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村上憲郎「一生食べられる働き方」(PHP新書)2012年刊 新卒で日立電子に入社し、初仕事は、福島第一原発の振動実験・・ 月の残業200時間という生活。 それが可能だったのは、仕事そのものが面白かったことと、 「大義名分」があったから。 その後、様々なビジネスができたのは、 常に「大局観」を持っていたから。 「大局観」があったからこそ、「次に何が流行るかわか」った。 また、そうでない場合でも、 自分が狙って、流行らせたものもあった。 グーグルの強さは、ビジネスモデルのシンプルさにある。 これが苦境に陥っている日本の家電メーカーなどと大きく異なる。 そして、 日本企業の多くは、モンキートラップにはまっている。 モンキートラップとは・・ 猿の手がやっと入るくらいの小さな口の容器に餌を入れておくと、 猿が手を入れて、餌を獲る。 でも、餌を握りしめた猿の手は抜けない。 餌を離せば、手は抜けて逃げられるのに、餌を握りしめて離そうとしない ばかりに手が抜けなくて、猿はつかまってしまう。 成功体験を握りしめたまま自滅することをやめることが先決である。 学生運動による逮捕歴あった村上さん、 世界革命・・の夢が挫折し、転向後、ビジネスするにあたってのよりどころ、 仕事の倫理的根拠は、ハイエクにあった、といいます。 ハイエクは正義について語るとき、 あくまで身の丈から出発することを重視した。 自分の利益、家族の利益、自分の会社の利益、自分の地域社会の利益という、 自分の同心円状で、私利私欲で行動すればよい。 私欲から出た行動は、市場を通して、社会全体の利益につながる。 市場を重視しつつ、競争に敗れた人のためのセーフティーネットを用意する。 でも、世界革命の夢があったからこそ、 「大局観」を持ち続けられたのだと思う、と。 村上さんのアドバイス・・「食うために働け。 そして、世界をイメージせよ」<目次>第1章 明日の食料に戦慄せよ第2章 セールスを愛したエンジニア第3章 自分の強みを活かす第4章 成長する企業、消えていく企業第5章 リスクを取れ!そうすれば変化がついてくる第6章 あなたは世界をイメージできるか
2013.11.30
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中澤二朗 「働くこと」を企業と大人にたずねたい ―これから社会へ出る人のための仕事の物語東洋経済新報社2012年刊 現代は「三つの喪失」の時代・・ 生きがいの喪失、つながりの喪失、企業活力と暮らしの土台の喪失。 本書を読んでいて、とりわけ大切なのは、 「つながり」なんだと思います。 その理由は、≪心の自然破壊を防ぐものは、心のつながりである。 心と心がうまくつながっているところでは、 災害が起こらないし、起こっても修復が早い≫から。 つながりとは、絆であり、信頼である。 ことに、無条件の信頼が築けるかどうかにある。 過去の日本的経営には、丸抱えの「ヒトとしての経営」があり、 その限界が、欧米流の「モノとしての経営」にシフトすることになった。 でも、「ヒトとしての経営」をすべて捨て去るのは暴挙であり、 日本的経営を見直し、「ヒトとしての経営」の良さを再発見・再発掘することは 現在でも有効なはずである。 しごとのプロとして、「しごとの壁」に習熟しつつ、 タコツボにならないために、「しごとの穴」を通して、社会とのつながりを持つ ことが大切である。<目次>前編 「素朴な疑問」を解き明かす(二人の青年と「素朴な疑問」;変質する産業社会;地軸のすすめ)後編 「素朴な疑問」への回答(「良き企業」とはどういう企業か;「良き企業人」とはどういう人か;「良き企業人」にどうしたらなれるのか;「良き社会」とはどういう社会か)それから五〇年、二人の対話
2013.11.30
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孫崎享「日本の「情報と外交」」(PHP新書)2012年刊 スパイの役割は、 「現場に行け、現場に聞け」である。≪「現場に行け、現場に聞け」は、たんに物理的に現場にいることを意味しない。 「現場」の人々が何を考えているかを知ることを意味する。≫ そのため、 佐藤優さんと同じく、相手の内在的論理を知るシミュレーションをするために、 良質な小説を読むことの大切さを勧められています。 ≪分析する者は、いろいろな材料を使い、今日の時点での分析をする。 この材料は今日の時点で有効である。 しかし、明日になれば別の要因が現れる。 かつ、その重要度は変わる。 今日の分析が完璧であることには自信をもってよい。 その努力はすべきである。 しかし同期に、「今日の分析は今日のもの、明日は豹変する」、 この謙虚さをもつ必要がある。≫<目次>第1章 今日の分析は今日のもの、明日は豹変する―イラン・イラク戦争(一九八〇~八八年)第2章 現場に行け、現場に聞け―NATOのベオグラード空爆(一九九九年)第3章 情報のマフィアに入れ―オイルショック(一九七三年)第4章 まず大国(米国)の優先順位を知れ―ニクソン訪中(一九七一年)第5章 十五秒で話せ、一枚で報告せよ第6章 スパイより盗聴―ミッドウェー海戦(一九四二年)第7章 「知るべき人へ」の情報から「共有」の情報へ―米国同時多発テロ事件(二〇〇一年)第8章 情報グループは政策グループと対立する宿命(かつ通常負ける)―湾岸戦争(一九九一年)第9章 学べ、学べ、歴史も学べ―日米貿易摩擦(一九九〇年代)第10章 独自戦略の模索が情報組織構築のもと
2013.11.30
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菊池正史「官房長官を見れば政権の実力がわかる」(PHP新書)2013年刊 菅さんと枝野さんの違い・・ アルジェリアでのテロの際、菅さんは、安倍首相が外遊してしていたにもかかわらず、 終始一貫、総理の指示によって政府が動いている、と印象づけた。 震災後の原発事故対応で、枝野さんは不眠不休で対応し、賞賛された。 でも、リーダーである菅さんをマネージすることができなかった・・半ば放棄した、 といってしまうと、枝野さんには気の毒ですが、 のちの民主党大反省会でも、危機管理における「情報集約、準備、運営」のマネジメント ができなかったと自省されていたので、認識はあったのだと思います。 「真の政治主導とは、 官僚を使いこなしながら、国民の声を国会に反映させつつ、 国益を最大限に増大させること」<目次>第1章 菅義偉VS枝野幸男第2章 「闘将」野中広務第3章 「懐刀」後藤田正晴第4章 「影」福田康夫第5章 内閣官房長官の原点第6章 第一次安倍政権はなぜ失敗したのか
2013.11.30
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羽生善治「直感力」(PHP新書)2012年刊 直感とは何か? 直感とは、論理的思考が瞬時に行われるようなもの。 直感とは、今まで習得してきたこと、学んできたこと、知識、類似したケースなどを 総合したプロセスなのではないか。 長く考えても、それだけ思考は深まっていかない。 ある程度考えると、あとは、複数の選択肢を選ぶために迷っている。 直感は、何かを導き出すときだけに働くのではなく、 直感 自分の選択、決断を信じてその他をみないことにできる、 惑わされないという意志、でもある。 直感を働かせるためには、 目の前の現象に惑わされないこと。 リラックスした状態で集中すること。 余裕がないと、直感は生まれない。 そのために、あえて「考えない」時間を意識的に作る。 直感は、経験によって熟成していく。 そのためも心得・・ 道のりを振り返らない 自己否定をしない 先達にならう キャンセル待ちをする 想像力と創造力 ツキを超越する強さを持つ 情熱をもち続ける ・・以上を通して、自分自身に拠り所を求める。 <目次>第1章 直感は、磨くことができる第2章 無理をしない第3章 囚われない第4章 力を借りる第5章 直感と情報第6章 あきらめること、あきらめないこと第7章 自然体の強さ第8章 変えるもの、変えられないもの
2013.11.21
