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最近はけっこう高学歴で社会的地位がある人でも言葉を誤用しているのが気になる。たぶんメディアが出版からインターネットに移行して誰でも直接SNSで意見を言うようになって、編集者が言葉遣いを指摘しなくなったので誤用に無自覚なままなのだろう。そんでSNSを見た人も誤用と気づかずに間違った言葉を覚えてしまうのかもしれない。というわけで私が誤用改役として誤用を取り締まることにした。御用だ御用だ!●よくある誤用・すべからく「須らく」は本来は「須らく~べし」として「べし」をつけることで「当然~するべき」という意味になる。ところが「べし」をつけずに「全て」の意味で誤用する人が多い。「全て」という意味を表したいなら普通に「すべて」と言えばいいのに、難しい言葉を使って格好つけようとして「すべからく」と言っちゃうのだろうか。高校で漢文を勉強していなくて漢字の意味を知らないので発音が似ているというだけで誤用するのだろう。・穿った見方「穿」という漢字は牙で穴をあけると書くように、「穿つ」は穴をあけたり穴を掘ったりするという意味である。そこから転じて物事を掘り下げて本質をとらえるという意味になったので、「穿った見方」というのは本質を見抜いた見方のことである。これが「疑ってかかる見方」とまったく違う意味で誤用されがちで、「うがった」と「うたがった」の発音が似ているので誤用されるのだろう。・耳ざわりがいい「耳障り」は聞いていて不快という意味なので、「耳障りがいい」という言葉は矛盾した意味になる。「目障り」も同様である。たぶん誤用する人は「手触りがいい」「舌触りがいい」というのと似た感じで「耳触りがいい」と言いいたいのだろうけれど、聴覚は触るものではないし、鼓膜を触ったらやかましくて不快に感じると思う。「耳ざわりがいい言葉は言わない」というニュアンスを伝えたいのなら、「おべんちゃらは言わない」とか「お世辞は言わずに本音で言う」とか「もっともらしく聞こえる嘘は言わない」とかの言い回しをすればよいと思う。・さわりさわりは元々は義太夫節に他の旋律を取り入れた聞かせどころの箇所のサワリを指した言葉で、音楽や物語の要点という意味でつかわれるけれど、話の最初の部分をさわりと思っている人が多いようで、ちょっと触った程度のニュアンスで誤用してしまうのだろう。ほとんどの人は義太夫節を聞いたことがないだろうし、誤用されやすい「さわり」をあえて使う必然性もないので、「見どころを紹介する」とか他の言葉を使うとよい。・役不足「役不足」とは能力に見合わないつまらない仕事をあてがって実力を発揮できないときに使う。例えばレオナルド・ディカプリオに『タイタニック』のモブ乗客の演技をさせるのは役不足である。これを逆に能力が足りない人に大役を与えるという意味でとらえて、ジャニーズの誰かを『タイタニック』の主演に抜擢するようなことを役不足だと誤用する人がいる。そういう場合は役が不足しているのではなくて能力が不足しているので、「力不足」と言えばいいだろう。・敷居が高い敷居は和室の障子や襖を取り付けるための溝がついた建材の下の部分で、上の部分は鴨居という。「敷居が高い」は相手に不義理をして敷居をまたいで会いに行くのに気後れして敷居が高く感じる様子を表している。しかし30代以下は「高級な店に入りにくい」という意味で誤用する人が多いそうな。なんで敷居を高級な店と関連付けて誤用するのかわからないけれど、「行きにくい」というニュアンスだけとらえて誤用しているようである。都会はほとんど洋風の戸建てやアパートで日本家屋がないので、そもそも若者は敷居や鴨居を知らないのかもしれない。料亭なら敷居があるだろうけれどレストランに敷居はないので、洋風の建物に対して「敷居が高い」というのもおかしい。高級レストランに対しては「気軽に行きにくい」と言えばいいだろう。ちなみに襖の標準サイズは170-180センチで、背の高い外国人はしばしば鴨居に頭をぶつけて文句を言っているので、「鴨居が低い」と「敷居が高い」をセットで覚えると敷居が引き戸の下のところを指しているとわかりやすいと思う。・中抜き中抜きの本来の意味は卸売りとかの中間業者を介さずにメーカーが消費者と直接取引してコストを減らすことで、中間業者を抜かすので中抜きである。これを中間業者が手数料を抜いて下請けに仕事を丸投げする意味で誤用する人が多い。「中」が中間業者を指すことを知らずに、札束の中から手数料をごっそり抜き取っているイメージで誤用するのだろう。「派遣会社の中抜きを制限しろ」とかの文章なら誤用でも文脈で何が言いたいのかわかるけれど、経済の話題で中抜きと言うと誤用なのか誤用でないのか紛らわしくなる。私は「中間業者による搾取」や「中間搾取」や「仲介手数料ぼったくり」とかの言い方がよいと思う。・ほぼほぼ「ほぼほぼ」は「ほぼ」を繰り返して強調した表現である。日本語のオノマトペには「もちもち」や「ふかふか」みたいに同じ言葉を二回繰り返すものが多くて語呂がいいので、「ほぼほぼ」もオノマトペのような感覚で二回言ってしまうのだろう。小説のような書き言葉なら強調のために「ただただ呆れるばかりだった」とか「またまたあいつが現れた」とかのように言葉を繰り返すことはあるけれど、口語で言うと変だし、「ほぼ」だけで十分だし、強調するほど重要な言葉でもないだろう。「ほぼ」が本来の言葉だと理解して「ほぼほぼ」を使っているなら誤用ではないけれど、不自然な言葉遣いをするくらいなら「ほとんど」と言うほうがよい。・課金するソーシャルゲームが出てきてから課金という言葉が頻繁に使われていて、「基本プレイ無料アイテム課金制ゲーム」とかのように使うけれど、誰が誰に金を払うことを課すのかというと、運営者がユーザーに対して金を払うことを課している。「ガチャに〇万円課金した」のようにユーザー側がゲームに金を払うことに対して「課金」を誤用する人が多いけれど、ユーザーが誰かに金を払うことを課しているわけではないのだから、「〇万円分ガチャを回した」のように言えばよい。「課」の意味(義務などを割り当てること)を理解していないので誤用するのだろう。・税金の無駄遣い税金を財源だと考えている貨幣プール論の人が「税金の無駄遣い」と言うけれど、税は基本的に徴収するものであって使うものではない。税を歳入と言い換えると「歳入の無駄遣い」という変な意味になる。自治体の歳入は税だけでなく地方債もあるけれど、「地方債の無駄遣い」と言う人はいないし、それと同様に「税金の無駄遣い」と言うのもおかしい。歳入と歳出は別の概念として扱うべきで、「公金の無駄遣いをするな」や「無駄な歳出を削れ」とかの言い方がよいと思う。・グルメグルメ(gourmet)とはフランス語で食通を意味する。例えば海原雄山がグルメである。食い意地が張っている人のことをグルマン(gourmand)という。ところがおいしい食べ物のことをグルメと呼ぶような誤用がされていて、語源のフランス語を知らないので誤用するのだろう。アンジャッシュ渡部のような人をB級グルメと呼ぶなら誤用ではないけれど、おいしいジャンクフードをB級グルメと呼ぶのは誤用である。しかし誤用の方が定着してしまったので気にするほどのことでもないかもしれない。・社員社員とは会社法では株式会社の株主のことを指す。しかし「正社員」としてフルタイムの正規雇用の従業員の意味で誤用されているし、「社員証」も株主でなく従業員に発行されている。本来は従業員は期限なしのフルタイムか期限ありのパートタイムかの違いでしかないし株主と違って議決権があるわけでもないのに、正社員に「正」がつくことで何か特権階級めいた偉そうな響きがあるので、従業員という言葉を使わずに正社員という言葉を使いたがるのかもしれない。●なぜ誤用するのかいろいろな誤用を見てみると、漢字の意味を理解していない人が発音が似ている別の言葉と混同して誤用しているケースが多いようである。そもそも日本語が難しいと言われているのは漢字のせいで、話し言葉だけならたいして難しくないし、外国人留学生は接客業をするとすぐ日本語がペラペラ話せるようになるけれど漢字が読めなかったりする。じゃあなぜ漢字は難しいのかというと、表意文字の漢字と表音文字のアルファベットでは言語の仕組み自体が違っていて脳の違う部位を使っているからで、英語なら発音を聞けばだいたいのスペルは想像できるし、同様にスペルを見ればだいたいの発音は想像できるけれど、漢字の場合はそうはいかないので、漢字の意味、音読み、訓読みを勉強しないと理解できない。漢字を勉強していない人が漢字の意味を知らずに発音だけで判断して誤用しているのだろうし、ひろゆきのように古文と漢文は勉強しなくていいという人が増えたら誤用はもっと増えていくと思う。あと「敷居が高い」や「さわり」のように語源を知らなくて感覚的に意味をとらえて誤用しているパターンがあるけれど、言葉が古くなって語源を知らない人が増えるのはしょうがない。格好つけて難しい言葉を使おうとして誤用して無知を晒すのでは本末転倒なので、よく知らない言葉を使おうとせずに普通の言葉遣いをすればよいと思う。あと短文で即レスするTwitterやしゃべりっぱなしのYouTubeとかがSNSの主流になって個人ブログが廃れて自分の文章を推敲しなくなったり、読書離れして正しい言葉遣いに触れなくなったのも誤用が多くなった原因かもしれない。言葉が軽薄短小になりつつあって、よく考えたり調べたりせずに思い付きをべらべらしゃべる教養のない人がインフルエンサー扱いされてもてはやされているし、おかしな世の中になったものである。
2022.12.27
