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巷の人は誕生日にサプライズをしたがるようで、わざわざ誕生日のサプライズサービス付きのホテルを探すそうな。YouTubeでもドッキリが人気である。私はサプライズやドッキリはクリエイティブでないしくだらないと思うので、これについて考えることにした。●サプライズ・ドッキリとは何かサプライズは誕生日とかに本人に内緒で周りが何かのイベントをしかける行為である。広場とかで通行人がいきなり歌や踊りのパフォーマンスを始めて求婚したりするフラッシュモブも流行した。ドッキリはいたずらの一種で、いきなりゴキブリのおもちゃを投げたり、喧嘩をするふりをして修羅場を演じたりして、相手の反応を見るのを楽しむために行われる。テレビのバラエティ番組が寝起きバズーカや落とし穴とかのドッキリをやって、それをYouTuberが真似てドッキリをやっているようである。●なぜサプライズやドッキリをやりたがるのか・人によって刺激への感度が違う内向的な人は刺激に敏感で、外向的な人は刺激に鈍感である。DQNがバイクで暴走したりクラブで夜遊びしたりして外向的なのは刺激に鈍感であるがゆえに強い刺激が欲しいからである。・金がかからない暇つぶしをしたいドッキリは誰かを騙して驚かせて、相手が怒ったり喜んだりして何か大袈裟な反応を見るだけで、いないいないばあを大人相手にやっているようなもので幼稚で不毛な行為である。しかし金をかけずに大袈裟な反応を引き出せるので、幼稚な人にはそういうのが面白いらしい。・相手の記憶に残りたい誕生日のサプライズとかは相手の記憶に残るために努力をしているともいえるけれど、努力の方向性が間違っている。変なことをして驚かせたりしないと覚えてもらえずに忘れられるならもともとその程度の浅い関係でしかない。・自分が満足したいポケモンGOが縁で出会ったカップルの男性が120万円のピカチュウの婚約指輪をサプライズで送ったら泣かれた話が最近バズったけれど、この人は自分が満足したいのが優先で相手がどう思うかを考えていない。そもそも相手を喜ばせるのが目的ならサプライズで驚かせる必要はないので、一緒に指輪を買いに行ってイチャイチャするほうがましだろう。フラッシュモブで大掛かりなプロポーズをする人は周りの視線があって断りにくい雰囲気を作って返答をせかしていて、相手のことを考えていない。サプライズは嫌いだからやらないでねと釘をさす相手にわざわざ誕生日サプライズとかをやって嫌われる人さえいる。・素人でもネタが作れる物を作るのは知識や技術が必要なので大変だけれど、誰かを騙したり驚かせたりするのは簡単なので、YouTuberとかの持ち芸がない素人がドッキリをやりたがるようである。例えばコムドットというYouTuberは友達を変な髪型に変えるドッキリをして驚く様子を動画のネタにして、チャンネルがーとまんというYouTuberはメンバーの家や家電とかの私物を壊すドッキリをして怒る様子を動画のネタにしている。フラッシュモブは最初は目新しさがあって人気が出たけれど、所詮は素人芸にすぎなくて洗練がないので、目新しさがなくなったら飽きられてしまった。●サプライズ・ドッキリの危険性・人間関係を壊しうるドッキリは相手が許してくれるという前提のもとでいたずらが行われていて、相手への敬意を欠いている。ドッキリを仕掛けた側は楽しいだろうけれど、やられた側は楽しくないし迷惑だしストレスになる。浮気したふりをするとかのドッキリで交際相手の信用を試す行為は相手の信用を無くすことにもつながる。刺激への感受性は人によって違うし、よかれと思ってやるサプライズでも相手にはストレスになりうるし、アスペルガー症候群とかの発達障害の人は想定外のことが起きるのが大きなストレスになるし、PTSDで大きな音や修羅場が嫌いな人もいるので、相手にストレスを与える行為はしないにこしたことはない。一緒にいて楽しい人と信用できる人は違うということを大人なら理解するべきで、共謀してだまし討ちする人は信用できない。猫はいたずらをしたがる子供を避けて穏やかな人になつくけれど、猫の方がよほど人を見る目がある。・身体を害しうる人間はあらかじめ危険を察知していれば受け身をとったりして致命傷を防ぐことができるけれど、いきなり突き飛ばされたり落とし穴に落とされたりすると捻挫したり頭を打ったりする。テレビ局は安全対策を講じてADで試したうえでタレントにドッキリを仕掛けるけれど、これを素人が真似すると安全対策がないので危ない。2011年に石川県で知人の夫婦にドッキリを仕掛けるために大崎海岸に2.5メートルの落とし穴を掘って生き埋めにしたグループがいた。友人をびっくりさせて面白がろうとして橋や堤防からいきなり突き落とす傷害致死事件もときどき起きている。金正男の暗殺がドッキリを装って行われたように、いたずらを手伝うつもりが事件に巻き込まれることもある。パキスタンだとYouTuberが幽霊のふりをして通行人にドッキリをしかけたら射殺されたそうな。怪我や訴訟や逮捕のリスクを負ってまでドッキリをやる価値はない。●平凡な日々を真摯に生きるんだ一日とて同じ日はないし、毎日何かの変化があって新しいことが起きている。産まれる子供もいるし、死ぬ人もいるし、新規オープンする店もあるし、閉店する店もあるし、芽が出て花が咲く植物もあるし、枯れる植物もある。身の回りのものによく注意すれば、知らなかった花の名前を知るとか、食べたことがない食材を料理してみるとか、外国の文化を知るとか、日々なにかしらの刺激があるし学べることがある。平凡な日々を健康で穏やかに過ごせることを幸福だと思えず、退屈して不毛な刺激を求めて犯罪や薬物をやったりする人は馬鹿である。平和は何もしなくても当たり前にあるものではない。元々自然は凶悪なもので、川はしばしば氾濫して家や畑が流されたり、逆に雨が降らずに干ばつで畑が干上がったりして、人類は何度も飢饉に遭遇して過酷な環境の中で生きてきた。近代になって河川が整備されてある程度自然災害の被害を抑えられるようになったけれど、それでも大地震や津波では大きな被害が出るし、噴火や隕石は今の科学技術では止めようがない。自然との闘いだけでなくて人間同士の争いもあって、いつか戦争が起きるかもしれないし、テロや犯罪に巻き込まれるかもしれないし、平和で穏やかな日々は一時的なものでしかない。退屈するほど平和でのんびりできるのは史上まれな贅沢な時間である。『ローマの休日』で城を抜け出したアン女王がやりたかったことは髪を切ったりカフェに行ってアイスを食べたりローマを観光したりする程度である。そんな些細な幸福で十分ではないか。サプライズやドッキリなんかをやったりYouTubeで見たりするよりも、もっと有意義な時間の使い方をするべきである。刺激を得るにしてもドッキリは文化的な価値がないし教養にならないので、文学や映画や音楽やスポーツとかの文化的な価値があるものから刺激を受けるほうがよい。ミステリのどんでん返しやホラー映画はサプライズを求めている人にちょうどよい娯楽だと思う。