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齋藤孝「最強の人生指南書」(祥伝社新書)2010年刊「心を以て字無きの書を読むべし」(言志後録138条) 字のない本、すなわち実社会や現象というものこそを 読まなければならない。凡そ教(おしえ)は外よりして入り、工夫は内よりして出づ。内よりして出づるは、必ず諸(こ)れを外に験(ため)し、外よりして入るは、当(まさ)に諸(こ)れを内に原(たず)ぬべし。(言志後録 5条)すべての教は外より入って来るものであり、工夫は自分の内から考え出すものである。それで自分の内から考え出したものは、必ずこれを外で験めして正しいことを実証すべきである。また、外からの知識は、自分でその正否を検討すべきものである。一燈を提げて暗夜を行く 暗夜を憂うること勿れ、只だ一燈を頼め。 ≪一燈は精神的支柱でも、技術でも、やる気でも何でもかまいません。 また、時期によって提灯から懐中電灯へというように、必要に応じて持ち替えても かまいません。 でも、いくつも同時に持ってしまうと、明るくなりすぎてかえってどちらへも進んで いいのかわからなくなるような気がします。≫≪・・燈を一つに絞るということが大きな意味を持つのではないかと思います。≫ 「三学」・・ 若いとき・・少年老い易く学成り難し 壮年期は、仕事の上でも大いに学ぶべきとき。 仕事以外も、語学や趣味を身に付ければ、老いて豊かなり。 老いたときは、学ぶこと自体が、気力と体力の源泉となる。<目次>序 章 現代こそ『言志四録』が役に立つ論語ブームと『言志四録』心に響く「短い言葉」幕末の志士たちが学んだ東洋の叡智第一章 「忙しい」の九割は無駄な仕事のせい――仕事術事前によく考えれば、スムーズに進む仕事はまず解決可能性と優先順位を判断する目の前のことから「料理」するトラブルは早めに処理せよ急ぎの文書ほど、ゆっくり考えろ攻めている方よりも守っている方が上である利害の調整を上手くせよ「思う」から「工夫」へ「忙しい」の九割は無駄な仕事のせいである過去よりも現在の過ちに目を向けよ上手に下がれ利益を得ることが悪いわけじゃないできる人は大局観を持っている視点移動で見えないものが見えてくる「予測力」が実力を左右する一流の人達に共通するものとは自分のスタイルを知るべき時「己」を持っているか人の言葉は拒まず、鵜呑みにせず他人を受け入れる器量コミュニケーションとモチベーションのための言葉一呼吸で大きく変わる若者は老人のように、老人は若者のように第二章 才能よりも包容力を持て――人間関係・リーダー論第一印象は間違いない好き嫌いが判断を誤らせる人間を座標軸で捉える人との関係も「音楽」だ情と欲を使いこなすには人の気持ちをつかむのに必要な「心の中和」人心をつかむにはストレス発散をうまく使う信用があればできないことはない禍は口より出で、病は口より入る他人には「春」、自分には「秋」相手に聞いていることを伝える才能よりも包容力を持て人を育てるのに必要なバランス感覚禍は下からでなく、上から起こる上司に必要なのは重要性の判断を伝えること教育とは、天から与えられた仕事だ第三章 志があれば、何からでも学べる――学習法人生はいつでも学ぶべきときである――「三学の教え」師をどう選べばよいか志があれば何からでも学べる自然の生命力から学ぶ自然から「回す力」を学ぶ字のない本を読め月や花の何を見ているか学ぶためには「発憤」が必要だ学問に不可欠なものを一字で表わすと聡明さの横糸と縦糸心にスペースを持て疑うことは悟ることアウトプットを考えながらインプットせよ自分の言葉を自分で聞け優れた言葉は心の鍼である集中して本を読むには人それぞれに適した方法で学ぶ他人からではなく、天から評価される人になれ人生を二つに分けて考える第四章 「やむを得ざる」の生き方――人生論「やむを得ない」のが本物だ夢を見るのではなく、夢に見ろ自分だけの「提灯」を見つけろ欲も野心も使い方次第名誉は必ずしも棄てなくていい心の特別な働きとは心がふさいだときは間違いやすい人間性をクリアに分析してみる身体から心をコントロールする心の奥底に鍼を打つ日本人が持っていたみぞおちの感覚「地」のイメージを生活に取り入れる人生を表わす二つの文
2013.11.21
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加藤嘉一・古市憲寿「頼れない国でどう生きようか」(PHP新書)2012年刊加藤「僕は、自分が見たものしか信用しない。 現場を大事にするということ。」≪現場に行く。 現場で情報を取る。 現場で表現する。 そういう「現場力」が足りない。≫(加藤)古市「研究者の掲げる理論は一見中立的なフリをしていますが、 実はその人の経験にかなり裏打ちされたものが多い。」 「現場は大事なのだけど、同時に「会議室」も大事だと 思うんですね。」 現場と会議室の両方があって、事件は解決できる。 「現場だけだと、どうしても一回限りの体験や経験で終わってしまう。 事件が起きて、その場で問題は解決しても、情報が蓄積されない。 一度会議室に持ち込んで、抽象的な理論に落とし込んでおくと、 それがまた次の事件にも使える。」語学をどう身につけるか・・ 加藤「訓練として必ずやっていたのは、日本語で聞いたことは英語でメモを 取るということ。」 「あとは辞書を引きまくる。」 「・・ラジオをひたすら聞く。ニュース専門の局にチューニングして、 寝ているときも聞いていました。」 「ヒア」を「リッスン」に、「聞こえる」を、「聞く」を加える。<目次>第1章 語学をどう身につけるか第2章 使える情報をどう集めるか第3章 どうすれば読まれる文章が書けるか第4章 自分をどう管理するか第5章 人間関係をどうマネジメントするか第6章 日本と中国、どう見据えるべきか第7章 「若さ」という武器第8章 これからどう生きていくか
2013.11.21
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佐藤拓「日本の怖い数字」(PHP新書)2012年刊 沖縄にある米軍基地は、沖縄本土の18.4%を占める。 でも、沖縄の県民総所得のうち、米軍基地関係所得の占める割合は、 5.2%にまで下がっている・・意外にも?! 藤井聡さんが「公共事業が日本を救う」の中で、 ガンガンに国土強靭化プロジェクトを始めないと、 日本が危ないと力説されていましたが、 衝撃なのは、「日本が老朽化している」というレポート・・ たとえば、 全国にかかっている「橋」で、長さが15メートル以上の橋は、 約15万7000橋ある。 このうち、築50年以上のものは、8%(13000橋)。 築40年以上のものは、26%(40000橋)。 もちろん、道路も同様。 小中高生の自殺率・・ 日本では、毎日、児童生徒が一人ずつ自殺している(>_
2013.11.21
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内山力「確率を知らずに計画を立てるな」(PHP新書)2013年刊 確率思考のポイント・・ まず、母集団は何か、を見極める 標本は代表となっているか? 「標本が母集団を表しているか」 「母集団をどの範囲ととらえるか」 そして、 大数の法則 があることを知っておく。 イチローの2打席目の打率は何割か? イチローの平均打率が、3割5分だとして、 1打席目を凡退した後の、2打席目の打率はどれだけか? もし各打席が独立事象であれば、 3割5分となる。 しかし、バッティングは、独立事象ではないので、 ヒットを打つ確率は、 1 - 0.65*0.65(2打席連続凡退する確率) =1 - 0.42 = 0.58 ・・・なんと、 58%に跳ね上がります。 本書では、2打席目に凡退する確率は、25%という調査結果が使われているため、 1 - 0.25/0.65 = 0.62 ・・・凡退後の2打席目は打撃6割超のバッターだった、と。<目次>1 内閣支持率30%の怪しさ2 なぜ商品は多品種化していくの?3 「50%の確率で目標を達成します」と言おう4 ノーヒットのイチローが次にヒットを打つ確率は3割5分?それとも6割?5 普通に仕事をやれば2回に1回は遅れる6 なぜNHKより民放の方が「当選確実」を打つのが早いのか7 商品のシェアってどうやって決まるの?8 迷惑メールは読む前にゴミ箱へ9 起きたら大変なことを、起きないようにはできない10 「あと10分」という待ち時間はどうやって決めている?
