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悪い時って、こんなものだと思うことが...。今日は、妻が腰に違和感を訴えたので、子供たちを公園に連れて行っている間に行ってもらうことにした。娘は自転車で相変わらず大喜び。息子もアンパンマンの手押し車で娘の後をついて行く。今日はとにかく暑く、私が参ってしまう感じだった。1時間ほど遊んで子供たちを家に連れて帰る。しばらくして妻が帰ってきた。スッキリしたとの一言に安心した。昼食後、またまた子供たちを公園に連れて行く。娘がどうしても自転車に乗りたいというので、結局行くことになった。またまた1時間ほど遊んで帰る。私はこの時点でかなりフラフラ。子供たちのテンションの高さに参り気味だった。ところが、帰ってしばらくして妻がぎっくり腰になるかもしれないと言う。聞けば、洗濯物を取り込みに屋上に上がった際に、息子がエレベーターでふざけていたらしい。それを止めようとしたとかで、今度は本当にぎっくり腰に限りなく近くなったらしい。私は夕方からオケに出かけるつもりだったので、とにかく子供たちを風呂に入れて、布団も押入からおろして万全の備えでオケの練習に行った。オケの練習は、本番指揮者の下、緊張感のある練習だった。オケ全体としてはまだまだ自分たちの事情を音に反映させている状態だ。キレの悪い音が続いていく。ユニゾンでも音程が悪く、確かに気持ち割ることこの上ない。これを気持ち悪いと思う気持ちが大事で、そうしなければ演奏の質の向上は望めない。まだまだ鍛錬が必要なようだ。それは、個人的にも言えることで、まだまだしっかり練れていないということである。練習が終わって飲みに行く。居酒屋に入る前に携帯をチェックしたが、着信はなし。ホッとするが、しばらくして着信があった。電話をもらってから少し時間が経っている。妻からの電話だ。かけてみるが、とにかく超不機嫌!寝ていたら息子がじゃれて乗ってきたとかで本当にぎっくり腰になったらしい。せっかく携帯の着信に気をつけていたのに、こういう始末だ。とにかく急いで帰るが時既に遅し。ほどんど言いがかりのようなことも言われつつ、こっちには無理をさせてまでオケに行ったかのような負い目を感じて、とにかく謝るしかない。しかし、オケに行かなければこっちの気が狂う。特に、かなり子供の相手をして疲れたところだっただけに、「休んでもらうべきだった」という一言はズシンと重くのしかかる。おかげでそれまでの酔いがすべて吹っ飛んだ。せっかく子供たちを連れていって、妻を楽にできたからよくできた一日だったと思ったのに、最後の最後で大どんでん返し!つらい連休になりそうな予感がする。
Apr 30, 2005
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連休が始まった。大学はカレンダー通りにで授業があるのだが、それでも連休であることに変わりはない。私の職業の場合、会社員とは異なる休暇になっているので、GWに取り立ててどこかに行ってみようという話にはならないし、妻もそれは期待していない。多くの人から「先生って、カレンダー以外に休みがあっていいですよね」とよく言われるのだが、休む日を選べるという意味での融通は会社員以上に利かないように思う。昔と違って、大学といえども簡単に休講することは難しい仕組みになっている。私学の場合だとそれは明らかで、休んだらその分だけ補講しなければならないとか、期間中に何回以上か休めばそれ以上の分は補講しなければならないというシステムになっている。もちろん、休講の理由は問われるし、届も出さなければ行けない。ご丁寧に本当かどうかを調べる大学まであるらしい。また、入試によって1,2月の土日はほとんどつぶれてしまう。授業にしても、入試にしても、決められた日の決められた時間に行われるわけで、急に行かなかったりすると多くの人を巻き込んで多大なる迷惑をかけてしまうから、そうなっているのは当然といえば当然、どの職業の人も休みに関してはある程度わかっていて(覚悟していて)決めているのだろうから、私も自分に関して言えばそれは仕方のないことだと思う。今日は、自宅から車で40分ほどのところにある大きな公園に家族で行った。娘がもうすぐ誕生日で、プレゼントとして自転車を買った。今朝それが届いたので、早速試乗ということになったのである。息子はアンパンマンの手押し車がお気に入りらしく2人でずーっと走り回っていた。その公園には大きな池があって、1周歩くとけっこう時間がかかるのだが、それを2周した。池の中には鯉、亀、ヌートリアなどがいて、娘はそのたびに釘付けになっていた。自然のある広い公園というのはありがたいものである。近所にないのが玉に瑕ではあるが...。私は日に当たりすぎたせいかやたらと疲れて結局子供よりも先に寝てしまうと思う。
Apr 29, 2005
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今日はさすがに昨日のこともあってゆっくりと寝てから自宅を出発。しかし、まだ体調は万全とは言えない。連休が最もありがたい時期にやってきた。今日もJRに乗って出勤。今日も先頭車両と2両目はガラガラだった。乗ったのは最後尾の車両。でも、実はこれも気休め程度にしかならないことで、そのときになったらどうにもならないものなのかもしれない。そういえば、今日は福島でバスが横転事故を起こしてまた人が亡くなった。シートベルトをしていなかった人が車外に放り出されて亡くなったらしい。していた人は宙ぶらりんになりながらも助かったそうだ。高速バスに乗るときにシートベルトをする習慣のある人はどの程度いるのだろうか?意外と少ないように思うが、やはり付いている安全装置は理由があって付いているのだなと思った。肝に銘じよう。しかし、最近こういうことが多すぎる。連鎖反応って、あるのだろうか...。普通電車に乗ったとき、シートの端に座ったのだが、ベビーカーに子供を乗せたお母さんが乗ってきた。その瞬間は気づかなかったのだが、以前に妻が「あの端の人が一人分さえ横に動いてくれたら、ベビーカーを持ったお母さんはベビーカーを横に置いて安心して座れるんだけどな」と言っていたのを思い出した。次の駅までにさりげなく別の席に移る。別に相手がそれを察してくれようとくれまいと、関係なく相手のことをわかってそういった行動ができる人が親切で優しい人なんだろうな...。自分はその行動の必要性を気づくまでに少し時間がかかってしまった。まだまだだということだろう。もっとも、それに気づいてすらいなかった自分が以前にはいたということだから、情けない。快速との待ち合わせの時、これまでにあまりなかったような光景があった。追い抜かれる普通電車の車掌がホーム向かい側まで出て快速が入ってくる際の安全確認を行っていた。通常ならほとんどそういった光景は見られなかった(わざわがホームの端にまで出て行ったのはあまり覚えがない)ように思うが、ホームにモニターがあるかどうかは別にして人間による安全確認を行い、とっさの事態に対応できるようにしたのかもしれない。これが会社から言われたことなのか、自発的に車掌が行っていることなのかはわからないが、やれることからやらなければということなのだろう。快速では座っていたが、ふと目を上げると、たまたま尼崎に入る直前で、入り口にブルーシートのかかった体育館がまともに見えてしまった。またつらい気持ちになった。それからはずっと複雑な気持ちだった。授業が終わって帰宅する途中、本を買いに大阪に立ち寄る。阪急の乗り換え口に近い場所はやたらと混んでいる。これも事故の影響だろう。阪急に向かう人の列、やはり多い。自宅に帰ってニュースを見る。次々といろいろな事実がわかってきている。今日は、運転士の人となりをどこでも紹介しており、JRが行っていたという遅れを出したときのペナルティーに話が及んでいた。その中で、内部文書が映し出されていたが、内容がとても気になった。一番の重要事項が「稼ぐ」ということ、そして「成果を出せ」と言うことだった。その「成果」を出すために、福知山線は重点路線になっていた。稼ぎを最も増やせる可能性が高いのは確かにこの路線である。そのために行われたことは、別の車掌によれば「1秒単位の管理」だったようだ。通常の管理の単位は30秒だそうなので、1秒というのは恐ろしいプレッシャーだ。時間に合わせることは、単に速く走ることよりもずっと難しいことだ。電車でGO!みたいに状況による変化がない場合でも難しいのに、状況による変化や突発事項がいくらでもあるような状況で、よくそれをこなしていたものだ。運転士の皆様には頭が下がる。しかし、そこまで管理しても乗客が増えるわけでもないだろうと私は思ってしまう。まあ、1分遅れたらどうこうというのなら、まだわからなくもないのだが。そう言えば、2週間ほど前にJRに乗ったときのこと。先頭車両で運転席のすぐ後ろにいた私は運転を見ていた。そこには見慣れない光景があった。その電車は遅れていたのだが、駅に止まるたびに、運転士がポケットから赤ペンを出して、運行表の上から遅れた時間を書き込んでいた。その時はずっと2分台で推移していた。あれを乗務が終わってから提出していたのだろう。それも厳しい管理の一端だったのだろうか。「今年の重点目標」のようなものを決めるのは、組織としていいことであることは確かだ。ビジョンがないよりはいいだろう。それに合わせた成果をきっちり定義していれば管理の効果も上がっただろう。しかし、その内容が無理していることであるならば、それに則って働く人にとっては逆効果になるように思う。また、全社的なスローガンの場合、各部署によって捉えられ方が違った可能性もある。「稼ぐ」は営業や戦略スタッフが考えるのには適しているだろうが、現場の運転士にそれを適用するのはどうなのだろうか?もし、「各部署で考えて報告するように」などと言われていたのなら、無理矢理こじつけて考えて報告したのかもしれない。あの文書が持つ意味は、どのようなものだったのだろうか?企業の組織を動かすことはやはり難しい。
Apr 28, 2005
