Music Majorであることについて

Music Majorであることについて

①Bio Majorの女

私が2003年の春セメにとっていたClass Voiceは、Music Majorじゃない人でもとれるので、いろんな専攻から人が集まる。

そのクラスで出会ったクラスメートの一人はBio Majorだった。

その子はピアノのクラス(これもMusic Majorでなくてもとれる)をとっていて、Music Minorを考えていると私に相談してきた。

ただ、その子のMusic Major(Minor)に対する考え方に非常に腹が立った。

なんでも彼女はBioのほかにPsychologyもMajorにしているらしく、本人曰く、かなり忙しいらしい。

彼女は私にこう相談してきた。

「Music Majorって大変?Minorはどうかな?私ダブルメジャーだからすっごく忙しいんだよね。あのさ、週1とかの練習で、それも何時間とかじゃなくて、ちゃっちゃとやって終わらせられるくらい簡単だったらMusic Minorにしようと思ってるんだ。私今ピアノのクラスとってるんだけどさ、他の勉強が忙しいからもしMinorにするとしたらMusicの方にはあんまり時間かけたくないんだよね。そんなに時間費やさなくてMinorにできるんだったらおいしいじゃん?」

・・・。

あきれ果ててしばらく返答に躊躇した。

とりあえず、

「いや、・・・大変だよ?Minorはどうか知らないけどMajorはかなり練習しないと無理だよ。つーかMinorでも絶対練習はすごい必要だと思うけどね。Class Voiceの先生(Doctorial Student)に訊いてみなよ。」

そのあと彼女はその先生にきいた。
当然先生も私と同じような答えを返す。

とりあえず私は彼女の、音楽を勉強するということをなめきった態度にむかついた。練習してなんぼのMusicじゃん?それを最初からそんな姿勢でいるなんて他のMusic Major、Minorにとても失礼である。

コーラスの元クラスメートで、Bio MajorでMusic Minorの友達がいるのだけれど、その子はちゃんと練習してるし、別に練習がいやだとか、グチをこぼされたこともない。今セメは何を弾くとか、お互いそんな話でもりあがる。

Musicianshipがあるかないかでだいぶ変わってくるなあと思った。


②Architecture Majorのスイートメイト

私のスイートメイトのうちの一人は建築学専攻で、やはり同じようにとても忙しい人らしく、部屋にいることが少ない。

それでもたまたまいるときがあって、私のルームメイトと話をしにうちの部屋にやってきたときがあった。

そして、一瞬うちのルームメイトがその場をはなれたときがあった。
彼女は私に話しかけてきた。

「うちのメジャーホントに忙しいんだよね。私もMusic Majorになればよかったわ。」

これはかなりの侮辱である。

あのー、Music Majorになったことがあるんですか?
なんでMusic Majorは忙しくないとそこまで自信をもって、しかもMusic Major本人の目の前でいえるのですか?

神経を疑った。

私はハッキリいって彼女とは仲良くない。
私は彼女のこと良く知らないし、向こうもまた私のことを良く知らない。

私が部屋に移り住んで間もないころ、ルームメイトがこう言ってきた。

「うちらのスイートメイトの○○はね、すごいのよ。建築学専攻でとても忙しい子だからあんまり部屋にいないんだけど、とってもいい子なのよ。スペイン語はなせるし、手話だってできちゃうんだから。」

・・・・・。

SO WHAT?

私が目の前にいるのに、ことわりもしないで勝手にわたしのものつかったりしたり、人の専攻をけなすような人、どう考えても“いい子”だとはとても思えませんが???