2013.11.21
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佐藤一斎「人の上に立つ人」の勉強―45分で読める『言志四録』+『重職心得箇条』訳 坂井昌彦三笠書房2002年刊意外にも、本書で目に止まったのは、「忙しさ」に対する一斎先生の忠告でした。今人(こんじん)おおむね口に多忙を説く。そのすところを視るに、実事を整頓するもの十に一二。閑事を料理するもの十に八九、また閑事を認めてもって実事となす。宜(うべ)なりその多忙なるや。志ある者誤ってこの?(か)を踏ふむことなかれ。「言志録」31条≪今どきの人は、口癖のように「忙しい」という。 その実態を観察すると、本当に必要な仕事をしているのは、 十人中の一人か二人で、残りの八人、九人は役にも立たない事を やっているだけだ。 それでいて、本人たちは大事な仕事をやっているつもりで忙しがっている のである。 志のある者は、こんなつまらぬ風潮の「穴」にはまり込んではならない。≫;人はすべからく忙裏に間(門+月)を占め、苦中に楽を存する工夫を著(つ)くべし「言志耋(てつ)録」113条≪人は、どんなに忙しくても、静かな時のような心境を保たなくてはならない。 また、どんなに苦しい時でも、その中で楽しみを見つけて保つ工夫が なくてはならない。≫『重職心得箇条』八.重職たるもの、勤向繁多(つとめむきはんた)と云ふ口上は恥ずべき事なり。 仮令(たとい)世話敷(せわしく)とも世話敷(せわしき)と云はぬが能(よ)きなり。 随分手のすき、心に有余あるに非(あらざ)れば、大事に心付かぬもの也。 重職小事を自らし、諸役に任使する事能(あた)わざる故に、 諸役自然ともたれる所ありて、重職多事になる勢(いきおい)あり。≪重職たるもの、仕事が忙しいなどと口にするのは恥ずかしいことである。 たとえ本当に忙しくも、けっして忙しいなどと口に出してはならない。 なぜならば、十分に暇と心のゆとりがなかったら、 本来の仕事である重要要件と取り組むことができないではないか。 もし忙しいのが本当だとしたら、それこそ問題である。 それは重職自身が、さほど重要でもない細かい仕事に頭を突っ込んで、 その仕事を担当部署の部下たちに任せないからである。 そして、担当を任せてもらえない部下たちは仕事をしなくなり、 重職は本来の大事な仕事もできずに、ますます忙しくなるのである。≫そして、最後に一番大切なのは、このことなのでは、と思うのでした。立志は高明を要し、著力は切実を要し、工夫を精密を要し、期望は遠大を要す。「言志耋(てつ)録」26条≪志は高く明確であるべきだ。 力の入れ所は勘所を押さえて適切であり、 仕事は精密でなくてはならない。 そして、 努力目標は、できるだけ遠大なものでありたい。≫≪どんなときでも「目線」を下げない。≫ <目次>第1部 『言志四録』を読む―先人は、この「60の知恵」で自分の壁を越えてきた!(永遠の「若さ、知力、意欲」を維持する秘訣いつでも「気分よく」仕事をする方法過去に未練をもたない、未来に気を揉まないどんなときでも「目線」を下げない伸びる人は、細かいことにも手を抜かない ほか)第2部 『重職心得箇条』を読む―人の上に立つ人の「器のつくり方・人の動かし方」17の秘訣(心に油断なく、軽挙をつつしめ自分の好みで部下を使うな断固、守るべきものは守り、変えるべきものは変えよ前例、慣習にこだわるな「転機」と「応機」に全神経をつかえ ほか)
2013.11.20
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パム・スミス「感情労働としての看護」訳 武井麻子・前田泰樹ゆみる出版2000年刊 感情労働の代表として、 看護婦さんが取り上げられていますが、 看護婦さんを、SEやプロマネに置き換えても さほど違和感がないと思うのは、気のせい・・ではないと思います。≪看護婦さんたちは、スーパーマーケットの店員よりも人の言いなりになっています。≫ ナースコールを受けると、一瞬しかめっ面をして、 にっこり笑って患者さんのところへ向かう。 看護婦さんの本音は・・≪患者さん全員が好きだなんて、私、全然思いません。 患者に親切に、と言われます。 でも、患者さんが私に親切でなければ、親切にする必要もないと思います。≫ ベテランの師長さんは・・≪年をとった人とかかわる際に、いろいろと我慢することを学ぶのも、 訓練のうちです。・・ 感情を抑えるにはたいへんな忍耐が必要ですものね。≫ ただ、どこの職場でもありがちなことは・・≪なぜか見事に患者の心をつかむ能力は、学年が進むにつれて無くなっていきます。 あれは、周囲で使われている医療技術の半分もわかってなくて、 すべての仕事をこなすにはものすごいスピードが必要なこともわかっていないから できることなんですね。 私もよく、座って患者さんとお話ししていて、怒鳴られたものです。 腰を下ろして患者さんと話している暇があったら、やること山ほどあるでしょ って言われるのです。≫<目次>第1章 序論第2章 世間の水につかる―ケアを担う看護婦を選抜し、テストし、そして期待する第3章 ケアについてはまったく何も語られない―看護の知の定義づけ第4章 患者の具合の悪いところから学ぶ―看護の仕事の定義づけ第5章 病棟婦長と感情ワークの基礎構造―病棟での感情ワークを目にみえるものにすること第6章 病院で死ぬこと―究極の感情労働第7章 ケアリングの軌跡―ケアリングのスタイルと能力の時間にともなう変化第8章 結論
2013.11.20
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菊地克仁「三週間で自分が変わる文字の書き方」(PHP新書)PHP研究所 2013年刊≪文字には潜在意識が痕跡となって残されている。≫たとえば、「福」という文字一つとってみてみると・・「お金が貯まらない」人は・・ 「福」の字の「田」の左下に隙間ができる傾向がある「ルールや約束ごとは絶対に守り抜く」人は、 「福」の字の「口」と「田」の左上をきちんとつけて書く傾向がある 一方、「ルールよりも自分の感性を大事にする」人は、 「福」の字の「口」と「田」の左上を空けて書く傾向がある「ルールをきちんと守って誠実に行動する」人は、 「福」の字の「口」と「田」の右上の部分をきちんと折って 角にして書く傾向があるまた、「反対意見の人の話を素直に聞けない」人は、 「福」の字の編と旁のあいだの空間が狭い傾向がある などなど・・ 「逆もまた真なり」かどうかは疑問の残るところですが、 潜在意識がそのような癖字を書かせているという仮説に立つと、 自分がなりたい性格の字を書く癖を身に付けることで 性格・・潜在意識に働きかけることができるようになります。 菊池さんのアドバイスは、 いっぺんにあれもこれも変えるのではなく、 1箇所だけを3週間かけて直しなさい、と。 <目次>第1章 文字の書き方で何がわかる?(安定した暮らしには興味がない女性のケースほんとうの自分を見つけるために ほか)第2章 タイプ別21の性格・行動診断(背伸びをしてまで自分をよく見せようとはしないある特定の分野で才能や才覚に優れたものをもっている ほか)第3章 たった三週間で内面から変わる!(文字の書き方を一カ所変えて幸運を引き寄せる文字を変えることには苦痛がともなう ほか)第4章 変身後がほんとうのスタートだ(変身したあとのことを考えてみよう次は望む姿に変身した自分が前提になる ほか)終章 潜在意識のパワーを活用する(意識と潜在意識はこんなに違う文字の診断を使わずに潜在意識を変える方法 ほか)
2013.11.20
