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田中美知太郎「ソクラテス」 1957年刊なのに、いまだに再版され続けています。 最近50年間の成果がどういうものかわからないのですが、2400年間のスパンでみるとまだまだ参考になるのでは・・・、なんといっても田中先生だし、と思って手に取る。1.ソクラテス問題 「ソクラテス問題」・・とは、 「ほとんど一体化されているプラトン的ソクラテスのうちから、 いわゆる歴史的ソクラテスを区別し出す」こと。・・技術的に極めて困難。 「ソクラテスの同じ一面が、ヘーゲルとキェルケゴール、ミルとニーチェでは、 正反対の解釈と評価を受けている。」2.ソクラテス像、推測の根拠 ・プラトンの作品 ・クセノポンの作品 ・アリストパネス「雲」 ・ディオゲネス・ラエルティオス「ギリシア哲学者列伝」 ・アリストテレスの作品 ・・その他、喜劇作品3.生活的事実 下世話な話として、 ・ソクラテスの経済状況 親の世代は裕福。 晩年は遺産はなくなっていたかもしれないが、生活程度を低くすれば暮らせた。 ・クサンチッペの悪妻伝説 「パイドン」ではいたって普通の女性。 ソクラテスの行動と対比させるため、デフォルメされすぎ。 まあ、年齢差30以上離れていること考えると、いまどき普通ですね~。 4.ソクラテスの哲学 「ソクラテスが「精神」(プシューケー)の名で呼んでいるものは、 このような自己自身にほかならないのである。 もしひとがいのちを失ったなら、全世界を得たとしても、何にもならない・・。 われわれも、もし自己自身を失ってしまうなら、 金銭や名誉を、どれほど積み重ねてみても、何の得るところもないであろう。」 ソクラテスにとっての「哲学とは、徳その他について談論によって、 たえず自他を吟味することに外ならなかった。」 ご指摘ごもっとも・・・でも、自分自身を失ってから考えようとし始めることがあまりに多い・・。 4.ソクラテスの死の理由 「ギリシア哲学者列伝」に、ソクラテスへの死刑の求刑理由が5つあること。(1)国家の公職を抽選で決めることへの批判。国家制度に対して青年が軽視することを招いた。(2)ソクラテスと交友関係にあったクリティアス、アルキビアデスが、 アテナイ国家に大きな害を与えたこと。(3)ソクラテスは、父親に対して非礼を働くことを教えた。ソクラテスとつきあえば、 父親より知恵のものにできると説いた。(4)父親ばかりでなく、他の近親者まで、尊敬するに当たらないものと信じこませた。 すなわち、病気の時は親よりも医者、訴訟の時は親戚よりも弁護士等に相談せよ、 といったことが咎められた?! (5)ホメロスやヘシオドスの詩を用いて「弱論強弁的な解釈」を主張した。 この中で、田中先生の説明だと、2.が一番の理由に思えます。 スパルタとアテナイの30年戦争=ペロポンネソス戦争、 一時休戦の状態があったようですが、その戦端を切って主戦論を説き、かつ、シケリアに出兵の後、 敗北したのは、ソクラテスの愛者であったアルキビアデスであり、 また、ペロポンネソス戦争がアテナイの敗北に終わった後の三十人政権の中で 独裁者として振舞ったクリティアスの教育者であったこと・・・と、 その結果、三十人政権が倒れた後の民主制の政権下、残った人々から たぶんに政治的な恨みを買ったためだと思います。 実際のところは、ソクラテス自身は、三十人政権下での犯人探しの中でも抵抗し、 あわや死刑を求刑されそうになっていたこともあり、クリティアスの支援者であるということが いいがかりであることはわかります。 それでも、ソクラテスの人生の中で、数少ない政治的な接触をした時は、 常に生命の危機を覚悟する必要があったこと。 一身の安全のために、正義を捨てるか。 それとも、正義を守り、正義のために戦うか。 ソクラテスとって「よく生きる」ことは、不正義の中ではなく、正義の中にあったこと。 だから、今回死刑を免れても、いずれ避けられないこと。 従容として死を受け入れたのは、その生き方の結果であったのだ、と。<目次>1.何をどこまで知ることができるか2.生活的事実3.啓蒙思想の流れに4.ダイモンに憑かれて5.デルポイ神託の謎6.哲学7.死まで
2007.05.31
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克元亮「SEの文章術」・・・文章力から思考力へ 技評SE新書、第10弾。 「IT業界の現場では、文章力が不足するばかりに、 「要件があいまいでテストケースが漏れた」、 「システム設計書がわかりにくいためプログラムの製造効率が悪い」など、 品質や生産性のトラブルにつながるケースがよくあります。 とかく技術力に注目しがちなIT業界ですが、 より成果をあげるためには、文章力、ひいては、論理的な文章を書くための 思考力を向上していく必要があります。」 と、「まえがき」にあるとおり、 1.正確な文章を書くこと 2.そのためのスキル=論理的な思考を身につけること の大切さとその育成方法を紹介しています。 特に、後者については、 「文章の作成スキルが低いことは、一見、言い回しが下手、漢字を知らないなどと いった表層的なレベルで捉えられがちです。 しかし実は、情報を論理的に構造化する思考力や読者視点に立つ共感力など 根本的な部分に問題があることが多い」 と、思考力・共感力の向上まで視野を広げて説明されており、 文章術のテクニックだけでないのが、とても良い。 「スーパーSE」の板倉さんも、 「読んでわからない文章など、いくら書いてもゴミにすぎない。 不良品を製造しているのと同様、なんの価値もない」 「『てにをは』も間違えるようなレベルでは、 問題の解析や仕様検討などはさせられない」 とバッサリ言われていたことを思い出しました。まさにその通り! でも、いまだに修行中ですね~(このブログも、『てにをは』の誤りだらけだし?!)。 最後に、参考図書が紹介されていたので、ご紹介・・・ 半分も読んだことないので、また手にとってみようかな。 <文章作法> 「超」文章法 野口悠紀雄 理科系の作文技術 木下是雄 「分かりやすい表現」の技術 藤沢晃治 伝わる・揺さぶる! 文章を書く 山田ズーニー<思考法> 考える技術・書く技術 バーバラ・ミント 論理トレーニング101題 クリティカルシンキング 入門編 ジョンソン&ゼックミスタ 知的複眼思考法 苅谷剛彦 ライト、ついてますか ワインバーグ → 以前紹介したコメントはこちら<読書法> 読書術 加藤周一 ・・この本、好きな方多いです。加藤さんの本、ほとんど読んだのですが、なぜかこの本だけ好きになれないのですね~。 ちなみに、私の好きな加藤さんは、こちら・・ 加藤周一「日本その心とかたち」 手に入れました!!! SEの読書術 技術評論社編集部編 → 以前紹介したコメントはこちら SEの読書術―「本質を読む」力を磨く10の哲学
2007.05.30
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藤沢令夫「プラトンの哲学」 冒頭、プラトン哲学、とりわけ国家論と政治思想を巡って、 プラトンを全体主義者として攻撃する論者と弁護する論者が入り乱れ、 第一次大戦後から第二次大戦後まで続く「30年戦争」があったこと。 → 佐々木毅さん「プラトンの呪縛」 ただ、そのプラトン像は、プラトンそのものというより、 アリストテレスのプラトン解釈と、 ハイデガーのプラトン解釈というバイアスがかかったもの。 ハイデガーの歴史的知識を通して、リチャード・ローティからジャック・デリダの 「奇抜きわまる変奏」が生まれた、と手厳しい。 「新プラトン派の哲学者たちは、事もあろうに、 「アリストテレスの著作をプラトンの著作への入門の手引きとする」ことを 教育の根本方針とした」という。 藤沢先生曰く、プラトン自身に帰れ、と。 また、ソクラテスとプラトンの思想の違いについては、 プラトン自身、ソクラテスの語った言葉を書き、整理しながら、新しい発見しつつ、 自身の哲学を深めていったことを考えると、 「プラトンの対話篇に表明されている思想のうちで、 これは「ソクラテスの」思想、 これは「プラトンの」思想と截然と区別して呼び分けられ」はしない。 プラトンの著作の時期区分 前期対話篇 「ソクラテスの弁明」「クリトン」「エウテュデモス」「プロタゴラス」 「カルミデス」「リュシス」「ゴルギアス」「ヒッピアス(大)」 「ヒッピアス(小)」「ラケス」「エウテュプロン」「メノン」 中期対話篇 「饗宴」「パイドン」「国家(厳密には第二巻以降)」「パイドロス」 「クラテュロス」 後期対話篇 「パルメニデス」「テアイテトス」「ソピステス」「ポリティコス」 「ピレボス」「ティマイオス」「法律」 藤沢先生のプラトン解釈・・ 「イデア」「プシュケー」、そして、哲人統治の理想がありますが、 とりわけ、「イデア」論が最初からあったわけではなく、 前期から中期を経て後期までを練り上げていく過程であったこと の説明がテキストを基に、説得的に説明くださっています。 前期対話篇の多くが、アポリアー(行きづまり)に陥ってしまいながら、 その過程が、のちのイデア的なものが念頭にありながら、 まだ明確なものになっていない状態でもがいていたこと。 このイデアが最初に語られたのが「パイドン」であり、 「国家」における3つのたとえ・・「太陽」「線分」「洞窟」の例で表わされたこと。 そして、「国家」においてイデア論をひとまず完成させた安堵感・幸福感が漂う 「パイドロス」・・といいます。 そうそう、「パイドロス」のこの幸福感、とってもいいです! ところが、「パルメニデス」において、このイデア論の欠陥に気づく。 この容赦ないダメだしの中で、プラトンがイデア論を捨てたという解釈をした人も いましたが、決してそうでないこと。テキスト中に、ダメだししたパルメニデス自身 が、この時点のイデア論がアポリアーにあったとしても、イデアがないといっている わけではないこと。 そして、「テアイテトス」で、知覚を徹底的に分析し、 その後のイデア論のための基礎固めを図ったのだ、と。 「場(コーラ)」の概念、アリストテレスの解釈からは抜け落ちていること。 ハイデガーの「自然万有」の見方への批判は、ソクラテス以前の哲学・・ こんにちまで続く「原子」論=<物>的存在至上主義のデモクリトス以前と 以後を分けて考えず、いっしょくたにしてプラトン批判している、といいます。 ・・・プラトンこそ、<物>だけでなく、<魂>との一体を指向してはずではないか。 ところで、 「ティマイオス」で語られるプラトンのコスモロジー、 なかなか魅力的です・・・早く読みたいな~。
2007.05.29
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「オープンソースカンファレンス2007 .DB」のご案内が届いたので、昨日からの流れでご紹介させていただきます。 6月23日(土) 10:00 - 18:30、京急蒲田駅の大田区産業プラザにて。 朝一番のセッション、 『オープンソースDB性能徹底比較! ~Firebird / MySQL / PostgreSQL~』 聞いてみたいですね~。以下、引用です。============================================================================ ☆★ セッション事前登録受付開始!! ★☆ 「オープンソースカンファレンス2007 .DB」のご案内 ============================================================================2004年から始まり、今回で 13 回目を迎えるオープンソース総合イベント「オープンソースカンファレンス」。昨年初開催し、大好評を頂いた「.DB(ドット デービー)」を今年も開催致します。「.DB」はオープンソースの中でも“データベース技術”にテーマを限定した、『スペシャルOSC』。データベース管理者・ユーザーなら知っておきたい、旬の最新情報をお届けします。皆様のご来場を、心よりお待ちいたしております。 オープンソースカンファレンス実行委員会────────────────────────────────────── ■□■--【オープンソースカンファレンス2007 .DB】--■□■ ★事前登録受付中!(無料)⇒⇒ http://www.ospn.jp/osc2007.db/ ★ ※"新規登録"メニューより、セッションおよび懇親会参加の事前登録ができます。 ※すでにユーザ登録のみされている方は、"登録変更"メニューより登録できます。日 時:6 月 23 日(土) 10:00 - 18:30会 場:大田区産業プラザ (PiO) 小展示ホール(東京・京急蒲田駅東口徒歩 3 分)主 催:オープンソースカンファレンス実行委員会 共 催:Firebird日本ユーザー会 / 日本MySQLユーザ会 / 日本PostgreSQLユーザ会参加費:無料(事前登録制)定 員:300名内 容:オープンソースデータベース技術の最新動向(展示・セミナー) ──────────────────────────────────────▼10:00 - 11:30 『オープンソースDB性能徹底比較! ~Firebird / MySQL / PostgreSQL~』講師:木村 明治(Firebird日本ユーザー会)・堤井 泰志(日本MySQLユーザ会)・片岡 裕生(日本PostgreSQLユーザ会)本当はどれが一番速いのか?それぞれの得手 / 不得手は?各ユーザ会協力のもと、多面的な検証結果を大公開、必見です!━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■オープンソースDBアップデート <お早めにご登録下さい。⇒⇒ http://www.ospn.jp/osc2007.db/register.php >━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━▼13:30-14:30 『PostgreSQL Updates』講師:調整中(日本PostgreSQLユーザ会)新バージョン PostgreSQL 8.3 のベータリリースが近づいてきました。8.1 以降の改良点をおさらいしつつ、8.3 で予定されている新機能、関連プロジェクトの動向、また国内外の PostgreSQL コミュニティの動きについて、最新動向をお伝えします。----------------------------------------------------------------------------▼14:30-15:30 『Firebird の最新動向』講師:加藤 大受(Firebird日本ユーザー会)最新版の Firebird 2.0.1、現在 α 版がリリース中の Firebird 2.1 の機能紹介および日本医師会 ORCA プロジェクトでの Firebird の活用事例をはじめ、Firebird を使った事例についてご紹介します。すでに Firebird を使っている方も、興味がある方も、これからメンテナンスに手間がかからないシステムを作りたい方にお勧めします。----------------------------------------------------------------------------▼15:45-16:45 『続:MySQL の日本語問題と解決策(仮称)』講師:堤井 泰志(日本MySQLユーザ会)先日の OSC でも取り上げられた MySQL の日本語問題。現状の課題整理から、さらに積極的な解決策により、快適な MySQL 利用環境を設定/構築する手法をご紹介します。
2007.05.29
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昨日紹介した、濱野 賢一朗・鈴木 友峰「オープンソースソフトウェアの本当の使い方」・・オープンソースソフトウェア、フリーソフトウェアの理念なり哲学といったところをあえて外されていたように感じたので、ちょっと本の紹介。積読のもので、まだ読んでないのですね~。リチャード・ストールマンさんの「フリーソフトウェアと自由な社会 Richard M.Stallmanエッセイ集」 ハッカー文化の最後に、リチャード・ストールマンさんが登場し、最後の灯を消さないため孤軍奮闘する様子、思わず応援していました! スティーブン・レビー「ハッカーズ」・・・・ハッカー倫理とその現在 リーナス・トーバルズ /デイビッド・ダイヤモンド「それがぼくには楽しかったから 全世界を巻き込んだリナックス革命の真実」 リーナス・トーバルズさん、リチャード・ストールマンさんとちょっと意見が違います。 そのあたりのことを含めて、こちらをご覧いただければ。 リーナス・トーバルズ&デビッド・ダイヤモンド「それがぼくには楽しかったから」グリン・ムーディ /小山裕司 「ソースコードの反逆 Linux開発の軌跡とオープンソース革命」 エリック・スティーブン レイモンド「伽藍とバザール―オープンソース・ソフトLinuxマニフェスト」・・なんで、楽天さんにないの?!
