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政府は新型コロナウイルス対策の新しい生活様式としてマスク着用を呼び掛ける一方で、熱中症予防のために野外で人と2m以上離れているときはマスクを外すように呼び掛けている。ところが頑なにマスクを外さない人がいて、そういう人がマスク警察になってマスクをしていない人にわざわざ接近してマスクをつけるように同調圧力をかけているし、あるいはマスクをしていないことを責められるのが嫌でマスクを外せない人もいるそうな。こうした同調圧力は非合理的で馬鹿馬鹿しいと私は思うので、同調圧力について考えることにする。●同調圧力とは何か同調圧力とは少数意見を有する者に対して暗黙のうちに多数意見に合わせるように誘導することである。・なぜ同調したがるのかヌーやイワシみたいに群れで暮らす野生動物は常に外敵に狙われる危険があるので、逃げる時は他の個体と同じ行動をとって一斉に逃げて標的を絞らせないようにして被害を最小限にする。足が遅くて群れからはぐれた個体は犠牲になるけれど、それでも群れ全体が逃げて生き残る確率は高くなる。これは群れのリーダーが指示して行動しているわけではなくて、リーダーがいないまま本能的に同じ行動をしている。つまり危機回避の本能的な反応として同調するわけである。動物は同調することで生存確率が上がるけれど、人間の営みについては大勢に同調することが必ずしも正しい選択とは限らない。彗星が接近したときに空気がなくなると信じて空気をためるための自転車チューブを買い占めたり、トイレットペーパーの製造には問題がないのに不安になった人が急に在庫を買い占めたせいでかえってトイレットペーパーを入手しにくくなったり、本来は潰れるはずのない銀行が取り付け騒ぎで一斉に口座を解約されて倒産するように、人間は不安や恐怖によってパニックに陥って非合理的な行動をとりがちである。単に他人の行動に同調するのでなくて、何が起きているのかを正確に把握して、科学的に正しい行動かどうかを判断してから行動する必要がある。・なぜ同調圧力をかけるのか本来は自由民主主義の国では個々人がどんな行動をとろうが自由で、合法である限り他人にどうこう言われる筋合いはない。自由を侵害する合理的な理由があるなら議会で賛成を経たうえで法律や条例を作る必要があるし、そうでないなら自由を侵害してはならない。アメリカ人は植民地から独立して自分で国を作って法律を整備してきたので、全体主義で権利を侵害されることに敏感で、マスクでもワクチンでも義務化されて強制されることに反発している。一方で日本人は敗戦後にアメリカに憲法を作られて自分たちで憲法を作ったわけではないので基本的人権の自由権を理解していないようで、投票率も低くて民主主義が機能していなくて、マスコミが危機を煽ったときに集団と違う行動をとる個体がいると集団を危険にさらすと判断して法に基づかない私的な圧力をかけるようになる。恐怖は生存本能に関わる原始的な感情であるがゆえに強く働いて前頭葉で制御しにくいので、危機に瀕した時には理性的で合理的な判断よりも感情的で非合理的な判断をしがちになる。マスク警察や自粛警察なんかが典型的で、あいつがマスクをしないせいでこの地域に感染が広がる、あの店が自粛をしないせいでこの町に感染が広がる、よその地域から来たあいつのせいでこの町に感染が広がる、ワクチンを打たない人がいるせいで感染が広がるとみなして、その危険因子を取り除こうとする。多数派にいる自分が正しくて少数派の相手が間違っていると思い込んでいるがゆえに、高圧的に命令したり嫌がらせをしたりして社会問題になっている。・同調圧力への対処の仕方職場でワクチン接種を強制して従わないと解雇するような人権侵害については同調圧力で流されるべきではないし、違法な同調圧力で不利益を被ったのなら訴訟を起こして損害賠償をするとよい。しかし小売店や飛行機とかでのマスク着用のお願い程度なら、たとえ濃厚接触しないからマスクは必要ないと認識していても、短時間マスクをつけるくらいはたいした手間や費用ではないし、頑なに着用を拒んで従業員や他の客とトラブルを起こして逮捕されたり訴訟されたりするくらいならマスクをつけるほうがましである。葬式に呼ばれたときに違う宗教や宗派だとしても一応は慣習に則って喪服を着て焼香したり冥福を祈ったりするように、他人の式典や店内は自己主張する場ではないので、適当に慣習に従っておけばよい。どうでもいい些事だからこそ、そこだわって労力や時間を無駄にするべきではない。中庸の考え方で、自分の権利や健康や財産が侵害される場合は法に基づいて己の主張を貫いて、どうでもいい部分は妥協して多少の不便は受け入れて適当に相手に従っておけばよい。●自分の意見を持つ方法・目的や定義を明確にする回答が用意されている学校のテストと違って、社会人は解決策がわからない問題を解決したり目的を達成したりするために意見を言うことが求められる。目的や定義や論点を理解しておらず、問題の解決につながらないものは建設的な意見とはいえない。例えば友人とのランチでどの店がいいか悩んでいたら、この店はコスパがいいよとかこの店はインスタ映えするよとかの意見は問題の解決策になりうる建設的な意見だけれど、ケーキ食べたいという意見はランチの定義からはずれているので役に立たない。・情報を選別する自分の意見を持つためには意見の論拠となる情報収集が必要なので、様々な情報の種類を区別する必要がある。真偽が確定した情報、真偽が不確定な情報、専門家のコンセンサスや定説、個人的な主張、個人的な感情、フィクションや冗談などに情報のタイプを分けて、なるべく真偽が確定した情報に基づいて意見を言うべきである。真偽が不確定な情報(例えば科学雑誌に論文が掲載されたけれどまだ他の研究者に検証されていない段階や、プロパガンダの可能性があるロシア政府の発表)は根拠にするには弱いので、そういう意見や研究や報道もあると例示する程度にしておくとよい。専門家のコンセンサスは真偽が不確定だとしても一般的に信用できて妥当な根拠になるけれど、天動説や財政破綻論のようにある時代の専門家のコンセンサスであっても後から間違いが判明することもあるので権威主義で鵜呑みにするのも危ない。個人の思想に基づく主張は宗教などの影響が強くて普遍性や合理性を欠いていることがしばしばあって他の人が納得する論拠にはなりにくいので、特定の個人の主張だけを情報源にするのでなくて他の人の主張と比べたりしてバイアスや整合性を検証する必要がある。感情は一時的なものでころころ変わるので、誰かの感情に基づいた意見を判断基準にしてはいけない。フィクションはそもそも論拠にならないけれど、吉田清治の小説を基にしたクマラスワミ報告や司馬遼太郎の小説の坂本龍馬像を真にうける人みたいにフィクションとノンフィクションの区別がつかなくてフィクションを情報源にする人が少なからずいるので、歴史に関する情報については情報源の確認も必要である。・情報を基に論理を組み立てるいくら論理が正しくても情報源が間違っていたらだめだし、情報源が正しくても論理が間違ってたらだめである。正しい情報を選別して、正しい論理を組み立てれば、その意見は問題の解決策になりうる。例えば新型コロナウイルスは飛沫感染して、ウイルスへの曝露量に応じて症状の重さが変わることが判明している。それにスーパーコンピューターの富岳のシミュレーションでマスクが飛沫を抑える効果があることが実証されている。となれば、新型コロナウイルスの感染や重症化を防ぐにはマスクをつければよいという意見は合理的である。同様に密にならなくて感染リスクが低い野外ではマスクを外すのも合理的だし、熱中症予防に効果的である。他人に嫌われるのが嫌だからとか他人に褒められたいからとかの自分の感情に基づいて論理を組み立てるのはだめで、それは自分で考えた意見とは言えなくて感情に迎合して態度を変えているだけである。論理を考えた末に他の人と同じ意見になるのは自分の意見と言えるけれど、論理を考えずに他の人に迎合してなぜその意見になったのかという論拠を説明できないのは自分の意見とは言えない。●自律の重要性日本では長年封建主義や父権主義が続いてお上や父親や職場の親分の言う事に従うのが美徳とされてきたせいか日本人は自己主張が下手で、自分の意見を言わないとか本音を言わなくて建前でごまかして信用できないと外国人にしばしば指摘されている。うまく自己主張ができないがゆえに、他人の目を気にして空気を読んで同調圧力に屈しやすいのかもしれない。じゃあその空気を読んで同調するやり方で幸福になれるのか、社会を良くできるのかというと、無理だろう。