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最近はYouTubeで日経テレ東大学の【東京五輪の闇】日本経済衰退の戦犯「利権ビジネス」とは?という動画を見たら、安田秀一は日本が弛緩していて意思決定の軸を決めても全部嘘っぱちにしていると指摘していて、その通りだと思う。なんで意思決定の軸を決めてもそれを貫徹できないのかというと、根底に人としての在り方や社会の在り方の思想がないのが原因ではないかと思う。哲学について考えるという記事でも考えたけれど、また違う角度から考えることにした。●思想とは何か思想とは感情や意思に対して思考的現象のことで、Wikipediaによると自分自身や周囲について自分が感じ思考できる物事について抱くまとまった考えのことである。思想の体系をイデオロギーといって、〇〇主義や〇〇イズムとかと呼ばれている。思想家や哲学者だけが思想を持つわけではなくて、我々はどこかの国で生まれ育って、その国の言語や宗教や文化を教育されて、それが思想の礎になる。そして大人になってどう生きるか、どういう社会を作るかと考えることで自分の思想を形作っていく。論語に「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑はず。五十にして天命を知る。六十にして耳順ふ。七十にして心の欲する所に従へども、矩を踰えず」とあるし、谷崎潤一郎が小説家になるのは40歳くらいがちょうどよくてそれより若いと未熟だというようなことを言っていたように、だいたい30-40代くらいで何かしらのイデオロギーを持って人生の方向性が定まるようになると思われる。●思想があることの危険性・他人に自分の思想を押し付ける自分はこう思うからこう行動するという自分のことに終始するなら問題ないのだけれど、たいていの思想の中からは過激派が出てきて自分と異なる思想の人を攻撃し始める。例えばアメリカはキリスト教の影響が強くて保守が多い南部の州では中絶禁止になっているので、中絶が選挙の争点になっていて、中絶反対派は中絶賛成派を殺人者として批判している。自分はキリスト教徒だから中絶しないと言うのは本人の自由だけれど、自分はキリスト教徒だから他人の中絶を認めないと主張するのはおかしいし、キリスト教的な価値観に基づいた法律でキリスト教徒でない人の中絶も禁止するのは人権侵害だと私は思う。うろ覚えだけれどテキサスかどこかの中絶反対派だった女性が堕胎しないと母体が危険になると医者に言われてから中絶賛成派に変わったというニュースがあって、その人は自分の過去は棚に上げて中絶反対派を批判していたけれど、こういう人は想像力が欠如していて自分が当事者になるまで他人の苦しみを理解できなかったのだろう。ヴィーガンもそうで、動物がかわいそうとか自然環境への配慮とかどんな理由であれ肉を食べないのは本人の自由だけれど、過激派のヴィーガンは牧場や肉屋を破壊して、自己管理できない幼児にまでヴィーガン食を強制して栄養失調で死亡させて、さんざん他人を批判したことは棚に上げて健康上の理由でヴィーガンを辞めたりする。極めつけはイスラム原理主義者で、異教徒の殺害を正当化していてテロを起こすので非イスラム教徒とは共存できない。アフリカはイスラム原理主義のボコ=ハラムが女子の教育を否定して学校を襲撃したりキリスト教の教会を襲撃したりして治安が悪いので、いくら資源や労働力があっても外国企業が敬遠して経済成長を妨げる要因になっている。人を幸福にする良い思想なら他人が真似して自然に広まるけれど、洗脳したり弾圧したりして他人に思想を強制しないと広まらないのでは良い思想とは言えないし、一方的に正義を押し付けるのでは人権侵害で社会に害をもたらす。何かの主張があって他人の行動を制限したいなら議会で合意を得たうえで法律を作ったり法律を改正したりするべきで、他人に強制する権利はないし、そもそも自律できていない人が他人の言動に口を出すのはおこがましい。・非合理的になる日本最強の剣豪の宮本武蔵はリアリストで、固定を死ととらえて臨機応変に合理的に現実に対応することを重視して、型にこだわる他の流派を批判している。宮本武蔵というと二刀流で知られているけれど、強さの根源は二刀流でなくて合理性で、二刀流なのも両手で一本の刀を持つのは非効率だという合理的な理由があって二刀流にしていて刀だけにこだわっているわけでもなくて他の武器も使うし、武器や流派や戦術を固定することによる相性の良し悪しがなくて常に相手や状況に合わせて合理的に最善を選ぶことができたがゆえにどんな相手に対しても強かったわけで、宮本武蔵以上の身体能力を持った相手もいただろうけれどその人たちよりも戦術で優っていたがゆえに勝てたのだろう。何かの思想にこだわってこうでなければならないと決めつけていると、現実が変化したときに対応できなくなって非合理的になる。個人的な思想ならきっかけがあれば変わりうるけれど、経典がある宗教は経典を神聖化して変化を拒んで融通が利かなくなる。非合理的でもそのほうが幸せだという人もいるし、アーミッシュのように科学を否定して不便で原始的な生活するのは個人の自由である。しかし国家が非合理的になると学問や科学技術は発展しなくなる。エネルギー不足とかの現代社会の問題は科学技術が発展しないことには解決しないけれど、思想を守ることに固執して問題解決ができなくなって社会が衰退して不幸な人を生み出すのでは本末転倒である。●思想がないことの危険性・思想のない生活小林秀雄が初期の評論で感傷主義の日本にはまともな文学理論はなかったと指摘していたけれど、これは現在でも変わらなくて、文学に限らずに日本人は感情に頼って物事を判断している。物事の原理原則を理解せず、何が正しいか、どうあるべきかという判断基準がなく、論理でなく感情で物事を判断するのは端的にいえば幼稚なのである。幼児は自分と他人の区別がつかなくて、自分と同じことを他人も考えているはずだと思って、他人が自分の思い通りにならないと怒りだす。幼稚な大人は喜怒哀楽の感情と欲を判断基準にして、金儲けと浪費の快楽にはまって、物事の正誤を議論せずに上司と違う意見の人に怒って反逆者として処罰したり、意見が違う人に同調圧力をかけて迫害したりして、議論がないのでアウフヘーベンで社会が進歩せず、権力者はイエスマンで周りを囲って縁故主義で利権をむさぼって問題をごまかして先送りして社会の富を食いつぶしていく。これが人間としてあるべき理想像や倫理をなくしてエコノミックアニマル化した日本人の現状である。日本人には意思決定の基準となる思想がないのでその場の「空気」に安易に流される。皆が並んでいるからという理由で行列ができる店に並んでたいしてうまくもないタピオカミルクティーを有難がって、心臓病の子供がかわいそうだとアメリカでの心臓移植の割り込み費用を寄付して、皆がやっているのでアイスバケツチャレンジや激辛やきそばの早食いをして、芸能人が持っているブランド品を欲しがって、ウォルト・ディズニーが差別主義者だとも知らずにディズニーランドでネズミの着ぐるみのパレードを眺めて喜んで、有名人が選挙に出たら名前を知っているというだけで政策も理解せずに投票して、農家でもないのに豊穣祭のハロウィンでコスプレして渋谷でバカ騒ぎして、キリスト教徒でもないのにクリスマスをロマンチックな聖夜扱いしてクリぼっちを気にしてデート相手を探してフライドチキンを食べて、インスタ映えのために似合わないドレスを着て教会風の建物で偽の神父を呼んで結婚式をして処女でもないのにヴァージンロードを歩いて、もともと日本人に指輪をする習慣なんかなかったのに広告代理店のイメージ戦略につられてやたらと高い指輪をほしがってヨンドシーの指輪をもらってがっかりして愚痴を言って、普段神社に行かないくせに初詣の行列に並んで願掛けして、仏教徒でもないのに死に際に戒名をほしがる。本質を理解せずに他人を真似て飽きたら違う流行に乗るだけで、そこに洗練も進歩もない。洗練がなくて停滞して、いずれ流行を追うのにも飽きて、何をやっても充実感がなくて生き甲斐をなくすという悪循環になる。あるいは空っぽであることを自覚した人で自分探しや自分磨きをしだす人もいるけれど、空っぽな人間が自分探しとしてインドとかに旅行したところで自分が見つかるわけでもないし、空っぽな人間が自分磨きとしてエステやネイルサロンに行ってうわべを飾り立てたところで中身は空っぽなままである。何者かになろうとしても自分で物事を考えられないので他人の助言にすがってインフルエンサーのオンラインサロンやマルチ商法のカモになったり、極右や極左やカルト宗教団体とかの極端な思想に染まったり、空っぽで生き甲斐がないことに悩んで自殺したりする人もいる。宮台真司がYouTubeの動画の青木理との対談で「良い人はどうでもいい人で試されてない」というようなことを言っていたけれどその通りで、日本はなまじ平和なので命を賭してでも何かを守る覚悟や何かをやり遂げる覚悟がない幼稚などうでもいい人だらけになった。隣人としては無害で良い人だろうけれど、自分の思想がなく他人に流されて言動に一貫性がない人は頼りにならない。西部邁が批評は無駄だったというような悲観的なことを言い残して自死したけれど、幼稚で頭が空っぽの日本人に何を言っても馬の耳に念仏みたいなもので無駄だと思ったのだろう。西部邁の保守思想は周囲の人たちに受け継がれたけれど、大多数の空っぽの日本人にはジャップという罵りさえ響かなかった。論語に「朽木は雕るべからず」(腐った木に彫刻はできない)というのがあるけれど、思想がない現代の日本人がその腐った木で、動物のように感情で物事を判断する人に道理を説いても無駄である。アイン・ランドが「目的を持たない人間は、その場限りの感情や不明瞭な衝動に流される人間であり、いかなる悪でもなし得る人間なのです」とインタビューで言っているように、何も考えていない人は全体主義とかに流されて悪という自覚さえなく悪事をやる危険がある。