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1994年頃に発表した原稿をまとめた本。
「わが転向」は学生運動をする左翼を理解できたけれど考えが違うと思っていて、1972年に日本社会の大転換が起きて旧来の左翼が成り立たなくなって自分の考えと乖離していったので、左翼から右翼へ転向したわけではなく自分を「新・新左翼」と定義したという話。
「日本における革命の可能性」は二次産業は経済全体の3割に過ぎず、個人消費が国民所得の6、7割なのだから、景気回復の指標は設備投資より個人消費の増減に求めるべきで、経済は個人消費に支えられているのだからみんなで無駄遣いをやめれば政府をリコールして革命が起きる可能性があるよという話。
「都市から文明の未来をさぐる」は東京の都市論と出身地の月島の話。
●感想
現代社会はどうたらこうたらだからこうすべきだという類の本は出版してから何年かたってから読むとその人が時代をよく考察していたかどうかがよくわかるので、古い本を読むほうがかえって突っ込みどころが多くてある意味面白い。「日本における革命の可能性」で第三次産業を公共投資のメインターゲットにするべきだといっているけれど、「たとえば百貨店業界に、国家が無償で一千億円を貸与する。一千億円の配分は、百貨店協会の役員と政府責任者の合議に委ねればいい。デパートはそのお金で、仕入れに工夫を凝らしたり、売り場を改装したり、従業員の給与を増やしたりする。」(p37)というところは見通しが甘い。偉い人に大金を委ねて使い道を考えてもらおうなんていう性善説的な考え方は泥棒に追い銭をやるのを推奨するようなもんで、左翼とは思えないほど政府や資本家を信用しすぎているように見えるし、自分の懐が痛むわけじゃないから無償で一千億円を貸与だのという無責任なことが言えるのだろう。今では日銀の黒田総裁がいくら金融緩和をしようがトリクルダウンが起きず、偉い人の役員報酬と企業の内部留保は増えても従業員の給与は増えず景気も良くならないと実証されてしまったし、リーマンショックやら東日本大震災やらで中流階級が振り落とされていってもはや日本人は総中流でさえなくなり、労働集約型の三次産業は労働者を使い捨てにする長時間労働低賃金の惨事産業になってしまった。二次産業に公共投資するか三次産業に公共投資するかの問題ではなく、どの産業に投資するにせよ資本家に中抜きされてしまっては個人消費は増えないので景気刺激策としては意味がないのである。それに著者が言うように三次産業に投資したところで研究開発がされるわけでもないので長期的な経済発展にはつながらないし、デパートの仕入れに工夫を凝らすにしても、設備投資と技術開発がなければ独自の商品は仕入れられない。たとえばニットだと島精機製作所の機械でニットを立体的に編むホールガーメントが高級ブランドに採用されて好調だけれど、島精機製作所は二次産業である。第三次産業に投資すれば個人消費が増えるというのは短絡的な考え方に見える。
吉本隆明って昔流行したらしくて帯に「思想界の巨人による、率直無比な自己表明」と書いてあるけれど、経済に関しては素人の私でもこれじゃだめだろうと思うような論旨を展開していて、こんな程度で思想界の巨人扱いされていたのかとびっくりした。思想界の巨人がこの程度の思想しかなかったんなら社会がよくなるわけないではないか。もう死んだ人に文句を言ってもしょうがないのだけれど、発言力がある立場の人が晩年に手を抜いた仕事をしていたというのは残念。
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