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最近は福島第1原発処理水の海洋放出が批判されているけれど、それに対してホリエモンは「十分に放射性物質を薄めた上で海へ排出するということが、何か知らないけど一部のマスコミと左翼の活動家みたいなアホが大騒ぎしてるんで、コイツら本当、頭が悪すぎて、“薄める”っていう概念が理解できないみたいですね」と批判している。これについて考えることにした。●原発処理水と放射性物質とは何か福島第一原子力発電所で放射能で汚染された水(汚染水)は、多核種除去設備(ALPS)で放射性物質を除去する処理をして、処理水としてタンクに貯蔵されている。その処理水を永久にタンクに貯蔵しておくわけにもいかないしタンクを置く場所がなくなってきたので、今後30年にわたって海洋放出されることになった。復興庁によるとトリチウム以外の放射性物質は安全基準を満たすまで浄化処理で取り除かれているけれど、水素の同位体のトリチウムは酸素と結合してトリチウム水になってしまうと今の技術では水からトリチウムだけを取り除くことはできない。そのトリチウムを含んだ処理水を海洋放出してよいのかということで現在中国や韓国の野党や日本の左翼とかが騒いでいるけれど、アメリカ政府や韓国政府は科学的に安全だとみなして別に問題視していない。日本原子力研究開発機構によると、「国が定めたトリチウム放出の規制基準値である1リットル当たり60,000ベクレルは、この濃度の水を毎日70年間摂取したときの1年間の被ばく量が1ミリシーベルトとなることを考慮して決められています」と言っている。Wikipediaにいろいろな物質の半減期の一覧があるけれど、トリチウムは40日で9割が体から排出されるそうな。核融合科学研究所によるとトリチウムは自然環境中にも水1リットルあたり1ベクレル程度存在しているので人体にも50ベクレル程度存在するそうで、組織に蓄積せずに短期間で体から排出されるので放射性物質の中では毒性が少ないし、放出停止の基準値は第1原発から半径3キロ以内で1リットルあたり700ベクレルなのに、BBCによると「24日の放出開始後に発電所から3キロ以内の10カ所で採取した海水のトリチウム濃度は、いずれの地点でも検出限界値(1リットル当たり約10ベクレル)を下回っていた」そうで国の安全基準を満たしているし、国連の原子力の安全性を判断する機関のIAEAもALPS処理水を検査して国際安全基準に合致して人及び環境に対する放射線影響は無視できるほどであると7月4日に報告書を出しているので、海洋放出しても問題ないという判断は妥当だろう。トリチウムが自然の水1リットルに1ベクレル存在するのが、処理水を海洋放出して原発から半径3キロ以内で検査したらわずか10ベクレル未満で自然の状態とあまり変わらないし、1リットルあたり60000ベクレルの水を毎日飲んだとしても1年間あたりの被ばく量が1ミリシーベルトに過ぎなくて健康に影響が出ると言われている100ミリシーベルトに及ばないのだから、1リットルあたり10ベクレル未満ではIAEAが言うように人体や環境への影響は無視できるレベルだろうと文系の私でも理解できる。週刊ポストによると「日本は年間最大22兆ベクレルのトリチウムを含んだ処理水を海洋放出していく計画だが、中国では2021年だけで東シナ海に面した秦山原発(浙江省)が218兆ベクレルのトリチウムを海洋放出。福建省の寧徳原発は約102兆ベクレル、南シナ海に面した広東省・陽江原発は約112兆ベクレルを放出している。近隣諸国への通告はなされていない。韓国も2019年に釜山近郊で日本海に面した古里原発が91兆ベクレル、月城原発が31兆ベクレルを海などに放出したことがわかっている。」だそうで、福島第一原発から海洋放出される処理水のベクレルは外国よりも少ない。環境省のトリチウムの年間処分量の海外との比較だとフランスは2018年にラ・アーグ再処理施設からイギリス海峡側に11400兆ベクレルを排出していて突出しているけれど、それでも問題視されていなくてフランスやイギリスの水産物の不買運動とかは起きていない。ベクレルとは何かというと、環境省によると放射性物質は原子核が不安定なので余分なエネルギーを放射線として出して壊変して安定したら放射線を出さなくなるそうで、1秒間に1個物質が変化することを1ベクレルというそうな。つまりは処理水のベクレルが少ないほど放射性物質も放射線量も少ないといえる。日本の処理水の海洋放出を問題視するならそれ以上にベクレルが多い外国のほうが問題にならないとおかしいし、外国の海洋放出を今まで問題視してこなかった人たちが日本の海洋放出でだけ騒いで問題視するのもおかしい。立憲民主党の原口議員はABEMAに出演して処理前のデータが出ていないということにこだわって海洋放出に反対しているけれど、処理後に海洋放出されたデータで1リットルあたりのトリチウムが10ベクレル未満だと出ているのだからそこは安全だと言えるんじゃなかろうか。原口議員は生物濃縮も心配しているようだけれど、生物濃縮を調べたいなら福島をどうこう言うよりも11400兆ベクレルのトリチウム水が排出されたイギリス海峡の魚を調べればいいではないか。トリチウム以外の核種を問題視するのはALPSの処理能力やIAEAの検査の正当性を根拠なく否定することになるので、否定するなら基準値を超えているというデータを出さないと説得力がないし、基準値以下でも検出されたらだめだというのでは基準の意味がない。●科学を理解できない人たちホリエモンが薄めるという概念を理解できない人たちを批判したように、物質の有害性を考えるうえで濃度は重要である。たいていの物質は量や濃度で人体への影響も違う。生きる上で必要不可欠な水だって一度に飲む量が多すぎれば希釈性低ナトリウム血症になるし、塩だって濃度が濃すぎれば高血圧になって病気を引き起こす。