2007.05.29
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濱野 賢一朗・鈴木 友峰「オープンソースソフトウェアの本当の使い方」 ひさびさの技評SE新書の新刊、手に取りました。 非常にわかりやすい、オープンソースソフトウェア(以下、OSS)の入門書。 「まえがき」にも書かれていますが、 最初の3章にて、 なぜOSSが利用されるのか?、について、 普及の背景、利用者側・SIベンダー側双方のメリットを押さえ、 代表的なOSSと実システムへの適用状況を紹介しています。 第4章以降が、実際にOSSを活用できるシステムの適用範囲を説明しており、 頭の整理にとても良いです。 第4章にて、「OSSミドルを採用する際のキーポイント」として、 1.性能は十分か 2.信頼性は得られるか 3.システムの構築・運用に関するノウハウがあるか の3つのポイントをクリアしていることを挙げ、 さらに、「採用を決める際のポイントの最後は、それを使いこなす技術が採用する側に あるか」こと、と指摘されています。 その上で、性能面については、 DBサーバ(MySql、PostgreSQL)のベンチマーク例が丁寧に説明されています。 商用ソフト以上に、OSSの性能がチューニングによって大きく左右されること、 つまり、チューニングのスキルによって適用の幅が大きくことなることが、示されています。 さらに、スケールアップだけでなく、 スケールアウトの考察として、MySqlとPostgreSQLのそれぞれのクラスター構成と その際のベンチマークの結果も興味深い。 これらのポイントを押さえて適用を図れば、OSSの適用はとても有効、ということになります。 その一方、OSSの課題もきちんと挙げられており、 実際、これまでもユーザ部所管の案件には比較的気楽に提案できた一方、 大規模なシステムへ二の足を踏んでいた理由・・ 逆にいうと、この課題がクリアできれば適用範囲が広がることがわかるので、 今後、前向きな提案のための整理を積み上げていければ、と思います。<目次>第1章 なぜOSSが利用されるのか第2章 代表的なOSS第3章 広がるOSSの採用第4章 OSSミドルはどこまで使えるのか第5章 OSSの課題第6章 データで見るOSSの導入実績第7章 OSSを効果的に活用するには
2007.05.28
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佐藤哲也「サラミス」 「300(スリー・ハンドレッド)」が活躍した テルモピュライの戦いの後、 サラミスにおけるペルシア対ギリシア連合軍の海上の大決戦。 ヘロドトスの「歴史」などを基に、 「この海戦を、細大もらさず写し取ろうと試み、映画を凌駕する3Dの迫力を実現した、 ディープな視覚小説とでも呼ぶべき、奇想天外な戦記。」 とあるとおり、映画のショットを思わせる場面切替え、 背景描写と登場人物の議論、いきいきとして良かったです。 ギリシア連合軍、 スパルタのエウリュビアデスを総指揮官に、 コリントスのアデイマントス、 アイギナのポリュクリトス、 そして、アテナイのテミストクレスら、 20の国家とその指揮官による合議制。 意思決定の際は、議論そして票決が繰り返される。 ・・・たとえ、目前にペルシアの大艦隊が勢揃いしつつあったとしても。 みな一家言あるのですが、 やはり出色なのは、テミストクレス! 海戦に先立っての訓示ですが・・ まず海戦決定にあたっては、 「・・・我々は全員が一丸となってギリシアの自由のために戦うが、 敵はいずれもペルシアの王に隷属する者たちだ。 仮に勝利を得ることがあっても、その勝利から自由を得ることは決してない。 自由を賭して戦う者は強い。 しかし、隷属して戦う者が、同じ強さを発揮することはできなのだ。・・」 そして、戦闘直前での名演説・・・ 「アテナイ勢の諸君。 我々がいまここで何を選択すべきなのか、それを決めるのはわたしではない。 諸君の一人ひとりが決めることだ。・・ そしてこれが肝心なことだが、諸君が戦いの帰趨を定めると同時に、 戦いの帰趨によって諸君が何者であるかも定められるということだ。 それはいったい何者であるのか。 世の中には困難を前にして立ちすくむ者がいる一方、 困難に挑んで闘志を燃やす者がいる。 疲れ果てて逆境にあって悲嘆に暮れる者がいれば、 そこから這い上がろうと死力を尽す者がいる。・・・ 苦難を前に勇気を示した者は、立派な者として讃えられることになるだろう。 だが惰弱に走って持ち場を放棄した者は、役立たずとして蔑まれることになるだろう。 これは、この場に限った話ではない。 そのときに何者であったかが、その後に何者として見られるかを定めることになるからだ。 強い者と見られるか、弱い者と見られるか、 有用な者と見られるか、無用の者と見られるか。 勝者となって栄誉を掴むか、敗者となって恥辱を浴びるか。・・・ アテナイ勢の兵士諸君、諸君がよいと思うほうを選べ」 ・・・選べって、言われても?! 結論決まってるじゃん。 「そのときに何者であったかが、その後に何者として見られるかを定めることになるからだ。」 蓋し、名言ですね! プロジェクトにおいても、評論家は無用。 「ああすれば良かった」とか、「だからあの時、ああ言ったのに」という言い訳を許してはなりません。 ・・だったら、そうするようにどう行・言動したのか、ということを 常に問われているのだと思います。 そろそろ、ヘロドトスの「歴史」を読んでもよいかも・・・ と思いつつあります。
2007.05.28
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クセノポン「アナバシス ― 敵中横断6000キロ」 訳は、松平 千秋。 「アナバシス」って何? 「敵中横断6000キロ」って・・・なんか凄そう!! で、作者が、クセノポン! プラトンと並んで、ソクラテスの弟子の一人! ということで、読みました。 事実は小説より奇なり・・・ 冒険小説顔負けのなんとも凄い物語でした。 時代は、紀元前401年3月から、紀元前399年3月までの2年間のお話。 ペルシアの大王ダレイオスが病に臥し死期を悟り、 二人の息子を呼び寄せる。 兄は、アルタクセルクセス。弟は、キュロス。 ところで、兄はたまたま父親の元である現イラクにいたが、 弟のキュロスは、現トルコのエーゲ海側を統治していたため、 かけつけた時は、父は亡くなり、兄が即位していた。 弟キュロスとともに駆けつけた腹心のティッサペルネスが、 新王アルタクセルクセスに、キュロスに謀反の志ありと訴えたため、 キュロスは捕らえられてしまう。 この時は、母親のパリュサティスの懇願で釈放し、任地に戻る。 当然、腹の虫が収まらないキュロス。 日頃仲良くしていたギリシア人の傭兵を味方につけて、 兄との決戦を企む。 しかし、当初はその意図は隠し、周辺の反抗的な部族掃討の名目で出陣する。 ギリシア人の指揮官は、スパルタから亡命し、ペルシアに庇護されていた クレアルコス。このクレアルコス、三度の飯より戦争好き。お金と暇があったら ゆっくり休む・・なんていう性格ではなくて、自ら傭兵をやとって周りを平定します。 で、トルコからアルメニア、シリアを経て、イランに入り、 キュロス軍とアルタクセルクセス軍の決戦。 キュロス軍は、 ギリシア重装歩兵1万400、軽装歩兵2500、 土着民部隊10万、鎌戦車20台 アルタクセルクセス軍は、 120万、鎌戦車200台、騎兵6000 書評にも書かれているので、書いてしまうと、 あっさり、キュロスとその腹心たちは命を落とす。 個別の戦闘では、ギリシア人部隊は善戦し、まだ負けたことを知らない。 ここまでで、第1巻が終わります?! 全部で7巻構成なので、あとの6巻は、この敵中深くからの撤退戦。 ・・関が原の島津の敵中突破よりもはるかに遠大です。 「イオニアのエペソスから戦場まで彼らが踏破した距離は、 93日の行程で535パラサンゲス、すなわち1万6050スタディオンであった。 戦場からバビロンまでは、360スタディオンであったという」 単位がよくわからないと思いますが、1スタディオン=約180メートル。 したがって、1万6050スタディオン=2889キロ。首都バビロンまであと65キロまで迫っていた。 第2巻において、戦闘においてギリシア人部隊の強さを痛感したペルシア側は、和平を申し出ます。 ギリシア人指揮官、クレアルコスも、3000キロの退却をペルシアの了解なしにすること困難 と判断し、クレアルコス自身と隊長を引き連れて、ティッサペルネスへ面会に行く。 なんと、その陣幕であっさり虐殺されてしまいます。 この時、虐殺された指揮官の一人が、プラトン対話編「メノン」のメノンでした。 クセノポン、相当このメノンが嫌いだったようで、散々な悪口雑言が述べられています。 プラトン「メノン 徳について」 第3巻、指揮官・隊長を皆殺しにされたことを知って、意気消沈して夕食もとらず 横になってしまうギリシア人たち。 「さて、部隊の中にアテナイ出身のクセノポンなる者がいた。」と、ここでクセノポン自身が登場します。 「俺としたことが、こうして寝ているとは何事か。 夜はどんどん過ぎてゆく。夜が明ければ恐らく敵がここに来るであろう。 もしわれわれが大王の手中に陥るならば、あらゆる苛酷な責苦に遭い、 数々の恐るべき仕打ちを加えられて、汚辱のうちに死ぬ外はあるまい。 それなのに、いかにしてわれわれの身を守るべきか、一人としてその準備や配慮をしている者は なく、われわれは今まるで呑気に構えていられる情況であるかの如く、横になって寝ているのだ。 それで、そもそも俺はこういう措置をとってくれる指揮官がどこの町から出て来てくれる 当てにしているのだろう。俺は自分の年齢がいくつになるまで待つというのだ。 万一今日、自分の身柄を敵の手に委ねることになれば、 俺はこれ以上年をとるわけにはゆかぬものだものな。」 この時、クセノポン、30歳ぐらいだった様子。 クセノポン、年齢の点もあり、明確な指揮官にはなりませんが、 1万3000余名のギリシア人を、鼓舞する演説を再三にわたって実施し、 部隊全部の窮地や自身への誹謗から身を守ります。 言葉による説得がいかに大切であり、有効であることか が、緊迫した局面で登場するので、ひりひりするほど強く伝わってきます。 クセノポン、哲学者というよりも、良き軍人でした。
2007.05.27
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USENさんから試写会のお知らせがあったので、 新宿で、映画「プレステージ」見ました。 「19世紀末のロンドン。若き奇術師アンジャーとボーデンは、中堅どころの奇術師ミルトンの元で修行をしていた。しかしある日、アンジャーの妻で助手のジュリアが水中脱出に失敗し死亡。事故の原因はボーデンの結んだロープが外れなかったことだった。・・・」 アンジャー役をヒュー・ジャックマン、 ボーデン役をクリスチャン・ベール、 マジシャンの助手をしていた妻を殺されたアンジャーが、ボーデンに対する復讐に燃え、 以降、復讐の連鎖が始まる。 映画の前に、クリストファー・ノーラン監督から、 結末は誰にも話さないでください、との字幕がありますが、 まさに見てのお楽しみ! 以下、ちょっぴりネタバレ気味なので、ご注意を! この映画、大きな画面で見る価値あり、です。 はっきり言って、一度目だと、謎解きを考える前に、ハラハラして終わってしまいました。 ちょっと・・というか、だいぶやられた気分一杯です。 アンジャーの瞬間脱出を謎を暴こうと、ボーデンが舞台裏に踏み込んだ瞬間、 ボーデンの目の前で、アンジャーが水中脱出に失敗し溺死。 ボーデンは、アンジャー殺しの罪に問われるところから、 物語は過去にさかのぼる。 スポーツの試合ではないのですが、 逆転、逆転、また逆転でした。 最初、登場人物の顔の違いがよくわからなくて、あらあらこれで大丈夫か? と思っていましたが、同じショットが何度も使われるので大丈夫?! ところで、デヴィッド・ボウイが、ニコラ・テスラに扮していました。 う~む、ひさしぶりに見たら、普通の地味なオジサンになってました?! ニコラ・テスラは、当時、エジソンの直流電流と対立し、 交流電流による電力事業を発明した技術者でちょっとエキセントリックなところもあったようなので、 こだわりの役どころとしては良かったのかもしれません。
2007.05.26
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ソクラテスとプラトン・・・「プラトン全集」 「ティマイオス」が未読ですが、 図書館で予約しましたが、時間がかかりそうなので、 プラトン・マラソンはいったん終了! これまでのエントリー、まとめてみました。 岩波書店の惹句・・「西洋の源には,いつもプラトンという巨峰が聳え立っている.正確にして明快な訳文と詳細にして周到な注解,さらには数年の歳月をかけて完成を見た類のない「総索引」をそなえ,30年以上にわたって揺るぎない評価を確立した決定版全集,待望の復刊.――プラトンには「哲学」のすべてがあり,ここにはプラトンのすべてがある.」 ------------------------------------------------------------------------■構成 全15巻+別巻1 田中 美知太郎,藤沢 令夫 編 〈 全巻の構成 〉●1巻 エウテュプロン 今林万里子 訳 ソクラテスの弁明 田中美知太郎 訳 クリトン 田中美知太郎 訳 パイドン 松永雄二 訳 こちらはどの作品も、文庫本で読みました。 エウテュプロン 山本光雄 訳 ソクラテスの弁明 三嶋輝夫・田中享英 訳 クリトン 三嶋輝夫・田中享英 訳 パイドン 岩田靖夫 訳 ●2巻 クラテュロス 名前の正しさについて 水地宗明 訳 テアイテトス 田中美知太郎 訳 ●3巻 ソピステス 藤沢令夫 訳 ポリティコス(政治家) 水野有庸 訳 ●4巻 パルメニデス 田中美知太郎 訳 ピレボス 田中美知太郎 訳 ●5巻 饗宴 鈴木照雄 訳 パイドロス 藤沢令夫 訳 ●6巻 アルキビアデス I 田中美知太郎 訳 アルキビアデス II 川田 殖 訳 ヒッパルコス 河井 真 訳 恋がたき 田之頭安彦 訳 ●7巻 テアゲス 北嶋美雪 訳 カルミデス 山野耕治 訳 ラケス 生島幹三 訳 「ラケス」は、文庫で読みました。 ラケス 三嶋輝夫 訳 リュシス 生島幹三 訳 ●8巻 エウテュデモス 山本光雄 訳 プロタゴラス 藤沢令夫 訳 ●9巻 ゴルギアス 加来彰俊 訳 メノン 藤沢令夫 訳 ●10巻 ヒッピアス(大) 美について 北嶋美雪 訳 ヒッピアス(小) 偽りについて 戸塚七郎 訳 イオン 『イリアス』について 森 進一 訳 メネクセノス 戦死者のための追悼演説 津村寛二 訳 ●11巻 クレイトポン 田中美知太郎 訳 国家 藤沢令夫 訳 プラトン「国家 正義について」上巻 プラトン「国家」 ソクラテス-ケパロスの老人論・お金の効用 プラトン「国家 正義について」下巻・・・初期・中期の総集編 ○12巻<未読>ティマイオス 種山恭子 訳 ティマイオスはいずこに クリティアス 田之頭安彦 訳 ●13巻 ミノス 向坂 寛 訳 法律 上巻 森 進一・池田美恵・加来彰俊 訳 法律 下巻 森 進一・池田美恵・加来彰俊 訳 ●14巻 エピノミス(法律後篇) 水野有庸 訳 書簡集 長坂公一 訳 「書簡集」・・・第一書簡~第三書簡(ディオニュシオス二世に) 「書簡集」・・・第四書簡~第十三書簡 ●15巻 定義集 向坂 寛 訳 正しさについて 副島民雄 訳 徳について 副島民雄 訳 デモドコス 副島民雄 訳 シシュポス 副島民雄 訳 エリュクシアス 尼ヶ崎徳一 訳 アクシオコス 西村純一郎 訳 付 文献案内 ●別巻 総索引 藤沢令夫 編 事項索引 固有名詞索引 主要ギリシア語索引 ギリシア語による項目検索表/諺一覧/年譜/地図 プロチノス「善なるもの一なるもの ―他一篇」・・・一者とは何か