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今日は出講日、JRを使って通勤する。尼崎駅から事故現場のマンションとクレーンらしきものが見えた。やりきれない。普通電車の本数は尼崎以西だと半分に激減している。不便なことこの上ない。いつもよりやはり乗客は少ない。事故の影響はストレートに出ていると思う。新快速や普通でさえもスピードを落として走っているような印象を受けた。遅れることは覚悟の上と言うことか...。大学に行ってもローなテンションは回復しない。そんな気持ちで仕事がはかどるわけがなく、同僚と話し込む。なぜ事故は起きたのか?いろいろな要因があるとは思う。私は運転系統の問題を遠因として考えた。尼崎駅は神戸~京都に向かう普通と、新三田~木津に向かう普通または快速という運転を基本としている。が、実はそれと交互に神戸~松井山手、新三田~京都というパターンも存在する。前者のパターンだと、同時到着、同時発車は可能だし、もし遅れが出ても無視してやり過ごすことは可能だ。しかし、後者のパターンだと同時発車は不可能である。必ずポイントを渡らなければならないからだ。だから、尼崎ではどちらかが先に発車している。この場合、遅れが出てしまうと東海道線にも波及してしまう。これだと、問題は大きくなるのだ。ただ、快速については前者のパターンしかない。東海道線の快速で使われている221系だと東西線の地下に行けない(サイズ上)からだと思われる。東西線を経由する電車はすべて207系である。同じ駅の同じホームで接続できるのだから、普通だって別に快速と同じパターンでもいいはずなのだ。それなのに、非常にややこしいことをしている。もちろん、理由はちゃんとあるはずだ。そのあたりはスジ屋さんに聞かなければわからないことで、私の知識では説明できない。ただ、潜在的に運転士が焦ってしまう要素はありうると思えるのだ。と、何だか他人事のように書いていると思われるかもしれないが、実は心の中ではやりきれない気持ちでいっぱいだ。やはり、本務校の学生が亡くなっていた。しかも、自分の担当する授業を履修しているという話だった(まだ名簿は届いていない)。本当にやりきれない。震災を経験したときからずっとそうなのだが、多数の人が亡くなる事件、事故が起きるたびにその経験を思い出してしまう。生と死は紙一重だという経験をしているので、その運・不運が存在すること自体にやりきれなさを感じてしまう。そして、何もする気が起きなくなってしまうのだ。ただ、仕事に穴を空けるわけにはいかないので、その時は夢中でやっている。しかし、そうでないときは、どうしようもなくテンションが低い。しばらく続きそうな気がする。授業でもその話に触れた。学生はさすがにいつもよりちゃんと話を聞いていたように思う。企業の効率って何?人間を無視した効率はあり得るのか?働き方に問題はなかったのか?いろいろと問いかけるように話した。決して感情論になることなく、しかし実感させるように話すことは難しい。自分の語彙のなさにもどかしさを感じた。授業が終わって、同僚と飲みに行った。亡くなった方に献杯をして、その後の話はやはりずっとそれ。その後帰宅しようとするが、帰りのJRはやたらと混んでいた。結局ずっと立ちっぱなしに。ところが、途中からどんどん気が遠くなっていった。血の気がひいていくのがわかった。これは貧血だ!ごくまれにあることなのだが...。途中で降りて救急車にお世話になるのかと思ったその時、前の席が空いたので急いで座る。すると、どんどん復活していくのがわかる。次の駅に着くまでに元に戻った。よほど疲れていたのだろう。自分ではそういう実感はなかったものの、シフトのきつさ、やりきれない思いなどなど、きっとあったのだろう。病み上がりで飲んだことも影響があるかもしれない。ただ、いつもの3分の1ぐらいの酒量なので酔っていたという実感はほどんどなかった。恐ろしいものである。しかし、今日、今も私は生きている。そのことがどれだけ喜ぶべきことなのか、真摯に受け止めるべきことなのか、といったことを重く受け止めつつ、また明日も元気で生きて行ければいいなと思う。生きているという事実に感謝すること、それが生きている私の義務であるように思うのだ。
Apr 27, 2005
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いろいろと明らかになってきた。尼崎の列車事故についてずっと書いているが、運転手と車掌がオーバーランの距離について虚偽の報告をしていたということがニュースで報道された。確かに運転士も車掌も悪いのだが、それを生み出した背景についても考慮される必要があるだろう。処分を受けた運転士は「次やったら運転士やめます」という念書を書かされたりするというJR職員の証言をニュースでやっていた。その真偽については定かではないが、そのような職場で辞める恐怖と隣り合わせになっていたのでは、仕事がしづらくて仕方がなかったのではないだろうか。また、勤務記録も明らかにされた。一昨日から昨日まで、運転士は仮眠をはさんで20時間勤務をしていたようだ。他の会社であれば14時間ぐらいがせいぜいであるらしい。そう考えると、かなりハードな勤務であったように思われる。どうも、マスコミの論調は、JRの組織に問題があるというように移ってきたようだ。しかし、他にも問題はある。国土交通省がちゃんとそういった勤務や運行の実態をきっちり把握した上で指導してきたのかという問題も浮上してくるであろう。結局、誰が責任を取るのか、事態が重大であればあるほど難しい問題である。企業という組織が安全を確保しつつ効率性をいかに高めていくか、また顧客満足をいかに高めていくか、そしてその中で社員に対してどのように働いてもらうのかという問題を改めて企業社会に突きつけたのが、今回の事故だと言えるだろう。このことは、交通業界に限らない。製造業もサービス業も同じことだ。ただ、その代償はあまりにも大きすぎる。正式に話を聞いてはいないのだが、私の所属する大学の学生も亡くなったり、ケガをしているようだ。直接会ったことはないかもしれないが、身近に感じるのでやはりショックである。今日、電車に乗ったが、いつもは結構人が乗っている先頭車両に誰も乗っていなかったのが印象的だった。
Apr 26, 2005
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昨日の事故に関する報道を見ていて、いろいろと考えさせられる。多くの番組では、事故が起こった原因についていろいろと言っていたが、気になることがある。その一つは、重大事故の時には、確定されない限り人的なミスに原因を帰属させるような雰囲気になってしまうことだ。運転士は現場に出て11ヶ月だとはいうが、列車の場合、自動車の運転免許とは明らかに違って、求められる条件はもっと厳しい。たとえ運転初日、現場に一人で出て運転する日であっても、事故を起こすような大失敗は許されないから、それまでにかなりの技術を持っていなければならないはずだ。もし、そうでないのなら、それは会社側にも責任があると言えるような気がする。それに、初日は誰にだってあることだ。経験期間だけを捉えて、責任を転嫁してしまうような一部報道のニュアンスは嫌悪感さえ覚えてしまう。もし、ベテラン運転士が乗務していたら、このような話は出てこなかったり、別の原因がもっとクローズアップされていたと言うことになるのだろうか?それに、列車の機能がおかしくなっていた可能性も否定できない。オーバーランもスピードアップも列車側がおかしくなって引き起こされた可能性もある。これは車体そのものを検証していく(それも難しいかもしれないが)しかないだろう。運転士の責任だったかもしれないが話をそれに終始するのはあまりにもひどすぎる。それに、いわゆる「前科」が発表されていたが、オーバーランはたまにあることだ。したことのない人がJRにどのくらいの比率でいるのかがわからない限り、前科が多いのか少ないのかは判断できない。置き石だって否定できない。しかし、置き石の可能性があるとJRが発表した時点でJRが責任逃れをしているかのように報道しているケースが多かった。でももし本当にそうだったとしたら、詰め寄った記者や批判的に声を荒げていたニュースキャスターはどう自分の言葉に責任をとるつもりなのだろうか?それこそ責任逃れをするようでは、人のことは言えないことになるだろう。また、時間が経つに連れてJR内部にいる人(いた人)の話が出てきていたが、それによれば「90秒遅れると乗務させてもらえない」「ボーナスをカットされる」などのペナルティがあるのだという。関西では私鉄との競争が至る所に存在する。JRの強みは何と言ってもスピードだ。例えば、お互いのターミナル駅が近接している大阪~三宮間で言うと、JRの新快速は阪急・阪神よりも10分近く早く到達できる。JRの新快速はラッシュでない時間帯でもこの区間はほぼ満員だ。今回事故が起きた区間でもそれは同じことで、JRの快速は阪急と比べるとかなり早く到達できる。私が子供の頃はディーゼル機関車が旧型の客車を引っ張ってのんびり走るローカル線だったのだが、JRになってから整備されて阪急の客をかなり取ったといういきさつがある。しかし、逆に私鉄は新しい列車停止装置を整備するだけの余裕がないために無理をしていないとも考えられる。私鉄は現有の設備でやりくりしつつ安全を確保しているという印象だ。もし、そういったペナルティーがあるのなら、最近毎日遅れるこの状態はどう扱われているのだろうか?今回の事故の場合は違うかもしれないが、最近の遅れは明らかに乗客の多さに起因していると思う。一駅当たりの停車時間は、ターミナル駅でなければ通常15秒か30秒だったと思う(運転席にかかっているダイヤを見るとわかる)。想定以上に乗客の乗り降りに時間がかかって遅れた場合、いったいどういう処理をしているのだろうか?それでもペナルティーがあるのだろうか?もしそうだとしたら、焦ってしまう状況が生まれても不思議ではない。また、駅間の短い区間だと遅れを取り戻すのはかなり難しく、やろうとすればかなり無理な運転になってしまうだろう。組織の側が、ペナルティーを課すというプレッシャーをまったくかけないと不安だという事情があるのだろうが、裏を返せば従業員を信頼していないとも捉えられる。事故現場の状況を確認せずに特急を発車させて救急隊員をはねて死なせてしまったという、数年前に起きた事故から得たはずの安全が大事だという教訓は活かされなかったのだろうか。もちろん、事故があれば列車を止めることは相当こまめにやるようになった。現に、週に1度は人身事故という理由で列車が遅れる(以前は人身事故があっても黙って運転していたように思えてならない)。しかし、そのしわ寄せが時間へのプレッシャーとなって、乗務員にのしかかっていたとしたら、あまりにも気の毒であるように思う。また、過密ダイヤという指摘もあるが、むしろ問題は複雑な運転経路と一列車当たりの運転距離の長さにあるように思う。ただし、このおかげで便利になったことも事実で、これを止めるとJRとしてはサービス面での売りがなくなることになる。例えば、福知山線は尼崎駅で東海道線と接続していて、2つの列車が同じホームに同時に着くというきわめて便利な仕組みだ。しかし、これを完璧にやろうとするならば、秒単位の連携が必要になってくる。ここでの遅れは他の路線に波及してしまう。また、運転区間も一番長いもので、宝塚~木津間を走る。これは私鉄だけなら3本乗り継ぐ距離だ。遅れが出るとそれこそ大変なことになる。時間通り、あるいは遅れた時間を取り戻すという作業が必要な構造になってしまっているのだ。もう一つ気になるのは、列車の遅れに対してとことん厳しく追及する態度を一方では見せていながら、こんな時に限って安全面が大事だとか、少々遅れたってかまわないじゃないかという人がいることだ。テレビで言っていた人は、本当にそう思っているのだろうか?確かに私もイライラすることはあるが、乗務員に詰め寄ったりすることはない。