・思想のない政治保守派は伝統的思想を受け継ぐけれど、リベラルは思想を受け継がないので合理的かというとそうでもなくて、非合理的な感情が判断基準になりがちである。例えばヨーロッパの海岸に難民の子供の遺体が漂着したとニュースになれば、かわいそうだから難民を受け入れろと言い出して反対する人をレイシスト扱いして、イスラム教徒には金持ちが貧乏人を養って当然だという喜捨の習慣があることを理解しないまま大量のイスラム教徒の難民を受け入れて移民が働かずに福祉にただ乗りして犯罪が多発して多文化共生に失敗している。EUのリベラルは寛容であればうまくいくという理想に酔いしれて国民の権利や財産を自分のもののように差し出して、自分に犯罪の被害が及び始めてようやく音を上げたけれど、移民政策に反対する人をレイシストの極右扱いしたことへの謝罪や反省はない。SDGsもそうで、ドイツのリベラルは化石燃料をなくせと感情的に主張して日本に化石賞を授与して馬鹿にしたあげく、ロシアのウクライナ侵攻でガス代があがったらこっそり石炭火力発電所を再稼働させている。感情的に衝動で動くので初志貫徹する意思もないし、やることに合理性もないのでリベラルがやることはたいてい失敗している。日本の政治は保守がいなくて自民党でさえリベラルで、思想がなく守るべきものがないがゆえに利権になびいて腐敗した。思想がない日本人の極めつけの存在が岸田文雄で、岸田は自民党総裁選挙で言った所得倍増や新自由主義者からの脱却を総裁になったとたんに反故にして、自分で物事を判断できないので延々と検討して誰かが代わりに責任を引き受けて判断してくれるのを待って、政治家としての信念も矜持も何もなくて他人の言いなりになるしか能がない空っぽの人間だと判明して内閣支持率がだだ下がりした。たぶん昭和生まれの日本男児なら「武士に二言はない」や「巧言令色鮮し仁」という言葉を聞いたことがあって有言不実行は恥だという感覚を持っていると思うけれど、岸田は政治のセンスがないだけでなくて恥の感情さえ持ち合わせていないようである。30年経済成長していなくて若者の貧困と少子化を放置して、どんなに不景気でも頑なに減税だけはやろうとせず、オリンピックの利権にたかって恥さらしの開会式をした自民党の議員たちは後世の歴史家からは奇跡的な経済成長をした日本を滅亡させた元凶となった馬鹿と評されるだろう。因果関係を分析して合理的に問題を解決しようとせず、問題解決ができないのは努力不足という精神論で現場を疲弊させて、責任者のメンツをつぶさないために間違いを認めず、今まで頑張ったのに今更方針展開できないと意固地になって間違いに間違いを重ねてさらに解決を難しくするのが日本の失敗の典型的なパターンになっている。投票率が低いのも日本人に思想がないことの表れで、社会がどうあるべきかを考えておらず、民主主義なのに投票で社会を変える意識がなくて政治はお上に任せておけばいいという他人事のような態度で、誰かに支配されることに慣れきってしまっていて江戸時代の農民の頃から進歩していない。・思想のない外交思想がない日本人には他人の思想も理解できない。嫌がらせをされても我慢して愛想笑いしておべっかを使って金をあげれば仲良くできると思っている事なかれ主義が外国に見透かされている。特に対中外交はひどいもので、戦後の高度経済成長で豊かになった日本人は中国人が貧乏でかわいそうだと気前よく技術供与して良いことをしたと喜んで少数民族を弾圧する人権侵害大国を育てあげて、中国人留学生に大金を援助して大学は学生が増えたと喜んで企業は優秀な外国人を雇えたと喜んで産業スパイを受け入れて、中国に出張した偉いおっさんが美女にちやほやされて喜んでハニートラップにひっかかって機密情報を漏らして、日本人の研究者や技術者は中国企業に雇われて高給で好きな研究ができると喜んでノウハウを提供して、日本の技術をコピーして豊かになった中国人に日本の土地を買ってもらって儲かったと喜んで自衛隊基地周辺や原発周辺の重要な土地を中国に買われて監視されて、個々の当事者は満足したように見えても全体としてはナンセンスな売国行為をしている。愛国心を持つことさえ極右扱いして否定して自分の国は自分で守るものだという国防の思想が根底になく、中国が世界の一部になるのでなく世界を中国の一部にしようとする中華思想の危険性も理解していなくて無防備なので、必然的に中国の戦略に絡めとられる。インドのように国益を優先して国境での小競り合いも辞さない強気の外交ができないので、中国から舐められて領海侵犯を繰り返されている。ロシアのウクライナ侵攻にしても、ウクライナがかわいそうという一時的な感傷で反ロシア一色の論調になってロシアに経済制裁するだけでなくてロシアの外交官まで追放して交渉窓口までなくしたのは勇み足で、北方領土を取り戻すことがもはや無理になっただけでなくて、ロシアの強硬派を抑える人がいなくなってアイヌがロシアの民族だから北海道北部がロシアのものだという発言まで出るようになって「迫害されているロシア系住民の保護のための侵攻」というウクライナ侵攻と同じ論法で日本に侵攻する可能性が出てきたし、アメリカも核を持っている国とは戦争をしないのが明確になった。そんで日本が中国やロシアのような核保有国に侵略されてもアメリカに守ってもらえなさそうなので慌てて防衛費を増やそうとしているけれど、アメリカの兵器を買い増しするだけなら結局はアメリカの金づるのままである。ウクライナにはかわいそうだというくせにアメリカが東京大空襲や原爆で民間人を数十万人も殺害したことについては無頓着でアメリカに追従している人たちは日本人としてのアイデンティティがなくて日本の歴史も現状も他人事でしかないのだろう。思想がない「良い人」が「どうでもいい人」であるように、思想がなくて良い国である日本も他の国にとってどうでもいい国になる。金があるうちは金づるとしての利用価値があるので西側諸国の一員でいられているけれど、南海トラフ地震や富士山の噴火とかで経済が壊滅して金がなくなったら利用価値のないどうでもいい国として西側からもアジアの諸国からも見捨てられるだろう。・思想のない経営日本の経営者には少子化だから移民を入れようと言う人がいるけれど、そういう人は国境をなくそうとするリベラルというよりは、外国人は日本人と違う文化や思想を持っているということさえ理解できないほど想像力が欠如している。外国人を単に日本人の代わりに働く低賃金の労働力としてしか見ておらず、彼らもいずれ病気になったり子供を作ったりして福祉が必要になることを理解していない。日本の経営者はグローバル化だと偉そうに言うけれど、彼らが外国で企業を経営できているかというとできていない。中小企業が中国に進出したら現地で慣習化している賄賂の要求に対処できないとか共同経営者の中国人に会社を乗っ取られたとか従業員がちょっとでも給料がいい会社にすぐ転職して定着しないとかで失敗して逃げ帰ってきているし、日本に移民を増やして日本を外国化したら同様にガバナンスができなくなるだろうし、移民の経営者にとって代わられるようになるだろう。企業理念がなくて新しい商品やサービスを作ることよりも労働者から搾取して金儲けをしようとしたところで社会は発展しないし、パソナとかの派遣会社がいくら儲かっても日本は全く経済成長していない。経済同友会はくだらない経営者目線で国家運営にまで口出しして消費税を増税しろと主張しているけれど、本質的に国家を発展させるには物やサービスを作ったり技術を研究したりして産業を発展させるしかないのだけれど、経済団体が経済を停滞させて国民を不幸にする消費税増税を主張するのは馬鹿じゃなかろうか。・思想のない文学大正時代や昭和初期の文学には人間の理想を追求する白樺派や現実を見ようとする新現実派とかの思想の方向性が似たグループがあった。思想が近いグループで同人誌を発行することで切磋琢磨して、作者の思想や雑誌の特徴がわかりやすいので読者も自分の好みに合う作家や作品を見つけやすくなるというメリットがあった。ところが現代の文学には思想がない。文芸誌が作家や批評家の同人誌でなくなって出版社として企業化して編集者が文学センスがないただの事務員になって、作家はどこの文芸誌でデビューしようが結局は他の雑誌にも作品を載せるようになるし、どの雑誌も目立った特徴がなくて差別化できていない。さらには話題作りのために最年少受賞を売りにしたら作家が古典を読んでいないし文学理論も理解していなくて読者よりも知識が劣るうえにパクリが頻発する有様で、質が低下していっそう文学離れを招いた。最近は芥川賞の候補者が全員女性だとマスコミが話題にしていたけれど、女性が活躍しているというよりは暇な学生や主婦が小遣い稼ぎにやる副業程度の仕事になって、男性が生涯をかけて至高の文学を追及するほどの価値がなくなったのだと私は思う。女性作家の数こそ多いけれど、石牟礼道子みたいに同時代の人や社会に向き合うわけでもなくて身の回りの小さな出来事を書くだけで作家が社会を見ていないので、そんな作品を読む理由もない。優れた文学には作者が社会をどう見るか、登場人物が社会をどう見るかという二重の批評性があって、そこで作者がアウフヘーベンしたり読者が着想を得たりして思想の発展につながるのだけれど、そもそも作者が社会を見ていないのなら作品に批評性がなくなる。単に出来事の反応としての登場人物の喜怒哀楽を書くだけなら文学やる必然性がないので表情がわかりやすい漫画やアニメとかの商業作品でやればいい。●どうすりゃいいのさ思想を持つことの害、思想を持たないことの害を比べると、思想もなく感情と欲望の奴隷となって右往左往して生きるよりは何かしらの人生の指針となる思想を持つ方がよさそうである。しかし一朝一夕に悟りを開くことはないので、日ごろから物事の是非を考えていく必要がある。