大多数の他の人たちの意見がどうであれ、他人に影響されずに自分の意見を言うことは幸福度に影響する。他人の意見や宗教の経典やマスコミの扇動に従って思考も判断も放棄して他律的に行動するのではロボットと同じで、人間として自分の人生を生きているとは言えない。自分で考えて、自分で判断して、自発的に行動して、自分の意見を言って、自分が自分の人生の主導権を持つべきである。他人の意見を鵜呑みにして失敗したとしても他人が責任をとってくれるわけでもないけれど、自分で考えた末に失敗したなら納得して反省して成長につなげることができるし後悔も少なくなる。そもそも自分と他人は何かしら意見が違うのが当然で、どちらかの意見が間違っていると思うのなら納得するまで議論すればいいし、他人と意見が違うからと言って対立しないために自分の意見をひっこめて同調するのは科学的な態度でない。日本では言論の自由や思想の自由は人権として保障されているので、自分が正しくて他の人が間違っていると思ったら自分の意見を堂々と主張すればよいし、意見が違う人と議論をすることで正解に近づいて公益になるし、自分が間違っていたとしてもどこが間違っているかを理解すれば賢くなれる。全知全能の人なんていないし、未解決の社会問題に対して完璧な答えはないのだから、間違えるのはしょうがない。なまじ地位が高い人は恥をかきたくないのか頑なに間違いを認めない場合があるけれど、間違った意見を言い続ける方がよっぽど恥を晒している。情報不足だったり論理が複雑だったりして何が正しいのかわからないなら「わからない」と認めて判断を保留するべきで、わからないのに誰かの意見を鵜呑みにしてわかったふりをしたり多数派につくのも科学的な態度ではない。ソクラテスが「無知の知」ゆえに賢者扱いされて、無知な人によって殺されたように、わからないことを認めることは正しい知識を得るために必要なプロセスだけれど、わからないくせにわかったふりをして間違った判断をするのは悪になりうるし、大衆が思考停止してリーダーの間違った判断に追従すると凡庸な悪人になりかねない。民主主義も個々の国民が自律して意見を持って投票に反映させないと機能しない。もうじき参議院選挙があるけれど、社会を良くして国民が幸福になるにはどうすればよいかを考えて、職場や宗教団体の要請で他律的な組織票を入れるのでなく、自律して自分の意見と似た政策の人に投票するべきである。
2022.06.28
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Forbesの米国ではグーグルはもう死んでいる? SEOは検索業界をどう「蝕む」かという記事にあるように、Googleの検索結果がSEO対策をした大手キュレーションサイトに上位を占められて個人ブログとかの欲しい情報が見つけにくくなって、ユーザーが検索エンジンで直接検索せずにSNS内で情報を検索するようになっている。じゃあSEOは悪いものかというと必ずしもそうではないので、SEOについて考えることにした。●SEOとは何かSEOとはSearch Engine Optimization(検索エンジン最適化)のことで、検索エンジンからサイトに訪れる人を増やすために、キーワードを意識したコンテンツ作りとか見やすいページ設計とかいろいろ改善することである。ユーザーが検索ボックスに入力する言葉をSEO用語でquery(クエリ)といって、このクエリに合うようにコンテンツを作って対策する。・ホワイトハットSEOホワイトハットSEOとは、サイトのコンテンツを充実させて高品質にして、ユーザー目線でサイトをとらえてユーザーの役に立つことでサイトの表示順位をあげようとするやり方である。例えば病院のサイトはナンチャラ病とかの難しい病名について疼痛が長期に渡る場合は云々とかの専門用語を使って解説していても、ユーザーは正式な病名を知らないのでそのサイトにたどり着けなかった。そこでSEOによってユーザー目線でわかりやすい内容にコンテンツを作り直して、じんじんする痛みが長引く時はナンチャラ病の可能性があるよと専門用語を日常用語に言い換えて、ユーザーが情報を見つけやすいようにするわけである。Googleの品質評価ガイドラインは一般公開されているので、このガイドラインに沿ってページの品質を高めるためのSEOをやることになる。・ブラックハットSEOブラックハットSEOとは、低品質でユーザーの役に立たないサイトに対して検索エンジンの巡回プログラム向けに情報を操作して本来表示されるべきランクよりも高いランクに表示させようとする悪いSEOのことである。Googleのウェブマスター向けガイドラインの品質に関するガイドラインに使用してはいけない手法として列挙されている手法を使ったものはブラックハットSEOである。代表的なやり方だと、文字のフォントをものすごく小さくして背景と同じ色にしたうえでページの下部の余白にキーワードを詰め込んで、人間の目からは見えないけれどサイトを巡回するクローラーは文字を認識するようにして他のサイトよりも上位に表示させたりする。あるいはコンテンツファームという手法で、テンプレを使いまわしたサイトを乱立させて相互リンクして、他のサイトからのリンクを多くしてサイトに価値があるように見せかけてページランクを操作して検索結果の上位に表示させたりする。2010年代はこのブラックハットSEOでスパムサイトやアフィリエイトサイトが乱立して検索結果が汚染されたけれど、Googleも馬鹿ではないのでパンダアップデートとペンギンアップデートでアルゴリズムを変えて、このようなブラックハットSEOをしているサイトは検索結果のランクを下げるようにしている。楽天やAmazonの出店者は未だに古いSEOの知識のままキーワードを詰め込んでブラックハットSEOをやっていたりするけれど、ユーザーが探しているものではないものまで単語がひっかかって検索結果に表示されてしまってユーザーの利便性を損ねている。●事業者がSEOをやらないのはもったいない・SEOの知識がないと機会損失が起きる個人事業者や中小企業はSEOの知識がなくてサイト運営は後回しになったりする。SEOをやらないとユーザー側が探している事業やサービスについての情報が見つからなくて、それが売り上げの低下につながる。例えば繁華街の飲食店や小売店は駐車場がないことが多いけれど、駐車場があることをちゃんとホームページに書くだけでも他の店との差別化ができるので、ドライブ中に立ち寄る客の需要を取り込むことができる。単に駐車場有と書くのでなくて、何台停められるのか、有料か無料かとかも具体的に書くべきである。障碍者向けの駐車場の有無や車いす対応のトイレの有無などもサイトに書くと、障害がある人は遠回りしてでもそこを使うようになる。自前の専用駐車場がなくても、近くのコインパーキングからのアクセスを書くだけでも[〇〇市 ランチ 駐車場あり]とかのクエリにひっかかりやすくなって客の選択肢になりうる。美容院はホームページにおしゃれな女性の写真が載っていることが多いけれど、男性や子供でも使える店なのかを書いていなかったりして、実際はサービスを提供できてもそれを客に説明しないのでは客は自分は対象外だと判断して他の店に行ってしまって、入学式や結婚式とかで家族でおしゃれしたい客層を取りこぼすことになる。ホテルや旅館などはペットの受け入れ可能かどうか書いていないホームページが多い。書いてないからペットは受け入れていないと常識的に考えてわかるだろうという態度ではサービス業としてはだめで、受け入れていないなら受け入れていないとよくある質問のところに明記するべきである。あるいはペットは受け入れていないけれど近くにペットホテルがあるという情報をサイトに書くだけでも客が泊まる選択肢になりうる。ペット受け入れ可能なら、ペットの種類(犬、猫)やサイズ(大型犬、中型犬、小型犬)やペットを連れまわせる範囲や追加料金などを詳しくサイトに書いておくべきで、[〇〇市 宿泊 ペット]というクエリに対して自分のホテルや旅館がどれだけ役に立つ情報を提供できているかという客目線で見ることでキュレーションサイトに取り上げられやすくなるし、客がそのホテルや旅館を選ぶきっかけになる。町工場なら事業者仲介サイトみたいな情報量が限られたページに簡潔な概要だけ載せて誰かの目にとまるのを待つよりも、技術力や納入実績とかのアピールポイントを好きなだけ自前のサイトに乗せるほうがよいし、英語版のホームページを作って英語ができる担当者がいるとアピールすれば外国からの注文が来るかもしれない。