SHURI

Shurijo Castle Park 首里城公園

首里城公園には色々な見学コースがあります。
ここは私の見学した順番で紹介して行きます。
時間の関係で見逃した箇所が幾つもあります。
次回のお楽しみにしたいと思ってます。

 玉陵  (たまうどぅん)
*    世界遺産
第二尚氏王統の陵墓。沖縄独特の破風墓が3基連なっている。
最初、タクシーの運転手に、「ここが、たまうどぅん」と言われたときに、 「は!?卵うどん?」と聞き返してしまった(笑)だって、そう聞こえたんですもの。ほほほっ。
玉陵と書いてたまうどぅんと読む。お勉強になりましたねー。
画像がないのは残念ですが、首里城を見たあとに、行ったらもう閉館してました。
第二尚氏王統のお墓だそうです。沖縄独特のお墓が3つあるようです。
見れなくて残念でした。
守礼門

尚清王時代(1527~1555)に創建。門に揚げられている額には「守礼之邦」と書かれており「琉球は礼節を重んずる国である」という意味である。
 守礼門  (しゅれいもん)
* 首里城に向かう最初の門です。この門は、沖縄では、かなり有名。 お土産にも必ず写真が載っている。 どこかで見たことがある。そう二千円札です。 私は今日までに二千円札を二回くらいしか見たことないので、チラッくらいしか知らなかったよー。
 園比屋武嶽石門  (そのひゃんうたきいしもん)
*    世界遺産
国王が首里城を出て各地に巡行するときに、道中の安泰をこの石門前で祈願したそうな。 なにやら、テレビ局が来て撮影をしていたので、写真に撮るのをあきらめた。 またここでも世界遺産をじっくり見れず終いとなった。とほほ。
歓会門(かんかいもん)
 歓会門  (かんかいもん)
* 首里城の城郭内に入る第一の正門である。尚真王時代(1477~1526)に創建された。別名「あまえ御門(うじょう)」ともいう。
瑞泉門(ずいせんもん)
 瑞泉門 (ずいせんもん)
* 「瑞泉」とは「立派な、めでたい泉」という意味。門の手前にある湧水「龍樋」にちなんで名付けられた。
漏刻門(ろうこくもん)
 漏刻門 (ろうこくもん)
* 「漏刻」とは中国語で「水時計」という意味。駕籠(かご)の使用を許された高官でも国王に敬意を表し、この場所で下乗することから、別名「かご居せ御門(うじょう)」とも呼ばれる。
広福門(こうふくもん)
 広福門 (こうふくもん)
* 神社仏閣を管理する「寺社座」という士族の財産問題を調停する「大与座(おおくみざ)」という役所が置かれていた。現在は有料区域入館チケットの発売所となっている。
奉神門(ほうしんもん)
 奉神門(ほうしんもん)
* 首里城正殿のある御庭に入る最後の門。薬草・茶・煙草等を管理した「納殿」、城内での儀式等を執り行う「君誇」だった。別名「君誇御門」とも呼ばれる。
いよいよ首里城の中へ(これより有料区域)

城の中へ入るには、入館料大人800円かかります。外から見る分には無料です。
首里城正殿(しゅりじょうせいでん)
 首里城正殿
* 左の画像の前方にある縞々のラインは御庭(うなー)といい、様々な儀式が行われた広場です。この縞模様は、儀式の際に位の順に立ち並ぶ目印の役割をもっていたそうだ。東西約40m南北約44m。正面の建物が「首里城正殿」で、1992年に復元されたものです。中の様子は、入ってみてのお楽しみということにしておきますね。
首里城南殿(しゅりじょうなんでん)
 首里城南殿
* 画像右側にある二階建てが南殿(なんでん)です。年間を通じて行催事などが行われ、薩摩藩の接待所としても用いられた。現在は、王朝時代に制作された美術工芸品などを中心に展示を行っている。画像には写っていないが、その右に平屋建ての「番所(ばんどころ)」がある。首里城へ登城してきた人々の取次ぎを行っていた。現在は南殿同様に展示室となっている。(中の様子は、写真撮影禁止のため、画像はありません)
首里城北殿(しゅりじょうほくでん)
十壱  首里城北殿
* 画像左側にある建物が北殿(ほくでん)です。重要案件を詮議した政務の中枢期間であり、冊封使(さっぽうし)を歓待した場所でもあった。冊封使はここから御庭の舞台を楽しんだという。冊封使(さっぽうし)・・・新国王が誕生すると、中国から冊封使と呼ばれる皇帝の使節が来琉し、その就任を認める儀式が執り行われた。現在、北殿は、展示コーナー、映像コーナー、展望広場、売店、休憩コーナーになっています。
首里城正殿アップ 首里城正殿の屋根
左上: 首里城正殿。アップ。首里城は琉球の建築技術・美術工芸の粋をあつめる作品でした。木工、石造、彫刻、焼物、漆芸などの技術が随所に活かされている。たとえば琉球漆器と作るときの技術が、建物の塗装工事に活かされているというふうなので、すごく豪華!
右上: 首里城正殿の屋根。正殿は琉球王国最大の木造見物で、国王の象徴である龍が33体棲んでいるそうだ。屋根にも居ました。
左下: 首里城正殿の正面階段の脇の手すり。これはシーサー!?龍ではなく獅子と思われる。
右下: これの豪華版が有料展示室にありました。これは、傘です。位の高い人が出掛けるときに傘の役目をするものらしい。国王の傘は、これより超豪華でした。江戸時代、琉球王国は「謝恩使」(国王の代替わりごとにその報告のための使節団)と「慶賀使」(徳川幕府の将軍の就任ごとに祝賀のための使節団)を派遣することを義務付けられていた。この二つの使節団を「江戸上り」と総称。首里から江戸までのルート図や、絵が北殿にパネルによって解説されています。この絵の中に傘を持っている人がいるので、江戸上りの時に使われていたと思われる。
正殿の階段の手すり傘
十弐  右掖門(うえきもん)
* 久慶門の東側にある、御内原への通用門として使用された。
十参  久慶門(きゅうけいもん)
* 主に女性が使用されたと言われる首里城北側の通用門。現在は城郭内観覧順路の出口となっている。
右掖門から見た久慶門と歓会門
右掖門から見た久慶門(右)
歓会門(奥)
デイゴの木デイゴの花
久慶門(きゅうけいもん)を出てすぐの道の反対側にあるデイゴの木。





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