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最近は若者の間でタイムパフォーマンス(タイパ)が話題のようである。若者は肯定的で老人は否定的で賛否両論あるようなので、これについて考えることにした。●タイムパフォーマンスとは何かタイムパフォーマンスとは時間対効果のことで、費やした時間に対してパフォーマンスが高いことをタイパが良いという。TikTokとかのショート動画を見て育った若者は通常の再生速度で長時間の動画を見るのはタイパが悪いとみなして、映画を早送りして見たり、音楽を全部聞かずにサビだけ聞いたりして、作品のさわりだけ視聴しているそうな。時間をかけて元のソースを見るよりも短時間で要点が見れるように編集されたタイパが高いものを好む人が多いので、5ちゃんねるまとめサイトやキュレーションサイトやファスト映画や切り抜き動画が流行ったりするのだろう。スマホがなくて娯楽が少なかったときはスポーツ観戦は人気だったけれど、皆がスマホを持っている現代では娯楽が多すぎて時間の奪い合いになっていてスポーツの人気がなくなっている。特にサッカー、野球、テニスとかは試合時間が長いので視聴率が落ちているようで、娯楽としてのタイパが悪いとみなされているのだろう。テニスはどっちかの選手に必ず得点が入るのでまだましだけれど、サッカーで0-0の引き分けはつまらないし、熱心なファンでなければ得点やスーパープレイの場面のダイジェストだけ見る方が満足度が高いのもわかる。しかし会場で観戦せずにダイジェストで済ます人だらけになると結局はスポーツが衰退してスーパープレイも生まれなくなる。●時間と芸術音楽や映画は時間の芸術で、初めから終わりまで決まった順序で鑑賞するように作られている。早送りや早戻し(カセットテープやビデオテープが使われていた時代はテープを巻いて記録していたので「巻き戻し」と言った)もコンテンツがデジタル化して記録と再生ができるようになってから新しく出てきた機能で、速度を変えたり場面を飛ばしたりするのは本来の鑑賞の仕方ではない。デリダが読者はテクストをどう読んでもよいと言ったのを他の芸術にも当てはめれば、音楽も映画も好きなやり方で鑑賞すればよいと言える。クラブミュージックは音響を自分好みにいじって低音を強調したりテンポを速くしたりするのが一般的だし、DJは曲の一部だけサンプリングしてループして使ったりする。しかし作曲者や監督は作品が最高に面白くなるように構成を考えて編集して制作したのだから、そのまま鑑賞するのが作品を一番楽しめる方法だと私は思う。特に構成や編集は作者の芸術観や技術が出るところで、そこを楽しまないのはもったいない。シェフのコース料理の前菜やスープやデザートを無視してメインディッシュに持参のマヨネーズをかけて食べる人に料理を評価する資格はないように、最高の作品として提示された構成をそのまま受け入れてこそ芸術鑑賞である。●思考には時間がかかる現代は学ぶことが多くなっているし、無駄に時間を使うと学習効率も落ちるので情報は凝縮するに越したことはない。例えばテレビの医療バラエティー番組はウェブサイトなら1ページ分で3分で読める内容を60分に引き伸ばして健康診断を受けたタレントのリアクションとかがあって情報の密度が低いので、情報源にするには効率が悪い。しかしだからといって動画を早送りして見るのがタイパがよいかというとそうでもない。オリラジ中田やメンタリストDaigoが何かを早口で解説している動画を見れば物事を理解したような気分になるけれど、自分で考えて他の知識と結び付ける時間を持たないのではその理解は短期記憶にとどまってしばらくしたら忘れてしまう。学習したことが長期記憶に残らず、自分の知識として使うことができないのでは結局は時間の無駄である。学問には考える時間が必要だからこそ大学の講義では質疑応答の時間があって、教授は学生に君はどう思うかと尋ねたり、レポートを提出させたりして、課題について考えさせる。サンデル教授のハーバード大学白熱教室の授業が典型的で、この授業は哲学者の誰それは何派だという「哲学学」の知識を覚える授業ではなくて、正義という正解がない価値観を自分で考えるための授業で、サンデルが考える正しい正義を学生に押し付けることもしない。この考えるための時間の有無が教育者と情報を垂れ流すYouTuberとの大きな違いで、学術的な思考方法を訓練するのが大学の存在意義である。急がば回れということわざがあるように、学習するときは間違った知識を早く大量に覚えても意味がなくて、ゆっくりでも少量でも正確に覚える必要がある。本は理解度に合わせて自分のペースで読むことができて、重要な部分に付箋をつけて再確認したりするのも簡単だし、動画みたいに強い口調で感情に訴えかけることがなくて冷静に主張の論拠や論理を検証できるので、学習には適している。意見が似ている人の文章を読めば思考を整理できるし、意見が違う人の文章を読めば自分や相手のどこが間違っているのか論点を考える訓練にもなる。そうして新しく覚えた知識を既存の知識と矛盾しないように統合して、世界についての理解を広げていくことが賢くなるということである。A+B+C=Dという一見して簡単な計算でも、ABCDや+や=というひとつづつの概念を理解していないと間違った答えに至るからこそ、学問では早く解くことよりも正確であることが重要である。あらゆる学問は論理学的な側面を持っていて、論理的整合性がないものはおのずと失敗するので、複雑な物事ほどひとつひとつの要素の真偽と論理的整合性を考えて検証する時間が必要である。日本が30年間ほとんど経済成長しないのも政治家が複雑なマクロ経済の仕組みのどこかの部分の認識を間違えていたからで、それゆえに対策も間違ったものになってきた。実際は信用創造で国債を買っているのに、庶民の銀行預金で国債を買っていると誤解している人は国債が増え続けたら買い支えられなくていずれ財政破綻するという間違った結論に至って財政破綻論者になって緊縮財政をやりたがる。実際は国債を60年で償還する必然性がなくて金利を払って満期になったら借り換えるだけでいいのに、国債の60年償還ルールに沿って国債を償還しないといけないと誤解している人は償還しないと信用を失って国債の買い手がいなくなって破綻するという間違った結論に至って財政破綻論者になって緊縮財政や増税をやりたがる。様々な理由で財政破綻論者になった人たちの誤解をひとつずつ解いていかないと効果的な経済政策はとれない。最近はChatGPTというAIがどんな質問にも瞬時に答えると話題になっているけれど、AIは正確さを判断できない問題に直面している。今までは大学のレポートでWikipediaのコピペをつぎはぎするのが問題になっていたけれど、これからはAIの答えをコピペするのが問題になると思う。