よんきゅ部屋

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屋久島の春(その1)



着いた日は、2月だというのに20度以上あった。飛行機に乗る前が5度前後だったことを考えると、あまりの違いにびっくり。シャツを腕まくりしても十分に暖かかった。ただ、突然雨が降ったりもするので、天気には困るのだが...。

スケジュールには、登山が組み込まれていた。登山?!やったことないし、最近特に運動不足、しかも来る前にはかなり体調が悪かったので、不安だった。「行けないかもしれないです」などと先輩には情けないことを言っていたのだが、「まあ、それは行ってから考えたらいいじゃないの」と言われたまま来てしまった。後輩は登山が好きなようで、「よんきゅさん、道具持っていますか?」と言われて「持っていないよ」と言ったら、「じゃ、買いに行きましょう」と、屋久島に行く前に登山用品店に連れて行ってくれた。彼がもし一緒に道具を買いに行ってくれていなかったら、今頃エライことになっていただろう(たぶん、もっとけがをしていたと思う)。彼には感謝である。

さて、当日の朝、6時に起きて朝食後、登山口へと出発。ガイドは泊まった民宿のご主人。本業は農家なのだが、ガイドもされているそうだ。淀川登山口に8時に到着。前日の相談の結果、目指す先は「花之江河」経由「黒味岳」ということに。初心者にはきつそうだが、「まあ、何とかなるよ」とみんなから言われて、行くことにした。行かないのはもったいなさすぎると思ったのだ。

最初の上りからしてけっこうきつい。巨木が根を張っているところを通っていくので、とにかく大変。登山にも疲れない歩き方というのがあるようで、それがうまくできずにいた。後輩に後ろから付いてきてもらって、アドバイスを受けながら登っていくのだが、いきなりはなかなかうまく行かない。体がそのモードについていけていないからだ。30分も歩くと息が上がる場面が。水分をこまめにとって、必死で付いていく。運動不足を実感してしまう。

しばらくして、「淀川小屋」に到着。ここでようやくゆっくり休憩できる。「淀川」と言っても大阪のそれとは違って、水が澄み渡って美しい。ガイドによれば、魚はいないとのこと。橋が架かっているポイントは、映画「学校」でロケ地として使われたそうだ。あんなところまで機材を運んで上がるとは...。

休んでからさらに登っていく。天気はこの上なくよかった。ガスがかかることもなく、雨が降ることもなく、ずっと青空のままだった。途中から雪が積もっている場所がたくさんあった。木道の上に雪が積もっているのだが、木道の下が空洞になっている場所がたくさんあり、そこは落とし穴状態になっている。どうやら1月に降った雪の後にこのコースは誰も通っていないらしく、結局われわれが落とし穴にボコボコ落ちながら開拓する羽目になってしまった。しょっちゅう「ボスン!」という大音響と共に誰かがはまっているのだ。私も当然はまった。

途中、シカに出会う。登山道の真ん中でビックリすることもなくちょっとだけこちらを見つめて、林の中へ去っていった。雪にはシカの足跡が点々とあった。屋久島なので当然だが、スギがたくさん、これでもかというぐらいある。昔切り出した跡もたくさんあった。ガイドは生まれも育ちも屋久島なので、当時の話もいろいろと教えてくれる。屋久島に惚れ込んでIターンしたガイドとはまた違う楽しさがある。こんな山の中からスギを切ってどうやって運んだものか、本当に不思議である。運んだ人はいったいどういう体力をしていたのだろう。すごいことだ。

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しばらく行くと、豆腐を切ったような岩が頂上にある山が見えた。「高盤岳(1711メートル)」だ。岩に切れ目がきれいに入っているのだが、これは岩に雨水が浸水して割れたものだそうだ。天気がよかったのでこちらの長めも最高。はるか遠くには低い雲がかかっていて幻想的だった。

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ここを過ぎると、さらにハードな道が続く。とにかくしんどいのは、雪の多さだ。このあたりになると、呼吸はかなり落ち着いてきたが、かなり足に来ていた。植物もかなり減ってきたが、シャクナゲがいたるところに生えていたが、もちろんまったくの季節はずれ、きっとこれが全部咲いたらすごくきれいなんだろうなと思いつつ、登っていく。

