学校に行くのを反対されて宗教的な価値観が刷り込まれていたら個人の努力ではどうにもならないので、行政が学習を支援しないといけない。●教育は個人資産なのか社会福祉なのか資本主義では親が金持ちなほど子供によい教育を受けさせることができるし、大学に定員があるので競争が激しくなるほど学費が高騰して学歴格差が広がっていく。例えばハーバード大学の一年間の学費が67580ドル(約740万円)で、庶民は奨学金をもらえるほど優秀でない限り金銭面の問題で進学できないので、入学するのは裕福な家庭の子供だらけになる。中国やインドやアメリカみたいに人口が多い国ほど多様な才能のプールがあるけれど、格差が固定化して教育を受けられない人が多くなると才能がある人が世に出にくくなって人口が多いことのメリットが少なくなる。広い畑があっても肥料を蒔く場所が偏っているようなもので、それでは畑全体の収穫は少なくなる。アメリカはラップやブレイクダンスやグラフィティなどの黒人のストリートカルチャーが発展したけれど、それは才能があっても学校で芸術の高等教育を受けられなかった人が大勢いたということでもある。芸術やスポーツでは教育を受けていなくても非凡な才能を示すことがあるけれど、科学技術の教育には正しい知識を教えられる教授や研究設備が必要なので高等教育を受けないと才能が開花しない。こうして才能が取りこぼされて貧困で無教養なまま単純労働で沈んでいくのが資本主義が進んで格差が拡大して固定化した現代社会の問題である。日本は高度経済成長で中間層が厚くなったがゆえに子供の大学進学率を高くできたのに、金儲けに目がくらんだ政財界が新自由主義にかぶれて発展途上国と低賃金競争をして就職氷河期世代の大卒を派遣やバイトの単純労働で使いつぶして研究開発費や目先の人件費を減らして没落する道を選んだ。人口が多い国で格差があっても政権や企業の運営に必要なエリートは十分確保できるけれど、人口が少ない国で格差があると競争が少なくなってエリートの能力が落ちて国際的な研究開発競争についていけなくなる。2010年代には東大生に20年前と同じ問題をやらせたら正答率が落ちたとかでレベルの低下がちらほら言われるようになって、林修は東大生の中下位層のレベルが落ちていると言っているし、東大生の就職先で外資コンサルが人気になって官僚の人気がなくなったことでキャリア官僚のレベルも下がって官僚の給付金詐欺事件も起きた。高等教育を受けていない外国人実習生を増やしたところで研究開発には役に立たないので、非熟練労働者の移民では人口は増やせても生産性は上がらない。それゆえに国家を発展させるためには少子化と格差の問題に同時に取り組まないといけない。自民党のこども庁構想は縦割りの子育て支援を一本化するだけで格差問題を解決する気がないので、少子化対策としては不十分である。安宅和人が「シン・ニホン」で日本はICTやデータプロセシングで世界と勝負になっていないといっているように、少子化が進行して労働人口が減少してから慌てて人材が足りないと言い出して新卒だけ教育しようとしてももはや手遅れだし、45歳定年を言い出す企業が出てきたように働き盛りで退職した人を活用する必要もあるので、子供の教育だけでなくて現役の労働者をどうやってさらに学習させて高度人材として活用するのかという視点ももたないといけない。私は社会に高度な教育が必要とされている以上、教育は個人資産として家庭に任せずに社会の維持に必要不可欠な福祉としてとらえて、国営の通信教育を無償化するべきだと思う。全国どこでもインターネット環境さえあれば小学校から大学までの授業を履修できるようにすれば、進学できない貧困層やいじめや病気とかで教育の途中でドロップアウトした人でも努力に応じた学歴を身につけられるようになる。放送大学を無償化してテレビだけでなくてオンラインでも授業できるようにサーバーを増強するくらいならたいして予算も必要ないだろうし、貧乏でない人は普通に進学すると思うので、放送大学を無償化しても他の大学の入学者数に影響は出ないだろう。職業訓練も失業者だけが受講するのでなくて座学は誰でもオンラインで受講できるようにすれば就業率も上がるかもしれない。普段から国営オンライン授業の体制を整えておけば、コロナで看護師や保健師が足りなくなったように特定の業種で人手不足になったときに一時的に専門学校の授業料を無償化してオンラインで全国どこでも無料で授業を受けられるようにして人手不足が解消できるかもしれない。このように知識を社会共有の文化資本にして修正資本主義的に教育格差を緩和すれば、個人資産の有無で知識差が出にくくなって貧困層の底上げになって、それが就職率や起業率の増加につながってやがて国家全体を富ませて国民の幸福度を上げることになると思う。資格ビジネスみたいに特許や著作権で保護されているわけでもない平凡な知識を利権化して独占したところでそこから得られる利益や社会への恩恵はたいしたものではないので、英語やパソコンの使い方やビジネスマナーや衛生管理や民法などの現代社会の基礎知識と呼べるような知識は全部無償でネットで公開すればよいし、大人数が受講するオンライン授業を国営で無償化しても英語学校とかパソコン教室とかで丁寧な個人指導を受けたい人はいるだろうからあまり民業圧迫にはならないと思う。ちなみに私が小説の書き方講座としてYouTubeで動画を無料公開しているのも同じ考え方で、文学理論を知らずに見よう見まねで小説を書いている層の技術的な底上げになるかもしれないと思っているのでやっているので、小説を書いてみようかなと思っている人はチャンネル登録をするとよいですよ。
2021.09.25
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最近はポケモンカードの値上がりに投資家や転売屋が目を付けて秋葉原のヨドバシカメラに大人が行列を作っていたのが話題になったように、現代は子供だけでなくて大人も子供向けコンテンツにはまるようになっている。というわけで子供向けコンテンツについて考えることにした。●子供向けコンテンツの役割大人は自分の価値観を元にして芸術を鑑賞をする。その一方で、人生経験や知識が乏しい子供は判断基準をもっていないので、作品の内容を鵜呑みにしてしまう。それゆえに子供向けコンテンツは単に面白ければよいというものではなくて教育としての役割を担っていて、勇気や優しさや努力や協力などの社会的に好ましい価値観や社会の仕組みなどの良識を子供に教える内容になっている。性的なものや暴力的なものはレーティングで年齢制限されて、子供の発達段階に応じてふさわしいコンテンツが提供されるようになっている。