でも、そういう人がけっこういるのだ。しかし、人間が動かしている以上、乗り物にパーフェクトはない(コンピューター制御でもダメなことはある)。遅れることだってある。その原因を解決するのは現場の乗務員だけではなく、運転に携わる組織全体の問題だと言える。それは素人にはうかがい知れないことだ。企業側での改善を願いたいものだ。それがもし不十分であれば意見を言ったり、指摘していったりすればいいだけのことだ。黙って何とかしてくれるのを待っているだけではダメなのかもしれない。しかし、そうやってイライラする人にはぜひ、ローカル線の旅をおすすめしたい(「電車で一人旅」のページに感想あり)と思う。昨日そして今日と、報道を見ていて思うのは、出てくる情報量は多いのに「真相に近づく」ことがきわめて困難だということだ。実際に起こった表面的な事実はわかるのだが、それをいかにして解釈するのかはきわめて難しく、人によってさまざまである。テレビで言えばどのように画面を切り取るのか、どのインタビューを選択するのかによって、視聴者のとらえ方は大きく変わってしまう。原形をとどめていない1両目に乗っていた人と脱線していない7両目に乗っていた人の話は、インタビューを見ている限り状況のとらえ方がかなり違っていた。また、ニュースで電話に出られるほど元気な人は比較的被害の少ない車両に乗っていた人だった。もちろん、損傷のひどい車両に乗っていた人はケガもしているだろうし、ショックで話ができないことは想像できることだ。こんな時に、いくら話を聞こうとしてもそれはご本人にとって気の毒なだけだ。震災時に実感したことだが、本当の思い、そして真相は本人にしかわからない。いつかそれを語っておきたいという人が出てきたときにこそ、真摯に耳を傾けることこそ実は重要なことではないのだろうか。真相に近づくために、技術的に、心理的に、社会的に、いろいろなアプローチを総動員していく力が今この社会に必要であるように思う。
Apr 26, 2005
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今日は非常勤先での授業。1つ目を終えて控え室に戻るとなにやら先生方が話し込んでいる。内容をそれとなく聞いていると、「近くで」「事故」「死者がいっぱい出ている」という言葉が。いったい何のことかわからず、携帯でニュースをチェックしたら、今朝起こった尼崎での列車事故のことだった。事故のあった区間は、通学に使う本務校の学生も多い。大学から何か連絡がないかと自宅に電話するが、ケガや最悪の結果に関する情報はなかった。このままないことを祈りたいと思った。自宅への帰りにも電車を利用する予定だったので、ちょっと怖い気がした。先頭車両に乗ることはさすがに避けてしまった。あまりにも情報がなかったので駅で新聞を買うが、まだ確定的な情報もない。複雑な思いで車検に預けた車を取りに行き、そのまま自宅へ。その後はニュースに釘付けだった。初めて映像で見た電車の姿は衝撃的だった。いつも通勤で乗る207系がくしゃくしゃになっている。まだ中に人がいるということも伝えられていた。なぜ救出できないのだろうと思っていたが、マンションの駐車場に先頭車両が潜り込んだ際に車を破壊してガソリンが漏れていたようだ。車両を切断してこじ開けようにも、火花が散ってしまえばマンション火災という二次災害につながりかねないからだという話だった。また、ニュースによれば、警察や消防に携帯で乗客が連絡してもなかなか来てくれなかったという話も伝わっていたが、これはどうにかならないものだろうかとも思った。よく救急や消防にいたずら電話がかかるという話しをニュースで見るが、こういうときに影響が出てしまうのだろうか。困ったものだ。事故原因についてはニュースに出ていた専門家がいろいろな側面から語っていた。一番多かった指摘は速度超過の可能性だった。事故現場はカーブ、尼崎の近くにある福知山線のカーブは小さいものを除けば2箇所、今回事故のあった場所と、その先の高架、尼崎駅に進入する手前だ。何度か乗ったことがある区間だが、スピードを落として走る場所であることは覚えていた。制限速度は70キロである。乗客の証言だと、かなり速かったようだ。しかし、トラックやバスと違っていつ何キロ出していたかはわからない。運転士本人か、せいぜい車掌しか知り得ないことだろう。あのカーブは理論上133キロ以上出せば脱線する可能性があるようだが、207系は120キロしか出ないという。新快速で使われている223系でも、130キロだ。複々線の東海道線で207系が走るときは105キロぐらいで走るのがせいぜいだが、むしろ、福知山線が120キロ制限だったことに驚いたぐらいである。速度超過の原因として、直前の伊丹駅でのオーバーランで遅れたことが挙げられている。1分30秒の遅れ、それが次の塚口駅で1分遅れになったということは、相当速いスピードになっていたのではと思う。30秒をあの距離で短縮するというのはかなり無理しないといけないと推察される。そして、カーブに入る前でブレーキをかけるタイミングを間違えたのだろうか。しかし、右カーブでカントがついているのに左に脱線していくというのは疑問であるような気もする。速度超過が原因なのか、それとも他の何らかの力がかかってしまったのだろうか。JRは置き石の可能性を記者会見で示唆していたが、列車が脱線するためには相当大きな石でなければ難しいと聞く。カラスが置き石をするという話をきいたことがあるが、カラスでは大きな石は運べない。かといって、5分ごとに列車が行き交う場所でわざわざ線路に入って置き石をする人がいるとも考えにくい。踏切のそばにあれば話は別だと思うが...。確かに、JRに乗っていて運転士が下手だなと思う場面があったりする。5メートルほどオーバーランしたケースには何度か出会ったことがあるし、直線なのに乗客がよろめくような変なブレーキのかけ方にも出会ったことはある。経験不足はあったかもしれないが、どうなのだろう?いくら経験不足でも遅れたからといってそこまでスピードを出すのだろうか?そんなことをしなくてもこの時期、毎日のようにJRは遅れている。もし遅れが出てあせっていたのだとしたら、そこまで急ぐ必要はなかったのかもしれない。確かに阪急との競争が熾烈だとはいっても、事故を起こしてしまってはどうしようもない。いつもJRが遅れると文句を言っている自分が言うのもおかしいのだが、遅れると言ってもせいぜい2,3分、利用する側も余裕を持って行動する必要があるのかもしれない(よほど時間が切迫していて、接続もギリギリだと話は別だが、それでも私は運が悪かったと最後は諦める方である)。しかし、運転士の腕がどうあれ、列車が揺れるときは揺れるという場面もある。例えば追い越しのできる駅に進入するとき、外側線は緩いカーブになっている。たいてい、そういう場所の制限速度は35キロか45キロ、進入直前でちゃんと45キロになっていても、乗客の状況、レールの状況(?)などいろいろあるのか、その時々で相当揺れることがある。そう考えると、運転士が原因だとは一概に言えないようにも思える。何日かたって原因究明が進められていくだろう。しかし、フライトレコーダーやボイスレコーダーのある飛行機などと違って、本当のことはわからないかもしれない。列車事故の多くは、本当の原因がわからない場合が多いと思われる。しかし、それにしても、普通に列車に乗っているだけなのにケガをする、死んでしまうというのは、人生わからないものだ。震災以降、生きているだけでも運がいいと思うようになった私にとっては、巡り合わせの悪さが存在するというだけで、胸が締め付けられる思いがする。ケガをされた方の一刻も早い回復と、亡くなった方の冥福を祈らずにはいられない。
Apr 25, 2005
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今日はOBオケの練習。本番の指揮者、吉住典洋氏による初合奏である。朝からいい天気、こんな日に室内にいるのはもったいないなと思いつつ、まずは軽くウォーミングアップ。今日初めて合奏に参加する(実は1回練習があったのだがその日は休んだ)曲の流れを再度チェックする。曲はブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番、よく知っている曲だが、オケの動きはCDを聴いているだけではわからない。抜けるような青空、花壇の横のベンチでスコアを読む。昼食後、さらにウォーミングアップをして合奏に臨む。まずは指揮者が来る前に、団内指揮者による合奏。私は1stヴァイオリンなのだが、チャイコフスキーの指揮もしているので、コンサートマスターはやらなくてもよいはずだったのだが...。結局メンバーが少なく、私がその席に座ることになった。だが、まだこの時点ではコンマスであるつもりはない。続いて指揮者が到着。合奏が始まる。しかし、みんなあまり曲をさらえていないのと、オケで今でもやっているメンバーが多くないことによって、至る所でずれたり止まったりした。これではプロの指揮者に仕事をさせていないことになる。私は今でも毎週やっているので慣れている。もちろん、かくいう私も練習時間をちゃんと取れていないので、弾き間違える場所はあったりするのだが、落ちて復活できないということはない。合奏が終わって指揮者が「あなたがコンマスやってくれるんですよね」と言った。今日はたまたまいただけなのに、自分よりヴァイオリンをうまく弾ける人は他にもいるのに、そうなってしまった。もちろん、やりがいのある役割であることは間違いないのだが、責任重大である。みんなが落ちて止まっても一人で最後まで弾き続けなければならない。先月のマーラーでトップの大変さは身にしみてわかっているだけに、怖いのだ。しかし、指揮者に言われてしまった以上、やるしかないだろう。こうなったら、仲間といい音楽をつくるために、頑張るしかない。
Apr 24, 2005
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講義の準備をする。毎年内容が変わる外書購読は準備にけっこう時間がかかる。自分が教材を読み込むことにはそんなに時間を使うわけではないのだが、むしろその内容をどうやってうまくかみ砕いて学生に説明するかが難しいのだ。1年生向けの語学とは違い、訳すだけではあまりにも芸がないし、学生も飽きてしまうので、課題を考えたり、また背景知識も心許ないところがあるようなので、そこにも言及しなければならない。どういう順序でまとめて話し、理解してもらうのか、そこが頭絵の悩ませどころである。人が相手であるだけに、いい加減なことはできるだけしたくないという思っているので、講義の準備に意外と時間を費やすことが多い。昨年やった内容であっても、もっとうまく説明できるのではないのかと思うと、ついつい手を加えて、それをまとめ直すのに時間が必要なのだ。だから毎年改善されているだろうと思いたいところなのだが、果たして学生はどう思っているのだろうか?ただ、少しは軌道に乗ってきたので、そろそろ先の回までの準備を進めていくことにしようと思う。納得できれば、その後はまとめて研究に時間を使えればと思う。ちなみに、歯の調子はかなりよくなってきた。普通の食べ物でも食べることはできるようになったし、少々時間も短縮できるようにはなってきた。あともう少し、無事抜糸できるようになりたいものだ。