2007.05.26
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プラトン「クリティアス」 訳は、田之頭安彦。 「世界の名著 7 プラトン 2」より。 「ティマイオス」「クリティアス」を収めているプラトン全集12巻、品切れ・重版の予定なし、 なので、 ひとまず「クリティアス」だけでも読むために、 「世界の名著 7 プラトン 2」をゲット。 登場人物は、ソクラテスと、 ティマイオス、クリティアス、ヘルモクラテスの4人。 「国家」の後に位置し、古代アテナイの善き国制を、 アトランティス王国とそのアトランティス王国の攻撃を撃退したアテナイについて、 登場人物が順に語った3部作になる予定だったようですが、 「ティマイオス」のみ完結、 「クリティアス」は、30ページほどで未完のまま、プラトンが亡くなったため、 「ヘルモクラテス」は、執筆されずじまい。 このアトランティス・・「地震によって海底に没し、泥土と化し」てしまっている。 でも、かつては、アフリカ大陸やアジア大陸より大きかった。 かつて、アトランティスの人々は、神の性(さが)を持ち、 ・・・「非のうちどころのない高邁な精神の持主だったので、徳以外のものは全て軽視し、 諸財に重きをおかず、黄金その他の所有物件のような、いわば人生にとってたんなる重荷 にすぎぬようなもににも容易に耐えて・・」・・身を滅ぼすことはなかった。 のちに、「人間の性が優位を占めてくると、とうとう財の重荷に耐えかねて、 見苦しい振る舞いをするようになり、・・・「破廉恥な奴ばらよ」と思われるように なってしまった。」 ・・・はたして、何を失ってしまったのか? とプラトンも問います。 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.26
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プラトン「エピノミス(法律後篇) 哲学者」 訳は、水野有庸。 プラトン全集14巻「エピノミス(法律後篇) 書簡集」より。 登場人物は、クレイニアス、メギロス、そしてアテナイからの客人の三人。 「法律」と同じであり、 法律後篇のタイトルと、内容も「法律」での議論が前提にされているので、 「法律」の続きの作品。 アテナイからの客人・・は、プラトンその人・・と思われます。 「法律」の主人公を、なぜソクラテスとせず、プラトン自身としたのか・・ は、また「法律」を読了後、書ければと思っています。 まずはクレイニアスの問題提起からはじまります。 「・・いのちに限りのある人間は、いったいなにを学べば賢くなることができるのだろうか」 アテナイからの客人・・ 「・・人生の経験を積んでくると、大勢の人が、口を揃えて、こう断言するのです。 人類は、浄福に達することはもちろん、たんに幸いな身となることさえないだろう、と言いまして。」 この手の悲観論、現在も健在です。でも、2400年前も同じだったこと知ったら、明日からは前向き に生きるべきだと思います。 何を学べば良いか? という問いに対して、人類における職業史を振り返り、 狩猟・採集の知識、農耕、建築工事、大工・陶工・織物師の技術、 神意をたずねる技術、イタコの技術、 戦争術、全軍統帥の技術、 医術 などを挙げながら、 アテナイからの客人は、ズバリこう言います。 「・・私の考えでは、いのちに限りのある者ども全員に「数」というものを教えてくれた知識だけが、 それほどの恩恵を及ぼしてくれることができるのです。 ほかのどんな知識も、この点では、たぶん、くらべものになりません。 そして、この知識を人間に授けたものは、偶然などではなくて、神さまご自身なのだ・・」 この神さまの名前は・・・ 「宇宙(ウゥラノス)」とか、 「コスモス(惑星圏)」とか、 「オリュンポス(恒星天)」とか、 「ウゥラノス(月下の大空)」と言われているもの。 この神に対する敬虔を学問的に学ぶべき方法・・・ それが「天文学」であること。 そして、「天文学」のベースになるのが、「数学」・・「代数学」と「幾何学」なのだ。 「こういうことを私が強調しますのも、 どこの国家に住んでいるどんな人間であろうと、 以上で挙げた種々の学問に通じていないかぎりは、 幸福に生きている人間ではないのだ、 と断言できるからなのです。・・ この学習の道中が苦しいものか、それとも、らくなものかは、意に介してはなりません。 進んでいくべき道としては、以上のとおりのものしかないのです!」 とキッパリ! ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.26
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プラトン「法律 下巻」 訳は、森 進一・池田美恵・加来彰俊。 上巻が、「法律」論の前の、国制の話を中心に、 立法にあたっての法の精神について述べられていました。 下巻、第7巻からは、いよいよプラトンの法律論が展開されます。 第7巻は、子供の養育・教育の根幹を規定するということで、教育基本法、 そして、教育カリキュラム・・教育指導要領の説明。 第8巻は、子供の養育・教育の続きとして、「体育」の必要性。 裁判制度の説明と民法のさわり、水利権の問題など。 第9巻は、刑法。 特徴的なのは、自由民には死刑はほとんどないのに対し、奴隷は即死刑。 奴隷は人間ではなかったんだな・・奴隷と外国人を除いた自由民にとっての民主主義でした。 ところで、様々な犯罪の中で、 自分にとって最愛のものであるものを殺すこと・・自殺に対してとっても厳しい。 「天から定められている寿命を無理やりに奪い去って、自殺した者・・・ 墓についていえば、このようにして身を滅ぼした者たちに対しては、 まず第一に、それは一つだけ離れたところにおき、そこには誰ひとり一緒に葬ってはならない。 ・・さらに、墓石もたてず、名前も刻まないで、その墓が誰のものか分からないようにすべきである。」と。 第10巻は、憲法の精神というべきでしょうか。 プラトンの「神の存在証明」と、その前提となる魂の役割のお話です。 「魂」という名前を持つもの・・ 「自分で自分を動かすことのできる動」 つまり、魂こそ、現在あるもの、過去にあったもの、将来あるだろうもの、 さらにはまた、それらとは反対のものすべてを、最初に生じさせたり、 最初に運動変化させたりするものと同じものである・・ 第11巻は、商法を中心に、民法の親族相続編、民事訴訟法など。 この国では、アメリカに沢山いる訴訟弁護士は、2回以上騒ぎ立てた時点で死刑になってしまいますので、 存在できません! 第12巻は、軍法会議の規定、刑事訴訟法、税法など。 最後は、国家が法律を規定して守ろうとする徳目をおさらいします。 この「法律」・・「国家」の続編に位置します。 読了してみて、プラトン自身の思想の大きな変遷を感じます。 「国家」で志向した理想国家の理念が、「法律」においても決して消えているわけではないのですが、 いやむしろ、細かい法律論をする背後に、ちらっちらっと垣間見ることができるのですが、 表面上は、現実主義への展開を示しています。 このあたり、両方読んで違いを楽しむことで、プラトンの懐の深さを感じることができるのでは、と思います。 「国家」だけでは、まことに中途半端な理想主義・・・と、「エル」の世界の結論になっているので。 そのためにも、岩波さん、この文庫本、ぜひ復刊していただければ! ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.25
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プラトン「法律 上巻」 訳は、森 進一・池田美恵・加来彰俊。 プラトン全集13巻「ミノス 法律」・・と同じ訳になると思いますが、 こちらは880ページの大部で、通勤電車で読むにはあまりに辛いので、 文庫本をユーズドで注文・・・。岩波さん再版してください! 閑話休題。 登場人物は、クレイニアス、メギロス、そしてアテナイからの客人の三人。 アテナイからの客人は、プラトン自身の様子。 「国家」は、10巻構成でしたが、 「法律」は、それを上回る12巻です。 「国家」が、プラトンにとっても「理想国家」の思考実験の産物であり、 哲人王の統治下の原始共産制的な社会で、 現世だけではなく来世もシームレスにつながった世界観の中で、 「正義」「徳」等普遍的共通な価値観が共有できる社会であったこと。 これに対して、 「法律」は、クレテ人のクレイニアスが、今度、自国クノソス政府から、 新しい植民国家のグランド・デザインを描くように依頼されたことを二人に話します。 そこで、アテナイからの客人のリードによって、具体的・現実的な国家の統治機構を 考えることになります。 この新しい入植地は、クレテ島内の一区画にもうけられることになります。 国の名前は、マグネシア。 国制をととのえるために、立法府の役職の制定、役人の任命からスタートし、 軍隊の設置、神官の任命、政務審議会の設置、裁判官の任命・・そして、 子供のための教師の任命等すること。 入植者の世帯数も5040に決め、土地や財産の分配を図り、 世帯数の変動が極力無いように、結婚・出産・育児のコントロールすること。 禁酒の勧めが説かれ、 金銭に利子がつくことが否定され・・・あれっ、これはイスラムじゃなかったっけ?! きわめつけは、 「さて25歳に達した男性は、お互いに調べたり、調べられたりした上で、 自分の意にかない、協力して子供を持つにふさわしい娘をみつけたと思ったなら、 35歳までのあいだにすべて結婚すべきである。・・」 ・・結婚せずに35歳になると、毎年罰金を払わされることになる、という。 奴隷との関係についても、ことこまかに規定されていました。 法律の制定にあたっては、条文毎に「序文」をつけ、 立法の趣旨を明快に表わすことが主張されています。 「ミノス」にあった、普遍的な法律・・・というのは否定され、 その国・文化を踏まえた上で、立法すべきである、といわれています。 この具体性・・当時のアテナイやラケダイモン(スパルタ)等の現実の国家機構を見ての プラトン流のいいとこどりなんだろうな、と思いましたが、 法律というよりは規則・・・命令、 だんだんプラトンごのみの慣習・道徳の仔細な説明が始まりつつあります。 ・・・第7巻へ続く。 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.25
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プラトン「書簡集」・・・第四書簡~第十三書簡 訳は、長坂公一。 プラトン全集14巻「エピノミス(法律後篇) 書簡集」より。 プラトンの残した13通の手紙(といっても、半分ぐらいが偽作の疑いが強いのですが) の後半です。 第四書簡(ディオンに) ディオンは、プラトンの弟子であり、 哲学的素養を持ち、プラトンの理想国家を体現しようとする気概を持つ。 このディオンが、シュラクサにおいて、僭主であるディオニュシオス二世に対して、 反乱の挙兵したことへの激励の手紙。 第五書簡(ペルディッカスに) 第六書簡(ヘルメイアス、エラストス、コリンコスに) 第七書簡(ディオンの身内ならびに同士の諸君に) プラトンは、シュラクサにおいて、理想国家の実現ため、 僭主であるディオニュシオス一世、その息子の二世の政治顧問として、 三たびシラクサに訪れた理由、そして、自分の弟子・ディオンが殺されるまでの経緯を、 残されたディオンの親族・同士へ向けて綴ったもの。 その中に、ソクラテスが処刑されたことも書かれています。 ディオニュシオス二世については当初、こう期待していました。 「・・同一人が哲学者になると同時に大国家の支配者にもなるという願いが、 完全にかなえられるときが、もしいつかあるとすれば、いまこそそのときであろうと、 指摘していました。」 第八書簡(ディオンの身内ならびに同士の諸君に) 第九書簡(アルキュタスに) 第十書簡(アリストドロスに) 「・・確固としており、誠実で、健全であること、 それこそが正真正銘の哲学なのだと、わたしは言うわけだし、 それ以外の、ほかのものに向う利発さだの敏腕だのは、 むしろ「単なる洗練」と名づけるのが正しい」 第十一書簡(ラオダマスに) 第十二書簡(アルキュタスに) 第十三書簡(ディオニュシオス二世に) ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.24
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ニッキンさんから発行されている「FIT」。2007年冬号の特集記事は、「2010年 金融ITの旅」 副題が、「読者の描く未来のシナリオを読む」 古新聞ですが、 検索しても他にアップされている方もいらっしゃらないようなのでちょっと紹介。 2006年9月~10月、金融機関勤務者中心に85名にアンケートした結果を集約したもの。 質問は4つ。 Q1.2010年、主流となる勘定系システムとは? Q2.経営管理部門で重要性が増すシステムは? Q3.顧客管理部門で重要性が増すシステムは? Q4.重要性が増すデリバリーチャネルは? アーサー・C・クラークさんやP.K.ディック等の原作を意識した分析コメントが面白い! 「オープン勘定系との遭遇」 「経営管理への決死圏」 「マーケティング支援まで二万マイル 「I.C. the Internet-Channel」 「07年問題アタック」 「金融機関は電子羊の夢を見るか」 勘定系システムは、 全面再構築には、莫大な投資額となるため、 レガシーのラッピングでひとまず逃げるか、 共同センター・共同システム等。 経営管理部門向けは、 一昨年から昨年にかけては、新BIS規制(バーゼル)対応が席巻、 市場リスク、信用リスク、オペレーショナルリスク・・統合リスクの導入・高度化。 顧客管理部門向けは、 CRMのレベルアップ、融資稟議・審査支援等のレベルアップとともに、 電子帳票&ワークフローによる事務効率化。 チャネルは、なんといっても「インターネット」対応。 でも、コンビニATMも健在。 で、回答結果によると、 Q1.2010年、主流となる勘定系システムとは? A1.オープンシステム A2.レガシーへのオープン一部導入型 A3.共同センター A4.アウトソーシング A5.共同システム A6.レガシー Q2.経営管理部門で重要性が増すシステムは? A1.信用リスクシステム A2.予算・収益管理システム A3.金利リスク(ALM) A4.オペリスク計算 A5.四半期・随時対応、自己査定 その他.BCP、SOX Q3.顧客管理部門で重要性が増すシステムは? A1.マーケティング支援システム A2.融資稟議・審査支援システム A3.小口ローン審査システム A4.プライベート・バンキング Q4.重要性が増すデリバリーチャネルは? A1.インターネット A2.モバイル A3.営業店
2007.05.24