2022.05.27
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今どきの若者はニュースを見ないそうで、自分とは関係ないニュースを見ても意味がないとか、政治に興味ないとか、SNSを見てニュースを見る時間がないとかが理由のようである。これはいかんと思うので、ニュースについて考えることにした。●ニュースとは何かニュースとは珍しい出来事や新しい情報のことで、あらゆる分野でニュースがある。テレビやラジオのニュース番組や新聞はその日あった出来事を報道しているけれど、マスコミからの情報でなくて企業や個人が発信する情報でもニュースといえるし、例えば企業のプレスリリースもニュースの一種である。ニュースにする価値がある情報を英語でnewsworthyという。良いニュースであるためには、取材して裏付けをとって正確に事実を伝えること、出来事が起きてからすぐに報道すること、日付や記者の名前が特定できることが必要である。●ニュースを見ることのメリット・最新情報を得るビジネスパーソンにとっては何かを知ったからといって得をするとは限らないけれど、何かを知らないことはすぐに損失につながる。農家や漁師や大工は天気次第でその日の作業内容が変わるので天気のニュースに敏感だし、税制や免許とかの法改正を知らなければ業務が違法になるかもしれないし、補助金とかの制度を使いそびれるかもしれないし、政策や日銀の方針を知らなければ輸出や輸入で為替差損が出るかもしれない。・時代の感覚を得る今何が起きているのかという情報がなければ、自分が今どんな時代に生きているのかという時代に対する共時的な感覚がなくなる。時代の感覚がなければ、2000年代はどんな時代だったとかのように通時的に過去を振り返ることもできなくなるし、グローバリズムの失敗からナショナリズムに移行しつつあるとかの大局的な時代の動きも見えなくなる。・知識を得る大前研一がポストセブンの記事で文系の知識はスマホですぐ検索できるから文系知識の価値は5円と言ったのはネットが正しいと信じている情報弱者みたいな発言で、検索したら出てくる知識が正しいか間違っているかを判断するのにも文系の知識がいる。それゆえに歴史や文化や宗教や政治とかの文系知識を持ったジャーナリストが現地を取材して情報を取捨選択することに価値があるし、その取捨選択の過程で何かしらのバイアスがかかるし、実績があるジャーナリストでないと取材相手の信用を得られないので、ソースによって信用度が違う。信用度が高い大手メディアのニュースはだいたい正確な知識を伝えているけれど、朝日新聞の慰安婦報道や日経新聞の財政破綻論煽りみたいにバイアスがかかった記事もあるので、複数のソースを比べることでより正確な知識を得やすくなる。・判断材料を得る企業の決算や統計とかのニュースは景気や政策の効果を判断する指標となる。どこかの川でボラが大量発生したとかの普通の人にとってはどうでもいいようなニュースでも、学者には温暖化や環境汚染の影響を調べたりするのに役立つ研究材料になるかもしれない。・インスピレーションを得る例えば田舎で従業員全員が高齢者のレストランがオープンしたとかの自分と関係なさそうなローカルニュースでも、どういう食材や料理があるかを知るだけでも創作のインスピレーションになったりするし、どういう立地でどういう客層で客単価はいくらでFLコスト比率はどれくらいだろうかとニュースでは伝えていないところを考えれば起業や商品開発のアイデアにつながるかもしれない。自分が直接体験できないことをニュースで偶然知るセレンディピティが新しい発見につながる。・他人の失敗から学べる日常生活だと他人の失敗を目の当たりにする機会はあまりないけれど、ニュースだと重症や死亡につながる重大な事故を報道しているので、他人の失敗を教訓にして、どうしたら事故を防げたのか、どうしたら救助できたのかを考えて、自分の失敗を防ぎやすくなる。他人の事故を自分とは関係ないと思っている人がいるからこそ毎年バーベキューをして川で泳いで死亡する人や振り込め詐欺に騙される人とかが出てくるけれど、ニュースを見て気をつけていればこうした事故や事件は防げた。・次に起こりうる事態を想定できる進化とは必ずしも今あるものを高性能にすることではなくて、想定外の変化に適応して生き残ることで、事前に変化を想定して対応できるかどうかで生存率が変わってくる。ニュースは炭鉱のカナリアのようなもので、環境の変化をいち早く知らせてくれる。例えば危機察知能力が高い人はロシアがウクライナに侵攻する半年前にロシア軍が国境付近に集結して演習しているというニュースを見てロシアのウクライナ侵攻がありうると想定していた。道路が陥没したとか水道水が濁ったとか温泉や湧水が止まったとかは個々のニュースとしては些細なものだけれど、近々大きな地震や地滑りが起きるかもしれないと想定するのに役に立つ。●時間の無駄の境目・スポーツや趣味に関するニュース野球、サッカー、相撲はたいていのニュース番組のスポーツコーナーでとりあげるけれど、興味がない人にとっては優先順位が低い情報なので時間の無駄になる。営業マンなら取引先との雑談に付き合うために相手の趣味に合わせた情報収集も役に立つかもしれない。