Apr 23, 2005
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今日は1限目から授業。相変わらずシフトはきつい。まず1年生のゼミ形式の授業からスタート。今日は、図書館ツアーを実施した。図書館での本の探し方などを学んでもらう。1限は学生にもきついようで、説明も聞いているのだかどうなんだかという状態。説明してくれる職員が「起きてる?」などと聞いている。まあ、実際に使うことになればイヤでも覚えるようにはなるのだろうが...。その眠気を吹き飛ばす課題を最後に出す。新聞記事を切り抜き、コメントさせるという、テレビのワイドショーでよくやっているコーナーを全員にみんなの前でやってもらうという内容だ。さすがに学生たちの目は覚めたようだ。連休中に少しだけ頑張ってもらおう。2限目は3年生のゼミ。今日はみんなで議論し、意思決定をすることに慣れてもらう。これから1年間の勉強以外の計画を立ててもらった。まだまだぎこちないが、形にはなったので、これもよしとしよう。昼休み、今日は普通の食事にチャレンジ。焼きそばとおにぎりのセットを購入、研究室で食べ始める。食べることに伴う痛みはかなりなくなっているのだが、大きく口を開けると少し痛い。というわけで、自分にはとうてい似つかわしくないおちょぼ口で食べることに。苦労したのは焼きそばのキャベツ。これがまた豪快に大きなサイズで切ってある。これを噛むのに相当苦労した。結局食べきるのに30分かかった。その後ぼちぼち雑用をこなし、4,5限の連続授業。このシフトは、病み上がってもいない私にとってはかなりつらい。そういえば、先週は虫歯の痛みで気が遠くなったのだった。今日はその時のような痛みは感じない。この授業の対象は1年生、彼らにとっても2限連続というのはどうやらつらいようで、3,4年生だと何とか集中力も持つのだが、まったく持たない。そのために、さまざまな工夫がいることを痛感、いろいろ試している。一方通行になり過ぎないように心がけている。さすがに終わった後は疲れてしまった。帰る途中も少し痛くなってしまった。あと、やたらと眠いとも感じた。金曜日が終わるとほっとするのだが、その気持ち以上に疲れたという感覚が先行している。早く慣れなければいけないのだろう。
Apr 22, 2005
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今日も朝から不機嫌。娘が寝坊するので、一緒に起きてくれと言われるが、さすがにこの体調では起きあがれなかった。娘が幼稚園に行く時間になってようやく起きることができたが、「それでは意味がない」と言われた。元気ならそうかなとでも言えるのだが、この状況ではさすがにムッときた。ただ、怒ったところで倍になって返ってくるだけなので、それ以上は何も言わず。それから自宅を出て、今日は車を車検に出しに行った。ディーラーの工場が駅の近くにあるので、これは便利だ。出勤途中でも行ける。その後、電車に揺られる。人身事故とかでまた電車が遅れている。最近遅れすぎ...急いでいないからいいようなものの、こう毎日遅れるようではどうかと思ってしまう。大学に到着。今日も昼食はコンビニのそば。昨日のきしめんよりはずっと食べやすかったが、おそるおそる食べるのでやたらと時間がかかってしまった。その後、来週の講義の準備をし、4年生のゼミへ。さすがに就職活動真っ只中ということで、出席率は悪い。ただ、それでも大学まできっちりと足を運んでくれるのはいいことだし、嬉しく思う。今日はみんなにとってのホットなトピック、「面接」を逆の立場(面接官の立場)から論じた本のコピーを配り、ディスカッションした。さすがに、経験に裏打ちされた話は聞いていても興味深い。うまく話しているメンバーを見ると、成長したことを感じる。相手を知ることの大事さについて話し、ゼミを終わる。帰り道、同僚とばったり会ったので、途中の駅まで一緒に帰る。日頃ゆっくり話す機会のあまりない人(仲が悪いのではなく、時間帯が合わないだけ)だったので、いろいろと話した。途中で鎮痛剤が切れて縫った場所が痛み出す。また、疲れがたまっているのか、電車ですっかり眠ってしまった。降りる駅の寸前で起きたので事なきを得たがけっこう危なかった。帰っても夕食は「スープ春雨」と「こんにゃくゼリー」。健康的なのだろうが、食事の充実感はまったくない。早く治ってくれと祈るばかりである。
Apr 21, 2005
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今日は午後からではあったが、授業が3つ。午前中は家庭の雑用をあれこれとやり、大学へ行く。途中、食事をコンビニで買う。今は口の中以外は至って健康のはずで、食欲もあるのだが、まだ口の中を縫っているので、食べられるものは限られている。麺類か、蒸しパンか、おやつで言えばプリンといったところ。縫われている側の歯で噛むのはやはりまだこわい。昼食はきしめん。何となく趣向を変えてと思ったのだが、これがとんでもない裏目に。コンビニのきしめんは異常に固く、ほぐれにくいようだ。噛むことに問題はなかったがとにかくほぐれない。たった少しのきしめんに対して30分間も格闘していた。情けない...。こんなんだったら、そばにしておけばよかった。といっても、針金みたいな固いやつもあったりするので、美味しいかどうかはわからないが。そして、夕方から夜への授業3連発。まずは大学院。これはマンツーマンになってしまったので、気分的に余裕がある。雰囲気は至ってのんびり、でもやることはちゃんとやっている。人を見て手を抜くことは考えていない。たとえ一人でも、自分の話を聴きに来てくれているのだから。次に3年生の授業があるが、その前に食事。短い時間、カップラーメンで済ませる。なんたる不健康か...。しかし、これもなかなか食べきれず苦労する。この授業が終わってからだと、鎮痛剤の効き目が切れて激痛に見舞われること間違いなし。その鎮痛剤も食事をしないと胃を荒らしてしまうので飲めない。とにかく何でもいいからお腹に入れておく必要があるのだ。鎮痛剤を飲み、いざ授業へ。人数は先週より増えている。1.5倍というところか。なぜこんなに増えたのだろう??コピーの数が足らず、休み時間に慌ててコピー。休み時間もないのか...。口の中を縫った状態で4時間ほど話したことになる。これが何の影響も及ぼさないと言うのはやっぱりあり得ない話で、案の定痛い。鎮痛剤の切れ方が早すぎる。何とか自宅に帰り着き、鎮痛剤の補給。これからしばらくしゃべらなくていいので、何とかその間にせめて口から血が出ないように望みたいものだ。ただでさえつらいシフト、病んでいる状況にはつらすぎる。何事もなかった先週の倍は疲れたような気がする。気力で授業は乗り切ったものの、終わった瞬間から気力はなかった。とにかくフラフラする(そりゃ、一日中口から血が出ているわけだから...)。ただ、いいことはなきにしもあらず。予定通り、5日間でまた2.5キロやせた。そりゃ、少ししか食べていないから当然だ。最も重かったときから比べると6キロやせたことになる。これだけは朗報。成人病からは遠ざかってくれているといいな。
Apr 20, 2005
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今日はいよいよ親知らずを抜く日、こんな時に限って天気は快晴。でも、空の色や花の美しさはまったく目に入らない。早めに病院に着いたが、やはり先生が「やっかいだねえ」と言ったこともあって、午前中の大トリとなった。飛び込みできた人にも順番を抜かされる。まあ、処置の難しさやかかる時間を考えれば当然のこと、気長に待つ。そして、最後に呼ばれた。ついにやってきた恐怖の瞬間だ。座った後もなかなか先生が来ず落ち着かない。深呼吸をするも、心拍数は上がる一方だ。早く来てくれぇ~!ようやく先生が登場。この3日ほどの様子を聞かれ、「やっぱりこれは抜ききらないとずーっと痛いままだねえ」とダメ押し。麻酔を注射された後ついに始まった。まず、縫ったところを開き、見終わったところで顔にカバーを掛けられる。まあ、痛がっている顔を見るのは先生もイヤだろうし。そして、まずは親知らずを砕く作業から。ここまではあまり痛くない。と、安心していたら、「次はかなり振動が来ますが我慢してくださいね」と助手の声。ガリガリガリ!ドリルで穴を空けるような音と共に振動と痛みが。実は親知らずがあまりに大きいので簡単には取れず、まわりの骨を削っていたらしい。しかし、この痛みもまだマシで、ついに根元を引っぱる最後の段階。「力をかけますよ」と助手の声。と同時にこの世のものとは思えない激痛が!しかし、一回目は失敗。「少し口を閉じて休んでください」と言われて二回戦。またまた激痛が!でも陣痛はこんなもんじゃないと妻から聞かされているので、それってどんなんやねん!すぐに先生が「もう取れましたよ。後は縫って終わりですからね」と言う。ホッとした。縫われるのを待っているとき、助手が「さっき抜いた歯、見ますか?」と言うので、見せてもらった。とにかくデカい!砕かなければ抜くのは不可能だというのもよくわかる。こんなものが口の奥に入っていたとは恐るべし。しかも虫歯で崩壊している場所も見せてもらった。こりゃ痛いわな...。その後、縫われているときは放心状態。結局、全身の力が抜けて歩く気力もないのでタクシーで家まで帰った(贅沢...)。麻酔が切れた後は、聞いていたよりも痛くはなかった。痛み止めを飲む回数も抜く前より減った。ただ、やはりずーっと口の中で血が出続けている。一日はこれを我慢しなければならないらしい。まあ、痛くないからそれはいい。明日、授業があるので、顔が腫れ上がらないように顔を押さえておく。ただ、一日中やっていられないのでガーゼのハンカチをテープで留めて顔面を引っ張るようにしている。鏡を見た姿は、顔をケガしているかのようだ。でも、歯を抜いたことでその場所の痛みはなくなり、この3日間食事時に苦しめられた「削られた歯の側ででものを噛むと痛い」「それをかばって逆の側で噛むとかみ合わせが悪くて食べにくい」といった状況は改善された。あとはしっかり傷口がふさがって、1週間後に抜糸されればそれでおしまい。それまでに何もなければいいが...。まあ、スッキリしたことは確かだ。
Apr 19, 2005