しかしそうやって物事を考えずに速さを重視して正確さに注意を払わないでその場しのぎをして思考力を培わない人たちは結局はAIの下位互換になるだろう。●時間をかけてこそのパフォーマンスタイパでもコスパでも何パでも目的と手段を明確にして、目的を達成するための手段として時短やらなんやらをするべきで、目的を達成できなければ結局はパフォーマンスが悪いので、手段が目的にすり替わって必要な時間やコストまで削らないように注意しないといけない。特に時間をかけないと得られないものに対してはちゃんと時間をかけることが一番パフォーマンスがよくなる。睡眠時間を削って長時間働いても疲労がたまって長期的には能率が落ちるので普段からちゃんと寝るほうがよい。人間関係の構築にも時間がかかるもので、友人と食事をして愚痴やら恋愛相談やらをだらだらと話すことで友情が生まれるし、愚痴を聞いても時間の無駄だなと思ってさっさと飯を食って話を切り上げて帰るような人とは友情が生まれない。盆栽やガーデニングや家庭菜園なんかは動画のように早送りできなくて、1年に1回だけ花や実をつけたりするのを楽しみにして世話をし続ける必要がある。ペットを飼うのもペットと同じ時間を生きるからこそ愛着がわく。しばしばDQNが気まぐれでペットを飼ってもすぐに世話が面倒になって飽きて捨てたり虐待死させたりするのが問題になっているけれど、ペットと遊ぶ楽しい時間だけほしくて面倒な世話はやりたくない人はペットを飼ってはいけない。一瞬一秒に集中してありのままの時間を生きるのが充実した人生といえるし、時短で人生を効率よく生きるライフハックのようなものはない。もし人生でタイパを追求したら、若いうちにやりたいことだけやって27歳くらいでやりたいことがなくなって自殺するような生き急いだ生き方になるし、結晶性知能が育つ前に死んでしまうのでは結局は人生のパフォーマンスを十分に引き出せなかったといえる。何事も無駄を少なくして効率が良いにこしたことはないけれど、無駄でないものまで無駄とみなしたり他の重要な価値を見落としたりしたまま細々としたことばかりに気をとられていると、長期間物事に取り組んで大事業を成し遂げることができないようなつまらない人間になりかねない点には注意が必要である。タイパやコスパは時間や費用を少なくしてお得にしようとする消費者の思考で、時間や費用を費やしてより良いものの制作を目指すクリエイターの思考ではない。独自のものを作るには自分で観察したり考えたりする他人からは無駄に見える時間が必要で、すでに他人が編集加工済みのものを消費してもそこから新しいものは出てこない。日本人が平均寿命まで生きたら80年くらいは生きることになるのだから、大学や企業が研究開発に10年単位で取り組んだり、親が子育てに20年取り組んだりするように、長期プランのパフォーマンスこそ優先すべきである。
2023.02.27
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最近は飲食店でいたずらする様子をスマホで撮影する馬鹿が大勢いるのが話題になっているけれど、なんでそんなくだらないことをやりたがるのかというと自己顕示欲があるからだろう。欲を満たせば個人が幸福になりうるけれど社会にとって害にもなりうる重要な問題なので、徒然なるままに欲について考えにけり。●欲の種類マズローは生理的欲求、安全欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求の順に下位の欲求を満たしてからより高次の欲求を満たそうとするようになるという欲求5段階説を唱えた。仏教では目、耳、鼻、舌、身から得られる刺激である色、声、香、味、触への執着を五欲といって、貪瞋痴の三毒のうちの貪はこの五欲を必要以上に求めることを指す。この分類に限らず、何かを欲する状態は欲として分類できると思うので、いくつかの欲について考えてみる。・性欲生物は本能的に子孫を残すためにあらゆる行動をしている。単に遺伝子を残すだけなら精子や卵子を冷凍保存すればいいだけだけれど、生物としてはそれでは満足しなくて、パートナーを見つけたがって、失恋のストレスで自殺したりする。人間は快楽によって生殖を促すシステムになっていて、他の動物と違って繁殖期がないので思春期以降はパートナーがいなくても性欲がある時期が無駄に長期間続く。中世は病気や飢饉や戦争で平均寿命が短かかったので10代で結婚してたくさん子供を産むのが子孫を残すうえで合理的だったけれど、現代は人が死ににくくてたくさんの子供はいらないので、あり余った性欲をどう抑えたり発散したりするかが問題になる。中世は宗教で強制的に禁欲させようとしたけれど自然の摂理に反するので失敗して、性欲がゆがんでホモショタ神父の児童虐待が起きたりして、結局は性が解放されることになって避妊具や大人のおもちゃが開発されて、快楽を追求してSMや露出とかの特殊プレイをする変態も出現するようになった。・金銭欲資本主義の社会で生きる現代人にとって一番大きな欲が金銭欲だろう。金は物やサービスと交換する道具にすぎないのだけれど、金があれば金で買えるたいていの欲は満たせるので、直接欲を満たそうとするよりもまず金を貯めようとするようになる。金さえあれば配偶者を見つけて性欲を満たせるし、好きなものを食べて食欲を満たせるし、豪邸の広いベッドで睡眠欲を満たせるし、ブランド品を買って物欲を満たせるので、金持ちになるために食費を節約して睡眠時間を削って一生懸命働くという矛盾したような行動をとる。メキシコの漁師とMBAコンサルタントの逸話があるように、欲が満たされている人にとっては金は必要ないのだけれど、資本主義の社会で育った現代人は金がないと幸福になれないと思い込んで、金持ちになることが成功だと思い込んでいる。カトリックは金儲けを嫌って金貸しのユダヤ人を差別したけれど、プロテスタントは仕事をして報酬をもらうのは悪いことではないと金銭欲と折り合いをつけたので、労働意欲が生まれて投資をするようになって経済が発展した。金銭欲のおかげで社会が発展した側面がある一方で、金儲けのための奴隷貿易や植民地の征服とかで世界に与えた被害も大きいし、いまだに戦争が大きなビジネスになっている。・物欲生活を便利にするために物を欲しがるのは当然の欲求だし普通に買い物をするぶんには問題ないのだけれど、現代人は生活に不要なものまでやたらと欲しがるのが問題になる。特に男性は収集癖があるのでコレクションをコンプリートしないと気が済まなかったりして、プラモデルを組み立てないまま買い続けたり、借金してソーシャルゲームのガチャを回してレアキャラを手に入れようとしたりする。消費社会では物欲が際限なく肥大して、SNSで高級品やレア品をたくさん持っている金持ちと自分を比較して、欲しいものが多すぎて手に入らないストレスからアノミー的自殺につながる。買い物でストレスを発散する快楽にはまって、買い物依存症になって必要ないものまでクレジットカードで買いまくって破産する人もいる。