私のおならを大気中に放出して濃度が薄まればちょっと臭い程度で無害だけれど、数百回分のおならを濃縮した気体を寝ている人の鼻に大量に注入したら危険である。科学を理解していない人は原発の周りにだけ放射性物質があると思っているようだけれど、水素3(トリチウム)、炭素14、カリウム40、ヨウ素131とかの放射性同位体が自然に存在しているし、食べ物の中にも微量に存在して放射線を出しているけれど摂取量が少なければ特に問題を引き起こすわけでもない。普段の食事でも被ばくしているし、レントゲン検査での被ばくも、飛行機に乗るときの被ばくも、ラジウム温泉での被ばくも、人体に影響がないレベルである。一般食品の放射性セシウムの基準値は国際基準のCODEXだと1キロあたり1000ベクレルで、日本ではそれよりもさらに厳しい1キロ当たり100ベクレルを設定しているので、日本の基準に沿っていれば基本的に安全だし、基準をちょっと超えてもまだ国際基準の範囲内である。環境省のサイトでは2017年時点で「1年間に受ける日本人の平均被ばく線量は5.98ミリシーベルトであり、そのうち2.1ミリシーベルトが自然放射線からの被ばくであると推定されています」と言っている。短期間の被ばくよりも長期間の被ばくのほうが人体への影響は小さいので、短期間に何度もレントゲン検査をしたりしてむやみに大量に被ばくしないにこしたことはないけれど、日常生活ではいちいち今日は何マイクロシーベルト被ばくしたかと放射線量を気にするレベルではないし、福島第一原発の放射性物質が原因で健康を損なって死んだ人はゼロだし、放射線量よりもむしろ酒の量や二郎系ラーメンを食べる頻度とかのほうが健康への影響が大きい。科学的に安全な被ばく量であるにもかかわらず、被ばくすること自体が不安でしょうがない人たちは強迫性障害やノイローゼとかの精神病の領域である。1リットル当たり10ベクレル未満のトリチウム水が不安でもう東北の水産物を食べないと言っているような神経質な人は水も飲まなければよい。なにせ雨水とかの自然の水1リットルにはトリチウムが1ベクレルも含まれているのだから、水を飲まなければさらに安心できるだろう。原発処理水に含まれる放射性物質もIAEAが検査して人や環境への影響は無視できる程度だと言ったのだから、問題視する理由もない。外国の原発が日本より多い放射性物質を海洋放出していようがIAEAが問題ないと言うのであれば問題ない。科学者の中にはIAEAの基準を疑問視する人もいるとマスコミが取り上げているけれど、それはその科学者とIAEAが議論して科学的に真偽を検証するべき問題だし、IAEAのコンセンサスに反する一部の科学者の意見を聞いて政府が政策を決めるのならそっちのほうが中立性を損なって癒着が疑われて問題になる。IAEAは海洋放出を承認したわけではないとマスコミは取り上げているけれど、だからといってIAEAが海洋放出に反対しているわけでもないし、そもそも国連の検査機関に各国の政策を承認する権限があるわけでもない。IAEAがどうのこうのと批判すること自体が無理筋である。しかし左翼活動家はとにかく原子力に関わるものには反対だという反原発思想で批判するか、とにかく日本を批判できれば批判するという反日思想で批判するので、IAEAや政府とかの科学的データを検査する権威を否定したり、論理を捻じ曲げて詭弁を言ったり、科学そのものを否定したりするようになる。頭が悪くて科学を理解できない人や論理の矛盾に気づかない人もいるだろうし、科学を理解したうえで日本を批判できる材料ならなんでも利用する反日活動家もいるだろう。例えばいま中国で塩が放射線に効くと言って塩を買い占めている連中や、東北の飲食店に嫌がらせの電話をしている連中や、中国の日本人学校に石や卵を投げている連中は教養がなくて科学や海流が理解できない本物の馬鹿である。中国の科学者はたぶん原発処理水の海洋放出が科学的に問題ないと理解しているだろうけれど、中国共産党は日本に圧力をかけるちょうどいい口実ができたので水産物を禁輸しているのだろうし、中国のコロナ対策失敗や不動産バブル崩壊による不景気の批判が中国共産党に向かないように不満のガス抜きに愚かな人民の批判の矛先を日本に向けようとしているのだろう。しかし中国人がガイガーカウンターで周りのものを測りだしたら上海の建材に基準値を超える放射性物質が含まれていることが判明したり、陳薇羽によると内モンゴルのオルドスの炭鉱を露天掘りしたらウラン混じりの粉塵が飛散して急性放射線症候群でドライバーが死亡したそうで、情報統制されているので事実かどうかは不明だけれど日本の原発処理水の海洋放出の危険性を煽るほど中国のほうがもっと汚染が深刻で危険だと周知されてしまうブーメランになっている。東日本大震災で原発事故が起きたときにも韓国人が日本の放射能汚染を批判して旅行に行かないとか不買するとか騒いでいたけれど、韓国の放射線量が日本よりも高いことは無視して日本は危ないと批判するのは反日に目がくらんで自己矛盾に気づかない馬鹿である。ちなみに在韓国日本大使館が日本と韓国の放射線量を紹介しているけれど、8月30日時点で福島県の富岡が0.096μSv/h、東京は新宿が0.036μSv/h、ソウルは0.146μSv/hで、どれも安全な水準である。中国の底辺層みたいに情報統制されてろくに教育を受けられなくて科学を理解できなくて民度が低い人や、一応教育を受けても頭が悪くて科学を理解できない人がいるのは仕方がない。頭が悪い人は放射線やウイルスや5Gとかの肉眼で見えないものの存在が理解できなくて、その存在を情報から推論して論理的整合性をつけることができないので、塩を買い占めるような非科学的なことをやりだしたり陰謀論を言い出したりする。