そろそろバテてきたと思ったら、突然視界が開けてきた。「花之江河(はなのえごう・・・1600メートル)」だ。ここは高層湿原の南限、「南国の尾瀬」とも言われているそうだ。山の上は冬なので、さすがに写真で見るような高山植物でいっぱい状態というわけにはいかなかったが、美しい場所だ。湧き水がとにかくおいしい。急な山が多い中、なぜかここだけ(正確に言うと少し下に「小花之江河」がある)が日本庭園の趣。緑の美しい時期に絶対もう一度来たいと思った。その前に、登山慣れする方が先ではあるが...。

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ここからさらに「黒味岳」を目指して歩き出す。山の表面には雪が見あたらないのだが、ここまでの道のりで相当大変な目に遭ってきたので、「無理だと判断したらすぐに引き返しますよ」と言われながらとりあえず登っていく。しかし、この先はとんでもなかった。さらに雪深くなり、ガイドですら穴に落ち始めた。先輩は深い穴に落ちて一瞬姿が全く見えなくなった。私は凍っている場所で転んで木のささくれが手のひらに刺さってケガをした。そこまでになるとさすがにもう先へは行けない。頂上まであと100メートルほどの高さで断念し、引き返すことに。「この時期にあんなに雪が残っていることはなかったなあ」とガイドが言う。やはり自然は人間の想定の範囲を軽く越えていってしまうのだ。

引き返す途中に、登山者とすれ違うが、ガイドがすかさず「やめた方がいいよ。命が2つある人なら行ってもいいけどね」と言う。確かに、道が凍っているだけならアイゼンで何とかなるようだが、木道の上に雪が架かっている状態ではかなり危ない。それは慣れているという問題ではないのだ。道を知り尽くしているガイドが踏み抜いてしまうぐらいだから、初めて来る人には到底不可能なのだ。

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結局、一緒に花之江河まで下りてきて、昼食を取る。気温は0度に近く、顔は風が当たってかなり寒いが、体はホカホカである。湧き水で入れたコーヒーがおいしかった。この時点で12時。4時間近く山を登ってきたことになる。すわってボーッとしていると、何もかも忘れられる感じ。冬山なので鳥の声もなく、本当に静かだ。周りには自然しかない。都会では絶対に見ることのできない深い色の青空。こういうものがあるから、登山はきっと楽しいのだろうな。うん、確かに楽しい。

昼食後今度は下山。これがまた大変である。雪で滑るし、足がかなり張ってきた。しかも、下山といっても途中に突然急な上りが出てきたりもする。この上りがまた効いてくる。さらに、下りるときに体の重みを止める粘りが無くなってきた。これが危険なのだと後輩が言う。「とにかく小股で歩いてください」と後ろからすかさずアドバイスが飛んでくる。本当にありがたい。だんだん雪が無くなってくると、今度はいろいろな木や草を見る余裕も出てきた。ところどころでの説明を聞くのも楽しい。暖かくなってきて、太陽の光も柔らかくなってきた感じ。

淀川小屋まで戻ってきたら、人の声が。4人で取材に来たという人々。この時点で午後3時。「今からどこまで登るの?」とガイドがすかさず声をかける。「宮之浦岳(九州の最高峰・・・1936メートル)へ」とのこと。もちろん、小屋があるので泊まりながらの登山と言うことらしい(ちなみに、われわれが行こうとした場所をさらに行くと宮之浦岳)。「命が2つある人だったら行ってもいいけど、まず無理だよ。別のコースから行った方がいい」とガイドがアドバイス。「登山口まで車で送ってあげるから、一緒に来ればいいよ」と言った。本当に親切である。

最後1時間ほど頑張ってようやく登山口のゴールへ到着。全行程8時間、8キロ歩いた。日頃は歩くと言っても平地を2キロがせいぜいであるので、この8キロは相当きつかったが、充実していたのも事実。後輩は大満足、先輩はじゃっかんお疲れのようだったが、それでも満足だったようだ。私も大満足。足は張るし、ケガもしたが、それ以上に自然を体験したことが何よりだった。登山靴も買ったことだし、またいろいろ登ってみたいと思った。もう一度緑の多い時期に、この山をいつか登ってみたい。いつになるかはわからないが、将来の楽しみにしておこう。


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