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春眠暁を覚えずという孟浩然の詩が今でもよく使われているように、春はやたらと眠くなる。睡眠は生命維持のために必要な重要な行為だけれど、その割には睡眠についての教育は行われていなくて、巷の睡眠リテラシーは低いのではないかと思う。最近いくつか睡眠に関する面白い動画をみたので、徒然なるままに睡眠について考えにけり。●睡眠とは何か睡眠とは休息のために意識を喪失する状態である。生物によって睡眠時間は違っていて、常に捕食者に狙われている草食動物はほとんど寝なくて立ったまま休息をとっているし、たいていの動物は昼に活動して夜に寝るけれど、逆に昼に寝て夜に活動する夜行性の動物もいる。人間は8-10時間の睡眠が必要と言われていて、1日の1/3を寝て過ごしている。蛙や熊のように長期間冬眠する動物もいるけれど、人間は体温が20℃だと不整脈で死んでしまうので冬眠できないそうな。●眠らない自慢は時代遅れ・睡眠不足の人が多い2019年の「国民健康・栄養調査」だと、睡眠時間が6時間未満の人は男性で37.5%、女性で40.6%で、男性の30-50代、女性の40-50代の4割超が慢性的な不眠状態のようである。最近は小児のコロナ後遺症で睡眠障害になって朝に起きれなくて学校に行けない児童も増えているそうな。名古屋大学環境医学研究所の山中章弘教授は睡眠を研究していて、日本神経科学大会の公開市民講座の動画だと、脳のオレキシン神経の働きで覚醒状態を維持していて、現代社会では不安が多くてオレキシン神経が活性化しすぎて眠りたいときに眠れなくなると言っていた。・睡眠の効果最近の睡眠の研究だと、ハーバード大学医学大学院のYouTubeチャンネルの「Why Sleep Matters」という動画では、睡眠不足だと判断の遅れが生じるし、思春期の子供が感情的なのはホルモンのせいでなくて睡眠が足りないせいで、学校の始業時間を遅らせると健康的で経済的にも利益があると言っていた。スタンフォード大学のYouTubeチャンネルの「Leaning and Memory: How it Works and When it Fails」という動画では、記憶には睡眠が必要で睡眠中に海馬から前頭前皮質に徐々に新しい記憶が移動している言っていた。富山大学大学院医学薬学研究部の井ノ口教授の「記憶を改編する」という動画だと、脳は寝ている間に直前の記憶だけでなくて何日も前の無関係な記憶をいろいろ照合してアイデアを思いついたりしていると言っていた。睡眠にはいろいろメリットがあって、「寝る子は育つ」という格言は医学的に正しいと証明されたわけである。一方で睡眠不足のデメリットも研究されている。ワシントン大学の研究だと、睡眠効率が悪い人はベータアミロイドやタウを蓄積しやすくなってアルツハイマー病になる可能性が高いそうな。慢性的な睡眠不足で心身に不調をきたすことを睡眠負債と言って、精神疾患、がん、認知症などにつながると言われている。このように睡眠のメリットと睡眠不足のデメリットははっきり出ているので、十分に寝るほうがよいのは明らかである。しかし日本ではワーカホリックな働き方で金持ちになった少数の人を標準に定めてしまったせいで、休むことを怠けているととらえて睡眠時間を削って早朝から深夜まで活動するようになって、病気になる人や精神疾患の人が増えて社会はおかしくなってしまった。・休まないほうがおかしい東京大学の笠井清登教授の「精神医学とは何か:「脳と精神と生活の医学」による個人の精神的幸福、そして社会の豊かさへの貢献」という動画によると、4人に1人は生涯でうつとか統合失調症とかの何らかの精神疾患になると言われていて、特に思春期に精神疾患になる人が多いそうな。九州大学医学研究院の今井猛教授の「脳の中で起こる究極の形作りを見る」という動画によると、思春期にはシナプス入力(スパイン)の分布が大きく変化して、それが精神疾患の理由かもしれないと言っている。精神疾患が増えているのは精神科が増えて診断しやすくなったからだという人もいるけれど、私は人間がちゃんと寝なくなって休養が足りなくてストレスが蓄積しているのが一因ではないかと思う。動物は本来は体調が悪いときや悪天候のときは住処でじっとしていて無駄にエネルギーを使わないもので、狩猟採集生活をしていた時は人類は周りに木の実や果物とかの食料が豊富にあったので一日4時間くらいしか働かなかった。生命維持や生殖のために最小限の活動だけして、無駄な行動で体力を減らさないようにして最大限の休息をとったわけである。しかし文明化した社会では人間がシステムに合わせることを強いられて、それに疑問を持たなくなっている。資本主義の発展には終わりがなくて、いくら勉強や仕事をしても天井がないので、現代人は原始時代とは逆に体力や集中力が続くまで最大限に活動して、最小限の休息しかとらなくなった。車や電車の交通網が発達して筋肉の負担は減って運動不足になる一方で、パソコンやスマホの出現で情報処理のために脳に負担がかかっていて、体はたいして疲れていないのに脳は疲れているというアンバランスな疲労になって、体力には余裕があるので活動時間が伸びてしまうし、カフェインや音楽で脳を刺激して疲労をごまかすこともできる。体調や天候や季節に関わらず毎日同じように学校に行って6時間勉強したあとに部活や塾に行って夜中まで活動するのは生物としては異常なことだし、さらに少しでも空き時間があればスマホをいじって脳に刺激を与える活動をして、休日も休まずに遊びに行って貪欲に人生を謳歌しようとする。社会のシステムは変わっても人体の仕組みが変わったわけではないので、休息を減らしたぶんは体に異常が出てくる。脳は思春期の12歳から前頭前野が発達し始めて22歳頃に機能的に完成するけれど、脳が成熟しきるのは25-30歳くらいで発達に時間がかかる。若者は高校くらいから急に勉強が難しくなって覚えることが増えて、進路や人間関係や恋愛とかの思春期特有のストレスや不安が多い中で、さらに睡眠不足になってしまったらストレスに対処しきれないだろう。早生まれと遅生まれだと同じ学年でも成長度合いが違うし、個々人の脳の成熟に合わせて適したモラトリアムの期間を持って十分に休息をとるべきで、数年留年したとかニートしたとか引きこもったとかは誤差の範囲とみなして新卒採用でも寛容になるべきである。大人でもうつ病になる人は自分の体調よりもシステムに合わせることを優先して、自分が休んだら同僚に迷惑をかけるとか、休んだら周りに差をつけられるとか考えて休もうとしないので、過労になってますますうつを悪化させてしまう。休むのは怠けている、うつは甘えといった社会の偏見がさらにうつの人を追い込んで休みにくくしてしまう。睡眠不足はうつ病との関係が大きくて、多くのうつ病の人は何らかの睡眠障害を持っているそうで、一部の患者ではうつ病の発症に先行して海馬の体積が減少することが確認されているそうな。