あと業種に関わらず、田舎の地名や苗字とかは地元民以外は読めないものが多いので、固有名詞の難読漢字にはふりがなをつけるべきである。あるいはフランス料理店やパティスリーとかで店名をフランス語にしておしゃれな本格派を気取っても、読み方がわからないとユーザーは検索しようがないし、キュレーションサイトに取り上げられる時の表記がぶれたり読み方が間違ったりしてブランディングにも影響しかねないので、外国語の店名には必ず日本語での正式なふりがなをつけるべきである。・専門家は素性を明らかにしないと専門家扱いされないWELQの低品質な医療記事が問題視されて以来、GoogleはE-A-Tを重視するようになった。E-A-TとはExpertise(専門性)、Authoritativeness(権威)、Trustworthiness(信用)のことで、YMYL(Your Money or Your Life)と呼ばれる買い物や医療や投資や法律などのユーザーの金や人生に関わる重要なトピックについては専門家以外が書いた記事の評価を下げている。Google自体がファクトチェックをしているわけではなくて、権威が高いサイトは正確な情報を提供していると見なして検索結果の上位に表示する。例えば皮膚がんについての医療情報だと、国立がんセンターや皮膚科学会とかの最先端の治療や研究をしているサイトは権威が高くて、次に大病院の皮膚科の権威が高くて、開業医の皮膚科クリニックはそれよりは権威が低くて、内科医が書いた記事とかの専門分野が違う医師はさらに権威が低くなる。それゆえに今では医療情報のキュレーションサイトは基本的に実名の医師が監修したものになっている。自称医師や自称薬剤師とかが匿名でSNSで情報発信してもE-A-Tがないものとみなされて検索結果の上位には表示されないので、副業禁止のところで働いていて身バレしたくないとかでない限りは経歴と専門分野を明らかにしたうえで実名で情報発信して自分の発言に責任をもつべきである。ちなみに趣味とかのE-A-Tが必要とされないトピックは実名でなくてもペナルティはないけれど、たとえ匿名でも趣味歴〇年とかの専門性を判断できる情報をプロフィールに書くほうがサイトの評価が高くなる可能性がある。・SNSにもSEOの視点が必要SNSにおけるSEOの役割は企業や芸能人の公式ホームページと公式SNSをちゃんと紐づけて、ユーザーにとって興味がある情報を適切に提供することである。芸能人や有名人のSNSはしばしば勝手になりすましアカウントが作られるので、プロフィールに「公式アカウント」と明記して、なりすましアカウントにファンが流れてSNSを悪用されないように注意する必要がある。例えば前澤友作の偽Twitterアカウントが作られていて個人情報収集や詐欺に使われた可能性がある。SNSをやっていない場合でもやっていない旨をホームページに明記して、なりすましに注意喚起するべきである。ミュージックステーションの公式YouTubeチャンネルがあるけれど、チャンネルの概要欄に何も書かれていないし、番組ホームページへのリンクさえない。これでは公式チャンネルなのか、公式になりすました非公式チャンネルなのか、ユーザー側から判断がつかない。YouTubeはAIのガバガバ判定でBANされるので、公式なら「公式」とちゃんと書いておかないとコンテンツをコピーされたときに公式扱いされずに誤BANされかねない。あるいはYouTubeの個々の動画の概要欄に何も書いていなかったり、コピペだけで済ませたりするチャンネルがあるけれど、ユーザーエクスペリエンスを乏しくするし、検索にも引っかかりにくくなる。SNSの表記の統一もブランディングに関わる問題である。例えば芸人のキンタロー。はKintalo TVという公式YouTubeチャンネルを持っているものの、ユーザーが検索するクエリはアルファベットでなくカタカナの[キンタロー]なので、テレビ番組からコピーされた動画が検索結果の上位に表示されて公式チャンネルの動画が表示されなくなっていて、せっかく動画を作っているのにもったいない。SEO的に見れば芸名に合わせて「キンタロー。TV」でブランディングするべきで、英語のコンテンツをメインにして海外展開するつもりがないならアルファベットにするメリットがない。テレビ局や芸能事務所にSEOのノウハウがないので、ネットと親和性があるYouTuberのほうが検索にひっかかりやすくて芸能人の動画よりも視聴されるようになる。コメントを許可するか禁止するかも検索に影響する。コメントが許可されているコンテンツのほうがユーザー同士の交流ができて人気が出るので、芸能人のSNSはアンチがいるのは有名な証として好意的に見てコメントを許可している。しかしSEO的に見るとスパムや中傷でコメント欄が荒らされているのを放置すると低品質コンテンツとみなされかねないので、コメントを許可するならモデレーターを設定するなりして何かしらの基準で管理する必要がある。いちいちコメントを管理するほどの手間をかけられないならコメントを禁止するほうがよい。・Googleのダブルスタンダードに注意Googleの品質評価ガイドラインには、ミスリードするタイトルや誇張したタイトルは評価を下げると書いてある。例えばYouTubeによくある「神回」「衝撃の結末」「重大発表があります」とかのタイトルは過度に誇張したり意図的に情報量を少なくしたりする典型的なクリックベイトである。しかしGoogleはヒカキンとかの大手YouTuberのクリックベイトは野放しにしている。Googleがevilになって広告で儲けるのを優先して、ガイドラインが厳守されずにPVが多いインフルエンサーには忖度しているわけである。有名なYouTuberがクリックベイトをしているからといって、真似してクリックベイトをしてアクセス数を増やそうとするとペナルティを受ける可能性があるので、クリックベイトはやらないほうがよい。●ユーザーもSEOを知らないと時間や金を無駄にするいちユーザーがSEOの技術的な知識を知る必要はないけれど、それでもどういうクエリだと探している情報を見つけやすいのかは意識するべきである。特にレポートを書く学生や研究者やライターにとっては探している情報を効率よく見つけられるかどうかで作業能率が大幅に変わってくる。・探している場所を詳細にする県と市が同じ名前のときは場所が曖昧なので、例えば[山形 旅館]と検索したときに山形市内の旅館のリストと山形県内の旅館のリストが両方検索結果にでてくる。[山形市 旅館]や[山形県 旅館]のように場所を特定すると、いらない情報が検索結果に出てこなくなって時間を無駄にせずに済む。新宿や渋谷のように区の名前と駅の名前が同じ場合は、[新宿 居酒屋]だと新宿駅から遠い早稲田や神楽坂寄りの新宿区内の居酒屋も出てくるので、歩きたくない場合は[新宿駅近くの居酒屋]のように範囲を限定するほうがよい。・探している物を詳細にするランチを食べたいときに[〇〇市 ごはん]のような検索をすると、白米を出す店を探しているのか飲食店全般を探しているのかユーザーの意図が不明なので、おにぎり屋や寂れた定食屋とかの中途半端な店が検索結果が出てくる。[〇〇市 和食]や[〇〇市 かつ丼]のようにレストランのジャンルや食べ物を特定して探している物を明確にすると、必要な情報だけが検索結果に出るようになる。会社や飲食店や歌のタイトルとかで同じ名前のものが複数存在するときは、検索結果は多様な解釈を表示するようになっている。[〇〇市 ××屋]のように探しているものの解釈を特定すると、同名の他の解釈は検索結果に出てこなくなる。・高額な商品を直接Googleで検索しない何かを買ったりレビューを見たりするつもりでGoogleで商品名を直接検索すると、ブラックハットSEOを使った詐欺ショッピングサイトが検索結果の上位に出てくることがある。特にブランド物のバッグや時計や限定スニーカーなどの高額の商品で中国でコピー品が作られているものは詐欺のターゲットになりやすい。こうした詐欺にひっからないためには、まず大手のショッピングサイトをブラウザのお気に入り登録するなり公式アプリを使うなりして、そのサイト中の検索バーを使って商品を検索すると安全である。・Google以外の検索エンジンを使うGoogleの品質評価ガイドラインやウェブマスターガイドラインには大幅な改定はないようで、SEO対策をばっちりやっているキュレーションサイトが検索結果の上位を占める状態が当分続くと思われるので、現状のGoogle検索で満足できないのであれば他の検索エンジンを使うしかない。