わからないことはわからないと認めておとなしく専門家の意見を傾聴しておけばよいのに、見当違いの言動をして騒ぎだすから馬鹿と蔑まされる。無駄にわめきたててデモをしたりするエネルギーを勉強に使えばいいのに。●科学を理解できないマスコミ頭が悪くて科学を理解できない馬鹿な社会的弱者はどの国にもいるけれど、弱者に寄り添うということは弱者の言い分を代弁して拡散することではない。正しい情報をわかりやすいように教えるのが本来のマスコミの役割だろうに、某新聞は左翼思想の宣伝機関になって馬鹿をカモにして購読者を喜ばせるための偏向報道をしている。これはマスコミは文系だから科学が理解できないというだけの問題でなくて、根底に親中・親韓・反日思想があるので科学的な事実を無視してでも日本を批判しようとしている。問題ないことを問題視して騒ぎ立てること自体が人的リソースの無駄だし、左翼は政府の予算の無駄を批判しているくせに自ら無駄を引き起こしていることには無自覚である。そのうえマスコミが処理水を汚染水と呼んで安全な東北の水産物に対して汚染されているかのようにミスリードして風評被害を引き起こしている。馬鹿な人にも人権があるので個人的に馬鹿なことを言う自由もあるけれど、社会的な影響力が大きいマスコミが組織として科学的根拠がない馬鹿な主張を喧伝して国益を損ねるなら相応の罰則や規制を受けるべきだろう。
2023.08.30
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最近はマウイ島で山火事が起きてハリケーンの強風で火が燃え広がって壊滅状態になって100人以上が死亡して1000人以上が行方不明だそうな。災害は他人事ではなくて自分にも起きうることだし、関東でもしばしば震度3-4くらいの地震が起きるようになっていつ首都直下型地震や南海トラフ地震が起きるかわからないので、防災について考えることにした。●防災とは何か防災とは災害の予防と応急対策のことで、河川の整備などの被害抑止、マニュアル作成などの被害軽減、消火や救助などの応急対応、住宅の再建などの復旧をする。災害といっても地震や台風や噴火のような自然災害から放火やテロのような人為的な災害まで多岐にわたるので、それぞれの災害に応じて取りうる対策も違ってくる。災害を防いで被害を小さくすること、災害が防げない場合は災害に巻き込まれないように予報などで事前に安全な場所に避難すること、災害に巻き込まれた時には逃げ延びること、逃げた後で避難生活をすることの全部が生き延びるために重要である。●個人でできる対策・災害が起きやすい場所を避ける2014年に広島で豪雨による土砂災害で77人が死亡した八木地区は昔は蛇落地悪谷と呼ばれていたのに宅地開発して不動産を売るために印象を良くしようとして名前を変えられたように、平野が少ない島国だと居住に適さない土地まで開拓されがちで、家の立地に難があれば災害に巻き込まれてしまう。水害も同様で立地で被害を受けるか否かが決まって、川のそばの家はたいてい割安だけれどそのぶん堤防の決壊が起きたら一番大きな被害を受けるし、東京だと谷も多いので大雨が降った時に谷間にある家は浸水する。地震はどこでも起きうるのでどこに住んでも安全なところはないけれど、宮古市に「此処より下に家を建てるな」という碑文があるように過去に津波が到達した沿岸地域は特に危ないので、沿岸部から離れたところに住むにこしたことはない。海辺に津波に耐えられるコンクリートの5階建ての要塞のような家を建てて津波と真っ向勝負するよりも、海から離れたところに住むほうが合理的である。住む場所は自分で決められるので、土地の歴史や地形を調べることである程度自衛はできる。DQNが集まる場所を避けるのもリスク回避になる。富士山の5合目のプレハブの下で外国人観光客が雨宿りしながら火を使って調理していたのが話題になったけれど、自分に落ち度がなくてもこういうDQNが原因で火事に巻き込まれかねない。DQNが多い都会の雑居ビルだとビルオーナーの順法意識が低くて十分に防火対策をしていなくて死亡リスクが高くなる。2001年の歌舞伎町ビル火災は放火が原因とみられるとはいえ、誤作動が多い火災報知機の電源が切られていて避難器具も使用できない状態で従業員が避難誘導しないで窓から逃げ出したせいで煙が充満してビル内に残された44人が一酸化炭素中毒で死亡して、消防法が改正される契機になった。2013年のブラジルのサンタマリアナイトクラブ火災では、ライブの演出用の花火に点火したら天井の防音材に印化して火事になって、建物に非常口がなかったので2000人の客が出口に人が殺到して出口近くのトイレを出口と間違えて逃げ込んだ客が閉じ込められて239人が死んだ。2022年のソウル梨泰院雑踏事故ではハロウィンのイベントで逃げ場のない狭い通路に人が押し寄せて158人が圧死している。人が大勢集まる場所でパニックが起きて群衆に巻き込まれると身動きがとれなくて逃げることもできなくなるし、救助も遅れがちになるので、夜遊びやイベントとかでは理性をなくすほど酔わずにいつでも非常事態に自力で対応できる程度の余力を残しておく方が良い。・普段から避難経路を意識しておく旅行してホテルや旅館に宿泊するときはチェックインしたら最初に避難経路を確認しておくと寝ているときに火事で起こされてもすぐに避難しやすくなる。1982年のホテルニュージャパン火災は寝たばこの不始末で火事が起きたうえに防火管理体制がずさんで初期消火に失敗して避難誘導もほとんど行われなくて34人が亡くなった。最近だと人手不足で外国人の従業員を雇っている宿泊施設があるけれど、日本語がおぼつかなくてあまり地震を体験したことがない外国人従業員が地震の時にちゃんと避難誘導できるか疑問である。建物が立派だからといって防災対策がちゃんとできているとは限らないので、自分の命を他人任せにせずに面倒くさがらずに避難経路を確認しておくべきである。