海馬はアルツハイマー病でも最初の病変部位でもあるし、睡眠不足はアルツハイマー病のリスクを高めるので、睡眠が海馬の健康維持のために重要だと言えそうである。日本医科大学薬理学の小林克典准教授が神経細胞の若返りを研究していて、YouTubeの日本神経科学大会の市民公開講座の動画で海馬は記憶だけでなくうつとかの神経疾患にも関連していて、抗うつ薬で神経細胞が若返るとうつが改善すると言っていた。素人なりに海馬とうつの関係を考えてみれば、現代は新しく覚える知識が多くて海馬に負担がかかって、睡眠不足で海馬にベータアミロイドとかの有害な物質が蓄積したりストレスで海馬の神経細胞が破壊されたりして、1つの神経細胞が10000のシナプスとつながっているので海馬のどこかの細胞が死んでしまったらそのシナプスの受容体が減って情報伝達がうまくいかなくなって脳のあちこちの部位も連鎖的に駄目になって、記憶力低下、思考力の低下、理解力の低下とかのうつの症状がでて複雑な情報処理ができなくなるんじゃなかろうか。散歩はうつ病に効果があると言われているけれど、ピッツバーグ大学の研究で毎日40分の散歩で1年後に海馬の体積が2%増えるという結果がでたそうで、海馬の神経細胞が増えたり減ったりすることがうつの発症と治療に大きく影響しているように見える。というわけで海馬を休ませるために十分な睡眠をとって毎日のんびり散歩するくらいに時間にゆとりがある生活がメンタルヘルスにはよいと思う。・睡眠不足で経済的に損をする睡眠時間を削って長時間働くのは短期的には利益が出ても、長期的にそのやり方は続けられなくて疲労が蓄積して事故や精神疾患のリスクが大きくなる。例えばバスやトラックの運転手が睡眠不足で事故を起こせば睡眠時間を削ったぶん長く働いて稼ぐ以上の損害が出る。あるいはうつ病になったら長期の休養が必要になって結局無理をしたぶんの帳尻を合わせることになる。医学が発達して高齢者でも元気に働けるようになったのに、睡眠不足でアルツハイマー病になったら生涯の生産活動の時間は少なくなるし介護費用もかかって結局は損をする。日本は少子高齢化しているけれど、高齢化すること自体が問題なのではなくて、高齢でも健康で介護なしに自活したり仕事をしたりできるなら別に問題ない。高齢で医療や介護が必要になって、介護離職とかで親子共に生産活動ができなくなって社会保障費用が増える一方で、福祉を支える労働者が減るのが問題である。慢性的な睡眠不足だと記憶しにくくなって学習効率が落ちるし、判断力が落ちて作業効率も落ちる。効率が落ちた分をカバーしようとして長時間労働をしてさらに睡眠時間を削ったらますます効率が落ちるので、ちゃんと休んで短時間できびきび働くほうがよい。・睡眠不足で早死にする漫画家やアニメーターは手塚治虫のワーカホリックな働き方を標準にしてしまったせいで、座りっぱなしで運動不足なうえに納期がきつくて睡眠不足になって短命な人が多い。働き者の手塚治虫が早死にした一方で、よく寝た水木しげるが長生きしたのは漫画好きにはよく知られている。座りっぱなしの仕事でも将棋や囲碁の棋士は短命というわけでもないので、座りっぱなしであることよりも睡眠不足のほうが健康への影響が大きいといえる。●なぜ睡眠時間を削るのか・金を稼ぐことを人生の目的にしている金を稼ぐことを人生の目的にしている人は、休息を金にならない無駄な時間としてとらえて、一日の活動時間を増やすために睡眠時間を削りたがる。それで金は稼げるだろうけれど、激務の分だけ病気になりやすくなるし、金を稼いだからと言って幸福になれるわけではない。発展途上国の人は貧しいから不幸かというと必ずしもそうではなくて、疲れたら休むし家族や友人と過ごす時間が多いので、経済発展のペースは遅いかもしれないけれど金では買えない幸福がある。スペインやイタリアはシエスタやバカンスの時間をとって家族や友人と過ごす時間を重視しているし、自殺率も日本より低くて、2019年の人口10万人当たりの自殺率はスペインは5.28、イタリアは4.33で、それに対して日本は12.2である。自殺率だけで幸福度を比較するのは極端かもしれないけれど、普通は幸福な人は自殺しないし自殺は不幸の究極の形なので、自殺率が高い日本はスペインやイタリアよりも一人当たりGDPが多いからといって幸福だとは言えないだろう。そもそも健康を犠牲にして無理をして長時間働いて金を稼いで、過労とストレスで病気になって、稼いだ金で病気を治そうとするのは非合理的である。その過当競争に巻き込まれると社会全体がブラック企業化してしまう。日本人は他人より多く金を稼いだら偉いという拝金主義の価値観から、自分や他人や社会を幸福にするために働くという価値観に転換するべきだろう。自分や他人の不幸と引き換えに資産を築くのは偉いどころか良識が欠如していて社会の害になりうる。・タイムマネジメントやワークシェアリングの失敗文明社会では個人がシステムに合わせることを強いられて、個人の都合に合わせてシステムを変えにくい。例えば資格の勉強をするとか副業をするとかで時間を捻出したいときに、自分の都合で出社時間や労働時間を変えたくても会社が対応してくれないかもしれない。引っ越さない限り通勤時間も変えられないけれど、育児や介護や住宅ローンの都合で引っ越せない人もいるだろう。そうなると自分の判断で時間の融通が利くところは睡眠時間くらいしかないので、睡眠時間を削って自由時間を捻出することになる。あるいは国家公務員や救急救命医のように専門性が高くて同僚が少ない職場だと、ワークシェアリングをしにくくて個人の裁量では仕事量を減らせなくて責任ある仕事を全うするには睡眠時間を減らすしかなくなる。・疲労やストレスを可視化できない疲労やストレスは数値で可視化できないので、無理しているという自覚を持ちにくい。例えば睡眠不足で脳にどれくらいベータアミロイドがたまって神経細胞が死んでいるのか、ストレスでどれだけ脳が委縮しているのかは体感としてわからない。それに若いうちは体力が多いので、多少の無理は気合で乗り越えられる。高齢になって体力が落ちてくると無理をしたつけが病気として出てきてようやく異常を可視化できるけれど、病気になってから異常を自覚しても遅い。病気になってから治療するよりも、病気を予防するほうが金銭や労力の負担が少ないので、病気にならないようなゆとりがある生活をするほうが合理的である。・眠らないと頑張っている感じが出る寝てない自慢はしばしば頑張っているアピールに使われる。YouTuberがゲームをクリアするまで寝ないとかの企画をしているけれど、プレイヤーが寝ようが寝まいがゲームのストーリーが変わるわけではない。頑張っているところを見せたいので眠気を我慢する様子をわざわざ配信するわけで、馬鹿な視聴者がそれを賞賛する。ギネスが不眠記録を危険と判断して認定しなかったように、生理現象を無理やり止めるような危険な行為を賞賛してはいけない。・夜中にゲームのアップデートがあるゲームの中には日付が変わる0:00から新イベントが始まったり、期間限定イベントが23:59に終わったりするものがあるので、ユーザーはランキングで有利になるために期間ギリギリまでゲームをして夜更かしして睡眠時間を削ることになる。