古代の哲学者が残した思想もガイドラインにはなるけれど、彼らが生きた時代と現代とは生活環境が全く違うので、思想ありきの偏見で現実を見るのでなく、現実をよく見たうえで幸福になるにはどうすればいいのかを模索するべきで、その結果として自分や社会の幸福につながる思想を持つことになるだろう。客観的な絶対的な正しい思想というのはなくて、自分が幸福になれるかどうかを主観的に判断するしかない。人間はいずれ死ぬからこそ、自分で物事を判断して納得がいく生き方をしたいものである。ちなみに私は無宗教なのでクリスマスはどうでもいいし、初詣にもいかない。皆がやっているからという理由で節操なく他人を真似てよく考えずに行動するのはやめて、本当に自分がやりたいことをやるべきである。人生は長いようで短いもので、誰もが寿命が来るまで80年も生きるわけでなくていつ病気や事故で死ぬかわからないし、くだらないことばかりやってやりたいことをやる時間がないまま死んでしまったらもったいない。京王線ジョーカーについて考えるという記事でも考えたけれど、思想がないがゆえに生き方がわからなくて犯罪をする人もいる。東海道新幹線車内殺傷事件の犯人は「自分で考えて生きるのが面倒くさかった。他人が決めたルール内で生きる方が楽だと思い、無期懲役を狙った」と供述したけれど、自分で考えることを辞めて他人にゆだねたらもはや自律しようがないので幸福になる方法を自分で見つけられなくなるし、彼は狙い通りに無期懲役になって最低限の衣食住が保障されて楽になるどころか体にうんこを塗りたくって看守の気を引いて孤独を紛らわそうとする狂人になってしまった。自分が不幸になったり他人を不幸にしたりするために生きるのでは空っぽの人生よりもさらに悪い不毛な人生である。幸福になりたいのなら幸福とは何か、幸福になるにはどうすればよいのかを自分で考えて行動するしかない。年末年始の暇な時くらいはいろいろなことをじっくりコトコト考えてみたらいいと思う。
2022.12.20
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Epic Gamesで毎週無料でもらえるゲームがいつの間にか300個くらいたまっていて、今まではほとんどパソコンのスペック不足で遊べなかったのだけれど、最近第12世代のcore i3のパソコンを自作したので遊べるようになった。そんで年末でちょっと仕事が途切れたので休暇だと思って1週間くらいゲーム三昧していて面白かったりつまらなかったりしたので、徒然なるままにゲームについて考えにけり。●ゲームとは何かゲームとは特定のルールの下でプレイヤーが勝敗を競ったり、目標を達成したりする遊びやスポーツなどの娯楽である。英語だとサッカーやバスケットボールみたいに複雑なルールがあってチームでたくさん点を取る試合をgameという。ボクシングのように個人で対決する試合をmatchといって、100メートル走やF1のように速さを競う試合はraceといって、体操やフィギュアスケートとかの採点競技の大会はcompetitionというので、これらはルールがあって勝敗を競っているものの娯楽性が低くて暇つぶしに遊ぶようなものではないのでゲームではない。遊びのゲームとしては昭和までは花札やトランプやかるたなどのカードゲームや麻雀や将棋やオセロやすごろくなどのボードゲームが人気だったけれど、任天堂のファミリーコンピューターとかのビデオゲームが出現してからは主にビデオゲームのことをゲームと呼ぶようになって、ゲームで遊ぶ人をゲーマーと呼ぶようになった。●面白いゲームの要素・操作性のよさ『スーパーマリオブラザーズ』シリーズは配管工のおっさんが亀やキノコを踏んづけたり土管にもぐったりする変な世界の横スクロールアクションゲームだけれど、似たような横スクロールアクションが無数にある中で圧倒的に操作性がよかったので、こんな変なものが世界的に認知される任天堂の代表作になった。自分がコントローラーを操作したとおりにきびきびとキャラクターが動くのはゲームの楽しさの基本で、逆にキャラクターを思い通りに動かせないとストレスになる。・自由度の高さいくら操作性がよくてもプレイヤー側でやれることが限られていたらあまり面白くない。ゲームとしてのルールや制限がある中で、ゲーム内を自由に動きまわったり創意工夫したりすることが面白さになる。『Minecraft』のような箱庭ゲームは無限に使える積み木で自由に遊べるようなもので、積み木のブロックの形こそ決められているものの、それで何を作るかはプレイヤーが自由に決められるので、その自由度の高さゆえに人気になっている。・攻略方法の多様性自由度の高さにも関連するけれど、ゲームをクリアするために特定のルートや特定の装備で挑まないといけなくて攻略方法を自分で考える余地がないのでは作業になってしまって面白くなくなる。プレイヤーが自分で試行錯誤することがゲームの面白さだし、それで強いボスを倒したり難しいパズルを解いたりしてゲームをクリアすることが達成感になる。・カスタマイズ要素『パワプロ』シリーズや『ダビスタ』シリーズとかの育成ゲームは自分ならではの強い選手や強い馬をカスタマイズして作れるのが面白さになるので、野球や競馬自体にもファンが多いけれどファン以外にも支持されていて人気のシリーズになっている。外国のゲームはキャラクターがマッチョな白人のおっさんだったり化粧濃いめの肉食系おばさんだったりしてキャラクターの癖が強くて、日本人の感覚からしたら親しみにくい。『Grand Theft Auto』のようなオープンワールドゲームだとキャラメイクができて顔や髪型や服装を変えられたりして自分好みのオリジナルの主人公を作れるので、そのぶんキャラクターに親しみやすくなる。・やりこみ要素RPGは敵を倒してキャラクターを成長させて強くすることで先のステージに進める仕組みになっていて、ゲームシステムそのものがやりこみ要素になっている。長時間プレイすることで新しい技を覚えたり新しい武器を買ったりして攻略の幅も広がっていくし、キャラクタービルドにカスタマイズ要素もある。やりこめるゲームには面白い要素を詰め込みやすいので、『ドラゴンクエスト』シリーズや『ファイナルファンタジー』シリーズとかの大作RPGがゲームの花形になっている。・偶然性人間の脳は同じ刺激を繰り返すと慣れて飽きる仕組みになっている。そこでローグライト系のゲームやバトルロワイアル系ゲームのように、マップが自動生成のランダムマップだったり宝箱から出てくるアイテムがランダムだったりすると、毎回違う刺激になって飽きにくくなるし、対戦ゲームで負けてもゲームが下手なせいではなくて運が悪かったと思えばストレスが少ない。偶然発生した一度きりのスーパープレイとかが面白さになるし、ストリーマーはそういう動画で視聴者を集めているので、ランダムな要素があるゲームは人気になりやすい。・シミュレーション普通なら体験できないことをシミュレーションで疑似体験できるのがゲームならではの面白さである。レーシングゲームは普通の人が買えないスポーツカーやF1の運転を疑似体験できるし、『シムシティ』は市長になって都市計画ができて、その新しい刺激が面白さになる。・世界観現実とは違う世界を体験できるのがゲームならではの面白さである。私は『ベイグラントストーリー』や『ダークソウル』とかの薄暗い建物の中に西洋的な鎧を着た敵が出てくる暗い世界が好きである。『刻命館』シリーズの洋館に侵入してくる騎士や魔法使いを罠で倒す殺伐とした世界も好きである。節操なくコラボして違う世界のキャラクターを連れてきて世界観がでたらめなソーシャルゲームは私は楽しめない。・マルチプレイヤーゲームは何を遊ぶかだけでなく、誰と遊ぶかも重要である。『桃太郎電鉄』シリーズはサイコロを振って目的地を目指すというすごろく的なゲームで、ゲームシステムには目新しさはないのに2020年の新作がヒットしたのは友達と一緒にわいわい遊ぶテーブルゲームならではの面白さが再評価されたのだろう。オンラインのマルチプレイヤーだと知らない人と遊ぶことになるので、暴言を言ったり途中でゲームを抜けたり放置したりチートを使ったりするプレイヤーに出くわすと不快になることもあるけれど、友達と対戦するならそういうストレスはない。・マルチエンディングRPGはストーリーやクエストが決まっていて誰がプレイしても同じ結末になる。それはそれで物語としては面白いけれど、単に物語の面白さだけを楽しみたいならゲームである必然性はなくて小説や映画でもいいわけである。プレイヤーの選択によって結末が変わってバッドエンドやグッドエンドがあるマルチエンディングシステムはゲームならではの面白さで、スーパーファミコンのサウンドノベルの『かまいたちの夜』はミステリの文章を読みながら自分で推理して犯人を当てる楽しさがあるという点で小説とは違うゲームならではの面白さを出せていた。・インタラクティブドリームキャストの『シーマン』はユーザーの音声を認識して人面魚が反応するのが話題になったように、プログラムがユーザーと意思疎通できるとそれが面白さになる。今はAIが進歩しているので、ユーザーがAIに話しかけるタイプのゲームは今後増えそうな気がする。・アップデート基本プレイ無料ゲームだと買い切りのゲームと違ってたいていアイテム課金制度で収益を上げているので、新キャラクターや新武器とかの新しい課金アイテムを手に入れるためのアップデートが定期的に行われている。定期的に新しい刺激があるので飽きにくくなる一方で、新キャラやアイテムが増えすぎて複雑になったり、新規ユーザーが過去の期間限定キャラを買えなかったりすると、新規ユーザーを取り込みにくくなるデメリットもある。・ユーザー生成コンテンツクリエイターがゲームの遊び方を決めるやり方だと、クリエイターの面白さの感性に合う人と合わない人が出てくるし、コンテンツが固定されていると何度もプレイすると飽きてくる。