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ひのまどか「ビゼー―劇場に命をかけた男」(作曲家の物語シリーズ)リブリオ出版2007年刊 扁桃腺炎になって3日目・・ 抗生物質で抑えているものの、喉の痛みと、熱が続いています。 年に1度、扁桃腺炎になる度に、 抗生物質がなければ、永遠に治らないのではないか、と思っています。 ところで、 ビゼーの人生にとっても、扁桃腺炎は、一生ついてまわった持病でした。 パリコミューン前後のフランスに、抗生物質はなく、 いったん扁桃腺炎にかかると、2~3週間寝込まざるをえませんでした。 物を飲み込むこともできない日々が何日も続き、病気が治る頃には、 体重な何キロも減っていた、といいます。 当時、瀉血が流行っていて、12匹のヒルを喉に吸い付かせるなんてことも したようですが、全く効果はありませんでした。 今日では、不朽の名作「アルルの女」「カルメン」も、 初演の評価は散々でした。 批評家たちを買収することや、コネを嫌ったビゼーにとって、 オペラの作曲家として、様々な陰謀や悪意に打ち克つための強靭な精神と 忍耐力が必要でした。 オペラの作曲そのものも、一日15~16時間の作曲の連続に、 直前は3日連続の徹夜など、体力をつかうものでした。 900ページから1200ページのスコアを仕上げても、 劇場との交渉が上手くいかなければ、いつまでたっても上演されず、 舞台装置や衣装に費用をかけてもらえず、 満足のいく歌手たちが雇えず・・の苦難の日々。 ようやく「カルメン」が認めらた矢先、 リューマチか心臓発作か不明ですが、36歳で亡くなります。 ビゼーの訃報には、批評家たちの手のひらを返した、 劇賞の記事があふれたといいます。<目次>1 巨匠たちの夜会2 青春のローマ3 オペラ・デビュー4 セーヌ川のほとりで5 結婚の条件6 内に心配、外に恐怖7 「アルルの女」8 「カルメン」への道のり9 「カルメン」10 三ヶ月後そして、いま
2013.11.17
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斎藤孝「人はチームで磨かれる - 職場を元気にする72の質問」2013年刊日本経済新聞出版社 人がただ集まっただけでは「集団」にすぎない。 この「集団」を「チーム」に変えることによって、組織の力を大きく引き出すことができるようになる。 メンバー一人一人を知り、目標とモチベーションと情報を共有する。 そのチームの一員になることは、喜びでもある。 「チーム」になるための「大前提はメンバー全員が当事者意識を持つ」ことにある。 まずは「自分はチームのために何ができるのか」を常に考える癖をつけることが第一歩になる。「新人・若手に限った話ではないが、重要なのは、 「自分はチームに貢献している」ということを意識させることだ。」 「全員がリーダー的な気概を持ち、なおかつチーム全体としても調和していなければならない」 そんなチームにおいて、 「リーダーに必要なのは、空気を読んだ上で、 それを好転させる工夫」が必要となる。 また、リーダーのストレスマネジメントの一つとしては、 リーダーの方から、部下に相談を持ちかけてみることがある。 ドラッカーは、「未来の企業はオーケストラのようになるだろう」と述べている。 それは譜面どおりに演奏する集団を指しているのではなく、「ビジネスの場合は、演奏すべき『譜面』はない。 あるいは、書きながら演奏する譜面のみである」といい、 ジャズ的な即興演奏的な要素が求められる、という。 <目次>序 章 なぜチームなのか第1章 チームは「小学校」を見習え第2章 興奮がなければチームではない第3章 仕事場を「祝祭の場」にしよう第4章 「ゴール」を意識しよう 第5章 個人のストレスにはチームで立ち向かえ
2013.11.17
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コーチングのすべて――その成り立ち・流派・理論から実践の指針まで ジョセフ・オコナー、アンドレア・ラゲス訳 杉井 要一郎2012年刊英治出版人間性心理学の原則・・ 人間に対して楽観的な考え方をすること。 人間は成長と発展を望み、人間にとって自然な道は前に進むことだと仮定する。 人間は自己実現を求めている。 マズロー曰く、「自分自身の力で平和な気持ちになろうとするなら、音楽家は曲を創り、 画家は絵を描き、詩人は詩を書かねばならない。 人は自分がなり得るものにならなければならない。 この心理的欲求こそが我々の言う自己実現なのだ。(中略) 人間性心理学が取り上げるのは、人間が達成感を求める気持ち、つまり 人間が実際になれるものになろう、自分がなれるものすべてになろうとする性質なのだ」 構成主義・・≪構成主義は、人間は自分の経験から自分の世界を積極的に作り上げる(「構成する」)という考えを展開しています。≫ どの人も、自分の人生においては、ドラマの主役である。「人間には生まれついての性質はないが経歴がある。 人間は何ものでもないが、ドラマとなる。 人間の人生とは選択しなければならない何かであり、 人生はその道のりを進むにつれて完成していく。 人間の本質はそうした選択と創意工夫にある。 人間はそれぞれが、自分自身のことを記す小説家であり、 独創的な作家になるか、盗用作家になるかは選べるが、 選択することからは免れられない・・ 人間は自由になるよう、運命づけられているのだ」 (ハインツ・フォン・フォルスター)「人は、近くにあるものを見つけるために、 遠くを旅しなければならないこともある」(ユリ・シュルヴィッツ)「誰もみな、自分の視野の限界を世界の限界だと思い込んでいる」(アーサー・ショーペンハウアー)「我々が(見るもの)は、主に我々が(求めているもの)によって決まる」(ジョン・ラボック)「現実とは、存在しないと思い込んでも、 消えてはくれないものだ」(フィリップ・K・ディック)「状況は変わらない。 私たちが変わるのである」(ヘンリー・デイヴィッド・ソロー)「私たちが皆、未来について心配するのは、 人生の残りをそこで過ごさなければならないからだ」(チャールズ・ケタリング)<目次>第I部 コーチングの歴史第1章 混沌の縁にあるコーチング第2章 コーチングの歴史 人物編第3章 コーチングの歴史 時代編第II部 コーチングのモデル第4章 インナーゲーム、GROW、コーアクティブ・コーチング第5章 インテグラル・コーチング第6章 NLPコーチング第7章 ポジティブ心理学コーチング第8章 行動コーチング第9章 オントロジカル・コーチング第10章 インテグレーテッド・モデル第III部 コーチングの効果第11章 コーチングの効果測定第12章 発達コーチング第13章 脱近代主義的コーチング第14章 コーチングの未来
2013.11.17
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伊藤守「部下を持つ人のコーチング入門」2012年刊アスペクト 「部下のモチベーションを上げる」というが、 よくできる部下は、上司のモチベーションを上げるものである。 それは、前向きで、自立型の部下といえる。 ではどうすれば、そのような部下を開発することができるようになるか? コミュニケーションの問題は、その場のコミュニケーションだけで解決することはない。 普段の上司の態度が大きく左右する。 「部下を知る」ことに終わりはない。 思い込みを捨て、常に情報収集をする。 心理学者のアドラー曰く、 「人が仕事で失敗するのは、単に知識や経験が不足しているからではなく、 90%以上は、そこに関わりを作り出せないから」である。 「自分自身への質問は、人の成長に欠かせないものだ。」 自分への質問が成長の糧になる。「自分への質問を通して、人は自分自身について知る機会を手にする。 それは単に、成功しているか、失敗しているかの検証だけではなく、 その背景にある理由を知る助けになる。 仕事や人生でうまくいっている人たちは、自分の仕事への態度や、 人生そのものを常に検証しているものだ。 つまり、自分に対して効果的な質問をしている。」<目次>1 部下が育つ社会とは(自律型の部下を開発する上司のやる気を奪う部下 ほか)2 部下との関係の作り方(上司の前で部下は話さないビジョンを語り共有する ほか)3 部下とのコミュニケーションのとり方(安心感を生むコミュニケーション部下の問いに向き合う ほか)4 「質問力」がポイント(効果的な質問こそリーダーの責務自分への質問が成長の糧に ほか)5 コーチングの実践(回りくどい会話の対処法ワンパターンな行動の是正は ほか)
2013.11.17
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ひのまどか「スメタナ―音楽はチェコ人の命!」(作曲家の物語シリーズ)リブリオ出版 2004年刊 スメタナの母国、チェコも、 偉大な作曲家を生んだハンガリー、ポーランド、フィンランドと同じく、 苦難の歴史を歩んできた。 オーストリア・ハプスブルク帝国の領土となり、 チェコ人たちは政治・宗教・言論の自由を奪われて、 ドイツ語とカトリック教を強要される。 それに反対したボヘミア貴族は、殺されるか、国外追放となった。 チェコ語と、チェコ人の文化は、貧しい民衆や、職人や、農民の間にしか残らなかった。 「チェコ人にとって、音楽は命」だった。 チェコの音楽を復活させた、スメタナ。 スメタナの人生は・・大器晩成型。 42歳にして、ようやく作曲と指揮で食べていける見通しがついた。 それまでは、望んでいた音楽監督のポジションも、作曲したオペラが上演される機会も 得られず、十分の収入もなかった。 あまりにいびり倒されたため、耳が聞こえなくなり、 精神に異常をきたす最期は、無念でした。<目次>1 プルゼニュの人気者2 音楽生活のスタート3 スメタナ音楽塾4 悲しみの曲5 異国での成功6 仮劇場をめぐるドラマ7 『売られた花嫁』8 闘いの果て9 『わが祖国』10 悲しみのヤプケニツェ村そして、いま