あるいは外国のゲームだと日本との時差があるので、全世界一斉アップデートの時間をアメリカの朝を基準にすると日本だと夜になってしまって、いち早く遊びたい人は夜更かしして睡眠時間を削ることになる。ゲーム実況YouYuberはアップデートを早く投稿するほうが再生数が増えるので深夜でもライブ動画を配信するし、ファンもその動画を見るために夜更かししてしまう。●人間はもっと寝るべき最近は働き方改革で残業時間が減っているのは私は良いことだと思う。睡眠時間を削って活動するのは個人の自由だけれど、健康を犠牲にして成果を出す人を社会の標準にしてはいけないし、過労死するほどの長時間労働で労働者の健康を犠牲にしないと利益が出せないようなブラック企業は潰れたほうが社会のためになる。激務で知られている官僚や医者も人数を増やして分業してよく寝るほうが長期的なパフォーマンスはよくなると思う。官僚や医者には高慢で言葉がきつくて人格に問題がある人がいるけれど、そういう人は元々のエリート意識だけでなくて激務からくる睡眠不足で脳が壊れている可能性もある。猫を撫でながらのんびり寝ていれば穏やかな性格になるかもしれない。体力が余り過ぎて眠くならない人や運動をする時間がない人は、高負荷の筋トレを短時間やるとよいと思う。腹筋ローラーをやるとぐっすりを通り越してぐったり眠れて次の日も筋肉痛でぐったりできるのでおすすめである。車輪とハンドルがついていると運転しているみたいでなんとなく楽しいし、毎日気軽にコロコロできるので長続きすると思う。【楽天上半期ランキング受賞】腹筋ローラー 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2022.03.29
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最近私は外国の音楽が気に入っていて、歌詞が理解できなくても言葉のアクセントとか変則的なドラムのリズムとか変なダンスとかが面白いのである。しかし世間ではリズムについてはあまり考えられていないのはもったいないと思うので、徒然なるままにリズムについて考えることにしにけり。●リズムとは何かリズムとは強弱や明暗などが規則的・周期的に反復することである。古代ギリシャのrhythmos(リュトモス)を語源にしていて、同じ刺激が等間隔で再起するものをパルスと呼んで、アクセントと非アクセントの拍が規則的にグループ化されることをリズムという。・世界はリズムで成り立っている分子は並進・振動・回転の運動をしていて運動のリズムがあるし、地球は自転と公転で一日の朝と夜と一年の季節の移り変わりのリズムがあるし、海の波には月の引力のリズムがある。地球の環境に適応した人類は夜明けに起きて日没に寝るという生活リズムがあるし、心臓の鼓動や呼吸にもリズムがあるし、言葉はアクセントや息継ぎや句読点のリズムがある。鳥や虫の鳴き声にもリズムがあるし、一年草や周期ゼミのように世代交代にもリズムがある。・リズムが一定だと安心する子守歌はたいていねーむれーねーむれーと子供に話しかけて自然な息継ぎができるようなゆったりした一定のリズムになっていて、途中で変調してヨッホッハッと強弱のメリハリをつけるような凝った子守歌はあまりない。店は商品棚の間隔が一定したリズムがあるとちゃんとした店のような高級な感じが出るけれど、棚が不規則でごちゃごちゃしていると安っぽくてドンキじみてしまう。●リズムを自覚する・社会はリズムに無自覚でいる人間の脳は生存に関わる危険な刺激は記憶して注意を払うけれど、無害な刺激だと学習したら自動的に無視するようになるので、音楽以外のリズムは意識的に認識しようとしないと無視されてしまう。このリズムを意識することで、社会がもっと楽しくなったり、新しいビジネスにもつながったりするかもしれない。・街にもリズムがある最近散歩しているときに建物の角を観察したら、角が丸くなっている家は一軒しかなくて、あとは角ばっていた。家の高さや外壁の素材や色はまちまちだけれど、同じ地域には同じような大きさやデザインの家が並んでいて、駅の周りはアパートやマンションが多かったり、高級住宅地は大きな一軒家が多かったり、郊外は団地が並んでいたりする。これが街のリズムで、街ごとに視覚的・空間的なリズムが違うのが面白い。地中海やエーゲ海の海辺の街がきれいに見えるのは、たぶん白い壁とカラフルな屋根が反復されるところに視覚的リズムがあるからだろう。・道路にもリズムがある道路は信号が切り替わるタイミングに周期性があるし、音響式信号機のピヨピヨやカッコーにもリズムがあるし、白線の切れ目にもリズムがあるし、街灯の間隔にもリズムがあるし、バイクのコールにもリズムがあるし、一定の速度で走ると音が鳴るメロディーロードというのも作られている。同じリズムが続くと眠くなってしまうので、高速道路ではあえて不規則なリズムにする方がよいのかもしれない。・製品にもリズムがある鉄道は車両がいくつも連結していてリズムがある。公衆トイレで便器が並ぶ感覚にもリズムがある。串に3つ刺してある団子にはリズムがあるけれど、乱雑にきな粉まみれになっているわらび餅にはリズムがない。プリングルスやチップスターはサイズが一定で筒に規則正しく並んでいてリズムがあるけれど、ポテトチップスはサイズがばらばらでリズムがない。ケーキ屋の陳列棚は同じ種類のケーキごとに別れて並んでいてリズムがあってわくわくする感じがする。パン屋の陳列棚は同じ種類ごとに別れて並んでいても全部丸っこくて茶色なので強弱が際立たなくてあまりリズム感が出ない。メーカーや販売店にリズム感がないのはもったいないし、リズムを使えばもっと宣伝できると思う。例えば洋楽のアーティストがしばしばダンスチャレンジとして素人の踊ってみた動画を投稿させるように、食品の容器を使った太鼓動画選手権とかをやればよい。私は味付け海苔のプラスチック容器がタブラみたいで気に入っている。プリングルスもプラスチックの蓋のところと底の金属のところで違う音が出せるので並べて楽器として使える。・服にもリズムがある服は帽子や上着やズボンや靴とかのそれぞれの部位の色や素材の組み合わせでリズムが出る。ボタンにもリズムがある。ネックレスやイヤリングとかのアクセサリーは大きな面積の服と対象に小さくて光る金属や宝石で強い存在感を出して強弱のリズムができる。数珠は玉の色や並び方にリズムがある。ネイルは色やデザインの反復にリズムがある。パーティーとかでドレスコードがあると似た服を着た人が集まってリズムができる。靴の素材によっては足音にもリズムが出る。・食事にもリズムがある個々の食材には味の強弱、硬さの強弱、大きさの強弱があって、その食材の組み合わせで料理にリズムが出る。日本だと1970年代に学校給食で主食と汁物とおかずを交互に食べる三角食べが推奨されて、味や食感が違うものを反復して食べるリズムがある。コースだと料理を出す順番が決まっていて前菜やメインやデザートの味の強弱のリズムがある。