Google検索エンジンはYahooとかの他の大手ポータルサイトでも使われているので、ポータルサイトを変えて検索しても意味がない。DuckDuckGoはGoogleとは違うアルゴリズムで検索結果を表示するので、Googleの基準だとE-A-Tが低くて表示されない情報もDuckDuckGoなら見つかるかもしれない。あるいはレビューやアドバイスとかを探している場合は、冒頭の記事にあるようにredditとかのユーザーが直接情報交換をしているフォーラムやSNS内のコンテンツを検索すると他のユーザーの率直な意見が見つかる。●まとめ総務省の統計によると2019年の個人のモバイル端末の保有状況はスマホが67.6%、携帯電話やPHSが24.1%で、今やほとんどの人がモバイル端末を持っていて、ネットで情報や商品やコンテンツを検索している。しまむらがテレビCMをやめてデジタル広告にシフトしたように、広告やマーケティングもネットにシフトしつつある。そのネット検索の仕組みを知ることは事業をするうえで無駄にならない。田舎の小さな小売店でも枕専門店とか手袋専門店とかの何かの商品に特化して差別化すればネット通販では大手になりうるし、個人でもネットでハンドメイド作品や有料記事を売ったりできるし、終身雇用制度で高齢化した大手企業がITに疎いからこそ中小零細企業にもビジネスチャンスがある。それゆえにホームページ制作担当者だけがSEOに取り組むのでなくて、経営者こそがSEOに取り組むべきだと私は思う。私にお小遣いをくれるならSEOのアドバイスをするよ。
2022.06.22
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最近は岸田総理がロンドンで「インベストイン岸田」と講演したそうで、何もしない人に投資するわけないだろうと批判されている。金融ビッグバンみたいな目玉政策があるわけでもないのに投資しろと口だけで言っても意味がないし、総理になる人でさえこのレベルなのかと幻滅する。信用創造を理解していない財政均衡派の人が投資を理解しているとも思えないし、日本が25年間ほとんど経済成長していないのも政治家が投資を理解していないからだろう。というわけで投資について考えることにした。●投資とは何か投資とは物やサービスなどの価値を生み出す事業に資本を投じることである。銀行は起業したい人に金を融資する。しかし一社だけが出資していると企業が倒産した時にリスクが大きいので、複数の株主が投資してリスクを抑えつつ利益を分配する株式会社ができた。こうして民間の株式会社を中心にして経済活動をしているのが現代の資本主義である。IPOとかの新規上場企業の株を買うのは企業の資金調達となって事業に使われるので投資といえるだろうけれど、既に上場した企業の株を買っても企業の資金になるわけではないので投資というよりは資産運用に近い。株主総会で意見を言って企業を成長させて株価を上げることができるなら投資と言えるけれど、大株主でない個人投資家が浮動株を買ってちょっとの議決権を持ったところで経営への影響力はほとんどないので、たいていは株主として株主総会で意見を言って経営に参加するよりも配当金や株主優待目当てで株が買われている。・投資と投機の違い資産を投じたところで事業に参加できるわけではなくて価値を生まないものは投資とは言えない。値段が上がるか下がるかの二択で、売買のタイミング次第で損益が出るものは投機という。例えば商品先物やFXや暗号資産などは投機で、市場の参加者同士で金のやり取りをしていて事業としての価値を生まないゼロサムゲームである。商品先物で誰がゴールドを買おうがその物としての価値自体は変わらず、好景気とか不景気とかの状況に応じて市場での値段が変わるだけである。不動産は長期保有して賃料で利益を出すつもりなら投資といえるけれど、バブルの頃の財テクのように値上がりを期待して短期で転売するつもりで不動産を買うのは投資ではなく投機である。投機は株と違ってインサイダー取引に該当しないので、イーロン・マスクが暗号資産についてツイートして価格を操縦してもお咎めがないし、国会議員は日銀の金融緩和のタイミングを知っていたらFXで大儲けできるし、市長は鉄道や高速道路とかの開発の計画を知っていたら開発が始まる前に安く土地を買い占めて高値で売りつけることができる。「政策に売りなし」という相場の格言があるように、偉い人ほど内部情報を利用して投機をしてますます資産を増やして影響力を強めるサイクルになる。・投資の始め方普通に雇用されている人は普段の生活費の支出は大体一定額だろうし、入院したり失業したりするにしても貯金が100万円くらいあれば当面は対処できるので、使い道が決まっていない金は何かしらの投資に回すほうが経済的には豊かになれる。株式投資なら証券会社で口座を作って入金すればすぐ取引を始められるし、10-20万円程度で小型株を買えるし、現金が必要になったときに株を売って現金化しやすいし、確定申告とかの税金に関する法律も整備されているので、投資の初心者向けである。そして自分なりに利確や損切りのルールを決めて、投資がうまくいっても失敗しても生活費として残しておくと決めた命金には手を出さないことが大事である。●投資をするメリット・会計の知識が身につく日本の大半の中小零細企業は非上場なので、損益計算書や貸借対照表を公開していなくて社長が何を経費に計上していくら役員報酬をもらっているか従業員は知らない。それに社長や経理担当者くらいしか会計の知識を持っていないので、サラリーマンでも会計の知識がなくてなんでも経費に計上したら得できると誤解してコスト管理の意識が低い人がいる。株式投資をすれば上場企業の決算を見て、事業をするのにどれだけコストをかけてどれだけ利益をだしているのかを理解できるようになる。・いろいろな業界に詳しくなる投資をしない人は身の回りの小売店や家電や車のメーカーやインフラ企業などの大企業の名前くらいしか知らない。しかし株式投資をすると原料生産と製造と輸送と保管と販売に関わるすべての企業がわかるので、ビジネスの上流から下流までの全体の流れや受給や景気がわかるようになる。・情報への感度が高くなる投資していると損をする可能性があるので、不確定な未来に対して敏感に反応してわずかな変化でも気が付くようになる。投資をしていない人は新製品のCMやプレスリリースを見てもフーンとしか思わないようなことでも、投資をしている人なら売れ行きや株価への影響や同業他社の反応に気づくようになる。食品会社や化粧品会社とかの株を買うと株主優待で商品や割引券をもらえるので、普段は買わない商品を試す機会も増える。・負け方がうまくなるどんな凄腕トレーダーでも全戦全勝ということはありえないので、何かしら判断ミスをしたり、地震や戦争とかの想定外の事態が起きて損をしている。柔道で受け身の練習をしてから試合に臨めば投げられても怪我をしないように、少額の投資から始めて損をすることに慣れておけば、損をしたときの損切りの判断力がつくし、ストレスコントロールも身について多少の損では落ち込まないくらい打たれ強くなる。損をしたらしたで知識不足や判断ミスを反省するきっかけになるし、失敗から学べることもある。・想像力がつく株の個人投資家というのは巨大なタンカーやコンテナ船が行き来する港でゴムボートで釣りをするようなもので、大口の売買と衝突したら大怪我する。自分の進路のほうが正しいと確信していても圧倒的な資本の差には勝てないので、自分がどうしたいかよりも日銀や外資系ファンドとかの大口がどう動くかを予想して流れに乗るほうが重要になる。下落がこの水準を超えたら追証が発生してさらに狼狽売りが出るだろうとか、この水準まで来たら割安感で買いが入って下げ止まるだろうとか、こうした想像力によって相場観が培われる。・自分についての理解が深まる個人の性格によって投資のスタイルは大きく違う。一人でじっくり分析するタイプなのか、他人のアドバイスを求めて右往左往するタイプなのか、利確や損切りのルールを守れるのか、投資がうまくいって金回りがよくなると調子に乗って大金をブンブン振り回すタイプなのか、含み損の株を手放さない握力やストレス耐性がどれだけあるのかとかで、リスクに直面した時の自分の判断力を把握して自分との付き合い方がわかってくる。・詐欺を見分けやすくなる最近はインド人社長が「私は、大手証券会社の社長と友達。