文字を覚えていない児童には絵本で文字と意味を教えたり、喧嘩したら謝るとかおもちゃで遊んだら片付けるとかの様々なシチュエーションを展開して社会の慣習を覚えさせたりして、文字を覚えた小学生は漫画やアニメやゲームなどのストーリー性があるコンテンツを消費するようになって、ある程度社会常識を身に着けた中学生や高校生は恋愛や冒険や戦闘などの大人っぽい要素があるコンテンツを消費するようになる。●良い子供向けコンテンツの特徴・歴史や伝統を受け継ぐ現代に伝わっている昔話はたいてい江戸時代や明治時代頃に創作されたりしたものだけれど、山で芝刈りだの川で洗濯だのと昔の生活の様子を伝えている。童謡は明治時代に教育目的で作られたものが多いけれど、日本音階が残っている。これは日本人としてのアイデンティティの形成に役立つ。・現実世界に興味を向けさせるコンテンツ内で完結せずに、そこから現実世界に興味を持たせて子供の行動や成長につながるのがよいコンテンツと言える。例えば『ムシキング』とかの実在の昆虫をテーマにしたゲームは、現実世界の昆虫採集や自然観察にも興味を向けさせる可能性がある。宮崎駿は『となりのトトロ』で子供たちに現実世界に興味を持って外で遊んでほしかったようだけれど、逆に子供たちは家でトトロのDVDを見るようになってしまってうまくいかなかった。現実世界の森にはトトロがいないし都会には大きな森がないので、子供たちが外で遊ぶ動機付けとしては失敗したのかもしれない。・依存させないたいていの大人は子供の頃に読んだ絵本の内容を忘れているし、絵本を後生大事に取っておいたりしない。これはコンテンツに価値がないわけではなくて発達段階に応じたレーティングがちゃんと機能している証で、歳をとって成長するほど幼稚なコンテンツに興味がなくなって執着しなくなる。例えば『アンパンマン』は一話ごとに完結していてストーリーの続きが気にならないし、キャラクターデザインもかわいくなくてグッズが欲しくならないし成長したときにアンパンマングッズを持っているのが恥ずかしくなるので、依存性がないという点でよいコンテンツである。『ONE PIECE』みたいに少年漫画なのに何十年も連載してキャラクターグッズを売ったり、『新世紀エヴァンゲリオン』みたいに何度もリメイクしたりして消費者を長期間依存させているのはだめである。・創意工夫させる『Minecraft』のようなサンドボックスゲームはストーリーやクエストがなくて、建物を作ったりして各自好きなように遊んでいて、創意工夫することでデザインの能力や発想が鍛えられる。●悪い子供向けコンテンツの特徴・変な価値観を刷り込む絵本作家ののぶみは母親の承認欲求をターゲットにして子供の不安を煽る内容の絵本を作っていて、子供のトラウマになったと母親から批判されている。親が死ぬ話とかの子供の発達水準に合っていない内容を刷り込むのは子供向けとしては不適切である。・過去作品を改変する昔話は現代と価値観が違って暴力的だという理由で、例えば桃太郎が鬼を倒さずに話し合いで解決するように改変される場合がある。ディズニーとかの昔の作品のリメイクでもキャラクターがLGBTとかの多様性に配慮して大幅に改変される場合があって、最近だと「チップとデールのパークライフ」でセクシーで女性らしいクラリスがモヒカンに改変されたそうな。作品は作られた当時の時代背景を表すからこそ時代を経ても鑑賞する価値があるわけで、過去作品が気に入らないなら改変せずにオリジナルの別の作品を作ればいい。・子供の経験を先取りする自分でやってみて考えたり失敗から気づいたりすることが子供の成長には重要なので、何でも正解を教えればよいというものではない。子供に考える時間を与えずに正解を提示してしまうと、自分で現実世界を探索していろいろな新しい物事を体験したり発見したりする動機付けがなくなってしまう。・創意工夫の機会を奪うおもちゃを買ってもらえない子供がYouTubeで他の子供がおもちゃで遊んでいる動画を見て代償行為として満足しているけれど、本来はおもちゃがないのなら自分で創意工夫して遊びを見つけるべきである。子供は放っておけば一人で遊びだすもので、トランプが一組あればいろいろなゲームができるし、粘土でサイコロを作ってチラシの裏にすごろくを書いて遊ぶこともできる。子供の頃からYouTube漬けになると、誰かに与えられるのを待ったり誰かを眺めたりするだけで自分で行動しようとしない傍観者のような人生になりかねない。コンテンツ漬けになって自分で創意工夫しなくなるのは精神的肥満とでもいうようなものである。・欲を煽る子供は脳が未発達なので、欲を制御するのが難しい。それゆえに欲しいものが手に入らないことがストレスになって、買って買ってと泣きわめきながらだだをこねたりする。トレーディングカードゲームのオリジナルパックを数十万円分開封する動画やソーシャルゲームのガチャを数十万円分回す動画みたいに子供の欲を煽るコンテンツは欲しいものが手に入らないストレスを増大させてアノミー的自殺につながりかねない。・著作権を侵害するキッズ系YouTuberと呼ばれる子供向けの内容にコンテンツを絞っている人はアンパンマンやリカちゃん人形とかのおもちゃで寸劇をして大儲けしている。こういうのはおもちゃの人気に頼っていてクリエイター自身にはオリジナリティがないし二次創作で金儲けするのは著作権侵害だけれど、幼児はコンテンツの良し悪しを見抜けないので質の悪いコンテンツを作る素人でも金儲けできるわけである。こういう低品質なコンテンツを子供に見せるのは子供のおやつに中国産ドッグフードを与えるようなもので、YouTuber任せにせずに親がまともなコンテンツを選択して子供に与えるべきである。●なぜ大人が子供向けコンテンツを消費するのか子供向けコンテンツを大人が鑑賞していけないわけではないけれど、いい歳をして子供向けのものに夢中になっている幼稚な人とみられてしまう。ではなぜ大人が子供向けコンテンツを消費しているのか。・子供時代のやり直し親にゲームを買ってもらえなかったり勉強漬けで同級生と遊ばせてもらえなかった子供が大人になってからオンラインゲームにはまって廃ゲーマーになったりするように、子供の頃に遊べなかった欲求不満を大人になってから解消するパターンがある。・所有欲を満たす駄菓子を箱買いするのが大人買いと呼ばれるように、子供向けのものはたいてい子供の小遣いで買える程度の安い値段なので、大人の財力だと大量に買えて満足度が高くなる。子供向けのアニメや特撮ヒーローとかはコンテンツ自体はテレビで無料で見れるのでおもちゃで稼ぐビジネスモデルなので、安くて高品質なおもちゃやキャラクターグッズが多い。ガンダムのプラモデルを組み立てないまま買い続ける人は、おもちゃとして組み立てて遊ぶよりも好きなものを大量に所有することが目的になっている。子供向けコンテンツはキャラクターグッズが充実している一方で、大人向けコンテンツはキャラクターグッズがないので、作品を鑑賞したらそれで終わりで、子供の頃からコンテンツを見てグッズを買うのが慣習になってしまっている人は所有欲が満たせないと物足りないのだろう。