・芸能ニュース芸能ニュースは巷で話題のアイドルの音楽を聴いたり流行を知ったりするぶんにはインスピレーションを得られるところもあるけれど、交際発覚や不倫や離婚とかのゴシップは文化的な価値がないので芸能人のファン以外には時間の無駄になる。・動物ニュース毎日重大事件が起きるわけでもないので、テレビ局は尺を埋めるためにTwitterでバズった動物の動画の紹介とかの重要でないニュースも流したりする。ストレス解消にはなるだろうけれど、新しくもないしたいして珍しくもないので、わざわざ見るほどのものでもない。・情報バラエティ番組情報バラエティ番組はニュースに対するコメンテーターの意見がメインで、厳密にいえばニュース番組ではない。コメンテーターが専門家なら詳しい解説とかがあって有意義だろうけれど、門外漢の芸能人がコメントをする番組はニュースに対して付加価値がないので時間の無駄になる。●大人は時間を割いてでもニュースを見るべきニュースを見ない人や投票に行かない人は自分が社会の一員だという当事者意識が欠如している。SNSを見るのを優先してニュースを見ない若者は、現実世界の問題は自分が何もしなくても他人が何とかしてくれるというお客様気分が抜けていないんじゃないかと思う。新型コロナウイルスへの政府の対応とかのニュースを聴きそびれると仕事や人生に重大な影響を及ぼすし、今何が起きているのかを知らなければこれから自分はどうするべきかという方針も定まらないので、自分の仕事に関係する分野のニュースや国家全体に影響を及ぼす政策には高い感度を持って情報収集するべきである。仕事の後に国会や市町村議会の中継の録画を全部見る時間はなくても、何が審議されてどんな法律が可決されたのかという答弁のハイライト程度はニュースを見て確認しておくべきだろう。就活の面接で時事問題のニュースについての質問はフィルターとして重要で、ビジネスでは他人の役にたつ商品やサービスを提供することで対価をもらっているので、自分のことだけを考えて他人や社会に興味がない人はビジネスに向いていない。これは象牙の塔にこもっている人も同様で、勉強熱心な医者でも病院の経営は下手で反社会的勢力につけ込まれて病院を乗っ取られたり、頭がいい裁判官が世事に疎くて常識外れの判決を出したりするように、社会を知らないと結局は自分の仕事にも悪影響を及ぼしうる。学生は就活のときだけ付け焼刃でニュースを見るのでなくて、普段から時事問題について関心をもって少しずつ政治経済の知識を増やすほうがよい。私のお勧めはYouTubeで24時間ライブ配信している英語のニュースで、世界情勢を知ることができるうえに英語の勉強にもなって一石二鳥である。株のニュースはBloomberg、ヨーロッパのニュースはDWニュース、中東のニュースはアルジャジーラとか使い分けるとよい。シンガポールのCNAは日本の特集もしているので日本人にもとっつきやすいと思う。
2022.05.22
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最近は目的と手段を理解していなくて合理的な思考や行動ができない人が多いような気がするので、巷でよく言われているパーパスについて徒然なるままに考えにけり。●パーパス経営とは何かパーパス経営とは企業の存在意義を明確にしてどのように貢献するのかというパーパス(目的)を掲げる経営の事である。例えば普通のファッションブランドが利益を出すために発展途上国の労働者を低賃金で劣悪な環境で働かせて搾取するのに対して、マザーハウスは発展途上国で高品質な商品を作ることで労働者に正当な報酬を与えているしリサイクルにも取り組んでいるので、その姿勢が評価されて熱烈なファンがいる。パーパス経営は次世代の経営モデルとしてビジネスパーソンの注目を集めているそうだけれど、じゃあこれが以前にはなかった新しい考え方かというと違うだろう。新一万円札の肖像になった渋沢栄一は資本主義という言葉を使わずに合本主義という言葉を使ったけれど、これは目的を達成するのに最も適した人材と資本を集めて事業を推進させるという考え方で、渋沢栄一は百年前に公益のための目的を明確にしたパーパス経営をしていたといえる。・企業の目的と個人の目的は必ずしも一致しない企業の目的と個人の目的を同一視すると、企業が従業員の人格を認めずに会社の所有物のようにみなして長時間残業させたり、上司が部下のプライベートにまで干渉したりするブラック企業になる危険がある。あるいは従業員が自発的に企業と同じ目的を持ってやりがいを持って働いていたとしても、退職したとたんに目的がなくなって燃え尽き症候群になってうつ病になる危険があるし、家庭を顧みなかった企業戦士が退職金をもらったとたんに熟年離婚して孤独な晩年を過ごす場合もある。こうした危険を防いで人生を充実させるために、働いている間の目的とプライベートでの目的は分けておくべきだろう。ANAが最長2年のサバティカル休暇制度を導入したようで、これは従業員が単に会社の目的に従うのでなくてそれぞれ違う人生の目的を見つけるのによいと思う。細切れの休日だけを使って個人で何かプロジェクトをやろうとしても難しいけれど、サバティカル休暇があれば海外留学したりして視野を広げることができるだろう。●目的と手段の矛盾・何のためにその行為をしているのか?目的は何なのか、目的達成のための手段としてその行為は適切なのかを整理すると議論をしやすくなる。逆に目的と手段を取り違えると議論が成り立たなくなる。最近はウクライナに千羽鶴を送るのは無駄かどうかで議論されたので、このケースでの目的と手段を考えてみる。平和を祈るのが目的なら、その手段は黙とうでも歌でもダンスでも靖国神社参拝でも何でもいいわけで、千羽鶴を折って平和を祈りたい人もいるかもしれない。しかし困っているウクライナ人を助けるのが目的なら、千羽鶴を折ってウクライナ大使館に送りつけたところで目的を達成できないので、手段として役に立たない。男性の筋トレや女性の自分磨きは無駄だという意見もしばしば炎上しているけれど、これは目的を理解していない人が勝手に別の目的を設定して手段としてその行為が無駄だと決めつけるので、有意義な議論にならない。何かの目的に対して手段として効果的かどうかを議論するべきであって、目的が違うものを議論しても意味がない。