2013.11.17
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シベリウス―アイノラ荘の音楽大使 (作曲家の物語シリーズ)ひのまどか「シベリウス―アイノラ荘の音楽大使」(作曲家の物語シリーズ) リブリオ出版 1994年刊 フィンランドは、ロシアの一自治国家であり、また、スウェーデンの属国であった。 近代になり、フィンランドが独立にあたっての精神的なよりどころとなったのは、 「カレワラ」であり、 それを音楽的に表現した「フィンランディア」であった。 ジャン・シベリウスの作曲スタイル・・ ≪頭の中にはすでに五十以上のメロディーがなり響いていたが、 彼は、それが完全な形になるまで書き留めなかった。 - 推敲に推敲を重ねよう。ベートーヴェンは、そうした。≫ ジャンの作曲の先生だった、ゴルトマルクは、こうアドバイスしていた。 ≪君は現状にあまんじることなく、より簡潔なスタイルで書くことを目ざしたまえ。 頭に浮かんだアイデアを、より内的性格を持つまで推敲したまえ。 ベートーヴェンは五十回も作り直した。≫ 晩年、ジャンは、喉頭がんになります。 ニコ中とアル中気味だった彼に、禁酒禁煙が言い渡されます。 その代わりに課せられたのが、 日記でした。 ・・ゆううつなこと、不満に思うこと、作曲進み具合、 病の再発への不安、悪化する経済状態などなど・・がすべて書き綴られた。 フィンランドに行く機会があれば、 ぜひ「カレワラ」の地、カレリア地方に行ってみたいですね。
2013.11.17
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ボロディン、ムソルグスキー、リムスキー・コルサコフ―嵐の時代をのりこえた「力強い仲間」 (作曲家の物語シリーズ)ひのまどか「ボロディン、ムソルグスキー、リムスキー・コルサコフ―嵐の時代をのりこえた「力強い仲間」」(作曲家の物語シリーズ) リブリオ出版1992年刊 日本で「ロシア五人組」と紹介されているグループですが、 知ってみると、決して5人だけのコミュニティではないし、 また、一人一人が強力で、ひとくくりではいえない音楽家たちでした。 でも、最初は専業の作曲家ではなく、 ボロディンは陸軍の医師で化学者、 ムソルグスキーは、陸軍近衛師団の新兵、 リムスキー・コルサコフは、海軍士官 バラキエフ曰く、≪ショパン、リスト、ベートーヴェン、これらは偉大な芸術だ。 だがわれわれはそれをまねてはいけない。 われわれはロシア人なのだから、こうしたものからは作曲技術だけを学びとり、 そのうえにたってロシアの音楽を書くべきなのだ。≫≪今きみがどの程度の力をもっているのかは問題ではない。 必要なのは熱意だ。 それがすべてを可能にする。≫ ボロディンは、作曲家よりも、一流の化学者として認められていた。 そのため、『日曜日の作曲家』状態だったが、 晩年は仕事が多忙で、『夏休みの作曲家』状態だった。<目次>1 化学者ボロディン2 陸軍士官ムソルグスキー3 バラキレフ・グループ4 海軍士官リムスキー・コルサコフ5 力強い仲間6 「ボリス・ゴドゥノフ」7 「イーゴリ公」8 ムソルグスキーの死9 ボロディンの死10「シェヘラザード」11 血の日曜日
2013.11.17
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ひのまどか「バルトーク―歌のなる木と亡命の日々」(作家の物語シリーズ)リブリオ出版1989年刊 若きバルトークは、友人のコダーイに促されて、 ハンガリーの民俗音楽を探し、記録する旅に出る。 鉄道が通り、近代化されるまでに、できる限り村々を回って、 歌を集めなければならない。 閉じた共同体に住む村人の心を開き、歌を聞かせてもらうように なるためには、はかり知れないほどの忍耐と努力と誠意がいる。 バルトークが集めたハンガリーの音楽を分析した結果わかったことは、 当時流行していたものの多くは、ジプシーの音楽であり、 ハンガリーのものではなかったこと。 重要な歌の多くは、女性によって歌い継がれてきたこと。 彼女たちこそが「歌のなる木」であったことだった。 さらにハンガリーの隣のルーマニアの村も訪れた。 そして、ハンガリーとルーマニアの音楽に密接なつながりがあることを発見した。 しかしこのことは、オーストリアやドイツとのつながりを求めている ハンガリーの愛国主義者たちから反発を受けることとなる。 バルトークが集めに集めた民俗音楽は、 ハンガリー民謡、2700曲 ルーマニア民謡、3500曲 スロヴァキア民謡、2500曲、 これに、ブルガリアやアラビアの歌があった。 でも、これらはまだごく一部の地域であった。 まだまだ未開拓の地、民俗音楽の沃野は残っていた。 しかし、第一次大戦の勃発・・ すべては失われてしまった(T_T)<目次>1 村にて2 歌のなる木3 コダーイ・ゾルターン4 作曲家、ピアニスト、民族音楽学者として6 寒々とした国よ6 ブダの丘7 第二次世界大戦8 亡命の日々9 内なる敵10 孤高の
2013.11.16
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総合芸術の開拓者 ワーグナー (世界の音楽家たち第2期) さいとう みのる 著杉山 薫里 絵 1849年5月3日のドレスデン革命に参加し、兵士にビラ配りをしたり、 クロイツ教会の塔のてっぺんで監視の役割をしたワーグナーは、 おたずね者になります。 1860年にザクセン王国以外の入国が許され、 1862年、ザクセン王国の許しも得られて、亡命生活が終わります。 でも、収入がほとんどない中、友人・知人からお金を借りまくっての贅沢三昧。 1864年、バイエルン国王ルードヴィッヒ2世の招待を受け、 一発逆転・・放浪生活も終わった、といいます。 ところで、 亡命中の1851年、スイスの大自然を前に、盛んに山歩きをし、 ゆったりとした時間を過ごした結果、 「ニーベルングの指輪」の台本が完成する。 他の作曲家と同じく、 自然との対話が、作曲活動に大きな影響を与えたといわれている。
2013.11.16
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新古典派の完成者 ブラームス (世界の音楽家たち第2期) さいとう みのる 著杉山 薫里 絵汐文社2006年刊 ブラームスの名曲は、 大自然との対話から生まれだした。 リヒテンタール、トゥッツイング、トゥーン、ヴィースバーデン、 プレースバウム、イシュル、ペルチャハの城館、リュシリコン・・などの 保養地、避暑地、別荘などの緑あふれる地をおとずれ、 大自然の中に身を置くことが、ブラームスは大好きだった。 朝4時頃に置き、早朝の森に出かけることが日課でした。<目次>1ゆったりと時間が流れる静かな田舎町に生まれました。 2小さい頃から本の虫で、音楽が大すきでした! 3家計を助けるためピアノ弾きをはじめました。 420歳になった1853年はめまぐるしい年でした! 5ブラームスは心をこめてシューマン家の面倒をみました 6クララへ愛をうちあけられませんでした。 7アガーテとの出会いは運命的だったはずなのに・・・ 8新たな音楽活動の場を求めウィーンへと旅立ちました! 9母の死をのりこえて!大作≪ドイツ・レクイエム≫をついに完成! 10長い長い年月をかけて、不滅の名曲≪交響曲第1番≫を書き上げました! 11交響曲第1番の完成で音楽家としての名声を確立 12名曲は大自然との対話から生まれ出ました! 13創作意欲の衰えを感じながらも、最後まで名作を生み出し続けました! 14J.S.バッハ(Bach)、ベートーヴェン(Beethoven)、 15ブラームス(Brahms)が「ドイツ音楽の3大B」と呼ばれ賞賛されています! 16ブラームスの家系図 17ブラームスの名曲・名演奏を聴いてみよう! 18ヨハネス・ブラームス(1833~1897)の年表
