庵理恵の私的書物

庵理恵の私的書物

追憶


山々を黄色に染めるセイタカアワダチソウが、風に揺れている。
緑や水色に囲まれた、田舎のありきたりな景観は絵葉書のようで、妙に明るい。日がとっぷりと暮れだすと、それはあっという間に消え去り、別世界のようになる、、闇なのである。

とある、町に向けて車を走らせながら、圭子は何かしら脳を思考させていた。3本目の煙草に火をつけ、赤信号でブレーキを踏み、ハンドルを握りなおしながら時計を見た。女のイライラは限界に近く、それを向ける解決する術は無かった。

周りの景色が重圧感を、それとなく、与えていた。次の信号を左に曲がると、足しげく通った海岸へ通じる道だった。あの男と繋いだ手、抱き合った情景が、脳裏をかすめた。と、同時に、ワスレラレナイ情景も蘇った。
青信号に気づき、慌ててアクセルを吹かした。左斜線の、車の運転手が怪訝な顔で、視線を送る。そ知らぬふりで、長い直線を一気に走りぬけた。

携帯が鳴る。片手運転しながら、彼女は目をそばめた。携帯の電源を切り、助手席に投げると、煙草をくわえた。郊外型スーパーが立ち並ぶ、この通りは、夕暮れは車で溢れている。5度目の信号に差し止められ、ウィンドー越しに子供の手を引いた主婦の姿を横目に見た。笑った顔が妙にかわいらしくて、子供ははしゃいでいた。
圭子も笑いながら、携帯を手にした。

「あ、トシヤ? あたし、今、中央通だけど、少し時間取れない? そう、、じゃ、いつものお店でね」

15秒ほどの会話をすますと、まっすぐと前を見た。

30分後には、助手席のトシヤと手を繋ぎ、駐車場で儀式めいたキスを交わした。
「随分、ご無沙汰だね、それに、急だね。」日に焼けた顔の目が笑ってる。「そうねぇ、いつも、こんな風ね、迷惑?」
「構わないさ、いつもの事だから、元気そうで良かった」
「そう?よかったわ、着信拒否されなくて、」
意地悪げに笑うと、彼も笑った。車を後にして、ダークブルーのお洒落な回転扉を押し開けると、いつもの、イタリアンレストランだ。眼下に広がる夜景が売り物のこの店は、客足が途絶えない。

一番の眺めのシートに掛けながら、圭子が言う。
「あのね、今夜、不愉快になったら、御免なさいね、先に謝っとくわ」
「意味深だね・・縁切りかな? 俺と?」
「そんな、はずないでしょ?」
「だね・・まあ、いいよ。お役に立てるならね」
「すこし、ほっとしたわ、お腹すいてきちゃった。オーダーしましょうよ。」
圭子が大きく手を上げた、彼は笑う。

「今夜はピアノ弾きがいるんだね、君って、気が利くね、、」
「演出がすきなだけかもよ、悪趣味かもね、」
「まあ、似たもの同志だろ、俺達」
ボーイが絶妙なタイミングで料理を運んできた。にっこり、笑いながらフォークで料理を口に運ぶ。

「今夜は、はじめてみる口紅の色だね、心境の変化?似合ってるけどさ」
「あ、そうだっけ?この間、買ったばかりよ、たまには浮気かしら」
「君らしいね」
コースも中盤に差し掛かって、ぼんやりしてた、その時、左手を不意に掴まれ、圭子の動きが止まった。
白く大きなヒロの手は震えていてた。
圭子の中では驚きが、嬉しさに変換され始めていた。

「こういう事か、君はこういう事が平気で出来るオンナなんだね」
「・・・」
「最低だな」
「そう、最低ね。でも、あなたに言われたくないわ」
「君もこのオンナに、遊ばれないようにな」
「不愉快だわ、彼には関係ないわ」
「お気の毒に、、」
トシヤは彼の手首を掴み。はらうと、ひとこと言った。
「僕にとっては最高さ」
ヒロは、振り返りもせず、店の出口に向かっていた、ひとりの女性が慌てて後を追っかけて行った。
周りのざわめきも、雰囲気も、圭子にとっては、心地よかった。
圭子の視線とトシヤの視線が絡まった。
「君といると、楽しいよ、最高だ。」
圭子は、笑った。
「だから、あなたが好きなのよ、きっと」
トシヤは頷きながら、
「二度とここに来れなくなったカナ?」と笑う。
「まさか、また来るわ、あなたと。。」

トシヤの車のシートに身体を埋めながら、夜の景色を、眺めている・・
見慣れた、追憶させる道、いつまで、続くのか、わからない。。
終わりが無いように圭子には思えた。
闇が全てを消し去り、何もかも、リセットしてくれるような簡単なものじゃないことを思いつつ。自分自身の記憶を呪わしく思いながら、誰かを必要とする自分にイライラしていた。

「最高だよ」
トシヤの言葉が呪文のように頭に響いて、安堵のまま、眠りに落ちた。















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