・祈りは手段として役に立たない初期仏教のスマナサーラ長老は神に祈るのは馬鹿だというようなことを言っているけれど、私も同感である。祈れば何でも願いをかなえてくれる神やドラえもんのような便利なものは存在しない。受験生が勉強せずに熱心に合格祈願したところで受験に合格するわけではないのは子供でも分かるだろうに、なぜかいい歳をした大人が祈りを万能薬のように使いたがる。現実的な問題に対処するためには具体的な行動をしないといけないし、その手段を学ぶために我々は学校で専門的な教育を受けるわけである。祈るのは万策尽きたときに心を落ち着かせるためには役に立つだろうけれど、問題解決の手段としては役に立たない。・目的を持っていても手段が稚拙だと失敗するすばらしい目的を持っただけですばらしい結果になると妄信している人たちがいて、そういう人たちはすばらしい目的に邁進する自分に酔って冷静な判断ができないようで、目的達成のための手段が稚拙で失敗している。例えばエシカルヴィーガンは高い倫理観を掲げても健康管理が不十分で体がぼろぼろになって、医師のアドバイスという言い訳をして泣きながら肉や魚を食べている。SDGsはやったつもりになった自己満足だけで終わりがちで、小泉進次郎がレジ袋を有料化したけれどエコバッグのほうが環境の負荷になるので、消費者や小売店の負担が増えるだけでやる意味がなかった。小池百合子は7つのゼロというすばらしい公約を掲げたけれど、2階建て通勤電車とかの非現実的な手段を言い出して、満員電車解消に進展がないまま放置している。ヨーロッパの移民推進派のリベラルは寛容な人格者ぶって移民政策に反対する人をレイシストや極右とレッテル貼りして批判してきたけれど、スウェーデンは同化政策をとらずに一挙に大量の移民を入れたせいで反移民派と移民が分断してしまって、スウェーデンの首相は20年間の移民政策の失敗を認めた。・目的に合わない人を働かせようとすると非効率になる渋沢栄一の合本主義のように、目的を達成するのに最も適した人材と資本を集めて事業を推進させればたいていの事業はうまくいく。例えばM&Aはプロジェクトごとにアドホックに業界に詳しい専門的な人材を集めて、目的を達成したら解散している。逆に事業に最も適した人材を集められないと失敗するし、箔付けの巨額M&Aをやりたかっただけで郵便と物流の違いもわからないまま物流会社を買収した無能の西室泰三みたいにリーダーが適任者でなければやる前から失敗するのが予想できる。じゃあ目的達成のために最適な人材を集められるかというと、日本は解雇規制があるせいで人材が流動化しなくて最適な人材を集められていない。経営者は今雇用している人だけでなんとかしようとして人事異動して人手が足りない仕事を適性がない人にあてがって非効率になって、長時間労働したりきつい言葉で能率を上げるように促したりして無理をしないと仕事が回らなくなって、会社がブラック企業化する。政治家も政党や派閥の力関係があって他の政党や派閥も内閣に入れざるを得なくて総理だからといって自由に人事をいじれるわけでもないので、USBを知らない桜田サイバーセキュリティ担当大臣みたいに目的に合わない人が適性のないポストで働くことになる。安倍政権だと安倍総理が経済成長を目的にしたアベノミクスを始めて、一本目の矢の日銀の異次元の金融緩和はやったけれど、二本目の矢の財政政策をしようとしても財務省や財務大臣の麻生が反抗して、ギアを上げたのにアクセルを踏まないどころかデフレ下でやる必要のない消費税増税を強行してブレーキを踏んでセルフ経済制裁してアベノミクスは頓挫して、所得を150万円を増やすのが目的だったのに逆に所得が減っていて日経平均採用銘柄の株主以外は損している。それゆえに縁故主義や功労人事をやめないといけないし、だめな政治家は選挙で落とさないといけないし、経済成長のためには雇用を流動化して産業の移り変わりとともに適材適所で人材を集める必要がある。・目的達成のために意見を言うべきテレ東BIZの動画でNETFLIXの企業文化を特集していて、NETFLIXは部下が上司に直接意見を言えて、日本企業みたいに会議で反対意見を言わずに後になってから俺実は反対だったんだよなと言うのは会社への裏切りだという企業文化だそうな。上司に反対意見を言うとクビになる可能性もあって生存競争が激しい能力主義の中で、ただ要求水準が厳しいだけでなくて評価に透明性があって心理的安全性があるのでブラック企業にならずに優秀な従業員が残って利益を出して成長しているようである。日本だと間違いを恥とみなす文化があるせいか、部下は上司の面子を損ねないために間違いを指摘できなくて、上司は部下の指摘を受け入れて間違いを認める度量がなくて、従業員はいい仕事をするよりも上司に気に入られて企業にしがみつくことに目的がすり替わって、権威主義や縁故主義で物事を決めるようになって非合理的で非効率になってしまうのかもしれない。●金儲けを目的にすると社会を害しうる・金儲けを目的にした新自由主義と株主資本主義は社会を荒廃させた仕事とは他人の役に立ったり他人を喜ばせたりしてその対価をもらうことで、利益が出るのは結果でしかない。金を儲けることを目的にして従業員から搾取したり客を不幸にしたりするのでは社会に必要とされる仕事とはいえないし、そんな会社は潰れたほうが社会のためになる。経営者が本当に社会の役に立つことを目的にして事業をしていれば客だけでなくて従業員の幸福にも気をつかうだろうし、うつ病での休職や過労死は起きないはずである。従業員が過労死したワタミや店長が恨み言を残して焼身自殺したくら寿司とかは全国展開してビジネスとしては成功しているけれど、企業としては問題がある。スルガ銀行はかぼちゃの馬車への融資で客をカモにしていくら金を儲けようが社会の役に立っていない。・日本の政治家は目的と手段の両方を間違った経済とはそもそも経世済民のことである。国民を困窮から救うために精力的に会社を作って日本を豊かにして発展させた渋沢栄一と対照的に、岸田総理が延々と検討して何もしないのは、岸田の言う「新しい資本主義」というのが口だけのでまかせで目的がないからだろう。