2013.11.16
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ひのまどか「総統のストラディヴァリ」マガジンハウス1998年刊 11月3日のNHKスペシャルは、 「至高のバイオリン ストラディヴァリウスの謎」 バイオリニスト・五明カレンさんによるストラディヴァリウスの謎に迫る旅、 なかなか良かったです。 本書は、このストラディヴァリウスを巡る物語・・ 楽器店主のセリフ・・ 「例えば、ここに全く同じ腕前の子が二人いたとします。 コンクールに出てどちらが勝つかといえば、 良い楽器を持っている方に決まってます。 音は良いし、難しいとこだって弾けてしまう。・・」 でも、お金がない、というと、 「先生、高い楽器を買う時は、皆さんそれこそ七所借りされます。 一生ものですから。どんな楽器を持つかで、その子の一生が決まります」 ヴァイオリンのパターン・・ アマティ、ストラディヴァリ、グァルネリ、シュタイナーのいずれかのパターンを 用いて、世界中の楽器職人は自分の楽器を作る。 「ヴァイオリン製作の名人は多いが、ストラディヴァリを凌ぐ天才は遂に出なかった。 だからいま残っている約600本は、ストラディヴァリというだけで大変な高値が付く。・・」 ヴァイオリン作り・・≪およそ200段階にも及ぶ製作の一つ一つの工程が、 大工の腕、彫刻家の感性、細工師の繊細な技巧、そして無限の労苦を要求した。≫≪楽器製作も修理も芸術だ。 この人も技術家なのだ。≫
2013.11.16
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一昨日、扁桃炎になってしまい、抗生物質に頼りながら、昨夜は、なんとか20時の会議まで頑張ったものの、 現在、ダウン中(+_+) ・・6時に起きて、帰阪の予定は中止。 身体が戻らないことにはどうしようもないので、帰省は、一週間延期。 いまメールチェックしたら、チケットぴあから、 来週のクリスチャン・ツィメルマンのコンサートが延期になった旨の連絡が入っていました。 理由は、「急性腰痛症を発症し、医師の診断により11月中は演奏が行えないことにな」った、とのこと。 今回の曲目は、ベートーヴェン後期3大ソナタ Beethoven The Last Three Sonatasピアノ・ソナタ第30番 ホ長調 作品109 Piano Sonata NO.30 E major Op.109ピアノ・ソナタ第31番 変イ長調 作品110 Piano Sonata No.31 A flat major Op.110ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 作品111 Piano Sonata No.32 C minor Op.111 楽しみにしていたのでちょっと残念ですが、来週末の予定の一つだったので、 これはかえってラッキーだったのかも、と思っています。 明日中には、身体を治して、11月中には、ツィメルマンさんも腰を治して、ですね(^O^)/
2013.11.16
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飲み会の前に新橋駅前を通りすぎると、 SL広場の前にテントが並び、新橋古本まつり・・SLbookFairをやっていました。 100円均一の岩波文庫を5冊購入・・
2013.11.14
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佐藤優「人に強くなる極意」(青春新書インテリジェンス) 青春出版社2013年刊 怒りや憎しみは昇華させてしまう・・「悲劇を観ることによって観客は自分たちの内面の不条理やそこから来る 悲劇的な結末を昇華する。 それがギリシャ悲劇の目的であり、ひいては芸術全体の目的でもある」(ニーチェ『悲劇の誕生』) 人間はよくわからないもの、不可解なものに対してびびる・・≪相手を知ること、 相手の「内在的論理」を知ることで、僕らはむやみにびびることがなくなります。 そのためにも、いま自分がびびっている相手にこそ、 目をそらさず向かい合うことが大切です。≫ 状況を類推できれば恐怖心は消える・・ 本人から直接聞けなければ、本や映画などで代理体験を積んでおく。 さまざまな経験をしておけば、何かびびるような場面にでくわした時でも、 対象を冷静に分析できるようになる。 歴史物、戦史物、企業ノンフィクション物などを読む。 いずれも一時の勝利に驕り高ぶって、手痛い敗戦や失敗を食らった事例に学ぶ。 そして、 「内省ノート」をつける。 自分の「侮り」の心、慢心を消す。 仕事の現場で、「侮らない」ということは、 メンテナンス、フォローをしっかりする癖をつける。<目次>第1章 怒らない第2章 びびらない第3章 飾らない第4章 侮らない第5章 断らない第6章 お金に振り回されない第7章 あきらめない第8章 先送りしない
2013.11.10
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中嶋聡 「新型うつ病」のデタラメ (新潮新書)2012年刊 最近の風潮・・ 「本人がストレスと感じれば、ストレスなのだ」というように、 「本人が○○と感じれば、○○」・・ つまり、「心の傷」は言ったもん勝ち、のところがある。 いまどきのウツの人の特徴・・ 「自分を責めず、他人を責める。 でもツライ」 でも、自己愛が肥大化しすぎると、ツラくなるのは当たり前かもしれない。 でも、新型うつの中にも、本当のうつもあるので切り分けが難しい。 「新型うつ病」とは、 逃避的な傾向によって特徴づけられる、抑うつ体験反応のこと。 従来型うつ病と比較すると、うつと呼ぶのもはばかられるもの。 「上司に叱られた」「彼女に振られた」ので、 「気分が落ち込んだ」「やる気が出ない」 以前なら「単なる落ち込み」に対して、名前が付けられた。 その背景は、 SSRIという抗うつ薬の出現。 日本では1999年に認可され、製薬会社のプロモーションによって、 一気に普及する。 うつ病患者は、 1999年から13%で増え、2005年には、1999年の倍になる。 うつ病は治るか? 1回で治る人は、50% 2回で治る人は、10~15% 3回以上を繰り返す人は、35~40%<目次>第1章 「新型うつ病」とは何か(「新型うつ病」とはどのような病気かうつ病概念の歴史「新型うつ病」の位置づけ「新型うつ病」はなぜ生まれたか―その三つの要因)第2章 「新型うつ病」がもたらした社会的弊害(休職をめぐる問題簡単にもらえる傷病手当金しばしばもらえる障害年金公費医療・サラ金・奨学金返済給食費免除その他の保障や利益労働紛争の不思議な結末―富士通四国システムズ事件)第3章 精神科診療からみる現代社会(「何でも人のせい」という風潮「何でも病気」という風潮「『知らない私』のせい」という風潮)
2013.11.10
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津田沼の習志野文化ホールへ・・ 習志野フィルハーモニー管弦楽団の第84回定期演奏会 前回は、ロシア音楽特集でしたが、 今回の目玉は、 ロベルト・シューマンの「4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュトゥック」 最前列に並ぶ4人のホルン・ソロが、壮観でした。 「新世界より」・・今年は5回目ですが、 何度聴いてもよいですね~指 揮 : 前田 淳独 奏 : 金子 典樹(独奏ホルン1st)、団内ホルンセクション曲 目 :モーツァルト/歌劇「魔笛」より序曲シューマン/4本のホルンと管弦楽のためのコンツェルトシュトゥック ヘ長調 作品86 休憩ドヴォルザーク/交響曲第9番 ホ短調 作品95「新世界より」 アンコール ドヴォルザーク/チェコ組曲 第2曲「ポルカ」
2013.11.10
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榎本まみ「督促OL 修行日記」・・感情労働のサバイバル法文藝春秋2012年刊 新入社員のN本さんが配属されたのは、 クレジットカード会社のキャッシングの督促部門。 東京郊外にあるコールセンターに、 朝7時に出社し、督促の電話をかけることが許されている8時から、 終電の夜11時まで、1時間60件のペースで電話をかけまくる。 慣れないうちは、食事もとれず、トイレにもいけないので、 紙パンツを穿いていた、といいます(>_