・自己顕示欲金を得るためにいくつか手段があるけれど、その手段の一つとして有名になると金持ちになれるので、目立って有名になろうとする自己顕示欲が生まれる。しかし自己実現欲求と違って自己顕示欲は単に目立って自分の存在を示したいだけの低レベルの承認欲求で生産的でない。昭和の頃は写真や動画は私的な記録として残すものだったけれど、インターネット普及後はSNSで公開して他人に見てもらうものになって、自分の写真や動画を大勢に見てほしくて目立とうとするようになる。インスタ映えを気にして気取った写真を撮る人もいるし、サッカーの試合中に全裸で乱入して試合を邪魔する人もいるし、自傷や自殺をライブ中継して視聴者の気を引こうとする人もいる。あるいは会社経営者が金持ちになってから自分はすごい人なんだと世間に知らしめたくなって選挙に出たりTwitterでお金配りをして自己顕示欲を満たす場合もあるし、既に有名で金持ちの芸能人でも落ち目になってテレビに使われなくなって過去の人として世間から忘れられるのが嫌でYouTuberやブロガーになって私生活を切り売りしたりする。病的な自己顕示欲を持った自己愛性パーソナリティー障害の人も大勢いて、ハロウィンの渋谷や成人式で派手に着飾ったり、全身に入れ墨を入れて目立とうとしたり、大黒PAで目立とうとして車を違法に改造してイキリダッシュしたり、盗作で芸術家を気取ったりしている。身が美しいと書いて躾というように普通の人は他人に見られているときは良い印象を与えようとして身なりを整えて礼儀正しくするし、耳に心と書いて恥というように子供は自分の不始末で親の顔が見てみたいと噂されて恥をかいて、親が周りに謝る姿を見て恥をかかせたことを申し訳なく思って礼儀作法を覚える。ところがいまは子供が子供を育てていると揶揄されているように、未熟な親が子供を叱らず道徳や礼儀作法を躾けないまま食べ物とスマホを与えて放置して、モンペ化して子供の不始末を謝らずに正当化して、幼稚なまま成人した若者たちが恥知らずの自己顕示欲モンスターとなって社会を荒らしまわっている。SNSのイイネで人気が可視化されるのでいっそう自己顕示欲が肥大して、人生経験が乏しい若者ほど平凡な人生に満足できずに目立って特別な人になろうとするけれど、クリエイターになるほどの努力をしていないので創作ができるわけでもなく、手っ取り早く周囲の注目を集めようとしてスマホで奇行や迷惑行為を撮影している。20年前はスマホがなかったのでヒップホップの影響を受けた馬鹿が商店街のシャッターに落書きするのが問題になったけれど、今はYouTuberの影響を受けた馬鹿が飲食店でふざけてデジタルタトゥーを彫って人生を台無しにするのがトレンドのようである。ストリートピアノと自己顕示欲について書いてほしいという要望があったのでストリートピアノについて掘り下げてみる。ストリートピアノはストリート(路上)ではなく空港や駅やショッピングモールや役所の広場に置かれていて、ストリートピアノを置いている施設は音楽を通じて人と交流することを目的にしているようだけれど、たいてい他の楽器の演奏を許可していなくてストリートドラムやストリート琴やストリートカラオケはないので、音楽は別にどうでもよくて盗まれにくくて存在感があって上品な感じの楽器としてピアノを置いているんじゃないかと思う。しかし普通のピアノを弾けない人が弾きたがるかというと注目されるのが恥ずかしいし下手な騒音を他人に聞かせるのは申し訳ないのでわざわざ弾かなくて、必然的に腕に覚えがある目立ちたがりの人を集めることになる。日本には子供の頃にピアノを習っていた人やプロの演奏家になれなかった音大卒の人がわんさかいるので、プロとしてコンサートを開くほどでもないけどピアノがうまい人と金を払ってまでピアノを聞く気はないけど無料なら暇つぶしに聞く層が合致してストリートピアノが定着したようで、全国に600箇所くらいストリートピアノが設置されているそうな。そんでピアノを置く側は話題作りをして施設の知名度を上げて、ピアノを弾く側は注目を集めてSNSに動画を投稿して満足する構図になっている。小説や絵画のように自己表現として一人で作品を創作して作者が表に出ない芸術と違って、楽器演奏や演劇やダンスや大道芸や手品とかのパフォーマンスは観客がいないと芸として成立しないので、空港や駅とかの人が集まる場所は自分の知名度で集客できない無名のパフォーマーたちにとっては格好の舞台になる。そこで自分が注目を浴びて満足したいのか、観客を満足させたいのかが素人とプロの境目になる。大道芸は見たい人しか見ないけれど、音楽は聴きたくなくても聞こえてしまうし音の好みは人によって違うので、演奏がうまくても迷惑な騒音になりうる。それにプロを目指してパフォーマンスしている人たちは自己実現のために頑張っているのだなと応援したくなるけれど、目立ちたいだけの人は目障りである。例えばオタ芸なんかが典型的な自己満足のパフォーマンスで、アイドルの歌を聴きたい観客の邪魔になるのでライブ会場でオタ芸が禁止されたりする。フラッシュモブも一時期はやったけれど、じっくり鑑賞するほどでもない目立ちたがりの素人芸に過ぎなくて、目新しさがなくなったら廃れた。スケボーも専用のスケボーパークを使わずに駅前の広場でトリックを見せびらかそうとするのは往来の邪魔になる迷惑行為である。性欲をむき出しにするのが下品で、股間のじゃじゃまるをぽろりすると公然わいせつ罪や迷惑防止条例違反になるように、自己顕示欲をむき出しにして他人に見せつけるのも下品である。自己顕示欲陳列罪みたいなのはないけれど、私はYouTubeのおっぱいピアノやサムネイル詐欺のクリックベイトとかも目立つために手段を選ばない下品さが嫌いで、技術的にはうまいのかもしれないけれど下品な人の音楽をわざわざ聞きたいとは思わない。華美でも洗練されたものは風流としての趣があるけれど、目立つために派手で大げさにするのは洗練されていなくて美しさがない。ストリートピアノは目立ちたがりのピアノ演奏系YouTuberホイホイになっていて私はあまり文化的な意義はないと思うし、施設側はストリートピアノだけを設置するよりもパフォーマー全般に場所の使用許可を出したり、ピアノ以外の楽器の種類を増やしたりするのが公平な文化支援だと思う。音楽での交流を目的にするなら個人所有が難しいストリート楽器を用意して、京都駅にストリート琵琶を置いたり那覇空港にストリート三線を置いたり大田区にストリートシタールを置いたりする方が観光資源になると思うし、ピアノと違って珍しい楽器ならみんな下手なので恥ずかしがらずに旅行の記念に楽器に触ってみたがると思う。・権力欲権力もまた金を得るための手段となるし、権力を持てば尊敬されて承認欲求が満たせる。エリートは権力を持つために出世したがり、大勢の部下を従えて大金を稼ぎ、その金でより大きな権力へと接近して利権を手に入れたり政略結婚で資産を引き継いだりして権力を盤石にする。