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プラトン「書簡集」・・・第一書簡~第三書簡(ディオニュシオス二世に) 訳は、長坂公一。 プラトン全集14巻「エピノミス(法律後篇) 書簡集」より。 プラトン全集には、プラトンの13の手紙があります。 といっても、13通の手紙が全てプラトンの作と認められているわけではなく、 4つのレベルに分けられる、とのこと。 1.最も信頼できるもの 第三書簡、第七書簡、第八書簡 2.つぎに信頼できるもの 第ニ書簡、第四書簡、第六書簡、第十書簡、第十一書簡、第十三書簡 3.なかば疑わしいもの 第五書簡、第九書簡 4.偽作と思われるもの 第一書簡、第十二書簡 偽作が交じっているというものの、対話編と異なり、 プラトンの肉声が伝わってくるようです。また、大半が、哲人政治を現実世界に適用すべく シラクサ、シュラクサイの僭主へのアドバイザーとして三度乗り出したものの、 結果を出せなかったことが、切々と伝わってきます。 まずは、シュラクサイの僭主、ディオニュシオス二世に対して宛てた手紙、 第一書簡~第三書簡。 第一書簡(ディオニュシオス二世に) プラトンの三回に渡るシラクサへの訪問が失敗に終わり、 ディオニュシオス二世に対する決別の手紙・・でも、偽作なんだとか。 第ニ書簡(ディオニュシオス二世に) 「・・もし貴君が、哲学というものをぜんぜんみくびってしまっているのなら、さよならすればよい。 またもし、わたしの手もとにあるものよりは、もっとましなものを、 他のひとから聞き学ぶなり、自分で発見するなりしたというのなら、 そういうものを大切にすることです。」 「(後悔しないための)最大の予防策は、書き留めずに学び取っておくことです。 なぜなら、書き留めずに学び取っておくことです。 なぜなら、書かれたものは世人の手に渡る運命を免れません。 それゆえわたしは、これまでけっしてそれらの問題については書物を著さなかったし、 プラトンの著作なるものも何ひとつ存在しないわけだし、また将来も存在しないでしょう。 そして今日プラトンの作と呼ばれているものは、理想化され若返らされたソクラテス のものに、ほかなりません。」 第三書簡(ディオニュシオス二世に) 脚注にある言葉、 「プラトンが政治と哲学の合体の必要を説くと、 ディオニュシオスはこれを、夢まぼろしと一笑に付していた。 ところがその夢が、いまや(前357年)ディオンの手で現実化された」 ディオンは、プラトンの弟子。 プラトンは、ディオニュシオス二世に、幾何学を薦めていたといいます。 「エピノミス」での数学・天文学の薦めは、 本気だったんですね~ PS 太宰治の「走れメロス」は、ディオニュシオス二世の御世のようですね。 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.23
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期せずして4月27日からスタートしたプラトン・マラソン?! 今週末で、ちょうど一ヶ月になります。 久しぶりに手に取った「弁明」→「クリトン」→「パイドン」が 予想外に面白かったので、 とりあえず、文庫で読めるものだけ・・と思っていましたが、 せっかくだから、初期・中期の作品だけ・・・ 乗りかかった船だから、「プラトン全集」も読んでみるか~、 と足を伸ばしているうちに、なんだかんだで、マジック2。 「プラトン全集」で、作品数は、のべ43あるのですが、41作品まで読了。 現在、「法律」を手にしたところ・・後半の山場です。 最後は、理想国家アトランティスの「ティマイオス」になりますが・・ ここでちょっと黄信号! 「ティマイオス」を収めているプラトン全集12巻、 品切れ・重版の予定なし。 アマゾンだと、プレミアがついて、25500円! この本・・アトランティス大陸の伝説の元になっているせいか 神秘主義的宇宙論が好きな過去二千年来の方々に人気しているようですね~。 岩波さん、この際、文庫化してください!
2007.05.23
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プラトン「ミノス 法について」 訳は、向坂 寛。 プラトン全集13巻「ミノス 法律」より。 大作「法律」の前振りの作品。 「国家」のおける「クレイトポン」と同じような位置づけですね。 ソクラテスが、 「法(きまり・習俗)というのはわれわれにとってなんであるのかね。」 と、友人に問う。 友人曰く、 「法(きまり)とは、決められていること(=一般に認められいること)・・」 また、 「それは議決されたものであり、評決されたものである・・ 法は、全体的にみて国家が議決したものであるということになろう。」 ソクラテスが重ねて問う。 「いったいわれわれはいつも同じ法を用いているのか、 それとも時によって別の法を用いているのか、また、 われわれすべてのものが同じ法を用いるのか、それとも、人によって別の法を用いるのか」と。 友人は、 人によって別の法を用いるのだ、と答える。 国や文化・習俗によって、定められた法は異なり、守るべき法も異なるのだから、と。 これに対して、ソクラテスは、 国や文化・習俗によって異なる法は愚かな法であるという反駁が始まるのですが、 とっても違和感あります。 万人に共通する普遍な法・・・その法の前提の普遍的な価値観や普遍的な正義がない中で 成立するわけないじゃないか、って。 プラトンにとっては、「正義」のイデアがあるから、信じられたのでしょうか? これから「法律」に入っていくのに大丈夫か、オレ?! と思ってしまうのでした。 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.22
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「紀元前480年、スパルタ王レオニダスはわずか300名の軍勢で100万のペルシア軍を向え討つ。」 映画「300」が、もうすぐ公開ですね! 古代ギリシア・・・というか、プラトンさんにはまっているので、楽しみです。 プラトンの訳者、岩田靖夫さんの「ヨーロッパ思想入門」に、 この映画の当時の精神的背景が、わかりやすく紹介されています。 当時の世界最大の帝国・ペルシアが、264万の軍勢を率いてギリシアに攻め入る。 遠征を前にしたペルシアの大王クセルクセスと、 亡命中のスパルタ王デマレトスとの対話が、ヘロドトス「歴史」にあります。「デマレトスは祖国での処遇に不満をいだいてペルシアの亡命した、いわば裏切り者である。 そのような者は、クセルクセスの諮問に対して、とうぜんギリシア人を賛美するはずだ。 ところが、クセルクセスの期待は外れた。 ク:はたして、ギリシア人どもが余に刃向かい、抵抗するかどうか申してみよ。 デ:ギリシアでは昔から、貧困は生まれながらの伴侶のようなもの。 しかし、私たちは知恵ときびしい法の力によって勇気を身につけました。 どれほどの大軍が攻め寄せても、彼らは1000人でも戦うでしょう。 ク:ギリシア兵の一人が二十人のペルシア兵に匹敵するというのか。 しかし、彼らは自由を好むという話だ。わが軍のように、一人の統率下にあれば、 指揮官を恐れる心から実力以上の力も出し、鞭に脅かされて寡勢をも省みず 大軍に向かい突撃もしよう。だが、自由ならそのいずれもしないだろう。 デ:スパルタ兵は一人一人の戦いにおいても何人にもひけはとりませんが、 団結すれば世界最強の軍隊です。なぜなら、彼らは自由ですが、法という主君を戴いている。 彼らが法を恐れることは、ペルシア人が大王を恐れる比ではありません。 この法の命ずるところはただ一つ。 いかなる大軍を迎えてもけっして敵を後ろをみせず、あくまで自分の持ち場に踏みとどまり、 敵を倒すか、あるいは自分が滅びよ、ということです。」 このことは、人間的生の基礎としての自由の自覚と、その自由が人間の権威ではなく、 法の秩序にしたがうことによって可能になったのだ、と。 そして、映画「300」のテルモピュライの戦いを経て、 サラミスの海戦での逆転勝利! 映画見る前から、人類史として感動です!PS 6月2日(土)・・先行ロードショーで見ました!!! いや~、想定通りとはいえ、暴力的な映画でした。 古代に場所を借りて、この気持ち表現したいんだ~・・・と思っていたら、 原作はアメ・コミなんで、合点。 スパルタの「300人隊」+ギリシア連合軍(5000人ぐらい) 対 ペルシア260万人(~20万人ぐらい)+不死隊(不死の軍団)。 圧倒的な差の中で、スパルタの意地を示し、 「300人隊」は、歴史になりました。 レオニダス王役のジェラルド・バトラー、 王妃役のレナ・ヘディー・・ 正直あまりなじみがないので、かえって純粋に映画に専念できました。(「アレキサンダー」のコリン・ファレルやアンジェリーナ・ジョリーや 「トロイ」のブラピ等だと、どうしても他の映画の印象がかぶるので。) ・・・マトリックスを上回るCG技術等を駆使した映像美と、 美しいギリシアの金色の麦畑など、目にはインパクトのある作品でした。
2007.05.21
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プラトン「ポリティコス(政治家) 王者の統治について 」 訳は、水野有庸。 プラトン全集3巻「ソピステス ポリティコス(政治家)」より。 場面は、「ソピステス」の続きです。 なので、登場人物は、若い衆のテアイテトスと、ソクラテスの友人で数学先生のテオドロス。 エレアからの客人(実は、プラトン自身の様子)なのですが、 テアイテトスが、「ソピステス」で、ソフィストが何ものであるか、の対話を 長時間続けたので、ピンチヒッターとして、ソクラテスと同姓同名の「若いソクラテス」 という青年が、エレアからの客人の対話の相手を引き継ぎます。 「ソピステス」の冒頭において、 「ソフィストと、政治家と、哲学者の三者はどういうものか?」 を明らかにしよう、ということで取りかかり、 ソフィストの正体を暴いたところで終わったので、 「ポリティコス」では、 「政治家」について徹底的に議論しよう、ということになります。 前半は、「ソピステス」で、ソフィストを「分割一覧表」にしたがって 解き明かしたのと同じ段取りで、「政治家の持つべき知識」を整理していきます。 政治家の持つべき知識(ないし技術) 1.知識 1.1.行動に密着した知識 1.2.純知的知識 1.2.1.判定のみくだす知識 1.2.2.命令をくだす知識 1.2.2.1.命令の伝達の技術 1.2.2.2.命令の最高決定の技術 1.2.2.2.1.無生物のうえに結果を作り出すための技術 1.2.2.2.2.生物のうえに結果を作り出すための技術 1.2.2.2.2.1.一頭ずつの飼育術 1.2.2.2.2.2.動物群飼育術 1.2.2.2.2.2.1.水生動物飼育術 1.2.2.2.2.2.2.陸上動物飼育術 1.2.2.2.2.2.2.1.有翼動物飼育術 1.2.2.2.2.2.2.2.歩行動物飼育術 1.2.2.2.2.2.2.2.1.角を持っている動物群の飼育術 1.2.2.2.2.2.2.2.2.角を欠く動物群の飼育術 1.2.2.2.2.2.2.2.2.1.豚(四足獣の一種)の飼育術 1.2.2.2.2.2.2.2.2.2. ・・ 1.2.2.2.2.2.2.2.2.n.人間(ニ足獣の一種)の飼育術=政治家(ないし王者)の持つべき知識(ないし技術) 途中、興味深い、宇宙論の話がでてきますが、 これは現実の国家との対比するための思考実験と考えると合点がいきます。 その世界では、「・・労働を必要とせずに営まれる人間の生活・・・ 当時は、神みずからが人間たちの監督者として、これを牧養しておられたのだ。 - そのありさまは、神に近いほうの動物である人間が自分らよりも下等な種族のいろいろな動物を 牧養している現代の世界の模様になぞらえれみれば、よく理解されうるであろう。- そして、神が人間たちの牧養者であったこの時代には、種々の政体の国家などというものはみられなかった。 妻の所有も子供の所有もみられなかった。・・・ 果樹からもその他のおいただしい森林樹からも、果実を際限なく入手していた。・・ また、この人間たちは、衣類も身にまとわず、寝台も持たずに、たいていは野外で生活しながら、 その牧養者の保護を受けていた。・・」 しかし、その後、宇宙の変化によって人間は、「以前に自分らを掌握し牧養したもうていたあの神霊の保護をいまや失ってしまって、 淋しくうち捨てられ」てしまった。 ただし、神プロメテウスからは火、神ヘパイストスらから様々な技術を得ることにより、 人間らしい生活を始めることができた。 その後、人間の手によって統治するための政体・・・ 「国家」で議論された5つの政体と 「人間たちを支配する支配術」についての言及される。 「法律」については、法律の能力の限界が示される。 「法律」は状況の変化に遅れること・・「どこかの強情で愚鈍な人間にそっくりなのだ」。 そして、真の意味での政治家は、たとえ成文法があっても、その枠を越えて考える。 また、えせ政治家は、ソフィストであること。 最後に、政治家にとっての知識とは・・ 「・・・法律をはじめとして国家(ポリス)にかかわりを持つ全部のものごとについて 心配をしてやりつつ、このうえなく完璧にこの全体をまとまった一枚の織物となるように 織りあげていく知識でもあるのだから、 われわれは、ここに見られるような国家公共体の持つ全般性を表明しうるような呼称を用いて この知識の能力を包括することにするなら、 この知識を「政治家の持つべき知識(ポリーティケー)」と呼ぶのが」適切である、と。 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.21
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プラトン「ソピステス <あるもの>(有)について」 訳は、藤沢令夫。 プラトン全集3巻「ソピステス ポリティコス(政治家)」より。 場面は、「テアイテトス」の翌日の設定。 あれっ?、 前の日の終わりは、メレトスに訴えられたため役所へ出頭するシーンで終わったはずなのに! でも、訴えられたからすぐに裁判が始まるわけじゃないので、 ソクラテス、教育熱心ですね~。 登場人物は、前日の「テアイテトス」と同じ、 若い衆のテアイテトスと、ソクラテスの友人で数学先生のテオドロス。 この三人に加えて、 エレアからの客人・・・どうやらプラトン自身のようです。 ソクラテスが、エレアからの客人に対して、 「ソフィストと、政治家と、哲学者の三者はどういうものか?」 それを、長口舌の弁論術ではなくて、 短答式の問答法で説明してほしい、とお願いする。 エレアからの客人が問いを出し、テアイテトスが答え手に、 ソフィストとはいかなるものか、の対話がはじまります。 前半は、ソフィストを「分割一覧表」にしたがって解き明かしていきます。 分割の観点は、魚釣師との比較だったり、職業の観点であったり、浄化の観点など 見方を変えて、分析を進めます。 たとえば、 ソフィストの技術 1.獲得の技術 1.1.闘い取る技術 1.1.1.競争によるもの 1.1.2.戦闘によるもの=戦闘の技術 1.1.2.1.(身体による)力技 1.1.2.2.(言論による)論争 1.1.2.2.1.(公的、長い演説)法廷弁論(的論争) 1.1.2.2.2.(私的、一問一答)反論(的論争) 1.1.2.2.2.1.さまざまな契約をめぐっての(規則・技術なし) 1.1.2.2.2.2.正・不正その他をめぐっての=詩的(的論争) 1.1.2.2.2.2.1.金を失わせるもの=無駄なおしゃべり 1.1.2.2.2.2.2.金儲けになるもの=ソフィストの技術 「エウチュデモス」等で詭弁を弄するソフィストに勝つためには、 ソフィストの言説が「虚偽」であることを示すためには、 「あらぬもの(非有)がある」ということを証明しなければならない。 でも、この言説・・パルメニデスの「あるものはある、あらぬものはあらぬ」、 つまり、「あらぬもの(非有)があるということは、決して証しされぬであろう」 に真っ向から対立します。 結果、この対話の中で、 「あらぬもの(非有)がある」ということを証明するとともに、 「あらぬもの(非有)の(形相)がさまに何であるかということまでも、明らかに示」す。 虚偽の言表も虚偽の判断もあることを明らかにすることにより、 ソフィストが「人を欺く技術」を用いていることを引き出すことに成功したようです。 でも、「パルメニデス」「ピレボス」、 次の「ポリティコス」を含めて、 プラトンの「論理学」シリーズでの「有」「非有」「部分」「全体」・・といった議論、 また機会を改めて頭整理しないといけませんね~。 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.20