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今日は非常勤先での授業。治療箇所が少々腫れてふくらんでしまっている。まだ小学生の先生のようにずっと同じ生徒に見られ続けることがないのが救いだ。遠くから見てわかるほど腫れてはいない。しかし、明後日、本務校で授業するときはいったいどうなってしまうのだろうか。今日は2つの授業ともうまくいったようだ。少しずつこちらの授業のやり方に慣れてきたのか、授業終了後に質問も出るようになった。なかなかいい傾向である。この調子で非常勤先の学生とも楽しく付き合っていきたいものだ。それにしても生活はきわめて不便だ。ペースが完全に狂っている。普通の食事だと通常の倍以上の時間がかかってしまうので、昼食はあきらめてウィダーインゼリーを食べる。おにぎり一個分のエネルギーは確保できるとかでいいのだが、鎮痛剤をその後で飲んでも胃にはちゃんとものが入っていないためか、胃が荒れて気分が悪くなってしまった。あと、鎮痛剤を多く飲んでいるせいもあって、帰った途端にがくっと疲れが出てやたらと眠い。朝も起きるのがしんどい状態である。こんなので1限なんて間に合うのだろうか???考えるだけでも恐ろしい気がしてしまう。でも、何より恐ろしいのは明日の親知らず抜き。麻酔があるのでその瞬間は痛くないらしいのだが、切れた後は一日激痛に悩まされるなどと言われ、今から恐ろしい。とはいえ、この4日間の痛みがずっと続くことを思えば、すっきりするほうがずっといいに決まっている。あとは先生に任せるのみだ。
Apr 18, 2005
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縫われた跡が痛くてたまらない。もちろん何もする気が起こらない。妻は子供を連れて公園へ。助かると思っていたのだが、出かけてもらうつもりがダメになってしまったのでやはりがっかりはしているようだ。公園で娘の幼稚園友達のお父さんに会ったらしく、いろいろ話したようだ。「休日にパパが公園に連れて行ってくれるなんて、なんていいパパなのだろう。それにひきかえ...」と、帰ってきてから言われた。確かに週末の楽しみとしてオケをやっていて、土曜日の夜を好きにさせてもらっているし、そう言われても仕方がないと思ってはいるのだが、この病気時に言われるとかなりつらいものがある。その一言に対してブチ切れなかっただけでもよしとしてもらいたいのは甘いのだろうか?反論すれば、さらに過去の話をどんどん持ち出され悪循環に入ってしまうため、我慢するのが得策であることは確かだ。だからといって、きっとオケに行けなくなったら病気になること間違いなしだ。うまく折り合いをつけるべく、もうしばらくいろいろ試そうと思う。娘が幼稚園に行き始めたので、少しは風向きが変わることを期待したい。
Apr 17, 2005
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昨日は何とか鎮痛剤でごまかしたものの、さすがにこんな状態が何日も続くことには耐えられない。そこで、少し離れてはいるが、私の両親と妻が行きつけの歯医者に行く。これまでの経緯を説明したが、とりあえずレントゲンを撮られる。先生が横に座った瞬間に一言、「これはやっかいですねえ」。診断は歯茎に埋もれた親知らずが少しだけ上に出ていてそこが虫歯になっているとのこと。私はこれまでずっと虫歯なしできていたので、かなりショックだった。その後がさらに問題で、「ここまで口の奥になってしまうと、ここでは取れません。すぐに口腔外科へ行ってください。紹介状を書きますから。」とのこと。すぐにその口腔外科へ急ぐ。口腔外科は歯科の隣の駅にあった。予約なしで行くことになってしまったので、診察までに時間がかかった。その間にも鎮痛剤が切れて痛みがどんどん増してくる。ようやく自分の番に。診察台に座って先生が一言、「これはやっかいだなあ。う~んどうしようか」。エッ!?どうしようなんていったいどういうことなのだろう。先生が言うのには、「とにかくこの親知らずはすぐに抜かなければいけません。でも、ここまで奥になってくると簡単には抜けないので、二段階に処置を分けます。今日は応急処置で歯ぐきの部分をまず切開して親知らずをまず見て、虫歯の部分を削ってふさぎます。次回、歯を砕きながら取っていきます」。なんと、削る?砕く?聞くだけでも恐ろしい。しかし、もうどうしようもないので、麻酔を打たれて処置を待つ。ところが不思議なことにこれまでの痛みと比べれば、麻酔の注射は痛いうちに入らないほど軽いものだった。麻酔が効いているので、削られることも何ともない。とりあえず、応急処置+縫合で今日は終わり。帰宅した後、やはり体がだるく、何もする気になれない。そのうちに、麻酔が切れて痛み出した。食事もまともにできない状態だった。何しろ噛むことが苦痛なのだから。昨日ほどの痛みはないものの、やはりそれなりに痛い。しばらくは鎮痛剤頼みの生活になってしまうだろう。親知らずを抜くとしばらく腫れると言うし...。そんなので授業はできるのだろうかと少々不安。このところ毎年何か体に起こっている。体からの警戒信号と言うことか。ともかく、鎮痛剤さえ効いていれば普通に生活することはできそうなのだが、やはりしんどいことは確かだ。来週、大丈夫なのだろうか。しばらくまともに食事ができないとなると、いいことがあるとすれば、やせることだ。昨年末にひどい風邪をひいて何日か食欲がなくほとんど食事をしなかった結果5キロやせた(その後リバウンドはなし)。今回もさらに3キロぐらいはやせてくれるのだろうか。苦痛に耐えるためには、いいこと探しをしなければやっていられない。
Apr 16, 2005
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今日は朝一からスタート。電車に乗るが4月はやたらと混んでいる。おまけに利用している路線は、少し混んだりするとかで、しょっちゅう遅れる。まず1本目は遅れていなかった。しかも、乗ってすぐに座れた。この時間で座れるのは奇跡的だ。眠いのだが寝過ごすとマズイので、専門雑誌を読み頭を起こす。乗り換えて2本目の電車。遅れている!マズイ!この区間はちょうど高校、大学の通学時間とまともにぶつかっているために、大学生の多い4月に限ってはやたらと遅れる。車内のアナウンスはこうだ。「本日は、たくさんのお客様にご利用いただいておりますので、乗り降りに時間がかかり5分ほど遅れて運転しております。次の駅で降りられる一番前の車両のお客様は、お早めにお降りいただきますよう、お願いいたします。」それって...どこの大学に通っている学生の集団かわかるではないか...。とにかく早く降りろ~!と思ってしまう。そうこうするうちに3本目の電車に乗り換え。こちらもよく混んでいる。もちろんうちの大学の学生でいっぱい。とにかく4月は多い。5月になるとなぜかちょっと余裕ができたりするのだが。これでは着くまでに疲れてしまう。今日のシフトは1限から5限までびっしり!1年のゼミ形式の授業と3年ゼミ、そしてもう1科目が2時限連続。間の1時限には火曜日出勤と同じ恒例の仕事。2日前からなぜか歯の辺りが痛い。少し気にしつつ午前中を終えた。そして、わずかな時間で食事を済ませ恒例の仕事へ。このころから歯の辺りに激痛が走るようになる。ただ、痛くなったり痛くなかったりと、病院に駆け込むほどではなかった。もちろん、このころは原因などわからない。続いて休憩なしで2時限連続授業へ行く。割り当てられた教室でいつものようにパワーポイントの用意をしていたが、なんとプロジェクターにスライドが映らない。しかも、見たこともないようなエラーメッセージが出ている。私の知識ではどうにもならない(っていうか、こういうのは年度初めにでもチェックしておいてほしい)。あわててスライドを人数分コピーしに行く。またこれでは授業にならないので教室変更を事務に要求。後半の時間だけはとりあえず確保する。というわけで、授業は20分遅れで開始。しかも、割り当ての教室が狭すぎて立ち見が出る始末、コピーもなぜか足りなくなり、学生に迷惑をかけてしまった(っていうか、これも毎年の受講者数から予想できるだろうに、何をしているんだろうか)。初回からイメージは最低である。後半の時間、教室を変えて仕切り直し。広い教室になったのはいいのだが、余裕ができたためにざわつき始める。少し注意をしつつ授業を進める。話は順調に進んだものの、歯が痛い!このころから痛みが強くなり、背中に脂汗をかくようになってきた。やばい。授業が終わってから同僚の先生が研究室に来訪。今年から始まったハードスケジュールと、事務のドタバタぶりについて話し合う。どうやら他の先生も満身創痍らしく、熱を出す人、風邪をひく人、「止まって治す」薬が必要な人などなど続出しているようだ。私の歯痛もストレスか?しかし、歯医者はもう空いていない時間、仕方なく自宅に向かう。しかし、電車の中では顔を上げられないほど痛くなっていた。歩くのがしんどい痛さというのはほとんど初めての経験である。実家に直行し、病院事務をしている母に病状を話し、相談の結果、医師の先生に電話をしてもらう。先生からアドバイスをもらい、とりあえず明日まで様子を見ることに。鎮痛剤でごまかして寝るしかない。ただ、実家から自宅までまっすぐ歩いて帰ることすらできなかった。フラフラになった状態で自宅にたどりつき、鎮痛剤が効くのをじっと待っていた。おそらく効いてきたのだろう、後はまったく覚えていないうちに眠ってしまった。
Apr 15, 2005
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結局、予想通り朝7時にたたき起こされた。運が悪いことに娘が寝坊している(妻曰く)ということで、私が寝ていると示しがつかないのだという。今週は完璧に寝不足、夜の授業の疲れも取れないままだ。そして、娘を幼稚園に送ってきた「妻と入れ替わりに自宅を出発した。授業は4年ゼミのみなので、体力的なきつさはあまりないが、とにかくいろいろとやるべきことがある。去年授業で使用したパワーポイントのスライドがあるとはいえ、いざ直前になると見直してみたくなる。もう少しうまく説明できるまとめ方はないのか、もう少し効果的に見せる方法はないのかといろいろとチェックしていくうちに時間が過ぎていく。また、授業に関する情報をホームページで公開しているので、その更新作業もこまめにやらなければならない。めんどうではあるが、学生はけっこう喜んでくれているし、大量印刷の手間も省けるのでこの方式もやめられない。まあ、どこで忙しいかの違いに過ぎないわけだ。そして4年ゼミ。卒業論文の企画書を宿題として課していたのでそのチェックと、就職活動の報告をしてもらう。こまめに相談してくる学生の動向はだいたい把握しているのだが、まったく連絡してこない学生もいるので、その人たちから報告、相談を受けた。それが終わってから、有志で近所の居酒屋で就職活動について語り合う。すると、そこに同僚の先生がなぜか登場。どうやら同じ店の2階で飲み会をしているらしい。しばらくしてから、その先生が帰るというので、そのタイミングで私も抜けた。帰りは少し早かったが、明日は1限から始まるので、6時起きだ。結局睡眠時間は短いままになってしまう。本当に今週乗り切れるのか?