・子供相手に承認欲求を満たすe-sportsだと反射神経が優れている子供が有利だけれど、トレーディングカードゲームだと金があってレアカードをたくさん持っている人が強いので、子供はどうやっても大人に勝てない。大人がレアカードをたくさん持っているとスゲースゲーと子供たちが群がってくるので承認欲求を満たせる。あるいはゲームで生意気な子供をぼこぼこにして泣かせて俺ツエーしている大人げない人もいる。・子供相手に金儲けするゲーム実況は子供に人気で、子供はゲーミングPCを買えないし配信用のソフトの設定も難しくてできないので、大人がマインクラフトで鬼ごっこをするような知的レベルが低いゲーム実況がビジネスとして成立している。あるいは親子でゲームをする様子を配信して金を稼いでいる人もいる。・子供向けコンテンツが大人も楽しめるくらい高品質になっている昔の子供向けコンテンツはしょせん子供向けということでシナリオやキャラクターが雑で、初代ガンダムが納期を守るために質を犠牲にして作画崩壊したりクソゲーが粗製乱造されてアタリショックが起きたりしたけれど、最近は創作技術が進歩したり作品の寿命が長くなってシリーズ化したりして、そのぶんシナリオやキャラクターがしっかり作り込まれている。仮面ライダーとかの特撮は若手イケメン俳優が主役をやるようになって母親にも人気がでたそうな。任天堂のマリオを冠した作品は看板作品だけあってゲーム性が高くて年齢を問わずに楽しめるゲームになっていて、例えばマリオのステージを作れる「マリオメーカー」は子供の頃にマリオで遊んだ世代が大人ならではの凝った設計をしたステージを作っている。マーベルの映画はスーパーヒーローが悪者を倒す子供向けのコンテンツでストーリーはちょっと幼稚だけれど、CG技術が発達したことで大人でも面白く感じるくらい戦いの演出が派手になっている。・理想の大人像がなくなって大人が幼稚になった芸能人はその時代の理想の人間像を表すもので、昭和の頃の大人像は石原軍団の俳優が典型的で、トレンチコートを着てサングラスをかけてバーでマッカランを飲んでる感じで芸能人にサブカル臭がなくて、漫画やアニメやゲームは子供っぽいオタク趣味という扱いだった。しかしオタクが経済力を持つようになるとアイドルとかがオタクに媚びるようになって、今どきの芸能人はインタビューで趣味を聞かれて漫画やアニメやゲームが趣味だと答えたり、人気のアニメのコスプレをしたりしている。大人は幼稚な趣味にうつつを抜かさずに仕事に専念して政治経済や天下国家を論じるというかっこいい理想像がなくなって、漫画やアニメやゲームなどの子供の頃の趣味を大人になってからも続けることが恥ずかしいという感覚がなくなったのだろう。逆に政治の話をすると右翼や左翼とレッテルを貼られて変な人みたいな扱いをされて大人が幼稚化して、世間知らずなおバカタレントは幼稚でかわいいものとしてもてはやされている。もはや幼稚な大人の崇拝の対象が芸能人である必要もなくなって、子供っぽく騒いでゲーム実況をするVTuberに人気が移っている。小説や映画といった大人向けのコンテンツが衰退したのも、社会全体で大人が幼稚化していくなかでクリエイターも客も幼稚になったのが原因かもしれない。異世界転生のなろう小説や漫画原作の映画とかの幼稚なコンテンツはヒットしていて、売るためには客に合わせて幼稚にならないといけないという負のスパイラルになっている。●コンテンツの精神年齢をあげるにはどうすればいいのか私は大人が子供向けコンテンツを消費するのは個人の自由なので好きにすればよいと思うけれど、大人向けコンテンツが幼稚化しているのはなんとかしないといけないと思う。例えばよい恋愛ドラマは現実世界で恋をしたがる人を増やすけれど、異世界転生してモテモテになってハーレムを作るというのではご都合主義の現実逃避で現実世界で異性を理解して恋愛する動機付けにはならない。よい料理ドラマは行ったことがない飲食店を開拓したり作ったことがない料理を作ってみる動機付けになるけれど、異世界のレストランが繁盛する話だと現実世界に目を向ける動機づけにならない。それでは大人が成長する機会がなくなってしまう。ではどうすればコンテンツの精神年齢をあげることができるのか考えてみる。・哲学的要素を入れるコンテンツを消費して終わりでなくて、主人公の決断は正しかったのか、主人公はどう行動すればよかったのかと消費者が自分で考える部分があれば精神的成長につながる。・教育的要素を入れる大人でも政治経済について知らないことはたくさんあるので、新しい法律や条約で生活がどう変わるのかとか、マーケティングをどうするべきかとか、物語仕立てで社会の仕組みを学べるようにすると大人が楽しめるコンテンツになる。・メンターを出す異世界転生ものみたいに最初から主人公が最強で最高のリーダーという話だと主人公の成長がないけれど、主人公よりも優れた理想のメンターを出すことで消費者は主人公と一緒に成長することができる。例えば『鬼滅の刃』だと正義感があって面倒見がいい煉獄杏寿郎がメンター役として未熟な主人公の成長を導いた。『スパイダーマン:ホームカミング』だと常識がある大人のトニー・スタークが未熟な若者のスパイダーマンを責任感があるヒーローに導くメンター役をしている。大人でも傷病老死の問題で悩んでいるので、メンターがいると大人の成長につながる。・古典を引用する古典や伝統文化を引用するとコンテンツの知的水準が若干あがる。ただし古典だからといって正しいことを書いているわけでもないので、むやみに引用すればよいというものでもない。・社会問題をテーマにする社会問題をテーマにすると大人向けのコンテンツになる。例えばジャムおじさんにパンをもらったアンパンマンがおなかをすかせたカバオにパンをあげて意地悪なバイキンマンを殴る話は子供向けの幼稚なコンテンツだけれど、父親を介護しながらパン屋で働く独身のおっさんがネグレクトされた母子家庭の子供にパンをあげてDVする元夫を殴る話にして介護や貧困や児童虐待やフードロスをテーマにすると、プロットの構図は同じでも大人向けのシリアスなコンテンツになる。というわけで子供向けコンテンツも大人向けコンテンツも低品質なものがあふれているので、もっと質が高くなってほしいものである。
2021.09.17