・睡眠にもリズムがある人間は体を休息させるためのノンレム睡眠と記憶を整理するためのレム睡眠を周期的に繰り返している。自分のノンレム睡眠とレム睡眠の周期を理解していると、朝起きる時に目覚ましを何度もスヌーズして無理やり起きるよりも自然に起きることができて時間を調整しやすくなる。・子供の遊びにもリズムがある明治時代の手毬唄は今でいうリトミックの役割を果たしていた。そのほかにも子供の遊びはかごめかごめとかの歌いながら何かするようなリズミカルなものがある。けんけんぱもお手玉や縄跳びも足や手を一定のパターンで動かすリズムがある。じゃんけんにも三拍子のリズムがある。今どきの子供は指先でスマホやゲーム機をいじるだけなので、昔の子供のような全身を使うリズム感は身につかないだろう。・文学にもリズムがある昔話は「三匹の子豚」や「三枚のお札」のように何かを3回繰り返すパターンがあって、失敗、失敗、成功という話の展開の強弱のつけ方の周期にリズムがある。これが最初の1回で成功してしまったら展開のリズムがなくなる。起承転結も物語の展開の定番のリズムである。詩は声に出して韻を踏むリズムがあるし、対句で似たものを比較対象するのにもリズムがあるし、漢詩は李清照の「聲聲慢」の「尋尋覓覓 冷冷清清 淒淒慘慘戚戚」みたいに漢字の見た目のリズムがある。・コンテンツにもリズムがあるソーシャルゲームは毎日デイリークエストを更新して、ユーザーがイベントに飽きるタイミングを見計らって1-2週間ごとに新イベントを開催して、アップデートのリズムをユーザーの生活リズムに合わせることでユーザーをつなぎとめている。週刊誌や月刊誌は刊行のリズムがあるし、YouTubeだと毎日○時更新とかの更新のリズムがあるチャンネルは登録者が増えやすい。・経済にもリズムがある経済学の景気循環説だと在庫に起因して40か月で好不調を繰り返すキチン循環、10年周期で生産や雇用や物価が変わるジュグラー循環、住宅の建て替えや設備投資に起因する20年周期のクズネッツ循環、技術革新に起因する50年周期のコンドラチェフ循環の学説がある。●リズムは楽しい・音ゲーが人気少子化で客離れしているゲームセンターの中でも音ゲーは人気があって、ダンスダンスレボリューションや太鼓の達人みたいなヒット作がときどき出てくる。アフリカ人のリズム感は先天的なものでなくて打楽器が多い環境で育つことで後天的に身につくそうだけれど、日本だと打楽器は太鼓があるけれど近所迷惑になるのであまり家庭では使わない。だもんで本格的にダンスや楽器をやるつもりはないけれど気軽にリズムを楽しみたい人向けに音ゲーの需要があるのかもしれない。・リズムネタが人気若手のお笑い芸人はたいていリズムネタがうけて人気になって、それから同じネタばかりやって飽きられる。ずぐだんずんぐんぶんゲーム、ラララライ体操、武勇でんでんででんでん、ギター侍、なんでだろう、あるある探検隊、ラッスンゴレライとかいろいろあったけれど、どれも内容は大したことを言っていなくて、単にリズミカルに言っているだけである。逆に言えば内容が面白いわけではなくて、珍しいリズムや変な動きが面白いといえる。・騒音も楽しめるかもしれない踏切の音は警告音なのでカンカンうるさくて耳障りに感じるけれど、これも使いようによっては楽しみようがある。踏切でぼんやり待つよりもカンカン鳴るのに合わせてダンスしたりサイファーしたりするほうが楽しいと思うし、踏切の待ち時間が長い所ではラップバトルが頻発して町おこしできるかもしれない。・散歩もリズムがあると楽しくなる普通の人はたぶん無自覚に二拍子で歩いているだろうけれど、これに拍をつけて3拍子や5拍子や7拍子のリズムで歩幅を変えたりすると、利き足以外も意識的に使うようになって脳によさそうな気がする。・つまらないものもリズムで楽しくなるかもしれない最近は心拍数を測れるスマートウォッチがあるけれど、単に数値だけ見ても面白くないので、体のデータのデジタルツインで心臓が収縮する様子を可視化して、おまけに心臓に手足をはやしてリズミカルに踊るように加工して、心臓が元気に動いているのを眺めるようにすれば運動するのが楽しくなって筋トレやダイエットがはかどるかもしれない。・ダンスは楽しいリズムを一番体感できるのはダンスである。音楽は主に手の運動だけれど、ダンスは全身を使うので楽しい。日本のダンスは盆踊りとかパラパラとか腕の動きが多くて、ステップが乏しいのが物足りない。最近私は南アフリカのダンスでgwara gwaraという膝を内側にぐにゃぐにゃ曲げるステップが気に入っていて、部屋で一人で変な踊りをどたどたと踊っている。こう見えても私はダンスが割とうまいのである。もし私が子供の頃にダンス部があったら絶対にボート部でなくダンス部に入っていた。
2022.03.22
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最近はロシアのウクライナ侵攻が世界の関心事になっているので、徒然なるままに戦争について考えることにしにけり。●巷の戦争の反応の疑問点・戦争反対、だから何なの?大勢の有名人が戦争反対を表明しているけれど、戦争反対と言ったところで戦争がなくなるわけではないし、自分は戦争に心を痛める優しい人間ですよと表明して自己満足しているにすぎない。それは出来事に対する一時的な感情的な反応でしかなくて、思考ではない。戦争に賛成して殺し合いを推奨する人なんてほとんどいないし、戦争反対は議論の争点にならないので、戦争反対だからどうするのかが問われる。例えば「戦争反対、だから侵略したロシアに制裁して停戦を早めるように圧力をかけるべき」と「戦争反対、だからウクライナは無駄に被害を増やさないでさっさと降伏して停戦するべき」と「戦争反対、だから日本は巻き込まれないようにロシアへの経済制裁もウクライナへの支援もやめて中立であるべき」と「戦争反対、だから戦争しないように軍隊をなくすべき」では戦争反対でもまったく考え方が違う。戦争反対の意見を表明するなら、可哀そうという感情的な反応で終わらせずに、戦争反対だからどうするのかというその先のところまで考えるべきだろう。前澤みたいに戦争反対で寄付が武器の購入に使われるのが嫌だからそれ以外の用途に限定して寄付する人もいるけれど、避難民を支援するために寄付したところで戦争が終わるわけではないし、戦争が終わった後も人権侵害が予想されるので、ウクライナ人を根本的に助けるならロシア軍を退けるしかない。それゆえにウクライナは外国人志願兵を募集しているしEUから武器を援助してもらって抗戦している。悪党を野放しにしたまま戦争に加担せずに被害者を助けるという都合のよい話はないし、悪党以上の戦力を用意しないと悪党は退治できないし誰も守れない。戦争反対だからウクライナは早期降伏するべきと言っている人たちは、戦争さえ終わってしまえばその後に人権侵害が起きてもどうでもいいのだろうか。ロシアがウクライナを占領した後に親ロシア政権が樹立されてしまえば、その後にウクライナ国民が弾圧されても内政干渉できないので今以上に助ける手段がなくなってしまうのではないか。