旅行中で土地勘がない場合や海外旅行中で現地の言葉が十分に理解できない場合は危険な建物から逃げたからといって他の安全な避難場所がわからなかったりするので、危険な場所に取り残されないように早めに行動して土地勘がある現地の人に着いていく必要がある。最近のマルハンの駐車場で車が152台燃えた火災や、2004年のドン・キホーテの放火事件のように買い物とかでちょっと立ち寄っただけの場所でも災害に巻き込まれることがあるし、商業ビルは商品を見て回らせるために導線が長くて階段の位置が出入口から遠かったり上りと下りのエスカレーターが別の位置にあったりして迷いやすいので、いちいち非常口を確認しないような場合でも建物が何階建てで現在地が出入口からどれくらい離れているかとかの大まかな距離感や出入口の方向は把握しておく方が良い。大地震が起きてマンションで火事が起きた場合はすぐに消防車が来なくて上に延焼するし、エレベーターも止まる可能性があるし、古いマンションだと免振装置がなくてドアがゆがんで開かなくなって閉じ込められる可能性もあるので、高層階に住んでいる人ほど危ない。地震が起きたらすぐに避難できるようにドアを開けて避難経路を確保したり、防災リュックや走りやすいスニーカーを玄関に置いておくなりするほうがよい。・電子機器に頼りすぎない最近はスマホの決済アプリやクレジットカードを使ってキャッシュレス決済をして現金を持ち歩かない人がいるけれど、2018年の北海道胆振東部地震で広範囲で停電が起きた時に店のレジが使えなくなって電卓で計算していて、停電になってから現金を引き出そうとしてもATMが動かなくて現金がなくて買い物ができない人がいたように、キャッシュレス決済は停電に弱いので防災用としてある程度の現金も持っておくべきである。公共交通機関が止まって帰宅できなくなってホテルに1-2泊したり食料を買ったりするのを想定したら、徒歩で帰宅できない距離まで出かけるときは2万円程度の現金は持っているほうがよいのではなかろうか。本来は停電時に自動販売機から飲み物を無償提供するはずなのに管理者が鍵を回していなくて停電時に使えなかったように、自販機を当てにしても使えないこともある。・備蓄しておく東日本大震災の後に政府が備蓄を呼びかけるようになって、最低でも3日、できれば1週間分の水と食料を備蓄することが推奨されている。局地的な地震なら橋が壊れたり土砂崩れが起きたりして孤立しても1週間もあれば自衛隊が救助に来るので、1週間分が妥当なところだと思う。備蓄は災害だけでなくてコロナに感染したりして買い物に行けないときにも有効だし、賞味期限が来たら食べて買い替えるだけなので備蓄が多くても無駄にならない。車を持っている人はトランクに多少の水や食料や防災用アルミシートを入れておくと、外出中に地震で道路が寸断されて家に帰れなかったり大雪で車が動かせなくなったりしたときでも生き延びやすくなると思う。最近は物を持たない生活をするミニマリストがいるけれど、備蓄くらいはするべきである。企業のオフィスでも帰宅できない従業員が3日くらい泊まれる程度の食料は用意しておく方がよい。・情報感度を高めるテレビでは災害が起きてから少し時間が経ってからニュースが報道されるし、ニュース番組でない時間帯はテロップを出すだけで詳しく報道しなかったりするので、テレビ頼みなのは情報源として危うい。スマホに天気予報アプリをいれて警報が出た場合に通知する設定にしたり、近くの河川のライブカメラを映している役所のサイトをブックマークしたりしておくと、早く異変に気づいて災害が起きる前に避難できるようになる。・自分が災害の発生源にならない自分が災害の発生源にならないことも大事で、例えば寝タバコによる火事や、埃がたまったコンセントからの出火や、ストーブの上に洗濯物が落ちる火事や、ガス漏れによる爆発や、てんぷらを揚げているときの火事とかは自分の行動次第で防ぐことができる。2016年の新潟県糸魚川市のラーメン店のコンロの消し忘れから出火して強風で火の粉が飛んで燃え広がって147棟が焼けたけれど、これは注意していれば防げた。シリア人の歌手のOmar SouleymanのKhayenという曲のSwick Remixバージョンは警報のギュモギュモいう感じの音を取り入れているので、この曲を聞くと楽しく防災の準備ができるかもしれない。●政治の責任本来防げたり被害を小さくできたはずの災害を防げなかった場合は人災の部分がある。ハワイの火事では80機あったサイレンが一切稼働しなかったことが避難の遅れにつながったけれど、防災当局のトップがサイレンを作動させなかったことは問題ないと発言して辞任したし、ハリケーンが来ているときに送電を続けたとして電力会社も批判されている。何割が天災で何割が人災なのかはっきりは言えないけれど、早期にサイレンを鳴らして緊急事態として送電を止めていれば被害を小さくできた可能性がある。2021年の熱海市伊豆山土石流災害では役所に盛土の危険性を忠告した土木作業員がいたにもかかわらず、役所が何年も対策しなかったせいで大雨で違法盛土が崩れて土石流が起きて28人が死亡した。これは役所が早期に適切に対処していれば防げた人災である。いくら条例があったところで権限がある役所が動かないことにはどうにもならない。新自由主義と防災は相性が悪くて、維新の会が改革と称して公立病院の予算を減らした大阪がコロナ禍で一番被害が大きかったように、小さな政府は面倒を見ないから災害が起きても自己責任で対策しろというやり方では大規模な災害に対応できないし、予算を節約して得するどころかむしろ被害を広げて損してしまう。個人で対応できない事態に対応するために国や自治体があるのだから、防災に関しては新自由主義の考え方をしてはだめである。・防災予算の使い方防災が大事とはいえ、公共事業は無駄や利権として左翼に批判されがちで、普段使わない設備に膨大な予算をかけるわけにもいかない。