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最近は独身研究家の荒川和久が2015年の生涯無子率は男35%、女25%というデータを出して、子供がいる人生は当たり前ではないというのが話題になっている。2020年の出生数は84万835人でもうじき80万人を割り込む見込みで、その一方で児童虐待の相談件数は年々増えていって2020年は初の20万件超だそうで、自民党の政策で社会が壊れていくしわ寄せが少子化や児童虐待や自殺という形で出ている。マルサスの『初版 人口の原理』を読んだ時も少子化について考えたのだけれど、重要な問題なのでまた考えることにした。●反出生主義とは何か反出生主義とは生きていれば何かしら苦痛を感じるので、生まれなければ苦痛を感じずにすむので子供を産まないという思想で、人間や自分が生まれたことを否定する思想と、人類を新たに生み出すことを否定する思想の二種類がある。子供が不幸になるのは親の倫理的な責任なので、不幸になる可能性が高い子供を産まないことで責任を回避するわけである。なんで反出生主義のような考え方が出てきたのかというと、昔よりも子供の人権を重視するようになってそのぶん親の責任が大きくなったことと、技術が高度化したぶん高等教育をうけないと社会に必要とされなくなるなかで努力では覆せないほど経済格差が拡大したことと、避妊具やポルノなどの子供を作らずに性欲を解消する手段が増えたのが原因だろう。世界で格差が拡大する中で、物心ついたときには自分が置かれた状況が努力ではどうにもならない無理ゲーだと理解できるようになって若者が早い段階で恋愛や結婚をあきらめてしまって、人間にとって生まれないことが一番の幸福だというSFのディストピア的な反出生主義が現実世界でも広がりつつある。本能的に生殖が快楽と結びついているのでコンドームがない時代は快楽に負けて生殖して子供が増えていたけれど、現代では避妊で生殖と快楽を切り離すことができるので、子供を作らない生き方ができるようになったのが特に影響が大きい。DINKsは経済的な理由で子供を作らない人が多いようで、DINKs以外の共働きで子供をつくらない人は晩婚化で子供がほしくて不妊治療しても妊娠できないという理由が多いようで、倫理的な理由で子供を生みたがらない反出生主義とは違う。単に子供の数が増えて少子化が解決すればよいかというとそうではなくて、不幸な人が増えるのでは社会としては意味がない。例えば子供を産んで虐待するような親よりは子供を産まない人のほうが倫理観が高いといえるし、社会の不幸を減らしている。反出生主義はテロで社会を破壊するのとは違って、不幸になる可能性が高い社会に平和的に抗議しているといえる。●少子化の原因は何か子供を産まない人が全員反出生主義というわけではない。ではなぜ結婚せず子供を産まないのか。・男性の年収低下と女性の上方婚志向現代ビジネスの「格差拡大、貧困増大…それでも「若者の生活満足度」が高いこれだけの理由」という記事によると、統計数理研究所が実施している「日本人の国民性調査」で親ガチャに失敗して努力しても報われないと諦観を持つ人が若い男性で増えているそうな。長引く不況で男性の年収が下がる一方で、女性は上方婚志向で年収〇万以上で高学歴で身長〇センチ以上で禿げデブでなくて長男以外、というように条件をはっきり示している。男性は容姿や年収で早い段階で自分は女性の結婚対象からはずれているとわかってしまうし、既婚者の話を聞いても趣味ができなくなったとか小遣い制になったとかで結婚が良いものとは思えないので、努力してまで結婚しようという気がなくなる。歌舞伎役者とか開業医とかは子供に家業を継がせるために結婚したがるだろうけれど、家業がないサラリーマンは結婚を急ぐ理由もない。男性が結婚に乗り気でない一方で、女性は条件を吟味するうちに高齢になって条件が合う男性がいても相手に選ばれなくて未婚者が増えたり、結婚しても高齢で妊娠しにくくなったりする。・女性の社会進出と低賃金貧乏な発展途上国で出生率が高いから収入と出生率は関係ないし貧乏なほうが子供が増えるという人が5ちゃんねるにしばしばいるけれど、そういう人は発展途上国ならではの事情を見落としている。たいていの発展途上国は宗教の影響力が大きくて避妊や中絶を禁止していたり、あるいはイスラム原理主義のように女性が強制結婚させられて教育を受けられないまま就労を制限されて家事と育児をやらされたりして、女性の人権が守られていない。女性の人権を無視して産む機械として扱って避妊や中絶や労働を禁止したりすれば子供を増やすことはできるだろうけれど、男女平等を掲げる先進国でそんな政策をやるのは論外である。子供を増やすために人権を侵害して不幸な人を増やすのではよい社会とは言えない。日本だと女性が社会進出しているけれど男性よりも収入が低いし、共働きでないと生計を立てられない中で女性が仕事を休んで子供を何人も産んで大学に行かせるほどの余裕がない。・子供を産んだところで十分に教育を受けさせられないマネーポストWEBの「学歴による社会の分断 「日本人の3人に1人は日本語が読めない」調査結果も」という記事だと、以下のデータをあげていた。【1】日本人のおよそ3分の1は日本語が読めない(正しく読解できない)【2】日本人の3分の1以上が小学校3~4年生以下の数的思考力しかない【3】パソコンを使った基本的な仕事ができる日本人は1割以下しかいない【4】65歳以下の日本の労働力人口のうち、3人に1人がそもそもパソコンを使えないたぶん日本語を正しく読解できなくて文章を読めない人が多いので、動画でべらべら喋って説明するメンタリストDaiGoやオリラジ中田やひろゆきとかの専門家が相手にしないような人たちが人気になったのだろう。文章を読むのは能動的な行為で読解に集中力が必要だけれど、会話を聞くだけなら誰でもできる。読解力がなくて本を読めないレベルの低学歴の人たちも動画で勉強できるようになったと考えれば悪いことでもないけれど、論文や報告書とかの長文が読めないと結局は専門性が必要なビジネスについていけなくなる。子供応援だよりの「一人の子どもの出産から大学卒業までの総費用」という記事によると、幼稚園から大学まで全部公立に行かせるので約3千万円、全部私立に行かせたら約4千万円かかるそうな。世間的に高収入と言われている年収1千万円くらいの人でも子供を私立に行かせて習い事をさせたらカツカツの生活になって二人目や三人目を産んで大学に行かせるのは無理と考えるだろうし、非正規雇用で共働きで生活するだけで精一杯という家庭では昇給やボーナスが期待できないので子供を産む前から子供を大学に行かせられないとわかってしまう。子供に十分な教育を受けさせられないと高学歴の人とは勝負にならないので成人した後に高収入を得る可能性はほとんどなくなるし、高収入を得られないとQOLが下がるし結婚できる可能性も低くなるし、子供が不幸になる可能性が高いとわかっているのでまともな親は子供を生みたがらない。というわけで子供は3000万円かかる贅沢品という扱いで、教育費を捻出できずに親として子供の教育の責任を果たせないのが原因で反出生主義的な考え方になる。中国も格差が拡大して教育費が高騰して少子化になっているので、共産党は教育費の負担を減らすという名目で学習塾を取り締まっている。