所得倍増計画と金融所得課税をいったん口にしてもすぐに引っ込めて金融所得倍増計画に変えたりして一貫性がないし、やりたいことがあるなら総理の権限を使って目的達成のために最適な人材を集めてやれと命令すれば手段の検討はあるだろうけれど政策は動き出すだろうに、政権をとってから半年間成果がない。目的がない人がいくら口先だけの目標をでっちあげたり他人の意見を聞いたりしたところでそもそも実行する意思がないのでは検討するだけ時間の無駄だし、増税とかの参院選が終わるまで口に出せないような目的があるなら国民を騙すつもりなのだろうし、岸田は総理になるという個人的な目的は達成したのだからやりたいことがないならもう辞めればいい。なんで岸田総理や与党の政治家がコロナ禍で困窮した国民を見捨てて消費税減税もガソリン税減税もやらないのかと言えば、PB黒字化目標が足かせになっているのが一因だろう。そもそも国債を発行したところで金利以上の経済成長をすれば問題はないし、どんどん投資して起業や研究を促して経済成長すればそのぶん税収も増える。財政規律を重視するにしても上杉鷹山が無駄な支出を減らす一方で投資して新しい産業を作って藩政を立て直したのをモデルにするべきで、田沼意次の倹約令みたいに緊縮財政で投資せずに経済活動を止めて信用収縮して貧しくなって人心が荒廃して税収も減るのではPB黒字化する意味がない。消費税は強制的に人件費と消費を減らす倹約令のようなもので税金の中でも悪影響が大きいし、実際に消費増税で景気が後退して税収が減っている。帳簿の帳尻を合わせることを目的にして、その手段として国民を見捨てて、戦後に奇跡的な経済成長した国を没落へと導いて格差を拡大させて大勢の自殺者を生み出して少子化を深刻化させたのだから、平成と令和の政治家は日本史に残るほどの悪政をした希代の悪人か、もしくは自分が何をしているのか理解していない馬鹿というべきだろう。●芸術の目的は何か芸術は自己表現が目的だけれど、表現すれば何でも価値があるというものでもないので、芸術的価値の追求も必要になる。他の芸術家が使っていない新しい技法を使ったり、社会批判や問題提起をして、唯一無二の個性を出したからこそ名作は価値があるものになった。ところが現代は創作環境がデジタルになって、ソフトが技術を底上げして誰でもコピペやトレースをして似た作品が作れるようになったせいか、NFTで唯一無二のトークンを作って作品とは関係がないものを売ろうとしている。NFTはデジタルアートだけでなくて電子書籍や電子音楽にも適応しうるけれど、私はNFTは「所有」の概念の亡霊のようなもので価値がないと思う。絵画や壺とかは所有しないと部屋に飾れなかったので所有することに意味があったけれど、デジタルコンテンツは部屋を飾るのに使うわけでもないし作品を所有しなくても金を払えば誰でもどこでも鑑賞できるのがメリットなのに、わざわざ実物と同様に所有の概念を付け足す必要がないではないか。NFTは金持ちから金を巻き上げて芸術家に還元する仕組みとして割り切って使うなら別にいいのだけれど、庶民に売るようなものではないだろう。芸術は金儲けを目的にせずに自己表現という本来の目的に立ち返るべきである。・文学の目的は何か大衆文学はジャンルに特化した娯楽としての物語で読者を楽しませて金儲けする目的が明確なのに対して、純文学は芸術的な表現を目的にしている。しかし純文学は作者が何をしたくてその小説を書いたのか目的がよくわからないことがしばしばあって、この目的意識のなさが純文学があまり人気がない一因だと思う。社会問題を取り上げて問題提起する目的があるとか、実験的な技法を試してみたりして手段に工夫があるとかなら見どころがわかりやすいけれど、小説家が低学歴化して思想もアカデミックな知識もなくなって、テーマも技法も見どころがなくなった。これを何とかしないと純文学は衰退する一方だろう。タケノコ取りの名人は他の人が見てもわからないようなところにある土の下のタケノコを一目で見つけたりするけれど、同様に作家も現代社会や人間の生き様を見て問題点を見つけだす目利きでないといけないし、目利きをしたうえで独自の味付けに調理する技法ももたないといけない。この目利きには文学的センスがいるので誰でも目利きの才能を持てるわけではないけれど、表現技術は訓練次第で身につけられる。プログラミングの速さと正解数を競う競技プログラミングがあるように、文学の技術の向上を目的にした競技文学を作れば作家の技術水準が上がると思う。例えばマジックリアリズムの書き方の講座を開設して、著作権が切れた古典の短編をマジックリアリズムに書き換える課題を出して、その良し悪しを競うというカジュアルな純文学のコンペがあれば創作技術への理解が深まって純文学も人気が出るかもしれない。●人生の目的は何かあらゆる生物は本能的に幸福と繁栄を求めていて、外敵が少なくて餌が多いところに巣を作って環境に順応しながら何万年も繁殖を続けてきた。本能を理性で制御して自分で目的を決められるのは脳を発達させた人間だけで、理性ある人間が動物と同様にただ欲望や感情に流されるままに一瞬の満足を得るために生きて死んだところで、そんな人生は意味もなく空しいものだろう。それゆえに人間は欲や感情を制御する方法を学ばなければならないし、その人格修養の先に信頼と協力からなる人間らしい世界がある。しかし残念なことにたいていの人間はまだその段階にまで至っていないので、戦争や犯罪がなくならない。欲や感情を抑えて無知から抜け出して平和な社会を築くことが今後数世紀の人類の目的になるだろう。新型コロナウイルスが広がってからは生活が変わって経済が停滞して、最近は社会的に成功したはずの芸能人の自殺が相次いでいる。人間が社会と関りを持って生きている限り、もっと家族を幸福にしようとか社会を良くしようとかの何らかの目的はなくならないはずだろうに、彼らはなぜ死んでしまったのか。病気でない人が自死を選ぶのは、おそらく社会から孤立して目的を見失って生きるのが空しくなったときか、あるいは目的があっても自分は何の役にも立たないのだと悲観したときだろう。生きている限りは何かしら社会の役にたてるし、「徳は孤ならず必ず隣あり」という論語のことわざのように社会の役に立とうと努める限りは何かしら人とのつながりができて孤立することはないし、自分が偉業を成し遂げなくても誰かを応援するだけでも社会の役に立っているので、自死を選ぶ前に視野を広く持ってほしい。最近韓国の仮想通貨のLUNAが大暴落して財産を失った人の自殺予告がredditにたくさん投稿されているけれど、そもそも社会の役に立たないもので財産を築こうという目的が間違っているし、人間は何のために生きるのかという本来の目的に立ち返るべきだろう。日本は新自由主義者と反日売国奴とデフレ下で増税する馬鹿のせいでだいぶひどい国になってしまったけれど、まだ持ち直せるだけのポテンシャルはある。選挙で投票するのも社会を良くする目的のために個人がとれる有効な手段なので、次の参院選では明確な目的を持って正しい手段で目的を達成できる政治家に投票して応援してほしいものである。