権力者は儲かるがゆえに腐敗するもので、民主主義だと政治家が腐敗したら選挙で落選させることができるけれど、独裁国家では権力者が腐敗したままなので、暴君から権力を奪うために内戦やクーデターが起きる。頭が良くない不良は暴力によって部下を従えて権力を得て一目置かれることで承認欲求を満たして、集団で犯罪をすることで金を手に入れて、金を見せびらかして女を手に入れる。暴力による支配は原始的な組織の形なので世界中のどこにでも不良グループがある。南米のギャングは新入りのうちの一人を殺してボスの命令には絶対服従だとわからせて恐怖で部下を支配する。警察がちゃんと機能している国ではそこまで残虐なことはできないけれど何かしらのイニシエーションの儀式があって、イタリアのマフィアはナイフで戦って勇気を示す必要があるし、日本の暴走族だと新メンバーはタコ殴りにされる。反社会的勢力は示威行為をして権力を見せびらかさないと庶民を脅して金儲けできないので、南米のギャングは単に敵を殺害するのでなくて拷問してバラバラ死体を晒して辱めるし、やくざは子分を引き連れて繁華街を散歩して顔を売る。モラルがない小人物には権力を持たせてはいけなくて、そういう人は自分が持った権力を最大限に行使しようとする暴君になる。部活の顧問は暴言や体罰で生徒を従えようとして、発展途上国の警察官や軍隊は逮捕をちらつかせて賄賂を要求して、そういう人が家庭をもつとDVで配偶者や子供を従えようとして、誰かを支配して自分が持っている権力を確認して満足したがる。・自由の欲求子供は親の庇護下にあって命令されるままでいるけれど、自立した人間は自分のことは自分で決めたがる。金持ちに飼われているペットなら支配されても幸福なので支配から逃れようとしないだろうけれど、人間に対しては何かしらの人権侵害が行われているので幸福な支配はなくて支配される側は必ず不満を持つ。特に不公平は集団生活をするうえで大きな不満になるので、マイノリティが権利の平等を求めてデモをしたり、迫害される少数民族が自治権を求めて内戦したりして、他人の支配から逃れて自分の人生を自分で決めようとする。世界では独裁国家が増えていて、個人が国家によって人権を侵害されずに自由を得られるかどうかがこれからの人類の課題になる。●欲とビジネス古代ローマでパンとサーカスを無料にして庶民に食べ物と娯楽を与えて政治への不満をそらしたり、GHQがスポーツ、スクリーン、セックスの3S政策で日本人を娯楽漬けにして支配下に置こうとしたりしたように、欲は支配の手段にもなる。人間は欲が満たされれば幸福になるし、欲が満たされなければ苦痛を引き起こすけれど、何かが足りない状態を他の欲でごまかすことが政治にとっては都合が良いのである。現代は資本主義社会なので、人間の欲を満たす物やサービスを提供するビジネスによって資本家が庶民を支配しているし、欲を満たすビジネスが様々な社会問題になっている。・サービス性欲は誰でも持っているし、本能による強い欲求なので理性では抑えにくい。それゆえに売春は世界最古の職業と言われていて、世界中のどこにでも売春宿がある。しかし売春は元手なしでできる商売なので反社会的勢力のシノギになりやすくて人身売買や児童買春の温床になるので、たいていの国では売春は違法か政府の許可が必要な公娼で、それゆえにポルノや性的マッサージとかの間接的に性欲を満たす合法的なビジネスが発展した。睡眠欲もあるし安全の欲求があるので、旅先で安全に寝れるところを提供するのもビジネスになる。快適で安全性が高くて従業員が窃盗をしない高級ホテルほど料金が高くて、不便で安全性が低いホステルや民泊はそのぶん料金が安くなる。需要が多い観光地ほど殿様商売でサービスが悪くなりがちで、イベントで大勢観光客が来るときはホテルが足元をみてぼったくり料金を設定して批判されるけれど、それでも野宿をしたくない人は泊まる。食欲も本能的な強い欲なので、おいしいものをたくさん食べたがる需要は世界中にあるし、料理人は世界のどこでも専門職として移民できる。しかし飢餓の時代が長かったのに近代になって急に豊かになったので食欲の抑制がうまくできずに肥満や糖尿病になる人が多くて、砂糖と脂まみれのジャンクフードも安くておいしくて人気なので健康に悪くても規制されずにいるし、アルコール類も規制がゆるくてアルコール依存症や飲酒運転が問題になっている。・フィクションフィクションは欲の代償行為としての需要がある。なろう小説なんかが典型的で、チートな主人公が周りにちやほやされてハーレムを作っている様子に自分を重ねて現実世界で満たされない欲を満たそうとする。しかし娯楽としては独自性がなくて低俗で読者の精神的成長につながらなくて、読むストロングゼロと呼ばれるように現実逃避で人をダメにする。・ギャンブルギャンブルは射幸心を煽って金銭欲を刺激する。しかしギャンブルは参加者の間で金が移動するだけで生産性がないし、娯楽の側面もあるけれど損した人は楽しくなくて借金まみれになって犯罪したり自殺したりするし、誰でも賭場を開くことができて反社会的勢力のシノギになるしマネーロンダリングに使われるのでたいていの国では賭博は違法で、カジノや競馬場とかの政府に認可された一部の施設でだけギャンブルができるようになっていて、官僚が天下りして便宜を図る利権になっている。・投資投資は顧客の金銭欲を刺激して資産運用の手数料をもらったり、起業家に金を貸し付けて金利をもらったりするビジネスである。ギャンブルと違って事業に投資されれば有意義だけれど、不動産投資は素人地主をカモにして顧客の損で儲けていて田舎は需要がないアパートが乱立しているし、フランチャイズビジネスは素人経営者をカモにして儲けていて不採算店舗のオーナーが訴訟しているし、金持ちになる方法の情報商材を売る人は情報弱者をカモにして儲けていて実際にその方法で金持ちになる人はいなくて、あまり社会が豊かになるのにつながっていない。・ファッション衣類は本来は暑さ寒さを防ぐ生理的欲求を満たすために存在する。しかし近代になって機能性よりも装飾を優先したファッションが衣類の目的になって、女性は性的アピールのために着飾るようになって歩きにくいハイヒールを履いて小さくてかわいくて実用性が乏しいカバンを持ち歩くようになって、金持ちは自己顕示欲を満たすためにブランドロゴがプリントされた高級ブランド品を身に着けるようになった。若者がモテたいという欲がある限りはファッションの需要がなくなることはないので、ファッション業界は毎年新しいトレンドを作って最先端でないとダサくてモテないと煽って買い替えを促して儲けていて、廃棄が多いし環境への負荷が高いのが問題になっている。●金がモラルを壊すイスラエルの保育園で「子どもを迎えに来る保護者の遅刻」に取り組んだ経済学者が実験として閉園時間までに迎えに来ない親に対して罰金を取ったところ、かえって遅刻が増える結果になって、罰金をなくしても遅刻は減らなかった。