Apr 14, 2005
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今日からスタートすることが2つあった。まず1つは、娘の幼稚園。娘は昨年から入園前のジュニアクラスというのに通っていたが、今年から幼稚園の年少組として、正式に入園することになり、その入園式があったのだ。私自身も娘と同じ幼稚園の卒園生だが、自分の入園式の時はどうだったかというのはまったく覚えていない(遊んでいたときの様子は覚えているのだが)。園長の話、担任の紹介などあり、最後には年長組の子供たちが一緒に歌うという内容だった。年長組ともなるととてもしっかりしている。先生たちもしっかりしているという印象である。安心して任せることができそうだと改めて感じる。これから娘も友達との共同生活、いろいろあるだろうが、自分でたくましく行動できるようになればいいなと思う。もう1つのスタートは、本務校での授業だ。今日は夜のシフト。最初は大学院の授業。去年は履修者ゼロで授業自体がなくなった。本務校では大学院に来る人数はそれほど多くなく、特定の専攻に学生が流れる傾向にある。私の専攻に近いところはほとんど授業が選択されることもない。今年もないかなと、とりあえず教室に向かう。隣の部屋は電気が消えていて真っ暗、履修者がなかったのだろう。そして近づいてみると、なんと1人だけいるではないか!1人だけとは言っても希望者がいる限り授業はしなければならない。さすがに1対1は初めてだ。どうしようかと思ったが、学生に学部生時代の卒論の内容、興味のあるトピックなどを尋ね、方針を決めていく。しばらく話し込んで、使うべき教材などを決定した。来週から試行錯誤が始まることとなった。続いて夜の授業。2時間連続で、かなり大変だ。非常勤先で2年ほどこのシフトは経験しているので、どの程度しんどいかはある程度理解できているし、ペースもそこそこわかっている。しかし、本務校で、すでにやったことのある講義をこのペースに入れ込むのはけっこう大変そうだ。夜ということもあって履修者はさほど多くはないので、昼間の授業のようにまずは騒がしいのを黙らせることから出発するということがない分やりやすいだろうとは思う。これから頑張っていかなければならない。何よりしんどいのは、授業が終わってからまっすぐ帰っても11時近くになってしまうことだ。次の日の授業が午後からなので少しは楽なはずなのだが、娘と一緒に起こされることになり、寝不足は決定的。親としては一緒に起きないと子供に示しがつかないということなのだろう。授業が終わると、仲の良い同僚が同じ時間帯を担当していることから、集まって食事に行くことに。いろいろと話し込むうちに最終電車になってしまった。
Apr 13, 2005
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今日は出講日ではないにもかかわらず、結局出講する羽目になった。恒例の仕事を4時間こなす。これは試験監督と違って、相手があることだけにそれよりは時間は経つのが結構早く感じる。結局出勤日なのだからというわけで、いろいろと準備する。その主なものは授業に関する情報を提供するホームページのリニューアルである。使用ソフトを変えて、以前のソフトからの制約がなくなり、いいページができそうに思えてきた。それでもすべての処理をすることはできず、明日に持ち越しとなる。夜は予告通り、同僚を道連れにして飲みに行った。経緯はともかく、とても楽しい会となった。大学教員は基本的に個人商売のようなものだが、ヨコの連携は必要である。同じ職場で働く者としては、情報共有がやはり必要だと思う。まったく話は違うが、今日気づいたこと...。私はいつも音楽CDをMP3プレーヤーに入れて持ち歩いている。電車が混んで座れないときに音楽を聴いている。今日はどの電車も混んでいて、なかなか読書できなかったために、音楽を聴いていた。今日のジャンルはクラシック、オケの練習のための予習も兼ねている。乗り換えをいつもターミナル駅でしているのだが、そこでたまたまホルストの「惑星」の中の「火星」がかかっていた。ラッシュ時に人々が足早に行き交う様は、戦争を暗示するこの曲にピッタリ。人の足取りが曲の拍子にシンクロするとなかなか笑える。テレビでもそうだが、BGMの効果は絶大であると思った。この曲がお好きな方も聴いたことのない方も、一度お試しになってはいかがだろうか。
Apr 12, 2005
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今日から講義が始まった。まずは、非常勤先での2コマである。何年やっても最初はやはり緊張する。プロ野球選手が開幕試合は気持ちがまったく違うというのと同じことだろう。最初は一般教養科目である。私の専攻とは異なる学部の学生たちに教えなければならない。こういう場合、最初のつかみが肝心である。今日はまだ履修登録前なのでお試し期間なのだが、しっかりとした姿勢を見せておかねばならない。それによってお気楽に単位を取ろうと思う学生を減らして、興味を持って話を聞こうとする学生をつかんでおきたいのだ。やはり、学生がしっかり話を聞いているときというのは、見ていてわかるものだし、こちらものってくる。良好な相乗効果が生まれてくるのだ(もちろん、毎回そう言うわけに行かないのがまだ未熟なところなのだが)。この授業にちゃんと入りこんでくる学生は、かなりしっかりした人が多いというのが、去年担当した印象だ。どうせやるのだから、お互い楽しいものにしていきたいと思う。昼食は近所の回転寿司屋へ。昼休みが短いので質問が多い日には無理なのだが、今日は時間を確保できたので久しぶりに入る。なかなか美味しかった。束の間の休息。その後、2つ目の授業、外書講読である。これがなかなかの曲者で、どのような学生がくるのかによって状況が大きく変わってくる。非常勤先ではこの科目はあらかじめ登録しなければならないルールになっているという。だから、すでに学生は登録してしまっており、メンバーの入れ替わりはない。その場合、教材が難しすぎると投げ出すし、簡単すぎると手応えがなくなってしまう。また、英語に対する苦手意識を持つ学生が多いと、モチベーションが低く、やり方を間違えると課題もしてこなければ私語だらけになってしまう危険性も大きい。今回は作戦を変えてアプローチしてみる。さて、どうなることやら、期待と不安が入り交じったまま今日の授業を終えた。帰宅してからは講義の準備、あと5科目分ある準備をこなしていく。もっとも、うち3科目は昨年までの蓄積があるので、問題なくできる。あとの2科目も試行錯誤を繰り返していくにつれて、何とかなっていくような気になってきた。今週第1回分が一回りするまでは息継ぎできない状態が続くだろう。明日は曰く付きの出勤日...。
Apr 11, 2005
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が難しい一日だった。まず午前中、たまたま家の中の蛍光灯と電球が一気に切れてしまったため、電気屋へと走る。最近では、電球や蛍光灯の種類も多様になり、同じ型番を探すのに苦労した。また、新しいものに目が行くのだが果たして買ってもちゃんとつくのかどうか心配してしまい、結局従来のものを買ってしまう。父がしていた仕事の関係で電気製品には常に興味を持ってきた。今もそれは変わらない。買い物ついでに少し注目製品を見てきた。それから帰宅しようとするが、妻が少し買い物に行きたいというのでそこまで送って先に子供を連れて帰った。が、なかなか帰ってこない。昼食が遅くなる。昼食後、今度はさらに買い物に1人で行きたいと言う。しかし、娘がそれを聞きつけて「私も行く~」という。しかし、妻は一人で買い物に行きたい(要するに、子供から離れる時間が少しほしいと言うこと)わけで、結局買い物先まで子供と一緒について行くことになってしまった。妻が買い物に行く間、子供の相手をしなければならないのである。もちろん、それをいやだとは思っていない。が、困ったことに明日から講義だ。ある程度準備はしてあるのだが、最後の仕上げをどうしてもしておかなければならない。時間が余ったときのネタをつくっておくこともしたい。すでに頭がそういうモードになっているので、気持ちが落ち着かないのである。結局、帰宅後に作業を始め、3時間で2科目分、納得のいく仕上げになった。いよいよ本番、頑張っていこう。
Apr 10, 2005
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という感覚だった。金、土と仕事があると、どうも今日が金曜日であるかのような気になってしまう。今日は花見には最高の暖かい天気。通勤途中にはいくつか桜の名所がある。朝からブルーシートが敷き詰められていて、場所取り合戦のすごさを感じる。そんな中、仕事か...。今日も学生にガイダンス。説明する担当になっているので、台本を復習し、本番に望む。今回は新入生が相手なので、けっこう静かで話しやすかった。時間の配分もそこそこうまくいったので、後は学生諸君がどこまで理解してくれたかが問題になってくる。もちろん、わからなくてもサポートの機会はけっこうたくさんあるので、そこにちゃんと行ってくれれば問題は解決するだろう。それが終わってオケの練習。それに向かう電車の中で、偶然お世話になった先生に会った。お会いして直接お話しするのはもう何年ぶりだろうか。でも、先生は私のことをちゃんと覚えてくれていた。私の博士論文の審査員で、最初の大学に就職するときにお世話をしてくださった。今私がこうして大学にいられるのも、その先生のご尽力あってのことである。家が近所で、私が寝るときに足を向ける方向にあるのだが、気持ちの上では足を向けて寝られないのである。電車で20分ほど、いろいろとお話をする。とりとめのない話であったが、やはりうれしいものである。その先生は業界では知らない人はいない超有名な先生なのだが、そのような方に自分の存在がインプットされていると思うだけでもうれしい。ちょっと幸せな気分だった。そして、オケの練習。本番の指揮者が来週初練習に来るので、それに備えた練習。マーラーの演奏会以来、楽譜を読んでどういう音を出すべきかについていろいろアイデアが浮かんで来るという意味ではかなり冴えている。あとは、それをぶつけてみて修正を求めていくことになる。もちろん、正しい方向だと言われれば、そのさらなるレベルアップを目指していくことになる。終了後は餃子屋で反省会という名の飲み会、そして帰宅。
Apr 9, 2005