・ウクライナだけが問題なのか欧米の白人国家は無自覚に人種差別していて、アフガニスタンみたいな途上国と違って白人の国家が侵略されることにショックを受けてウクライナに同情的である。しかし日本は別に親ウクライナというわけでもないのに、なぜウクライナだけ熱心に支援したがる人が大勢いるのかよくわからない。侵略したロシアに非があるのは当然だけれど、ウクライナは過去にはポグロムというユダヤ人の虐殺もしているし、決して可哀そうなだけの無垢な国家というわけでもない。アメリカがわざわざウクライナに派兵しない宣言までしてロシアを牽制する手段さえ捨てたのはアメリカの政治経済の中枢にいるユダヤ人が過去にユダヤ人を迫害したスラヴ人の弱体化を狙っているという見方もある。ウクライナを支持して寄付している人たちは歴史も含めてウクライナを肯定できるのか。寄付することで自分は可哀そうな人たちに何もしなかったわけではないという口実を作って罪悪感を減らしたい心理でよくわからないまま寄付をするのだろうけれど、そういう罪悪感や偽善につけ込んだ募金詐欺もしばしば起きているし、継続的に支援する気がなくて問題解決まで見届ける気がないのなら放っておけばいい。支援する前にまずは相手のことをよく知るべきだし、自分が直接責任があるわけでもないのだから可哀そうな人を救えないことに罪悪感を持つ必要もない。本来は当事者がどうにかするべき問題である。ロシアの目的はたぶんウクライナに親ロシア政権を樹立してNATOの盾にすることだろうけれど、ウクライナを支援する人は敗戦後にウクライナ人が反ロシア勢力を組織して政権を取り戻すまで何十年も支援を続ける気があるのだろうか。一時的に形ばかりの支援をして自分の罪悪感がなくなったことに満足して、結果を見届けないまま次の事件起きたらそっちに気を取られて忘れる人が大半じゃなかろうか。そんな中途半端な支援をするよりも、確実に救える人を救うほうがましだと私は思う。噴火が起きたトンガ、地震が起きたハイチ、中国共産党に弾圧されるチベットとウイグルと香港の民主化運動をした人たち、イスラエルから弾圧されるパレスチナ、中東で弾圧されるクルド人、ミャンマーで弾圧されるロヒンギャ、ボコ=ハラムに虐殺されるアフリカの女学生とかの世界中に可哀そうな人が大勢いるけれど、世界中の可哀そうな人を全員救うことは無理だし、当事者でもなくて地理的にも離れている日本人にできることはあまりない。だからこそ救う相手は選ぶべきで、日本人はまずは同胞である日本人を助けるのが先だろう。可哀そうなウクライナ人は隣のポーランドが助けるかもしれないけれど、可哀そうな日本人は同胞である我々日本人が助けない限り誰も助けてくれない。北朝鮮に拉致された日本人を救出できず、コロナ禍で生活に困窮する人がいて自殺者が毎年二万人以上いても自助でなんとかしろと助けようとせずに生活保護受給者も批判して、発展途上国の外国人技能実習生を低賃金長時間労働で搾取して、日本人が当事者として解決するべき問題を放置しているのに、YouTuberのヒカルみたいにここぞとばかりに反戦アピールしてNO WARのチャリティーTシャツを売って良い人ぶってウクライナ人だけ助けたがるのは欺瞞である。・自衛はどこまでやるべきか橋下徹はウクライナ人は逃げてプーチンが死ぬまで待ってから国を再建すればいいというようなことをテレビで言ったけれど、全員が避難するのは無理だし、ロシア軍のウクライナ占領後にベラルーシのような親ロシア派の政権が樹立されてしまうとプーチンが死ぬのを待つ前にウクライナ国内に残った要人が逮捕されたり処刑されたりして再建することさえできなくなってしまいかねない。テレ朝の玉川徹は戦争が長引くと死者が大勢出るのでウクライナ人に早期降伏を勧めるという意見だけれど、ロシアは自国民の人権さえ軽視して投獄や暗殺をする国だし、降伏しても戦犯として処刑されたり何十年も投獄されて獄死したりするのなら降伏したところで命を守ることにはならないので降伏する意味がないではないか。だからこそウクライナ人は敗戦濃厚でも国家の主権とか大事なものを守るために徹底抗戦しようとしている。ウクライナは旧ソ連時代の1932年にホロドモールというスターリンが人工的に引き起こした飢餓による数百万人の大虐殺を経験して独裁者に支配されることの恐ろしさを知っている。日本人も第二次世界大戦後に満州の人たちがロシア兵につかまって男性はシベリアで強制労働させられたり女性はレイプされたりしたのにもはやそれを忘れたのか、無抵抗で降伏したなら人道的に扱ってもらえると思っているのは平和ボケしている。・ロシア人は悪なのかロシア連邦は広大な土地にいろいろな共和国がある多民族他宗教の国家で、ロシア正教のスラヴ人もいるし、世俗化したイスラム教徒のタタール人もいるし、ニヴフ人とかヤクート人とかの少数民族もいて、民族や宗教によって生活も価値観も違っているし、ソ連時代を知っている老人とネットで西洋の文化になじんで育った若者の価値観も違うので、ロシア人だからこうだというステレオタイプではロシア人を理解できない。それにロシアではプーチンの政敵が殺されたりして公平な選挙が機能していないし、プーチン支持率も独裁者の大本営発表で当てにならないので、ロシアの国民がプーチンの侵略を支持しているとはいえない。それゆえにロシアがウクライナを侵略したからロシア人は悪人だという捉え方はしてはいけない。しかしロシア=悪と物事を単純にとらえる馬鹿はどこにでもいるもので、日本でロシア食材を扱う店の看板が壊されたり、ロシア料理店に嫌がらせの電話がかかってきたり、ロシアに帰れとヘイトスピーチされたりしたそうな。在日ロシア人に嫌がらせをしている人はコロナ自粛警察と同様に正義を振りかざして憂さ晴らしができれば口実は何でもいいのだろうし、こういう人たちは小人閑居して不善をなす典型の馬鹿である。在日ロシア人に嫌がらせをしたところでロシアのウクライナ侵略に何の影響も与えないし、違法行為をしている日本人が合法的に日本に滞在しているロシア人を批判する資格はない。ロシア人と戦いたいたいなら無抵抗の在日ロシア人に嫌がらせをしないで義勇兵としてウクライナの戦場に行けばいい。ロシア人が厳しい目で見られているこそ反プーチンの良識あるロシア人を日本で保護して親日派のロシア人を増やしてプーチン失脚後に日本とロシアが友好関係を築けるようにするべきだし、それがゆくゆくは北方領土の返還にもつながるかもしれない。・戦争の報道はどこまでやるべきかTwitterに投稿されている戦場の動画には黒こげの兵士の死体やちぎれた手足死体が映っているいるけれど、子供や感受性が強い人はトラウマになると思う。なのでテレビで生々しい死体や血まみれで泣きわめいているけが人を映さないのは理解できる。しかしどこで戦闘があって何人死んだと数字だけ報道しても被害の深刻さは伝わらないだろう。裁判員裁判でも殺人事件の裁判員に選ばれた人が体調不良になったりするけれど、それでも現実の問題を解決するにはまずは現実に向き合わないといけない。