これは親がそれまでは保育士に迷惑をかけてはいけないという社会規範で保育園を利用していたのに、有料のサービスとして認識を変えてしまったせいだと分析されている。中世のキリスト教で免罪符を販売したのも同様で、金さえ払えば罪が許されるのではもはや信仰心は関係なくてビジネスになってしまうので、教会が批判されてルターの宗教改革が起きた。動機付けにもアンダーマイニング効果というのがあって、達成感や満足感を得るために行っていたことに報酬を払ったら報酬を受けることが目的になって内発的な動機が失われることが実験で確認された。その一方でエンハンシング効果もあって、報酬などの外発的動機によって内発的動機づけが高められる場合もある。例えばもともと報酬をもらうためにやっている仕事で成果報酬のボーナスが出たら頑張る動機付けを強化するけれど、逆に好きでやっていた趣味に誰かがちょっと報酬を出すと稼げない仕事ととらえるようになってしまってやる気がなくなってしまう。社会は愛情や道徳や信仰心や愛国心や自己表現とかの金儲け以外の様々な規範や動機から成り立っているけれど、上記のように金を介在させることでその規範が壊れてビジネスに置き換わってしまう。どんな問題でも金で解決しようとするような拝金主義的な考え方をすると、金以外の規範がなくなって社会が荒廃していくことになる。いろいろな職業で金儲けを最優先にするようになったら、学者が真理の探究をやめて御用学者として政権に都合がいいことだけいってポストを斡旋してもらうビジネスになるし、芸術家は独自性の追求をやめてコピペを切り貼りして盗作で労せずに稼ぐビジネスになるし、医者が人助けの倫理をなくして患者を薬漬けにして入院を長引かせて診療報酬で儲けるビジネスになるし、大工が職人としての矜持をなくして材料費をケチって手抜きの欠陥住宅を作って客をだましてぼったくるビジネスになるし、宗教は弱者を助けずに弱みに付け込んで依存させて財産を巻き上げるビジネスになるし、政治家は愛国心がなくして権力を利用して賄賂をもらうビジネスになるし、検察は真実の解明をやめて点数稼ぎに冤罪をでっちあげて有罪にするビジネスになるし、NPOは社会的弱者を助けずに何かやってるフリだけして公金にたかるビジネスになる。発展途上国は金を欲しがってモラルがないがゆえに不正が横行して発展しないし、逆に先進国は金以外のモラルがあって不正を正せるから発展してきた。ところが金持ちの新自由主義者がさらに金持ちになろうとしてモラルを破壊してしまって、日本は不正だらけの国になって衰退している。世の中にやっていけないことはなくて罰金さえ払えば何をやってもいいという発言をしたやばいやつがいるとTwitterで話題になっていたけれど、こういう人は自律のための規範がまったくない。犯罪は見つからなければ犯罪ではないと考えるタイプなので、捕まらないように用意周到に犯罪をやる。コロナ禍では持続化給付金の虚偽申告が横行して経産省の若手キャリア官僚でさえペーパーカンパニーを作って不正受給をしていたし、最近はZ世代の所得税の不正還付が横行して1年に200件の不正還付があったそうだけれど、これもばれなければ問題ないと思ってモラルのブレーキがかからずに平気で不正をやるのだろう。colaboの不正会計の問題も監査請求されなければばれなかっただろうし、colaboの対応には不正に対するやましさや反省が見えない。安倍晋三が死んでからオリンピック関連の収賄事件の捜査が始まって電通やAOKIやKADOKAWAの偉い人の名前が出てきたけれど、この人たちもリスクは認識していても権力者と親しければ捕まらないと思って不正したのだろう。ひろゆきは賠償金を払わないのは違法でないとして時効を狙って払わないまま逃げるつもりでいるし、未払いの賠償金の利息が増えたり罰則が増えたりするわけでもないので逃げ得になって、殺人や傷害事件とかの犯罪者も出所後に賠償金を払わない人が多くて、日本弁護士連合会の2018年の調査では賠償額のうちで実際に被害者に支払われた金額は殺人事件では13.3%、強盗殺人事件では1.2%だそうな。犯罪で儲かってばれないと味をしめて同じ手口で何度も犯罪するので被害も大きくなりやすい。保険金目当てに連続殺人をした上田美由紀や結婚詐欺で交際相手を次々に殺した木嶋佳苗みたいに金ほしさに犯行を重ねて死刑になる人たちもいる。犯罪で金を手に入れても死刑や無期懲役になるなら割に合わないと思う人が多いだろうけれど、詐欺師は10億詐欺して10年服役するなら年収1億の割がいいビジネスだと考えて、刑の軽さが犯罪のインセンティブになってしまって投資詐欺や取り込み詐欺や振り込め詐欺がなくならなくて巨額の詐欺事件が何度も起きている。2022年の特殊詐欺の被害金額は361億4000万円だそうな。生涯年収がだいたい3億円といわれているのだから、3億円以上の経済犯罪は被害額を本人か保証人が全額弁償するまで仮釈放なしの無期懲役にするくらいに厳罰にしないと経済犯罪はなくならないだろう。中国だと賄賂の授受や業務上の横領は死刑になるように、無宗教の拝金主義の国ほど経済犯罪の刑を厳しくしないと犯罪をやり得だと考える人が大勢出てきて国家の信用がなくなって収拾がつかなくなってしまう。発展途上国はたいてい政治家や公務員の賄賂が横行して国がだめになっていて、腐敗をなくそうとするクリーンな政治家が暗殺されるレベルになると国の立て直しは不可能になる。少子化も低収入が大きな原因なので子供を産んだら1千万円あげればいいとかの意見もあるけれど、単に子供を産んだ人に大金を配るだけでは出産がビジネスになってしまって愛という価値観が破壊されて、補助金目当てで子供を産んで虐待するDQNが必ず出てくる。民主党政権で子供手当を支給した時には尼崎市の韓国人がタイで養子縁組した554人分の子供手当を申請しようとして拒否されていたように、子供に金が絡むと人身売買ビジネスに発展する危険もあるので悪用されないように慎重に制度設計をする必要がある。投票率を上げるために投票した人にお金をあげたり投票しない人に罰金を払わせたりするのも無責任な投票につながるのでやらない方が良いし、政策を理解せずに有名人に投票する人は投票しない方がましである。●良い人間とは何か、良い社会とは何か人間にとっての成功とは有名な金持ちになることでなくて良い人間になることである。良い人間だけが愛情や幸福や他人への慈悲や敬意に満ちた良い社会を作りうる。社会は自分以外の人のおかげで成り立っていて、我々が普段快適に生活できるのは道路を作ったり家を建てたりごみを回収したり商品を配達したり電車を運転したりしてくれる大勢の善良で勤勉な人たちのおかげである。しかし世間では逆に有名な金持ちが成功者と呼ばれて、貧しい人は負け組として蔑まれる。