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プラトン「正しさについて」 訳は、副島民雄。 プラトン全集15巻「定義集 正しさについて 徳について デモドコス シシュポス エリュクシアス アクシオコス」より。 正しい人は知恵によって正しくある。 不正な人は無知によって不正である。 人が無知であるのは、故意・すき好んでではなく、不本意ながら・心ならずであること。 無知=不本意=不正=邪悪・・・の結論、 短い作品のゆえに、このプラトンの価値観を端的に示していますが、 いかが^_^; ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.20
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プラトン「アクシオコス 死について」・・・プラトンの死生観 訳は、西村純一郎。 プラトン全集15巻「定義集 正しさについて 徳について デモドコス シシュポス エリュクシアス アクシオコス」より。 ソクラテスの友人のアクシオスが臨終の淵にいる、ということを アクシオスの息子のクレイニアスから聞いたソクラテス。 アクシオスの枕元へつくと、 日頃、「誇り、徳に対する一貫した讃辞」や勇猛心があったはずのアクシオスから弱気な言葉。 「この世の一人もろもろの善きものを奪われようものならとか、 またわたしが腐敗して蛆虫か虫けらになって、目も見えず耳も聞こえず・・」になってしまう 恐怖心で、理性がずたずたになっているのだ、と。 これに対して、ソクラテスは、 それは無理解で無考えではないか。 無感覚になることを嘆きながら、同時に、腐敗し、楽しみを奪われることを苦にしている。 「なぜなら、わたしたちは魂なのだから。 すなわち、死すべきものという牢獄に閉じ込められてきた不死なる生きものなのだから。 ・・(この世においては、仮小屋のような肉体で、もろもろの病気や疾患のため、 魂も一緒に苦しんでいる)・・ だから魂は、天にある(自身と)同族の精気に恋いこがれもし渇望もしているのだ。・・ ・・・生きることから離れるということは、悪いことから善いことへ移行することなのだ。」 また、プロディゴスの言葉を引き、 「・・生存している者たちの側には死は存在しないし、 他方、死んだ者たちは存在しない・・」とも。 このやりとりを通して、 アクシオスの魂は大いに慰められたのでありました。
2007.05.20
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プラトン「エリュクシアス 富について」 訳は、尼ヶ崎徳一。 プラトン全集15巻「定義集 正しさについて 徳について デモドコス シシュポス エリュクシアス アクシオコス」より。 シケリア(シチリア)帰りのエラシストラトスが、ソクラテスとばったり出会う。 その横を、シケリア一の大金持ちが通りすぎる。 そこで、誰が一番お金持ち、富裕な人といえるだろうか、という議論が始まる。 お金持ちか?、土地持ちか?、 それとも、健康で小金持ち・・・本田健さんの「幸せな小金持ち」? お金を稼ぐ能力を持った人?、お金を稼ぐ知識を持った人? また、当時のギリシャ人はこう考えている。 「・・じっさい父親たちは、自分の息子がもう思慮分別もついたと思われる年齢になると すぐに、いかにして金持になるかを考えるようすすめるが、 それは君がもし何か富を得れば、ひとかどの者であり、 得なければ何の値打もない者だ、と考えてのことだからね」と。 なんだか、いまのアメリカ・・・とても2400年前の発言とは思えない?! 途中、貨幣論が展開される。 ある国では銀の硬貨に価値があり、ある国では「石ころ」に価値がある。 価値感を同じくする共同体を離れて、普遍的な価値はない。 最後は、 欲望が強いというのは、満足感がないため、不足感・飢餓感があるから。 つまり、もっとも富める人こそ、もっともたくさん不足している人なのだ、と。 ・・う~む。だからこそ、日々、感謝とともにある富める人になれると良いですね~。 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.20
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プラトン「デモドコス 助言について」「シシュポス 審議について」 訳は、副島民雄。 プラトン全集15巻「定義集 正しさについて 徳について デモドコス シシュポス エリュクシアス アクシオコス」より。 「デモドコス 助言について」と「シシュポス 審議について」 別々の話なのですが、 ・審議すること その際の判断基準を得るために ・助言をしてもらうこと そして、決するために ・投票すること についての議論なので、乱暴なのですが、ちょっと一緒にしてしまいます。 シシュポスという青年が、ソクラテスを前に、 「最近、会議ばっかりで忙しくてたまりませんよ~」とちょっと自慢げに語る。 すかさず聞きとがめたソクラテスは、 「審議とは何か?」と問いただす。 要は、半端な知識しか持たないもの同士がああでもないこうでもない、と 小田原評定しているのが、審議・・・いや、いま風なら会議をしているのではないか? しかも、アドバイスを複数人から求めて、最後は多数決を採って決めるって? なぜアドバイスをなぜ複数人から聞く必要があるのか 本当の有識者に聞けば、一人で良いではないか。 だいたい半端な知識しかないくせにアドバイスしたがる輩が多くて困る。 ・・・これって、問題を理解する前に、解答し始めるのと同じですね! それに、烏合の衆が集まって、多数決って? まずは学んで、正しい知識を得なさい! っていうのが、ひとまずの結論なのでしょうが、 専門知識が枝分かれし、学際的といっても、複数の分野に造詣深くなる道は険しい。 ・・・以前読んだ「人工生命」「複雑系」の世界の人たち、実に野心的でしたが、 そういうレベルについては素直に感心してしまいます。ミッチェル・ワールドロップ「複雑系―科学革命の震源地・サンタフェ研究所の天才たち」スティーブン・レビー「人工生命」・・・生命とは何か ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.20
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プラトン「徳について」 訳は、副島民雄。 プラトン全集15巻「定義集 正しさについて 徳について デモドコス シシュポス エリュクシアス アクシオコス」より。 「徳について」の議論は、 わずか10ページのこの作品だけではなく、 ソクラテス・・プラトンの中心テーマであったので、 「メノン」や「プロタゴラス」をはじめ、全作品に通奏低音のように流れています。 ここでも改めて、 「徳は教えられうるものか?」 が問われます。 ソクラテスとヒッポトロポスの問答によって、 徳は生まれつきによるものでも、 学習によるものでもない ことが明らかにされる。 そして、最後にソクラテスはこう語ります。 「・・・徳の所有はとりわけ何か神の恵みによるものであ」ること。 「・・神にしても国が繁栄することを欲するときは、すぐれた人たちを導き入れるが、 国が衰退せんとするときには、神はすぐれた人たちをその国から放逐される。 かくて、徳は教えられうるものでも生まれつきによるものでもなくて、 神のみ恵みによってそれを所有する人たちにそなわるもののようだ。」と。
2007.05.20
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プラトン「定義集」 訳は、向坂 寛。 プラトン全集15巻「定義集 正しさについて 徳について デモドコス シシュポス エリュクシアス アクシオコス」より。 184の用語について定義集。 プラトン自身の作ではなく、 プラトンの作った学校、アカデメイアで何人かによって集められた模様。 でも、とっても興味深い説明がたくさんあります。1.永遠なるもの。昔も今も、滅びることなく、全時間にわたって存在しているもの。2.神。仕合せという点で自足した、不死なる生きもの。永遠なる存在、善なるものの源。 → エネルギーもそうでしょうか?16.魂。自己自身を動かすもの(=自己自身で動くもの)。生あるものの生命活動の原因。21.徳。最善の状態。それ自体で賞賛に値する、死すべき生きものの(心の)習性。 それを身につけているものは、善いと言われる、そのような(心の)習性。 法を互いに正しく遵守すること。その状態にあるものは、まったく立派だと言われる状態。 公平さを生みうる(心の)習性。22.思慮。それ自体で、人間の仕合せを作りうる力。善悪の知識。 なすべきこととなずべからざることを、それに従ってわれわれが判別する(心の)状態。 → 「仕合せを作りうる力」なのか!23.正義。心が自己自身と思いを同じくすること。そして心の諸部分が相互に、かつそれら 相互関係における一切のことについてよく秩序づけられていること。・・・25.勇気。恐怖にたじろがぬ魂の状態。戦いを恐れぬ心意気。兵法の知識。 恐ろしいこと、危険なことに直面して魂が圧倒されないこと。思慮に従う大胆さ。 死の予想に動じないこと。危険に際して、正しい判断を保ちうる(心の)状態。 徳への忍耐力。正しい判断によって、恐るべきであるとか恐れるに足らぬとか思われる ことがらについて魂が平静であること。・・・34.自由。人生を(自ら)指導すること。万事にわたっての自律。 人生において、思うがままに生きる能力。財の使用と獲得におおらかであること。 → 「思うがままに生きる能力」・・素晴らしいですね! 「自由」って!46.善。自分自身のためにあるもの。 → そうなんだ~~。79.国家。仕合せに生きる上で充足している、多数の人々の共同体。 多数の人々の、法を守る共同体。 → こういう国家を作りたいものです。93.哲学(愛知)。いつも変らずにあるものの知識を希求すること。 真理を、そしてどうしてそれが真(実)であるかを観想する心のもち方。 正しい道理をともなう魂の配慮。94.知識。理論によって反駁されることのない魂の承認。・・ 思考に基づいた、ゆるぎない真実の理論。95.思いなし。理論によって説得されやすい承認。思考の流動。 理論によって、偽となったり、真となったりする考え。138.ソフィスト。謝礼金目あてに、富裕で優秀な青年を狩猟する人。139.富。仕合せに生きるに適切な財の所有。仕合せにつながる財の豊かさ。 → プラトンさん、ちゃんと富を肯定してますね。177.教養。魂を医療する力。 → そうだったのか~ ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.19
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プラトン「クレイトポン」 訳は、田中美知太郎。 プラトン全集11巻「クレイトポン 国家」より。 「国家」の前振りにあたる作品。 クレイトポンというソクラテスと同年代ぐらいの人が、 知り合いとソクラテスの噂をしていたことを知ったソクラテスが、 いったい何を噂していたのだ、と問う。 でも、この内容がちょっとあやしい 「国家」の中で、トラシュマコスが言っていた言葉が、ソクラテスの発言になっていたりする。 と思っていたら、プラトンの作品でない可能性がある、と解説。 でも、冒頭にあるクレイトポンが、ソクラテスの主張として要約して語る部分は こんにちでも通用する話です。 2400年間、この点では人間、進歩してませんね~。 「おお、人々よ、 諸君が運ばれゆく先はどこなのか、わかっているのかね? 諸君は、なすべきことを何一つしていないということを自覚していないのだ。 金銭のことは、どうしたら儲かるかと、まったく真剣そのものになるけれども、 それを譲り渡す息子のことでは、彼らが金銭の正しい扱いを知るようにするのには どうすればよいか、まるで無関心だからだ。 諸君は彼らのために、正しいとはどういうことなのか、 もし教えられるものならば、教えてくれる人を見つけだす努力もしていないし、 また(知識として教えられないにしても)練習とか鍛錬といったものでそれが 身につけられるものなら、そのような鍛錬や練習をじゅうぶんにやってくれる人が いるのかどうか、探そうともしていない。 いや、それよりもっとさきに、諸君自身に対して、そういう配慮をすることさえ しなかったのだ。・・・」 プラトン「国家 正義について」上巻 プラトン「国家」 ソクラテス-ケパロスの老人論・お金の効用 プラトン「国家 正義について」下巻・・・初期・中期の総集編
2007.05.19