・離婚率が高い日本の離婚率は約35%で、2019年の離婚件数は約20万9千件だそうな。中でも高知県や沖縄県や和歌山県の離婚率は約45-46%で、よくそれで地域社会が維持できるものだと思う。それにコロナ禍で収入が減って住宅ローンの返済に行き詰った人が8万人以上いるそうで、結婚して家を買った人でも家計の悪化に伴って夫婦仲が悪くなって離婚したりするし、片親だと世帯収入も減って子供を大学に行かせるのが難しくなって親の貧困が子供にも連鎖する。親の離婚を経験した子供は結婚したら幸せになるという幻想を持たなくなって結婚に消極的になるし、夫婦仲が悪くて家庭が崩壊していて親に虐待された人も家庭に幸福な幻想を持たなくなって結婚や出産に消極的になる。・東京一極集中と核家族化地方の生産性を上げるには高速道路や港や空港などのインフラに投資をしないといけない。しかし生産性が低くて少子高齢化している地域に投資してもしょうがないという逆のロジックで地方への投資が行われないので、地方は企業を誘致できないし、ろくに仕事がないので若者は都会に仕事を探しに行くしかなくなる。しかし都会は家賃が高い割に部屋が狭いし幼稚園に空きがないし核家族化で子育てに親を頼れないし子供の売春や夜遊びなどの誘惑は多いし治安が悪いし、あらゆる面で子育てする環境には向いていないので、親の負担が大きくて必然的に少子化になる。親が仕事で忙しくて子育てをする余裕がないと児童虐待やネグレクトなども起きる。内閣府が地方創生のために移住支援金や企業支援金を出しているけれど、条件が厳しい割には単身世帯は最大60万円で支援金額がしょぼいし、そもそも地方には介護とか農業とかのキャリアに合わない仕事しかないから大卒の若者が都会に行くわけで、政府が東京一極集中を解決しようという気がない。首都直下型地震が起きるかもしれないといわれているのに、首都機能移転でまったく進展がない。たぶん日本の政治家たちは低収入の高卒と老人だらけの地方都市が消滅しようがどうでもいいと思っているのだろう。日本以上に少子化が深刻化している韓国ではソウルへの一極集中が問題になっていて、財閥系企業以外にはろくに仕事がなくてチキン店を開業するか餓死すると揶揄されている有様で、熾烈な受験競争に勝って英語ができる優秀な人が韓国に見切りをつけて外国に逃げている。日本も格差が固定されていい就職先が縁故で占められて努力ではどうしようもなくなると韓国みたいになるかもしれない。・政治経済のリーダーの理念のなさこないだのメンタリストDaiGoのホームレスや生活保護の人への発言が典型的だけれど、理念のない金持ちは今だけ、金だけ、自分だけのことを考えて、生産性のない人や税金を払わない人は社会にいらないという考え方をする。税金を納めない中小零細企業は潰して統廃合したほうがいいというグローバリストや、LGBTは生産性がないとかいう人も同類で、こういう人は同じ国家の国民同士だという共同体意識がないので自分の基準に合わない人を排除したがる。企業なら優秀な従業員だけ集めればいい成果が出せるけれど、生産性が高くて役に立つ人だけが生き残ればいいという思想で社会を作ろうとすると、社会が分断されて荒廃する。それに資産数十億の金持ちが庶民の10倍子供を産むわけでもないし10倍優秀な子供が産まれるわけでもないので、格差が拡大して金銭的に結婚する余裕がある中間層が没落して余裕がなくなっていくほど子供が減って、多様な才能が減って社会が停滞して成長しなくなっていくのに、政治経済のリーダーが目先の利益を考えて未来の事を考えていない。小泉進次郎が「悲観的な1億2千万人の国より楽観と自信を持った6千万人の国の方がよっぽど強いと思う」と言ったけれど、悲観的な1億2千万人の国がこのまま衰退して人口減少したらさらに悲観的な6千万人のどうしようもない国になるだろう。優秀な人もそうでない人も健常者も障碍者も若者も老人も皆で一緒に良い社会を作るのが国家のあるべき姿だろうに、政治経済のリーダーが自分と仲間だけよければいいという拝金主義者や縁故主義者だらけなので、社会から疎外された人が落ちこぼれて子供を作らないようになって、最近は少子化なのに子供の自殺が増えているし、親子の無理心中事件もときどき起きている。政治家が政策を間違うと最初に弱者にしわよせがいくけれど、利権とコネで子孫まで安泰なリーダーたちは国が亡ぶ最後のときまで自分が路頭に迷うことはないので、社会が壊れつつあることに鈍感で危機感がないのである。●内閣府特命担当大臣(少子化対策担当)は何をしているのか政府はエンゼルプランや新エンゼルプランとして出産一時金とか待機児童を減らすとかの政策で既婚者の子育て支援をしている。しかし既婚女性の出生率を表す合計結婚出生率は1970年代からだいたい2ぐらいなので、結婚した人の支援をしてもたいして子供が増えることはない。既婚者を支援して合計結婚出生率を維持したところで総出生数が減ったら少子化対策として意味がないし、未婚者が結婚できるような政策や、シングルマザーが子供を大卒まで育てられる政策をやっていないことが問題である。自民党や財務省は財政均衡派が主流なので、若年層の雇用の不安定と貧困化が原因だとわかっていながら財源がないといって人口が多い氷河期世代を支援せずに世代ごと見捨てて、就職氷河期世代の女性が40代になってもう子供を産めなくなって少子化が決定的になって出生数が急減して、少子化対策が失敗したといえる。●なぜ人口減少の解決策は移民ではだめなのかイギリスはEU加盟中に移民が増えてアイデンティティの問題が起きて、ブレグジット後に移民政策を変えて非熟練労働者へのビザ発給を厳しくした一方で、熟練労働者の移民は歓迎してる。英語が使える熟練労働者は条件がいい欧米に出稼ぎに行って、日本の低賃金と労働条件の悪さはもう知れ渡っているしわざわざマイナー言語の日本語を覚えないと働けないので高度人材が来ない。景気が悪くなると解雇されて次の就職先が見つからないレベルの能力しかない非熟練労働者の移民を短期的な労働力目的で入れたところで、日本の経済成長につながるどころか治安悪化要因になる。自民党と経団連は人手不足を補うために移民の受け入れを推進してきたけれど、ブラジル人移民が無免許運転で死亡事故を起こして母国に逃げたり、ベトナム人移民が集団で農作物を窃盗したり、イスラム教徒が地蔵を偶像崇拝扱いして破壊したりして、移民が問題を起こしても呼び寄せた企業が責任を持たなくて地域住民が被害を受けている。移民の親についてきた子供への教育も不十分で日本語での勉強についていけなくて不良化していて、移民一世は低賃金でも母国よりはましなので就労意欲が旺盛なのに対して、子供は言葉が理解できなくて日本への共同体意識もなくて就労意欲が低いフリーライダーになりかねない。世界中の紛争はたいてい宗教と民族の違いが原因で起きていて、例えばユーゴスラビア紛争はボシュニャク人(イスラム教)、セルビア人、クロアチア人、アルバニア人(イスラム教)の自治政府の対立で起きた。