YouTuberはしばしば自分たちは成功者だと言うけれど、身内にドッキリを仕掛けて騒いで、激辛焼きそばを早食いして、汚い巨大スライムを作ってねちねちとこねまわして、トレーディングカードを開封しまくって、ゲーム実況であばばばばうびゃびゃとわめいて、炎上での売名目当てに迷惑行為をして、借りてきた札束を並べて金持ちを気取って、何でも派手に大げさにして手っ取り早く喜怒哀楽を刺激して、そこに人間らしい知性も愛情も礼儀もない。Instagramerはモデルやボディービルダーのような体づくりの努力をせず、アプリで写真を加工しまくってモデルルームや家具屋で撮影して、フォロワー数を買って人気者ぶって虚像でイイネを集めようとする。果たしてそれが良い人間の姿なのか。彼らが社会を作ったわけではなく、誰かが作った社会にタダ乗りして自分の欲を満たすネタにしているにすぎないのだけれど、欲に目がくらんだ人たちには良い人間と下劣な人間の見分けがつかないので、企業はインフルエンサーを宣伝の餌にして下劣な人を助長している。SNSのくだらないコンテンツを何十時間も見たところで思想を形成できないだろうし、欲にまみれたインフルエンサーを成功者扱いして手本にして育った子供は同様のくだらない人間になって社会の規範を壊す側になった。飲食店でふざけて動画を撮るZ世代の若者たちはこの社会を作っている他者への感謝や敬意がまるでない。いたずらが面白いか面白くないかという以前に、安心でおいしい食事を提供してくれる人たちへの感謝があったらいたずらなんてできないし、同席していたずらを止めないで撮影して笑っている人も同類のクズで、小人閑居して不善をなす典型である。欲と感情を理性で制御できずに金や賞賛を探し求めて満足することを知らないのでは、餌とつがいを探し回って真善美を知らないまま死ぬ畜生と同類の蛮人である。生きている限りは欲をなくすことはできないけれど、自律の規範を持つことで過度な欲を制御できるようになるし、欲を満たすために生きるのでなく良い人間になるために生きるべきである。あらゆる欲は死んだら消えるので際限なく欲を満たそうとする行為は結局は自己満足の徒労に終わるけれど、良い人間であったという事実は周囲の人の記憶に残るし、良い人間が作った良い社会は死後も残るし、死に臨むときに自分が良い人間だったと思えるのなら多少は慰めになる。良い人間になりたければ良い人間を手本にするのがよいけれど、良い人間は自己顕示欲や権力欲がなくていちいちSNSで善行をアピールしないので見つけにくい。小説や漫画や映画は人の生き方を物語として描くことで、よい人間になるにはどうすればよいのか、良い社会を作るにはどうすればよいのかという真善美の価値観を伝えているので、読書は良い人間になる手段となる。というわけで若者はSNSを見るのをやめて読書をするべきである。貧乏でも良い人間になることはできるので、歴史に名を遺すような立派な人間にはなれなくてもせめて良い人間であろうとする矜持を持ちたいものである。
2023.02.12
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最近は2021年の出生数が81万人だったのが2022年は77万人程度になる見込みで順調に少子化が進行していて、少子化だから移民を入れろという議論があるので、日本人のアイデンティティと移民について考えることにした。●アイデンティティとは何かアイデンティティとは同一性のことで、「私は何者なのか」という自己同一性を指す。ドーキンスの『利己的な遺伝子』に書いてあるように生物の目的は自分の遺伝子やミームといったアイデンティティを残して広めることである。生物は細胞レベルでもアイデンティティを持っていて、臓器移植をすると自分のものでない細胞を敵だと認識して免疫細胞が攻撃するので拒絶反応が起きる。ファッションデザイナーや芸術家たちは単に作品を売って儲けるためでなくてミームを残すためにブランド化してコンセプトを絞って、他のブランドにはないユニークな価値を提供している。政治家や政党は政策がアイデンティティになっていて、どこかの政党から立候補して当選しても党の政策に賛同できなくなった議員は離党して別の党を作ったりする。●アイデンティティと移民の問題・国家のアイデンティティ国家のアイデンティティは国民性や固有の文化である。例えば日本人はどんな人かといえば勤勉で礼儀正しくて手先が器用で犯罪率が低くて権力に従順なのが日本人の標準的な国民性で、全体的にモラルが高いがゆえに日本のパスポートで世界のたいていの国に行けるし、勤勉で器用な日本人が作ったカメラや時計とかの精密機械は高性能なブランドとしての価値があるし、京都の街並みや山岳信仰の対象の富士山や日本料理などの日本的なミームに観光資源としての価値がある。遺伝的には縄文人と弥生人の遺伝子を持った人が大多数で、天皇は男系男子の血統にアイデンティティがあるし、その血統こそが日本が有史以来の独立国だったことの証明でもある。しかし遺伝子は意図的に血統を維持しない限り数百年のスパンで見れば戦争や交易で次第に混血していくものなので、皇室以外の庶民が遺伝子の純血を求めることにあまり意味はないし、自分の肌の色を誇りに思うのは自由だけれど白人至上主義とかの特定の血統が優れているという考え方は非科学的なアイデンティティの持ち方である。言語や伝統文化のほうがアイデンティティとしては重要で、ラモス瑠偉や李忠成が帰化してサッカーの日本代表として戦って日本人として受け入れられているように外国出身で日本人の遺伝子を持っていなくても日本的ミームを継承すれば日本人としてのアイデンティティを持っていることになるし、日本人としてのアイデンティティを持つために出生国のアイデンティティを捨てなければならないというわけではない。移民国家のアメリカならアメリカ人固有の遺伝子というのはアメリカ先住民以外には持っていないので遺伝子をアイデンティティにしている人はほとんどいなくて、〇〇系アメリカ人として出生国や人種のアイデンティティも引き継いだうえでアメリカ人としてのアイデンティティを持っている。人間は生まれる国を選べないので自分が生まれた国の国籍が気に入らないなら他の国に移民する自由もあるけれど、たいていの国は就労ビザの基準が厳しくて犯罪歴がないことや学歴や高度技能があることが条件になるし、在留外国人は犯罪をしたら母国に送り返すことができるけれど帰化した人は送り返せないので帰化の条件はさらに厳しくて、要求水準に満たない入国者を拒むことで国家としてのアイデンティティを維持している。それでも不法移民の密入国を防ぐのは大変で、アメリカには就労目的で南米からの不法移民が来るし、タイにはミャンマーの独裁から逃げたい不法移民が来るし、出生地主義のアルゼンチンは出産ツーリズムがビジネスになっていて子供をアルゼンチン国籍にしたいロシア人の妊婦が5000人くらい子供を産みに来ているし、戦後の日本にも朝鮮人が密入国して強制連行されたと嘘をついて帰化せずに居座っているし、合法的に入国した人でもビザの期限が切れても帰らずにオーバーステイしがちである。