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梅田望夫・茂木健一郎「フューチャリスト宣言」 梅田望夫さんの新刊ということで手に取る。 今回の対談相手は、クオリア&「プロフェッショナル」の茂木さん。 フューチャリスト・・未来学者・・未来に対する楽観的な希望を持っていること、 茂木さんが梅田さんの資質を評して、 「楽天的であるということは一つの意志である」 という表現できるような決意と世界観を表わしている、という。 前回の平野さんの対談と違って、 お二人とも、インターネット、そしてブログやSNS等を前提としたコミュニケーションの 形態及び社会への期待、そしてその過程に何があろうとも・・という信頼感があります。 そのため、却って、インターネットとそれをベースとする文化に対する強い反発・・、 既存のイスタブリッシュやローカルな場所からの反発があることが繰り返し言われますが、 読みながら、あ~、苦労されているんだな、でも、いまどきそんな反発心を持つ人の方が 問題、と思う。 内容的には、梅田さんの発言は、過去の3冊の本やブログ等で拝見しているせいか、 そうそう、と頷きながら流れてしまって、 茂木さんの発言が、なるほどな~、と感心して時折り立ち止まりました。 というのも、梅田さんの言葉がとっても良い触媒になっていたからだと思います。 茂木 「脳科学、神経経済学を研究している立場からいうと、 脳とインターネットの関係は、大変おもしろいテーマです。 インターネットの世界は、私の言葉でいう「偶有性」、つまり、 ある事象が半ば偶然的に半ば必然的に起こるという不確実な性質に充ち満ちています。」 「・・ネットはセレンディビティ(偶然の出会い)を促進するエンジンでもあると思う。・・」 「ブログを書くのでも、コメントをつけるのでも、あるいはオープンソースでも、 誰も頼まないのにやる。・・・人から認めてもらうことの喜びですね。 脳の報酬系をもっとも活性化させるものの一つは、他人からの承認ですから。」 「人間の成長を分ける大きな分水嶺は、偶有性をどう受け入れるかということだと思う。 成長する能力のある人というのは、自分にとって痛いこと、つらいこともきちんと受け入れて、 それを乗り越えていける人だと思うんですよ。・・」 → 「ブログは修行」と梅田さん。 「僕は、インターネット時代には、逆説的ですが、古典的な教養というものが、 復活するんじゃないかという気がしています。 総合的な視野が求められる世になるから、かえって、 それこそ孔子だとかゲーテだとか、総合的な知を実現した人たちに関心が再び向かうだろう というのが僕の直感です。ネット時代の教養における「固定点」のような役割を本が するのかもしれませんね。」 → そうそう、プラトンさんなんかも?! 梅田さんが、90歳まで現役で働きたい、という発言されて、 茂木さんが、そのためにはネガティブ・ファクナターがない環境に身をおくことの大切さを指摘。 そして、二人して、「未来が良いものだ」という意志を持つこと、 「フューチャリスト宣言」をする! とっても素晴らしい!!! 「ウェブ人間論」・・・きっと良くなる! 梅田望夫「ウェブ時代をゆく いかに働き、いかに学ぶか」・・「学習の高速道路」のその先を生きる グーグル「20%-80%」ルール
2007.05.18
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苫米地英人「脳と心の洗い方 「なりたい自分」になれるプライミングの技術」 Tech総研「我らクレイジーエンジニア主義」の中で、 とっても切れてて印象的だった苫米地英人さんの本、手に取りました。 「なりたい自分」に変わるための方法・・・ それは「自己洗脳」すること。 「やります」・・でも、できませんでした、というこれまでの自分から、 無意識レベルへの刷り込みを行うことにより、 自分に対するストーカーになること。 その手段としての「プライミング」。 自分をだますことは絶対にできないが、 「勘違い」することはできる。 「なりたい自分」の姿を「勘違い」させることができれば、 何にでもなれるはず。 どこにでもある「洗脳」は、 ちょっとショッキングな指摘ですが、首肯してしまいます。 「一番権力を持つ洗脳者は国家ですが、 一番身近な洗脳者は自分の両親。」 発達心理学のデータによると、 「成人が大人になってから無意識に下す判断の8割9割が親のものまね」。 私たちが認識している現実が本物かどうかの話として、 「我々はすでに知っているものしか認識できない」こと。 吉田内閣時代のGHQの活動、その中に洗脳の専門家がいたこと。 GHQによるあらゆる検閲の実施の事実でさえ、一切隠されていたこと。 もしかして、日本国民全体が、いまだにGHQの洗脳が解けていない可能性もあること。 そういった洗脳・・個人にとっては「大いなる勘違い」を作り出すメカニズムには、4つある。 1.変性意識 2.内部表現 3.ホメオスタシス 4.プライミング この4つの技法の説明どれも面白いのですが、 人間にとって外界の世界は、脳に描かれる「内部表現」であること。 だから、「内部表現」を適切に書き換えることができれば、現実に変わることができる。 プライミングは、「将来の出来事を予想して、そのときに自分がより望ましい状態で あるように今仕掛けること」 「まだ起きていない出来事に対して、今エネルギーを使うことを無理矢理やらせるための 回路」のこと。 トマベチ流のトレーニングプログラムは、大きく3つ。 1.自分が成功した臨場感を作ること(その臨場感世界の支配を維持して) 2.それに対して強烈なプライミングを働かせること 3.そこで必ず出てくる弊害、(つまり臨場感世界を作ってトランス状態になると 必ず酩酊状態になるので)つまり、煩悩をコントロールすること。 以下、トレーニング法も紹介されていますが、 別途訓練が必要ですね~。 ここに期待すると、ちょっと消化不良かもしれません。 洗脳されない人はいない、ということが繰り返し説かれていますが、 洗脳されにくい人になる方法として、 常日頃から「なんで?」という問題意識を持つことともに、 洗脳する側が用いる「恐怖心」に打ち克つことができればよい、と。 「自分自身に「怖くない」と大いなる勘違いをさせればいいだけです。 たとえば、「私は死は怖くない」とかです。 本当に怖いかは別の話です。」 ・・死や地獄に対する恐怖や不安を思うのであれば、 ソクラテスの魂の不死の議論や、 プロディゴスの言葉が良いかもしれませんね! 「・・生存している者たちの側には死は存在しないし、 他方、死んだ者たちは存在しない・・」
2007.05.17
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Tech総研「我らクレイジーエンジニア主義」・・・「熱くて悪いか!」 昨夜で、手持ちのプラトンさんの本が切れたので、 ネットで注文した本の到着待ちです。 積読していた「我らクレイジーエンジニア主義」を気分転換に手に取りました。 いや~、みんな熱くていいですね!! 「鉄板少女アカネ」じゃないですが、 「熱くて悪いか!」って、最近、こればっかりですが(^^; 登場する15名の方、どの人のインタビューもいいです。 その中で、石井さんと石黒さんと大平さんの言葉を紹介します。 ほんと素晴らしい! 興味あれば、ぜひ手にとっていただければ・・って、なんだか勧誘してるみたい(^^;1.タンジブル・コンピュータの石井裕さん NTT時代、「日々のルーティンのジョブが終わった夜8時以降にやりたい研究をしていたんです。 一人でプログラムを書いたり、モノをつくったり、論文を書いたり。」 「・・コンセプトができた時点で、100%これでいけると確信があったわけではありません。 最初から成功が約束されているようなコンセプトやビジョンなんてあるわけがない。 リスクは当然ある。 問われるのは、リスクがあっても、やる気があるかどうか、です。」 「MITの学生たちが目を輝かせるのは、自分がつくったアイデアが社会に貢献し、 社会に残るかもしれないのだ、という事実を知ったときです。 見つめている視点が高い。だから小さな成功に満足することはない。 人生は長くありません。私はつねに死を意識しています。 自分がつくった技術の行く末をどこまで眺められるかもわからない。 結果の収穫ができるかどうかもわからない。 ならば急がないと。・・」2.自分そっくりのアンドロイドの石黒浩さん 「世の中で不思議なことは主に2つだと僕は思っています。 ひとつは、物事の起源は何か。電子や分子の世界ですね。 そしてもうひとつが、人間とは何か、です。ことらは人文系や認知科学の分野です。」 石黒さんは、工学の世界で後者を選ぶ。 「研究なんて狙ってできるものじゃないんです。 それこそノイローゼになるくらいに考えて、アイデアはようやく出る。」 「・・表面的にしか問題に触っていなければ、何も見えてこないということです。 ときどき人間に失望している人がいますね。 僕はいいたいんですよ、もっと人を勉強してみてください、と。 人間がいかによくできているか。 複雑で奥深いか。 それが少しでもわかってくれば、人は人間に失望したりはしないですよ。」5.たった一人でプラネタリウムを作った大平貴之さん 「エンジニアに必要なのは、まず社会における自分の位置づけや影響を認識する ことだと僕は思っています。 自分の技術は何のためにあり、どう役立つのか。 何が判断材料の基礎となるべきなのか。 その意味では、世に新しいものを生み出すだけが技術ではありません。 すでにあるものを守り、改良し、維持していく。 そういう仕事にも、とても大きな価値はあります。 もっといえば、社会はそういう仕事で支えられているんです。 会社員のルーティン的な仕事も誇りをもたれるべきだし、 エンジニアはプライドをもつべきだと思います。 だからこそ逆にいえば、新しいことをやりたいという人は、 ケタ外れなことを考えないといけないんです。 性能を2倍、3倍にするんじゃない。10倍、100倍にする。ケタをひとつふたつ変える。 あるいは、まったくちがう発想の商品を、革命的な技術を生み出すことを考える。 むずかしいです。大変です。 でも、そういうことを考えて実現する可能性を探る。それが、新しいことをやりたいという 人の意味だと思うんです。」<目次>1.39歳でMIT教授に転身。まったくのゼロから創造した「タンジブル」の世界―石井裕2.自分そっくりロボットに世界が驚愕。「人間とは何か」求めてアンドロイド開発―石黒浩3.SFアニメが鍵。透明人間を実現した「光学迷彩」でインターフェース革命―稲見昌彦4.度肝抜く空中立体映像。「日の当たらない研究」が次世代広告媒体を生む―内山太郎5.たった一人で恒星数500万個のプラネタリウム。すべてケタ外れに考えよ―大平貴之6.飛行機で新幹線。時速500キロの未来列車「エアロトレイン」という発想―小濱泰昭7.人体密着型ロボットスーツが実用化へ。医療分野にも広がるビジネスビジョン―山海嘉之8.世界最速、時速370キロ。8輪駆動のクルマ「Eliica」の快感は加速感にあり―清水浩9.設計図なし。実家2階の寝室兼工房が舞台のクレイジーなロボット製作現場―高橋智隆10.ウエアラブル伝道師の予言。「ヘッド・マウント・ディスプレイが未来を変える」―塚本昌彦11.面白いことだけやるために脱・洗脳せよ!天才脳機能学者のエンジニア論―苫米地英人12.ケータイ動画変換で世界を制す。カリスマプログラマが挑む情報伝達の新技術―富田拓朗13.「ポストペット」の大ヒットのアーティストが語る、感動を仕事に変える方法―八谷和彦14.ロボット界の異才が仰天発想。8本足のクルマが手探りで段差、坂道を登る―古田貴之15.ビル・ゲイツを驚嘆させたスピーカー「タイムドメイン」不屈の開発秘話―由井啓之
2007.05.17
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プラトン「恋がたき 愛知について」 訳は、田之頭安彦。 プラトン全集6巻「アルキビアデス I アルキビアデス II ヒッパルコス 恋がたき」より。 お稚児さんを巡って、二人の恋がたきがいる。 一人は、文芸のたしなみを身につけた文学青年。 もう一人は、体育の練習に没頭してきたスポーツマン。 「知を愛し求めることがみっともないこと」というそぶりをスポーツマンの青年が見せたことに腹を立てた文学青年が声を荒げたのを聞きとがめたソクラテス。 そこで、ソクラテスは二人に対して、 「知を愛し求めることが立派なことなのか」と問う。 「愛知者は優れているのか」と。 文学青年は、知を求めることは立派なことなのだ、と頑張ろうとするが、 愛知者は、 体の健康のことについては、医者に負け、 航海術のことについては、航海士に負け、・・ と、ことごとく専門家に負けてしまう。 つまり、二流の人物ではないか? いまでも通用するスペシャリストとジェネラリストの議論。 ジェネラリストを、スペシャリストの尺度で評価する限りその通りだが、 ジェネラリストとしての職能を果たす限り価値がある、 という議論にはなっていません。 プラトン、確信犯ですね~。 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.17
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プラトン「ヒッパルコス 利得愛求者」 訳は、河井 真。 プラトン全集6巻「アルキビアデス I アルキビアデス II ヒッパルコス 恋がたき」より。 ソクラテスが、一友人と、 利得の愛求(欲深いこと)をする人・・・「利得愛求者(欲深者)」とは、 はたしてどういう人なのか? 議論します。 友人は、「・・わたしが利得愛求者と言いたいのは、 いつもがつがつしていて、まったくちっぽけな、ほとんどというよりまったく価値の無い ものごとに、度を越して執着して利得を愛求している、そういうひとたちのことなのです」 といっていたのが、 「まったく価値の無いものごとに、度を越して執着」するのは無知のためであり、 最後は、すべての人は何らかの利得愛求者となること。 ところで、表題のヒッパルコス・・は、ホメロスの叙事詩をアテナイに初めてもたらした人物。 当時はヒッパルコスの像があって、 その一つには、 「これぞヒッパルコスが記念。正しき思慮をもて歩め」 もう一つには、 「これぞヒッパルコスが記念。友をあざむくなかれ」 今回の議論、言葉の定義で、誘導尋問するソクラテスの悪い?癖、 がまた出ていました。 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.17
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PMI東京より、6月の月例セミナーのお知らせ。最近とんとご無沙汰しているので、PDU取得も兼ねて行ってみようかな~。でも、木曜日の夕方は、お台場で打合せなので、思案中・・・・。以下、メールより引用。6月月例セミナーのご案内です。6月14日(木)18時10分~「プロジェクトマネジメントに有効なリスク査定と対案作成」をテーマに月例セミナーを開催します。今回は、受講者参加型のインタラクティブなセミナー形式を採り入れます皆様のご参加をお待ちしております。【詳細・申込】http://pmi-tokyo.org/03/prosemi_0703.htmlPMI東京支部セミナー委員会が企画・運営する月例セミナーで予定が決まっているものをPMITイベントに記載しております。今後のセミナー参加のスケジュールのご参考にしてください。【PMITイベント】http://pmi-tokyo.org/00/000007.htmlなお、6月30日土曜セミナーは、4時間(4PDU相当分)を予定しています。
2007.05.16
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プラトン「アルキビアデス II 祈願について」 訳は、川田 殖。 プラトン全集6巻「アルキビアデス I アルキビアデス II ヒッパルコス 恋がたき」より。 アルキビアデスがお参りの帰りに、ソクラテスに出会う。 ソクラテスは「何か祈願しにきたのか」と問う。 そして、アルキビアデスがちょっとふさいでいる顔を見て、 「神がある願いを聞き、ある願いを聞かないのはなぜだろう」と問う。 その理由は、 祈願する当の人間が、「悪しきものをそうと思わずに良いものだと思いこんで」祈願している、 というではないか? つまり、 「無知というものが人間にとってどんなに多くの悪しきことの原因になっていることか」? さらに、 「ひとはほかのどんな知識をもっていても、 最も善きものについての知識をもっていない場合には、 これらの知識をもっていることが、その人を益するということはおそらくめったにない」 そしてその証左が、 アテナイの人と、スパルタの人の祈願の仕方の違いに表れている。 アテナイ人が、多額のお金をかけた捧げ物と多言を弄して祈願するのに対し、 スパルタ人は、「つつしみある言葉」で祈る。 神がどちらの態度を採るか、明白ではないか、と。 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.16