2022.05.13
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以前陰謀論について考えるという記事でアメリカの陰謀論について考えて、アメリカ人の低所得者層が馬鹿だから陰謀論が広まるのだと思ったのだけれど、日本でも陰謀論が広がって神真都Qという反ワクチン団体がワクチン接種会場に侵入して逮捕されたし、家族がワクチンの陰謀論を信じて家族の仲が悪くなった人もいるようである。というわけでまた陰謀論について考えることにした。誤解を招かないように初めに言うけれど、この記事の目的は陰謀論を否定して陰謀論にはまらないように注意喚起することである。●日本の陰謀論フラットアース説、悪魔崇拝するイルミナティが世界を支配している説、宇宙人のテクノロジーによるメッドベッド開発説、コロナワクチンの人口削減計画説、コロナは存在しない説は外国と共通の陰謀論のようで、これは外国発祥の陰謀論がネットで日本に伝わったのだろう。日本で特有なのは日本は李家(中国人)や秦氏や出雲族の人脈に支配されていて某政治家や有名人は中国人だとか、天皇の正体はレプティリアンだとか、天皇家は偽物と入れ替わっているとか、東日本大震災は人工地震だとか、地震が予知できて日本は滅亡するとか、縄文人は金星から来たとか、オウム事件の黒幕は某学会だとか、某アニメ監督はイルミナティのロリコンで幼児を悪魔に捧げているとか、悪の組織に集団ストーカーされているとか、抗がん剤のがん治療を全否定するとか、某歌舞伎役者の妻とかのがん患者はイルミナティに暗殺されたとか、日ユ同祖論とかの陰謀論や科学的事実の否定があるようである。コロナ関連の医療を否定する点ではスピリチュアル系と重なる部分もあるし、電磁波や集団ストーカーがどうのこうのという部分は統合失調症と重なる部分もある。個人的に面白いと思ったのはスマホやネットが監視装置だという陰謀論がない点で、陰謀論者がスマホを手放したら陰謀論が広められなくなって都合が悪いので自重しているんだろうか。荒唐無稽な陰謀論は熱心に主張するのに、現実的なハッキングの脅威を無視するアンバランスさは意図的なのか無自覚なのかよくわからない。・陰謀論サイト私は陰謀論を広める意図はなくてサイトへのリンクは貼らずにURLだけ載せておくので、陰謀論耐性がある人だけURLをコピペしてどんな論があるのか確かめるとよい。https://rapt-neo.com/https://rapt-plusalpha.com/http://kawata2018.com/https://tyuuta1.com/https://shinjitsu7.com/https://bread-life777.com/https://romin-neo.com/https://golden-tamatama.com/http://richardkoshimizu.boo.jp/https://hellomitz3.net/https://blog.goo.ne.jp/kimito39https://blog.goo.ne.jp/zaurus13https://ch.nicovideo.jp/ibi-u16https://blogtag.ameba.jp/news/保江邦夫先生https://tacchan.hatenablog.com/https://ameblo.jp/sumisumi-world-2020/https://ameblo.jp/hikarugennji/https://ameblo.jp/yoshi1020nihei/https://ameblo.jp/miyukiniaitaiyo328/https://yatsulog.com/https://okagesamadesu.net/http://takahata521.livedoor.blog/https://satoseitai03.blog.fc2.com/http://aatoumeicocoro2.seesaa.net/http://ryuujinikki2.seesaa.net/http://hanakosakamoto33.blog.jp/https://webbook2023.com/●日本で陰謀論が流行する理由・非科学的なものを受け入れやすい国民性日本は神道の教義が特にないまま神社で神を拝む習慣があるがゆえに、運や占いとかの非科学的な概念をうけいれやすいようである。血液型相性占い、星占い、姓名判断、手相占い、パワースポット、パワーストーン、風水、開運、ゲン担ぎ、エンジェルナンバー、予言とかいろいろある。特に恋愛占いは需要があるようで、女性向け雑誌には何かしらの占いコーナーがある。視聴者の需要があるからこそ昭和の頃は心霊番組が人気だったし、霊感商法が社会問題になったり心霊写真が加工だとばれたりしてからはテレビでは心霊番組をあまりやらなくなったけれど、その代わりに都市伝説を取り上げるようになった。非科学的なものをうけいれる想像力豊かな感受性は芸術や娯楽やカウンセリングなどに活かされれば社会の役に立つけれど、現実世界の合理性を理解せずに否定する考え方になると社会の害になりうる。・日本人はけっこう馬鹿だった私はアメリカ人は学校でキリスト教の偏見を教え込まれるがゆえに進化論の否定や地動説の否定とかの非科学的な思考をして陰謀論にはまるのだろうと思っていたのだけれど、科学的な教育を受けた日本人も陰謀論にはまっているのを見ると、これはもう宗教の影響というよりはどの国でも人口の何割かは科学を理解できない境界知能や知的障害者なのかもしれない。