特別案件をもらっていて、5000万円を投資してくれれば、株取引で30%の利益を出して返しますよ」と持ち掛けてくる詐欺で全国で100人の被害者がいて総額100億円の被害が出たそうだけれど、株取引でそんな利益率はインサイダーでもしない限りありえないしそもそも出資法違反なので、超絶貧乏な私だって詐欺だとすぐにわかるけれど、なぜか小金を持っている人のほうが金融リテラシーが低くてこんな雑な詐欺にひっかかる。たぶん投資をしたことがないまま相続や自営業とかでまとまった金を持っている人は常識的に考えておかしい儲け話のどこがおかしいのか判断できないのだろう。金を集めて運用益を分配するという勧誘文句はたいてい投資実態がないポンジスキームである。あと国際ロマンス詐欺も流行していて、マッチングアプリで知り合った外国人に暗号資産を買うように持ちかけられて、アプリ上では儲かっているように見えても実際は売買は行われていなくて、出金しようとしてもできなくて詐欺に気づくパターンがある。投資の基礎知識を持っていれば有象無象の無名の暗号資産は裏付けのないポンジスキームへの投機だとわかるし、暗号資産を売買するにしてもある程度知名度がある取引所を通さないと危ないとわかるので、すぐに詐欺を見抜ける。自分だけが特別に有利な条件で投資ができることはまずないし、そういう状況が他人によっておぜん立てされたならそれは罠である。本当に確実に儲かるなら他人に教えずに借金してでも全財産突っ込んで利益を独り占めするので他人に勧めること自体がありえないし、他人に儲かる投資を勧める時点でポンジスキームとかの詐欺の可能性がある。・老後の生活設計がしやすくなるしばしば大企業のサラリーマンがまとまった退職金が入って投資を始めて、分散投資をせずにいきなり全ツッパして老後資金をなくして大失敗したりしている。普段から資産運用のポートフォリオを考えてリスクを分散しておくと投資の失敗で全財産を失うような事態になりにくくなる。・失業した時の収入源になりうる株式投資のよいところはやろうと思ったらすぐに始めることができることで、アルバイトみたいに面接をしたあげくに不採用になって仕事が見つからないということはないので、失業した時の一時的な収入源になりうる。デイトレやスイングトレードには向き不向きがあるので万人向けではないし安定した収入にはならないけれど、時間の融通がきくので転職活動をしやすい。・暇つぶしの娯楽になる私はザラバを見て小型株の需給を読み切って、指値で底で買って指値で天井で売って頭からしっぽまで丸々手に入れた完璧なデイトレをしたことが一回だけある。利益としては1万円程度でたいしたものではなかったけれど、自分の読みが正しくて、その正しさゆえに利益がでる感覚はゲームみたいで面白いものである。読みが外れて大損をしたとしても、高いジェットコースターに乗ったと思えば楽しいかもしれない。●投資をしないメリット行動経済学にプロスペクト理論というのがあって、人間は利益を得られる場面では確実に手に入れることを優先して、損をする場面では損を最大限に回避したがる傾向がある。公務員などで雇用が安定していて給料だけで十分生活できる人は、一切投資をしないで損失を最大限に回避して生きるのも選択肢としてありである。投資をしないと決めてしまえば投資に失敗して損をしたり投資のチャンスを逃して儲け損ねて後悔したりするストレスを感じずに済むし、儲け話とかの投資詐欺にも引っかかりようがない。不要なリスクを避けて自分の能力で稼げるぶんだけで堅実に生きるのもそれはそれで美徳になりうる。実際は公務員のほうが信用度が高くて借金しやすくて、副業が禁止されていても投資はできるのでザル勘定でずさんな投資をして自己破産しやすい。投資をせずに損をしないというだけでも個人の人生設計としては十分である。●複利が将来を左右する単利とは投資で得た利益のことである。一方で複利とは利益を投資の元本に加えてさらに投資することで、元本と利益がどんどん増えていく。畑をイメージすると複利がわかりやすくて、作物の売り上げをそのまま生活費に使ったら毎年の畑の収穫量は同じだけれど、作物の売り上げで少しずつ畑を広げていくと、年々畑が広がっていって収穫量も売り上げも増えていく。短期で見ればたいした違いはないけれど、長期で見ると大きな違いが出てくる。複利という考え方を理解できるだけでも投資をする価値があるといえるくらい、複利は投資において重要な考え方である。自分の能力を開発して生産性を上げたり幅広い教養を身につけたりするのも一種の投資である。利益が出た時に頑張った自分へのご褒美に回すか、頑張った自分への再投資に回すかで、長期的な成長度合いが変わってくる。例えば英語を勉強してTOEICやTOEFLでいい点を取って満足してそれで終わって遊びに行くのでなくて、YouTubeでアメリカの大学の講義の動画を見たりして知識の元本を増やしていくと、その知識を基にさらなる知識やアイデアを得られるようになる。知識も複利で増えていくわけである。バフェットとかの金持ちは読書好きと言われるけれど、これは単に儲けのネタを探して読書しているのでなくて、金持ちだからこそ金以外の教養で人生を豊かにするという選択肢をとれるのだろう。読書は直接は金儲けにはつながらないけれど、本の値段はそんなに高くなくて金持ちが読む本も貧乏人が読む本も同じ値段だし図書館でも読めるので、貧乏な人でも長期的に文化資本を増やして人生を豊かにすることができるという点では読書はよいものである。人脈も複利で増えていくもので、一人友人が増えれば友人の友人を紹介されて、友人の友人と親しくなれば友人の友人の友人を紹介されて、どんどん人脈が増えていく。カラテカ入江やガーシーみたいに本人は何か特別な能力があるわけでもないのに人脈だけで生計を立てる人もいる。経済資本、文化資本、社会関係資本のどれを増やすかの違いはあっても、複利で何かの資本を増やして人生を豊かにするという視点は持っておくほうがよい。逆に複利という視点をなくすとどうなるのかを体現したのが今の日本である。四半期決算の利益を最大化するために人件費をコストとみなして人への投資をやめて正社員を雇わなくなって就職氷河期世代を生み出して、アルバイトや派遣や移民や中国の下請けを使うようになって技術の継承ができなくなって技術力が落ちている。そうして人件費を削って計上した上場企業の利益は単利として外国人株主やカルロス・ゴーンみたいな外国人役員に吸い取られて外国への投資に使われて、日本への再投資に使われないのでそれ以上企業の利益が増えず、外国が経済成長する中で日本だけ経済成長せずに一人負けして衰退している。1兆円かけた三菱重工の国産ジェット旅客機開発が失敗したのが典型的で、昔と同じ体力があるつもりで運動会で派手にこけるおっさんみたいなもので衰えている自覚がないのである。人を育てることをやめたのであらゆる業種で人材不足になって、ただでさえITリテラシーが低い中でプログラミングができる人をIT土方として使い潰したのでIT人材不足になっているし、中小企業は後継者がいなくて事業承継ができなくなっているし、一次産業は技能実習生や外国人留学生で一時的に労働力を補ってもいずれ母国に帰るので現場のノウハウが継承されなくて生産性が上がらずに慢性的な人手不足になっている。そのうえ低賃金で子供を持てない人が増えたことで少子化も進行している。子供を産んで教育することも投資である。その投資を回収するには何十年もかかるけれど、育てた人が外国に移民しない限りは国内の労働力や消費者として社会に還元されるし、人への投資をやめたら国は滅びる。明石市の泉房穂市長は子どもを応援しない社会に未来はないとして無駄な公共事業を減らしてそのぶん子育て支援を重視して9年連続人口増だそうで、これが本来あるべき為政者の姿で、岸田総理よりもよっぽど立派である。岸田総理はインベストイン岸田と外国人に言う前にまず自らが日本に投資するべきだし、国家を豊かにして国民を幸福にするという意思がない者が国家の代弁者たりえない。岸田政権は山際経済再生担当相が「所得倍増は所得が2倍になるという意味ではない」とか言って小学生レベルの掛け算さえできなくて公約さえ平気で反故にして信念も決断力もない空っぽ嘘つき政権だし、消費税増税やインボイス制度をやりだして日本の経済にとどめを刺す前になるべく短命の政権で終わってほしいものである。
2022.06.14