『マリオメーカー』や『Minecraft』や『あつまれ どうぶつの森』はユーザーがコンテンツを作ってほかのユーザーと遊べるので、ユーザー側が勝手にコンテンツをアップデートしてSNSで宣伝してくれる状態になって、そのぶん幅広いユーザーが楽しめるコンテンツになって人気になりやすい。●面白くないゲームの要素・難易度調整の失敗『Faster Than Light』は宇宙戦艦で戦うゲームだけれど、見つかるアイテムがランダムで運任せなうえに、ボスが強力なミサイルを打ってきて装備の戦力差が大きすぎてプレイヤースキルでは覆せない。イージーモードでクリアできないのではもはやイージーモードではなくて難易度調整が失敗していて、ゲームシステム自体はよいけれどクリアできないのでもうやらなくていいやと思った。『This War of Mine』は戦時下に食料や薬品とかの物資をかき集めて生き残るゲームだけれど、初見殺しのイベントだらけで面白いというよりストレスのほうが大きいし、どのキャラクターを選んでも基本的にやることが同じで作業台を作って材料を集めて食事や薬や武器を作るだけなので、一回やったらもういいやという感じ。攻略サイトを見ながら一つもミスせずに効率の良いプレイをしないとクリアできないくらい難度が高いのはもはやゲームでなくて作業にすぎないので、作業をしても面白くない。ファミコンのゲームは黎明期で未成熟というだけでは説明がつかないくらい児童虐待レベルに難しいものが多くて、開始直後に死ぬクソゲーとして名高い『トランスフォーマー コンボイの謎』の謎を解き明かせた子供はいなかったんじゃなかろうか。ゲームの開発者たちはお小遣いを無駄にした無垢な子供に社会の理不尽さを教える目的でクソゲーを作ったのだろうか。・やることが多すぎる『Sid Meier's Civilization VI』は史実の指導者を選んで領土を広げていくゲームだけれど、戦闘や開拓や研究とかのやることが多すぎるしパラメーターもいろいろあるし、敵の強さもわからないしどの兵種をどれくらい作ればいいのかもよくわからないので面倒くさくなってチュートリアルで断念した。私は『ファイヤーエムブレム』シリーズや『伝説のオウガバトル』シリーズや『ファイナルファンタジータクティクス』とかのマップにユニットを配置して戦うシミュレーションも好きだし、『シムシティ』とかの都市建設ゲームも好きだけれど、戦闘と都市建設の両方をいっぺんにやるとなると面倒で、どっちかだけでいいやと思った。・やることが少なすぎる『Bad North』は島に押し寄せてくるバイキングから村を防衛するゲームだけれど、選べる兵士の種類が少なくて剣、槍、弓の3種類しかないので、敵に弓がいるなら剣で対抗するとかのように必然的に編成が決まってしまってプレイヤー側の自由度が少なくて、隊長の性格や必殺技やアイテムの種類も少ないので、好みの編成でクリアするとかの遊びの要素がなくてただの作業になってしまう。ローグライト系なのに地形のパターンやアイテムが少ないのではローグライト系にする意味が乏しくて、アイテムや地形やキャラクターを増やすなりしたらもっと面白くできただろうにコンテンツが少なすぎてもったいない感じで、やりこみ要素もないので1回やったらもうやらなくていいやと思った。・操作が複雑『Shadow Tactics: Blade of The Shogun』は敵に気づかれないように隠れたり暗殺したりするゲームで、敵に見つからないようにするためにぐりぐりと画面を回転させて死角を見つける必要があるのだけれど、普通のキーボードマウスの操作とは違っていて画面の切り替え方がよくわからなくて、ゲームのコンセプトは良いのだけれど面白いと感じる前に面倒くさいと感じてしまってチュートリアルで断念した。・時間がかかりすぎるシングルプレイヤーのゲームはクラウドセーブができたり一時停止ができたりして好きなタイミングで中断できるゲームが多いけれど、マルチプレイヤーのオンライン対戦ゲームだと荷物が届いたりトイレに行きたいときに離席するとペナルティを受けたりBANされたりするので気軽にプレイできない。『League of Legend』や『VALORANT』とかの1回のプレイで30分以上かかるゲームは一日中ゲームをしていて配信の取れ高が多いプロゲーマーには人気だけれど、余暇が少ない一般人にはあまり人気がないようである。レジャー白書2021によると囲碁人口が2020年の230万人から180万人に大幅減少していて、2012年の400万人から半減している衰退ぶりだけれど、これはたぶん19路盤の対局だと時間がかかりすぎるし、タイトル戦のライブ中継も1日がかりなので暇な人しか囲碁を遊んだり観戦したりする時間的余裕がないのだと思う。・pay to winpay to winは高額のアイテムを買った人が有利になる仕組みで、私はプレイヤースキルで勝敗を決めない不公平なルールのものはゲームだと思わないし、そういうのを無料プレイすると金持ちに蹴散らされて楽しくないので基本的に遊ばない。俺ツエーしたい金持ちのストレス発散用の娯楽である。・終わりがないスマホの基本プレイ無料のソーシャルゲームはたいていステージを何度も周回してアイテムを集めるゲームシステムになっていて物語に終わりがなくて作業感が強いし、ゲームをクリアする達成感も乏しいし、辞め時がない。・プレイヤーの民度が低いチーター、ネットリテラシーがなくて暴言を言う未成年、接続が遅くて遅延してラグがある外国人プレイヤー、出会い目的のつきまといなど、プレイヤーの民度が低いゲームは他人との交流がストレスになる。特にFPSは民度が低くて暴言やチートが多い。・過疎化マルチプレイヤーのゲームは人気がなくなって遊ぶ人が減るとマッチングに時間がかかったり、マッチングしても同じ時間帯に同じプレイヤーしかいなかったり、サービス終了が見えてきてアップデートがなくなったりして、寂しい雰囲気が出てきて面白くなくなる。・日本語に対応していない外国のゲームにはよくあることだけれど、日本語に対応していなかったり、日本語に対応していてもローカリゼーションが不十分で誤字があったりする。Epic Gamesで無料のゲームも日本語に対応していないのが多くて、アクションゲームとかの説明が不要なゲームならまだしも、ストーリーが重要なゲームや攻略が必要なゲームで日本語に対応していないゲームは英語がストレスになるのでわざわざやりたくない。・3D酔いするグラフィックがきれいになったからと言ってゲームとして面白くなるわけではないので、なんでも3DやVRにすればいいというものでもない。私は近眼で乱視のせいか3D酔いするので、一人称の3Dゲームよりは三人称の3Dか2Dのほうが好きである。『ALIEN ISOLATION』は宇宙船でエイリアンの襲撃を体験できる一人称の3Dホラーゲームで、ちょっとやってみたら視点がぐわんぐわんしてこれは酔って無理だと思って宇宙船内を少し散歩しただけでエイリアンに遭遇する前に断念した。『Hello Neighbor』は怪しい隣人の家に侵入するホラーゲームだけれど、これも家をちょっと探索しただけで3D酔いして断念した。ホラーは一人称にすると迫力がでるのはわかるけれど、3D酔いする人にも配慮して三人称モードを選べるようにしてほしいものである。・そもそも遊べないゲームは面白いかつまらないかという以前にちゃんと遊べることが重要である。UbiSoftのゲームはEpic Gamesとのアカウント連携にエラーが出て遊べないし、『Alan Wake』と『Fallout 3』はエラーがでて起動できなかったし、『Wildcat Gun Machine』は起動できてもすぐエラーが出て強制終了するし、『Moonlighter』は手持ちのコントローラーとスクエアモニタに対応していなかった。無料で配布されたゲームなので遊べなかったところで腹は立たないのだけれど、PCゲームはドライバを更新したら遊べなくなったりしてよくわからないエラーが頻繁にあるので自分で買おうとは思わない。お金があるならコンシューマー機のゲームを買う方がよい。●ゲームの功罪・ゲームは時間の無駄なのかゲームは時間の無駄だとしばしばいわれるけれど、娯楽としての目的を達成している以上は時間の無駄ではない。娯楽を無駄だと言い出したら散歩もスポーツも映画鑑賞もカフェ巡りもあらゆる娯楽が無駄な行為になってしまう。ゲームに限らずにどんな娯楽でも仕事や生活に支障がでるほど夢中になるなら有害だし時間の無駄になりうる。逆にどんな娯楽にもプロがいるし、大会で優勝して賞金を獲得したり、インフルエンサーになって企業がスポンサーについたり、コーチをしたりしてお金を稼げれば職業になりうる。結局はゲームが悪いわけではなくて自己管理の問題で、ゲームが楽しすぎるので子供とかの自己管理ができない人が目立ってしまって、新しい娯楽として登場したゲームが悪いものだと言われがちなのだろう。ちなみに大谷翔平はゲーム好きでスマホゲームの『クラッシュ・ロワイヤル』にはまっていてオフはゲーム三昧だそうだけれど、仕事でちゃんと結果をだしているし自己管理ができているので批判する人はいない。・ゲームが培う能力放置ゲーム以外のたいていのゲームではプレイヤーは自主性が求められる。与えられたルールを把握して目的を達成するための攻略方法を探して、制限時間内に最適な行動をする判断力が必要になる。単に自分の行動を考えるだけでなくて相手の行動を考える必要があるので、相手が自分の行動にどう反応するかというメタ認知能力や、数手先を先読みする演算能力や、損得の計算能力やリスクの判断力や、協力プレイでのコミュニケーションや適材適所で作業分担するチームビルディング能力が鍛えられると思われる。例えば麻雀でひっかけリーチして相手に振り込ませるには相手が自分の捨て牌をどう見ているのかというメタ認知能力が必要だし、相手の危険牌を捨ててでも自分のテンパイを維持するかいったん待ちを崩して別の安全な手を狙うかベタオリするかというリスクマネジメントが必要になる。