2013.11.10
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本日封切日だったので、豊洲で、 映画「清須会議」を見る。 三谷作品ですが?!、最後まで崩れず、 楽しませていただけました。 キャストが充実しているよい作品でした。 平時においては、会議こそ戦場・・ 周到な準備に駆け引きは必須ですが、 最後は、相手の懐に飛び込む胆力こそ大切なのかもしれません。 ・・ブッキーが、のびた君キャラに染まっていく(>_
2013.11.09
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今月の台場テレコムセンタービルのアトリウムコンサートは、 3台のピアノによるモーツァルトの交響曲!!! 1曲目は、映画『アマデウス』で有名な第25番。 第1楽章がはじまると、みな足を止めて聴き入っていました。 この曲を聴くたびに、モーツァルト、17歳の時に書いた作品であることを 感嘆するのでした。 20代後半の頃は毎朝、寝覚めにこの第1楽章を、眠気覚ましに聴いていました。 2曲目は、先日、バーンスタインさんの懇切丁寧な解説DVDを見た第40番ト短調。 いただいたパンフレット(解説:増田英明)には、小林秀雄の『モオツアルト』で 初めてこの曲の核心をつく評論をした、と指摘されていました。≪本曲の40番に内包する遥かなパトスには現代、いや今という瞬間にさえ その美質と深遠な精神性が息づく。 これこそがモーツァルトの原質である。≫ 特に、第4楽章は、≪小林の言葉を借りれば、『絶対的な新鮮性』が息づく。 いつ聴いてもそう感じさせる力を秘めた不滅の名曲であり、 モーツァルトの宇宙が永遠性だけでなく昏みゆく時間の澱みすら併せ持つことも 否定しがたく迫ってくる。≫ 残念ながら、午後の打ち合わせがあるので、第1楽章聴いたところで、席を後にしました(^_^)/~♪出演♪ピアノ : 伊藤 壽英ピアノ : 澤田 和音ピアノ : 瀬川 玄指揮 : 森山 崇♪曲目♪モーツァルトツィクルスNo.32 交響曲第25番ト短調 交響曲第40番ト短調
2013.11.08
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古典音楽の父 ハイドン(世界の音楽家たち第2期) さいとう みのる 著伊藤 まさあき 絵汐文社2007年刊 ハイドンの祖父は、農夫で、車大工もこなし、判事でもあった?! 生涯にわたってエステルハージ侯爵家に仕えたハイドンは、 当時の音楽家の中でも、きわめて恵まれ、安定した生活を送ることができた。 30年にわたって仕えたエステルハージ侯爵の宮廷楽団が解散し、 年金をもらい始めてから、 音楽家ハイドンの晩年を飾る栄光が始まった、といいます。 1791年、51歳、ロンドンのザロモン演奏会では、交響曲第93番から第96番まで の4曲を作曲する。 翌年、交響曲第97番と第98番、 1973年には、交響曲第99番を作曲した。 ・・栄光の晩年、素晴らしいですね!!!
2013.11.08
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ロマン派の推進者 シューマン (世界の音楽家たち第2期) さいとう みのる 著村上 典正 絵汐文社2006年刊 シューマンといえば・・ 「精神障害」と背中合わせで「名曲」を生み出した人(>_
2013.11.08
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JR大森駅下車・・いつもは東口方面に降りるのですが、 10数年ぶりに?!、西口に降りました(^^ゞ 商店街を抜けて、大田文化の森ホールへ・・ 『惑星』で有名なホルストが、セント・ポール女学校で音楽教員をしていた時、 専用の防音室を与えられたことに感謝して作曲した『セントポール組曲』が、 サービス満点な曲で・・「イングランド地方の民謡や舞曲のテイストが取り入れられ、 終曲ではグリーンスリーブスの美しい旋律が聴こえてき」て、 とても楽しい曲でした。日時:2013年11月 4日(月・休) 14:00開演 場所:大田文化の森ホール 指揮:和賀一夫 曲目:<室内楽の部>ガブリエリ/第7旋法による8声のカンチェン第2番ブラームス/クラリネット五重奏曲ロ短調 op.115より第1楽章シューベルト/弦楽四重奏曲第14番ニ短調「死と乙女」D810より第1楽章グノー/「小交響曲」より第1楽章・第2楽章・第4楽章ホルスト/セントポール組曲 op.29-2 休憩<オーケストラの部>~生誕200年記念 オール ヴェルディ プログラム~ヴェルディ/歌劇「アイーダ」より前奏曲ヴェルディ/歌劇「仮面舞踏会」より第1幕への前奏曲・第2幕への前奏曲ヴェルディ/歌劇「オベルト」より序曲
2013.11.04
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ティアラこうとうにて、C交響楽団・第4回定期演奏会。 C交響楽団の「C」って??? と思いながら、パンフレットを受け取ると、 「キャノングループ」関係者によるオーケストラであることが判明しました。 開演15分前でしたが、中央の前列3列目に座れました。 今日のコンサートは2曲ですが、 2曲とも、聴き応えのある楽しみなもの。 ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、 ソリストの長谷川陽子さんの堂々とした演奏、素晴らしかったです。 チャイコフスキーの交響曲第6番、 最前列のコンマスとその右の女性、ヴィオラのリーダの方らの熱演、 とても感動しました。 いまから5回目の定期演奏会も楽しみです。客演指揮者:寺本義明 ソリスト :長谷川陽子 <曲目>A. ドヴォルザーク チェロ協奏曲 ロ短調 Op.104 アンコール 休憩P. I. チャイコフスキー 交響曲第6番 ロ短調 Op.74
2013.11.03
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ひのまどか「星の国のアリア」講談社 1996年刊 ロシア、ソビエト、いえ、権力者にとって禁断のオペラ リムスキー・コルサコフの名作「金鶏」。 この幻のオペラに魅入られたプリマ・ドンナ。 数十年にわたって封印されてきたこの「金鶏」の復活に賭けた指揮者たち。 声楽家にとって、自分の身体そのものが「楽器」であること、 自分の声がどうなっているのかは、自分では決して正確に判断できないこと ・・等々、声楽家の舞台裏をたっぷり描かれていました。 いったん手に取ると、読み終えるまで眠れませんでした。 翌日は、しっかり睡眠不足でしたが、気持ちはとっても充実していました(^^♪
2013.11.03
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ひのまどか「ヨハン・シュトラウス―「ワルツ王」の喜びと悲しみ」(作曲家の物語シリーズ)リブリオ出版1998年刊 ヨハン・シュトラウスが活躍した当時のウィーンの様子・・ 謝肉祭の季節は、毎晩5万人もの人が踊っていた。 人口20万人のうち、実に4人に1人が踊っていた。 そのため、1万人を収容できる大舞踏室を持つ劇場もいくつもあった。 このダンス用の曲を書き、オーケストラを指揮したのが、 ヨハン・シュトラウスの父であるヨハン・シュトラウス1世と、 当時そのライバルであったヨーゼフ・ランナーだった。 しかし、指揮・作曲家の生活の苦しさを痛感していた父親は、子供たちが 音楽に関わることを禁止します。それでも、息子が音楽を志したため、 愛人の下へ去ってしまいます。 ヨーゼフ・ランナーが過労により突然死したため、ヨハン・シュトラウス2世が、 その後を継ぎます。父と子はライバルになります。 でも、その父も過労により他界。 父の楽団も含めて、大所帯がシュトラウス2世の肩にかかります。 この当時の指揮者は、作曲も求められ、次から次へと新曲を書く必要があった。 作曲しない指揮者なんて認められなかった。≪眠るどころか、ゆっくり座る間もない忙しさ。・・ いくつもの舞踏会をかけ持ちで指揮した後、ヨハンは明け方人々が去った会場の片隅で、 立ったままあわただしく新曲を書いた。 家に帰って数時間眠る前に、写譜屋がパート譜を作成できるように。≫ ヨハンは自分の仕事を株分けするため、 他の仕事に就いていた弟たち、ヨーゼフとエドゥアルトを巻き込みます。 エンジニアだったヨーゼフは、42歳で亡くなります。 最後まで生きたエドゥアルトは、1901年にオーケストラを解散し、 譜面を含む膨大な資料を焼いてしまった、といいます。 <目次>1 父への挑戦2 父の遺産3 ロシア進出4 パブロフスクの恋5 三兄弟の時代6 『美しく青きドナウ』7 ヨーゼフの犠牲8 『こうもり』9 シュトラウス家のサロン10 世紀末のワルツ