現実を見ないままお笑い芸人とかのコメンテーターが綺麗事を言っても役に立たないし、やたらと反戦的な左翼もやたらと好戦的な右翼もイデオロギーありきでなくてまずは現実を見るべきである。というわけで私は過激な映像でもモザイクをつけるなりして報道するべきだと思うし、テレビ局や新聞社側で普通のニュースと戦争関連のニュースで分けるように配慮すればセンシティブな人は戦争のニュースを見ない選択もできるだろう。●日本はどうするのかアメリカが世界の警察をやめてウクライナに派兵しなかったのでウクライナが孤立無援になったように、もはや他国との国際条約は戦力として当てにならなくなった。アメリカがアフガニスタン人が自国のために戦わないなら米軍は戦わないといって民主化工作を放棄してアフガニスタンから撤退したように、日米安保条約も反故にされて日本人が戦わないなら米軍も戦わない可能性がある。ロシアがウクライナの親ロシア派の保護を名目にウクライナに侵攻したように、アイヌをロシアの先住民族に認定して北海道のアイヌの保護を名目に北海道に侵攻する可能性もある。中国も尖閣諸島を狙っているし沖縄独立を工作しているし国防費を年々増やしている。独裁者には常識が通用しないので、南海トラフ地震とかが起きて混乱しているどさくさに紛れて攻めてくるような卑怯な手段をとるかもしれない。さてもし日本がロシアや中国に侵略されたときには日本人はどうするのか。戦うのか、戦わずに相手の要求を呑むのか、あるいは国外逃亡して後は知ったこっちゃないというのか。日本は島国なので大多数の人は外国に逃げようがないし、もし外国に逃げたとしてもたいていの日本人は英語ができないので生活できないだろう。だからこそ欧米やアジアに同盟を増やして助けてもらう外交力と、政権交代とかで同盟国が当てにならなくなったときの自国の防衛力が重要になってくる。もしロシアが北海道に攻めてきたら、日本人もウクライナ人と同じ目にあって非武装で無抵抗の老人や子供でも殺されて財産が略奪されるのだということを理解したうえで、日本はどうやって国民の生命や財産を守るのかを考えないといけない。・侵略しないために侵略されてもいいのか共産党の志位委員長が「仮にプーチン氏のようなリーダーが選ばれても、他国へ侵略できないようにするための条項が憲法9条だ」とTwitterに投稿したけれど、日本が侵略国家になる危機よりも日本が侵略される国家になる危機のほうがよっぽど高い。すぐ隣に国家ぐるみで反日教育をしたり弾道ミサイルを飛ばしたり日本の領土を実効支配したりしている国があるではないか。日本の左翼は軍隊をなくせば戦争がなくなると思っているようだけれど、軍隊がなければ侵攻を止める手立てがなくなる。チベットやウイグルやアメリカ撤退後のアフガニスタンのように、一方の勢力が軍事力を持ってもう一方の勢力に軍事力がなければ、戦争が起きない代わりに一方的な虐殺と人権侵害が起きる。左翼は自衛隊を持つことにさえ反対して、アメリカ軍の駐留にも反対して、生命や財産や国家の主権を守る気もなくて戦争さえなければ何をされてもいいというのでは侵略を歓迎しているようなものである。そもそも共産主義は世界同時革命を起こして世界が一つの共産主義国家になれば戦争がなくなるしそのためなら暴力革命も辞さないという考え方なので、左翼にとっては中国やロシアのような旧共産主義国家に侵略されて支配されることは別に悲しむことでもないのだろう。こうした侵略しないために侵略されてもいいという考え方は共産主義者でない人にはとうてい受け入れられない。選挙のために共産党と組んだ立憲民主党が選挙で有利になるどころかかえって支持者離れにつながったように、共産党は野党としているだけならいいけれど決して連立与党にしてはいけない政党である。・わかるとできるは違うSEALDsで中国が攻めてきたら一緒に酒を飲んで止めるというような威勢のいいことを言っていた人がいたけれど、それを実行できるのかが問題である。もし実行できるのなら凄腕交渉人として世界中でひっぱりだこでノーベル平和賞確実だろうけれど、実際は酒瓶を持って兵士に近づいたら火炎瓶だと思われて殺されるのがオチだろう。左翼が主張する仲よくなれば戦争は起きないとか、戦争に反対だから自衛隊や米軍基地はいらないとか、核兵器は世界からなくすべきだという理想や理屈はわかる。学問ならロジックがわかるだけでいいけれど、政治はわかるだけではだめで、できることを実行しない限り問題は解決しない。自衛隊や米軍なしで日本人の生命や財産や権利を守ることができるのかというと、できないだろう。アメリカの核兵器に頼っている日本が世界の核兵器廃絶を主導することができるかというと、できないだろう。千羽鶴を何億羽も折って平和を祈れば世界中の戦争を止めることができるかというと、できないだろう。できることをベースに物事を考えてどんな状況のときには何ができるかという選択肢を用意しておくべきで、有事になってから何ができるのか考え始めるようでは迅速な対応はできない。何ができて何ができないかを確認するためにも核兵器に関しても議論はするべきだし、核兵器を撃たれた場合にどうするのかも可能性は低くても考えておくべきである。できることを実行せずにできない理想を言うだけで満足する無責任な人は政治活動をやめて小説家にでもなればいい。何かができた人が歴史を作ってきたし、何かができる人が今の時代を作っている。物事の道理がわからなくて見当違いのことをする政治家や、できない言い訳を探して何もやらない政治家でも平和で豊かな時代なら居場所があるけれど、生命や財産が危機にさらされたときにはそういう人たちは役に立たないどころか邪魔である。憲法改正したら日本が侵略しはじめるとか、財政出動したらハイパーインフレになるとか、0か100000000かという極端な思考しかできない人の極論は無視して、いま日本が抱えている問題を解決するためにできることをこつこつやらないといけない。ロシアのウクライナ侵攻は平和ボケした日本人が自分の生命や財産を守るために何ができるのかを考えるきっかけになるだろうし、次の参院選ではまともな政策を実行できる人に投票してほしいものである。
2022.03.09