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私は医療の専門知識はないので、間違った情報を広めないためにブログで新型コロナ対策やワクチンについてはあまり言及しないできた。しかし素人でも合理的に判断できる程度にデータが出そろったので、新型コロナ対策やワクチンについて考えることにする。●新型コロナウイルスに対する日本の政策の答え合わせ・ワクチン接種推進→摂取を個人の選択にゆだねて義務化しなかったのはよい。しかし迅速に国産ワクチンが作れずに外国産ワクチンに頼るのは問題がある。・河野太郎「私がすべての責任を持つ」→厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会の資料によると、ワクチン接種後の死亡例として報告されたものは接種開始から2021年12月5日までに1402件あったものの、因果関係が認められないとして未だに補償していないし、河野が率先して補償のために動き出すそぶりもない。国相手の薬害訴訟になって国が敗訴するまで補償を払わないつもりならワクチン副反応の被害者への補償は数十年後になる。常識的に考えてワクチン接種者への割引とかの優遇をやるよりも被害者への補償が先である。国が動かないので愛知県が独自に動き始めていて、後遺症についてはワクチン接種が原因だと認定されて補償が支払われているけれど、死者についても交通事故死や自殺とかの明らかにワクチンと関係がないもの以外はワクチンが原因とみなして補償するべきだろう。CBCがYouTubeでワクチンの副反応の後遺症とかを特集しているけれど大手マスコミは特集していないし、ワクチンのリスクの周知と後遺症への補償の両方が不十分である。医者の間でも判断が分かれるようなワクチンは集団接種会場の流れ作業でドカドカ打つべきでなくて、かかりつけ医が個々人の持病や体調を問診してから打っていれば接種会場のトイレで死亡しているのが見つかるようなずさんな事態は起きなかったかもしれない。・ワクチン2回接種で十分、効果は1年続く→2回では十分でないし数か月で抗体が減少する。日経ビジネスが「ワクチン2回の陽性率、半数世代で未接種上回る 厚労省再集計で判明」と記事にしているように、2回止まりだとかえって陽性率が高くなってしまって、3回接種しないと効果がない。しかしファイザーの「COVID-19 ワクチン『コミナティ筋注』日本における添付文書改訂について 」という4月26日の文書には「7.2.3 他の SARS-CoV-2 ワクチンを接種した者に追加免疫として本剤を接種した際の有効性、安全性は確立していない。」と書いてあって、例えばモデルナ・モデルナ・ファイザーで3回交互接種したとしても有効性、安全性は不明である。そのうえ厚生労働省がワクチン接種日が不明な人を未接種者として統計に計上していたことが発覚した。「理由は不明だが意図的なものではない」というものの、国民の生命に関わる統計が間違っているのは重大な問題で、意図的でないなら無能だし、意図的ならワクチンの有効性を実際よりも高く見せかけるつもりだったのだろうし、どっちにしろ厚労省のデータは信用ならないことになる。そもそも治験が不十分なまま緊急事態への特例として使用する前例がないmRNAワクチンなのだから接種後のデータが政策や追加接種をするかどうかの判断基準になるだろうに、そのデータが間違っていたら政策も間違うことになる。・ワクチンで重症化を防げる→浜松市の統計だとワクチン未接種者と接種者で重症化率に大差ない。高齢者や基礎疾患がある人は重症化しやすいのでワクチンを打つメリットがあるだろうけれど、もともと免疫力が高くて重症化しにくい子供にはワクチンを打つメリットが少ない一方で心筋炎が起きやすいデメリットがあるので、子供にワクチン接種を推奨するのは非合理的である。サンテレビが【検証】厚労省データ 心筋炎リスク情報も不適格~新型コロナワクチン未接種扱い問題だけじゃない!2つの不適格データ問題を独自検証~というYouTubeの動画で特集しているように、若者はワクチンを接種しないほうが心筋炎のリスクが少ない。CDCやFDAのデータを公開しているOpenVAERSという団体によるとアメリカでワクチン接種後の2021年と2022年にmyopericarditis(心筋炎)が急増していて、コロナ用ワクチンが心筋炎を起こしやすいのはデータで明らかになっている。・ワクチンが余って使用期限切れ→期限を2か月延長。勝手に使用期限を延長できるのならなんのために使用期限が設定されているのか。たとえワクチンに効果があるとしても、異物が混入するような製造環境だったり冷凍庫の温度管理がずさんだったり使用期限を過ぎたりしてワクチンが劣化すると、想定した通りの効果が出ないのではないか。・病床が足りない→政府分科会の尾身茂会長が理事長を務める地域医療機能推進機構傘下の東京都内の5つの公的病院で病床が30~50%も使われていなくて、病床確保支援事業で使われていないベッドに対しても補助金が出ていた。医者はワクチン接種で儲かって病院は病床確保で儲かる一方で、看護師は待遇が悪化してワクチン接種を拒否した人が冷遇されている。大阪の野戦病院は設置が遅くて、流行がオミクロン株に代わってからは無症状や軽傷で自宅療養する人が多くてほとんど使われないままだった。・ホテル借り上げ→感染者を隔離できるうえに需要が落ち込んだホテル業界への支援になるのでよいと思う。しかし刺激が強いカレーとかの療養者を考慮していない食事が出ていた点は問題で、栄養士を雇って食事内容を管理するくらいのことはやるべきだった。・アベノマスク2枚配布→業者の選定方法が不透明だし、カビがあったりして不衛生なうえに余ったマスクの保管料が無駄にかかった。そもそも防疫に必要不可欠なマスクや防護服でさえ中国に依存して国内生産できない体制を放置していたのは安全保障上の問題なので見直すべき。・持続化給付金→給付金を配ること自体はよいものの、早さを優先してザル審査で給付したので、反社会的勢力やモラルのないコンサルが偽造書類で申請方法を指南して億単位の不正受給をして、国税局や経産省の職員でさえ不正受給で捕まっている。不正受給の証拠が残るので捜査はしやすいけれど、警察と裁判所の労力を使う。前年の納税実績がない企業や個人事業主に対しては審査を厳しくするべきだった。・家賃補助や事業復活支援金とかの諸々の支援金→不備ループで何度申請しても申請が通らなくて、支援金が必要な人に支給されない。酒を出す個人経営の飲食店だけは元の利益以上の過剰な時短協力金で儲かる一方で、映画館やライブハウスとかの娯楽産業へは時短要請や客数制限に対する補償がない。業種ごとの不公平をなくして粗利補償をするべきだった。・10万円の定額給付金→1回限りの給付金よりも消費税減税の方が長期的な効果がある。それにPB黒字化目標を掲げて給付した分を後で増税で回収するのでは給付する意味がない。・東京都のグローバルダイニングへの時短命令→東京地裁で違法という判決。時短に感染防止効果はないことが統計で出ているのに、根拠がなく補償もない時短命令で無駄に経済活動を止めて事業者や従業員や客に負担をかけた。そもそもワクチンに感染予防や重症化を防ぐ効果があるなら時短営業をする必要はないはずである。●日本の過去の薬害1948-1955:百日ぜき、ジフテリア、BCG、チフス、赤痢等ワクチン事件1955:森永ヒ素ミルク中毒事件1956:ペニシリン事件(5.15尾高教授ショック死、1953~56に108人ショック死)1961:サリドマイド事件(11.18レンツ報告)1964:小児マヒ生ワクチン事件1965:アンプルかぜ薬事件(1959~65に38人死亡)1970:種痘事件(武田製ワクチンで重症・死亡409名を含む1586名を認定)、スモン(キノホルム薬害)事件(キノホルム剤の販売停止措置)1971:サルミット、ストマイ、シントマイセチン(ショック死相次ぐ)、クロロキン事件、IDU点眼薬(催奇性)、虫歯予防フッ素事件1972:インフルエンザ予防接種事件(20名死亡、11名後遺症)、ベビーパウダー事件(ヘキサクロロフェン中毒、重症4例を含む1000例以上)1976:トロトラスト事件(X線造影剤、肝ガンほかで340名死亡、5~6千名被害)1979:大腿骨頭壊死症事件(ステロイド剤の投与により、414名発症)1981:X線造影剤(1974年8月以降ショック74人、うち19人死亡。以後も1982~88年度にショック83人、死亡9人)1988:血液製剤によるエイズ感染被害問題化(血友病患者総数の約4割)1989:予防接種後肝炎で5名のB型肝炎患者が国を提訴(注射器の再利用が原因と)1991:MMRワクチン(半田市で接種744人中7人が無菌性髄膜炎)1992:陣痛促進剤(脳下垂体ホルモン製剤で1977年以来16年間で死産、子宮破裂など76件報告)1993:ソリブジン事件(抗がん剤との併用で累計で20人超死亡)1996:CJD(薬害ヤコブ病)で患者が大津地裁に提訴1998:厚生省、前立腺がん治療薬フルタミドで緊急安全性情報を指示(死亡8例)1999:厚生省、塩酸チクロピジンによる血栓性血小板減少性紫斑病(死亡6例)2000:厚生省、漢方薬小柴胡湯による間質性肺炎(死亡8例)2002:10月、厚労省は肺がん治療薬イレッサの副作用で13人が死亡と発表。