基礎的読解力調査で日本人の1/3は日本語が読めないというのだから、科学や数学の論理や合理性も理解できないと思われる。陰謀論が流行する前にも新興宗教にはまる人がいたけれど、オウム真理教のテロやシャクティパットとかで新興宗教ブームが終わって新興宗教にはまっていた層がスピリチュアルや陰謀論に流れたのかもしれない。陰謀論は「刺激がある」「誰でも簡単に理解できる」「正義感や使命感を煽る」という三段構えになっていて、危機を煽って刺激的なので馬鹿が興味を持って、数式や化学式とかの難しいことを言わなくて悪魔や宇宙人のせいにするので馬鹿でも理解できて、悪の勢力から自分を守るために目覚めるんだ!気づけ!と馬鹿をおだてるので、馬鹿がどっぷりハマって無能な働き者として陰謀論を広める仕組みになっている。能力が低い人が自分の能力を過大評価するダニング=クルーガー効果という認知バイアスがあって、馬鹿であるほど自分が馬鹿だという自覚がない。ナイフを買って強くなった気分になる男子中学生みたいに、陰謀論者は他の人が知らない真実を知って他人より賢い人になった気分になって自信満々に陰謀論を拡散するようになってしまう。それに人間の脳は自分が重要だと認識した情報に無意識に注意を払うようになる選択的注意という仕組みがある。インターネットの出現で膨大な情報があふれる中で、賢い人は情報を正しく取捨選択してますます賢くなる一方で、馬鹿は陰謀論に注意を向けてなんでもかんでも陰謀論にこじつけてますます馬鹿になってしまった。・ネタ切れしない事実を否定すればどんな陰謀論でもでっち上げることができるので、陰謀論はネタ切れしない。パナウェーブの電磁波がどうのこうのという単発ネタの人たちは教祖がいなくなったらすぐに解散したけれど、陰謀論はコロナやアメリカ大統領選挙みたいな世界的なイベントを何でも陰謀と結び付けて延々と新しいネタが出てくるので飽きられないし、何かの陰謀論が間違っていると論破されたら別のネタに乗り換えればいいだけだし、ネタを見つけるためのコストもかからない。・陰謀論の否定を否定するロジック陰謀論を否定する人が陰謀論が間違っていることを証明しようとして何かのデータを出して間違っているよといえば、陰謀論者はそのデータは捏造されたものだから信用できないとか言って否定を否定する。本来は陰謀論者が証拠を出して正しさを主張するのが筋だけれど、陰謀論者は証拠を出さずに陰謀論の否定を否定するというやり方で論破されるのを防いでいて、間違いを認めなければ間違いでないという態度で頑なに意見を変えようとしない。それゆえに陰謀論を根絶するのは難しい。・金儲けできる陰謀論を信じている人は儲からなくても勝手に陰謀論を広めるだろうけれど、陰謀論を信じていない人でも金儲けのために陰謀論を広めている可能性もある。Googleは陰謀論を検索結果から排除しているので陰謀論サイトには広告はついていないようだけれど、それでも寄付を募ったり会員費をとったり有料記事を販売したりして儲けることはできる。陰謀論者のTwitterやYouTubeチャンネルのフォロワーが数万人単位でいて熱心な固定客がいるとわかっている市場だし、専門知識がなくても参入が容易なので、グレーゾーンで儲けたい人が陰謀論に手を出すのかもしれない。メルカリで電磁波や思考盗聴を防ぐと称してただのワッシャーが高額で売られているのが話題になったけれど、これも思考盗聴を信じていない人が金儲けのために統合失調症の人をカモにしている。●陰謀論への対処の仕方・陰謀論というレッテル貼りで思考停止するのは危険ロシアのウクライナ侵攻でロシア側とウクライナ側の両方の主張が矛盾しているように、現代の戦争は認知戦になっていて、当事者でない限り真実はわからない。これは戦時中の情報だから信用できないというわけではなくて、平時でも敵国への工作活動は行われていて信用できない情報が流布されている。例えば中国には五毛党というネット世論工作部隊がいて中国共産党のプロパガンダを世界に広めているし、朝日新聞の慰安婦報道や毎日新聞の変態報道みたいに捏造してまで反日活動をする人たちがいるし、それに騙される人もいる。たいていの先進国は防諜機関があって敵国に対して工作活動をしたり敵国からの工作活動を防いだりしているし、賄賂だの盗聴だのハニートラップだのサイバー攻撃だの暗殺だのの何かしらの陰謀はあるし、過去には尾崎秀実や野坂参三みたいなソ連のスパイがいたし、スパイ防止法がなくてスパイ天国と言われている日本では現在も政財界にスパイが入り込んで工作活動しているとみなすべきだろう。それゆえに陰謀論者とレッテルを貼って馬鹿にして思考停止するのはよくない。北朝鮮に日本人が拉致されたときも、もし北朝鮮の亡命者の証言を捏造や陰謀論とみなして政治家や外務省が何もしなかったら北朝鮮は拉致を認めなかったかもしれない。オウム真理教が国家転覆を狙ってテロを起こしたけれど、もしそれを陰謀論とみなして公安が無視したらオウムが勢力を拡大してテロの被害が深刻化したかもしれない。最近元公安の勝丸円覚氏が2002年にアルカイダシンパによる高速鉄道爆破未遂事件があったと明かしたように、秘密裏に対処されて表に出なかった陰謀もあった。どんな主張に対しても根拠を検証して、科学的にありえないとか論理が破綻しているとか証拠が捏造されたとかの間違っている根拠を見つけたうえで間違っていると判断するべきで、間違いだと確定しないうちに間違いだと決めつけてはいけない。間違った陰謀論が広まるのも危険だけれど、間違った陰謀論と決めつけてSNSのプラットフォーマーが一方的に投稿を削除して議論をさせないのもまた危険である。ありえない陰謀論や明らかな嘘だとしても、それを流布すること自体が工作の可能性があるし、別の工作から目をそらさせるための陽動の可能性もある。例えば五毛は沖縄県民が日本から独立したがっているとか沖縄は中国領土だったとかの嘘をネットで広めているけれど、これはいずれ中国が沖縄を侵略したときに侵略を正当化して歴史を書き換えるための下準備の工作とみるべきたろう。