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Facebookが社名をMetaに変えたそうだけれど、このメタというやつが人間にとって象徴的なものだと思うので、徒然なるままにメタについて考えにけり。●メタとは何かmeta-とは高次の〇〇を意味していて、何かの単語の頭にくっつけてメタ認知とかメタフィクションとかという使い方をする。●人間に特有のメタ認知動物は仲間に危険を知らせる鳴き声や求愛の鳴き声を出して発音に意味を持たせることができるけれど、名詞や動詞を組み合わせて構造的に言葉を使うことができなくて、構造的に言葉を使えるのは人間だけである。それに動物は道具を使うことはできても道具を作ることはできないけれど、人間は道具を作ることができるだけでなく、道具を作るための道具を作ることができる。このように自分が何を認識しているかを認識するメタ認知が人間の知能の特徴で、人間は海馬から過去の記憶を取り出して前頭葉で思考している。前頭葉がなくてメタ認知がない動物は現実の出来事だけに反応して仮定の話は理解できないけれど、人間は現実では起きていない仮定の認知を作ることができて、あれを作るにはあの材料が足りないけれどそれで代用できるかもしれない、このままそれを消費したら将来はそれが不足するのでいつまでに仕入れないといけない、もしそれの仕入れをあの人に頼んだら嫌がるだろうから別の人に頼もうかな、という仮定に仮定を重ねた複雑な考え方ができる。それゆえに人間は複雑な道具をつくって、分業して協力する複雑な社会を作って、環境を作り変えることで繁栄できた。・認知のモデル化人間はメタ認知で何を認識しているかを認識できるので、その認知をモデル化することができる。物の見える姿の事をプラトンはイデアと呼んで、真の認識とは想起にほかならないという。イデアを英語ではアイデアという。ピコーンと思い浮かぶやつである。人間は認知をモデル化できるので、見たことがあるものの模型を作るだけでなく、見たことがないものでも頭の中で形を考えて制作できる。例えば分子の結合とかを人間は肉眼で見ることができなくてもモデルを認知できるがゆえに構造を理解することができる。あるいは健康な状態と病気の状態をモデル化することで、自分の体に何の栄養素が足りなくてどんな病気の症状が出ているとかのメタ的な健康状態を自覚することで健康管理ができる。このように認知能力が高まったことが科学の発展と人間の幸福につながったといえる。・仮想世界と宗教人間が現実ではない仮想世界を想像できるようになったことで、過去や未来について考えるようになった。人間はどこから来たのか、死んだらどうなるのか、という疑問を解決する都合のいい存在として万物を作った神をでっちあげて、神がいるのに悪いことが起きるという矛盾を解決するために悪魔や妖怪をでっちあげて、死んだら天国や極楽浄土という別世界に行けると想像することで死ぬことの精神的苦痛を和らげようとした。その認識が集団の中での共通認識となって戒律や儀式が体系化されると宗教となる。しかし修行して神と一体化しようとするスーフィズムとかの人間の認知能力を超えるものを認知しようとした試みは失敗に終わった。現代のように学問が発展して科学的に合理的に地球の成り立ちと人類の進化の説明がつくようになると、もはや非合理な宗教が必要なくなる。TEDで進化生物学者のリチャード・ドーキンスが「戦闘的無神論」という講演をしていて、トップクラスの学者には無神論者が多いと言っていた。目に見えない法則を抽象的な数式で理解できるようになって、目に見える現実と重ね合わせて矛盾がないことを認識できるのが人間の認知の終着点である。ただし認知能力が高くなると自分が死ぬ運命を認知してしまうのが問題である。科学的に考えればいずれ人類は滅亡するし、数億年後には太陽が爆発して地球も滅亡して、人類のあらゆる営みは無に帰すことになる。その人生の無意味さを受け入れられない人は死後の魂の救済を求めて未だに宗教にすがっている。あるいは無宗教な人にとってはAIに自分の知識と思考パターンを覚えさせて人格のコピーを残して仮想空間のデータとして死後の世界を生きるのが科学的な救済措置といえるのかもしれない。・頭の良さを測る指標としてのメタ認知早稲田大学の入試は暗記問題が多いそうで早く正確に問題を解く情報の処理能力が必要だけれど、東京大学の入試は記述式で暗記だけでは解けなくてメタ的な情報の編集能力が必要なのだそうな。2000年代以降にパソコンが発達してからはハードディスクに膨大な情報を蓄積して検索できるようになったので、暗記能力よりも思考力や発想力のほうが重視されるようになって、東北大学や早稲田大学だとAO入試で入学した人のほうが入学後の成績がよいというデータがでている。じゃあ思考力とは何か。暗記は正解とされる知識を海馬で記憶して引き出すだけだけれど、思考は海馬から引き出した知識を前頭葉で組み合わせて仮定する。思考するときにエポケーして前提とされる条件をいったん外すことで、思い込みを排して考えることができる。思考ができない人は正解とされる知識を暗記して権威主義で正当化して、なぜそれが正しいのかというロジックを考えないので、正解とされる知識が実は間違っていたと判明しても、なぜ間違っているのかどこに矛盾があるのか理解できないので間違いを認めようとしないし、ましてや正解が判明していない問題へはうまく対処できない。前提条件を変えて試行する操作が頭の中で行えなくて古くから正解とされてきたものに固執する人のことを頑迷といって、暗記が得意だからといって頭がよいとは言えない。●社会が軽薄短小になって認知が衰えている昔の人間は一代で世界の真理のすべてを理解できるとは考えなかったので、ソクラテスのように無知を自覚して弟子をとって学問や思想を継承して、考える時間が十分にあったので仮定と検証を繰り返して矛盾がないものを定めて少しずつ真理を明らかにしてきた。例えば木星は公転周期が12年なので天文学者は数か月おきに気長に観測したそうな。ところが現代社会はあらゆる分野で手っ取り早く金儲けを目指すようになって、現代人は長期的な計画を立てて道具を作るための道具を作ってこつこつ日々の訓練することをしなくなって、メタな思考力を使わずに現実と目先の金に反応する動物的な馬鹿になりつつある。日本の産業は精密機械の部品とかの道具を作るための道具に需要があるけれど、道具を作るための道具を作るための道具を作るための道具である基礎研究はすぐに役に立たないからといって政府や企業が予算を出さなくなって、ものづくりの根源になる部分がないがしろにされて、優秀な研究者が予算が豊富なアメリカに行ってしまうようになった。あるいは保守点検とかの裏方仕事は直接利益を出さないので冷遇されがちだけれど、これも利益を出すために必要不可欠な道具なので、その道具を捨てたら結局は利益がでなくなる。みずほ銀行がシステムエンジニアを冷遇して営業に回したり派遣の契約を打ち切ったりして保守要員を減らしたらメンテナンスできなくなって送金のトラブルが続出しているのが典型的である。大企業になるほど組織や仕事が複雑になって利益を出す営業マンを支えるための事務マンや情報管理システムを支える保守マンや派遣マンや子会社マンや下請けマンとかの階層が出来上がるけれど、経営者が馬鹿だと道具のための道具というメタ的な視点での道具の必要性を認識できないので、コストカットとして贅肉を落とすつもりで手足を切り落として自滅する。芸術だとテーマや象徴や比喩を織り交ぜる複雑な認知能力や構成力が必要なので、作者が劣化すると作品の劣化として端的に表れる。例えば純文学だと谷崎潤一郎は小説家になるのは40歳くらいがいいと言っていたし、菊池寛も若者が小説を書いてもしょうがないというようなことを言っていたけれど、芥川賞は最年少受賞商法の話題作りに味を占めて綿矢りさとかの若さが取り柄の作家に賞をあげて、小説家なのに知識人といえるほどの知識がない未熟な作家が増えて芥川賞に権威がなくなった。