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芥川賞の候補作になった古市憲寿の「百の夜は跳ねて」は徹夜麻雀してハネマンになる話ではなくて高層ビルの窓拭きの話だそうで、参考文献として木村友祐の「天空の絵描きたち」という高層ビルの窓拭きについて書いた小説を挙げている。そのことで選考委員の山田詠美、川上弘美、吉田修一、堀江敏幸から酷評されているようである。川上弘美は「古市さんのおこなったことは、ものを創り出そうとする者としての矜持に欠ける行為であると、わたしは思います」と創作姿勢そのものを批判している。木村友祐は「窓拭きの細部以外は、ぼくの作品と古市さんの作品は別のものです。」と言っているので、盗作には当たらないし、選考委員も盗作とは言っていない。ではなぜこれほどぼろくそに批判されたのか。私は「百の夜は跳ねて」も「天空の絵描きたち」も読んでいないけれど、酷評されるような小説が賞レースの候補になること自体がおかしいので、これについて考えることにした。
●参考文献の何がダメなのか
小説の参考文献として別の現代の小説を挙げるということ自体がまず純文学としてはおかしい行為である。引用するために参考文献として挙げたわけでもなさそうなので、古市がなぜ小説を参考文献扱いしたのかよくわからない。モチーフが似てるけど参考文献に挙げてるから盗作じゃないし問題ないよねという感覚なのだろうか。
昔なら芥川龍之介や井上靖のように外国の古典を翻案して日本語の小説として日本人に紹介するのは小説としてのオリジナリティがないとしても文化的に意義がある行為だった。しかし現代は他の作家がすでに語ったことを別の語り口で語りなおしたところで価値はない。盗作か否かという問題ではなく、盗作でないとしても独自性がないものは芸術としての価値がないのである。木村友祐が「窓拭きの細部以外は、ぼくの作品と古市さんの作品は別のものです。」と言っても、窓拭きの細部が同じなら駄目である。堀江敏幸が「他者の小説の、最も重要な部分をかっぱいでも、ガラスは濁るだけではないか」というように、細部どころか重要な部分を流用したのならなおさら駄目である。作家が現実を見る眼を持たずに、小説を参考にして小説っぽいものを書くのは芸術表現ではない。それをわかっていない人が知的な肩書がほしくて作家になろうとして、自分の表現ではない小説っぽいものを要領よくでっちあげて賞レースに参加するのが問題である。これは北条裕子の「美しい顔」も同様で、参考文献として記載すればよいというものではない。
選考委員は古市をよそからやってきたお客さんとして適当に褒めて気分よく帰ってもらうということもできたかもしれないけれど、そうしないで酷評するのはものを創り出そうとする者としての矜持があるからだし、こんなもの候補に上げるなという編集者へのメッセージかもしれない。芸能人や有名人が小説を書いてはいけないというわけではないけれど、小説にたいして興味がないくせに小説を金儲けの手段として利用することに反発はあって当然である。
●編集者は何をやっているんだ
●現代文学ってなんだ
ジャンル小説はジャンル特有の専門知識が必要だけれど、純文学はノンジャンルでやれるので、うわべを取り繕うのがうまくて中身がない人を呼び寄せているようである。そのせいか純文学はジャンル小説としては勝負できないSF風純文学やらファンタジー風純文学やらのエンタメもどきのスリップストリームの吹き溜まりになりつつある。じゃあそれはどんな読者にとって面白いのか。ジャンル小説が好きな読者は最初からジャンル小説を読むし、わざわざスリップストリームを読む理由がないではないか。
20世紀前半は大きな戦争があって世界中で独立運動が起きたり共産主義が台頭したり冷戦が起きたりした激動の時代だったので、時代の寵児というようなカリスマがある作家がいた。しかし現代の純文学作家は何をやってるんだろう。日本はバブル後に問題を先送りして失われた20年というくらい何もない状態だった。小説家が現代社会の問題に向き合わないで言葉いじりをしたり身の回りの出来事を書いたりしたところで、現代社会の問題に対処するのに必死な一般人はそんな小説は読まなくても人生になんの影響もない。現代文学というのが単に現代に書かれたというだけで、現代社会について書いていないなら、それは現代に読む必然性はないのではないか。現にほとんどの日本人は純文学を読んでいないし、芥川賞受賞作に興味を持つ人がいても作家のファンになってその後の作品を買い続けるというわけでもない。他人の日常を知りたいならエッセイを買わなくてもブログが見れるし、娯楽としてなら小説よりも漫画のほうが面白いし、何か珍しいものを見たいならYouTubeで外国の動画でも見ればよいし、現代文学は他のメディアが提供できない独自の価値を提供できていないのである。
現代社会を見る眼がない社会学者が小説を参考文献にして小説を書いたというあたりに今回の芥川賞の面白さがあって、古市こそ空っぽの現代を象徴している存在ともいえるし、逆説的に最高の現代文学を書いたともいえる。
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