2004年12月までに588人が死亡。(荒川博之『最新 医薬品業界の動向とカラクリがよ~くわかる本』第2版の155ページから引用)1990年代は予防接種「暗黒の時代」【平成の医療史30年◆予防接種行政編】という国立感染症研究所感染症情報センター室長の岡部信彦氏のインタビュー記事には、1980年代のインフルエンザワクチンの集団接種の効果に疑問が持たれて副反応で急性脳症が発生したとされて接種が行われなくなって、MMRワクチンの副反応で無菌性髄膜炎が多発して中止されたことから1994年に予防接種法が改訂されて、ワクチンへの不信感がぬぐえずに「ワクチン暗黒の時代」と呼ばれて、利用できるワクチンが欧米から20年遅れる「ワクチン・ギャップ」が生じたと書いてある。平成時代の日本人は薬害を経験してワクチンの副反応を警戒していたのに、なぜ令和時代の日本人は急にワクチンを信用するようになって新型コロナワクチンを打てという同調圧力が高いのか不思議である。しかも外国製の今まで使われたことがなくて治験が不十分なmRNAワクチンで、高熱や痛みが出るとかの副反応も大きくてロットによっては異物混入さえ起きているのだから、過去のワクチンの薬害事件を知っていれば警戒して当然である。新型コロナウイルスが危険かどうかと、新型コロナワクチンが安全かどうかは別個の問題であるにもかかわらず、これが混同されていることがワクチンを妄信する原因になっているのではないかと思う。コロナは危険だからワクチンを打ちさえすれば安全という考え方や、逆にコロナはただの風邪だからマスクやワクチンは必要ないという考え方はどちらも両極端に間違っている。新型コロナはただの風邪よりも症状が重いので何かしらの対策は必要だけれど、ワクチンにもファイザー製、モデルナ製、アストラゼネカ製、中国製、ロシア製といろいろあって効果や副反応が違っていて血栓リスクが高いアストラゼネカ製ワクチンが使われなくなったように、ワクチンならどれでも安心安全というわけではない。あるいは正常性バイアスで認知が歪んで、すでにワクチンを接種した人が副反応や後遺症について考えたくなくてワクチンが安全だと思い込みたいがゆえに他人に接種を勧める同調圧力になるのかもしれない。60年前のポリオ騒動で考える感染症対策のディレンマ-新型コロナウイルスのワクチン接種に向けた論点を探るというニッセイ基礎研究所の記事には、1960年代に小児マヒが流行したときに生ワクチンの効果が確認されていない中でワクチンを求める母親の抗議活動に押されて生ワクチンを大量に緊急輸入した経緯が書かれてある。マスコミが感染者数を煽って不安になると、ワクチンの効果を確かめるよりも一か八かでとりあえずワクチンを欲しがるような心配性の国民性なのだろう。厚生労働省の予防接種健康被害救済制度の認定者数によるとMMRワクチンでは1000人弱が被害認定されていて、MMRワクチンのように大勢死者が出たわけではないものでも薬害として扱われているのだから、新型コロナワクチンは少なからず死者がいるのに補償されないままだし想定外の後遺症も出ているので今後薬害訴訟になりうる。ワクチンのメリットとデメリットを考えたうえで打ちたい人は打てばよいけれど、医療関係者でない人がむやみに他人にワクチンを打てと勧めるようなものではないし、ワクチンハラスメントは人権侵害である。●政治家は国民を救うつもりがあるのかたぶん戦後の政治家と違って今の世襲議員は生涯で一度も生活苦を経験したことがないまま生きてきたのだろうし、長年続くデフレによる低賃金で不安定な雇用による庶民の生活の苦しみを理解していないのだろう。インドに5年で5兆円を投資してウクライナに6億ドル支援する一方で、約1600万人いる就職氷河期世代対策には17億円しか予算を計上せずに実質的に就職氷河期世代を見捨てて少子化も放置して国民が生活苦でも頑なに減税せずに2021年の30兆円の補正予算を使わないまま放置した政府が国民を本気で救いたいだろうか。看護師の給料をたった月4000円だけしか上げない政府が看護師の処遇改善に取り組んでいるとは思えないし、保健所の職員を増やしていないせいで本来は助けられた人が自宅待機中に死亡している。政治家は予算がないから国民を助けないのではなくて、選挙で批判されないためにコロナ対策をやったフリだけして国民のことはどうでもいいのだと私は思っている。未知のウイルスに対して前例やデータがなくて政治家や官僚が初動を間違うのは仕方がない。イベルメクチンやイソジンが効くとか効かないとか不確実な情報が出回るのも仕方がないし、後でちゃんと検証して間違いを訂正していけばいい。しかし厚労省の統計が間違っているとか根拠のない時短命令をするとかは政治家や官僚のミスで、合理的に判断していれば防げたものである。政治家や官僚のように地位が高い人ほど自分が間違っていても間違いを認められないもので、そのせいで間違いが正せないまま間違った政策を続けて被害が拡大してしまう。それにmRNAワクチンの長期的な影響は不明だし、人口動態調査で1-3月の死者が急増しているけれど原因は不明だし、帯状疱疹の患者が増えているようだし、新型コロナ対策だけに特化して他の病気になったりして結局健康を損ねるのでは意味がない。コロナウイルスがまた変異して感染力や毒性が強くなることもありうるし、最近外国でサル痘の感染が広がっているように別の感染症がパンデミックになる可能性もある。今までの新型コロナ対策の失敗を教訓にすれば次はもっとうまく対応できるかもしれないけれど、政治家がぼんくらだったら同じ失敗を繰り返しかねない。駄目な政治家を選んだら国民の生命や財産にかかわるので、次の参院選や知事や市長の選挙では候補者の政策を理解したうえで、利権のためでなく国民のために合理的に思考して行動できるまともな候補者に投票してほしいものである。
2022.06.08
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最近はアメリカで銃乱射事件が頻発していて銃を規制するかどうかが問題になっている。アメリカでは2021年に4万4750人が銃暴力で死亡して、銃暴力による負傷者は4万359人だそうで、2020年の交通事故の死者数の3万8680人よりも銃の死者数のほうがおおいけれど、銃が大きな産業のせいかいっこうに規制されないし、規制の話が出るたびに銃を買い溜めする人が出てくるマッチポンプになってかえって銃の売り上げが増えて、銃の生産量は2000年から2020年までに390万丁から1130万丁に3倍に増えているそうな。BLM運動とかで略奪が起きたりコロナ禍でアジア系に対するヘイトクライムが起きたりワクチン接種を拒否した警察官が辞めたりしてして治安が悪化しているのも銃が売れる原因だろう。日本だと銃乱射事件は起きる可能性は低いけれど、今後どうなるかはわからない。というわけで銃について考えることにした。●なぜ銃乱射事件が起きるのか無差別殺人事件で銃が使われるのは、殺傷力が高くて、近距離から中距離まで対応できて、安価で手に入れやすくて、取り扱いが簡単なのが理由だろう。アメリカのように合法的にいろいろな銃を安く買える国もあるし、発展途上国は警察の取り締まりが緩かったり賄賂で汚職したりして非合法な銃が流通していてギャングやテロリストや反政府勢力が武装している。ライフル協会とかの銃規制に反対する人たちは被害者が銃を持っていれば反撃できたというけれど、すべての施設に銃を持った警備員を常駐させるほどのコストは払えない。それゆえに警備が甘くて大勢の人が集まる学校や宗教施設や病院やスーパーマーケットや地下鉄とかがテロやヘイトクライムのターゲットになる。日本の民間人では猟師が猟銃を持っているし、ヤクザが拳銃を持っているけれど、連射できないのでアサルトライフルと比べると殺傷能力が低いし、銃や弾を手に入れにくいので、乱射事件は起きていない。銃を使った事件はヤクザのヒットマンが敵対する組員を射殺したり、警察庁長官が拳銃で撃たれた程度でターゲットが絞られていて、庶民が銃の危険を感じることはあまりない。レンタカーで歩行者天国に突っ込んだりガソリンを撒いて放火したりするような道具を用意しやすい無差別殺人の手段があるので、わざわざ銃を用意して乱射するような事件は日本では起きないのだろう。