じゃあどうすればいいのかというと、そもそも災害が起きやすい場所に住まなければよい。市場原理だと川のそばとかの災害が起きやすい場所は地価が安くなるので人が集まりやすいけれど、その人たちの防災や救助のために膨大な予算が必要になったり保険料が上がったりして他の人の負担が増えるのでは本末転倒である。そもそも災害が起きやすい場所には住まないようにするほうが合理的だし、防災は市場原理に任せずに役所が仕切るほうがよいと思う。首長がアホだったらどうしようもないけれど、それはそういうアホな政治家を選んだ市民の責任である。それになるべく効率が良い防災対策をするにこしたことはない。ダムや護岸工事は費用こそかかるものの、いったんちゃんとしたダムや堤防を作れば数十年は水害を防げるので、川が氾濫するたびに低予算でしょぼい堤防を作り直すよりましである。江戸川や荒川の周辺はもう大勢人が住みすぎていて他の地域に移住させることもできないので、東京を首都のままにしておくつもりなら巨額の費用をかけてでもスーパー堤防で川を決壊させないようにするのはよいと思う。防災にいくら予算をかけるのが適正なのかは、災害の頻度や規模と災害が起きたときの原状回復にかかる費用を照らし合わせて決めればよいだろう。総工費2300億円の首都圏外郭放水路はちゃんと洪水対策として機能していてインフラツーリズムとしても活用されているのだから、予算額だけみて無駄と決めつけるのはよくない。地下シェルターは台風や地震や戦争のときの避難所として使えるし、役所が地震や爆撃で壊れたときの臨時指令室としても使えるし、普段は防災用品の備蓄倉庫としても使えて汎用性が高くて長期間使えるので、政令指定都市では単なる防災対策としてだけでなく戦争時の対策としても地下シェルターを充実させた方がよいと思う。ウクライナのオデーサの地下の石切り場はシェルターに改造されて、1200人が2週間生活できる設計の空間とかがあるそうな。●フィクションと災害火事、噴火、地震、台風、津波とかはフィクションのネタにもなっている。映画だと『タワーリング・インフェルノ』、『バックドラフト』、『ボルケーノ』、『イントゥ・ザ・ストーム』、『ザ・ウェイブ』、『日本沈没』とかがあるし、アニメだと『東京マグニチュード8.0』がある。パニックの様子を見どころにするだけでなく、もしこんな災害が起きたらどうなるのか、生き残るためにどうすればいいのか、というifを展開することによって防災意識を高めると言う点でもこういうフィクションは社会的意義があると思うし、隕石が衝突したりして人類が滅亡するフィクションよりもスケールが小さいからといって面白さが劣るわけではない。極限の状態で人間の価値観が浮き彫りになるところも災害系フィクションの面白さになる。自己犠牲で他人を助けようとしたり、他人を犠牲にして自分だけ助かろうとしたり、学術的研究をやろうとしたり、職務放棄して逃げ出したり、どさくさに紛れて金を盗もうとしたり、生きることをあきらめたりして、命がけの状況で本音の価値観がぶつかり合うのが見せ場になるし、登場人物がキャラ立ちしやすくなる。こないだ映画について考えたのだけれど、日本は災害が多いわりには災害をテーマにした映画が少ない気がする。災害がテーマだと不謹慎とみなしてスポンサーが集まらないとか、災害を再現する予算がないとかの理由なんだろうか。しかしあまり作られていないということはまだそこに伸びしろもあるわけで、作ったら面白いんじゃないかと思う。台風で孤立した避難所で元配偶者や元上司と一緒になって浸水していく中で食料を巡って争うとか、老人や子供を助けるか見捨てるか争うとかの展開なら低予算で緊迫した場面が作れると思う。地下シェルターに避難したら浮浪者や謎の生物が住み着いていて備蓄が食い荒らされていたというホラーも面白いかもしれない。
2023.08.25
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私は普段はドラマは見ないのだけれど、『VIVANT』は1話1億円の予算をかけた割につまらないと話題だったので、TVerの見逃し配信で見てみたらやはりつまらなかった。普段ドラマを見ない私があれこれ言うのはおこがましいとは自覚しているものの、私のようなドラマを見ない人が興味を持たないようでは視聴率は上がらないと思うので、なぜつまらないのか考えることにした。●『VIVANT』のあらすじVIVANTとは一体…?敵か味方か、味方か敵か――遂に、冒険が始まるあらすじを調べようと思って公式ページを見ても1話目のあらすじがこれしか載ってなくて制作側に視聴者の興味を引く気がまったくなくて、こりゃだめだと思った。宣伝しないで話題作りする作戦だったらしいけれど、もう放送したんだからあらすじくらい載せればいいのに。1話目のあらすじは丸菱商事で1億ドル(TVerのあらすじには130億円と書いてあるけれどドラマ内だと140億円と言っている)が中央アジアの国に不正送金されたので堺雅人が金を取り返すために調査に行って砂漠を散歩して送金相手のおっさんにVIVANTがどうのこうのと言われて現地の警察に追われて阿部寛に助けてもらって大使館に逃げる話で、それから日本に戻って不正送金した社員を探す展開になる。●つまらなかったポイント・主人公っぽさがないそもそも会社が130億円を回収したいなら横領した疑いがある主人公に金を回収させようとしないで優秀な人を集めて調査チームを作るなりすればいいのにぱっとしない主人公が一人でうろうろ行動していてやる気が見えないし、主人公に有能さが感じられなくて視聴者を引き付ける魅力がないし、自発的に行動する主人公の物語を描いているというよりも事件に巻き込まれた脇役が驚いて右往左往している様子を延々と見せられているようで、主人公が物語をけん引する原動力になっていない。