| 壱 | 玉陵 (たまうどぅん) |
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第二尚氏王統の陵墓。沖縄独特の破風墓が3基連なっている。 |

| 弐 | 守礼門 (しゅれいもん) |
| * | 首里城に向かう最初の門です。この門は、沖縄では、かなり有名。 お土産にも必ず写真が載っている。 どこかで見たことがある。そう二千円札です。 私は今日までに二千円札を二回くらいしか見たことないので、チラッくらいしか知らなかったよー。 |
| 参 | 園比屋武嶽石門 (そのひゃんうたきいしもん) |
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国王が首里城を出て各地に巡行するときに、道中の安泰をこの石門前で祈願したそうな。 なにやら、テレビ局が来て撮影をしていたので、写真に撮るのをあきらめた。 またここでも世界遺産をじっくり見れず終いとなった。とほほ。 |

| 四 | 歓会門 (かんかいもん) |
| * | 首里城の城郭内に入る第一の正門である。尚真王時代(1477~1526)に創建された。別名「あまえ御門(うじょう)」ともいう。 |

| 五 | 瑞泉門 (ずいせんもん) |
| * | 「瑞泉」とは「立派な、めでたい泉」という意味。門の手前にある湧水「龍樋」にちなんで名付けられた。 |

| 六 | 漏刻門 (ろうこくもん) |
| * | 「漏刻」とは中国語で「水時計」という意味。駕籠(かご)の使用を許された高官でも国王に敬意を表し、この場所で下乗することから、別名「かご居せ御門(うじょう)」とも呼ばれる。 |

| 七 | 広福門 (こうふくもん) |
| * | 神社仏閣を管理する「寺社座」という士族の財産問題を調停する「大与座(おおくみざ)」という役所が置かれていた。現在は有料区域入館チケットの発売所となっている。 |

| 八 | 奉神門(ほうしんもん) |
| * | 首里城正殿のある御庭に入る最後の門。薬草・茶・煙草等を管理した「納殿」、城内での儀式等を執り行う「君誇」だった。別名「君誇御門」とも呼ばれる。 |

| 九 | 首里城正殿 |
| * | 左の画像の前方にある縞々のラインは御庭(うなー)といい、様々な儀式が行われた広場です。この縞模様は、儀式の際に位の順に立ち並ぶ目印の役割をもっていたそうだ。東西約40m南北約44m。正面の建物が「首里城正殿」で、1992年に復元されたものです。中の様子は、入ってみてのお楽しみということにしておきますね。 |

| 十 | 首里城南殿 |
| * | 画像右側にある二階建てが南殿(なんでん)です。年間を通じて行催事などが行われ、薩摩藩の接待所としても用いられた。現在は、王朝時代に制作された美術工芸品などを中心に展示を行っている。画像には写っていないが、その右に平屋建ての「番所(ばんどころ)」がある。首里城へ登城してきた人々の取次ぎを行っていた。現在は南殿同様に展示室となっている。(中の様子は、写真撮影禁止のため、画像はありません) |

| 十壱 | 首里城北殿 |
| * | 画像左側にある建物が北殿(ほくでん)です。重要案件を詮議した政務の中枢期間であり、冊封使(さっぽうし)を歓待した場所でもあった。冊封使はここから御庭の舞台を楽しんだという。冊封使(さっぽうし)・・・新国王が誕生すると、中国から冊封使と呼ばれる皇帝の使節が来琉し、その就任を認める儀式が執り行われた。現在、北殿は、展示コーナー、映像コーナー、展望広場、売店、休憩コーナーになっています。 |


| 十弐 | 右掖門(うえきもん) |
| * | 久慶門の東側にある、御内原への通用門として使用された。 |
| 十参 | 久慶門(きゅうけいもん) |
| * | 主に女性が使用されたと言われる首里城北側の通用門。現在は城郭内観覧順路の出口となっている。 |




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