国民が〇国人としてのアイデンティティを持つからこそ愛国心が生まれて、そのアイデンティティを守って子孫に継承するようになる。愛国心がないとどうなるかというと、例えば欧米の植民地として勝手に国境を作られたアフリカ諸国は民族がアイデンティティになっていて国に対しては愛国心がなくて、どの民族が大統領になるかで権力闘争をしてしばしば内戦が起きているし、腐敗した国を良くしようとするよりも逃げたがる人が多くて国の代表であるオリンピック選手でさえオリンピック期間中に逃亡する。・移民はどのくらい受け入れるべきか国民性のアイデンティティと移民をトランプに例えてみると、ハートのトランプのデッキを使ってゲームをしていたとして、カードが2枚破れてしまってこのままではゲームで不利になるときに取りうる選択として、ダイヤやスペードやクローバーのカードをデッキに入れるべきか、何枚入れたら「ハートのデッキ」としてのアイデンティティを維持できなくなるかが問題になる。一枚でもハート以外のカードがまじったら「ハートのデッキ」ではなくなるとして他のカードを拒否する考え方は排外主義の極右や民族主義で、アマゾンの少数民族とかは血族と伝統のアイデンティティを重視してたとえ民族が消滅する危機にあっても他の民族と関わろうとしないし、近代文明を取り入れようとしない。スペードを赤く塗ったらハートに似ているので2枚だけなら入れてもいいけどダイヤとクローバーは全然似てないので入れるのはだめだと変化を最小限にして「ハートのデッキ」としてのアイデンティティを維持しようとする考え方は保守である。スペードを赤く塗るのは差別なので条件を付けずにスペードのデッキと提携してそのまま受け入れて勢力を拡大しようとする考え方がリベラルで、EUは加盟国内の人の移動を自由にしてEU全体での発展を目指したけれど、トルコのEU加盟を拒んでいるように基準に合わない国は制限している。何のカードでも移動を自由にして、たくさんカードがあればそのぶん強くなるからアイデンティティにこだわらないでカードを集める方がいいという考え方はグローバリズムで、企業は安い賃金で雇える移民を入れたがる。「ハートのデッキ」のアイデンティティを捨てて全部のカードの柄を★に統一してしまえば柄の違いによる対立が起きなくなってみんな平等だという考え方は共産主義である。他のプレイヤーを殴り倒してスペードのデッキを手下にして、「ハートのデッキ」としてのアイデンティティは維持したまま勢力を拡大しようとする考え方は帝国主義である。もうゲームに勝てそうにないのでゲームを放棄してハートを黒く塗って「ハートのデッキ」のアイデンティティを捨てて強そうなスペードの傘下に入れてもらおうとする考え方は守るべきアイデンティティを持たない日和見主義や売国奴で、ウクライナは被害を少なくするためにさっさとロシアに降伏しろと言っていた橋下徹や玉川徹とかが日和見主義で、もし同様のことをウクライナ人が言ったら売国奴扱いされる。日本は少子化だから移民を入れろと主張している人たちがどの考え方でどのくらいの移民を入れたがっているのかが問題である。私は移民政策に対しては保守思想で、日本人としてのアイデンティティである日本語による文化や伝統が維持できないのであれば移民を受け入れる意味がないし、日本の文化が好きで日本で暮らしたいという外国人だけ受け入れればよいと思う。例えば日本が好きで日本語を話して日本国籍を取る人や、日本人と結婚して日本国籍になった人は日本人のアイデンティティを脅かす存在でないので日本的ミームの継承者として歓迎すればよいし、ハーフの日本人や帰化した日本人に対する外見での差別もなくすべきだと思う。あるいは出張や留学や観光のように短期間滞在していずれ母国に帰る人も日本人のアイデンティティを脅かさないので日本のお客さんとしてもてなせばよいと思う。YouTubeチャンネル登録者数世界二位のスウェーデン人のピューディパイが日本が好きで日本に会社を作って商用ビザを取得して移住したように、金持ちが日本を好きになって長期滞在して消費や宣伝をしてくれるのはよいことである。しかし武蔵野市の住民投票条例案のように外国人が投票権を持つのは日本人による日本人のための民主主義という国民主権を脅かすので反対で、外国人に日本を変えられる筋合いはないので日本が気に入らないなら我慢するか母国に帰るか他の国に行けばいいし、投票して日本を変えたいなら帰化して日本人になるべきである。日本の左翼は移民に反対する奴は排外主義の極右だというレッテル貼りをして移民を入れたがっているけれど、移民の力で日本を豊かにして日本人を幸福にすることが目的でなくて自虐史観で愛国心や天皇を否定して日本人のアイデンティティを破壊する反日活動が目的なので、そんな売国奴の言い分を聞く必要はないだろう。経済界は新自由主義のグローバリストが多くて、単に利益だけしか見ずに労働力や消費を増やすために移民を入れろという。しかし例えば日本に中国人移民を毎年100万人受け入れて100年間で合計1億人受け入れたとしたら形式上は日本国籍を持つ人の人数は維持できて消費が増えて経済成長はするだろうけれど、同化政策をとらなければ日本中に中華街ができて中国語が公用語になって日本人のアイデンティティは維持できないだろうし、それでは侵略されて日本人が主権を失うのと変わらないので移民を入れる意味がない。外国資本を入れるのも同様で、外資への規制をなくして外国人経営者や外国人株主が日本企業を支配するようになったら外国の植民地として利益を献上しているのと同じで、帳簿上の利益は出ても日本人の豊かさや幸福につながらないなら外資の参入を拡大する意味がない。個人と違って法人は外国に子会社を作れるのだから労働力や消費が欲しい企業は外国に進出すればいいだけの話だし、日本に移民を入れる必然性はない。人権侵害の低賃金長時間労働の外国人技能実習制度に頼らないと労働力が不足するような搾取を前提としたビジネスモデル自体が破綻しているし、外国人技能実習制度を維持するための移民拡大はやる必要がない。国家は利益を出すために存在しているわけではないので、経営者の感覚で利益を基準にして政策を決めてはいけない。欧米人は日本人はゼノフォビアで移民を受け入れないと滅亡すると言うけれど、日本では奈良時代に唐から鑑真を招いたり、江戸時代に朝鮮から陶工を招いたり、明治時代に和魂洋才で欧米人の教師を招いたりして優れた外国文化を取り入れながら発展してきたので、保守的ではあるけれど決して排外主義ではないし、在留外国人が290万人程度いて結構外国人を受け入れている。ヨーロッパ大陸で侵略戦争を繰り返して奴隷貿易をして異民族と交わってきたキリスト教系の移民国家を基準にするほうがおかしいし、欧米の基準で無制限に移民を受け入れなければならない必然性はないだろう。