阿部寛が行動を仕切っていて、堺雅人は主人公なのに阿部寛に従うだけになっている。4話の終盤からようやく堺雅人がオラオラ系になって独自に動き始めるけれど、展開が遅い。・登場人物同士の化学反応が起きないドラマだと登場人物同士が反発したり協力したりする掛け合いが面白い部分で、『今日から俺は!!』とかが典型的で、性格が違う三橋と伊藤が意見の不一致で喧嘩しても最終的には協力して友情を深めるという展開でそれなりに面白いエピソードになる。しかし『VIVANT』では堺雅人は堺雅人のままで、阿部寛とドラムはお助けキャラのままで、敵の警察官は敵のままで、登場人物同士の距離感があまり変わらないので掛け合いの面白さがない。5話になって敵の警察官が阿部寛と組んだけれど、変化が起きるのが遅い。・演出が古臭い警察に追われて逃げる時に車がぶつかるシーンを別のアングルからリプレイするのは昭和の感性で、金をかけたんだよと主張しているようでダサい。ベストショットを1回映せば十分である。そこは物語では重要な部分でないので強調する意味がないし、アクションを映したいなら物でなく人を映さないと面白くないので、ドラマとしての勘所を外している。ハリウッド映画でもっと派手にカーチェイスして車が崖から飛んだり衝突して何回転もしてひっくり返ったりするシーンを見慣れているし、『西部警察』でもっと派手な見せ場があるし、車が何台かゴチゴチぶつかった程度では面白いとは思わない。何の工夫もなしにただ無人の車を壊しただけでは既視感がある劣化版にしかなっていないので中途半端にお金をかけても無駄で、やるなら何か新しいことをやらないと見せ場にならない。テレビマンの感覚が世間の感覚からずれている部分は誰かがダメだししないと直らないと思う。冒頭の砂漠を歩くシーンから時間をさかのぼってもう1回同じシーンを繰り返すのも冗長で、普通に時系列順に話を展開するほうがわかりやすい。・鬼ごっこが長い1話目の後半はずっと警察から逃げているばかりで飽きる。無実の人が警察官から逃げる展開はハリソン・フォード主演の『逃亡者』とかで既にやっているのでなんとなく既視感があるし、鬼ごっこを見たいわけではないのでさっさと話を進めてほしい。・字幕を見るのがしんどい『VIVANT』は外国でのロケが見どころのようで砂漠がきれいで動物がたくさん出てくるのは良いけれど、その一方で登場人物が外国人だらけでセリフも外国語なのは物語の展開がわかりにくくなる。それに字幕を読んでいると画面の下の方に目線が行くので映像が印象に残らなくなる。大きなテレビで見るならまだしも、小さい画面で字幕を読むのは疲れる。・VIVANTが何なのかわからないVIVANTが何を意味するのかを探るだけで最初の2話を使ったけれど、VIVANTが別班を意味するらしいとわかったところで、別班って何なのさと別の疑問がでてきてしまって視聴者の疑問を解消していない。そもそも私はVIVANTが何だろうが130億円がどうなろうが別班が何をしようが所詮は他人事なのでどうでもいいし、その他人事に興味を持たせるような工夫がない。それに別班だのなんだのと話を大げさにしたせいでかえって登場人物の感情の掘り下げが雑になって登場人物たちに共感できなくなってしまった。1話ごとにエピソードが完結するドラマに比べたらやたらと長い前置きを見せられたような感じでカタルシスがなくて、派手な展開な割には続きを見たいと思うようなヒキがない。・のびしろがなさそうたいていのドラマは視聴者を掴むために1話目に気合を入れて個性豊かな仲間たちを登場させたり主人公の邪魔をする障害を用意したりして盛り上げようとする。黒人が裏切ったと思ったら裏切ってなかったり、警察に追われたけれど逃げ切ったりして、一通り盛り上がる展開をやったのに微妙だったら続きを見てもこれ以上面白くならなそうな予感がしてしまう。130億円を取り戻したところでマイナスがゼロになるだけでプラスになる部分がないのでどうでもいいし、2時間の映画ならまだ見れるけれどドラマで何時間もこの展開の続きを見たいという気が起きない。2話目の子供を助ける展開が不正送金とあまり関係なくて脱線気味で地味で冗長で、私はそこで飽きていったん脱落してしまった。もっとサクサク展開していたら視聴率が上がったかもしれない。●面白かったところもあるよ1話でヤギの大群をズンドコ追い立てて警察をブロックしたり、3話で軍隊が出てきてズンドコ大砲を撃ったりするあたりは日本のドラマや映画であまり見たことがないズンドコぶりでよかった。しかし日本に戻ったら一転して地味になって普通の刑事ドラマっぽくなってしまって「冒険」風味が薄れて、テイストにむらがあって魅せ方を詰め切れていない感じでもったいない。ハッカーがテロ組織の陰謀を捜査する話は『BLOODY MONDAY』で既にやっているし、そっちに寄ったら外国を舞台にする必然性が乏しくなる。●1話1億円使えるならどんなドラマを作れるのか映画の『CUBE』が1億円以下の予算で作れたのだから1億円の予算があったらやりたいことはたいていできそうだけれど、どんなドラマが作れるのか頭の体操として考えてみることにする。『美蛮島』別班の陰謀で130億円が不正送金されて犯人グループがいる東南アジアの島に調査に行ったら全裸の殺人鬼が跋扈する危ない島だったので全裸で丸太を振り回して戦うのだった。お金をかけて俳優を脱がせて毎回俳優のヌードシーンがあるのが見どころ。『ビバ番頭』江戸時代の商家の丁稚から出世して番頭になってようやく金を自由に使えるようになったので遊び惚けてしまって別藩の陰謀に巻き込まれるのだった。お金をかけて江戸時代の豪奢な遊びを再現するのが見どころ。『BIGBANG逃亡』別班の陰謀でBIGBANGが130億円を不正送金した容疑で指名手配されたので、ファンたちが協力して逃亡を手助けするのだった。