なろう小説だと描写がスカスカで体言止めのト書きみたいになっていて、もはや小説というより脚本である。小説を作るための道具である文学理論や哲学や古典や歴史の知識を十分に用意しないまま創作するので、言葉だけで複雑な構造を作れなくなったのである。2000年代からはパソコンとインターネットが普及してデジタル化で軽薄短小が加速して、情報サイトはまとめサイトやコピペキュレーションサイトだらけになって、YouTubeはテレビやラジオの転載や人気チャンネルの切り抜きだらけになって、劣化コピーを有難がる馬鹿を量産している。ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』という本が東大で一番売れたそうだけれど、ネットだとファストな直感的な早い思考でべらべら喋るひろゆきやメンタリストDaiGoみたいな人がもてはやされて、スローな論理的思考による検証がないがしろにされている。ニュース番組や野党は何か問題が起きると与党が悪いと一斉に批判するけれど、政策がどれだけ効果があったのかどうすればよかったのかという検証をしないので改善もない。あるいはTikTokみたいな数秒の動画がナウでヤングな若者の間で流行っているけれど、そういう構成がなくてキビキビとした編集と演出で面白がらせるような動画をいくら見ても、動物的な反応をするだけで思考に繋がらないので認知機能は向上しないだろう。●人間のエンリッチメントエンリッチメントは動物園とかで飼育動物が正常な行動を見せて異常行動を減らすための工夫を指すけれど、人間も動物として考えると現代文明は体や精神にさまざまな病気を引き起こす異常な環境なので、人間にもエンリッチメントが必要である。一時的に文明を離れて登山やキャンプをするのもよいけれど、それは原始的で動物的な野生への回帰であって人間性を発揮するエンリッチメントとは違う気がする。人間は二足歩行するようになって脳が大きくなって言語能力を発達させて高度なメタ認知能力を手に入れたのだから、人間が本来持つ能力を引き出すには言語能力を訓練する必要があるだろう。となると、複雑な構造を持つ文学を楽しむことこそが人間のエンリッチメントに適していると私は思う。認知症の予防でも脳トレよりも他人と会話したり読書や読み聞かせをするほうが効果があると言われている。認知心理学から考えてみると、読書の際中には脳のあちこちの部分が働いているので認知機能を高めるのに向いているといえる。まず視覚情報としての文字を認識するには小脳が働いているし、読んでいる文章の意味や文法を理解するためには側頭葉のウェルニッケ野が働いているし、長い文章の意味を理解するにはワーキングメモリが働いているし、登場人物が作中で何度も出てくることで意味記憶として名前を覚えるし、登場人物の性格や行動を把握してメンタルモデルが形成されるし、ある程度物語が進むとストーリーを要約してエピソード記憶として長期記憶に残るし、内容が面白くて感情が刺激されると扁桃体が働くし、気分状態依存効果でいっそう記憶に残りやすくなる。論文とかの実用的な読書だと意味記憶には残ってもエピソード記憶には残らないし、感情が動く要素がなくて偏桃体が働かないので、小説のほうが脳を広範囲に使っているといえる。・日本語の特異性日本語は外国人にとって習得が難しい言語と言われているように、他の言語とは違う特徴を持っている。表音文字のひらがなと表意文字の漢字があるだけでなく、漢字に音読みと訓読みがあって文脈に応じて使い分ける必要があるし、主語も文脈から明らかなときはしばしば省略されるし、感覚を表すオノマトペが無数にある。それゆえに英語とかの表音文字よりも脳を使うので、見ようによっては燃費が悪い言語と言えるし、あるいは表音文字と表意文字のハイブリッドでより複雑な表現ができるともいえる。文明が発展するとたいてい言葉の遊戯として詩や歌や演劇が作られるように、平安時代に優れた和歌や随筆が作られたり、江戸時代に優れた俳句が作られたりしたのは日本の文化の発展度合いを示す目安となる。現代に古典として残るほどの優れた日本語の文学があまりないのは、たぶん漫画や映画やゲームとかの視覚的な娯楽が優勢になって読書量が減って語彙も減って認知能力が落ちたのかもしれない。それにコンピューターもプログラミングも英語がベースなので、日本語的なあいまいなレンマの思考がなくなって、西洋的なロゴス的な思考が優勢になっているのかもしれない。●メタバースの危険性小説の世界は一方向的で読者が作品の内容を変えることはできないけれど、メタバースの世界は双方向的である。メタバース内で活動するほど世界が充実していって、メタバース内で人間関係や仕事が完結するようになると現実に持ち越せないメタバース内の資産が増えてメタバースから抜け出せなくなって、人間の肉体は現実世界の探索をやめてパソコンを操作するだけの道具に成り下がってしまいかねない。FF11が流行した時に仕事をやめて一日中ゲームをする廃人と呼ばれる人が出現したけれど、現実よりも仮想世界のほうの比重が大きくなってしまうとそのぶん現実が疎かになる。ではそれの何が駄目なのかというと、現実世界なら引越ししたり転職したりして自分で環境を変えることができるけれど、仮想世界ではアップデートの内容は運営のさじ加減で決まるので、人生の主導権を他人に握られることになる。その主導権を握る他人が民主主義で選ばれた政治家なら納得できるだろうけれど、企業が運営する仮想世界はいわば仮想独裁国家である。アメリカの大統領選挙やコロナに絡んでTwitterやFacebookで言論統制があったように、企業にとって都合が悪い発言は検閲されてアカウント削除されることもありうる。メタバース内で土地を買って運用すれば儲かるとかのメタバースを新しいマーケットとしてとらえたビジネス的な視点で好意的に語られがちだれど、その財産が不当に奪われる可能性があることも考慮するべきだろう。というわけで外国資本に仮想世界を作らせるのでなく、日本は自国でメタジャパンという国営仮想国家を作るとよい。そんで伝統芸能をモーションキャプチャーで保存して仮想世界で見れるようにするとか、国会図書館のくずし字の本をAIが画像認識して読み上げソフトと連携して朗読できるようにするとか、360度カメラで撮影した世界遺産の風景を残すなりして、少子化で継承者がいない文化も仮想世界に残せばよいと思う。つまり日本人が日本の文化や歴史をどう認識しているかという集団的メタ認知をモデル化するわけである。そんでチケット制にして外国人の入国料をとったらデジタル観光地として長期間外貨を稼げるコンテンツになるかもしれないし、未成年だけ投票権があるメタ少年政府サーバーや女性だけ投票権があるメタ女性政府サーバーを作ったりして社会実験ができるかもしれないし、南海トラフ地震や富士山の噴火とかで日本がうっかり滅亡しても日本の良い所は世界の歴史に残せると思う。
2022.03.04
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