麻雀はコミュニケーションをとりながら指を動かすので脳が活性化して高齢者の認知症予防に効果があると言われているし、囲碁は損得の大局的な判断力がつくのでグロービス経営大学院の堀義人は囲碁を推奨しているし、シューティングゲーム(FPS)をやった人は実生活での判断能力が25%向上したというロチェスター大学の論文があるし、10代の女性が3か月テトリスをやると右前頭葉や頭頂葉の活動効率が増して前運動野の灰白質が増えたというニューメキシコ州の研究があるように、それぞれのゲームならではの能力が身に着くと思われる。親は子供がゲームをしていることを問題視するのでなく、ゲームから何を得ているのかにも目を向ける方がよい。逆にゲームをやることで損なわれる能力があるのかというと、一時期ゲーム脳でキレやすくなるという主張がマスコミに取り上げられて若者が殺人事件を起こすと部屋からゲームが見つかったと報道してゲームに悪影響があるかのように印象操作していたけれど、ゲーム脳には科学的根拠がないしゲームの種類によって脳を使う部分が違うのでひとくくりにできないと否定されている。ゲームをやることの明確なデメリットと言えるのは座りっぱなしになることによる運動不足や眼精疲労だけれど、たいしたデメリットではない。・ゲームによる学習促進脳科学だと興味がないことを無理やり暗記しても忘れやすいことが分かっているので、受験のために興味がないことを暗記させる詰め込み学習は長期的に見たら時間の無駄になりかねない。そこでゲーム化することで興味を持ちやすくなる。例えばコーエーの歴史ゲームが好きな子供は遊びながら歴史の知識を身に着けるし、『桃太郎電鉄』を遊んだ子供は都道府県の位置や名物を覚えるし、親や教師に命令されて無理やり勉強させられているというストレスがなくて楽しく学習できるにこしたことはない。・ゲーミフィケーションによるイベント活性化ゲーミフィケーションでゲーム要素をゲーム以外の物事に応用することで興味を持つように動機付けすることができる。バートルテストでアチーバー(単独行動×ゲーム自体への関心)、エクスプローラー(集団行動×ゲーム自体への関心)、ソーシャライザー(集団行動×他プレーヤーへの関心)、キラー(単独行動×他プレーヤーへの関心)に分類して、参加者の傾向を踏まえてクエストと報酬を設定することでゲーミフィケーションが効果的になるそうな。例えばスタンプラリーは「各地でスタンプを押す」というクエストがあってスタンプを揃えたら賞品をもらえるというアチーバー向けのゲーミフィケーションで、普通にグッズを売ったり抽選でプレゼントしたりするよりも能動的にゲームに参加してもらうことでスタンプが設置してある場所に興味を持ってもらえるようになる。じゃんけん大会とかで対戦して勝ちぬいたら賞品をもらえるのはキラー向けのゲーミフィケーションで、勝った人は喜びが増すけれど負けた人はストレスになるので、敗者復活戦をしたりして勝てるチャンスを増やしてあげれば負けた人のストレスが減って参加者の満足度が高まるかもしれない。イベントを企画する人はこうしたゲーミフィケーションの特性を知っておくと参加者が増えて宣伝効果も高くなる。ちなみに私はコミュ障で単独行動するアチーバータイプなので、運動会とかの集団行動が必要な行事は嫌いである。・ゲームはもはや子供のおもちゃではない「フォートナイト」が高齢者に人気? 「孫との話題が広がった」 60歳以上向けeスポーツ施設のいまという記事だと、孫が遊んでいるゲームに興味をもつ高齢者が増えているようである。キッズYouTuberとかもしばしば親子でゲーム配信をしたりしていて、親がゲームがうまい様子を見せることで子供に頼られて親子のコミュニケーションのツールとして役に立っているようである。MMORPGや『モンスターハンター』とかの協力プレイをするオンラインゲームで知り合って結婚した人もいるようだし、ゲームが新しい出会いの場にもなっている。●最近やったPCゲームで面白かったやつ『Into The Breach』は3体のメカを操作して8×8マスのマップで敵を倒したり町が壊されないように護衛したりするパズル的なストラテジーゲームで、スクウェアの『FRONT MISSION』をミニゲーム風にしたような感じである。個性的な特殊スキルを持ったパイロットが多くて、武器の種類も多くて、どのメカにどのパイロットを乗せてどの武器を持たせるかといったカスタマイズの楽しさがあるし、実績を解除するほど選択できるメカが増えていくやりこみ要素があるのもよい。詰将棋的な要素が強くて1手間違うとミッションに失敗するシビアな難易度だけれど、1回だけターンのやり直しができる機能があって、イージーモードでも十分遊べる難易度の調整具合がよい。ステージ数が少なくてストーリーがない小ぶりなゲームだけれど暇つぶしにはちょうどよくて、メカと詰将棋が好きな人にはおすすめである。『Enter The Gungeon』は宝箱からランダムに出現する武器を拾って戦うローグライトなアクションゲームで、条件を達成すると新しいキャラクターや武器がアンロックされるやりこみ要素があるので、ゲームをやるにつれて新しい面白さが発見できる。ステージ数は5つ+隠しステージでステージやボスの数は少ないものの、ユニークな武器やアイテムが豊富にあって毎回違う武器を使うので飽きにくくて、何度も死にながらボスの攻撃パターンを覚えて攻略方法をみつけていくローグライトならではの面白さを引き出していてよい。『Fortnite』は基本プレイ無料のバトルロワイアル方式の三人称のシューティングゲームで、最近チャプター4シーズン1が始まって新武器のショックウェーブハンマーが出て、私は銃を使わずにハンマーだけ使って殴りかかる脳筋縛りプレイが楽しくて気に入っている。私はゲーミングマウスを使っていないライトゲーマーなので建築バトルについていけないのだけれど、アップデートでゼロビルドモードができてからは楽しく遊べるようになった。
2022.12.12
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最近はインフレでいろいろなものが値上げされたり、値段据え置きで容量が減るステルス値上げをされたりして、貧乏な私の食事がさらに貧しくなりつつある。というわけでインフレについて考えることにした。●インフレとはなにかインフレとはinflationのことで、膨れ上がることを意味する。バトル漫画で敵がどんどん強くなるのを戦闘力のインフレと言ったりするけれど、一般的には物価が上がっていくことをインフレと言う。この逆に価格が下がっていくことをデフレという。日本は不景気で物が売れないので安くして売ろうとして価格を下げて、会社の利益が減って従業員の給料も減るのでさらに不景気になるというデフレスパイラルになって、中間層が没落したことで少子化の加速や労働力不足とかの他の問題も引き起こしているので、政府や日銀はデフレを脱却するためにゆるやかで持続的なインフレを目指している。●インフレの種類・デマンドプルインフレデマンドプルインフレは需要に牽引されて起きるインフレである。供給よりも需要が多い状態で、需要を満たすために供給を増やそうとして投資が行われて企業が金を借りたり人を雇ったりするので好景気になる。デマンドプルインフレだと会社の売り上げが増えた分だけ利益が増えて従業員の給料やボーナスも増えて消費意欲も増えるので、好景気が連鎖していく。不動産は立地がいい場所は限られていてビルを縦に伸ばしても供給には限度があるので、都市部の人口が増えて不動産の需要が増えるとデマンドプルインフレになりやすい。不動産価格が上がると店子も高い家賃を払うために商品の価格を値上げしないといけないので、銀座やニューヨークのように不動産価格が高いところは物価も高くなって、そこに住む人も高い給料をもらわないと生活できないので賃上げ要因になる。・コストプッシュインフレコストプッシュインフレはコストが増えることで商品価格が上がるインフレである。例えば中東の原油が値上がりしたら運送会社の輸送費も値上げしないと利益を確保できなくなるし、企業も運送会社に払う費用が増えた分だけ商品価格を上げないと利益を確保できないので、コストに押されて連鎖的に値上がりしていく。コストプッシュインフレで値上げしても需要がそのままなら会社の売り上げの額だけは増えるけれど、経費が増えただけで会社の利益は増えないので従業員の給料が増えるわけではないし、労働者の所得が増えない中で商品価格が上がりすぎると需要が減って売れなくなって利益が低下するので不景気になるし、インフレとはいうものの長期的にはデフレ要因になる。コストプッシュインフレでは需要が増えたわけではなくて景気がよくなったわけではないので、コストプッシュインフレでの値上がりではデフレ脱却にはならないし、むしろデフレが深刻化して景気後退する中でインフレが進行するスタグフレーションになる。それゆえに日銀はエネルギー価格を除いたコアコアCPIという指標をインフレ率の目安にしている。・ハイパーインフレ国際会計基準だと3年間で累積のインフレ率が100%以上になることがハイパーインフレと呼ぶ条件になっていて、戦争や災害による物不足、内戦による政府の信用失墜、通貨の過剰発行がハイパーインフレの原因になる。ロシアはソ連が崩壊して社会主義体制が終わってエリツィンがそれまで価格統制されていたのを1992年に価格自由化をしたことで急激に物価が上がってハイパーインフレになったけれど、これは価格統制していない他の国では起きない特殊な要因なので再現性がなくて、たいていは物不足がハイパーインフレの原因になる。このままでは日本は財政破綻してハイパーインフレになると主張して馬鹿の一つ覚えみたいにジンバブエを引き合いに出す財政破綻論者がいるけれど、日本とジンバブエはまったく状況が違う。