2013.11.03
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ひのまどか「プロコフィエフ―音楽はだれのために?」 (作曲家の物語シリーズ)リブリオ出版2000年刊 ペテルブルグ音楽院の「怪物」といわれたプロコフィエフ・・ 23歳のプロコフィエフにとって、周りの人間がバカに見えてしかたのなかった。 ロシアで十分な評価を得られそうにないことがわかり、 プロコフィエフは、アメリカを目指す。 その時、第一次世界大戦のさなか。大西洋航路には、ドイツの潜水艦がたくさんいて 片っ端から船を沈めていたため、シベリア鉄道経由で、ひと夏を日本で滞在します。 大田黒元雄との交友や、帝国劇場での公演などがありました。 アメリカで、年長のラフマニノフに出会って気づいたこと。≪-芸術家は祖国を持たなくてはならないのだ。 根なし草になってはいけないのだ。 祖国から求められているうちに帰ろう。 その方が、作曲家として一層実りのある仕事を残せるにちがいない。≫ ロシアに戻り、ロシアまた新生ソビエトで数多くの作品を発表する。 しかし、 1948年、KGBに呼び出され、 ショスタコーヴィッチ、ミャスコフスキー、ハチャトゥリアン、 カバレフスキー、ポクロフスキーなどとともに、 ブルジョワ傾向のある形式主義作曲家、「人民の敵」として告発される。 「本音はあくまでも内にひた隠し、上辺は党中央委員会の決定にすなおに従い、 自己批判の気持ちを文書や口頭で繰り返し表明し、なおかつ早急に行動でも示した。」 スターリンがなくなった同じ日に、プロコフィエフは亡くなる。 そのためその日、すべての花はスターリンのために買い占められ、 プロコフィエフのためには1本の花もなかった、といいます。
2013.11.03
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音楽のたのしみ(2)音楽のあゆみ―ベートーヴェンまで (白水uブックス) ロラン=マニュエル 吉田 秀和 訳初版は、1953年刊 ベートーヴェンの手帳に記されたミューラーの詩・・・≪生は音楽の振動に似ている、 そして人間は弦の戯れに、 もし強く撃たれすぎると、 その響きを失ってしまい、 二度と鳴らなくなってしまう。≫ 一方、ミュッセは、≪絶望のいやはての歌こそ、こよなく美し・・。≫ アルチュール・オネゲール・・ ベートーヴェン≪かれの聾は、かれを外界から切り離し、いってみれば、 かれ自身の内部で仕事をするのを許し、もしかれの耳が早くから閉ざされていなかったら、 - したがって外界の潮流から守られていなかったら - けっしてききとらなかったろうと思うようなものをききとらせたのです。≫<目次>第1部 音楽の精神(フランス音楽の精神イタリア音楽の精神オーストリア音楽の精神ドイツ音楽の精神 ほか)第2部 タイムマシン(一一八三年 ノートル・ダム楽派、一三六四年 ギヨーム・ド・マショー一四八〇年 ジョスカン・デプレ、一五八〇年 オルランド・ディ・ラッソ、パレストリーナ、ビクトリア、コストレ一六〇〇年 カッチーニ、ペーリ、一六一〇年 モンテヴェルディ、ハインリヒ・シュッツ一六四二年の音楽 シュッツとモンテヴェルディ ほか)
2013.11.03
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岐阜県の恵那市岩村町にて、 「第17回言志祭~佐藤一斎まつり」があったので、 顕彰祭と記念講演会を聞きに行って来ました。 以前、恵那山に登った際、恵那市内にある岩村町が、佐藤一斎の出身藩であり、 毎年この季節になると、佐藤一斎のお祭りがある、というのを知り、一度きてみたいと思っていました。 新入社員の時、配属先の所長の講話の中に、「少にして学べば、則ち壮にして為すことあり。 壮にして学べば、則ち老いて衰えず。 老いて学べば、則ち死して朽ちず。」という佐藤一斎の言葉がありました。 この当時、佐藤一斎の名前を認識することはなかったのですが、この言葉そのものは深く心に刻まれました。 また、その後、いくつものプロジェクトに参画しているのですが、毎回、あの山を越えれば、と思ってチャレンジし、その山を越えて見ると、さらなる高い山があったということを体験する日々を過ごすことの連続でした。 でも、一見ルーティンワークに見える業務の中でも、様々なことが起こることを考えると、初めての道を行くプロジェクトにおいて、日々課題・問題が起こるのは当たり前であること。それを解決することで報酬を得ているのだから、と思いつつ、言葉の杖を捜していました。 そんな時、出会ったのが、「一灯をさげて暗夜を行く。暗夜を憂うなかれ、一灯を頼め。」という言葉でした。 暗夜・・自分の置かれた厳しい境遇や環境を嘆くな。 手に持つ提灯の明かりを頼りに、ひたすら進め、という強い後押しであるとともに、 自分にとっての一灯は何か、を考えさせられもしました。 そして、この言葉も、佐藤一斎の言であることを知って以来、一度はこの地を訪ねてみたい、と思っていました。 岩村城址の麓にある岩村歴史資料館の入り口にある佐藤一斎銅像前にて、顕彰祭が行われました。 次第一 始めの言葉二 献花三 顕彰の言葉四 一斎翁を讃える五 献詠「晩年 佐藤一斎翁を讃える」六 舞踊「佐藤一斎今ここに」七 合唱「順境は春の如し」「三学」八 言志四録 素読九 終わりの言葉 顕彰祭で、みなさんが異口同音に、佐藤一斎を讃える言葉と歌を披瀝されるのをみることができました。 特に、参加者全員での「言志四録」の素読が良かったです。「怠惰の冬日(とうじつ)はなんぞ その長きや。 勉強の夏日(かじつ)はなんぞ その短きや。 長短は我に在りて 日に在らず。 待つ有るの一年は、何ぞその久しきや。 待たざるの一年は、何ぞその速やかなるや。 久速は心に在りて、年に在らず。」 顕彰祭の後、岩村歴史資料館を拝観する。 次に、日本三大山城の一つである岩村城の山頂に登る。 その後、岩村の城下町へ・・ 15の碑文と、お店や各家の軒下に「言志四録」を刻んだ木板が 200余掲げられています。それらを見ながら、散策しました。 そして、 13時半から、岩村振興事務所2階で開かれた 近藤正則先生の記念講演会を聴く。 テーマは、「林述斎と佐藤一斎」。 林述斎は、岩村藩の殿様の子。一方、佐藤一斎は、岩村藩の家老の子として生まれる。 林述斎は、一斎より4歳年長である。ともに、江戸屋敷で生まれたこともあり、伴友・・ ご学友であり、一斎は常に述斎とともにいた。 のちに、述斎は、林大学頭となるが、その勉学の過程には、常に一斎がいた。 つまり、述斎の軌跡を調べることは、一斎の軌跡につながっている。 この述斎の孫が、ペリーの砲艦外交による開国要求に対して、 国際法にのっとって理を説いた林復斎であったこと。 このペリーとの交渉の際、英語を日本語に訳したのが、佐藤一斎と林述斎の弟子の 安積艮斎(あさか ごんさい)であり、 この日本語を公式文書である漢文に記したのが、林復斎であった。 ペリーは、林復斎の国際法に通暁した博識ぶりと、またその礼儀正しさにすっかり ほれ込んだ、といいます。 佐藤一斎の弟子には、佐幕派も、倒幕派も多数いましたが、党派によらず、 変動する時代を支えた日本の人材を育成したということが重要である。 予定していた1時間半を15分ほどオーバーしましたが、 あと3時間ほど聴いていたかったです。 近藤正則先生、例年、秋の佐藤一斎まつりと、 4月の孔子祭とで講演されているとのことなので、また拝聴できるかもしれません。 明日、11月3日は、岩村町で「いわむら城下おかげまつり」があります。 第17回言志祭~佐藤一斎まつり・期日 平成25年11月2日(土)・日程 (1)顕彰祭時間 午前10時~午前11時場所 佐藤一斎銅像前(雨天 岩村振興事務所2階)(2)記念講演会時間 午後1時30分~午後3時会場 岩村振興事務所2階(当初は岩村コミュニティセンターでしたが変更しました)演題 林述斎と佐藤一斎講師 近藤正則氏(岐阜女子大学教授)
2013.11.02
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