他宗教他民族のインドもイスラム教徒のパキスタンとバングラディシュ(東パキスタン)が独立した。キプロス島という東地中海にある青森県くらいの面積しかない小さい島でさえ北側のトルコ系住民の北キプロス・トルコ共和国と南側のギリシャ系住民のキプロス共和国に分断されたまま何十年も経っている。アフガニスタンも多民族国家で、イスラム教の中でも多数派のスンニ派のパシュトゥン人のタリバンが少数派のシーア派のハザラ人を虐殺している。異教徒が少数派のうちはおとなしいけれど、ある程度人数が増えると宗教的価値観に基づく自治権を求めるようになる。左翼が話せばわかりあえるとか軍隊はいらないとかというのは平和ボケで現実を見ていなくて、話せばわかるなら紛争は起きないし、アフガニスタンでアメリカが撤退したとたんにタリバンがすぐに支配地域を広げたように、武力を前にしたら非武装の市民が何を言っても殺されるだけである。わかりあえないからこそ国境を作ってそれぞれの民族が価値観を共にする共同体を自治して武力で縄張りを維持しているわけで、言語や宗教が異なる民族を国内に増やすのは紛争の原因を作ることになる。移民がすぐに脅威になるわけでもないけれど、数十年後に日本が過疎化する中で離島や過疎地に移民の子孫が集結して乗っ取って自治権を求めて独立運動することだってありうる。すでに中国が沖縄独立を工作しているし、ロシアは北海道を狙って工作している。共同体意識がなくて安易に外国にかぶれる日本人には国を守る意識も文化や伝統を受け継ぐ意思もないだろうし、竹島や尖閣諸島の問題も解決できない自衛隊や政治家は国内で独立運動が起きても何もできないまま、日本という国家が分割されて小さくみすぼらしくなっていくだろう。100年単位のスパンで日本の将来を考えたら、日本語を学ぶ気もなくて日本の文化を尊重しない経済目的の移民を入れてうわべの人口を維持しようとするのは下策である。●私の意見私は社会は皆が幸福になるために存在するべきだと思うし、結婚して子供を産んで幸福になれる人は子供を作ればよいし幸福な人が増えるならそれがよいけれど、政治家や経営者の都合で経済規模を維持するために不幸な人をつくるくらいなら産まないほうがましだという消極的な反出生主義といえる。産めよ増やせよ地に満ちよと国家の繁栄のために個人の権利や幸福がないがしろにされて搾取されるような希望がない国で生まれたところで、そんな社会に誇りを持たないだろうし頑張る気も起きないだろうし、日本の少子化も将来不幸になる人が減ったという点では良いことだと思う。
2021.09.13
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毎年夏休み明けの9月1日に子供の自殺が増えると言われているけれど、今年は7月までに自殺した小学生から高校生が270人いて、子供の自殺者が過去最高だった去年を上回るペースなようで、特に高校生の自殺が多いようである。日本財団の若年層のコロナ禍における自殺意識調査だと、健康問題、家庭問題、経済生活問題が要因で15-19歳は3人に1人が本気で自殺したいと考えたそうな。コロナ禍で女性の自殺も増えていて、子供や女性といった社会的弱者がどんどん追い詰められているようである。というわけでこれについて考えることにした。●なぜ子供の自殺が増えるのか・教育の失敗と社会の崩壊教育の目的は国家や社会の形成者を育成することである。しかし学校は本来の目的を見失って受験勉強を教える場所になってしまって、どうやって社会を形成するのか、将来何の職業につくのかは個人に委ねられたままで、子供が十分に教育されていない。それゆえにやりたいことや目標がないまま、親に言われるがままに塾や習い事をやらされて勉強漬けになることに不満を持つ子供が出てくる。それに社会を形成しようにも社会に帰属する場所が十分にない。高卒や大卒の新卒でたまたま卒業する年に不景気で就職にあぶれたらろくな職歴がないので転職先も絞られて、薄給激務でやりたいこともやれないような底辺の人生になる。その一方で情報商材屋とか奇行で目立とうとするYouTuberやニコ生主とかの社会を形成していない虚業のインフルエンサーが成功者ぶって、子供はそんなのに憧れて、有名で金持ちでない人生は価値がない、無名で金がない自分はだめな人間だと思ってしまう。自殺した子供の遺書が公開されているわけではないので自殺の原因は不明なものの、新型コロナで親の仕事がなくなって両親が喧嘩して家庭の居心地が悪くなったりして、家庭に子供の居場所がなくなって孤独になったり不安を募らせたりしたのが影響しているようである。・親の価値観の押し付けで子供の逃げ場がなくなる目標を達成出来たらいいねという努力目標にすぎないのに、目標を達成できないのは失敗だ、100点以外は努力不足の怠け者だ、一等以外は価値がないとかのオールオアナッシングで物事を考えて理想像を子供に押し付けて教育虐待をする親がいる。親がこういう考え方だと子供の逃げ場がなくなって子供が潰れる。子供の自殺者の中では特に高校生の自殺が多いようだけれど、大学に進学できそうにない、働こうにも不景気の真っただ中で仕事もみつかりそうにない状況で親を頼れないと、社会に出たことがない子供はどうすればいいのかわからなくて不安だけつのらせて将来を悲観してしまうのだろう。●生きることと目標の達成のどちらを優先するのか・中国の寝そべり族の生存戦略中国では寝そべり族と呼ばれる若者が出てきて、彼らは苛烈な受験競争を勝ち上がっても朝9時から夜9時まで週6日(996)働いても家賃を払うのが精いっぱいで将来が見えなくて、「家を買わない」「車を買わない」「結婚しない」「子供を作らない」「消費しない」「頑張らない」という6つのやらないことを掲げる六不主義で、必要最低限だけ働いたらあとは金がなくなるまで寝そべって暮らしているそうな。日本の就職氷河期世代のサイレントテロみたいなものである。資本主義社会だと働かないことは堕落としてとらえられがちだけれど、生物学的にみるとなるべくエネルギーを使わないのも環境に適応した生存戦略である。熊は獲物がいなくなる冬は冬眠するし、動かずに擬態したり罠を仕掛けたりして獲物が来るのを待つだけの動物もいる。人間だと体力の限界までトレーニングするアスリートのほうが一般人よりも怪我や病気になりやすかったり、仕事を頑張る人がストレスで生活習慣病やうつ病になったり過労死したりする一方で、のんびりしていて平均年収が低い沖縄の人は長寿だったりする。毎日長時間デイトレしてコツコツ稼いでいる人が一発ドカンと大損して退場することもあるし、普段は様子見して相場が大きく動く時にしかトレードしない人が利益を上げることもある。長期的に見れば物事に熱心な人が有利とは限らなくて、最後に誰が生き残るかはわからない。