お金をかけて韓流アイドルを起用するところが見どころ。『パパン』離婚した男が130億円を横領して子供との面会日に大金を使って有名人を呼んでサプライズして子供の気を引こうとしたら別嬪の陰謀に巻き込まれるのだった。お金をかけて毎回豪華なゲスト(大谷翔平や小室圭やイーロン・マスクとかのドラマに出なさそうな人)を呼んで恥ずかしいセリフを言わせたり無茶ぶりでアドリブをさせたりするのが見どころ。『ブブン』暴走族たちが全国制覇するために全日本コール選手権で優勝することを目指すのだった。お金をかけて様々な単車を何十台も揃えて毎回違うコールが聴けるのが見どころ。『アカン』ネタ切れしたディレクターがディズニー映画のパロディーをしたら膨大な著作権使用料を請求されてしまうのだった。お金をかけてディズニーに喧嘩を売るのが見どころ。私がドラマを作った方が『VIVANT』よりも面白くなる可能性がなくもないので、誰か私にうっかり130億円を送金するとよいよ。
2023.08.13
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最近は年間500万円の授業料を取る港区のインターナショナルスクールが家賃不払いの強制執行で閉鎖されて、授業料の返還もされていないのが話題になっている。そこでは幼児に英語と中国語の英才教育をするのが売りだったそうで、100人の児童がいたそうな。在日外国人で日本に仕事のために家族と滞在していて永住する気がない人が子供を一時的にインターナショナルスクールに預けるならまだわかるけれど、両親が日本語を話す日本人の幼児に英語の早期教育をする必要があるのか疑問である。というわけで語学学習について考えることにした。●語学学習の必要性最近はAIの機械翻訳の精度がかなり向上して、西武新宿駅で翻訳対応透明ディスプレイが使われたり、ポケトークとかの小型の翻訳ツールも市販されたりして、日常会話程度なら機械翻訳でも意思疎通できるレベルになっているけれど、それでも英語を学びたいと言う需要は大きいようで、学んでおけばよかったこととかのアンケートだと英語が上位に来ることが多い。中学から大学まで英語の授業があると思うのだけれど、学校での教え方が悪いのか英語ができない人がまだ多いようである。日本人が外国人と商談をするには英語が必要になるし、日本で働く外国人は建前上は日本語ができることになっているけれど実際は日本語を理解していない場合があるので十分にコミュニケーションをとるためにも英語が必要になる。●語学学習のタイミング語学学習の必要性があるにしても、学習のタイミングを間違うと効果的でない。母語を理解していない子供の頃に複数の言語を教えようとすると、どの言語も中途半端になるセミリンガル(ダブルリミテッド)の状態になってかえって言語能力が落ちる可能性がある。例えば日本人の親の転勤に付き合って幼児の頃に短期間外国で暮らして外国語を覚えかけたころに日本に戻った子供は言語能力が伸びなくなって学校で日本語の授業についていけなくなったりする。あるいは頑張って母語を英語にしたとしても外国に移住せずに日本で暮らし続けるつもりなら結局日本語も覚えないといけないし、日本語が不十分なままだと将来病気になった時に英語対応の病院や介護施設を見つけるのが難しくなるので、日本人として日本で暮らすつもりなら日本語を母語にするほうがよい。言語能力は中学生でピークになってそれ以上は成長しないそうなので、小学校で常用漢字を覚えて母語で十分に思考ができるようになってから語学学習に取り組むのがよいと思う。●語学学習の費用単語やイディオム程度ならネットで独学で学べるけれど、教科書なしで外国語の文法を理解するのは難しいし、ちゃんとした辞書がないとスペルや意味を間違って覚えかねないので、教科書や辞書の費用で数千円程度はかかる。中古の教科書や安いペーパーバックを買ったりすると多少節約できる。語学学習はある程度継続しないと忘れてしまうので、英会話教室に通ったり個人教師を雇ったりして外国語を使わざるを得ない環境に身を置くのもよい。だいたい月に数回のレッスンで1-3万円程度なので、継続しやすい値段になっている。外国への語学留学は国や滞在期間によって費用が違って最低でも数十万円かかるけれど、勉強に集中できるという点では効果は高い。しかし高い費用をかければ効果が高いと誤解してはいけなくて、学費数百万のインターナショナルスクールに通ったところで他の語学学校よりも優れているとは限らない。ある程度外国語を覚えたらlanguage exchangeで外国語を学びたい人同士がお互いに言葉を教えあえばネイティブの言葉を無料で学習できるけれど、相手がプロの講師ではないので当たり外れがあるデメリットがある。●語学学習のメリット・ソースの増加大学生レベルの英語が読めたり聞けたりするようになると世界中のソースにアクセスできるようになって、使えるソースが大幅に増える。例えばProject Gutenbergで著作権が切れた英語の本が無料で読めたり、YouTubeでアメリカの大学の講義やシンポジウムを見れたり、世界各国の英語版ニュースサイトで日本で報道されていない事件を知ったりできる。私はYouTubeの大学の講義の動画を暇なときに見ているけれど、文系の分野はYaleCourses、理系の分野はMIT OpenCourseWareが講義が充実していておすすめである。YaleCoursesにはIntorduction to Theory of Literature with Paul H. Fryという文学理論の講義の動画があるので、アメリカの大学で文学理論をどう教えているのか知りたい人は見てみるとよい。・仕事の選択肢の増加外国語は覚えるのに時間がかかるけれど、そのぶん替えがききにくい人材になるので仕事の選択肢が増える。