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さっき娘と遊んでいたら、こんなことを言われた。「幼稚園でやった手遊びの歌教えてよ。」もちろん、私にはわからない。確かに子供と同じ幼稚園を出てはいるが30年以上前のこと、覚えているはずもない。「わからないから、教えてよ。」と逆に頼むと...「パパ先生だからできるでしょ。ママがパパは先生しているのって言ってた!」確かに先生には変わりないのだが、ちょっと違うかな。でも、同じ呼び名で言われるから何とも不思議なものだ。妻は「子供の言っていることが正しいわよ。」と横からからかってくる。この話にはどうも伏線があるらしい。それは、昨日の出来事。妻が子供の幼稚園友達の家に遊びに行ったときのこと...。お友達ママ「今日は旦那さんは?」妻 「学校はお休みよ」娘のお友達「○○(娘)ちゃんのパパって、何で今日休みなの?うちのパパは仕事で遅いって言ってたのに。今日は日曜日じゃないし。」娘 「○○のパパなんでお休みなの?」妻 「パパは先生だから、今日はお休みなの。」娘にとっての先生は「幼稚園の」先生しかいない。これから先、いっぱい学校に行かなければならないことなど、当然知らない。「小学生のお姉ちゃん」という言葉は知っているが、「小学校」という言葉が意味することはまだピンと来ないようだ。子供の素朴な疑問、恐るべし...。今日は年度が替わって初めて学生に会った。ガイダンスで話さなければならなかったのだが、説明している間もずっとざわついていた。ガイダンスを聞くことより、友達と会って「成績どうやった?」「何の授業とる?」という話が「彼ら的には」(うーん、問題な日本語だ)一番の関心事のようである。そんな結果のことより、実はこれから先のことの方が大事なんだけどな...などと思いつつ、「泣いても知らんよ~」などと注意しながら説明した。まあ、少なくとも前の半分は聞いていたみたいだから、いいのかな。その後あれこれ仕事をして最後にとんでもない大どんでん返し!全教員がしなければいけない恒例の仕事があるのだが、某委員会に属していた人だけ出講日ではない日に当てられている(それ以外の人はちゃんと出講日に当たっているらしい)。責任者本人に疑問をぶつけてみると、出講日をチェックして公平に割り当てをしていると言うのだが、具体例を挙げてそれは違うと詰め寄ると、「いや、その委員の先生がいちばん仕事ができるかなと思って、どうしても割り当て切れなかった場所に行ってもらったんです」と言う。その委員の仕事、今年は外れている。じゃ何か?仕事に慣れていない(というのも実はおかしいのだが)人が負担の少ない場所に行って、われわれがそのために割を食わなければならないわけ!?その仕事の方法についてもいろいろと疑問点が多い。だったら「公平にやってます」とわざわざ言わなければいいのに。ちょっと「こうこうこういう理由でご苦労かけますがすみませんねえ」と言ってくれればいいのに。仕事の割り当てが公平になることは「絶対にあり得ない」と思う(ルーチンワークでもない限り)。だから、無理なことをはわざわざハッタリをかまして「やっている」などと言わない方がいいと私は思ってしまう(もちろん、「ウソでも言ってほしくない」という逆の意見もあり得るのだが)。でも、結局のところ、気持ちよく働けるよう、お互いが少しでも気を遣うことができていればいいのだ。ちょっとしたことなのだが、コミュニケーション不足で仕方がないか...。もう、その日はあまりにも「気ぃ悪い」と思うので、道連れに飲みにいくぞ~!と同僚に宣言。
Apr 8, 2005
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に追われた一日だった。午前中は講義の準備。昨年度は、新規の非常勤先での講義1年目、しかも自分の専門とは違う学部の学生に対する教養科目として自分の専門の入り口を教えるということでいろいろと難しいこともあったが、なんとかこなせた。講義もそれなりの内容でできたと思ったが、2度同じことをするのが嫌いな性分、講義スライドを見返してみると気に入らない。最近の学生は、教科書に沿ってやることを求めてくる傾向にある(要するに、高校までのやり方に近づけてほしいと考えるということか?)ので、教科書を選んでやってみたのだが、自分の考えとは違う見解もあるし、特に本の構成については順番を並べ替えた方がわかりやすく説明できるという場所もある。そういった構成がまとまってくれば、自分なりの教科書が書けるようになっていくのだろう。いずれにしても、また内容を見直したり付加したり、考えることがいっぱいある。午後からは、本の買い付けとヴァイオリンの弓の毛替え、そして前から気に入っていたバッグと服を買いに三宮と元町へ行く。毛替えにはそれなりの時間を要するので、楽器と弓を楽器屋に預けてまずはバッグを買いに行く。軽く出かけるときの小さなショルダーバッグで、以前見に来たときに思い切れず買えなかったものである。店にはまだ3個ほど残っていた、ラッキー!さらに、シャツをあわせて買う。私はもともと服装に関して相当無頓着で妻からよく怒られていた(といってもひどく古い服を着ていたわけではないし、見られないほどダサい服は着ていなかったつもりだが)。「買いすぎるのもどうかと思うけど少しぐらい自分で気を遣って買え」と。確かにおっしゃる通り、一緒につれて歩きたくないと言われてしまう前にやることだ。そう考えながら街を歩くようになると、意外といろいろなところに目が行くものだ。買って帰ったものを見て妻は「どうしたの?えらくいいやつ(高いのではなく似合っていてダサくないという意味で)買って」と言った。買い物は成功のようだ。それから本の買い付けに行く。月に1度はこれまでにいろいろと書店でチェックした本をまとめ買いする。そのために、いつも三宮か梅田の大きな書店に足を運ぶことにしている。専門書をまとめて見ることができるのが大きな書店のいいところである。やはり今日も8冊まとめ買い。読むのが大変だが...。それと同時に、目についたのが変化球の秘密に迫る本だった(何をやってるんだ?)。私は野球をするのも見るのも大好きで、特にピッチャーとバッターの駆け引きに見入ってしまう。変化球をどう使うのかというのは奥が深くて面白いなと思うのだが、それについて詳しく解説したものである。ついつい立ち読み...。それが終わると楽器屋との約束の時間、楽器と弓を受け取りに行く。マーラーを弾いたのと、練習量がいつもより多かったことによって、弓の毛はかなり痛んでいる。今回は替え時と休暇がちょうど重なったので都合よく行けた。その後帰宅。ゼミ生からの就職に関する相談のメールに回答する。この時期彼らはかなりナーバスになっているので、あれこれと気を遣いながらアドバイスする。ただし、やはりアドバイスであって彼らの代わりにはなれない。それをイヤと言うほど学生はわかっていると思うので、考え方の選択肢を多く示してそれをとるかどうかは彼らに任せている。こういうスタンスも本当にいいんだかどうだか、悩みどころではあるのだが。学生たちには、厳しい状況下でも柔軟に、強くあってほしいものだ。本当に大変なのは働き初めてからなのだから。
Apr 7, 2005
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さすがに昨日早く寝たせいで、今日は早起き。天気もよかったのでさわやかな一日の始まりだ。家族が起きてくるまでに仕事。朝早くに仕事をして寝る前に日記を書くこのペースがひょっとしたらいいのかもしれないなと最近思うようになった。講義が始まれば早起きは当然のことなのだが、そのための下準備としていい感じだ。午前中1時間半ほど、妻と娘が髪を切りに行くとかで出かけた。息子と2人だったのだが、どうも機嫌が悪い。いろいろと苦労しながら妻の不在を乗り切る。昼食後私を除く3人は幼稚園の友達の家へ。私は講義の準備をし、その後散髪に出かけた。いつも行っている店のマスターとは年が近く、子供も同じような年代なので話が弾む。趣味の話に子育ての話、1時間ちょっとがすぐに過ぎてしまう。その後、近所の書店で久しぶりに本を眺める。専門書は神戸や大阪などで買い込むのだが、そういうところでは専門書以外には目が向かない。今はやりの本はやはりコンパクトにまとまった街の書店で見るのが最も効率的だ。立ち読みの人数もそこそこだし。今日はトイレでさっと読める本を購入。1つのトピックを3分程度で読めるようにまとめてある。そう言えば、本の読み方は場面によってさまざま使い分けている。理論書や外書はじっくりと自宅or大学の研究室で。専門書でも少し読みやすい、周辺的に必要な知識を得られそうな本は通勤途中の電車の中で。文庫本やくだけた内容の本は30分以内の移動or自宅のトイレで。時間の使い方はしっかり考える必要があるといつも思うが、まだうまくないかなという気がする。帰宅してからはまた講義の準備をぼちぼちやる。今年は前期に非常勤先やゼミを含め、7種類の授業がある。昨年の内容を単に繰り返すだけでは面白くないし、世の中の動きについて行くためにはやはりアップデートが必要である。最近はさすがに慣れてきたのでひどい自転車操業というのはなくなってきたが、始まる前はいつも怖いものである。私は直前にならないとやる気が起きないというタイプなのだが、それを貫徹できる度胸もないので、いつもウォーミングアップしてペースを上げていく感じ、今まさに肩を暖めている状態なのだ。立ち上がりからきっちりとやっていけるような態勢を整えていくことが必要だ。明日も早起きして頑張ることにしようか...。
Apr 6, 2005
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来週から講義開始、そのための準備もしなければならない。娘も来週から幼稚園が始まる。春休みと呼べる期間もあとわずか、子供をお出かけに連れて行くことにした。娘がどういうわけか、「淡路島に行きたい」と言い始めていたので、希望をきいて淡路島に行くことにする。目的地は「イングランドの丘」だ。淡路島には何度か連れて行っているが、ここはまだ行っていない。天気は快晴、気温も高く最高のお出かけ日和。出発前に高速道路の状況を調べると、神戸の西の方で事故のため通行止めとなっている。そこで、ここは裏ワザ、六甲山、阪神高速北神戸線回りで明石海峡大橋に向かう。この路線はいつもよく空いているので、距離は少々長いが時間はかなり短縮される。順調に走って明石海峡大橋を渡る。海も穏やかで子供たちは大喜び。そうこうするうちに淡路島へはいる。この橋ができてから淡路島や四国に行くのがとても近くなった。もちろん、橋の通行料は高いのだが、時間短縮を優先する場合には最高である。神戸方面にはバスもこまめに走っていて、かなり便利になっている。目的地のイングランドの丘へは、思っていたよりもかなり早くつくことができた。いろいろなイベントが始まるまでに少し時間があったので、まずは足こぎボートに乗る。水面を渡る風が心地よい。水面があまりにも近いので娘は少し怖そうな感じだったが、それでもハンドルを持って遊んでいる。たまに無茶をするので座礁しそうになるが、何とかそれは回避する。20分ほどしてから、今度は羊の追い込みと毛刈りショーへと向かう。ここでは羊を飼っているエリアがけっこう広くとられているようだ。羊を追う犬がトレーナーの犬笛に従って、羊を追いに行く。少し手間取っていたが観客の前に羊を追ってきた。いろいろと説明を聞いていて、さあ毛刈りというところで、子供たちが「お腹空いた~」とぐずり始める。子供たちを食堂に追い込む作業をしなければならないはめに..。そこで、隣にあったバーベキューレストランのテラス席に陣取り、毛刈りショーを遠目に見ることにする。バーベキューは、ボリュームの割に安かったので、けっこうお得感があった。子供たちはパンのおまけもつけて、大満足だったようだ。次に、娘がどうしても馬に乗りたいというので、遊園地のエリアに行く。行ってみると、サラブレッドに親子乗りができるとのこと。妻も一度乗ってみたいというので、息子と私は外から見ることにした。娘は大喜びだった。それからクマの形をしたボールプールに妻と子供たちが入って遊ぶ。