ジンバブエはムガベ大統領が白人を追い出して農地改革したら白人がやっていた農業のノウハウが失われて生産量が激減して需要に対して供給不足に陥って、おまけに通貨を大量に発行したので、物の価格が暴騰して相対的に通貨の価値が暴落して100兆ジンバブエドル紙幣を発行するほどのハイパーインフレになった。ジンバブエを見ればわかるように通貨の価値を裏付けるのは生産力や流通などの供給能力と通貨発行量の要因が大きくて、ほとんどの発展途上国の通貨の価値が低いのは産業がなくて外国に売れるものがなかったり流通していなかったりして生産力がないからである。東日本大震災の時に電池が買い占められて高騰したりコロナ初期に品薄のマスクが転売屋に買い占められて高騰したりしたけれど、一部の商品が供給不足なだけで他の商品は普通に供給できていたらハイパーインフレまではいかない。ジンバブエの場合は生きるために絶対に必要な生活必需品が供給不足になったことでハイパーインフレになった。お金を使うということはどういうことかというと、どこかの国の商品やサービスや労働力を買う権利を行使してその権利を相手に渡しているわけで、そのお金で本来買えるはずだった商品やサービスや労働力が急に買えなくなって将来の供給の見込みもなくなってしまったらお金を貯金していても使い道がないし、足りないものを輸入しようにも取引相手だって使い道がないお金を受け取りたくないので取引を断られるし、生活必需品が当分供給されないとなったら死活問題なので、大金を払ってでもさっさと手持ちのお金を生活必需品に交換しようとして加速的にお金の価値が下がっていってハイパーインフレになるわけである。ジンバブエと同様にソマリアやイラクや第一次世界大戦後のドイツは戦争で生産設備やインフラが破壊されて供給不足になったのが原因で通貨の価値が下落してインフレが起きた。そもそも財政破綻論者がいう「政府の信任」とは何なのか。ウクライナに侵略戦争を始めたロシア政府に国際的な信用なんかないし、ロシアは経済制裁されて外貨預金を凍結されてドル建てやユーロ建ての国債の利払いができなくなって事実上のデフォルトをしたけれど、それでもルーブルが暴落しなくてハイパーインフレになっていない。EUはロシアの天然ガスを買うためにルーブルを買うしかないし、ロシア国内でエネルギーや食料を自給できて輸入に頼らなくてよいし、欧米に経済制裁されても中国が必要なものを売ってくれて供給が足りているからである。自国通貨を使っている国は国際的な信任がなかろうがその通貨を使っている国民の信任さえあればよいわけである。ロシア人が「プーチン政権は信用できないからおらルーブルを使うのをやめて仮想通貨を使うだわさ」と言ったところでルーブルで納税できなければ脱税で逮捕されたり、政府に従わない動きをしたらオリガルヒみたいに暗殺されて資産を没収されるので、「政府の信任」とは究極的には国民を統制して法に従わせる軍事力があればいいわけで、国際的に批判されている独裁国家で国民が内心では何を思っていようが国民が法に従わされている限りは国民は政府を信任していることになる。アルゼンチンだと「おらアルゼンチンペソは信用できないからドルを使うだわさ」という国民が多くて、賄賂が横行して警察が国民を取り締まれていないくて「政府の信任」がないのでドル高ペソ安になることでたびたびハイパーインフレになっている。じゃあ日本でアルゼンチンみたいに国民が日本円を使うのをやめてドルで決済し始めて、税務署や警察や裁判所が賄賂をもらって不正を放置する状況がありうるかというとないだろう。日本だと人種や宗教の対立がないうえに銃の所持も禁止されているし、尊王攘夷運動が起きた幕末と違って武士道がなくなって軟弱になっているので、内戦が起きて国民の半数が反政府側になって「政府の信任」がなくなる可能性もない。アメリカが200兆円相当の予算を組んでコロナ対策給付金で1人最大3200ドル(35万円相当)を給付してもインフレ率は8%程度でハイパーインフレが起きていないように、先進国で通貨の過剰発行が原因でハイパーインフレになることもまずないだろう。日本でハイパーインフレが起きるほどの給付金が配られる可能性はほぼないのだから、日本円でしか買えないものを日本で生産して供給できる限りは日本円の価値が大暴落してハイパーインフレになることはないといえる。だからこそ食料やエネルギーを輸入に頼らずに自前で生産できるようにする必要があるし、そのためには投資が必要になる。特にインフラ整備のための建設国債の発行は生産や流通の強化のために必要不可欠である。アフリカとかの発展途上国を見ればわかるけれど、道路が舗装されていなくて水たまりにタイヤがはまって渋滞したり、洪水やがけ崩れで数か月通行止めになったり、交差点に信号や横断歩道が整備されていなくて事故が多発したり、ぼろぼろの飛行機が墜落したり、商品の輸送中に武装グループに荷物を奪われたり、停電が頻発して工場が操業停止するのでは生産効率や輸送効率が悪いし、いくら低賃金の労働力や天然資源が豊富にあっても輸送や電力や治安のインフラが整っていないと工場建設などの投資を呼び込めないので生産力が増えないし、生産したところで商品が流通しない。単に国債の発行総額だけ見てインフラへの投資までバラマキだの借金で財政破綻するだのと騒ぐ人は馬鹿で、投資しなければ経済成長しないし、インフラへの投資によって産業全体の生産力が上がることはあってもそれが原因で「政府の信任」がなくなってハイパーインフレになることはない。江戸が発展したのは治水による水路や河村瑞賢が開拓した西廻海運や東廻海運の流通網ができたからだし、明治に近代化したのは港を整備して横浜港や門司港が開港して大きな船が出入港できるようになって海運業や造船業が発展して長距離の航海が安全になって外国と交易したおかげだし、昭和の日本が高度経済成長したのは鉄道や高速道路や空港を作って流通網を整備したおかげである。企業なら10年や20年のスパンで資金繰りをして工場建設や研究開発費の元をとって成長していくけれど、企業よりも長く永続する国家は50年や100年の長期のスパンで発展を考えないとだめだろう。アメリカはインフラの重要性をわかっているからこそバイデンが1兆2千億ドル(140兆円相当)のインフラ投資の予算をつけたのに、日本は財政破綻論に毒されて公共事業を削減して地方の事業者が廃業して若者が3Kかつ給料も安い現場仕事を敬遠して技術承継もできなくてインフラの管理ができなくなりつつあって、笹子トンネル天井版落下事故や和歌山市の水管橋の崩落が起きたように日本各地で昭和に作ったインフラが老朽化しているし、千葉の台風被害で屋根が壊れた人の修理が業者不足で半年待ちだったりして災害復興力も弱くなっている。公共事業で土建屋を儲けさせるのは利権だと批判する左翼や小さな政府を目指す新自由主義者がいるけれど、どの業界であれ利益を出さずに経済成長できると思っている人は馬鹿だし、インフラ整備で直接利益が増えるのは土木建設業だけれど運送業や製造業や旅行業とかの他の業界も生産性が上がって間接的に利益が増えるのだから、経済成長を目指すならインフラ整備をやらない理由がない。日本がハイパーインフレになるとしたら、南海トラフ地震や富士山の噴火で太平洋ベルトの工場地帯が壊滅したり、中国やロシアや北朝鮮にミサイルを撃ち込まれて主要都市の産業やインフラが壊滅したりして物不足になったときだろう。産業が壊滅してから復興するよりも壊滅しないように対策する方が安上がりなので、直接利益がでない事業だとしてもリスクマネジメントとして巨大地震や戦争に備えて財政出動する必要があるのだけれど、小さな政府を目指す新自由主義者や軍備増強を嫌う左翼は国の崩壊を促進している。●インフレへの対処法アメリカが高圧経済(high pressure economy)という政策をとって意図的に需要を増やしてデマンドプルインフレを起こそうとしているように、需要と供給によって圧力が変わるという点ではインフレやデフレは血圧と似ている。高血圧でも水風呂に入って血管が収縮して高血圧になるのと、うんこをするときにいきんで高血圧になるのと、加齢で血管が固くなって高血圧になるのと、塩分が高い食事で血液量が増えて高血圧になるのと、肥満で血管が収縮して高血圧になるのでは、原因も対策も健康への影響も全く違う。これらを「高血圧」でひとくくりにして、痩せれば血圧を低くできると主張する人がいたら馬鹿である。それと同様に「インフレ」でひとくくりにしてはいけない。実際の経済ではデマンドプルインフレとコストプッシュインフレのどちらかの原因にはっきり分けられるわけではなくて、両方が影響してインフレが起きているし、インフレを抑えるにはデマンドプルインフレとコストプッシュインフレでは違う対策が必要になる。・デマンドプルインフレへの対処法デマンドプルインフレに対処するには経済を停滞させる政策をとって、過熱しすぎた景気を落ち着かせる必要がある。そのための価格調整手段として税がある。例えば所得税の増税で手取りが減ったり、物品税の増税で商品価格が値上がりして価値に対して価格が割高になれば消費意欲が減って需要も減るので、そのぶん商品の在庫がだぶついて徐々に価格が下がっていく。他に経済を停滞させる手段として金融引き締めや利上げがある。アメリカでは国債の金利を利上げすることで意図的に経済を停滞させてインフレ率を抑えようとしていて、国債の金利が上がれば銀行の金利も上がって民間企業が金を借りにくくなるので、投資が減って経済が過熱しすぎないようにできる。特に借り入れ額が大きい住宅ローンは金利がちょっと上がるだけでも返済が大変になるので、金利を上げると不動産投資を減らして不動産バブルが起きないように抑制できる。