●生き残るにはどうすりゃいいのさ・まず伏せるか逃げる銃声がしたときに何が起きているのか確認しようとして身を乗り出したり、野次馬しにいくと危ない。殺人の現場で犯人を見ただけでも口封じに殺される可能性がある。頭と胸は一発当たっただけでも致命傷になりかねないので、伏せて被弾面積を少なくして流れ弾に当たりにくくするのが大事で、それから状況を見て逃げたり隠れたりして犯人から距離をとる必要がある。・銃の種類から判断する銃の威力は弾によって違うし、銃の種類によって連射速度や弾数も違うので、生き残れるかどうかは敵の武器次第である。拳銃は命中率が低くて近距離でないと当たらないし、装弾数も少ないし、威力もそれほど高くないので、銃声がしたら伏せて被弾面積を少なくするか、障害物を盾にするか、走って逃げるかしたら逃げ切れるかもしれない。アサルトライフル、サブマシンガン、マシンピストルとかは連射速度が速くて流れ弾が当たりやすいので、まずは伏せたり物陰に隠れたりして被弾を避ける必要がある。アメリカでは自動射撃ができる軍用の自動小銃は販売されていないけれど、それでもバンプファイアストックをつけて改造すれば自動射撃ができるそうである。南米のギャングは車ですれ違いざまに対立するギャングを銃撃する手法をとっているようで、取り回しがきくマシンピストルを乱射していた。20-30発くらい撃って弾切れしてマガジンを変えるタイミングで逃げれば逃げ切れる可能性もあるけれど、たぶん何発撃ったかを数える余裕はないだろうし、マガジンの交換は数秒で終わるので隙がない。テキサスの学校の乱射事件だと警察官でさえ突入を45分ためらって批判されたように、ライフルが相手だとSWATとかの防弾ボディーアーマーを着た特殊部隊でないと対処できないので、丸腰の一般人は被弾を覚悟で必死で逃げるか隠れるかしないと生き残れない。ショットガンは拳銃よりも広範囲に弾が広がるので近距離で正面から撃たれたら避けようがなくて致命傷になるし、木製の机やドア程度の障害物を盾にしても貫通するので、犯人が近寄ってくる前に逃げるのがよい。連射できるタイプの軍用ショットガンを撃たれたらまず避けることはできないけれど、単発のショットガンなら次弾を装填する間に逃げたり反撃したりできるかもしれない。スナイパーライフルはビルの屋上とかの遠くから狙撃してくるので、走って逃げるよりも物陰に隠れたりして銃声がする方向からの斜線を切って狙われないようにするほうが生き残りやすい。2017年ラスベガス・ストリップ銃乱射事件だと犯人はカジノの32階から下にいた人を撃っていて、伏せた人は動かなくて狙いやすい的になってしまったので、どこから撃たれているかを判断するのが重要である。1966年のテキサスタワー乱射事件だと犯人はテキサス大学オースティン校本館時計塔から狙撃していて、銃声を工事の音だと思ったり、倒れた人を見て劇団のパフォーマンスだと思ったりした人がいたそうで、銃を持った犯人が視界にいないので自分が狙われているという警戒心がないのがわかる。銃声がして近くに倒れた人がいたなら犯人が視界にいなくても自分も狙撃されうると考えて逃げるべきである。・犯人の目的で判断するテキサスの小学校の銃乱射事件だと死んだ子供の血を塗って死んだふりをした子供が生き残ったけれど、死んだふりが毎回通用するとは限らない。外国人を狙ったイスラム原理主義者のテロやヘイトクライムは殺すことが目的で、死んだふりをしてもキル確定のために頭を撃ってくるので、死んだふりは通用しない。銃乱射てんでんこで他の人が撃たれている隙に逃げるか、死ぬ覚悟で戦うかのどっちかでしか生き残れない。強盗や誘拐とかの金目当ての犯罪の場合はおとなしくして犯人を刺激しなければ撃たれない可能性がある。・特殊部隊が来るまで逃げ回る2008年のムンバイ同時多発テロをテーマにした『ホテル・ムンバイ』という映画だと、テロリストは目についた人を片っ端から撃っていて、電気を消した食堂に隠れた宿泊客が従業員の案内でキッチンに逃げて特殊部隊が突入するまで時間を稼いで生き延びた。2011年のノルウェーのブレイビクのテロ事件で被害者の視点で制作された『ウトヤ島、7月22日』という映画だと、ブレイビクは1時間くらい島を巡回して殺しまわっていて、海岸の岩の隙間の銃が当たらないところに隠れた人たちが生き延びた。これらの事件からわかるのは丸腰の人が大勢いたところでアサルトライフルを持った人にはかなわないということで、事件が起きてから特殊部隊が来て犯人を制圧するまでの数時間を逃げきれるかが重要になってくる。2004年のロシアのベスラン学校占拠事件だと1181人が体育館に集められて人質になったけれど、こういうふうに逃げも隠れもできない状態になると丸腰ではどうしようもないので、人質にされるまえに逃げられるかどうかが生死の分かれ目になる。・建物の構造で逃げ方を決める2019年のクライストチャーチモスク銃乱射事件の動画だと、犯人は横方向を警戒していたけれど縦方向やトイレや屋外は警戒していなかったので、銃撃が起きてからすぐに屋根裏や床下や屋外に逃げれば犯人に見つからずにやり過ごせるかもしれない。2016年のダッカ・レストラン襲撃人質テロ事件ではトイレに隠れた人が生き残ったけれど、トイレや物置とかは一時的に犯人の視界からはずれてもそこから先の逃げ場がなくなるので、犯人が入念に調べるかどうかの運任せになる。2007年のバージニア工科大学銃乱射事件だとバリケードを作って犯人が部屋に入れないようにした人が生き延びたように、建物が銃弾を防げるくらい頑丈なら立てこもるのは有効である。5月のニューヨーク州バッファローのスーパーで黒人を狙ったヘイトクライムの銃乱射事件だと犯人は駐車場で車から降りてすぐ入り口付近にいた客から順番に撃っていて10人が死亡したけれど、商品棚があって死角が多かったせいか他の客は逃げられたようで、大きなスーパーを狙った割には死者数が少なかった。単独犯の場合は犯人の視界に入らないようにするだけでも撃たれにくくなるし、仮に撃たれても間に棚があるだけでも威力が減衰したり弾が逸れたりして致命傷になりにくくなるので、障害物で射線をさえぎりながら逃げるのが有効である。学校やホテルみたいに廊下が一直線で見通しがよくて障害物がない建物では廊下を走って逃げるのは狙われやすいので危ない。建物に侵入するタイプのテロリストは外よりも室内に注意を向けているので、窓の付近にいる場合は2階くらいの高さなら窓から飛び降りて建物から離れるほうが撃たれずに済むかもしれない。●日本人はどうするのか銃乱射事件は外国の話だからどうでもいいやと考えて無防備でいると、外国を旅行したり留学したり出張で商談したりしたときに死亡するリスクが高くなる。2021年の10月に茨城県で3Dプリンターで銃を自作した人が自殺したように設計図さえあれば銃を自作できてしまうので、テクノロジーの進歩で違法な銃の所持のハードルも下がっている。それに日本だと年々移民が増えているし、在日ベトナム人がFacebookで盗んだ果物や豚を堂々と売りさばいていたように、在日外国人の数に対して外国語ができる警察官の数が少ないと取り締まりが追い付かなくて犯罪者が野放しになって勢力を拡大していく。不良移民の金回りが良くなったらいずれヤクザのように拳銃を手に入れてギャング化していくだろうし、犯罪にも銃が使われる可能性がある。漁業にも移民が入り込むようになって、人手不足で海上保安庁の取り締まりが不十分になれば、海上で武器が取引されてライフルも密輸されるかもしれないし、日本でも銃乱射事件が起きるかもしれない。銃社会のアメリカでさえ銃を使った犯罪に対処しきれていない有様だし、もし日本でライフルを使った犯罪が起きた時には甚大な被害が出かねない。日本の教師は刃物を持った不審者を想定してさすまたで犯人を捕獲する訓練をしているそうだけれど、銃での無差別殺人に対する訓練はしていないと思う。犯罪に直面した時に犯人を取り押さえることよりも、いかにして生き延びるかというほうに発想を変えるほうがよいかもしれない。最近はアメリカの警察官のボディカメラがYouTubeにアップロードされていて銃撃戦の様子がわかるし、犯人が自ら犯行の様子をストリーミングしていたりする。殺人の動画を見たくない人もいるだろうけれど、生き残る確率を少しでも上げたい人はどのように犯罪が行われているかという実態を見ておくほうがよいだろう。
2022.06.02
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