私が入ると料金が上がってしまうので、私は外から見たり、辺りを散歩していた。途中でみかんのソフトクリームを発見したので勝手に購入し、食べた。3人がご機嫌で出てきた後で、娘とゴーカートに乗る。これもキャーキャー言って喜んでいた。それから動植物がメインとなっているエリアへと移動する。まずはコアラ館へ。ここにはコアラが10頭近くいるという。昼寝の時間だったので派手な動きはまったくなかったが、それでも子供たちは大喜びだった。それからウサギを触ることができるところに行き、子供たちはおそらく初めてウサギに直接触れることになった。相当気に入ったらしく、かなり長い時間さわっていた。動物をかわいがる気持ちが素直に出るというのはいいことだ。親としてはうれしいものである。と、たっぷりと遊び、帰ることに。帰りは高速道路ではなく、景色が美しい海沿いの国道を走って、岩屋から明石までフェリーに乗ることにした(いつも往復のうちどちらかはそうしている)。子供たちは淡路島に行くときにこのフェリーを楽しみにしている。それまで寝ていたのに、港に着いた瞬間から目を覚まして「船だ~」と喜んでいる。約20分間、明石海峡大橋をくぐる旅を終え、明石に到着。夕食を近くの海沿いにあるファミレスでとる。ここは我が家ではありがたい場所となっている。子供たちはどちらも電車が好きなのだが、ここはJRと山陽電車がひっきりなしに走っているのだ。それが嬉しいのでぐずることもなく、妻と私が落ち着いて食事できるのである。また、このファミレスには素晴らしい接客をする人がいる。まだ若いのだが、立ち振る舞い、言葉遣い、気の遣い方、どれをとっても感心してしまう(妻も同じことを言っていた)。他の学生らしきバイトの人もいるのだが、比べると悪いのだが、同じことをしていてもかなりのレベル差を感じてしまうのだ。まさか、この差が時給に反映されないということはないだろうなと思うのだが、さてどうだろうか。チップ制ならば間違いなくいっぱいもらえるはずだ。そのくらい印象深かったので名前は覚えていた。今日も入っているようだ。注文をとりに来たときに見ると、以前はなかった(気づかなかっただけかもしれないが)「サービス責任者」のバッジがあった。当然だろう。1回の接客であれだけの印象を残すのはなかなかできることではない。みんな満足して食事を終え、あとは橋を横目に見ながら国道を通り、最後は高速道路で帰宅。家族が喜んでくれたのが何よりである。疲れてしまったので、当然のことながら眠くなってしまい、子供たちと一緒に早い時間から寝てしまった。
Apr 5, 2005
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今日は午前中からいい天気。子供たちを連れて、銀行での用事を済ませた後、ホームセンターへと連れて行く。子供たちはそこに行くのが大好きだ。ペットショップがあって、魚や犬、ハムスターを見ることができ、すべり台などちょっとした遊ぶスペースもあり、マクドナルドもあっておやつにも事欠かないからだ。子供にとって楽しいことが凝縮されたスペースなのだ。やはり、お約束通り今日もそのコースをたどった。昼食は食べてきてもいいと妻から言われていたので、マクドナルドにする。12時頃だったため、満員の大盛況。とにかく買い込んで2人に食べさせる。なかなか大変だ。またしばらく遊ぶ。遊び場も入れ替わり立ち替わり子供がやってくる。子供の言っていることは聴いているとけっこう面白い。CMで使われているフレーズを叫びながら走る子供が多いのだ。例えば、「I am えーっと student、えーっとはいらんよ」とか「一生涯入れます終身保険~」などなど。いつの時代もこういうことはありそうだが、改めて聴くとおかしなものだ。それから子供たちを連れて帰ろうとするが、遊び足らないらしく途中の公園でさらに遊ばせる。ブランコ、すべり台、砂場ととりあえず行けるところは行こうとするが、最後は「疲れた~帰る~」と言うので、連れて帰った。帰った後、娘はなぜかずっと元気。私が昼寝をしてしまった。子供2人を連れて歩くってやっぱり大変、当然何かと気を遣わなければならないので、知らず知らずのうちに疲れてしまうのだろう。これを毎日やっている妻はやはり偉いのだ。子供たちは楽しかったようで、まあそれが何よりだった。
Apr 4, 2005
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午前中は仕事、午後は妻の買い物を手伝い、夕方からオーケストラの練習へ行く。昼間は天気がよかったのだが、天気予報はよく当たる。みるみるうちに天気が悪くなっていき、寒くなっていく。マーラーの大演奏会終了後、初の練習。これからは8月のポピュラーコンサートに向けての練習が始まる。今日から所属するオーケストラでは新しい試みとして託児サービスが始まった。小さな子供のいる団員はけっこういて(私もそうだが)、このサービスを機に復帰しようという団員の奥さんが今日から何組か参加している。団内結婚が少なくないため、育児期間はどうしても片方だけが参加する場合がこれまでに多かった。かくいう私もそうである。妻もこの託児サービスを利用してそろそろ復帰したいと言い始めている。私は歓迎だ。毎週練習後に飲みに行ってしまうためにそれがなくなるのを私が快く思わないと考えているようだが、そうではない。同じ場所にいて息抜きをしてもらえるのであれば、それはうれしいことである。どうしたらこれをわかってもらえるのかと思案中だが、あまりにも長くこのパターンを繰り返してきたため、仕方ないか...。子供にとっても、友達がいる(仲のよい団員とは家族で行き来しているので)のは、きっとうれしいことだろうから、何とかなってくれるといいが。今回はポピュラーコンサートということで、何度か演奏したことのある作品か、すでに何らかの形で知っている作品ばかりが並んでいる。しかし、実はそういう曲ほどごまかしがきかないので難しい。しかも、今回の指揮は、前々回の演奏会に登場した大河内雅彦氏である。前評判通り(?)確かに練習は厳しかった。しかし、指示は的確であるし、厳しいといっても前回の田中氏でも厳しい練習はされるのだから、その時のオケのパフォーマンスを見れば当然だと思う。今回は基本的なところからしっかり教えてくださること宣言されているので、むしろ楽しみにしたいと思う。マーラーの演奏会を経て、もっとうまくなりたいという気持ちがますます強くなったからである。練習はホルストの「木星」から始まった。曲はよく知っていたが、慣れないと弾けないであろうやっかいなパッセージもけっこうあった。やはりお客さんとして聴くのと、プレーヤーとして聴かせることはかなり違うことを痛感する。それからチャイコフスキーの「花のワルツ」やベートーヴェンの「運命」、モーツァルトの交響曲第40番、「サウンドオブミュージック」など、有名な曲を次々と練習していく。マーラーの時に鍛えられたためか、何度か練習するとオケはしっかりと反応しているように思った。ただ、「運命」などでは、かなりずれたりしていたし、モーツァルトも不安定さは否定できなかった。古典の曲はきっちりと弾いていかなければごまかしがきかない。有名な曲だからといって飽きてしまうのではなく、それだからこそしっかりと基礎的な部分での演奏の質的向上を目指さなければならないだろう。いい機会と捉えたいものである。これから約4ヶ月、また違った楽しみ方をしていきたいものだ。
Apr 3, 2005
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一日だった。午前中にマンションの管理組合の会合。規約改正のための集まりと、先日あった工事で起きたトラブル箇所の確認および今後の対応に向けての協議が行われた。とはいえ、出席者が少なかったために、いつものようにもめる場面はなかった。午後からは家族を連れて買い物。妻が洗面所の模様替えをしたいと言うので、その材料を買いにホームセンターへ行く。さらに、夕食のおかずを買いにスーパーへ。子供たちはどちらの場所でも楽しくなり始めた頃に帰ると言われたのでかなり機嫌が悪かった。しかし、そのためだけに長居するのもどうかと思ったので最初は言い含めるように、最後は半ば無理矢理というスタンスで引っ張って帰った。ただ、子供というのは引きずらないのがよい。帰宅して楽しいことがあるともう忘れてケロっとしている。そういえば、プロ野球が開幕、いよいよ春を感じる。一昨年、阪神が優勝したときには試合に勝つたびに娘を胴上げしたものだ。泣いているときでも胴上げすると機嫌がなおったのでよかった。ちょうど息子が同じ年頃になった。今日は阪神が勝ったので、胴上げしてやると一昨年と同じく機嫌がよい。今年も阪神がたくさん勝ってくれると助かるのだが...。もちろん、そんな目論見を抜きにしても、昔から私は阪神ファンである。いい試合をたくさん見せてくれることを期待したい。(ちなみに、電車で一人旅(四国編その2)もちょっとずつ更新中です)
Apr 2, 2005
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今日は4月1日。卒業生から早くもエイプリルフール・メールがやってきた。入社式のために通勤している途中で打ってきたらしい。なかなか気持ちに余裕があっていい感じ。このまま大らかに伸びてくれることを祈る。大学に出勤。まず、仕事を一つ片づける。これも期限のある仕事で、責任者になっているため、調整すべき場面も多く大変だ。1年間やってきたおかげで責任者としても少し慣れてきた。本年度も引き続きこの仕事を任されることになった。よりよい仕事のために頑張ろう。しばらくしてさらに朗報がやってきた。これまでにかなり苦労してきた仕事から解放されることが決まった。昨年度は会議漬け、委員会の責任者である教授以外ではおそらく最も多く出場してきたはずだ。精神的にも体力的にもかなり消耗した1年間だったが、少なくとも大きな仕事が一つ減った。苦労がいっぱいあったものの、ここまでやってしまえば仕事が減っても文句を言われることはきっとないかなと少しだけ思った。仕事があるうちがはなだとは言われるし、それは確かにその通りだと思うのだが、限度はある。その事情をお話ししてくださった先生方がきっといらっしゃるはずだ。表立って言うことではないが、いっぱい感謝したいと思う。夕方には宴会があったが、その席でも多くの先生方から「うれしいこと、あったろ?」、「よかったねえ」との声をかけられた。みなさんにどのように私のしてきた仕事が映ってきたのかはわからないが、自分なりにやってきたことが少なくとも悪くは見られてこなかったのだろうと思いたい。さて、そうなると研究や授業もしっかりやっていかなければならない。今年は少し時間的な余裕ができる(はずだ...だろう...かもしれない...だといいな)。ここでさぼることなく前に進まなければならない。他人は自分が思う以上に自分のことを見ているように思う。それは良くも悪くもそう言えそうだ。いつもそれを忘れないようにと、年度替わりの節目の日に思った。と言ってはみたものの、実は仕事ができないからいらないというのが理由だったりして...。もしそうだとしたら今日の一日はおめでた過ぎのぬか喜び。はっ!今日はエイプリルフールだったし、やばいかな!?
Apr 1, 2005
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