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プラトン「アルキビアデス I 人間の本性について」 訳は、田中 美知太郎 。 プラトン全集6巻「アルキビアデス I アルキビアデス II ヒッパルコス 恋がたき」より。 アルキビアデス・・・「饗宴」の最後にも登場する美しい青年。 実は、この物語で、ソクラテスはアルキビアデスを、言葉でノックアウトし、 自分のお稚児さんにしてしまうのです・・・結構、衝撃?! 家柄良く、素質も優れているようにみえる二十歳そこそこ青年。 そのまま国の指導者になるべく政治の道に進もうと考えているのだが、 ソクラテスから、もっと何かを学ぶ必要があるのではないか? と尋ねられる。 アルキビアデス青年曰く、専門家になるわけじゃないし、 また、アテナイの人々を見て議論しても、たいしたことはないから、 勉強不要、あとは実戦あるのみ、という。 これに対して、ソクラテスは、 スパルタやペルシャの王様・・王子たちの帝王教育を知らないのか? アテナイの規模の数倍、数十倍もあるスパルタやペルシャの王子たちが、 科目別の家庭教師について猛特訓しているのに、 知恵でしか勝てないはずのアテナイの若手政治家が勉強不要と言う。 ああ、なんと情けないこと! でも、学ぶ気持ちがあるのなら、と、 ソクラテスが手を差し伸べる。 その時の決め台詞は、 他の人間は、アルキビアデスの肉体に愛着があるのかもしれないが、それは 付属物に興味があるだけ。 「これに反して、きみに恋愛する者というのは、 きみのたましい(心)を愛する者なのだ」 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.16
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業田良家さんの名作、「自虐の詩」が、今秋、映画化されますね!何かあると、必ずちゃぶ台をひっくり返す夫のイサオ役に、阿部寛さん。究極のダメンズを愛する女、幸江役に、中谷美紀さん。・・・笑って泣いて幸せな気分になる作品になっていればと期待しています。
2007.05.16
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IDGジャパンより、昨年末休刊となった「JavaWorld」が一日限定復活?! なのかと思いましたが、6月19日(火)、「JavaWorld DAY 2007」開催のメールがありました。基調講演は、XPの本もあるスコット・アンブラーさん。・・ちょっと覗いてみたい気もしますが、いま時点、午前も午後も先約あるのですね~。以下、メールより引用。□■=================================■□ Javaと周辺技術の“融合”が創り出す新たな世界 「JavaWorld DAY 2007」開催のご案内□■=================================■□ 2007年6月19日(火)/ ベルサール神田(東京 神田) ▼事前登録はこちら▼ http://www.javaworld.jp/jwday/――――――――――――――――――――――――――――――――――――― ■□□アジャイル開発の第一人者 スコット・アンブラー氏来日!!■□□―――――――――――――――――――――――――――――――――――――基幹系システム開発を支える基盤技術として、不動の地位を築き上げたJava。しかも、そうした地位に甘んじることなく、今日ではLL(Light-weight Language)など各種周辺技術とJavaの連携も進みつつあります。加えて昨年末、ついにJavaのGPL化が発表されました。Javaが迎えたこの新たな局面は、システム開発そのものが次なる世界へと突入しつつあることを意味します。『JavaWorld DAY 2007』では、Javaと周辺技術の最新動向、そしてそれらが創り出すシステム開発の新たなる地平を提示します。 ・‥…━━━━☆★** JavaWorld DAY 2007 **★☆━━━━…‥・■日 時:2007年6月19日(火) 10:00~18:15(9:30より受付開始)■参加費:3,000円(1日参加料、税込み)■会 場:ベルサール神田(東京 神田)■基調講演「アジャイル・ソフトウェア開発の現在」 米国IBM ソフトウェア・グループ アジャイル開発プラクティス・リーダー スコット・アンブラー 氏■JavaWorldセッション「Java SE 7でJava仕様はどう変わる? 次世代Javaの要注目機能を探る」 横河電機 櫻庭 祐一 氏「Java&AjaxによるWebアプリ開発 最新フレームワーク/ライブラリによるAjaxアプリ開発の実際」 日立ソフトウェアエンジニアリング 河村 嘉之 氏「JavaとLLで実現する「アジャイル・アーキテクチャ」 ビジネス環境の変化に迅速に対応可能なアーキテクチャの実現形態を探る」 フリーランス ITアーキテクト 鈴木 雄介 氏 「Java開発の“次世代型”をにらむ マインド・マップ、DSLを駆使したJava EE開発の世界」 稚内北星学園大学 浅海 智晴 氏
2007.05.15
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プラトン「クラテュロス 名前の正しさについて」・・・言語学より認識論 訳は、水地宗明。 プラトン全集2巻「クラテュロス テアイテトス」より。 クラテュロスとヘルモゲネスが、 「名前の正しさ」について議論している。 「名前の正しさ」とは、 それぞれの名前をして、ある事物の(正当な)名前たらしめる理由のこと。 その理由を巡って・・ クラテュロスは、「名前の正しさ」というものがあり、各々の名前には本来的に(自然に)定まっている、と主張するのに対し、 ヘルモゲネスは、名前に正しさ(規準)があるとは思えず、各個人の勝手な取り決めである、と主張する。 ヘルモゲネスに対して、ソクラテスが質問するかたちで問答がはじまる。 そして、ソクラテスのリードで、 「・・果たして個々の名前自身が、自分はそんなにでたらめにつけられているのではなくて、 何らかの正しさ(根拠)をもっているのだということを」確認しないといけない、 と個々の名前を検証することになる。 以下、ギリシャ神話の中の神々や英雄の名前のルーツやら、 思慮、正義などの徳の名前のルーツなどが続々、例としてあげられる。 ここだけ見ると、言語学やギリシャ語の語源などが整理されているように思えます。 しかし、解説を読むと、今日の観点からみて正しいと思われる語源は、 112または140あまりの例のうち、正しいものは、22ほどのみ・・・なんと! 当時は正しいと思われていた語源であったとしても、あまりに異なることを思うと、 この書で、プラトンが言語学的なことを説明したかったというよりは、 事物(イデア)と認識と名前の関係についての認識論的な観点ではないか、 と思いました。 また、 物語の分量としては、ヘルモゲネスとソクラテスの対話が4分の3ほど、 残りが、クラテュロスとソクラテスの対話と大きな差があるにもかかわらず、 題は「クラテュロス」。 プラトンの立場が、クラテュロスの「名前は本来的に定まっている」説に より近いことを示しているのだと思います。 でも、この物語を読みながら、無性にソシュールを読みたくなったのでした。 プラトンさんから解放?!されたら、読みたいな~。 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.15
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プラトン「エウテュデモス 争論家」 訳は、山本光雄 。 プラトン全集8巻「エウテュデモス プロタゴラス」より。 エウテュデモスとディオニュソドロスという兄弟のソフィストが主人公。 ディオニュソドロスが兄、 エウテュデモスが弟。 この二人のところに、クレイニアスという二十歳の若者とその愛者であるクテシッポスという青年、 そして、彼ら二人の後見人的な立場のソクラテス。 エウテュデモスとディオニュソドロス、年は50をとうに越しているのであるが、 つい最近、ソフィストの免許皆伝となった様子。 そのことを知ったソクラテスが、 ソフィストは徳を教えることのできる知者・・ということなのだから、 この年若いクレイニアスを導いてもらえないだろうか、と頼む。 そして、ついでにソクラテス自身も、ぜひ導いてほしいのだ、と。 ということで議論が始まるのだが、 最初のエウテュデモスとクレイニアスのやりとりを読みながら、 なんだかソクラテスもソフィストの一派の一面もあるのだな~、と思う。 しかし、エウテュデモスの議論を読みながら、 だんだん腹が立ってくるのでした・・ 言葉の定義や言い回しを逆手にとった「詭弁」ばかり。 ああ・・そういうと、こういうのがソフィストの言説って、 学生の頃、教わったな~、と今頃思い出しました。 こんな不誠実な言葉のやりとり・・・いったい何なんだ? しかも、このソフィストに賛同するソクラテスって? と思いつつ、これはソクラテスなりの当てこすりなんだな。 解説読んだら、 この作品、 プラトン一流の「喜劇」なんだそうな。 う~む、そうなのか、そうなのか、そうなのか~。 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.15
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プラトン「ピレボス 快楽について」 訳は、田中 美知太郎 。 プラトン全集4巻「パルメニデス ピレボス」より。 ピレポス・・・「快楽があらゆる生き物にとって正当の目標」である、と主張。 プロタルコス・・・ゴルギアスの弟子にあたる・・途中、ソクラテスと同様、 ゴルギアスにも義理立て必要だ、とのコメントあり。 題名は、「ピレボス」ですが、 話は、ピレボスの主張・・快楽が思慮や知性等と比べてより良い「善」であるか否かについて、 当のピレボスを横に置きながら、 プロタルコスとソクラテスが議論することになります。 この議論、いつの間にか、 「善」の順位を巡ってのコンクール、優勝争いになります。 出場するのは、 ・快楽 ・思慮・知性 ・美 ・知識・技術 ・・他、議論の途中ででてくるもの 検証の早い段階で、 「善」そのものと比べた場合、 快楽、知性とも、 自足性、充分性、究極性がいずれも欠けている、 として、両者、優勝の資格なし、と断定されます。 議論そのものは、 う~む、なんとも回りくどい。 そして、その結果は・・・ 以下、もし原文読まれるかたは、読まない方が良いです。 「善」コンクールの結果発表 優勝:尺度、適度、時宜にかなったことなど、すべてこの種のもの 2位:度にあっていること、美、究極的なこと、 充分なことなど、すべてまたこの系統に属するもの 3位:知性、思慮のはたらき 4位:知識、技術、正しい思いなし 5位:純粋の快楽、あるいは真実の快楽 失格:病的で激しい快楽 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.14
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プラトン「国家 正義について」下巻 訳は、藤沢令夫。 まずは上巻のまとめ。「・・最高の統治を達成しようとする国家にあっては、 妻女と子供は共有され、 すべての教育は共通に課せられること、 同様にして男女ともに、 戦争においても平和のうちにおいても共通の仕事を行うこと、 そして 彼らのうちで哲学においても戦争に臨んでも最もすぐれている人々が王となること」 さらに、「・・支配者たちはその任につくと、 兵士たちを、われわれが先に述べたような住居へ連れて行って住まわせるのであるが、 そこには誰にも何ひとつ私有されるものはなく、 それはみなの者に共同の住居であるということ。 さらに、このような住居のほか、 所有物一般についても、君が憶えているなら、 彼らがどのようなものを持つことになるかということを、われわれは同意し合ったはずだ」 下巻・・第6章から10章ですが、 上巻に比べて、俄然面白くなります。 哲人王になるための教育論 ホメロス等の詩・・いまふうだと劇や小説を学ぶべきでないことの理由・・・「イオン」「テアイテトス」? 洞窟の話・・イデア論・・・「パルメニデス」 徳についての議論・・・「プロタゴラス」 魂の不死についての証明・・・「パイドン」「パイドロス」 これに国制の4つの形態と、 それに対応する人格の形態についての考察 など、プラトンの総集編ともいうようなとっても盛り沢山の内容でした。 現代思想において、プラトンの思想が20世紀の全体主義を招いたのだ、 という批判を読んだことがありますが、 プラトン自身は専制僭主に対する痛烈な批判・揶揄をしています。 それでも、イデア論、その絶対的真理の存在や普遍主義そのものを批判されるのであれば、 批判を免れることはできないのかもしれません。 ・・最近読んでいるものの中では、フッサールはもちろんのこと、 サイードさんのオリエンタリズム批判などはその典型かもしれませんね。 最後の最後は、「エルの話」。 ・・・知ってる人にはとっても有名なお話だったのですが、 最後がこれか~~、と感慨深し。 また紹介したい、と思いますが、 「哲学」が「宗教」に変わった瞬間でした。 でも、こういうの決して嫌いじゃないのでした。 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.14