私だって建築学専攻になったことないからどれくらい忙しいのかはハッキリわからないけど、それでも今まで得た情報から判断すると、けっこう大変らしいということをきいている。

けど、自分の専攻と、人の専攻は比べたところでどうしようもない。
むしろ、比べるほうが間違っている。

それぞれ自分が一番やりたいことだから勉強してるわけで、確かにそれぞれの学部で大変さは微妙に違ったりするかもしれないが、魅力もまたそれぞれちがうのである。

この専攻はあの専攻より優れているとかは決してない、と私は思う。


③私に影響を与えた方々

Music Majorの中で、Undergraduateでは日本人は私一人っぽいが、日本人の院生はけっこういる。

あるフルート奏者の院生の方が言ったこと。

「Music Majorってさ、すっごい練習とかがんばってすごい時間費やしたわりに職ないよねー・・・。」

ピアノの方ではちょこちょこと伴奏とかで呼ばれたりするかもだけど、他の楽器はそうもいかない。オーケストラに入ってどうにか、という感じらしい。それもたくさんの人がオーケストラに入るためにオーディションを受けるからいいオーケストラになればなるほど、倍率は高くなり、受かる人数はひとにぎりらしい。

ピアノだってコンサートピアニストとしてプロで働くのは夢のまた夢のまた夢である。

だから安全策として、音楽教育をメジャーにする人がけっこういるのだ。
教える、となれば、プロ演奏者よりかは需要があるのだろう。

さらに大学で教授になるとしたら、修士号は必須で、博士号がのぞましいときてるんだから、大体みんな大学が終わっても上に進む。

大学をでてそこで勉強を終える、という人はここのMusic Majorでは少ないようだ。

ただ、アメリカはScholarshipとTeaching Assistantの制度が充実しているので、みんなこういうのを利用して経済的に負担を軽くして上に進むみたい。

私も実はそれを狙っているんだけど・・・。

まだわかんないや。


続いてピアノ専攻の院生の方が言ったこと。

「(なんかの話をしていて)・・・でもさ、すべての人がMusic Majorになれるってわけじゃないじゃない?例えば大学でいきなり音楽を専攻しようとしてもある程度の基礎や技術がないと楽器がカレッジレベルでできないわけだから無理だし、そう考えると限られてくるよね。私達が今例えばちがう科目(例えば人類学や政治学など)を勉強しようとしても、大変だろうけど特にこれといった下積みがなくてもやろうと思えばやれるじゃない?」

深く考えたことはなかったけど、そうかもしれない。

メジャーになるためにオーディションも受けなきゃいけないし・・・。

小さいころから続けてピアノを習わせてもらえたことになんだかとても感謝したくなった。


それでも音大のために厳しく音楽教育をうけたわけじゃないから、たまに他の生徒と自分の演奏に差を感じてしまうことがある。特に他の生徒が自分の弾いた曲を弾く、となるとどうしても差が目にみえてしまう。

それを同じMr. Hesterのもとで学んでいる友達に言ったら、

「君の演奏と俺の演奏でちがいがあるのは当たり前。それぞれの演奏がもつ魅力はちがうんだよ。自分の演奏をすればいいんだよ。」

といわれた。

この友達は練習をすごいするだけあって日に日に演奏がよくなっていく。
見習っている生徒の一人だ。

私が日本でついていた先生は、先生としてとても素晴らしい人であった。
なんせ、ピアノをやめたいと思う気に一度もさせなかったのである。

ピアノのコンクールの応募の話ももちかけてきてくれたし、親身になって相談も乗ってくれる人だった。

私の先生は厳しく音楽教育をたたきこむ人ではなかったが、感受性を大事にする人だったので、演奏をする際、キモチの問題をよく投げかけられた。

そして、その友達が言った上の言葉をよく口にする人であった。

私は今技術面で足りないところは山ほどあるが、それはこれからMr. Hesterと一緒におぎなっていけばいいことで、私が今までその先生と長い間築いてきたものは音楽をやっていく上でとても大切なことばかりであって、この経験なしには今の私はないだろう。

大学での練習では少しその音楽の大切さを考えることを忘れかける時があるが、やはり原点にもどって考える時間がないといけないと思う。

日本で教わってきた先生にも、Mr. Hesterにも、ホントに感謝している。

先生からのレッスンで学ぶものを吸収したら、あとは自分との戦いである。

誰の期待にこたえるとかではなくて、自分が満足できるかできないかである。


これからも私はいろんな人に影響され、又は影響していく立場になるかもしれないが、本当の意味でのMusicianshipを忘れないでやっていきたいと思う。


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