たくさん移民を増やせば数に比例して良くなるというものでもないし、ごみ捨て程度の最低限の生活のルールさえ守れないような民度の低い移民を受け入れたところで豊かになるどころか住環境が悪化するし、優秀な移民や外国文化の良い部分だけ厳選して取り入れればよい。ましてやEUは移民政策で犯罪が増加して福祉費用もかさんで多文化共生に失敗しているので、EUの失敗から学ぶならなおさら日本で移民を受け入れる理由はない。イギリスでは毎年20万人の移民が来てすでに人口の14%が移民で、イギリス王室を軽視するイスラム系の新興移民もいて、都市部だけでなく郊外でも移民を見かけるようになって移民が多すぎると思ってもEUに加盟した状態では移民を制限できないので、EUを離脱して移民の基準を厳しくして制限した。オーストラリアは居住可能面積自体は広いものの都市が沿岸部に集中していて、豊かな中国系移民が都市に来たことでそれまで住んでいた白人が仕事を奪われたり不動産価格が高騰して家賃を払えずにホームレスになったりして、白豪主義者が不満を募らせてアジア系の移民を差別したりヘイトクライムを起こしたりしているし、その一方でアボリジニはアイデンティティを失って自殺率が高い。クライストチャーチモスク銃乱射事件やノルウェー連続テロ事件はいわば臓器移植の拒否反応のようなもので、白人キリスト教徒というマジョリティのアイデンティティに対する異物のイスラム教を排除しようとしたといえる。グローバリズムでは企業は儲かるけれど治安が悪化して多文化共生がうまくいっていないのだから、言語や宗教が同じ民族が自治してアイデンティティが異なる他の共同体とは距離を置いて交流や貿易をする方が諍いを少なくできるだろう。●グローバリズムの幻想と現実意識高い系の人がやたらと国連で働きたがったり国際交流サークルに入ったり地球市民がどうのこうのと言ったりするけれど、国際交流がすばらしいという考え方は幻想である。2012年に学生団体のアイセックが女子大生をルーマニアに派遣したら着いたとたんに殺害された事件があったし、2013年に新婚旅行でエクアドルに行って流しのタクシーを拾って強盗に殺された人もいた。彼らは運が悪かったのかというとそうでなくて、外国人旅行者は警察への通報の仕方も知らないし現地に知人もいなくて土地勘もないので犯罪やぼったくりの格好のターゲットであることを平和ボケした日本人は理解していなくて、警戒心がないがゆえに注意していれば避けられたはずの被害にあう。殺人までいかなくてもイタリアでは観光客にジプシーのスリが集まってくるしレストランでぼったくるし、インドではぼったくりの物売りが集まってくる。どの国も問題を抱えていて理想の国はないし、エリートはちゃんと教育を受けた良い人が多いだろうけれど庶民は民度が低いDQNが多いし、発展途上国が発展しないのは相応にモラルが低いからだし、外国は日本より治安が悪いうえに銃を所有できる国だらけだし、アイデンティティのない人はいないのだからアイデンティティが異なる人とは同朋意識の連帯感が生まれなくて必然的に摩擦や対立が生まれる。ビジネスで外国人と商談する程度なら単に契約の問題なのでアイデンティティの摩擦は起きないけれど、他民族と一緒に住むとなると文化、宗教、倫理観の違いから問題が表面化する。厚生労働省の人口動態調査によると国際結婚した夫婦の離婚率は約60%で、日本人同士の夫婦の二倍の離婚率だそうな。特にフィリピン人と結婚した人の離婚率が高いようで、結婚後に親族への仕送りのために集られるのが嫌な人が多いようである。家族は一番小さな社会の形だけれど、夫婦二人の家族関係さえうまくいかないなら移民が多い国家の運営はなおさらうまくいかないだろうし、社会の構成員に異なる宗教や言語が増えるほどうまく付き合うのは大変になる。移民の国のアメリカは軋轢と差別だらけで、まずアメリカ先住民が土地を奪われて居留地に強制移住させられて、黒人奴隷は南北戦争で解放された後も差別され続けて、ゴールドラッシュでアメリカに来た中国人が低賃金労働をして白人の仕事を奪うことへの反発で1868年に中国人排斥法が作られて、1890年代に来たイタリア系の移民も差別されて港湾労働者が組合を作ってギャングになって、日系移民も第二次世界大戦が起きたら差別されて強制収容されて、ゲイはソドミー法で差別されて第二次世界大戦で同性愛を理由に除隊されてGI法の退役軍人の手当をうけられなくて、冷戦下では赤狩りして共産主義者の俳優が差別されてハリウッド映画から排除されて、911テロでアラブ系の移民が不当に拘束されて取り調べを受けて、コロナ禍ではアジア系移民に対してヘイトクライムが起きた。アメリカは世界中から優秀な経営者や学者やスポーツ選手を集めて金は儲けているけれど、庶民の生活は悲惨でヤク中が徘徊して強盗が多発して移民同士が仲良く過ごしている平和な国とは程遠い。グローバリズムの本場のアメリカがこの有様である。日本が少子化と労働力不足の解決のために移民国家になったらアメリカよりもうまく運営できるかというと無理だろうし、自民党の爺たちは主張が強い人に対して譲歩すれば仲良くできると考えて権利と財産を差し出して身ぐるみはがされてアメリカよりも悲惨な国になるだろう。日本は自民党の間違った経済政策のせいで衰退しているとはいえまだ世界でもましな国で、治安が良くて犯罪件数は年々少なくなっている。日本に観光に来た外国人は道路にゴミが落ちていなくて、電車が時間通りに来て、落し物がちゃんと戻ってきて、女性が夜に一人で出歩けるという日本では当たり前のことにさえ驚いているけれど、大勢移民を受け入れたらその程度の当たり前の日本の良ささえなくなってしまう。日本人がパリに幻想をもって現地に行ったら汚くてうつになるパリ症候群という病気があるけれど、日本人のグローバリズムに対する幻想も似たようなものだと思う。日本に移民を入れろと主張している人たちは幻想を見ずに現実を見るべきである。スウェーデンでアフリカや中東の難民を支援していたElin Krantzという人が2010年にエチオピアから来た移民に殺されたり、2002年に大分で中国人留学生の面倒を見ていた夫婦が他人に支援するくらいだから金持ちなのだろうと狙われて別府大学の留学生たちに強盗された大分夫婦殺傷事件があったように、国際交流に幻想を持って好意には好意で返してもらえると思っていること自体が平和ボケで、宗教や文化が違う人と接するリスクを知るべきだし、貧乏な移民やかわいそうな難民を豊かな国に招いたらみんな仲良くして平和になるんだという幼稚な考え方はやめてまずは相手のことをよく理解するべきである。子供に知らない人に着いていったらだめだと教えるように知らない人を招くのもやめるべきで、自分が何者なのか、相手が何者なのか、お互いのアイデンティティーを理解したうえで友好関係を築ける相手だけ招けばよい。
2023.02.06
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