自称宮内庁関係者による皇室への誹謗中傷のゴシップ記事も天皇の権威を貶めるように世論を誘導して日本の体制を解体したい反日勢力による工作かもしれない。たとえ荒唐無稽な陰謀論だとしても警戒するに越したことはない。・事実と根拠と合理性に基づいて物事を考える陰謀論者は直接証拠を出さずに外国の〇〇という博士が言っているという権威プロパガンダをしばしば使う。それゆえに根拠が乏しい主張を信じるか信じないかという不毛な二元論になって、いつまでも主張が証明されないままでいる。現実の事象と矛盾する主張、裏付けとなる根拠のない主張、科学的な再現性がない主張については、主張の正しさが証明されるまでは仮説扱いして態度を保留しておくのがよい。例えば有名な研究機関に所属する研究者がSTAP細胞はありまぁすといったところで、第三者が検証しても証明できないものは信憑性がない。STAP細胞がある可能性もあるし、どんな説でも可能性はないとはいいきれないけれど、専門家でない人が可能性を考えたところで証明できないのでは意味がない。「ユダヤ人が世界を支配をしている」みたいな物的証拠がなくて科学的に証明しようがない主張は現実との整合性で判断するべきで、事実としてアメリカ政府は民主党と共和党のどっちが大統領になろうがイスラエルを支援しているし、事実として政財界の偉い人の中にはユダヤ人もいるので、「ユダヤ人がアメリカの政治経済にある程度影響力がある」とは言えるだろうけれど、中国やロシアみたいにユダヤ人と無関係に長期間独裁している国もあってユダヤ人が彼らをどうにかできるわけでもないので、「ユダヤ人が世界を支配している」とは言えないだろうし、まるきり嘘というよりは過度に誇張された表現とみなすのが適当だろう。・冷静な議論が可能か否かで対応を変える普通の人は何が正しくて何が間違っているかを根拠に基づいて合理的に理解して、自分が間違っていたら間違いを認めて意見を変えることができる。科学で新しい発見がされてそれまでの通説が覆ったりして専門家でさえ間違うこともあるし、専門家の間でも判断が分かれることもあるし、誰でも間違いうるがゆえに意見が違う相手の話を聞いて主張の根拠を検証することが大事である。論理の矛盾や根拠の間違いを理解できず、意見が異なる相手を敵視したり、〇〇に騙されているとか〇〇に洗脳されているとか言ったりして冷静な議論ができない人は残念ながら普通の人ではなくて議論する意味がないので、頭がおかしい人として距離をとるか、あるいは家族や友人がそういう人で人間関係に支障があるなら精神科への通院を勧めるほうがよいかもしれない。・有害度で対応を変える雑誌の『ムー』とかのオカルトが放置されていたのは、主張が真実でないとしても特に社会に害があるわけではなくて、未知のものを空想することがエンタメの一種として社会的に受け入れられていたからである。エンタメに対して科学的に間違いを指摘するのは野暮なので、生物学者は川口浩探検隊の未確認生物とかをいちいち否定しなかった。地球は平面だとかレプティリアンが人間になりすましているとかノストラダムスの大予言とかを本気で信じて主張する人がいても、それが社会に何か影響があるわけではないし、変な主張をしたことで何かの罪に問われるわけでもないので、頭がおかしい可哀そうな人がいると思って放置しておけばよい。しかし政治や健康や投資に関する主張に嘘があると社会に悪影響があるので、陰謀論を放置せずに反論したり法律で取り締まったりしていかなければならない。陰謀論はたいていSNS経由で広まっているので、政治や健康や投資に関する話題は政府の統計や大学病院のサイトに書かれている治療法とかの権威があるソースを参照して、SNSで拡散される出処不明な情報は参照しないほうがよい。・フェイクの手法を知っておくトランプが大統領だった時代にフェイクニュースが流行したけれど、この時に使われた手法が陰謀論にも使われている。例えば出来事Aの動画に出来事Bの説明を加える、外国語の動画に間違った翻訳をつける、外国のテレビ番組用の架空の生物を実在するかのように提示する、映画用に特殊加工された映像を事実であるかのように転載する、ディープフェイクで大統領や経営者などの著名人の発言を捏造する、フォトショップで画像を加工するなどの手法ででっちあげた偽の証拠が主張の根拠に使われたりする。特にテロップが入っている動画や前後の文脈を無視して一部だけ切り取られた動画のように編集の痕跡があってオリジナルのソースでない動画や、いつどこで誰が撮影したのか不明な動画が主張の根拠になっている場合は疑ってかかるほうがよい。●実質的に社会の役に立つ活動をしようクラークの法則で「十分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない」というのがあるように、科学水準が高くなればなるほど庶民には科学の仕組みが理解できなくて魔法のような怪しげなものになって、馬鹿な人の目から見ればこの世界は悪党がいんちきを駆使して人々を騙して世界を支配しているように見えるのかもしれないし、それゆえに反知性主義になってエリートを悪者にしたり科学を否定したりする陰謀論が出てくるのだと思う。アフリカでエボラ出血熱が発生した時に現地のアフリカ人が欧米の医療チームが病気をばらまいて患者を殺していると疑って襲撃したように、理解できないものは警戒して疑いたくなるのである。しかし実際は科学技術には論文審査を経た裏付けがあるし、医者や学者は人を助けて社会を豊かにしようとしているし、政治家の中には悪人もいるけれどちゃんと選挙で選ばれて民意を反映している。陰謀論者は彼らなりの正義感で陰謀論を広める活動しているのかもしれないけれど、実際は根拠がない主張を広めて社会の害になっている。陰謀論者は暇でやることがないから陰謀論を広める活動をしているのだろうけれど、間違った陰謀論を広めるくらいなら何もしないままでいるほうがよっぽど社会の役に立つし、あるいは足りない頭でくだらない陰謀論を考えて巨悪と戦う光の戦士を気取るよりも、ちゃんと働いたりボランティア活動をしたりして少しずつ身の回りの社会を良くするべきだろう。
2022.05.02
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