日本で働く場合は二か国語でネイティブレベルの語学力があると通訳や翻訳の仕事ができるし、ビジネスレベルの英語ができれば海外営業や貿易事務やインバウンド関連の接客業とかができるし、歴史や旅行が好きな人は通訳案内士というガイドの仕事があるし、運転が好きな人は外国人観光客向けの公認英会話ドライバーになれるし、クリエイターなら日本語圏よりもマーケットが大きい英語圏に進出できるし、弁護士が外国の弁護士資格をとれば国際弁護士として世界展開する大企業の顧問やM&Aとかの高額報酬の案件に絡むことができる。何かの専門職の人が外国語ができれば外国で働く選択肢も出てくる。刃物を扱う仕事は就職に強いと言われるように、民族料理とかの料理人は就労ビザが許可されやすくて寿司職人は外国で求人が多い。アメリカに行った日本人女性が長髪になるのはアメリカの美容師の腕が悪くて日本人の髪質を理解していなくて注文通りに仕上げられないせいだそうだけれど、不満があるところにはビジネスチャンスがあるので日本人の美容師が英語を覚えてアメリカで起業すれば在米日本人客を取り込めるだろう。英語が話せる看護師は世界中で需要があって、CNAのニュースを見ていたらシンガポールは人口が高齢化して外国人の看護師を募集しているそうで、インド人の看護師の応募が増えていて外国人看護師全体の2/3の4000人が年末までに雇用される見込みだそうな。シンガポールの看護師の収入を調べてみたら、勤続2年以下の新人の平均月収が3350シンガポールドル(1シンガポールドルを105円として換算すると35万円程度)、勤続20年のマネージャークラスになると8940シンガポールドル(94万円程度)だそうな。シンガポールが外国人看護師を大量に採用している一方で、日本で看護師を目指すフィリピン人の面接会を7月にやったら応募者がたった17人で過去最少だったそうで、日本で外国人看護師が働こうとすると日本語が必須なうえに雇用主が外国人を見下して代わりはいくらでもいると低賃金で長時間労働をさせて労働環境も劣るのでは高度技能を持った外国人の採用競争に敗れるのも当然と言える。もし円安が進んだら外国人が採用できなくなるだけでなくて英語ができる日本人も外国に出稼ぎに行くようになって国内の生産力が落ちて日本の衰退に拍車がかかるだろう。・言語能力の増加文法が全く違う言語を覚えようとすると、必然的に文章のどこに形容詞や副詞を入れるべきかという文章構成を意識するようになる。外国語の学習が母語の文章力を高めることにもなるので、小説家とかの文章を書く仕事の人は外国語を学ぶほうがよい。ミラン・クンデラがチェコからフランスに亡命してフランス語で小説を書いたり、アゴタ・クリストフがハンガリーからスイスに移住してハンガリー語で詩を書いても出版されなくて現地で売れるためにフランス語で『悪童日記』を書いたように、母語でない言語で小説を書いて成功した作家もいる。・異文化を理解するサピア=ウォーフの仮説(言語的相対論)という言語によって思考が影響を受けるという仮説がある。例えば雪が多い地域だと雹や霰や霙や粉雪やぼた雪みたいに雪の状態を表す言葉がいろいろあるけれど、雪が降らない地域ではその概念を表す言葉がないので雪国の人ほど雪について思考ができないかもしれない。サンスクリット語や古代ギリシャ語には能動態(する)、受動態(される)の他に中動態があって、動作主が道具や他人を洗ってやる場合は能動態で、動作主が自分の手足を洗う場合は中動態だそうで、こういう物事の認識の違いもその外国語を覚えないと理解しにくい。フランス語やイタリア語やスペイン語には男性名詞と女性名詞があるけれど、例えばフランス語の女性名詞を多用したフェミニンな詩をそのまま日本語に翻訳してもニュアンスは失われてしまうので、外国語の詩を理解しようと思ったらなるべく原書を読む必要がある。ナショナルジオグラフィック6月号のウクライナ特集で、「ウクライナ語はカッコ悪い方言だと思っていた」という大学生が戦争を機にウクライナ的なものへの関心が高まったと言っていたけれど、ロシアによる非ウクライナ化で失われなかったウクライナ的なものを外国人が理解するにはロシア語でなくウクライナ語を学ぶ必要がある。異文化を理解することで母国の文化を相対化して違いに気づくようになるので、母国についてより深く知ることにもつながる。・他の言語を学習しやすくなるマイナーな言語で日本語版の辞書がない場合でも英語版の辞書があることが多いので、英語を覚えれば他の言語も覚えやすくなる。私は外国の音楽をいろいろ聞いていて歌詞の意味を調べているうちにいろいろな外国語をちょっとずつ覚えたのだけれど、そうすると各言語のつながりも見えてくる。「いいえ」は英語だとnoで、フランス語やイタリア語はnonで、ポーランド語はnieで、ロシア語はnietで、「水」は英語だとwaterで、ポーランド語だとwodaで、ロシア語だとvodaで、「座れ」は英語だとsit downで、ポーランド語だとsiadajで、「自由」は英語だとlibertyで、イタリア語とルーマニア語だとlibertataで、「父」は英語だとpapaで、スワヒリ語とトルコ語ではbabaで、「はい」は英語だとyesで、ズールー語だとyeboで、「私」はフランス語だとjeで、クロアチア語だとjaで、各言語がどこか似ているところがある。単語や文法は違う部分が多いけれど、日本人が外国語を学ぶときはいったん英語を覚えてから他の外国語を覚えると類似点もあるのでゼロから覚えるよりは覚えやすいと思う。シュリーマンが自伝で18か国語を話せたというのは話を盛られているようだけれど、日常会話レベルなら数か国語を覚えるのは可能なので、暇な人は他の言語も覚えるとよいと思う。
2023.08.07
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