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プラトン「国家 正義について」上巻 訳は、藤沢令夫。 本論の前に、 ソクラテスが、ケパロスという長老との会話が、 老人論として面白い。 アテナイから離れた田舎に住むケパロスがソクラテスに対して、 もっと頻繁に会いに来てくれるように要望する。「・・この私には、一般に肉体のほうの楽しみが少なくなっていくにつれ、 それだけ談論の欲望と歓びとが、ますます大きくなってきているのだ。・・」「私には、高齢の方々と話をかわすことは歓びなのですよ。 なぜなら、そういう方たちは、言ってみれば、やがてはおそらくわれわれも 通らなければならない道を先に通られた方々なのですから、 その道がどのようなものか、 - 平坦でない険しい道なのか、 それともらくに行ける楽しい道なのかということを、 うかがっておかなかればと思っておりますのでね。・・」とソクラテス。 ケパロスは、同じくらいの年齢のものと集まった際、 大部分の老人たちは悲嘆にくれるのだ、という。「若いころの快楽がいまはないことを嘆き、女と交わったり、 酒を飲んだり、陽気にさわいだり、その他それに類することをあれこれやったのを 思い出しながらね。 そして彼らは、何か重大なものが奪い去られてしまったかのように、 かつては幸福に生きていたが、今は生きてさえいないかのように、なげき悲しむ。・・」 ケパロス自身は、この姿を見ながら、「そういう人たちは、ほんとうの原因でないものを原因だと考えているように思えるのだ」 なぜなら、同じ経験を味わったはずの自分や、 作家のソポクレスは違う、のだ。 かつてソポクレスが、愛欲の楽しみを問われて、 「よしたまえ、君。私はそれから逃れ去ったことを、無上の歓びとしているのだ。 たとえてみれば、狂暴で猛々しいひとりの暴君の手から、やっと逃れおおせたようなもの」 と、名言で答えたこと。 つまり、ポイントは、老年にあるのではなく、人間の性格に起因するのだ。「端正で自足することを知る人間でありさえすれば、 老年もまたそれほど苦になるものではない。 もしその逆であれば、そういう人間にとっては、・・老年であろうが青春であろうが、 いずれにしろ、つらいものとなるのだ」と。 ・・・なんだか、若い頃、不平不満児だった人が、年をとって、みながみな丸くなるわけ なかろう、と思うと当然のこと。 これに対し、ソクラテスは、ちょっといじわるな質問をする。 ケパロスがそういうのは、性格が原因なのではなく、お金持ちだからなのではないか? 金持ちには慰みごとも多い、と言うのだから。 ケパロス自身、ソクラテスの指摘はもっともで、周りの人々も、自分の言葉通りに 受け取ってくれない、という。 でもその上で、 「人物が立派でも、貧乏していたら、老年はあまり楽ではないし、 また、人物が立派でなければ、金持ちになったからとて、 安心自足することは決してないだろう」 最後の質問として、 「財産をたくさんもっていてよかったと思うことで、いちばん大きなことは何ですか?」 とソクラテスが問うと、 「人は、やがて自分が死ななければならぬと思うようになると、 以前は何でもなかったような事柄について、 恐れや気づかいが心に忍びこんでくる。 たとえばハデス(冥界)のことについて言われている物語、 - この世で不正をおかした者は、あの世で罰を受けなければならない といった物語なども、それまでは笑ってすませていたのに、 いまや、もしかしてほんとうではないかと彼の魂をさいなむのだ。・・」 お金の所有が最大の価値を持つのは、 正しく敬虔に生涯を送るためにこそある。 「不本意ながらにせよ、誰かを欺いたり嘘を言ったりしないとか、 神に対してお供えすべきものをしないままで、 あるいは人に対して金を借りたままで、びくびくしながらあの世に去る といったことのないようにすること、 このことのために、お金の所有は大いに役に立つのである。」と。 ソクラテスとプラトンの他の作品にご興味あれば・・・「プラトン全集」
2007.05.13
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プラトン「国家 正義について」上巻 訳は、藤沢令夫。「国家」全篇の構成 10巻により成り、上巻は5巻まで。1.前奏曲 <正義>についてのいくつかの見解の検討。 (第1巻) 2.<正義>の定義 国家と個人における。 (第2巻-第4巻)3.理想国家のあり方と条件 とくに哲学のやくわりについて。(第5巻-第7巻)4.不完全国家とそれに対応する人間の諸形態。正しい生と不正な生の比較。 (第8巻-第9巻)5.詩(創作)への告発 <正義>の報酬。(第10巻) 最初に、正義についての問答が トラシュマコスとソクラテスの間で始まる。 トラシュマコスが、不正をした人間の方が、正しいことしかしない人間より、 よりよい(より有利な・より得な)人生を送ることができる、 と主張したのに対して、ソクラテスが <正義>は<不正>に常に勝つ・・というロジックを示すこと になりますが・・・ずばっと一言で納得させることはできず、 一個人の<正義>を議論するだけでは説明できないため、 国家の<正義>について考えてみよう、ということになります。 第2巻は、国家の<正義>を考えるにあたって、 想定する国家についての思考実験から始まります。 さまざまな職業の人々が集まり、国家ができていくさまが、なかなか興味深いです。 そして、その国家を統治する守護者に必要な条件と その守護者のための教育の要件が議論されます。 教育されるべきは・・・音楽・文芸、そして、体育。 しかし、神々の悪行をうたった詩歌は、排除すべきこと。 第5巻から、理想国家のありようが語られます。 男女平等に仕事を分担する社会・・・体力的な面は考慮するものの。 その一方で、貨幣や家畜等の私有財産の廃止だけにとどまらず 女性や子供も社会の共有財産とした社会・・・・これって「原始共産制」っていうのだろうか? その守護者は、哲学者であるべきこと、 あるべき正義・あるべき政治の姿を知っているものによる政治・・・哲人王、哲人政治 ということが述べられたところで、 上巻は終わります。 共産制社会を提唱した理由は、 ペロポネソス戦争の敗戦によるアテナイ経済の供給不足への答えであったこと、 哲人政治は、 ペロポネソス戦争後に植民地となったアテナイの三十人政権・僭主制や ソクラテスが死刑となったアテナイの民主制 への幻滅を踏まえての選択だったのでしょうか。 でも、 女性や子供の共有化 優秀な男子が、より多くの子孫を残せるしくみ 裕福な家の子供が、より良い教育を受ける権利を持つこと ・・・現在の価値観からみると、問題発言多すぎです。 こういう思想、一部を採って一部を捨てる、ということができないので、 現代思想におけるプラトン批判になっているのでしょうか。
2007.05.13
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期せずして、飛行機の中で、映画「ロッキー・ザ・ファイナル」を見ました。 還暦を迎え、愛妻・エイドリアンにも先立たれ、 「エイドリアン」の名前を冠したレストランを経営しつつ、 お墓参りをする日々のロッキー。 そのロッキーに、実力はピカイチだが、人気が伴わないヘビー級チャンピオン側から エキジビジョン・マッチが申し込まれる。 この挑戦を受けて立とうするロッキー。 でも、父親とは違う道を歩もうと、 慣れない会社勤めをしている一人息子から、 世間体を考えて止めてほしい、と懇願される。 映画の予告編にもありますが、 そこでのロッキーの言葉、 ロッキーの前のめりの姿勢・・健在でした。 The world ain't all sunshine and rainbows. It is about how hard you can get hit and keep moving forward, how much you can take and keep moving forward. That's how winning is done! 人生はバラ色ばかりじゃない。 いくら打たれても前に進むんだ。 自分を信じなきゃ人生じゃない。 かなわない夢はない!60歳を向かえての現役復帰に対して、ボクシング協会が懸念を示すシーンは、かつて辰吉選手が、「体大切にして、人生棒に振ったらあかん」と言っていたことを思い出しました。ロッキー、挑戦の大切さ・・・身を持って証明していました。(・・でも、普通だとなかなか、普通でないなにかが必要です)たぶん期待に反して、良かったと思う人は多い、と思います。
2007.05.13
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プラトン「ラケス 勇気について」 訳は、三嶋輝夫。 このゴールデン・ウィーク期間中、 この「ラケス」を手に入れようと、 家の近くの本屋さん・・・といっても、講談社学術文庫が置いているレベルの中堅の書店を6軒ほどめぐって、 「ラケス・・ラケス・・」となんだかひとり言を呟きながら、探しましたが発見できず。 しかたがないので、ネット書店で注文し、今回の出張に持って行きました。 ソクラテスのお父さんの友人だったというリュシマコスが、 息子の教育として何を学ばせることがよいことか、 ということを、 ニキアスとラケスという二人の軍人・・将軍に相談する。 その場に、ニキアスとラケスも若いが一目置くソクラテスも同席しています。 リュシマコスが、息子の教育には「重装武闘術」がどうか、問う。 ニキアスは、何でも学ぶことは良いことであり、重装武闘術もその学ぶべきことの一つとなる。 また、この科目を修得することで、さらに統帥術などへの勉強へもつながるのだ、という。 一方、ラケスは、何でも学ぶことは良いことといいたいが、重装武闘術があえて学ぶべきことか どうかは大いに疑問。だって、過去に重装武闘術を学んで、立派な将軍になった人などいないのだから。 真っ二つに割れた意見の裁定は、ソクラテスへ持ち込まれる。 で、結局、ここからはいつものとおり、ソクラテスの独壇場。 リュシマコスの息子が何を学ぶべきかを考えるための評価基準は、 学ぶことによって心に「徳」が備わるものを選ぶべきだということ。 でもさらに、「徳」がそもそも何であるか、を明らかにしないことにはいけない。 そして、「徳」を考えるにあたって、「徳」の一部分であり、 軍人が身につけるべきと思われる「勇気」が何であるかを明らかにしよう。 議論そのものは、 例の如くアポリアー(行きづまり)へ。 あっという間に読めてしまう小品でした。 でも、ちょっと欲求不満になるかもしれませんね。
2007.05.12
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大連出張から帰りました。今回は、事前準備万端だったので、とても密度の濃い打合せをすることができました。ところで、今回の夕食は、中国の東北地方の昔の家の家庭料理を再現したお店に連れて行っていただきました。お店の名前は、「百姓村」。百姓村・・お百姓さんの村なのか~、と思いましたが、百姓=大衆、という意味のようです。まず、いつものように食材選びからスタートでした。・・・といっても、しゃぶしゃぶのお店なんかと雰囲気は同じでした。食用蛙・・カエルさんやなまこやしゃこ・・等は、今回はパスしました・・ホッ。で、食べたのは、こちら。写真を撮りそこないましたが、部屋の装飾は、1969年・・文化大革命前の頃の中国・東北地方の農家の一部屋といった風情。壁に「毛沢東語録」も架かっていました。大連市内では、昔の中国庶民の料理が食べられのは、まだここだけ、とのことでした。
2007.05.12
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明日から、大連出張。今回の目的は、開発委託案件の説明とともに、品質保証計画及び品質評価指標についての議論になります。今日のメールに、ITProの連載記事、「これがITのチャイナ・リスクだ」があったので目がとまりました。現在、掲載開始中。記事の内容は、オフショア開発の観点ではなく、中国現地でのシステム導入・運用に対するリスクです。中国の企業、ここ数年、ソフトウェア業界が要員構成の見直しに迫られている派遣や再委託先などの懸念はなく、全員が直社員。でも、終身雇用ではなく、だいたい3年毎の契約なのと、スキルアップすると、昇給よりも転職の方がはるかに待遇改善に直結するようなので、人の引きとめ・確保はなかなか苦労しています。そのこともあり、組織としての対応をどこまで期待するか、戦略パートナーとしていかに育て協力していくか、という発想になってしまいますが、思案半ばです。▼これがITのチャイナ・リスクだhttp://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070426/269678/(1)国産ERPパッケージだけでは通じないhttp://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070426/269683/(2)人材の確保は困難,IT担当者はいなくなることを前提にhttp://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070507/270030/(3)人手でやるか,システム化するか,それが問題だhttp://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20070507/270021/(4)中国だから安い、と思うなかれ (2007/05/10公開予定)(5)日系ベンダーのサポートは手薄 (2007/05/11公開予定)(6)万事うまくいかないと心得よ (2007/05/14公開予定)(7)ネットワークは日本のようにはつながらない (2007/05/15公開予定)
2007.05.09
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プラトン「パルメニデス イデアについて」 訳は、田中 美知太郎 。 プラトン全集4巻「パルメニデス ピレボス」より。 パルメニデス・・・ 「あるものはある、あらぬものはあらぬ」として、「あらぬ」=「無」を否定。 世界の多様性は見せかけであり、われわれの目の前に現れる 現象の背後には真の存在者「一なるもの」 のみが「ある」とした。 ゼノン・・・ 「アクレウスは亀に追いつけない」「飛んでいる矢は止まっている」等の パラドックスで有名。 物語は、 パルメニデス 65歳、 パルメニデスの弟子・ゼノン 40歳 ソクラテス 20歳頃 の設定。 当然、プラトンの生まれる前のお話。 ゼノンがアテナイで、新論文のお披露目の朗読会を開く。 ゼノンの先生パルメニデスも同席している。 朗読を聴き終えたソクラテスが、ゼノンに質問するところから始まります。 副題にあるとおり、 前半は、「イデア」の存在をソクラテスが、パルメニデスから 一生懸命引き出そうとします。 「・・これらの形相は、ちょうどお手本(原型)のようなものとして、 自然のうちに不動のあり方をするものの、 複写物(同じように似せてつくられたもの)としてあるのだということです。 そしてこの限りにおいて、形相に対する他の事物の分有(共有)関係というのは、 他の事物が形相に似たあり方をさせられる(似せられる)ということに ほかならないということになるのです。」 でも、パルメニデスの方が、年の功もあり、うわ手に描かれています。 「・・もし形相が、そうあらねばならぬとわれわれが主張するような性質のものだとすると、 それは知ることのできない(不可知の)ものだということが当然の結果として出てくる・・」 形相を不可知とする立場を固執する相手は、容易に納得しないだろう、 とイデアを前提した場合のアポリアー(行きづまり)を指摘する。 ただ、ソクラテスも簡単に納得しない。 なぜそうなるのか、と重ねて問う。 そこで、物語の後半、 パルメニデスが問答法の先生になった対話がはじまる。 でも、ここでの議論、 解説に整理されていますが、 イ.部分と全体、終始、限、形態、あり場所、動と静 ロ.同と異、類似と不類似、等と不等、大と小 ハ.年長と年下、同年、時間、有(う・ある)、知識、名、思いなし、感覚 の分類と、その組み合わせを使って、 「一」と「一以外」「多」等の存在について議論しているのですが、 このケースなり場合分けの列記が、順序だてた議論に思えず、 また、網羅的なのかわからず、 最後の落としどころがあるようにも見えず、 ちょっとつらい。 途中、イデアの例として、「ものが異なるのには、異なるということそのことがなければ ならず、その<異>によってはじめて「異なる」という考えがでてくるが、 こういう考え方、全然馴染みません。 プラトンの中期の作品と思っていましたが、 解説読むと、後期の最初の作品とのこと。 初期・中期の楽しげな話との落差を感じた瞬間でした。
2007.05.09
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