個体が生き残ることを優先するのか、目標の達成を優先するのかで、生存戦略は変わってくる。戦争みたいに目標の達成のためにある程度死者がでるのを想定する場合もあるけれど、たいていの仕事には命をかけるほどの価値がない。新国立競技場で施工管理していた新入社員の男性が過労自殺したのとかは典型的で、あんなオリンピックのために命をかける必要はなくて、やってらんねーと退職して退職金代わりにマスコミに暴露ネタを売るくらい不真面目なほうが生き延びることができた。金持ちの利益を増やすために人生を不当に搾取されるくらいなら頑張るのをやめて無駄なエネルギーを使わないようにするのも合理的な選択である。働かない人が増えると生産力が落ちて社会の発展が鈍るけれど、それは政治で解決するべき問題で、政治が個人を救わないなら個人は自分の生き残りを優先するほうがよいし、経済発展のために犠牲になる必要はない。日本の場合は上昇志向が強くて、頑張らないことをネガティブにとらえている。最近は若いうちに高給の外資系とかでガンガン稼いだらアーリーリタイアをして投資をしながら生きていくFireという生き方が注目されるようになったけれど、そんな生き方ができるのは若いうちに稼げる一部の優秀な人しかいない。たいていの人は資本主義の歯車としてすりつぶされるか仕事がなくて困窮するか両極端で、貧乏でものんびり幸福に生きる選択肢がほとんどない。それゆえに大人が子供に頑張れ、逃げるな、落ちこぼれになるなとプレッシャーをかけて、生き延びるためには頑張りすぎないで自分にあったペースでやるほうがよいよ、逃げて環境を変えたほうがよいよとアドバイスできずに子供が自殺するまで追い詰めることになる。●先行き不透明な不安にどう対処するか大人は問題があれば自分で環境を変えて対処するけれど、子供は自分で環境を変える力がない。それゆえに子供が自殺するのは親や社会の責任である。しかし大人でさえ失業の不安を抱えて生きていて他人を気に掛けるほどの余裕が残っていないので、それをなんとかしないといけない。大人を救うことが子供を救う事にもなる。・ベーシックインカムか負の所得税か給付金を給付する10万円の定額給付金の使い道を調査するために家計簿アプリ「マネーフォワード ME」の利用者23万人分のデータを分析したら定額給付金の7割が貯蓄に回って、決済履歴から確実に消費に回ったと判断できる分は1人当たり約6000円で低所得の人ほど消費をしたそうで、この調査結果から給付金には意味がないという人がいる。私はこれに懐疑的で、そもそも普通に働いている人なら税金や社会保険料を払ったら10万円はすぐになくなって消費に回す分が残らない。貯蓄に回せるほど余るのは年金暮らしの高齢者とか未成年とかのあまり税金や社会保険料を払っていない人や公務員とかの収入が景気の影響をうけない人くらいだろうし、未成年は親に貯金しろと言われるだろうから使えないだろうし、働いている現役世代にとっては実質的に10万円減税したようなものでコロナ過で収入が減った分を補うほどではないし、消費に回してほしいなら給付金額が全く足りない。麻生は総理大臣だった2008年にリーマンショックの景気対策として1万2000円ぽっちを給付したけれど、これも低額すぎて景気対策としては意味がなかった。それに財政均衡論者の政治家や官僚が政治をしている限り、いくら給付しようが結局帳尻を合わせるために後で増税されて回収されるとわかっているので、賢い人はすぐには消費に使わないだろう。そもそも今は供給過剰で物やサービスが余って買い手がいないから値段を下げて売ろうとしてデフレになっているわけで、庶民の購買力を増やさないとインフレにならないし経済成長しない。バブル崩壊後は新自由主義者が従業員や下請けの給料を絞って低賃金の非正規労働者や移民を増やして上場企業は過去最高益を出して内部留保を積み上げたけれど、それがデフレを深刻化させて世界各国が経済成長する中で日本だけGDPが伸びずに長期間停滞して研究開発力が落ちて少子化が深刻化する原因になったわけで、日本が経済成長して若者が結婚できるように収入を増やして少子化を解消するには今までの逆をやって庶民の可処分所得を増やして消費を増やさないといけない。じゃあどうするかというと、無理やり最低賃金をあげると利益がかつかつのところでなんとかやりくりしている中小企業が潰れてしまうし、自民党の財政出動だと電通やパソナやゼネコンとかの利権仲間や支持団体への利益供与に偏って庶民には金が流れなくて格差が広がるし、となると国民に直接金を配るのが公平である。不景気で失業しようがとりあえず家賃が払えて生存だけは保障されている状態になれば、景気の先行きを懸念して必要以上に貯蓄して消費を控えることもなくなるだろうし、一時的な失業や受験の失敗で将来への不安を募らせて衝動的に自殺することもなくなるだろうし、病気や障害がある人でも無理のない範囲で働いて社会に参加して貧乏でも幸福に生きる生き方ができるようになるだろうし、経済力がない女性でも気軽に別居や離婚ができるようになれば夫婦仲が悪いのに生活のために無理やり結婚生活を続けて家庭が荒れることもなくなって子供の生活環境が良くなるかもしれない。・文系の学問を見直す文系の学問はしばしば役に立たないと言われて軽視されるけれど、金儲けや出世に役に立たないことを無駄として切り捨てると、目先の金儲けばかりやるようになってどう生きるべきか、どういう社会を作るべきかという指針がなくなる。本来の人間の目標は幸福で長生き出来て子孫が繁栄する社会を作ることだろうに、資本主義では幸福よりも金儲けを優先して目先の金を奪い合うのが目的になってしまっている。GAFAMの株価が上がって世界一の資産を持ったところでアメリカが幸福な社会を築けていないなら意味がないし、アベノミクスで日銀がETFを買いまくって株価があがって大株主の金持ちの資産が増えようが庶民の幸福につながらないのでは意味がない。そうして今だけ、金だけ、自分だけよければよいという情けない大人だらけになって、大企業でさえ不正会計や検査偽装が横行して信用をなくしたのが現代の日本の姿である。国家や社会を形成するには、人間にとって幸福とは何か、社会とは何か、人権とは何か、自由とは何か、生きるとは何かという根源的なところから問い直さないと、我々が幸福に生活できる社会は形成できないだろう。日本は発展途上国よりもインフラが整っていて治安がよくて相対的に豊かだけれど、豊かであるというだけで幸福になれるわけでもないし、皆が結婚して子供に教育を受けさせられる程の豊かさではないので未婚化や少子化が深刻になって自殺率が高い。製品を増やして効率化して社会を便利で合理的で豊かにする理系のアプローチだとこの問題は解決できない。