経済は大勢の人の思惑が絡むので政府が正確に狙ったインフレ率に調整することはできないし、好景気のときには政財界にもっと儲けようとする欲が出て規制しにくいし、政策の効果がでるまで数か月かかるので、たいていは行き過ぎて好景気と不景気の振れ幅が大きくなる。アメリカはブラックマンデーだの双子の赤字だのリーマンショックだのの不況に何度も直面したけれど、次の好景気で不況を脱出して長期的に見れば経済成長を続けている。経済学者の野口悠紀雄みたいにアメリカが利上げしたことでドル高円安になったので日本も利上げしろという意見を言う人がいるけれど、需要不足でデフレになっていてデマンドプルインフレになっていない日本で利上げしてさらに需要を減らしたら企業の資金繰りが苦しくなって倒産して失業者があふれて住宅ローンを払えなくて家を売る人が続出して経済が壊滅するだろう。目先のドル円の動きに一喜一憂して、アメリカと違って日本は不景気でデフレなのにアメリカに倣って景気引き締め策の利上げをやりたがる意味が分からない。毎日新聞の10月の世論調査で「日銀の金融緩和政策について、どう思いますか」との問いに、「見直すべきだ」が55%、「続けるべきだ」は22%、「分からない」が22%だったそうで、なんでそんな調査をするのかといえば黒田とアベノミクスを批判したいからだろう。庶民に聞いたところで金融政策の正しい答えなんか出るはずがないし、そもそもアンケートで政策を決めるものでもないし、聞くだけ無駄な質問である。もし金属の錆の原因になっていて水道水にも含まれていて多量に摂取すると低ナトリウム血症を引き起こす一酸化二水素の使用を規制すべきかというアンケートを取ったら理系の教養がない大半の人は規制すべきだと答えるだろうし、間違っている人が多数派だからといって同調したらだめだろう。何が正しくて何が間違っているかを論じずに世論誘導するのではもはや新聞ではなくて工作機関である。そんなにアンケートが大事なら毎日新聞は「中国共産党から資金提供を受けて中国のプロパガンダのChina Watchを載せたりMainichi Daily Newsのコラムで日本人が変態だという捏造記事を外国人向けに発信していたりした毎日新聞は廃刊するべきだと思いますか」というアンケートをとって廃刊すればよい。・コストプッシュインフレへの対処法いま世界で問題になっているのはコストプッシュインフレである。中国で習近平がゼロコロナに執着して都市を丸ごと封鎖して経済を停滞させて半導体が供給不足になって機械が作れなくなったり、ヨーロッパがロシアに経済制裁したことでガスの供給不足になったうえにフランスの原発も川の水位が下がってタービンを回せなくて発電量が減ってヨーロッパの電気代が2-3倍になったりして、需要に対して供給が足りないので生産コストが上がって、それが価格に転嫁されてインフレになっている。消費税減税で価格を下げたりインフレ手当の給付金を出したりすれば消費者の負担を減らすことができるけれど、それでは供給不足によるコスト増という根本原因を解決できない。ウクライナの戦争が原因で小麦の生産量が落ちている場合は戦争を止めないと小麦の供給が再開しないし、食料の増産には種をまいてから収穫するまで数か月かかるので、デマンドプルインフレとは違って金利を上げ下げするような金融政策はコストプッシュインフレには効果がない。コストを下げるには供給不足になっているものや代替になるものの供給を増やしてやればいい。天然資源のように外国でしか生産できないものの供給が不足するのは日本側ではどうしようもないけれど、日本で生産できるものなら日本で供給量を増やすことで対処できる。半導体が手に入らないならソニーがTSMCに出資して熊本に半導体の工場を作ってソニーに画像センサー用の半導体を提供するように日本に工場を作って半導体の生産を増やせばいいし、ロシアから天然ガスが輸入できなくなって火力発電所のコストが上がって電気代が高騰しているなら原発を再稼働したり新設したりして電力の供給を増やせばいいし、労働力不足で人件費が上がっているならすかいらーくが配膳ロボットを導入したように設備投資して生産性をあげればよい。財政出動して生産設備を作って供給を増やさないことにはコストプッシュインフレによるコスト増を緩和することはできないのだけれど、緊縮財政派はその当然の道理さえ理解できなくなっている。日本は財務省をはじめとする緊縮財政派に牛耳られているので財政出動せずに電力不足に対応しようとしていて、原発を再稼働したり新設したりするわけでもなく、電力不足の時にエアコンを遠隔制御する装置をつける案が経産省から出てきている。これは貧すれば鈍するを体現する馬鹿っぷりで、供給不足という根本的な問題を解決しようとせずに需要を減らして帳尻を合わせようとするのは社会が今より不便で貧しくなることを国民に強制するようなものである。戦時下なら「欲しがりません勝つまでは」のスローガンで需要を減らして供給不足でもインフレしないように対処するのはわかるけれど、戦時下でもないし発電所を建設する能力もあるのに需要を減らして自発的に衰退を目指すのは意味不明である。政府は2035年までにガソリン車を販売禁止にして電気自動車にする方針を決めたのに相応に電力供給を増やそうとしないどころか節電を呼びかけるのはあきれてしまうし、発電所の新設には4年くらいかかるそうなので今から発電量を増やす準備をしておかないと電力不足で充電コストが高くなって電気自動車が普及しないだろう。●日本のデフレ脱却にはまず過去の経済政策の間違いを認める必要がある可処分所得が増えないことにはデフレ脱却できないけれど、自民党や経済団体は逆に技能実習生や留学生とかの外国人移民を増やして低賃金競争をして人件費を下げようとしていて、労働者が単なる生産者ではなくて消費者でもあることを無視しているので、GDPのうち内需が8割の国なのに労働分配率が低くて需要不足のデフレが続いている。岸田総理は所信表明演説の所得倍増と新自由主義からの脱却をすぐに反故にして外国人留学生は日本の宝だと言う有様で、国民が貧しくて不幸になろうがどうでもいいのが本音なのだろうし、歴代総理の中でも国家観も行動力も史上最低レベルで、選挙のない黄金の三年間のうちの一年を検討に使って、何もしない、何もできないなら総理になるべきではなかったし、日本の慣例に倣って一年で交代したほうがましだった。国葬強行で落ちた支持率を戻すためにようやく経済対策に取り組み始めたけれど、本来は一年目でやるべきことである。政府が国民を貧しくして不幸にする政策をとるのがおかしいし、国民がそんな自民党政権を支持するのもおかしい。無謀な作戦を展開した太平洋戦争にしても、戦後の自虐史観にしても、コロナ対策にしても、日本人は政治経済のあらゆる点で間違い続けているし、その間違いを自覚して正さないことには日本の没落は止まらないだろう。GHQが仕込んだ軍隊の保有の禁止や赤字国債の発行を禁止する財政法4条や国債の60年償還ルールとかの戦後のいびつな憲法が日本の制約になって、戦後60年以上たってようやくその遅効性の毒が日本に回ってきた。論語の「過ちて改めざる、是れを過ちと謂う」が人間の真理をついていて、間違うのはしょうがないけれど、政治家や官僚や学者が保身のために間違っても間違いを認めないことが問題を長期化させて深刻化させている。習近平がゼロコロナ政策に固執して経済を停滞させて強制ロックダウン中の自殺者が多発してデモが起きたり、プーチンが兵士を10万人死なせてもウクライナ侵攻を停戦しようとしなかったりするのも独裁者であるがゆえに間違いを認めないせいで、それゆえに問題が長期化している。戦争があったわけでもなくほとんどの国民が高等教育を受けているのに30年経済成長しなかった日本の最大の間違いは経済政策で、人件費削減要因になってデフレを招く消費税の存在自体が間違いだし、バブル崩壊後に不景気の中で経費を削減しようとして就職氷河期世代をスケープゴートにして非正規雇用を拡大して低賃金で雇用が不安定な人を増やしたのも間違いで経済苦による多数の自殺者を生み出して未婚化と少子化の原因になったし、東日本大震災の後の不景気の時に安倍総理が麻生派に負けてアベノミクスを中途半端にやって間違った財政破綻論に基づいて財政出動をせずに消費税を増税したのはさらなる間違いだったし、これらの過ちを認められない人たちが政権を取って財務省の言いなりになっている限りは日本が抱えている問題は解決しそうにない。経営者は経営判断を間違ったら方針転換しないと損して会社が潰れるので自分の間違いを認めて柔軟に合理的に行動できる人が多いけれど、政治家は政策を間違っても次の選挙に落ちたくないので間違いを認めようとしないどころか嘘をついたり記憶喪失したり文書を黒塗りして見せなかったり証拠を隠滅しようとしたり官僚を自殺させたりして国民のためでなく保身のために行動するクズが多い。橋本龍太郎は死ぬ前に消費税導入が間違いだったと認めて後悔したそうだし、安倍晋三は消費税増税は間違いだったと認めて総理を辞めてから消費税減税を訴えていたけれど、これらの首相経験者の反省が他の自民党の政治家に継承されないのであれば、自民党が日本を没落させたのだと決定づけることになる。責任者が間違いを認めないまま解決策を提示するという矛盾することはできっこないのだから、間違った政策をとった政治家の落選運動をするなりして外部から批判して責任ある地位から引きずり下ろすなりしないといけないし、国民も誤った政治家に投票したことを認めて改めないといけない。しかし立憲民主党が迷走して頼りない以上は政権交代は現実的でないので、自民党の積極財政派や、積極財政を主張する国民民主党や参政党が勢力を拡大して正しい経済政策を実行してほしいところである。
2022.12.04
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