・ネガティブ・ケイパビリティを鍛えるじゃあ文系の学問がどう役に立つのかと言うと、例えば詩人のジョン・キーツは詩人とかの偉人たちには全ての物事が解決できるものではないということを受け入れる能力が高いのだと考えて、ネガティブ・ケイパビリティ(事実や理由をせっかちに求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力、なんだかわからない不安定で曖昧な状態に居続ける能力、不確実な状態に苛立って安易に事実や理性を追いかけたり、科学的な確実性の中に逃げ込まない能力)という概念を考えた。西洋哲学でいうとエポケーして判断を中止した状態を維持する力か、あるいは東洋哲学で言うとどっちでもないことを許容するレンマの思考のようなものだろう。囲碁でいうとすぐに形を決めずに手抜きしてリスクを抱えつつ他のところに着手して複雑な盤面で紛れを考える力ようなものだろう。これはメンタリストDaiGoやオリラジ中田みたいな浅薄なインフルエンサーが何冊か本を読んで知識をつぎはぎしてまとめて物事をわかっていて頭がいいようにふるまったり、意識高い系がリーダーシップをとってサクサク意思決定したりするポジティブ・ケイパビリティとは真逆の能力で、それゆえに就職活動とかでは評価されなくて見落とされている能力である。この世界のシステムが資本主義にしろ社会主義にしろ宗教の原理主義にしろ景気対策にしろコロナ対策にしろいろいろ間違っていると疑いながら人生を諦めないで希望を持つのにも能力が必要なわけで、このネガティブ・ケイパビリティが低いと安易な解決策を求めて教祖にすがったり、解決策がない酷い現実にうんざりしてゲームやドラッグで現実逃避したり、あるいは短慮で自殺したりしてしまう。たぶん作家はなかなか才能が評価されなくて何者でもないアイデンティティがないしんどい修行時代を過ごして、歴史と現代を相対化して長い時間のスパンで物事を様々な角度から見て不確定なプロットを長期間考えるので、ネガティブ・ケイパビリティが高くなるのかもしれない。しかし明治や大正の文学青年に自殺者が多かったり、芥川龍之介がぼんやりとした不安で自殺したりしたように、作家でもネガティブ・ケイパビリティを高めるのは難しいのかもしれない。現代の子供はLINEを送ってすぐ返信が来ないと無視されているんじゃないかと気にしてスマホを手放せなかったり、自分で考えるよりもスマホに頼ってわからないことをすぐ検索して答えを求めたりしてネガティブ・ケイパビリティが低いようなので、状況が激変して正解がわからないVUCA時代を生きるには宙ぶらりんの状態に耐える能力を鍛える必要があると思う。グロービス経営大学院大学学長の堀義人が40歳で囲碁を始めて、正解が分からない選択肢の中から勝つ可能性が高い一手を選ぶ意思決定の感覚が経営の役に立つと囲碁を推奨しているように、囲碁はネガティブ・ケイパビリティを鍛えるのに役に立つと思うので子供にやらせるとよい。・失敗を許容する私はサッカーのキャッチフレーズに使われている「絶対に負けられない戦いが、そこにはある」の「勝ちたい」ではなくて「負けられない」という感じが嫌いである。そんで負けられない戦いに負けたら観客が戦犯探しをしてミスをした選手を誹謗中傷して潰そうとする。北京オリンピックの野球でエラーをしたG.G.佐藤への批判もひどかった。テニスのクルム伊達の試合でミスするたびに観客がため息をつくので「ため息ばっかり」と怒った事件もあった。こういうように成功や挑戦を褒めない一方で失敗にばかり厳しい環境ではモチベーションが上がらないし、失敗してはいけないと意識すると緊張してますます失敗につながってしまう。決まった動きしかしない機械だって材料の成分のわずかな違いや経年劣化で一定数の不良品を作るし、複雑な動作や判断をして体調や精神状態でパフォーマンスが変わる人間が失敗しないことはありえない。怠慢や不勉強が原因の失敗はだめだけれど、熱心に取り組んだ結果として失敗してしまったのは許容しないと、能力がある人でも失敗を怖がって能力を発揮できなくなってしまう。あるいは失敗を隠蔽しようとしてさらに大きな失敗につながりかねない。大人が失敗を許容する姿を見せれば、子供も失敗してもいいんだと考えて将来の不安が和らぐかもしれない。・競争と敗北に慣れておくエホバの証人は競争を禁止しているので信者の子供は運動会に参加しないそうだけれど、こういうのは大人の自己満足で子供に悪影響だと思う。社会は本質的に生存競争で、受験にしろ恋愛にしろコンペにしろ定員があるところで選ばれるために他の人と比べられるのだから、子供のうちから競争に慣れておくべきだろう。勉強でも運動でも創作でもコミュニケーション能力でも、競争で優劣が明らかになって、他人の優れたところや劣ったところを認識するのが相手の個性を認めることで、それが自分の個性を見出すことにもつながる。競争して小さな勝利を経験することが自信につながるし、負けを経験して子供っぽい万能感を少しずつなくしていくのが大人になるうえで必要である。ゲームで負けた子供はストレスでキレたり泣いたりするけれど、これも負けた時のアンガーマネジメントやストレスへの対処法を覚えるうえで重要な経験である。負けを経験しないで万能感を持ったまま大人になって初めて大きな負けを経験すると、万能な自己像と現実のギャップで挫折から立ち直れなくなってしまう。私が親戚の子供に囲碁を教えて姉と弟で戦わせたら、姉が負けたら泣いて、次の勝負で弟が負けたら泣いていたけれど、それでも負けが嫌になって囲碁をやめようとせずに、しばらくしたら負けても泣かなくなった。負けて悔しいから上手くなろうというやる気が起きるものである。私もCOSMIというAI相手にフルボッコにされて三手先までしか読めない自分の間抜けさに憤慨しながら囲碁を覚えて、ようやく5回に1回くらい勝てるようになった。何度負けても死なないうちは挑戦して成長して勝利するチャンスがあるけれど、プライドを守るために負けを嫌って勝負をやらないと、敗北から学ぶこともなくなって成長もなくなる。大事なのは次に挑戦するために死なないことである。生きていればいいことがあるというわけでもないけれど、少なくとも何かに挑戦するチャンスはある。私のような貧乏な底辺のおっさんが言っても説得力がないので他の人の発言を紹介すると、囲碁棋士で初めてタイトル戦の挑戦権を得た星合志保三段は数えきれないほど諦めそうになったとインタビューで言っていたけれど、諦めなかったから挑戦権を得たわけである。というわけでみんな囲碁をやるとよいよ。あと自殺しないために考えることという記事で自殺しない方法を考えたので、自殺を考えている人は読んでみるとよいよ。ネガティブ・ケイパビリティ答えの出ない事態に耐える力 (朝日選書) [ 帚木蓬生 ]
2021.09.03
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